溝!

アクセスカウンタ

zoom RSS Magic Studio: Flash In The Dark

<<   作成日時 : 2011/03/20 04:00   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

Magic Studio: Flash In The Dark
mystery-studio.blogspot.com(Magic Studio)
Super Magic Records

画像 マジック・ストゥディオ(Magic Studio)のアルバム“Flash In The Dark”。これは、11年2月23日にマジック・ストゥディオ(以下、マジック・スタジオと表記する)によるブログ、Magic Studio - Musical Project 80sを通じてセルフ・リリースされた作品である。
 マジック・スタジオは、ロシア西部の都市、ニジニ・ノヴゴロドを拠点に活動するアーティスト、アントン・ウラソフ(Anton Vlasov)によるソロ・プロジェクト。その音楽性は、ウラソフが開設しているブログの名称からも察せられる通り、バリバリに80年代リヴァイヴァルを指向したものである。しかも、その大看板に違わぬ、ちょっと空恐ろしいほどに本気の、かなり本格的なサウンドを聴かせてくれる。具体的には、80年代前半のイタロ・ディスコやユーロ・ディスコに強く影響を受けた音。あの妙にペラペラでチープだが力強いサウンドで、キラキラとプラスティックに輝いて威勢よくダンスフロアに鳴り響いていた往年のディスコ・サウンドが、約30年もの時を経て、遠く北上したロシアの地で再び息を吹き返し蘇っているのである。これは、なんとも興味深い現象ではないだろうか。
 古くからロシア(旧ソ連、及び東欧圏)では、現代音楽としての電子音楽や実験音楽が盛んに制作されてはいた。これには、西側の退廃的なポップ・ミュージックに対する、前衛的な音楽芸術をイデオロギー的に押し進めていたという側面もあったに違いない。おそらくは、そうした過去の時代に濃厚に培われた音の血脈が、彼の地で現代にまで脈々と流れ続けているのであろう。特に、アンダーグラウンドな方向の奥地へと向かえば向かうほどに、その血の濃度は高くなる傾向にあるようである。よって、ニジニ・ノヴゴロドのウラソフのように人知れず音作りに没頭している無名のアーティストが、とんでもなくアナクロニックな驚きのサウンドを奏でていたりする。まるで長い年月をかけて濃縮培養されてきたかのように。
 東欧圏やロシア西部においては、(比較的に)中古市場においてヴィンテージ物の電子楽器や機材などが入手しやすいという事実があるのではなかろうか。よって、それだけ、そうした音作りを志すアーティストが、あの当時の本物の音に親しむ機会も豊富にあるということなのであろう。このような音楽的な歴史や環境こそが、マジック・スタジオのような本格派のオールドスクールなエレクトロニック・ミュージックが、今もロシアの地に息づいている、大きな要因であるのかも知れない。
画像 そんなロシアの現状を明らかに裏付けるような注目に値する作品が、ロシアのネットレーベル、Laser Visaより、マジック・スタジオの本作に先がけて発表されていた。Laser Visaは、モスクワに拠点を置くシングル作品専門のネットレーベル、45RPM Recordsの傘下に設立されたサブレーベルのひとつ。このレーベルは、80年代スタイルのシンセ・ポップやエレクトロ・ディスコ、スペースシンセ/コズミック・ディスコに完全に特化した(極めて強烈な)リリースを展開している。そんなLaser Visaから11年2月8日に発表されたのが、コンピレーション・アルバム“Radio Of Aliens Vol. 1”であった。ここでは、(イントロとアウトロを含む)全14曲の収録曲中で、ポルトガルとポーランドからの参加が認められる二組のアーティストによる4曲を除いた、大半の10曲がロシアで制作活動を行っている五組のアーティストによる楽曲となっている。つまり、知られざる本格派のロシア勢が、この作品にこぞって参加しているのである。
 では、そのロシア勢の顔ぶれを簡単に紹介しておこう。まずは、このアルバム全体のコンパイルも担当しているエフゲニー・ハリトノフ(Evgenij V. Kharitonov)のユーゲンハ(EugeneKha)。そして、ハリトノフは、別ユニットのスペースバーズ(Spacebirds)でも、この作品に楽曲を提供している。ローマン・ボザック(Roman Bozhok)は、シンセ・ディメンション(Synth-Dimension)として参加。そして、アンドレイ・ツァハリチェフ(Andrey Zaharichew)は、プロジェクト・A(Project-A)として参加している。そして、ここに、アントン・ウラソフのマジック・スタジオを加えた全五組だ。ちなみに、ツァハリチェフのプロジェクト・Aは、マジック・スタジオとの連名でのコラボレーション作品(“Hypnotic Atmospheres”と“Road To Nowhere”)をMagic Studioよりセルフ・リリースしていたりもする。おそらく、両者は、非常に近い位置で音楽制作活動を行っており、ともにマニアックな電子音楽を指向している者同士として非常に密に交流しているのではなかろうか。
 この“Radio Of Aliens Vol. 1”という作品は、聴けば聴くほどに、これが本当に21世紀に制作された音楽なのかと疑いたくなってきてしまうほどに、迫真の80年代エレクトロ・ディスコ・サウンドが目一杯に詰め込まれた内容となってる。スペースバーズも、シンセ・ディメンションも、完全に往年のイタロ・ディスコのマナーを正しく踏襲した、近未来SF映画的スペース・サウンドを奏でているし、プロジェクト・Aは、安っぽいが勇壮なアルペジオのメロディの応酬で80年代のエレクトロ・ディスコの世界を再構築してみせる。また、PWL期以前の哀愁のユーロ・ディスコを華麗にリヴァイヴァルさせる、ポーランドのトマス・モショル(Tomasz Mochol)によるシンスオーリオン(Synthaurion)や、エクスペリメンタルなエレクトロニック・ミュージックの系譜に連なるチープながらも壮大なスペース・シンフォニーを展開する、ポルトガルのベルナルド・イアンプレイア(Bernard lampreia)によるスペース・ステーション(Space Station)といった 、国外からの刺客たちも素晴らしい本格派の楽曲で、アルバムに鮮やかな彩りをもたらしている。
 マジック・スタジオは、このドップリと80年代風のスペーシーなエレクトロニック・ディスコに染まった“Radio Of Aliens Vol. 1”に、ふたつの楽曲を寄せている。その“Out Of The Blue”と“The Sound Of Silence”の2曲は、ともに本作“Flash In The Dark”の収録曲でもある。アルバムのリリース前にスニーク・プレヴュー的にコンピレーション・アルバムで新曲が披露されたという感じであろうか。いや、実際には、アルバム“Flash In The Dark”のリリース形態は地味なセルフ・リリースであるため、この2曲の役割はティーザーであったと捉えるほうが、もしかすると正しいのかも知れない。何を隠そう、この私自身も、Laser Visaからのリリース作品からリンクを辿っていって、今回のマジック・スタジオの新作アルバム“Flash In The Dark”のリリースを知ったクチであるのだから。
 Magic Studioを遡って確認する限り、これまでにマジック・スタジオは、(この単独の名義では)五つの作品をセルフ・リリースしているようである。10年5月10日にアルバム“Virtual Dreams”が発表されており、本作は、それに続く約10ヶ月ぶりの(Magic Studioからの)セカンド・アルバムとなる。その間には、4作のミニ・アルバムと、プロジェクト・Aとのコラボレーション・プロジェクトでの2作の、計6作をリリースしている。どうやら、かなり多作なタイプといえそうだ。本当に、根っからのイタロ・ディスコ/ユーロ・ディスコのマニアであり、極めて精力的にコツコツと制作活動に打ち込んでいるのであろう。凄まじいまでの本気度である。しかも、その80年代的な音作りの面に関しては、かなり堂に入った本格派の域に達してしまっているのだから、これにはもう、ただただ驚愕するしかない。
 アルバム“Flash In The Dark”は、全10曲を収録したアルバムである。まず、そのジャケットから、思いきりSF感は全開となっており、近未来と異星の景色が交錯したような青紫色の黄昏を、そこに見てとることができる。まるで作り物のようにスペーシーで、どこか懐かしさのある未来。全体の長さは、42分48秒。このあたりも絶妙に80年代を感じさせるものがある。もしも、これがアナログ盤のアルバムであるならば、ちょうどA面とB面に5曲ずつを収録する形に配分できそうな全体の構成なのである。80年代後期、CDアルバムでの作品のリリースが当たり前のこととなってきた頃に、初めてレコードをA面からB面へとひっくり返すインターヴァルを置かずに、自動的に通常の曲間と違わぬタイミングで全体を続けて聴くことが可能となった。このアルバムの長さは、そのアナログ盤の形態から徐々に切り替わってゆく当時のCDアルバムを聴いているような感覚を思い起こさせてくれる。全体の流れの中で5曲目に、ひとつ目の大きな山場が訪れ、6曲目からまた新たにリスタートしているような雰囲気は、まさに元々はアナログ盤であった作品が、CDアルバムとしてもリリースされた感じそのものである。さすがは、筋金入りの80年代狂のマジック・スタジオである。何から何まで、とても芸が細かく、キッチリと計算ずくでなされているように思える。
 オープニング・トラックは、ささやかな導入部となる“Intro”。1分39秒の小曲であるが、青紫の黄昏空の水平線の彼方から静かに迫りくる未確認飛行物体が、ユーロ・ディスコのサウンドを伴って駆け出し始める様を、そこに見ることができるようだ。近未来SF世界に舞い降りたマジック・スタジオによる、新たな冒険の幕開けである。
 2曲目は、タイトル・トラックの“Flash In The Dark”。いきなりアルバムの本題へと突入することになる。黄昏の空を後にすると、そこは暗く冷徹な闇の世界。眩く光るマジック・スタジオは、その暗闇を切り裂くようにひた走る。淡々と刻まれるビートに、やわらかにゆらめくメロディが次々と絡み付き、徐々にそのスピード感を増してゆく。リコーダーやヴァイオリンの音色によるトラッド調の旋律が、どこか懐かしくもある近未来の空気感を、俄にかき立てる。凄まじく威勢がよいようで、よく見てみるとスカスカで頼りなさげ。そんなアンバランスさも、イタロ・ディスコならではの魅力のひとつ。4分51秒。ひたすらに、そのクールな疾走が繰り広げられる。
 3曲目は、“The Sound Of Silence”。静寂の音。ややBPMは抑えられ、闇を突き抜けたマジック・スタジオのサウンドが、ゆったりと幾何学的な空間の全体に広がってゆく。どこまでも無機質に、メカニカルに。そこに人の気配らしきものはない。しかし、それでも儚く揺らぐ旋律は、よりメランコリックな色合いを濃くしながら、冷めた空気の上を滑るようにジンワリとにじみ出してゆく。奇妙な静寂に包まれながら、全ては予め決定されていたことのように、淡々と進行する。透明感のある音のヒダが幾重にも折り重なり、虹色のアンビエンスが形成される。静的な電子音で描き出される5分23秒の寂寞。
 4曲目は、“Impossible Mirage”。黄昏の地平線を覆い隠してしまう把捉不可能なほどの蜃気楼が、ゆっくりと立ち上がる。さらにBPMは下がり、盛り込まれた瑞々しい旋律とビートの音数は増加する。そのサウンド全体から、グッとコズミック感が湧き出してくる。青紫の蜃気楼の空へ、フワリと飛び上がるような3分55秒。光線を七色に凝固させたようなアルペジオの音の粒に導かれて、宙空を駆けるマジック・スタジオ。しかし、楽曲の終盤では、一転して冷静さが取り戻され、地に足をつけた音の流れへと還ってくる。黄昏の空は暮れてゆき、浮遊していた光は静かに沈み込んでゆく。
 5曲目は、“Midnight”。真夜中。本作の最初のハイライトが訪れる。深い夜の闇の奥底から、眩く光を放つマジック・スタジオ。長い光の尾を従えながら、全てがまた新たに生まれ変わる真夜中の一瞬を、スリリングに駆け抜ける。ロックとクラシックの様式をミックスし、それをイタロ・ディスコのマナーで再構築したようなサウンド。高らかに鳴るギターやストリングスのフレーズ群によって醸し出されるチープな勇壮さと、センチメンタルに旋回する澄み切ったメロディ。終盤には銃声も響くスペース・ハードボイルドな6分16秒。この闇と光のコントラストのうちにアルバムの前半は、その全行程を終える。そして、すぐに、これに続く第二幕の幕が上がる。
 6曲目は、“The Blue Circle”。新たな扉が開かれ、そこに青い環が出現する。真夜中過ぎの空間に浮かび上がる、澄んだ冷たい青い光。淡々としたビートが低空飛行のグルーヴを駆動し、空間全体が緩やかに旋回し始める。青い環とともに循環しつつ、ジワジワとサウンドの細部を展開してゆくマジック・スタジオ。ささやかな哀感漂うメロディが切々と零れ落ちる、哀愁のユーロ・ディスコである。絶妙に透明感のある音像が、優美な儚さを演出する。終盤、ビートが停止し、青い光の環のアンビエンスが、一面を包み込んでゆく。冷ややかだが優しい光。まるで夢でも見ているかのような5分26秒。
 7曲目は、“Electronic Pause”。青い光の中で停止したビートは、ゆったりと再スタートする。ジクジクと這うような足取りで、辿々しく足許を探りながら心許な気な旋律を携えて辺りを巡回する。それでも、すぐにまたビートは再び一時停止し、そのサウンドは空間に降り注ぐ光と闇とに翻弄されるままになってしまう。立ち止まり、最も早い朝の訪れを待つ。エクペリメンタルなエレクトロニック・ミュージックの匂いも微かにする、3分57秒の可憐なる電子音の戯れ。感傷の海に沈むマジック・スタジオ。
 8曲目は、“Travel In Time”。滑るように走り出す四つ打ちビート。絡み付く粘性のコズミック感をまといながら、大いなる真夜中と正午を交互に突き抜ける。けたたましく乱入してくるギター・ソロ。零れ落ちてゆく時間の間隙を縫うようにマジック・スタジオの旅路は続く。近未来が、さらに近くなり、そしてまた遠くなる。光も闇も瞬時に遥か遠い後方へと流れゆく、時を駆けるスペース・ディスコ。果てしない回帰。4分19秒のタイム・トラヴェル。
 9曲目は、“Out Of The Blue”。青紫の黄昏と青く光る環を突き抜ける、勇壮なるイタロ・ディスコ。どこまでもどこまでも真っ直ぐに突き進んでゆくマジック・スタジオ。ブルーな呪縛を振り払い、感傷の憂鬱を撥ね除ける。レーザー・ビームの如き旋律が交錯する2分51秒。
 10曲目は、“Silence”。アルバムのラストを飾るアグレッシヴなユーロ・ディスコ。飛び交う解き放たれた色とりどりのメロディの競演。まるで停止と静寂に対し、必死に断固として抗うかのような4分15秒。ひたすらにマジック・スタジオのもつ80年代ディスコ狂の魂が炸裂しまくる。そのサウンドは時空を越えて、何度でも蘇る。青紫の黄昏が暮れる時、また新たな光と闇の旅が始まる。そして、魔法のスタジオからは、四つ打ちのビートと勇壮なメロディが鳴り響く。その真っ直ぐな旅路に終着はない。
 “Flash In The Dark”は、全く隙がないほどに80年代のイタロ・ディスコ〜ユーロ・ディスコのサウンド様式を展開しまくったアルバムとなっている。全10曲ともに、チラリとも今風のダンス系の音の感触を垣間見せることはない。マジック・スタジオの周囲の時間の流れは、およそ30年前に完全に停止してしまったのかも知れない。しかし、こうしたことを言っていると、マジック・スタジオのアントン・ウラソフが、まだ30歳にもなっていないような若者だったりすることが現実にあるから、笑えるというか、逆に怖い。00年代を通じて吹き荒れた80年代回帰の動きは、世界中の多くの若い世代をイタロ・ディスコやコズミック・ディスコの恐ろしいヴィールスに感染させてしまっているのである。若いうちに、こうした変な音楽にかぶれるのは、本当に危険だ。自らの実経験を鑑みて、つくづくそう思う。
 11年1月30日、カスコ(Casco)のアーティスト名で活躍した、サルヴァトーレ・クザト(Salvatore Cusato)が他界した。クザトは、80年代初頭の電子音楽隆盛期に、時代の最先端を突っ走った、イタロ・ディスコの代表的プロデューサーのひとりである。特に、カスコとして83年に発表したデビュー作にして最大のヒット曲となった“Cybernetic Love”は、その鮮烈にして完成度の高いエレクトロ・ディスコ・サウンドで、その後の80年代のエレクトロニック・ダンス・ミュージックに多大なる影響を及ぼしたことでも知られる。カスコの輸入盤12インチ・シングルが、シカゴのハウス・ミュージックやデトロイトのテクノ・ミュージックを生み出したアンダーグラウンド・クラブにおいてヘヴィ・プレイされていたことは広く知られている。そして、この“Cybernetic Love”の近未来SF的なスペース・ディスコは、マジック・スタジオの音楽性にとっても明らかに直系の先祖であり、そのサウンド・メイキングの部分においても最も手本としているものであるだろう。エレクトロニック・ダンス・ミュージックの世界に巨大な足跡を残したサルヴァトーレ・クザトは、もうこの世にはいない。しかし、その音楽的な魂は、リリースから30年以上が経過した現在でも深く強く影響を及ぼし続けている。この“Flash In The Dark”を聴けば、それは誰の耳にも明らかなはず。偉大なるオリジネーターによって作り上げられたサウンドは、こうした決して絶えることなく増殖し続ける本気なイタロ・ディスコのヴィールスの感染者たちの手によって、いつまでもいつまでも継承されてゆくはずである。
画像 マジック・スタジオは、このアルバムのリリースの僅か4日後の11年2月27日に、早くも新作を発表している。それが、同じく2月の頭にコンピレーション・アルバム“Radio Of Aliens Vol. 1”をリリースしていたLaser Visaからの全2曲収録のシングル“Explorer”である。これで、マジック・スタジオは、この2月中にコンピレーションへの参加から始まって、アルバムとシングルのほぼ同時リリースと、計3作の(関連作を含む)リリースを立て続けに成し遂げたことになる。まさに、リリース・ラッシュだ。マジック・スタジオにとって、この11年の2月は、とても大きな意味をもつ一ヶ月になったに違いない。次々と作品がリリースされたことにより、そのアクの強いサウンドがもつ個性にも注目が集まり、きっとかなり多くの新たなリスナーを獲得することに繋がったはずだから。
 シングル“Explorer”のタイトル曲である“Explorer”は、10年12月28日にMagic Studioよりセルフ・リリースされていた全7曲収録したEP作品“Explorer”のタイトル曲でもあった楽曲である。つまり、既発曲の再リリースであったわけだが、この非常にクオリティの高い美しく叙情的なユーロ・ディスコ曲は、より多くのリスナーに聴かれて然るべきであるので、今回のLaser Visaの英断には全く狂いがなかったと言うしかない。そして、ここでさらに注目すべきなのは、“Explorer”のカップリング曲として収録されている、完全なる新曲の“Light Of This World”の存在である。
 冷たく澄んだピアノの鍵盤の響きに導かれて、颯爽と滑り出すエレクトロなグルーヴ。瑞々しい電子音のアルペジオが跳ね回り、小気味よくハンド・クラップとオーケストラ・ヒットが鳴り響く。“Light Of This World”は、タイトル曲の“Explorer”と比較しても決して見劣りのしない、実に気合いの入ったユーロ・ディスコ・スタイルの名曲となっている。いや、聴き様によっては、そのサウンドのもつ勢いと華麗さで、こちらのカップリング曲の方が、実際はメインなのではないかと思えてくる節もあったりする。また、楽曲のタイトルから判断するに、もしかすると、これはアルバム“Flash In The Dark”の番外編にあたる作品という聴き方もできるのではなかろうか。アルバムの終幕を覆いつくした全的な静寂の、その先に眩く鮮やかな光の世界が存在していたのである。深い真夜中の闇は駆逐され、深い真昼の強烈な光が世界に満ちあふれている。(△)
 このマジック・スタジオによるアルバム“Flash In The Dark”は、80年代のイタロ・ディスコ〜ユーロ・ディスコの音楽的な魅力と、その凄まじく強い生命力のほどを、まざまざと伝えてくれる一作となっている。音楽的な魅力があるから感染者が絶えないのか、生命力が強いから魅惑的な輝きが増してゆくのか、まるでニワトリと卵のようで、どちらが先なのかは全く判然としない。しかし、とにもかくにも、イタロ・ディスコは、間違いなく生きた20世紀の音楽文化遺産のひとつであり、その眩いばかりの輝きで現在も多くの感染者を日々増殖させている。これは、紛れもない事実だ。
 80年代初頭に社会の周縁や片隅で産声をあげた音楽には、その後に単なる音楽スタイルとしてだけでなく、ひとつの文化までをも形成するほどに大きな動きとなって、現在にまで脈々と継承されているものが多い。アンダーグラウンドなクラブという地下の暗い小さな空間から出現した、ゴス〜ゴシック・ロック〜ダーク・ウェイヴや、ハウス・ミュージック〜アシッド・ハウスなどのムーヴメントは、その最たるものであるだろうし、そしてまた再評価の熱が冷めやらぬイタロ・ディスコなども、明らかにそれに準ずるものであるだろう。その誕生から約30年ほどの時間が経過している現在、それはもう、ひとつの文化として、その音楽を取り巻く世界にシッカリと根を張りつつある。かつては時代の徒花的な存在であったものほど、長い時間をかけて地下世界でゆっくりと純粋培養され続け、しぶとく力強く生き残り続けるのかも知れない。なんとも興味深い現象である。
 イタロ・ディスコは、生きている。そして、それは、そう簡単に死に絶えることはないだろう。このマジック・スタジオのアルバムや、Laser Visaからのリリース作品は、そうしたことをまざまざと痛感させてくれる。いや、寧ろ、そのことを強く確信させてくれると言ったほうが適切であろうか。80年代のイタロ・ディスコ〜ユーロ・ディスコが、ジャストな四つ打ちビートとチープな音色の勇猛なメロディとともに駆け続ける、その時空を飛び越えてゆく旅路は、どもまでもどこまでも続いている。80年代初頭には、夢と憧れに満ちた近くて遠い近未来であったはずの21世紀のイマを突き抜けて、遥か遠く先の先の、そのまた先まで。(11年)

追記
 この△印のところまで書いた日(11年3月11日)の午後、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)に見舞われた。あまりにも激しい揺れ(震度6弱)で、部屋の中も散乱した大量の物で溢れかえり、相当にメチャクチャな状態となった。大きな余震も2〜3日の間、頻繁に起こり、精神的にも肉体的にも、完全に参ってしまった。少し愕然としてしまい、後片付けも遅々として進まず、なかなかこの続きの部分を書く気持ちの余裕も生まれなかった。
 地震から数日が経ってから、毎日使っていたペンが、どこにも見当たらなくなっていたことに気づいたのだが、それがまたショックを増長させた。すぐ手に届くところにあったはずなのに、どこかに忽然と消えてなくなってしまっていたのだ。ほかの物は、散乱した場所から大体見つかっているし、何とか消息は把握できているのだけれど。どうでもいいような物は次々といろいろ出てきて、必要だと感じる肝心な物が出てこない。なんとも皮肉なことである。今回の大地震は、こんな風に、とても多くの人々の本当に大切なものを、一瞬にして奪い去っていってしまったのだろう。
 そんなことを書いていた直後に、ずっと探していたペンを、ようやく発見することができた。床に散乱した大量のCDを拾って、ボンボンと突っ込んでおいた箱の中で、なぜかCDたちの下敷きになってしまっていたのである。どうして、あんなところに紛れ込んでいたのだろう。地震で大変に混乱してしまっていたせいで、この出来事の因果関係を辿ってゆくことができない。探し物というのは、しばしば予想だにしない場所から見つかるものであったりする。全く意味がわからない感じなのだが、とりあえず、探していた物が無事に見つかって本当によかった。他人から見れば、ただの何の変哲もない一本のペンかもしれないが、自分にとっては、とても手触りや持った時の感触がよい、大切な物だったのである。こんな時は、そんな小さなことででも、ものすごく安心できるものである。(11年3月14日)

 11年3月15日、なんとかかんとか△印以降の部分を書き終えた。一応。ようやく頻繁に起きていた余震もおさまりつつある。ここ数日間は、ずっと揺られていて、本当に船にでも乗っているようであった。ただ、現在でもまだ強い余震は度々起こるし、発電所の事故などによる電力供給不足によって計画停電も続いている。なんとも殺伐として慌ただしい、落ち着かない空気が、あたり一面に漂っている。暗さを嗅ぎ取ろうとすれば、どこからだって嗅ぎ出せるだろう。何から何まで、不安なことばかりだ。まだまだ、ひとつの巨大な大惨事の、ほんの序の口に立っているだけなのではないか、というような気分になってきてしまう。あの地震の日から、ずっと悪夢のような日々が、そこら中で続いている。いつになったら、この悲惨な闇から抜け出せるのであろうか。(11年3月16日)

 ようやく一度目の全体的な推敲を終える。まだ、なかなか集中して作業が進められる感じではない。毎日の計画停電が、全てのペースをスロー・ダウンさせている。今から思うと、おそらく△以降の部分は、地震の前日にノートに書き留めておいたメモを元に書かれているのではなかろうか。すでに、あの日前後の記憶が、非常に曖昧なものになってきてしまっているのだが。多分、それゆえに、意外に早く、書く作業を再開できたのではないかと思う。あの地震直後の状態では、何もないところから書くのは、かなり困難であったと思うから。ほぼ、まとまった文章が書けるような心理状態では到底なかったし、頭の中もずっと混乱したままであった。ノートにメモしておいて、本当によかった。頭の中で構想していただけでは、翌日の地震のショックで、全て脳内から消去されてしまっていただろう。明日も計画停電がある。電気の有難味を思い知る(11年3月18日)

 二度目の推敲を終える。日本は、現在本当に大きな危機に立たされている。これは間違いない。今わたしたちは、何百年か後の日本史の教科書の年表、いや世界史の教科書にも載るであろうほどに、大きな出来事の真っただ中にいる。未来のヒトたちに、とても愚かだった21世紀の日本人と思われたりしないように、しっかりと行動してゆきたい。19日と20日の計画停電は回避。とても微妙なバランスの上に、今のわたしたちの生はある。このバランスを崩したら、何もかも終わりだ。気をつけなくては。このまま本物の畜群と成り果ててしまってはいけない。(11年3月19日)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
Magic Studio: Flash In The Dark 溝!/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる