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<<   作成日時 : 2011/05/15 07:00   >>

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Nice Wings, Icarus!: Nice Wings, Icarus!
Clinical Archives ca437

画像 ロシアの首都モスクワに拠点を置くネットレーベル、Clinical Archivesからの新作。相変わらず、このレーベルは、猛烈なペースでありとあらゆるエクペリメンタル・ミュージックのリリースを、実に淡々と繰り広げている。まさに、止まることを知らぬ勢いで。この作品は、11年4月に入ってから早くも6作目のリリース作品となる(結局、この月は全部で8作がリリースされた)。本当に、とんでもないハイ・ペースである。このままの勢いで作品を出し続けてゆくと、来年の頭あたりには、もしかすると記念の500作品目のリリースという大金字塔を打ち立ててしまうことになるのではなかろうか。これはもう偉業としか言いようがない。

 ナイス・ウィングス・イカルス!(Nice Wings, Icarus!)(以下、NWI!と表記)は、ロシアの西、ベラルーシの南に位置する、東ヨーロッパの大国、ウクライナの首都キエフを拠点に活動する五人組のロック・バンドである。結成は、08年2月。セルフ・タイトルの本作は、NWI!にとって初のレコーディング作品にして初のリリース作品である。そしてまた、これは、NWI!の記念すべきファースト・アルバムでもある。Clinical Archivesからのリリース日は、11年4月20日。

 まず、NWI!は、ギタリストのユーリイ・ナゴルニイ(Yuriy Nagorniy)とドラマーのユーリイ・カシャネンコ(Yuriy Kasyanenko)によって、08年の2月に結成された。元々、同じバンドでプレイしていたナゴルニイとカシャネンコは、それまでのバンドのスタイルとは異なるサウンドを追求する場所を求めて、この新たなプロジェクトを立ち上げた。当初、NWI!は、このふたりのユーリイを中心とする音楽ユニットとして活動していたようである。曲作りとリハーサルの日々が繰り返され、その中で試みとして招いたベーシストは次々と入れ替わった。この時期、なかなか三人目のパーマネントなメンバーが見つからず、NWI!というプロジェクトがバンドという形式へと発展するにはいたらなかったようである。
 だが、08年5月に、ひとつの大きな転機が訪れる。ふたりのユーリイは、ヴァイオリン奏者のダニル・グルジンスキー(Daniil Grudzinskiy)との運命的な出会いを果たす。この豊かな音楽的才能をもつヴァイオリニストをリハーサル・セッションに迎えたことにより、一気にNWI!の音楽的な方向性は明確なものとなり、全てが大きく前進してゆくことになる。
 音の面での劇的な変化・進化が、よい方向に作用したのであろう、ギターを担当するセルギイ・ザイカ(Sergiy Zaika)や、ベースを担当するワジム・マトジアンカ(Vadim Matuzenko)といったプレイヤーたちも、次々とNWI!の周辺に集いはじめる。そして、彼らはいつしか、ふたりのユーリイを中心とするバンドのリハーサルに参加することになった。
 そして、この08年の夏を通じて精力的なリハーサルが重ねられ、秋口には新たな五人編成よるNWI!のサウンドが形になり始める。そして、そのリハーサルの延長という形で初めてのデモ録音(本作にも収録されている“Morning Glory”と“Those, Who Built The Pyramids”の2曲)も敢行された。この期間に、後から合流した三人がNWI!の正式なメンバーとなり、ふたりのユーリイによって立ち上げられたプロジェクトは、五人組のバンドへと急速にメタモルフォーゼを遂げたのである。
 08年12月、NWI!は遂に初のライヴ演奏を行い、約10ヶ月間の潜伏の後に、五人組のロック・バンドとしてキエフの音楽シーンに姿を現すこととなる。そのまま、数回のライヴ演奏を重ねてゆく中で、楽曲のレパートリーも増え、本作の下地となる部分が徐々に形作られていった。

 現在の五人編成のバンドとしてのNWI!のサウンドは、08年夏のリハーサルから初ライヴにかけての時期に芽吹き、形成されていったものと考えてよいだろう。そのダイナミックな躍動感をもったバンド・サウンドは、やはり後から加入した三人の存在があったからこそ踏み込むことが可能になった音の地平であるに違いないから。特に、グルジンスキーのヴァイオリンが、そこで果たしている役割はとても大きい。この古典的な弦楽器による円やかで表情豊かな旋律を、はっきりと前面に押し出しているところに、NWI!というバンドがもつ文字通りにオルタナティヴなロック・サウンドの特徴が、非常によく表されている。
 その全編インストゥルメンタルのサウンドのみで語る演奏によって提示される音の世界は、可能な限り無駄と装飾を削ぎ落としたポスト・ロック的なものである。また、緻密に構成された加減するサウンドが表出させる徹底的に突き詰められたバンド・アンサンブルは、いわゆるマス・ロック的なストイシズムを感じさせる表情ももつ。そして、ヘヴィなリフを反復するツイン・ギターの狭間で、流麗なる旋律を奏で続けるヴァイオリンの叙情性をたたえた音色は、ネオ・クラシカルなヨーロピアン・プログレッシヴ・ロックの雰囲気を濃密に漂わせるものでもある。
 音の様式としては、歪んだギターの音色と凛と張りつめたヴァイオリンの弦の響きを融合させた、プログレッシヴ・ロックの流れを汲むシネマティックな音像のポスト・ロックとなるであろうか。しかしながら、それは、そう簡単に言い尽くせるようなものでもない。音数は必要最低限に抑えられ、雑多な要素がゴチャゴチャと盛り込まれいるものではないのだが、NWI!の音には、とても複雑な風味を感じ取ることができる。口当たりには、ややゴツゴツとした無骨な面もある。しかし、その丁寧に作り込まれた味そのものには、かなりの深みがあるのだ。それは、かなり独特な味わいであり、ちょっと他にはない音の世界が、そこには構築されている。

 このセルフ・タイトルのアルバム“Nice Wings, Icarus!”は、NWI!が現在の五人編成のバンドとしての活動をスタートさせた09年に制作された作品である。新たに三人のメンバーが正式に加入し、バンドとしてのNWI!のサウンドが築き上げられてゆく、その当時の、ある種の熱気に満ちた状況の中で生み出された楽曲群が、ここに収められていることになる。レコーディングは、キエフの音楽シーンにおいては広く知られているスタジオ、Bambrafoneにおいて、ほぼライヴ演奏に近い形で行われた。
 そして、完成したアルバムは、09年にNWI!のホームページ(http://www.nicewingsicarus.com.ua/)を通じてセルフ・リリースされている。リリースの形態としては、MP3ファイルのフリー・ダウンロードとスペシャル・エディションの限定盤CDの二種類が用意された。現在も、これらのリリースは、ネットを通じて入手可能である。

 この約2年も前に発表されていたNWI!による唯一の作品を再リリースし、知られざる名作に再び脚光をあてたのが、モスクワのClinical Archivesであった。これまで、ほぼウクライナのローカルな音楽シーンにおいてのみでしか知られていない存在であったNWI!は、この世界的に知られる偉大なネットレーベルから作品を発表することで、かなり大きな注目を集めることになるはずである。それほどまでに、Clinical Archivesの影響力は大きい。
 また、逆の見方をすれば、Clinical Archivesが、すでに約2年も前にリリースされていた作品を再リリースしたというのも、このNWI!による作品が、ローカルな音楽シーンの中に埋もれさせてしまうには忍びないほどに、より広い世界に向けて紹介する価値が十二分にあるものであると認識したからに他ならない。そして、こうした再発プロジェクトを大きな波及力をもって成し遂げられるのも、やはりClinical Archivesのような老舗ネットレーベルだからこそであったことも確かなのである。

 このアルバム“Nice Wings, Icarus!”に収められている楽曲“Eagle”は、ポスト・ロック専門のネットレーベル、Lost Childrenが、ポスト・ロック専門の情報サイト、The Silent Balletとともにシリーズで作成しているコンピレーション・アルバムの第14弾“The Silent Ballet Volume XIV”に収録されている。このコンピレーション作品がネット・リリースされたのは、10年3月6日のこと。このように一部のポスト・ロック系の音楽コミュニティにおいては、既成のロックの枠に収まりきらぬNWI!の音楽性は、ある程度の認知を受け評価を獲得してもいた。
 しかし、その音楽性が、一般的なポスト・ロック(!)という枠にすら収まりきらぬ特異なものであったがために、そこでの評価を基盤に、より大きな認知へと繋がってゆくまでにはいたらなかったようである。ヴォーカリストはいないが、代わりにヴァイオリンが雄弁に旋律を奏でるNWI!のサウンドに、どのように対処してよいか戸惑ってしまう部分もあったのであろう。それは、ポスト・ロックの枠の中においてさえも、ある種のオルタナティヴなサウンドであるに違いないだろうから。

 “Nice Wings, Icarus!”は、全7曲を収録したアルバムである。流行のサウンドなどとはほぼ無縁で、今どきのロックとも一線を画している。ゆえに、NWI!の音楽性は、これが約2年前の作品であるにも拘らず、全くといってよいほど古さを感じさせるようなことがない。その代わり、ここには目を見張るような斬新さも、ほとんどないのだが。NWI!は、新しさや古さといった感覚とはかけ離れた音の地平へと思いきり疾走している。そこは、いまだ誰も踏み込んだことはなく、いまだ誰も追従してきていない。ただただNWI!だけが突き進み続ける、どこまでも真っ直ぐの一本道である。

 アルバムの幕開けを飾るのは、“Morning Glory”。オープニングに相応しい、とても静かに立ち上がってくる、雰囲気のある楽曲である。メランコリックなヴァイオリンの音とギターのアルペジオ。長い導入部の果てに、いきなり分厚い歪みきったギターのサウンドが襲いかかってくる。一気にバーストし、全開で走り出すNWI!のアンサンブル。ノイジーな音の波に抗うようにヴァイオリンの滑らかな旋律が、優雅に漂い、そしてその波間に掻き消される。熱くクールにせめぎ合いを繰り返す弦楽器の響き。つるを絡ませ、どこまでものびてゆく音の塊。そして、その楽音の洪水の中に、いくつもの美しい花が開く。

 2曲目は、“Those, Who Built The Pyramids”。ピラミッド建築に携わる労働者たちの力強い足取りを思わせるドラムのリズムで幕を開ける。灼熱の陽光が照りつける中、ジリジリとノイジーなギターの音圧が高まってゆく。序盤では朗々と歌あげていたヴァイオリンの弦も、細切れの軋みを漏らし続ける。緊迫と弛みが隣り合わせのブレイクがひとしきり繰り広げられた後に、再び労働は最初のサイクルへと立ち戻り、全く同じ作業がリピートされることになる。同じものの回帰。そして、ラストには素早い連打と叩き付けるようなフレーズによるクライマックスが訪れ、さらにもうひとつ上部の終結点が形作られる。ただし、その終点は、そのまま次の始点へと連結される。労働に終わりはない。

 3曲目は、“I’ve Not Seen Any Angels, Just Emptiness”。捩れるように切り込んでくるギターを軸にしてもんどりうつアンサンブルに、伸びやかなヴァイオリンの音が絡む。走っては止まり、旋回し、転げ回る。上昇と下降、そしてストップ&ゴー。次々と移り変わる景色。展開に次ぐ展開。パンタ・レイ。一気に凝結し、ひとつの音塊となって、また瞬時にして砕け散る。分厚く、そして薄く。流れ、そして淀む。自在にフォーメーションを変えながら、どこまでも猛烈な勢いで突き進み、突然方向転換し、ジリジリと上り詰め、降り注ぐ。全編に渡りNWI!のソリッドな演奏が光りまくる一曲である。救済の天使など、実はどこにもいない。そこには、ただ底なしの空虚さのみがある。

 4曲目は、“Birth”。約9分半にも及ぶ大作にして、本作のハイライトとなる一曲である。叙情的なヴァイオリンの旋律が歌いあげる起源の物語。血統を辿り、ひたすらに繋がりをどこまでも遡ってゆく。時に穏やかに、時に荒々しく。長い長い旅路。静かに核心へと迫る弦の響き。ノイジーなギターが、全てを掻き消そうとし、ドラムの連打が、全てをズタズタに切り苛もうとする。太いベースがのたうち、流麗なるヴァイオリンが振り絞るように歌う。激流を飛び上がり、道なき道を駆け上がる。しかし、その旅路は、決して起源には辿り着かない。万物は流転する。そこには、目的も統一も真理もない。起源もまた、掴みかけたそばから崩れ去る。そこには、ただ底なしの空虚さのみがあるだけだ。

 5曲目は、“Across The Seas”。オープニングのカウントから、いきなりフル・スロットルで疾走するNWI!。荒波を乗り越えて、波しぶきを上げて、豪快に突き進む。しかし、その足取りは、程なくして次第に重々しいものへと沈んでゆくことになる。どこまでも続く荒れた大海原。下降するヴァイオリンとギター。碇の重み。そこに突然、凪が訪れる。さざ波のワルツ。波間に踊りながら、昂り厚みを増してゆくアンサンブル。風をはらんだ帆にヴァイオリンが優雅に歌いかける。荒波を乗り越えて、波しぶきを上げて、豪快に突き進むNWI!。七つの海を越えても、まだ見ぬ大地を目指す終わりなき航海は続く。ギターとヴァイオリンが軋み、太いベースが低く唸りながらドライヴする。荒削りかつ生々しい、ライヴ・レコーディングならではな臨場感を感じさせてくれる楽曲である。

 6曲目は、“Journey Back Home”。終わりなきものと思われていた旅路は、何ひとつ果たせぬままに終結点へと近づく。それは、いつしか起源へと向かう家路を進んでいる。ベースの低音が轟くザワついた短い導入部を挟んで、直情的な轟音とともに目映い光と熱が放出される。刺すようなギターの高音と、旋回し高々と舞い上がってゆくヴァイオリンの調べ。行く手を遮るトレモロ。全てが逆転し、全速力で行程が巻き戻される。解き放たれたように高らかに歌い上げられる伸びやかな旋律群。外へと出るのではなく、内へと戻ることで、さらなる旅路がそこに見出される。アタラクシア。しかし、そこに起源はない。終点は、そのまま始点へと連結される。家路・旅路に終わりが見えることはない。

 アルバムのラストを飾る7曲目は、“Eagle”。鷲が舞い降りる。暗い大地に。黒い波間に。地を這うような重々しいサウンド。ヘヴィなノイズとなって、大きくうねるNWI!。長く険しい実りなき旅路。全ては大いなる虚無と空無へといたる。起源へと向かう者の旅路に、終わりが訪れることは決してない。それでも、静かに、ゆっくりとスピードを上げてゆくアンサンブル。色を失っていた景色に、赤と黄の陽光が差し込む。混沌から生成される旋律。大きく翼を広げて、鷲が大空へと舞い上がる。流麗に、うねりながらとぐろを巻くヴァイオリンの音。万物は流転し、あらゆるものは回帰する。鷲は舞い戻る。金色の蛇を伴って。そして、そこにまた旅路が開ける。終わりのその向こう側へと。

 アルバム“Nice Wings, Icarus!”は、大変に生々しいサウンドでNWI!が奏でる独特の音楽性を伝えてくれる作品となっている。その複雑なアンサンブルが緻密に組み立てられ、活き活きと躍動しながら目まぐるしく展開してゆく様子を、まざまざとそこに聴き取ることができる。轟音で鳴るバンドのサウンドと、高らかに鳴り響くヴァイオリンの音色のスリリングなせめぎ合いが、全編に渡って繰り広げられる。直接対峙する張りつめた弦と弦の響きが、熱くクールに絡み合い削り合い突き上げ合う。そこには、基本的にライヴ・レコーディングがなされた作品ならではの、ほとばしるような臨場感がある。緻密な構成の楽曲だからこそ見えやすくなる生演奏ならではの粗さ。敢えて修正せずに残したままになっている細かなミス。この素朴なまでの粗雑さは、おそらく、バンドがひとつの音塊となったときのグルーヴ感の表出を重視した結果なのであろう。そうした部分から醸し出される、蠢くような質感をもったNWI!のサウンドのダイナミズムには格別のものがある。特に、ドラムのカシャネンコによるカウントからスタートするラスト3曲に、この傾向は顕著に表れている。ここでは、一点に集中し、ひたすらに前進するNWI!を聴くことができる。

 ギリシア神話に登場する青年イカルスは、父親のダイダロスが作った人工の翼で空を飛ぶ。しかし、その翼は蝋細工であったため、あまり高く飛びすぎると太陽の熱で溶けてしまうものであった。ダイダロスは、そのことをイカルスに対して前もって厳しく警告していた。だが、若いイカルスは翼を背に大空に舞い上がると、すっかり舞い上がってしまい、父の警告を忘れてしまう。そのまま限度を越えて高々と飛び続けたイカルスの翼は、やがて熱で溶け出し、父親の言いつけを守らなかった青年は、真っ逆さまに海へと墜落する。
 NWI!とは、まさにこの蝋でできた人工の翼のことである。それは、高く飛びすぎても低く飛びすぎても具合の悪い翼である。熱くなりすぎると溶けてしまうし、逆に抑制しすぎると本来の翼の役目を果たさない。そのバランス感覚は、ギターとヴァイオリンのふたつの全く異なる弦楽器の音響が、ひとつのバンドのアンサンブルの中で拮抗する様にも、ある種通ずるものがある。それぞれは、互いの領域を侵し過ぎることなく自らの弦の音を響かせ、互いを殺し合わぬ限度を踏まえて最大限に引き立て合わなくてはならない。少しでもそのバランスを間違えば、即座にNWI!の翼は捥げ、バラバラとなって、そのアンサンブルは真っ逆さまに海へと墜落してしまう。

 NWI!は、ウクライナのバンドである。ウクライナというと、やはり最近はチェルノブイリ原子力発電所のことが真っ先に頭に思い浮かぶ。このNWI!のアルバムが再リリースされた11年4月20日の翌週、4月26日にチェルノブイリ原子力発電所は、原子炉の炉心溶解に伴う爆発事故から数えて、ちょうど25年という節目の日を迎えた。NWI!が活動の拠点とするウクライナの首都キエフは、チェルノブイリの南130キロという場所に位置する。キエフの街の傍らを南北に流れるドニエプル川の上流に、チェルノブイリやプリピャチという街はある。原子力発電所の事故としては最も深刻なレヴェル7という史上最悪の事態となったチェルノブイリというものを、その目と鼻の先に臨む大都市キエフは、この25年の間ずっと絶えることなく、この大事故と関わり続けてきた。目を背け、関係を絶とうとしても、決して断ち切ることを許されぬ、不条理極まりない関係性といったほうが正確であろうか。キエフの人々にとって、目に見えない放射性物質や放射線と間近に向き合って生きる25年とは、一体どのようなものであったのだろう。
 事故から25年を経た今もまだ、チェルノブイリ原子力発電所から半径30キロ圏内は居住禁止区域となったままである。また、チェルノブイリから半径350キロに及ぶ広範囲に渡って、高濃度の放射性物質により汚染された地域が点在しており、そこでは農作物の作付けや牧畜や養豚・養鶏などの畜産業を営むことが今も禁止されている。こうした現実は、今のわたしたちが直面している事態と、そう遠くないもののように感じられる。いや、そう遠くないものではなくて、おそらくは全く同じものなのである。
 11年3月11日に発生した東日本大震災の地震と津波による甚大な被害によって引き起こされた福島第一原子力発電所の事故は、チェルノブイリ原子力発電所の事故と同等に深刻な、レヴェル7のものであると暫定評価されている。福島では、地震と津波によって全ての電源が失われ、緊急停止した原子炉や核燃料プール内の使用済み核燃料を冷却することが不可能となり、一時は全くコントロール不能な事態に陥った。そして、炉心溶融や施設の破損などが原因と思われる水素爆発が次々と起こり、高濃度の放射性物質が大量に外部へと漏出してしまうこととなった。いまだに予断を許さぬ状況が続いており、事故そのものの全貌と詳細は殆ど明らかになってはいない。ただし、規模の大きさや程度の違いこそあれ、福島とチェルノブイリは、同程度に評価されるレヴェル7の深刻な事故なのである。本来であれば決して起こってはならない、大量の放射性物質が外部に漏れ出すという事態が、そこでは実際に起こってしまったのである。
 史上最悪の原発事故を130キロ北の空の下に感じながら、キエフの人々は、この25年間の生活を続けてきた。それは、そのまま、今後何十年にも及んで、福島から約200キロの首都東京が辿ることになる運命そのものである。わたしたちの今とこれからの生活にとって、奇しくも非常に近しい存在になりつつあるキエフ。この街のこの25年間の経験からは、必ずや何か学び取るものがあるに違いない。
 25年前の事故が、このNWI!のアルバムに、どのように影を落としているのかはわからない。直接には何の関係もなく、表面的には何も表されていないと見るのが、妥当であろう。しかし、彼らの音楽を取り巻く日常生活の、すぐそばにチェルノブイリがあることは確かなのである。わたしたちの頭の中から、あの福島第一原子力発電所の水素爆発で吹き飛んだ原子炉建屋のイメージが片時もぬぐい去れないのと同じように。そこにはレヴェル7を間近に感じ、目に見えぬ脅威の飛散を日々の生活の中で感じている者のみが感覚できる、何かしらが存在しているはずだ。このように同様の境遇と運命の下にあるキエフと東京だからこそ、何か共感することのできる部分もあるのではなかろうか。だからこそ、このNWI!の作品にも、具に耳を傾けずにはいられないのである。キエフから届けられた音楽から、この全く思いもよらなかった運命を背負って生きる心構えのようなものを、何かしら聴き取りたくてたまらない気分であるのかも知れない。

 NWI!と同様にネット・リリースの世界で注目を集めている、ヴァイオリンなどの古典的な弦楽器を取り入れたポスト・ロック・バンドを、ここで少しばかり紹介しておきたい。そのバンドは、ルーマー・キューブス(Rumour Cubes)という。ルーマー・キューブスは、ロンドンを拠点に活動する六人組のバンドである。ツイン・ギターというバンド編成はNWI!と同じであり、インストゥルメンタル曲を演奏するというところまではバンドの性質としても非常に似通っている。だが、両者が最も異なる点は、ルーマー・キューブスにはヴァイオリン奏者だけでなくヴィオラ奏者まで所属しているという部分であろう。そこでは、より厚みのあるストリングス・サウンドが展開される。また、エレクトロニクスを大胆に取り入れ、アンビエント的なサウンドスケープをフィーチュアしている点も、実に特徴的だ。ルーマー・キューブスは、マス・ロックやプログレッシヴ・ロック的な側面をもつNWI!よりも、よりポスト・ロック寄りの音楽スタイルに踏み込んだバンドだといえる。10年9月1日にBandcampを通じてセルフ・リリースされたデビューEP“We Have Sound Houses Also”が各所で好評な彼らだが、現在ロンドンの名門スタジオ、Cafe Music Studioにおいて新作EPの録音を行っている真っ最中であるらしい。完成が今からとても楽しみである。期待して待ちたい。

 最後に、本稿の主役であるNWI!の今後についても軽く触れておきたい。どうやら、この春、彼らは約2年ぶりとなるレコーディングを行っているようなのだ。デビュー作の“Nice Wings, Icarus!”が、Clinical Archivesより再リリースされたことを受けて、タイミング的にもまあ申し分のない頃合いでの新作の制作といえるであろう。今回のレコーディング作業の成果は、4曲入りのEPとして発表される予定であるらしい。前作に引き続き、すでにライヴで演奏している楽曲が中心となるようなので、またしても存分に躍動感と臨場感に満ちあふれた一作となるのではなかろうか。さらに深く音の旅路をゆくNWI!を聴くことができそうだ。実に楽しみである。大いに期待して待ちたい。(11年)

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