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<<   作成日時 : 2010/08/30 04:00   >>

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少女時代
Premium Show Case Live in Ariake Colosseum
2010年8月25日 有明コロシアム

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 ソニョシデ(SNSD)伝来。韓国を代表する、究極の九人組アイドル・グループが、遂に日本上陸を果たした。
 9月8日に控えた待望の日本でのデビュー・シングル“Genie”のリリースを記念した、プレミアム・ショー・ケース・ライヴ。当初の予定では、一万人規模のコンサートが開催されるはずであったが、観覧申し込みが殺到したために、急遽一日に3ステージを行う形式に変更された。冷静に考えると、ちょっとムチャクチャな話ではある。ただ、初の来日で、いきなり軽く二万人以上を動員してしまうというのだから、これには驚かされる。やはりソシの人気は本物だったということか。しかも、何もかもが桁外れなまでに。
 猛暑日の炎天下にもかかわらず、会場前には俄には信じ難いほどのグネグネとうねる長蛇の列ができていた。遥か彼方の最後尾を、ようやく発見。午後2時からの初回を観るためならば、過酷な灼熱地獄もジッと我慢である。全席指定なのだが、何が起こるか分からない。まずは、何はともあれ、有明コロシアムに入場しなくては。あまりの日射しの強さに、溶けそうになってくる。
 しかし、やっとのことで座席に辿り着き、しばらくしてライヴのオープニングを告げる映像が、ステージ上のスクリーンに流れると、何かもが一瞬にして吹き飛んだ。目の前には、真っ白の衣装に身を包んだソシがいる。しなやかに目まぐるしくフォーメーションを変えながら華麗に歌い踊る。ただただ、ひたすらに凄い。見るべき箇所が多すぎて、結局どこを見ていいのか分からなくなってしまう。殆ど奇跡に近いような眩い光景が、ステージ上で繰り広げられていた。それは、まるで、江東区有明に天使たちが舞い降りたことを、本当に信じたくなるような夢見心地の時間であった。
 代表的なヒット曲を中心に全5曲を披露。アッという間に天使たちは飛び去っていってしまった。この後に、まだ2ステージも残っているのだから、それも致し方ないところだろうか。記録的な猛暑の中、実に過酷なスケジュールである。地上に降り立った天使に、あまり休息の時間はないようだ。
 ただ、歌も踊りも仕草もルックスも、全てにおいて極端に可愛らしいし、人々を魅了してやまぬものを見事なまでに兼ね備えてもいる。光り輝く九人は、まさに完璧なまでにプロフェッショナルなパフォーマーでもあった。眩しいくらいの最高の笑顔と少し長すぎるくらいの深々としたお辞儀。そんな姿のひとつひとつが、クッキリと目に焼き付いた。
 中でも、大きくキレのあるアクションの合間に客席を盛り上げる小ネタをチョコチョコと差し挟んでくる、ユリの表情の豊かさには、全くもって感服させられた。見ていて本当に惹き付けられるものがある。実物のユナもソヒョンも最高であった。折れそうな程に細いし、ビックリするくらいに美しいし、それなのに嫌味なところや鼻につくところが全くない。しかし、直前のソウルでのイヴェントで負った足の怪我の具合が心配されていた、ティファニーの眩しいくらいの輝きが、殆ど尋常でないレヴェルにまで突き抜けたものであったことは、ちょっとした衝撃でもあった。まさに、この世のものとは思えぬ可愛らしさ。あんなの、普通に反則である。参りました。痛めた足首もステージングには全く支障はないようで、ひと安心。もしも、痛みをこらえて、あの素晴らしい天使の笑顔だったのだとしたら、それはもう、とんでもなく見上げたプロ根性だというしかない。頑張り屋のティファニーであれば、決して有り得ない話でもないのだけれど。
 会場内は最初から最後まで熱狂的な歓声の嵐。いや、もはや歓声というよりも絶叫の嵐に近かっただろうか。殆ど耳を劈くばかり。それもそのはずで、会場の客席を埋めた八割方が女性ファンであった。確かに、本国やアジア各国でもそうした傾向は強い。ここ日本でも「オンニ、オンニ」と連呼する10代の少女たちの姿が、圧倒的に目立った。きっと、彼女たちにとっては、憧れのお姉さん的な存在なのであろう。カワイイやキレイは、当たり前の大前提であって、そこにファッション・リーダーやロール・モデル的な美や格好良さが兼ね備えられていないと、あれほどまでに若い女性層からの高い人気は獲得できないに違いない。あの場にいた少女たちは、九人のメンバーの異なる個性のうちに、自らの理想像を重ね合わせて、ピンクのペン・ライトを振り、絶叫していたのだろう。一方からは夢が託され、一方からは夢が与えられる。よって、そこが、ある種の熱狂的な(純粋なる贈与的な側面を孕む)空間になることは、やはり当然のことなのである。
 極東の地、日本での絶大なる人気も、たった一日にして軽く証明され、今やソシの大旋風は、ほぼ東アジア全土を制覇しつつある。“Genie”や“Oh!”といったヒット曲で、上海でも台北でも香港でもシンガポールでもバンコクでも普通に盛り上がれる。このステイトやネイションを越えて、アジアが一体になれるという感覚には、実に得難いものがある。エンターテインメント性に溢れる最高のポップ・ミュージックとは、実は何よりも文化的な突破力と破壊力と浸透力を漲らせるものでもあるのだ。特に“Gee”の大陸的で大らかな旋律と麻薬的なサビのリフレインは、本当に示唆的であり、凄まじいまでに耳に残る。そこには理屈の域を軽く超越した、アジア人の心を揺り動かす何かがあるような気がしてならない。
 いずれにせよ、この韓国を中心に全世界規模に広まりつつあるソシの人気には、底知れぬアジアのパワーを感じずにはいられない。今、これほどまでに未来への可能性に満ちて、光り輝いている場所というのは、地球上に東アジアしかないのではなかろうか(21世紀の前半は、間違いなくアジアが大きく動く時代となるだろう)。そして、過去のコリアン・ダイアスポラの歴史の記憶を、その内側に痕跡として色濃く残しながら、急速に飛躍的な発展を遂げ、アジアの強力なトレンド・セッターにしてスタンダードとなりつつあるコリアン・ポップ。その文化的・音楽的なパワーとエナジーを象徴するひとつの現象が、このソニョシデ・センセーションなのだといえるだろう。その眩しい程の輝きは、間違いなく東アジアから駆け上がり世界を明るく照らし出そうとしている。
画像 最後に、日本語版の“Genie”に関して。ある種の特殊な体質がある日本の音楽市場を意識して、キッチリと日本向けの(あっさり味のライト・タッチな)ものを作り込んでくるという方法もあったと思われるが、ここでは、そうした選択は殆どなされていない。あくまでも原曲に忠実に、新たに日本語で歌い直しただけのものとなっている。下手に日本風にアレンジされ、本来のソシのよい部分が失われてしまうのでは、やはり元も子もない。そういった意味では、今回の選択は大正解であったといえるだろう。しかも、日本語版であるにも拘らず、あまり日本語らしく聴こえないのである。ここも実は非常に重要なポイントであったりする。あまりにも斬新すぎる言語感覚が炸裂しているポミニット(4minute)の日本語版の衝撃を経験してしまった後では、中途半端に日本語らしく歌うスタイルというのは、やはりちょっとダサく野暮ったい感じがしてならないだろう。現在のコリアン・ポップは、韓国語と英語がチャンポンになったハイブリッドさ(そこにコリアン・ダイアスポラの痕跡を聴き取ることもできる)が大きな魅力でもあるのだから、その先鋭的な言語感覚を日本語版においても極力再現させるように努めることは、とても大切なことのように思えてならないのである。今回の日本語版の“Genie”は、そのラインのギリギリのところで踏みとどまっている感じであろうか。おそらく、日本語に聴こえない日本語の歌とハイブリッドな言語感覚に関しては、これからも幾度となく考察され(さらに考察され直され)てゆくものとなるであろう。もしかすると、こうした耳や脳を通して感覚されるポップ文化の中における試行錯誤の動きから、新しい時代のアジアの言語感覚のようなものが、少しずつ紡ぎ出されていったりするのかも知れない。何やら面白いことが起きそうな予兆や予感に満ち満ちているではないか。大いに期待したい。(10年)

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