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zoom RSS 2011, Back To Black IV - iv

<<   作成日時 : 2011/07/25 18:00   >>

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2011, Back To Black

IV - iv

ここに一冊のオート・モッドのファンジンがある。ファンジンとは、ファンによって作られるファンのための冊子の略称(ファン+マガジン)である。
現在の感覚でいうと、フリー・ペーパーや同人誌に近いのだろうか。だが、80年代初頭のものは、ただDIY精神のみによって作られた、完全にハンド・メイドな冊子が主流であり、どちらかというとアンダーグラウンドなシーンの内部だけで流通するミニコミ誌的な性格の強いものであった。
欧米のインディペンデントなパンク〜ポスト・パンクのシーンにおいて、ファンジンの存在が、情報の共有や伝達に重要な役割を果たしたように、日本のインディーズ・シーンにおいても数多くのファンジンの類いが発行されていた。その多くは、新宿エジソン、フジヤマ、五番街などの自主制作盤を扱うレコード店において入手することが可能であった。
まだ、携帯電話もインターネットも影も形もなかった時代である。このワープロやコピー機を駆使して制作されたファンジンが、重要なインディペンデントなシーンの側のメディアとして、極めて貴重な情報源のひとつとなっていたことは言うまでもないだろう。
ここにあるファンジンは、オート・モッドのライヴ写真などを中心に構成されている「L'image」である。その、ちょうど「時の葬列」の最終夜の直前、85年10月27日に発行された第2号だ。この号には、「幻想国家イースタニアへの道」と題された、ジュネ本人によるイースタニアに関するテキストが掲載されている。これが、かなり興味深い内容の貴重な一文となっているので、ここで少しばかり触れておきたい。

この「幻想国家イースタニアへの道」において、ジュネは、まず動物の生態などを例にとり、人間の生において特有の形態をもつようになった家族や家系というもの(制度)について詳述してゆく。
画像姓名や言語といった、主に親から子へと与えられ継承されてゆくものによって、物心がつく以前から刷り込まれ形作られてゆく家族という社会の単位。この血によって結びついたイエのシステムが、共通の意識の基盤をなし、その上に姓名や言語を媒介とした相互承認のコミュニケーションによるひとつの社会が成り立つことになる。そこに立ち現れる日本という国家は、このイエや家族というものからなる幻想の社会システムにほかならない。まさに、キングダム・オブ・ファミリー・ドリーム(Kingdom of Family Dream)である。
このあたりのジュネの論述には、どこかベネディクト・アンダーソン(Benedict Anderson)の「想像の共同体」を彷彿とさせるものがある。しかし、この時点(85年)で、このアンダーソンの名著の翻訳本は、いまだ刊行されてはいない。

そして、ここで幻想の国家であるイースタニアが登場してくる。ひとつの幻想としての日本国の日本人という束縛や枠組みから、自らを解き放って、理想の国家であるイースタニアの幻想へと新たに意識や人格を移行させてゆくという形で。そこで、「もし我々が日本国の中で、(…)住みづらくなるなら、何処かに国を作ってもいいと思う」と著述される裏側には、現実の社会システムに対して相当の息苦しさや軋轢を感じていることが窺える。
ただし、ジュネは、この幻想のイースタニアを夢想することは、極めてごっこ的なニュアンスの強いものであり、それが現実よりも夢に近いところに位置していることを、まずテキストの冒頭で断ってもいる。

だが、最も興味深い部分は、その先である。

この日本という国で、幻想の日本人として生きるのではなく、幻想のイースタニアンとして生きようということが提唱されるのだ。国家や社会を成立させている共同の幻想がすり替わることで、日本国そのものの形も変わってくる(であろう)というのである。こうした人々の意識の変化こそが、新たなカタチの国家形成に反映されてゆく。
その幻想が作用する先にある未来の日本国の姿に、幻想国家イースタニアを重ね合わせているともいえるであろうか。絵空事のような夢うつつの幻想を信じるごっこ遊びでも、もしかすると国家や社会を変革できるのかも知れない。そんな風に思わせるだけのものが、ここには確実にある。実にパンクな幻想物語ではないか。ジュネも「幻想は確かな力」であると、強い確信のもとに記している。
そして、こう高らかに宣言されるのだ。「私達は自らの魂を、日本国家幻想によって形作られた数々の矛盾から解放します」と。最後には、理想の幻想国家を求めるイースタニアンを、幻の国家の形を果てしなく夢想し続け、約二千年の漂泊の後に約束の地へと戻ったユダヤ人に準えもする。この真剣なごっこ遊びに興じるところから、長き流浪の旅が始まるのだと言わんばかりに。
結びの言葉は、「すべてのイースタニアンの幸福を祈ります」である。

この「幻想国家イースタニアへの道」は、ジュネ本人によってイースタニアというものの本質的部分とネタの部分が真摯に綴られた、非常に珍しく極めて貴重なテキストである。アルバム“Bible”においても語り尽くせなかった部分が、その概念的な補足というような形で、ここに詳しく記されている。
また、これを読むと、イースタニアという国家の幻想が、夢物語のようでいて、ただの夢物語ではないこともよくわかる。腐敗し荒廃してゆく社会に対して強い危機意識をもち、そのただ暗黒へと落ち込んでゆくだけの未来に、ひとつの希望の光を灯すための確固たる思想が、ここにはある。
意識を変容させ、既成の価値観や柵から解き放たれること、そこから全ての道のりはスタートする。全ての人が幻想国家イースタニアを夢想し、そこを目指して歩き出すことを煽動するとしたら、そんなことは誰の目にも馬鹿げた考えだと映るに違いない。ただ、こうした大上段に構えた馬鹿げた夢想が大真面目に語られるからこそ、普段は日常の奥底に眠っている変革への意識を揺り動かし、覚醒させることも可能となるのだ。間違いなく、今あるものとは違った未来への道は、ほんのちょっとした意識の変化から始まるのだから。

果たして、26年前に、ここでイースタニアンと呼びかけられていた人々は、今もまだイースタニアのことを覚えているだろうか。今でも、幻想の力で何かを変えられると信じているであろうか。この26年の長い旅路は、イースタニアンの目に写る世界を何か変えたであろうか。
それとも、この世界は、あの頃よりも、もっと住みづらい世界になっていたりするのだろうか。

3月11日の大震災の直後、ジュネは自らのブログ「フェティッシュダディーのゴス日記」(http://genet.jugem.jp/)において、オート・モッドで30年以上に渡り破壊や終末ついて歌い続けてきた虚構の世界と、今回の大災害によって引き起こされた様々の悲惨な光景や事態が、恐ろしいまでに重なってしまったことに対して、率直に戸惑いの念を吐露していた。これは、それだけリアルに、いつか訪れるかも知れぬ終末を、しっかりと見据えて歌っていたことの証左でもあるだろう。
それとともに、心のどこかで怯えつつも決して見たくないと心底思っていた光景が、まさに目の前に現れたということでもある。

ただ、深刻な原発事故によって吹き飛んだ原子炉建屋から漏れ出した放射性物質が大量に飛散しているという、空恐ろしい現実を目の当たりにした時、あの“To The Children”において歌われていた廃墟と化した東京の光景が、脳裏にありありと浮かんできて、個人的にはかなりドキリとさせられもした。
今、本当の終末の時が、ほんの目と鼻の先にまで迫りきているのだということを、あの26年前の曲の歌詞から重苦しいまでに実感することになったのである。当時は、全てが転倒した逆しまなる世界の歌として聴くことも可能であったはずなのに。
また、現実の巨大な危機の時の訪れを前にした際の、ひとりの人間の無力さというものも今回の大災害では、嫌というほどに思い知らされもした。

しかし、ここで戸惑い、いつまでも途方に暮れている訳にもいかない。ほどなくしてジュネは、矢も楯もたまらずといわんばかりに、この未曾有の大災害に対して行動を起こすことになる。それが、「Goth Saves Japan」と名づけられた震災の被災者と被災地を支援するプロジェクトである。当面、このプロジェクトの活動の中心となるのは、定期的に開催されているゴス・イヴェント、Tokyo Dark Castleであり、このイヴェントの毎回の収益の一部が、日本赤十字社を通じて義援金として被災地・被災者の元に届けられるという。
ゴスと震災が、どこでどう結びつくのか、理解に苦しむ人もいるかも知れない。都市や社会の地下に沈殿して退廃を気取る種族に、いかなる支援ができるものなのかと、訝しく思う人もいるであろう。おそらくは、そうした偏見に満ちた意見があることも充分に想定した上で、とにかく自分に出来ることを何かしたいという一心で、このプロジェクトは動き出したのではなかろうか。虚構であったはずの終末の時が、本当に現実のものとなってしまう前に。
今、この3月11日以降の世界において、既存の社会や国家や価値観の破壊を歌ってきた者までもが、全ての終わりへと突き進もうとしている時代の流れを食い止めるために立ち上がっている。やはり、パンク・ロックし続けるためには、徹底して否を突きつけることのできるプロテストの対象がなくてはならないのである。そのためには、今は、この目の前にある大きな危機を、何としてでも乗り越えなくてはならない。そして、日本のゴスは、東京の地下から復興のために立ち上がったのである。

ただ、こうした支援のプロジェクトを素早く立ち上げることが出来たのも、この日本においてゴシック・ロックやゴシック・ファッションなどの幾つかのシーンからなるゴスという文化が、それなりにしっかりと根付いているからなのであろう。
ロンドンのBat Caveなどのクラブ・イヴェントから始まった、このゴスのムーヴメントは、すでに30年にも及ぶ歴史をもち、その間ずっと途切れることなく地下世界の水脈を脈々と流れ続けてきた。今では、世界中の殆どの都市の地下シーンに、このゴスの文化が、深く浸透しているといってもよいだろう。それは、もはや、ひとつのライフ・スタイルにまでなっている。このあたり、文化史的にゴスとヒップホップは、かなり共通する部分をもつ。
ゴシックとロリータを融合したゴスロリ・ファッションの発祥の地、この日本もまた、そうしたゴス文化の世界的な中心地のひとつだといえる。そして、そうした東京のゴス・シーンの基盤の部分を培ってきたのが、この道30有余年のジュネのオート・モッドであり、Tokyo Dark Castleであったのだ。
この地下の暗黒コミュニティが、3月11日以降の世界で、いかなる意味や存在意義をもつものとなってゆくのか、そういった意味においても今回の「Goth Saves Japan」というプロジェクトは、とても興味深い。今後の動きにも、是非注目してゆきたい。

(追記)
後に、ジュネは、より直接的で被災地や被災者に近い支援の形や方法を模索していることを、ブログにおいて述べている。多くの義援金が、日本赤十字社の活動を支援するためのものとなってしまうことになる、既成のルートでの被災地被災者支援の方法に対して、誰もが少なからず疑問を抱き始めてもいるのではなかろうか。道は、決してひとつではないはずである。そこに、よりインディペンデントでオルタナティヴな道があったとしても、何も問題はないに違いない。それが、しっかりとした目的を果たせる道となっているのならば。

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