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zoom RSS Diskomplex: Diskophilia

<<   作成日時 : 2009/04/27 21:30   >>

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Diskomplex: Diskophilia
Nonstopnonsense.netLab nnnl.21

画像 ハンガリーに拠点を置くエレクトロニック・ミュージック専門のネットレーベル、Nonstopnonsense.netLabよりリリースされた、21番目の作品。ノンストップでナンセンスであることを堂々と宣告しているレーベルだけに、ややアナーキーな側面があり、思いきりマイペースに独自路線をひた走り続けている印象がある。その独自性とは、慌ただしく情報が飛び交っているネットレーベル・シーンの中心部付近には、あまり足を踏み入れず、常にその外郭部で完全に異なる空気の流れの中でレーベルの運営を行う、完全無欠な無頼派ぶりに如実に現れているといえる。おそらく、ただ単純に動きが激しい、熱量の過密なところにばかり目を向けていると、渦巻く情報の大騒ぎの外側にひそんでいるNonstopnonsense.netLabの動きは、すっかり見落としてしまうことになるだろう。しかし、一度でも、その一風変わったリリース作品のセレクションに何ともいえない面白味を見いだしてしまった者(の大半)は、Nonstopnonsense.netLabのクールな動きの、こまめなチェックを怠ることなく続けてしまうようになる(に違いない)。このエレクトロニック・ミュージック専門ネットレーベルからは、ほかの真っ当なエレクトロニック・ミュージック専門ネットレーベルからのリリース作品では、なかなか聴くことが出来ないような(珍妙な)アーティストの作品が、ぽろぽろと飛び出してくるのだから。つまり、Nonstopnonsense.netLabが世に送り出すアーティストは、変に濃厚な独自色をもつものばかりなのである。変則的な似非室内楽ユニットのモーペン・フロット(Mopen Flot)や、ピュアなアシッド・ハウス・リヴァイヴァリストのメタクシド(Metaxid)などの、実に興味深い謎めいた連中が、このレーベルの過去20作品のカタログには、ウヨウヨとうごめいているのだ。そんな輝かしいリリース作品のカタログに、新たに名を連ねることになったのが、このディスコンプレックス(Diskomplex)である。この作品は、おそらくディスコンプレックスのデビューEPとなるものであろうと思われる(リリース日は、09年4月13日)。とりあえず、どこを探しても、ディスコンプレックスなどというアーティストによるリリース作品は、見当たらない。つまり、これは、本作より以前にディスコンプレックスが、全くリリース活動を行っていたという形跡がない、という意味においてのデビュー作ということ。もしかすると、ディスコンプレックスとは異なる別名義でのリリース作品があったり、ディスコンプレックスとしてネットレーベルを通さずにセルフ・リリースしている作品が、どこかに存在するのかも知れない。しかし、そうしたディスコンプレックスに関する、詳細なインフォメーションは一切無いのである。その素姓らしきものは、全く見えてこないのだ。まさにNonstopnonsense.netLabらしく、今回もまた、とてつもなく謎めいたアーティストというわけ。ただし、本作のリリースに際して発表されたレーベルによる簡単な説明書きによると、ディスコンプレックスとは、どうも女性アーティストであるらしい。かろうじて判明した素姓は、それぐらいなのである。謎の女性プロデューサーが、彼女のソロ・プロジェクトとして立ち上げたのが、このディスコンプレックスであるようだ。だがしかし、終わりなきナンセンスを追求し続けるNonstopnonsense.netLabであるからして、その断片的な小さな情報を鵜呑みにして、そう単純に女性アーティストであると信じきってしまってよいとは、あまり思えない。どうしたって、少し怪しいものは、少し怪しいのである。それゆえに、目に見えて確実なことは、冒頭に記した通り、ただディスコンプレックスというアーティストのEPが、ハンガリーのNonstopnonsense.netLabの21番目の作品としてリリースされた、ということだけなのである。
 この“Diskophilia”は、全2曲を収録した非常にコンパクトなEPである。タイトルを直訳すると、重度のディスコ・ミュージック愛好症とでもいったところだろうか。また、プロジェクトの名称であるディスコンプレックスについても、これは、ディスコ・ミュージックに対する劣等意識からくる葛藤への強い否定(排他的ディスコ肯定、もしくはディスコ原理主義か…)という意味の言葉として解することができるだろう。そう考えると、なかば「どんだけディスコが好きなんだよ」と呆れつつ、軽く(水川あさみ風に)ツッコミを入れたい気分にもなってくる。ただ、その猛烈な偏愛ぶりには、いかなるナンセンスもアイロニーも混じってはいないように思われる。どこまでも純粋なる愛。そう、ここにあるのは、純愛のディスコなのである。ディスコンプレックスの音楽性の根底には、間違いなく、そうした純愛の情がある。その病的なまでに徹底した傾向をもつサウンドを聴く限り、ほぼそこに深い深い愛が存在しているであろうことは、想像に難くない。ディスコンプレックスの音楽とは、骨の髄までディスコ・ミュージックに魅せられた者によるものである。しかも、ここでいうディスコとは、映画『サタデー・ナイト・フィーヴァー(Saturday Night Fever)』に代表される70年代後半の無邪気で屈託のないディスコ・ミュージックではなく、大きなピークを過ぎた後の、80年代突入以降の愛執的でオブセッシヴな側面をももつそれであることは、ある意味において象徴的なことでもあるだろう。強い念をもつものは、いつの時代にも、強い念をもつ者を惹きつける。その特徴を具体的に見てゆくと、80年代前半のドラム・マシーンやシンセサイザーを大胆に導入したエレクトロ・ディスコや、ジョルジオ・モロダー(Giorgio Moroder)の流れを汲むアナログ・シンセの音色にフェティッシュな執着をみせるユーロ・ディスコ〜イタロ・ディスコなどの、往年のチープなエレクトロニック・サウンドからの尋常ではないほど強烈な影響を、ディスコンプレックスの音楽の中に見いだすことができる。いまや、一時は嵐のように吹き荒れた80年代リヴァイヴァルも、特に目新しいものではなくなり、好事家を中心に盛り上がりをみせたイタロ・ディスコの大ブームも、ストレンジな珍奇さや目新しさに沸いていた熱は遥か遠くに去り、やはり結局は恐ろしくマニアックでオブスキュアな動きへスッカリと落ち着きつつある。そうした状況下で、ここまであからさまに80年代のエレクトロ・ディスコに対する深い愛着を、サウンドを含めた全身全霊で表明してくるのだから、ディスコンプレックスの本気度が、相当なレヴェルにあるものであることは、ヒシヒシとうかがい知ることができる。シャレもないし、ただの身振りでもない。決して、侮ってはいけない。ある程度のバカバカしさぐらいは、充分に承知の上なのだろう。それでも、あふれ出る愛の情念は、全てを余裕で乗り越えてしまうのである。
 では、そんな愛すべき筋金入りのディスコ・フリークであるディスコンプレックスによる“Diskophilia”の収録曲を、ザッと眺めていってみよう。まずは、タイトル曲の“Diskophilia”から。ユーロ・エレクトロ・ディスコの定番でもあるズンズクズンズクと躍動感たっぷりに這い回るストロング・スタイルのベースラインと、颯爽と駆け抜けるシンセのフレーズ群の執拗なる反復。宇宙空間を猛スピードで突進する宇宙船に乗り込んでいるような気分に襲われる。きらめく小さな星々のまたたきが、どんどん後方へと飛び去ってゆく。果てしない未来への夢想を喚起させてくれるエレクトロニック・サウンド。ディスコ・ミュージックのアップテンポのダンス・ビートは、そんな時空間を飛び越える音のマジックの強力な原動力となる。エレクトロ・ディスコによって描き出される、永遠に延期されたままの近未来の風景。キラキラしたシンセのフレーズは、いつまでもいつまでも一瞬先の瞬間をとらえることを夢見ながら、ただただ反復を繰り返すのみなのである。2曲目は、“Blue Ecstasy”。こちらも、定番のズンズクズンズクであるが、前曲に比べると多少抑え気味なトーンである。ゆえに、ここのうえに、繊細なシンセのアルペジオや、緩やかに流れる哀愁漂うシンセのメロディなどが添えられる、ちょっと臭いくらいにマイナーな曲調が展開されると、異常なほどにハマるのだ。こうした極度の哀感とは、80年代のユーロ・ディスコやイタロ・ディスコの一種の王道でもある。そしてまた、多くのディスコ・マニアの胸をキュンキュンさせる、急所中の急所を刺激するツボな曲調でもあるのだ。また、忘れてならないのは、楽曲の終盤に登場する、高らかに情感の昂りを歌い上げるかのような、勇ましいシンセのフレーズだ。この異様なまでの高揚感もまたすさまじい。このチープな音色で力強く表現された、あくなき上昇への意思には、マニアならずとも、悶絶してしまうこと請け合いであろう。そして、その先には、恍惚の高原がひらけている。そんな忘我の境地こそ、この狂い咲きの徒花のようなディスコ・ミュージックにはふさわしい。“Diskophilia”の全2曲は、ほんの12分足らずでアッという間に通り過ぎていってしまう。いずれの楽曲も約6分ほどの長さだ。あまり長過ぎず短過ぎずな、ちょうどよい塩梅といったところだろうか。おそらく、12インチ・シングルのA面とB面に配したとしても、とてもいい感じであろう。きっと。
 Nonstopnonsense.netLabから出現した、遅れに遅れてきたエレクトロ・ディスコの超新星、ディスコンプレックス。そのパラノイアックなまでの80年代エレクトロニック・ディスコ・サウンドへの拘泥ぶりは、清々しい時代錯誤感をふりまきながら、実にヴィヴィッドに鳴り響く。現在進行形のバカバカしいまでに近未来志向のポジティヴィティがほとばしる、このピュアでラヴリーなユーロ・ディスコは、ただのナンセンスな悪ふざけでしかないのだろうか。メタクシドによる迫真のアシッド・ハウスといい、リタックス・ゴードン(Retax Gorgon)による傑作エレクトロ・アルバム『AI』といい、ディスコンプレックスによるこれといい、このレーベルのリリース作品には、やはりちょっとシャレにならない部分がある。そのアナーキーな佇まいと、少し斜に構えた人を喰ったような姿勢や動きに、どうしても惑わされがちなのであるが、どれもこれも一本びしっと筋の通った揺るぎのない強靭さを、そこはかとなくにじみ出させているのだ。平均して年に5〜7作という、そう決して多くはないリリースのペースを考えれば、Nonstopnonsense.netLabが、相当に吟味に吟味を重ねたうえで作品の選択から発表までの作業を行っていることは、ほぼ間違いないところであろう。ナンセンスなのは、そのレーベルの名称ぐらいのものなのだ。実際のところは。謎のヴェールに包まれたディスコンプレックスとは、いったいどんな人物なのであろう。本当に女性アーティストなのか。それとも、違うのか。そして、このディスコンプレックスは、今後も継続してコンスタントにリリース活動を続けてゆくのだろうか。知りたいことは山ほどある。しかし、Nonstopnonsense.netLabというネットレーベルは、そのリリース作品について、常に必要最小限のインフォメーションしか出してこない。基本的には、アーティスト名とタイトルと曲目とジャケット写真のみなのである。そこに、ちょっとした作品を説明するコメントを添えるだけだ。こうしたやり口からは、ほぼ作品の質と音だけで勝負する、気概のようなものすらもうかがえたりはしないであろうか。そこにあるのは、とてつもなくシンプルなフィロソフィーである。ただ黙って音楽を聴いて判断してくれというわけだ。実に硬派なネットレーベルではないか。非常に頼もしい。この“Diskophilia”という作品に関しても、そんなレーベルのベーシックな姿勢そのものは、なんらズレても揺らいでもいやしない。80年代ディスコの残り香がプンプン漂っているサウンドで、真っ向から潔く勝負しているのである。後は、これを受け止める側の気持ち次第だ。面白いと感じるのならば、どっぷりとディスコンプレックスの濃密なディスコ愛にひたりきればいい。面白くもなんともないのなら、ここは素通りして、ほかの場所で面白そうなものを探せばいいのである。深く考えることはない。感覚こそが、全てだ。だがしかし、それだけでは身も蓋もないので、最後に一点だけ少し付け加えておきたい。とりあえず、このディスコンプレックスの“Diskophilia”は、Cybernetic Broadcasting SystemやIntergalactic FMあたりの音楽にピンとくる耳の持ち主に対しては、無条件でオススメしておきたい一作である。素晴らしく硬派なエレクトロニック・ディスコだ。一聴の価値は十分過ぎるほどにある。(09年)

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