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<<   作成日時 : 2008/11/30 21:00   >>

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Octave One: Summers On Jupiter
P-Vine PCD-93180

画像 90年にデリック・メイ(Derrick May)の主宰するレーベル、Transmatよりシングル“I Believe”でデビューを果たした、ローレンス(Lawrence Burden)、レニー(Lenny Burden)、ライネル(Lynell Burden)のバーデン3兄弟からなるファミリー・ユニットのオクターヴ・ワン(Octave One)。そのデビュー曲“I Believe”は、同年にUKのTen Recordsより発表された名作コンピレーション・アルバム『Techno 2: The Next Generation』にも収録された。これによってオクターヴ・ワンの存在は、マーク・キンチン(Mark Kinchin)やカール・クレイグ(Carl Craig)、ジェイ・デナム(Jay Denham)などの新進気鋭のプロデューサーたちとともに、デトロイト・テクノの新世代を代表するタレントとして全世界に紹介されたのである。91年には、兄弟で運営するインディ・レーベル、430 Westを設立し、ここを拠点として、現在までの約20年近くに渡り、生々しいデトロイトの街角の息吹や想念を封じ込めた、良質なエレクトロニック・ダンス・ミュージック作品をコンスタントに発信し続けている。また、最近ではオリジナル・メンバーの3兄弟に、さらに下の弟たち、ローン(Lorne Burden)とランス(Lance Burden)を加えたバーデン5兄弟でオクターヴ・ワンとしての制作活動を行うようにもなってきている。デトロイトが生んだ、おそろしく固い絆で結ばれたテクノ界のブラッド・ブラザーズ、それがオクターヴ・ワンである。
 本作は、04年にConcept Musicより発表された『The Theory Of Everything』に続く、約4年ぶりの通算3作目のオリジナル・アルバムとなる。前作『The Theory Of Everything』では、00年に430 Westよりリリースされ世界的なスーパー・ロング・ヒットを記録した名曲“Black Water”をハイライトに据えた、それまでのオクターヴ・ワンが歩んできた音の研鑽の道程を総決算したかのような渾身のサウンドが繰り広げられていた。だが、今回の『Summers On Jupiter』は、より純粋にデトロイト・テクノそのものの本質部分に照準を絞りきった、ストレートなエレクトロニック・ダンス・ミュージック・アルバムに仕上げられている。完全なる直球勝負。これぞ、ザ・トラディショナル・サウンド・オブ・デトロイト。新世紀に突入したテクノ第二世代による、どこまでも真摯な、音楽によるステイトメントである。
 鬱蒼と茂るジャングルに激しく降り注ぐスコールのようなプリミティヴな雰囲気で幕を開け、終盤にはデトロイト・スタイルのソウルフルでエモーショナルなエレクトリック・ビートが嵐のように吹き荒れる猛烈に濃い音空間へと突き進んでゆく。一瞬たりとも息をつく暇を与えずに、アルバム『Summers On Jupiter』は、怒濤のごとく押し寄せてくる。そのサウンドは、時に荘厳なまでに美しく、時に頑強なまでの烈しい鋼の意志をたたえている。デトロイトという都市において制作活動にいそしむオクターヴ・ワンにとって、テクノ・ミュージックとは、デトロイト以外の場所、そこにある広大な世界と交信するための、電子音で発声/発語された言語として機能するものである。彼らは、テクノ・ミュージックという全世界共通の言語を用いて、遠く木星を舞台にしたサイエンス・フィクションを語り、荒み疲弊した社会に対する痛烈な批判を怯むことなく表明し、世界各地のアンダーグラウンドに生きる市民に向けた切実なる警句を発する。なぜに、バーデン兄弟は、約20年近くにも渡りデトロイトの地でテクノ・ミュージックに固執し続け、決して制作の手を休めることも、サウンドの研鑽の歩みを止めることもないのであろうか。少々乱暴な言い方をしてしまえば、つまるところ、それしかデトロイトという街のアンダーグラウンドからの生きた声明を、外側の世界に向けてダイレクトに届ける有効な方法が見あたらないからなのだろう。テクノ・ミュージックには、基本的に、何の制限も存在しない。不当な検閲もなければ、そこでは肌の色もセクシャリティも宗教も言語環境も特には問題にならない。ゆえに、あえて、彼らはテクノ・ミュージックで語り、表現する。人類のイマジネーションが尽きぬ限り、世界共通言語としてのテクノ・ミュージックの語彙や話法は、どこまでもどこまでも広がってゆくはずである。そんな果てしのない音楽の旅路を、オクターヴ・ワンは地道に前進し続ける。アルバム『Summers On Jupiter』とは、その終わることのない旅の途中においてしたためられた、最新の経過報告書として読み解くこともできるのではなかろうか。
 すさまじく濃密でへヴィな感触をもつオクターヴ・ワンのサウンドは、一瞬にして凡百の安易なデトロイト・フォロワーたちを木っ端みじんに粉砕し、遠く遥かかなたにまで駆逐する。一言でいえば、貫禄の差である。約20年にも及ぶ研鑽を重ねてきた音には、やはり独特の重みと深みと説得力がある。ハイハットの鳴りひとつで、空気感がビシッと引き締まる。ベースラインのうなりだけで、豊かな起伏を感じさせるドラマ性をなめらかに描き出す。緊迫感をともなって反復を繰り返す、分厚く折り重なるフレーズと頑健なトラックからは、強烈なる意志の力が止めどなくほとばしっている。やはり、本物とは、そこらのエピゴーネンたちとは根本的な部分からして異なるものなのである。そして、そうした本当の本物とは、実際のところ、ほんの一握りしか存在しない。その一握りの本物の周辺を、うようよと群がる無数のデトロイトもどきや形ばかりのデトロイト風の音がグルッと取り囲んでいる。それが現状だ。ここにきて、その似非デトロイトの一群によって形成されるドーナツ化現象の傾向は、さらに肥大してきているようにも感じられる。それほどに、近頃のドイツを中心とするミニマル/テック・ハウス系のシーンにおける、デトロイト信奉(信仰だろうか?)の盛り上がりかたには、実にものすごいものがある。しかし、ただ安直にデトロイト的な音をなぞっているだけでは、そこに新しいものが生み出されるなんてことは絶対にない。にも拘らず、もどきやそれ風のサウンドをバカの一つ覚えのように繰り返している輩は後を絶たないのである。確かに、デトロイトのサウンドとは、決して饒舌な部類に属するものではない。言葉少なに、漂い醸し出される雰囲気や感覚で余白を補い、外的他者へ情感を伝えてゆこうとするタイプの音楽である。ゆえに、それっぽく雰囲気を漂わせるだけで物真似がしやすく、もどきやそれ風の作品を生み出しやすい下地も確かに存在してしまうのである。だが、本物と偽物とでは全くもって違うのだ。その本質的部分では両者は似ても似つかない。そして、このオクターヴ・ワンのアルバム『Summers On Jupiter』のような本物の音の前では、しっかりと大地に根をはっていない数多くのもどきやそれ風の作品は、きっとひとたまりもなく吹き飛ばされてしまうに違いない。しかしまあ、そんなようなことは、当のオクターヴ・ワンにとっては、歩み進む道にたまたま転がっていた小石を、ポンとつま先で弾いて蹴散らす程度にしか感じられぬことなのかも知れないけれど。これまでの約20年間も、そしてこれからも、彼らの瞳は、自らの音楽表現の道をひたすらに邁進することしか見据えてはいない。常に、いついかなる時も、ただ音楽で語り、表現するのみなのだ。もどきやそれ風の作品をつくる輩が、そう長く彼らと同じ土俵にあがっていられるようなことは絶対にないと、これまでの数々の経験から、すでに彼らは十分に知っている。オクターヴ・ワンの約20年間にも及ぶ長い旅路とは、最終的には本物しか生き残らないということの紛うことなき証明でもあるのである。
 アルバム『Summers On Jupiter』は、やはり何と言っても、後半の6曲目“Release (The Dub)”から11曲目“I Need Release”にかけての、ズッシリと濃厚で完成度の高いサウンドが立て続けに飛び出してくる怒濤の展開が、ものすごい。中でも、合衆国大統領選挙で民主党のバラク・オバマ(Barack Obama)上院議員が勝利し、史上初の黒人大統領となることが決定した今、あらためて全ての米国市民たちに対して、これまでの長きに渡る革命と解放の歴史の本質を問いただすような、とても激しいエモーションが渦巻いている10曲目“What A Revolution Is”は、特に圧巻である。オクターヴ・ワンは、少しも躊躇することなく、音楽でフィクショナルに語り表現した、ナイフの刃のような社会の根底に鬱積するヒリヒリ感を、グイグイと我々の喉元スレスレに突き付けてくる。革命とは何ぞや。オバマが初の黒人大統領となることは、はたして革命なのであろうか。オバマの父親はケニア出身のアフリカ人移民であり、母親は白人である。これは、オバマ議員が、移民二世のアフリカン・アメリカンであるということを意味する。しかし、アフリカン・アメリカンであることには違いないのだが、旧来の厳密な意味でのアフリカン・アメリカンとは、その出自は大きく異なっている。つまり、南北戦争(1861年〜65年)を経て奴隷解放宣言によって奴隷制が(部分的に名目上のみ)廃止される以前のアメリカに、安価な労働力として強制的にアフリカ大陸西岸から連れてこられたアフリカ人奴隷の血をひく(正統なる?)アフリカン・アメリカンの家系ではないのだ。オバマが演説で語る言葉とは、長い人種差別の歴史を生き抜いてきた黒人奴隷の子孫が、その体内で沸き立つ熱き血潮とともに語っている言葉ではない。それは、実際のところ、20世紀に富と夢とを追い求めてアメリカ大陸に渡ってきた移民(出稼ぎ労働者)の二世の言葉なのである。大統領選でのオバマの勝利とは、かつての公民権運動や黒人解放運動の指導者たち、キング牧師やマルコムXが苦闘の日々の中で朧げに夢見た革命と、全く同じものだといえるのであろうか。あの革命の季節に激戦地のひとつとなったデトロイトに生きるバーデン兄弟は、今一度黒いアメリカに問いかける。真なる革命とは何ぞや、と。そんな強烈な問いかけの直後だからこそ、次の11曲目“I Need Release”でのアン・サンダーソン(Ann Saunderson)の美しい歌声は、さらに深くグッサリと胸に突き刺さるのだろう。また、要所要素に印象的なアクセントとして配置され、アルバム全体に起伏ある構成を生み出している、ロー・ビート系やアンビエント調の瑞々しいエレクトロニック・サウンドが展開される小曲もまた、実は隠れた聴きどころとなっている。特に、壮麗なる澄んだ電子音が分厚く垂れ込めてくる5曲目の“Rachel's Prayer”での、奥深い美しさをたたえたリチュアリスティックなサウンドスケープは格別である。どこかWax Trax!時代のコイル(Coil)を思わせるような雰囲気もある。これは、なかなかにレヴェルの高い佳曲である。そして、そうした柔剛/硬軟を織り交ぜた馥郁たる全編の流れを通して聴くと、実にドラマティックで感動的な味わいを堪能することができる。アルバム『Summers On Jupiter』とは、聴き、味わう醍醐味に満ち満ちた作品だ。人類は、今こそ本当の解放を必要としている。あらゆる鎖を断ち切って、盛夏の木星へとイマジネーションを飛翔させよう。そして、オクターヴ・ワンが、テクノ・ミュージックで語る深淵なるストーリーに注意深く耳を傾けるのだ。そこから脳内に照射された鮮明なる木星のイメージを、荒みきった現代社会のくすんだ空気へとフィードバックすることができれば、全てのオペーレーションは完了する。21世紀に生きる人類は、もっともっと解放されなくてはならない。さあ、アルバム『Summers On Jupiter』を全身全霊で感じよう。そして、今一度ストレートにハートに問いかけるのだ。真の革命とは何ぞや、と。(08年)

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