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zoom RSS Sandro Marinoni: Borderline

<<   作成日時 : 2009/11/10 04:00   >>

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Sandro Marinoni: Borderline
Clinical Archives ca321

画像 イタリアのジャズ・サキソフォニスト、サンドロ・マリノーニ(Sandro Marinoni)によるライヴ録音。これは、ロシアの老舗ネットレーベル、Clinical Archivesより、09年10月18日にリリースされた作品である。すでに約20年近い音楽活動歴をもつマリノーニだが、ソロ・アーティストとして作品をリリースするのは、これが2作目となる。初ソロ作は、同じくClinical Archivesより今年の5月28日に発表された“Ten Little Songs”。90年代の初頭よりマリノーニは、サックスやフルートやトロンボーンを演奏するホーン担当のメンバーとして、ネオ・プログレッシヴ・ロック・バンドのアルカンシエル(Arcansiel)や、ブルース・バンドのMhmmのリリース作品に参加している。だがしかし、それだけでは、ジャズ・サキソフォニストとしての音楽表現への欲求は、決して満たされることがなかったのであろう。90年代の半ばからは、ジャック・デリダ(Jaques Derrida)の哲学と脱構築の思想に影響を受けた、5人組のメタジャズ・ユニット、S.A.D.O.の一員として、前衛的なジャズ畑での活動にも力を入れてゆくようになる。その後、06年にジャズ・インプロ・トリオ、マリノーニ・バラッコ・ペトレーリ(Marinoni - Baracco - Petrelli)を結成、07年にはベース奏者のステファノ・ロンカロロ(Stefano Roncarolo)と実験音楽ユニット、フレイムズ(Frames)を結成している。そして、これらのプロジェクトでの録音を、Clinical Archivesよりリリースしてきた。実は、この作品“Borderline”は、09年にマリノーニがClinical Archivesより発表した、4作目の作品ということになる。まず、3月に最初のマリノーニ・バラッコ・ペトレーリでの“Incoming Call”がリリースされた。次が、5月のソロ名義での“Ten Little Songs”。その次が、9月のフレイムズでの“Air”。そして、10月のこのライヴ作品である。現在、マリノーニは、インプロ系ジャズ・サキソフォニストとして、実に精力的な活動を行っている。マリノーニが動くたびに、音楽的足跡として記録された録音物が、ポロポロと落とされてゆくという感じだ。その躍動し迸る生の音をダイレクトに収録したものが、このライヴ作品ということになる。
 “Borderline”は、09年8月27日にトリノにほど近いイタリア北西部のピエモンテ州ヴェルチェッリ県の小さな街、ストロッピアーナにおいて行われた、マリノーニのライヴ演奏を収録した作品である。その演奏は、テナー・サックスによるフリー・インプロヴィゼーションであり、ステージにはフレイムズのステファノ・ロンカロロが、エレクトロニクスによるライヴ・エフェクトや電子音のミックスなどを担当するサポートのメンバーとして参加している。このマリノーニとロンカロロの両名が顔を揃えれば、それすなわちフレイムズである訳なのだが、このライヴでの主役は、あくまでもジャズ・サキソフォニスト、マリノーニの即興演奏ということのようである。生の有機的にうねりまくる音に機敏に対応し、エレクトロニクスを駆使して流れを的確に捉えるロンカロロは、主役のマリノーニの演奏をバックからサポートする、黒子の役に、ここでは完全に徹している。フレイムズで活動を共にしていることもあるせいか、この即興ライヴでの両者の呼吸も、かなりピッタリと合っている。出しゃばりすぎることのないロンカロロが、縦横無尽に駆け巡るマリノーニのテナー・サックスの嘶きを、実に巧みに前面へとグイグイ押し出し、その内奥にある味わいの部分を最大限に活かしてもいるのだ。全9曲、約41分。迫真のジャズ・インプロを堪能することができる。
 ここで聴くことのできる、マリノーニの即興演奏は、ジャズ・サックスのプレイにおけるクリシェや常套句を、あちらこちらにふんだんに盛り込んだ、ある種の娯楽性を含んだものである。即興とはいっても、コチコチにアヴァンギャルドでフリー過ぎるものでは決してない。いや、しかしながら、使い古されて手垢まみれのクリシェや常套句を、丁寧に切り貼りして、敷きつめ、引用し模倣し解釈を試みるということが、この場合、前衛や実験を成立させる要因となるのだろうか。つまり、娯楽性と実験性とが、即興の中に共存しているのだ。また、演奏の流れの中で、次第に重層化し、ありありと顕現してくる、ライヴ・エフェクトをかますロンカロロとの間で緻密に交わされる、サックス(アコースティック)対エレクトロニクスの細かなやり取りの妙も、重要な聴きどころである。もはや、いかなる新味も催させないほどにありふれている、テナー・サックスのソロでの即興演奏が、フレッシュな耳触りのポスト・ジャズ的レヴェルにまで突き抜けることに成功しているのは、やはり手堅いサポート役を務める、ロンカロロの卓抜したセンスと力量があればこそだ。黒子の貢献度は、実は相当に大きい。コンビでのフレイムズでは、主に本職のベース奏者として活躍するロンカロロだが、どうやら、かなりのマルチな音楽的才能をもつ若者であるようだ。こうなると、マリノーニのソロ作品だけでなく、ロンカロロによる実験的なジャズ・エレクトロニカ作品なども、いつか聴いてみたくなってくる。とても面白い音の作品が期待できるような気がする。
 絶妙なタイミングでエコーやリヴァーブを多用する音処理が、テナー・サックスのみによって形成される音響に、茫漠たる底無しの深みや空間的な広がりを加味する。エレクトロニクスによるエフェクト処理が、よじれるサックスの喘ぎを、さらにズラし歪ませてゆく。ライヴ・サンプリングによるループやオーヴァーダブは、サックスの歌唱や語りに、多層的で復言的な彩りを与える。所々で存在感たっぷりに轟く、ディジタル処理されたサックスの楽音から生じた低音のノイズの暴走が、キレのあるブロウとせめぎあう瞬間に、サウンド全体が凶暴化した表情を見せる。そして、暗く深い静寂。フレーズとフレーズを繋ぎあわせてゆく際にできる、無音の間(マ)を活かした、マリノーニの円熟したサキソフォニストぶりも絶妙だ。ラストを飾る9曲目の約10分にも及ぶ大作“Fable Of The Dees”では、うらぶれてのたうちまわるテナーの咆哮に、液状化し、足元に溜まり、飛び散り、縦横無尽に駆けずり回る繊細な電子音のうねりが絡みついてゆく。その極めてディープで聖性すら漂わせる音世界からは、どこか往年のコイル(Coil)とフリー・ジャズが融合したかのような不可思議な雰囲気を感じ取ることができたりもする。この感じは、なかなかに新鮮だ。(そういえば、コイルには“Sex With Sun Ra”という楽曲があった。)
 ロンカロロをバックに従えたマリノーニのソロ即興演奏作品は、(その語調において)ほぼオーセンティックなジャズ音楽の範疇に(意識的に)おさまっていながらも、そこに横たわるガチガチの閉鎖性を突き崩して既存の枠を押し広げてゆこうとする(穏やかだが粘着的な)エクスペリメンタリズムを、全編に渡ってみっちりとまぶし込んだものとなっている。今までの描出の技法から大きく逸脱してゆくのではなく、極めて近いところを似通った姿勢で進みながら、一風変わった風合いの音の風景を何もない空間に描き出してゆく。そこで意図的に使い回されるのが、ジャズ・サックスの奏法におけるクリシェや常套句の数々だ。伝統的な語法を用いながらも、そのアウトプットにエレクトロニクスを介在させることで、そこに無数の捩れや歪みやズレが生まれ、即興は、既存の枠組みを滑らかに突き崩した地平に躍り出る。真っ向から縦方向に突き崩してゆくのではない、敢えて内側に潜り込みつつ自ら異物となって摘出されるエクスペリメンタル。ある意味では、そうした音の在り方こそが、21世紀の真のジャズ・ミュージックのあるべき姿であるのかも知れない。
画像 09年11月5日、マリノーニとロンカロロは、早くもフレイムズとしての新作“Cold Flowers”を、Clinical Archivesより発表している。前作の“Air”が、9月3日のリリースであったから、ほぼ約二ヶ月という非常に短いインターヴァルでの新作である。これで、マリノーニは、今年の3月から数えて、5作品をClinical Archivesより立て続けに発表してきたことになる。実に多作だ。この怒濤の量産体勢は、かなり高度なレヴェルで音楽的クリエイティビリティが充実しきっている状態の表れと受け取ってよいのだろう。この新作“Cold Flowers”で、フレイムズのふたりは、ピアノ奏者のロベルト・パドヴァン(Roberto Padovan)をゲストに迎えて録音を行っている。トリオ編成による、まろやかな即興。波のように押し寄せる、センチメンタルな旋律。まったりとした哀愁。軽妙なピアノのステップに合わせて、優美に踊りあがるサックス。風になるピアノ。高い空から舞い降りてくる小鳥のさえずりのようなフルート。深い悲しみに固く閉ざされたハート。静かに降り積もる、真っ白な雪。黄昏のベナレス。あらゆるものを受け入れ、ゆるやかに流れ去る、大いなる河。全てが運び去られ、即興のフレーズが次々とこぼれ落ちる。そして、ゆるやかな流れだけが、どこまでも続く。これは、かなり真っ当なスタイルの秋冬物のエクスペリメンタル・ジャズ作品である。背筋に突き刺さるような切迫感を表出させる、2曲目の表題曲“Cold Flowers”が、特に秀逸。
 実に貪欲にエクスペリメンタル・ミュージックとしてのジャズの可能性を探究する、サンドロ・マリノーニとステファノ・ロンカロロ。様々なフォーマットや形態、編成による直感的な即興演奏を繰り広げながら、フレイムズは、何らかの確固たるものを掴み取ろうと奮闘している。その掴みの端緒のようなものが、微かにうかがえるのが、このシンプルなテナー・サックスのソロ・プレイによるライブ録音“Borderline”である。フレイムズの即興は、作品を重ねるごとに、確実に鋭敏なるものへと研ぎ澄まされてきている。その手応えを本人もしっかりと感じ取っているからこその、このところのマリノーニの一種異常なまでの多作ぶりなのであろう。フレイムズが突き進む先にあるのは、ジャズか、あるいは非ジャズか。果てしのない音楽の実験。捩れる音楽。歪む音楽。ズレる音楽。繊細なエレクトロニクスがサックスのブロウにビリビリと震える。潜り込み、突き崩し、そこに新しい音が生まれる。(09年)

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