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zoom RSS 2011, Back To Black I

<<   作成日時 : 2011/06/15 17:30   >>

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2011, Back To Black

I

音楽の世界には、誰が最初に唱え始めたのかは定かではないが、20年周期説というものが真しやかに存在する。これは、20年という大きな時間のサイクルでグルグルと巡り巡りながら、音楽の歴史が螺旋状に上昇しつつ進んでゆくという説である(実際には、これにも諸説が様々ある)。
この周期する傾向は、20世紀後半の音楽の世界において、より顕著に現れ出てくるようになってきたようにも思われる。高度資本主義経済が西側世界の隅々にまで浸透し、さらに世界的に広がり出ていった歴史的時期と、ちょうど重なるであろうか。徹底した消費社会の内部で、あらゆるものが商品となり、終わりのない資本主義経済のサイクルに飲み込まれる。音楽(ポップ・ミュージック)などの娯楽や文化、それらを取り巻くものも、全てその例外ではない。否応なく商品化される音楽もまた、徹底的に消費され尽くされるままとなるのだ。その、どこまでも高速化してゆく消費のスピードの中で、20年周期というひとつの回帰のパターンが確立されてきたのである。
途切れることなく新たな商品を市場に供給してゆかなければならない宿命の下にある、生産や販売に携わる者の前に、全ての新しさが尽き果てたところで、遥かなる過去から全く新しいものが唐突に現れる。現在から遠く隔たった過去のものに、逆に現在的な新しさが見出されるのである。それは、遠い遠い過去に新しかったものの回帰。このように新しさが回帰してくる現在と過去の距離を、約20年と目算するのが、この音楽20年周期説の大まかな概要である。

この20年という周期は、市場における消費のスピードが高速化してゆくに従って、次から次へと交代が早くなり、より短いサイクルに変化してゆくことにならないのであろうか。そうなると、この20年周期説は、決して固定化されることなく、常に移ろい続けるものとなる。それでは、もはや何らかの説としては、全く成り立たなくなってしまうだろう。
しかし、ここで重要なことは、これが、ただただ消費のサイクルの速度だけに左右されるものではないという点である。そこには、消費を掌る市場と消費者が、今の新しいものを次の新しいものと出会うことで忘却し、次々と最新の新しさを忘れ、その過去のものとなった新しさに全く新しさを感じなくなってゆく時間のサイクルが存在していることも、忘れてはならない。
過去の新しいものは、忘れっぽい市場と消費者が、それに対して懐かしさではなく新しさを感じ始める頃に、ちょうど頃合いを見計らったように戻ってくる。その隔たりの時間が少し短すぎても、妙な懐かしさばかりで新しさを感覚させる部分は、まだ十分に熟す頃合いまでには至ってはいないであろう。また、逆に、それが少し長すぎても、完全に時期外れの余りにも懐かしすぎるものという扱いで終わってしまうはずだ。
そこで、20年の周期という、消費と忘却のサイクルが最もちょうどよい頃合いとなり、最も新鮮で懐かしい新しさがもたらされる、ひとつの市場の法則性が、何者かによって発見された。資本主義経済とは、こうした幾つもの法則性に則った循環を、ある種の駆動力としているといってよいだろう。それを商品としての音楽の世界において見出そうとする者がいたとしても、何らおかしくはない。

また、このサイクルの裏側には、音楽を商品として取り扱う業界における人的なサイクルが、常に関係している可能性があるということも、忘れてはならないだろう。実際に音楽関係の業界を動かしている若きエグゼクティヴたちが、その音楽的な人格や趣向を形成する最も多感な時期を、ちょうどそこから遡って約20年前に過ごしていたという紛れもない事実は、極めて重要なことである。
こうした業界の指向性や方向性が、その人物の血肉をなす部分からの要請により常に20年前へとぶり返してしまうことで、そこで生産され、そこから送り出される商品も、必然的に20年前からぶり返してきたような傾向の強いものとなってゆく。

実は、これこそが、音楽20年周期説の裏側にある本当のカラクリであるように思えたりもする。そして、業界内部での世代の交代とともに、それぞれの世代に対応する約20年前から回帰してくる音楽のスタイルもまた、次々と入れ替わってゆくのである。
つまり、この周期説の基底には、音楽を商品化し送り出してゆく側の都合による部分が、大きく関係していたということが想定できる。そして、そうした業界内部の世代交代の動きと、市場と消費者の忘却のサイクルとが、絶妙にリンクしたところに音楽20年周期説というものが真しやかに立ち現れてきたのであろう。よくよく検証してみると、それほど説と呼べるほどのものはないような気もしてくる。だが、そこに何らかのサイクルらしきものが存在することだけは、まあ確かなことなのである。

画像90年代の初頭には、70年代初頭のMotownを中心にして興ったニュー・ソウル・ムーヴメントの再評価の動きがあった。
ニュー・ソウルとは、マーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)、スティーヴィ・ワンダー(Stevie Wonder)、ダニー・ハサウェイ(Donny Hathaway)、カーティス・メイフィールド(Curtis Mayfield)などの多くのアーティストたちが、それまでのソウル〜R&Bのスタイルと比較すると、よりパーソナルなメッセージ性を打ち出し(シンガー・ソングライター的な傾向)、ザ・ビートルズ(The Beatles)からの影響を強く受けた、コンセプチュアルでアーティスティックなアルバム制作を積極的に行っていった動きのことをいう。
南部産の伝統的なソウル・ミュージックが、どちらかというと男性的な視点から歌われるマッチョなスタイルであったのに対して、70年代のニュー・ソウルが目指した自らを深く見つめる内向的で内省的な表現(泥沼化し全く終わりの見えないヴェトナム戦争や、それに伴う国内の政治的混乱などの世相を反映したものといわれる)は、非常に軟弱な傾向であると揶揄されることも多かった。しかしながら、結果的には、ゲイやワンダーが次々と大ヒット曲を飛ばしたことによって、このニュー・ソウルの動きは、ソウル・ミュージックのリスナー層を格段に広げることに大きく貢献することになったのだが。
そうした70年代初頭のニュー・ソウルが、約20年を経た90年代の初頭に再び大きく脚光を浴びたのである。87年10月19日に起こったニューヨーク株式市場での株価大暴落、俗にいうブラック・マンデーのショックを受けての景気後退に暗く沈んでいた人々の心を、ニュー・ソウルの私的で優しくソフトに語りかけてくる歌とサウンドが癒したのであろうか。不安に満ち、方向性を見失っていた時代に、しっかりと自らの内面を見つめ力強く芯のある音楽を紡ぎ出していたニュー・ソウルが、仄かな未来への希望の光を投げかけたのであろうか。
おそらく、こうした世相の根底や根幹にあるものを反映する形で、70年代初頭のニュー・ソウルのもつ優しさや力強さが、約20年をいう時間的な隔たりを乗り越えて、どこかで90年代初頭の時代の流れや空気と一致したのであろう。
このニュー・ソウルの再評価の動きは、エリカ・バドゥ(Erykah Badu)やディアンジェロ(D'Angelo)、マックスウェル(Maxwell)など、多くの新しい感覚をもったオーガニック系のタレントを輩出した、その後のニュー・クラシック・ソウルの動きにも確実に繋がってゆくこととなる。

そして、90年代の終わりから00年代の前半にかけては、70年代の終わりから80年代の初頭にかけてのポスト・パンクの時代の音楽を見直す動きがあった。
この動きの中で、それまで殆ど無視に近い形で不当な過小評価を甘んじて受けてきた、ミュータント・ディスコ、レフトフィールド・ディスコ、パンク・ファンク、ディスコ・パンクなどのオルタナティヴなダンス・サウンドに、大きく脚光が当たったことは特筆に値する。ポスト・パンク期に捩じれた身体性やプリミティヴなリズム、エレクトロニックな反復ビートへと向かった音が、ようやく微かに時代と歩調を合わせることが可能となったのである。
嵐のように吹き抜けた70年代後半のパンク・ムーヴメントの延長線上にある、余韻か付属品の如き扱いであったポスト・パンクのムーヴメントであったが、約20年の時を経て、極めてディープな部分にまでいたる探索と探究が行われ、多くの新たな発見や再発見がなされた。ここで再評価の対象となったのは、ア・サーティン・レイシオ(A Certain Ratio)、キャバレー・ヴォルテール(Cabaret Voltaire)、ザ・ポップ・グループ(The Pop Group)、23スキドゥー(23 Skidoo)、ジェイムズ・チャンス(James Chance)、ザ・コントーションズ(The Contortions)、リキッド・リキッド(Liquid Liquid)、ESG、などなど。
また、ノー・ウェイヴ系の動きに代表されるニューヨークのアンダーグラウンド・シーンに注目が集まったことで、そこでエクスペリメンタルなダンス・ミュージックからミニマルなアヴァンギャルド・ミュージックにまで及ぶ実に幅広い領域を横断し、類い稀なる才能を爆発させていた鬼才、アーサー・ラッセル(Arthur Russell)のディープな仕事の数々に対しても、初めて正当な評価の光が差し伸べられたことも記憶に新しい。
そして、このポスト・パンクの再評価の動きは、ブルックリンのウィリアムズバーグ地区から瞬く間に全世界に伝播していった、エレクトロとディスコとファンクとパンクをごちゃ混ぜにミックスしたダンス・ミュージックのスタイル、エレクトロクラッシュの隆盛へと繋がってゆくことになる。このムーヴメントの代表的なアーティストやDJとしては、フィッシャースプーナー(Fischerspooner)、ザ・ラプチャー(The Rapture)、LCD・サウンドシステム(LCD Soundsystem)、ティガ(Tiga)、ミス・キティン(Miss Kittin)、フェリックス・ダ・ハウスキャット(Felix Da Housecat)、DJヘル(DJ Hell)、ラリー・ティー(Larry Tee)、レディトロン(Ladytron)、シザー・シスターズ(Scissor Sisters)、デジタリズム(Digitalism)、ジャスティス(Justice)、などが挙げられる。

こうした音楽20年周期説の法則性に則れば、この10年代の初頭には、ちょうど90年代前半の音楽が回帰してくるはずであった。そして、実際に、ソウルIIソウル(Soul II Soul)のグラウンド・ビートや、Strictly Rhythmなどに代表されるベーシックなNYハウス、ファビオ(Fabio)とグルーヴライダー(Grooverifer)のRageに代表されるハードコア・ブレイクビーツなどが、本格的に戻ってきそうな気配は少なからずあった。しかし、今となっては、それがどのように受容され展開をしてゆくのかが、全くわからない状態となりつつある。
これまで通りの20年の周期のままでは、どうにも少しばかり具合が悪い感じになりつつあることは確かである(少なくとも、この今の日本の置かれている状況においては)。やはり、90年代初頭の音楽には、どうしても、やや享楽的すぎる部分がある。ブレイクビート・テクノやベルジャン・テクノなどの派手なレイヴ・ミュージックや、ジュリアナ系のイケイケのサウンドでは、あまりにも今の時代の空気にそぐわないようにも思える。
つまり、あの3月11日の大地震と大津波(東日本大震災)と、極めて深刻な原発事故(福島第一原子力発電所事故)を経験してしまった後の世界においては、なおさらにそれらを参照の対象として10年代の音楽を考えてゆくことなど、そう簡単には出来ないような気がして仕方がないのである。

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