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<<   作成日時 : 2010/09/25 04:00   >>

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San E: Everybody Ready?

画像 このところのSMとYGの怒濤の如き勢いに、やや押され気味な感もあるJYP Entertainment(チョ・グォン(Jo Kwon)のいる2AM、ニックン(Nichkhun)やテギョン(Taecyeon)のいる2PMなどが所属)より、一発逆転打となるべく送り込まれた新人ラッパー、サニー(San E)のデビュー作。しかし、見るからに、ちょっと異彩を放っている雰囲気である。大丈夫なのだろうか。これは、もしも見事に逆転打となったとしても、華々しい本塁打というよりも、微妙なエンタイトルドな二塁打あたりで、あまりスカッとしない部分を残してくれそうな顔立ちではないか。
 全体的な風情というか佇まいには、極めて芸能や芸人のノリに近いニオイすら漂ってもいるのだ。そうした殻を上手にまとうことで、自らのラップの詞の世界の土台を作り込み、背景を描き出していっているのだと思われる。別の言い方をするならば、おちゃらけた顔をもつ軟派なラッパー、サニーのキャラクターを、巧みにセルフ・プロデュースし、バッチリ演じ切っているともいえるだろうか。サニーのラップは、ある種のコントのようであり、コメディの要素を多分に含んでいたりもする。どうやら、このニュー・カマーは、かなりの曲者のようだ。
 実際、サニーは、売れっ子のアイドルたちを容赦なく面白おかしくパロディにしたり、あれやこれやとおちょくりまくるラップを歌っている。同僚であり仲間であるJYP Entertainmentのアーティストまでをも、そのネタとしてフル活用しながら。ポップ・カルチャーなど最初から全てシミュラークルでしかないのであれば、そのまたパロディなど、ただ軽く一笑に付すものでしかないだろう。敢えてサニー自身も「あまりシリアスに受け取らないで」とツイートし、笑いとユーモアの側面を強調してもいる。お気に入りのアイドルが、揶揄されたからといって目くじらを立ててはいけない。しゃべくり芸としてのラップは、そこに笑いとユーモアを共有できる場がなくては存立しなくなってしまうのである。
 伝統的にヒップホップの世界では、こうしたおちゃらけキャラを演じているラッパーの素顔は、往々にしてかなりの知性派であったりする。どうやら、サニーも、その例に漏れぬようである。韓国ヒップホップ・シーンにおける、その愛称は、先生(Teacher)である。また、かつて大所帯の音楽集団、オーヴァークラス(Overclass)の一員としてアルバム制作に参加した際には、“Rap Genius”なるソロ曲でラップしていたりもするのだ。ちなみに、この楽曲で、サニーは今年の3月に行われたKorean Music Awardsにおける09年度のBest Rap & Hip Hop Songを見事に受賞している。
 サニーのサンとは、山という意味である。その発音は、漢字の山の音読みであるサンと同じ。中国でも韓国でも日本でも、山は山であってサンなのだ。つまり、サニーは、高くそびえ立つ山なのである。その頂から四方八方を見渡すサニー。そして、この山上の賢者先生は、ラップをする際には笑いとユーモアをフル装備した、サニーとなって下界へと下ってくるのである。あまり本物の天才は、自分のことを大っぴらに天才だと言ったりはしないものなのかも知れない。だが、サニーは、雄大なる山なのだから仕方がない。このあたりは、もう大目に見るしかないだろう。誰がどの角度から見上げても、山は山としてしか目に映らない。その高さを疑う者など、誰もいないであろうから。
 ラッパーであり同時にプロデューサーも務めるサニーは、どこかQ・ティップ(Q-Tip)やカニエ・ウェスト(Kanye West)といった、その筋においてニュースクールや新感覚派と呼ばれたアーティストたちと共通する匂いをもっていたりもする。極めて個性的で、飄々とした雰囲気があり、ずけずけと物議を醸すようなことを言っても何となく許されてしまいそうな、いわゆるゴチゴチの硬派なラッパーとは明らかに一線を画すタイプである。
 力尽くで少しでも上へ上へとのし上がるために言葉で削り合うのが、ヒップホップの世界の常道だ。しかし、この手のタイプのラッパーたちは、さほど厳しく競い合うこともなく、いつの間にかスルスルと広いスペースへと抜け出ていってしまう。よって、結果的に、ごちょごちょとヒップホップのゲームを楽しんでいる連中を尻目に、ひとりだけのびのびと世間の視線を集めて目立ってしまったりもするのだ。
 意識的にゲームから排除されることで、それを勝ち抜くよりも、より多くのものを手にすることができる。小賢しい知恵者の処世術のようであるが、これはこれで、彼らが自らの才能に揺るぎない自信を抱いていることの証でもある。最初から勝敗がついているゲームに、敢えて首を突っ込んだりはしないのだ。そして、歴然とした能力や力量の差を、暗黙のうちに誰もが認めているからこそ、無益なゲームを挑まれることもなくなる。そうすることで、このタイプの才人たちは、さらに高みへと排除され、押し上げられていってしまうのだ。山に喩えれば、その山の頂は、下部のごちょごちょした地層に突き上げられるように、さらなる高みへと突き抜け、高々とそびえ立つことになるのである。
 サニーのラップが、最初に大きく注目されたのは08年のことであった。JYP Entertainmentの看板ガールズ・グループであるワンダー・ガールズ(Wonder Girls)の大ヒット曲“Nobody”のヒップホップ・リミックス・ヴァージョンとして制作された“Anybody”に、韓国ヒップホップ界の古株、ダイナミック・デュオ(Dynamic Duo)とJYPの社長にしてプロデューサーのパク・ジニョン(Park Jin-young)とともに客演を果たしたのである。この時点では、まだ無名のラッパーであったと思われるが、ここでのサニーは、決して気後れなどすることなく、名だたるヴェテランたちと互角に渡り合い、全く隙のないマイク・リレーを完成させている。これが、サニーという巨大な山が初めて出現した歴史的瞬間であった。そして、この時点で、全てのゲームの勝敗は大方ついてしまっていたのである。
 ヒップホップ・シーンにおいて、もはや、その技量の高さを認めぬ者はいない。だからこそ、先生とまで呼ばれているのであろう。その非常によく熟れた柔軟さと縦横無尽さをもつラップのスタイルは、迫真のヒップホップの現場において鍛え上げられ磨き上げられてきたものであるに違いない。芸とは、板の上で育まれてゆくもの。そこで芸人が真剣勝負を挑むのは、常に客席に対してでしかない。そのラップの流れは、とても間がよい。芸能としての話芸にも通ずるような絶妙な間だ。ビートに換算して言えば、もはや何分の一拍単位の言葉さばき。そして、いついかなる時も、そこにあるヴァイブを確かに捕らえて、しっかり掴んでもいる。先生は、かなりのスベリ知らずである。
 また、そこでは、一貫して非モテなキャラクター作りがなされてもいる。これも、サニーの笑いとユーモアのラップにおいては、非常に重要な要素として機能している。まるでアニメのルパン三世を地で行くかのように、どんなに華麗に仕事をこなしても、結局最後はお目当ての女の子にフラレてズッコケる。あまりにも型にはまった落ちの付け方であるが、決まった型があるからこそ芸なのだ。徹底した非モテは、最強にして不滅の自虐ネタとなる。こうしてサニーは、全身を鍛え上げ磨き上げたイケメンなアイドルたちと、非モテな自分とを対置させ、全てを木っ端の如く笑い飛ばしてしまうのである。
 デビュー作“Everybody Ready?”の1曲目を飾るのは、待ちに待った先生の到来を告げる“Introducing San E”。まずは、無事下山した先生からの鄭重なご挨拶である。シンプルでキッチュなエレクトロ・トラックにのせて、どこか童歌を思わせる無邪気なラップが軽快に炸裂する。全体的にはとてもワイワイと楽し気であるが、その縦横無尽な抑揚をもつライミングには、明らかに鋭すぎる程の切れ味が見え隠れしている。先生のラップは、間違っても飾り刀などではない。
 2曲目の“Tasty San”は、10年7月に“Bad Girl Good Girl”でデビューするやいなや各音楽チャートを制覇し、人気歌謡の世界に旋風を巻き起こしている中韓混合ガールズ・グループ、ミスA(miss A)のリード・シンガーとして活躍するミン(Min)のヴォーカルをフィーチュアした一曲。先生のお得意のスタイルである笑いとユーモアをふんだんに交えた、ヒップなポップ・ナンバーとなっている。そのイイ感じにユルいファニーでダンサブルなムードには、往年のデ・ラ・ソウル(De La Soul)などのニュースクール・ラップのノリをリヴァイヴァルさせているような雰囲気もある。弾むようにライト・タッチな先生のラップと、ミンによる透明感のあるシルキーなコーラスのコントラストが、実に絶妙である。
 3曲目は、絵に描いたようなサマー・リゾート風のループ感があるベタなトラックに、小粋でスムーズなラップをのせた“LoveSick”。懐かしのDJジャジー・ジェフ&ザ・フレッシュ・プリンス(DJ Jazzy Jeff & The Fresh Prince)の“Summertime”を、さらにメロウにレイドバックさせたようなムードである。完全に狙ってやっているのだろう。そして、クレジットを見る限り、この楽曲にはゲストのシンガーは参加していないようだ。つまり、ここで聴ける非常にテンダーな歌声は、サニー先生によるものということか。また、途中から登場するジゴロ風のラップも先生だとすると、ひとりで三役ほどを演じ分けていることになる。さすがは芸達者なサニー先生である。ひとりで何でもできてしまうのだ。
(※)この楽曲は、08年発表のサン(San)名義でのミックステープ作品“Ready To Be Signed”に収録されていた“LuvSic”のニュー・レコーディング・ヴァージョンとなる。
 4曲目の“B.U.B.U. (Break Up Back Up)”は、エレクトロニックでバウンシーなファンク曲。サニー先生と2PMのジュンス(Junsu)による息のあった掛け合いや、コーラスでのジュンスのスモーキーなヴォーカルなど、聴き所は非常に多い。ただ、楽曲の後半は、ほぼソウルフルにフェイクを決めまくるジュンスの独壇場となっている。ここでは、ちょっとばかし先生も遠慮がちなのだ。仲間の助太刀という他力を巧妙に利用して成り上がってゆくのも、知性派の証ということなのであろう。実にちゃっかりしている。
 5曲目の“You Want It”は、「スーパースター・サヴァイヴァル」出身の実力派シンガー、ジュ(JOO)のヴォーカルを大々的にフィーチュアした一曲。淡いピアノの音色が絡むザックリとしたトラックにリードされる、スムーズなヒップホップ・ソウルだ。澄み切った張りのある歌声をもつ若き歌姫が、美しく歌い上げる周囲で、先生の滑らかなラップが巧妙に場を賑やかしてゆく。しかしながら、先生のラップは、ひとつのトラック上で、常にヴォーカリストの本格的な歌唱と上手いこと共生してみせる。魅力ある歌い手の持ち味を決して殺さずに、自らのラップも最大限に生かすのだ。だからといって、ただメロディの合間に妙な間の手を入れるだけの、二流な仕事に徹している訳でもない。たった数分間の瞬間的な歌とラップの交錯において、超一級のスリリングだが深みのあるコラボレーションを成立させているのである。ジュンスの歌も、ジュの歌も、サニー先生の手腕によって、非常に魅力的な輝きを放つものへと見事なまでに引き立てられている。
 締めくくりの6曲目は、レトロなユーロ・ディスコ風のビートが弾けまくるパーティ・ラップの“Let’s Play”。イケイケで楽し気なムードのトラックを聴きつけて黙っていられなくなったのだろうか、ここにはワンダー・ガールズのイェウン(Ye Eun)が参戦している。スピード感満点に突っ走るビートに、先生のキレのよいラップとイェウンのノリのよい美しいコーラスがのる。最高潮を迎えたパーティが、どこまで突っ走ってゆくのか、まだ誰にも告げられてはいない。このままの勢いで第二幕へ突入するのだろうか。先生のデビュー作は、特に何の余韻も残すことなく、唐突に幕を下ろす。
 JYP Entertainment所属のキラ星の如きスターたちを惜しげもなく動員した、破格のデビュー作“Everybody Ready?”は、実に豪華でリッチな作品となっている。ゲストの顔ぶれを確認するだけでも、ちょっとお腹がいっぱいになってくる。ただ、これだけの客演陣を招き入れながらも、各楽曲から漂い出してくる非常にアクの強いサニーのカラーは、決して薄まってしまったりすることはない。どこを切っても、サニー先生のすっとぼけた顔が金太郎飴のように飛び出してくる。
 しかしながら、だからといって先生が己のアクの強さをエゴイスティックに振り回し、溜まりに溜まったルサンチマンを爆発させ、眩しいくらいに光り輝くスターたちを、ここぞとばかりに自らのラップの引き立て役として利用しているという訳でも全くないのである。豪華客演陣は、皆のびのびとそれぞれに極上のヴォーカル・パフォーマンスを炸裂させている。もしかすると、普段の自分の作品における歌唱より、却ってイキイキとしているのではないかと思えてきてしまったりするくらいに。
 それもこれも、全てはサニー先生がゲストのもてなし方を、非常によく心得ているからなのだろう。これはまた、先生のプロデューサーとしての力量も、ただならぬものであることを、見事に証明する部分である。ここに収録されている全6曲は、笑いとユーモアが花開くサニー・ワールドが、無限に広がる可能性をもつものであることを宣告する、その一端をチラ見せしたショーケースだともいえるであろうか。先生のヒップホップとは、まさにヴァラエティそのものなのである。そこに素材とネタのある限り、この山はどこまでも高々とそびえるのだ。
 キャッチーなコーラスをフィーチュアした“Tasty San”を引っさげて、9月の中旬より精力的なデビュー作のプロモーション活動に乗り出したサニー。そのラップで散々ネタにしている、きらびやかなアイドルたちがひしめく歌番組にも、ヒョッコリと何食わぬ顔で出演していたりするのが、何とも痛快である。しかし、そこでひとつ避けては通れぬヴィジュアル面での問題が浮上してきた。シックな黒の衣装で決めたミンと四人の女性ダンサーを引き連れて、先生がグルーヴィなラップをパフォームしてくれるのだが、そのファッションがいつもいつも妙にダサいのである。
 MCハマー(MC Hammer)というよりもモンペ風に着こなしたサルエル・パンツに、ミニ・ヴァミリの偽物といった趣きの妙なジャケットを合わせた、もはやギャグとも本気ともつかぬ変テコな格好は、まさに90年代前半のシルエット。そんな中途半端に時代錯誤的なファッション性を追求した服装で、シニカルかつコミカルなラップを繰り広げる姿からは、かなりのヤッチャッタ感がにじみ出しているようにも思われたのである。
 ただ、そうした悲しい程にいちいちズレた噛み合なさ具合にも、どこかサニーらしさが感じられたりもして、さらに翻って考えてみると「もしかして、全部狙いだったのかも?」と思えてきてしまったりもするから不思議だ。先生の笑いとユーモアにヒネリが利きすぎているせいで、目に映るもの全てが大真面目なパロディに見えてきてしまう。しかも、ダンサーたちの振り付けなどにも細かいネタが、ふんだんに散りばめられていて、何とも心憎いのだ。そこに最先端のダンスやアクロバティックな演出は一切ないのだが、片時も目が離せないような非常に娯楽性の高いパフォーマンスとなっているのである。
(※)パフォーマンスの最後は、肘を折り曲げた両腕で胸の前に三角の山形を作る、サニーのトレード・マークなのであろう決めポーズで締めくくられる。このポーズは、どこか李御寧先生が著書の『ジャンケン文明論』などで日中韓の歴史的・文化的な関係性をジャンケンに喩えて、韓国を鋏のチョキ=三角になぞらえていたことを思い起こさせるものがある(中国はパーで四角、日本はグーで丸)。そびえる山を模した三角のサインには、何か深い意味が込められているのだろうか。妙に気になるところではある。
 サニーの高度な技術と冴え渡る音楽的感性に裏打ちされたホットな面白ラップは、まさに脱不良系ヒップホップの逆襲だともいえるであろう。よく練られた笑いとユーモアで、人々の心を根こそぎ掴み魅了してしまう。ラップがお茶の間にまで浸透してゆくことに、どれほどの大きな意義があるのかは分からない。だが、そこから後に続く世代の才能が育ってくるのであれば、サニー先生がコミカルに作り込んだキャラクターを演じTVでラップするのも、決して無駄骨にはならぬであろう。先生が立派なオールドスクーラーになっている頃には、きっと新しいタレントによる鋭くホットな面白ラップが旋風を起こしているに違いない。
 また、JYPのメイン・プロデューサーであるパク・ジニョンが、この作品の制作面に関しては、ほぼ完全にサニーに委せっきりであることも大いに注目に値する。おそらく、サニーのプロデューサーとしての才能や手腕を、相当に買っているのだと思われる。今後は、JYP Entertainmentに所属するアーティストのプロデュースなども、徐々に手がけるようになってゆくのではなかろうか。ラッパーとしてだけではない、幅の広い活躍が期待できそうである。それだけ先生は豊かな才能に恵まれているということなのであろう。もしかすると、本当に天才なのかも知れない。
 何といっても山なのだから、雄大にして高いのである。下界に暮らす凡人とは、ちょっと違うのだ。サニー先生の楽し気なヒップホップ音楽とは、皆が笑って暮らせる世界をつくることを目指しているもののようにも聴こえる。それを実現するのは、決して容易いことではないだろう。しかし、誰かが全てをキレイに洗濯しなくてはならないのである。前の世紀からの汚れを引きずったままでは、本当の今風の笑いとユーモアが大きく花開くことはないに違いないから。ただし、このサニー先生のデビューによって、大きく山が動き始めたようである。また少し夜明けが近づいたぜよ。(10年)

(追記)
 あまり知られていなかったサニーの過去が、少しだけ明らかになった。Star Newsに掲載されたインタヴュー記事によると(via allkpop)、サニーは少年時代に家族でジョージア州アトランタに移住しているらしい。そこで中学校からブルドッグスでお馴染みの名門ジョージア大学に通う大学時代(韓国出身のNFL選手、ハインズ・ウォード(Hines Ward)はサニー先生の先輩となる)までを過ごしたという。10代前半からの思春期の最も濃密な時間に、サニーは本場のヒップホップ・ミュージックに直に触れながら、様々なスキルをまっさらなスポンジのように吸収していったのである。そのラップのスタイルが、どんなにおちゃらけようが脱線することなく話芸の域をキープする確かなものであるのも、これで頷ける。サニー先生のラップは、ちゃんとしたヒップホップの下地の上に形作られたものなのだ。やはり本場仕込みの才能は、ひと味もふた味も違う。
 そして、そのアトランタに住んでいた頃に、韓国の音楽界から米国に進出しプロデューサーとして活躍しているパク・ジニョンの存在を知ったという。そうしたワールドワイドな展開をみせる韓国の新時代の音楽の動きに大きな可能性を感じたサニーは、後に自らの楽曲を吹き込んだデモ・テープをパク・ジニョンが率いるJYP Entertainmentに送付することになる。そこからワンダー・ガールズの楽曲への客演や、それと並行してのアンダーグラウンドなヒップホップ・シーン/インディ・シーンでの数々の活躍を経て、ようやく念願のJYPとの契約を交わして、今夏のメイジャー・デビューにこぎ着けたという。どんなに確かな才能があろうとも、少なからず苦労は積まなくてはならないようである。
 サニー先生は、10代を過ごした在アトランタ時代からコツコツと築き上げてきた独自のスタイルを、全く変えることなく人気歌謡の世界に殴り込みをかけている(そこで、メインストリームのポップスの真っ直中でフレッシュにヒップホップする、新感覚のクロスオーヴァーを成立させた、90年代前半のニュースクール・ラップが意識的に参照されているのは、決して偶然ではないのだろう)。それは、そのラップとヒップホップ・サウンドに対する確かな自信の表れであるとともに、本場で貪欲に吸収したリアルなテイストの音で、どこまで勝負できるのかを確かめるチャレンジでもある。ただ、パク・ジニョンは、そこに勝算があると踏んだからこそ、プロダクションのイニシアティヴをサニーに委せっきりにしたに違いない。かつて意気揚々と米国へと進出したパク・ジニョンが開拓したルートとは、真逆のルートを辿って、移住家族(コリアン・ダイアスポラ)の子供世代にあたるサニーが、韓国の音楽界に本物の感覚が染み付いたヒップホップ音楽で衝撃をもたらそうとしている。
 現在の人気歌謡の世界は、こうした帰国組の活躍を抜きにしては、もはや語れなくなりつつある。そこでは、韓国語と英語のバイリンガル化/チャンポン化(移民家族にとっては、そうした混ざり合った形こそが日常語となっているのだろう)が、非常にラディカルに押し進められている。特に、コリアン・ヒップホップのシーンは、そうした言葉の実験の最先端でもある。サニー先生のラップの言葉も、実に滑らかに韓国語と英語の間を行き来する。今後どのように、ふたつの言葉が、さらなる混ざり合いをみせてゆくのか、大いに注目してゆきたいところだ。(10年)

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2010/10/02 11:53

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