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zoom RSS Ian McCulloch: Proud To Fall

<<   作成日時 : 2008/02/29 23:18   >>

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Ian McCulloch: Proud To Fall
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画像 89年に発表された、イアン・マッカロックのソロ・シングル。85年、マッカロックが所属していたエコー&ザ・バニーメンは、事実上の半解散状態にあった時期を、初期からのシングル曲を中途半端に集めたベスト盤風の企画編集盤『Songs To Learn & Sing』(新録音の楽曲“Bring On The Dancing Horses”が1曲のみ収録されている)を発表して、なんとかお茶を濁す形で乗り切った。その後、87年には心機一転して再チャレンジ作となるセルフ・タイトルのアルバム『Echo & The Bunnymen』を発表。壊れかけていたバニーズは、見事に最前線に復帰した。だが、一度ガタガタに歯車が狂ってしまったバンドの活動は、全ての面においてナカナカ順調に転がってゆくことはなかった。復活アルバム発表後の世界ツアーが日本公演を終えて一段落したタイミングで、マッカロックは一方的にバンドを去る形でバニーズを脱退する。78年の結成以来、パンク〜ニュー・ウェイヴ期のリヴァプールの音楽シーンを象徴する存在であったエコー&ザ・バニーメンの歴史に、遂にココでひとつの大きなピリオドが打たれたのだ。そんな電撃的なマック脱退事件の翌年、88年6月14日に、初代ドラマーのエコー(ドラム・マシン)に代わって2代目ドラマーとしてバンドに加入し、80年代前半のバニーズ黄金期の多彩で変幻自在なネオ・サイケデリック・サウンドを、タイトかつ線の太いドラミングで華麗に支えていたピート・デ・フレイタスが、交通事故で不慮の死を遂げてしまう。このショッキングな出来事は、前年に心臓病で実父を亡くしていたマッカロックにとって、二重の意味での大きな心の痛手となった。また、マッカロックの後釜ヴォーカリストを迎えてエコー&ザ・バニーメンの活動を存続させようと水面下で動いていたメンバー、ギターのウィル・サージェントとベースのレス・パティンソンにとっても、このデ・フレイタスの急死は計り知れぬほどの大きな損失となって暗い影を投げかけた。そして、強烈な個性を発散させバンドのサウンドの大部分を実質的にキャラクタライズしていたシンガーとドラマーを相次いで失ってしまったサージェントとパンティンソンは、90年にやっとのことで新作アルバム『Reverberation』を完成させるまでに漕ぎ着けたものの、それ以降のバンドの活動を継続させてゆくことを完全に諦めてしまう。この時点をもって、エコー&ザ・バニーメンは名実ともに解散の時を迎えたのである。90年といえば、もうすでに年老いた恐竜のようなニュー・ウェイヴ・バンドが、大きな顔をしてのさばってゆく時代ではなかった。そんな時代の激流の真っただ中でマッカロックは、ソロ・アーティストとしてのキャリアをスタートさせた。そこで、バニーズ脱退後の第1弾シングルとして発表されたのが、この“Proud To Fall”である。おそらく近しい人々の死が大きく影を落としているのであろう、華やかさの欠片もない落ち着き払った白黒のジャケット。誇りをもって墜ちるという意味深なタイトル。新たなキャリアの第一歩としては、あまりにも地味で、どこか後ろ向きというか、新たな道へと踏み出そうとする意気込みには欠け過ぎているような気もするのだが…。
 このシングルのプロデュースを手がけているのは、当時シュガーキューブスやサンデイズのプロデューサーとしてヒットを連発させていた元ジェントル・ジャイアントのレイ・シュルマン。奇抜な音作りではなく手堅くありのままの音をレコーディングしキッチリと作品に仕上げてゆく、この大ヴェテランをプロデューサーに選択したことは、決して誤りではなかったようである。この時期のマッカロックの心情をそのままモノクロームのフィルムに焼き付けたような作品の雰囲気は、まるでドキュメンタリー映画さながらだ。マッカロックの生活の公私の両面において非常に近い存在であった父親とデ・フレイタスの死が、彼の内面を陰鬱な情感で満たし続けており、それを無理に明るく振る舞って取り繕ったりすることなくストレートにさらけ出す。実に真正直な作品となっている。ここで7分を越える“Proud To Fall”のシングル用のエクステンデッド・ミックス、Long Night's Journey Mixをリミキサーとして手がけているのは、バニーズ時代からミックス・エンジニアとしてマッカロックの楽曲に携わってきている、気心の知れた仲のギル・ノートン。透明感のあるギターの音がキラキラと深く清々しく響き渡る、いかにもノートンらしい音。軽快に安定感のあるミドル・テンポのリズムをシッカリと刻んでゆくドラムスは、Korovaではストロベリー・スウィッチブレイドのバッキングに名を連ね、80年代中期から90年代初頭頃まではキュアーのパーマネント・メンバーとしても活躍していたボリス・ウィリアムス。最初から最後まで誇りを胸に墜ち、あまりにも深く深く落ち込んで、そこで全てを失ってしまった、とサビで繰り返し歌われる“Proud To Fall”。これは、かなり凄まじい心情の吐露である。墜ちるだけ墜ち、空っぽになってしまうまで落ち込んでしまったマッカロック。悲嘆に暮れて、もはや悲しみの感情すら感覚できないほどに、空虚にポッカリと大きな穴があいてしまったハート。しかし、そんな状態の内面をストレートに表現した楽曲にしては、そのサウンド自体はどこか前向きに前進しようとする意思が感じ取れるものになっているのが、せめてもの救いだろうか。胸の内の全てを失ったと、心もとなげに歌いながらも、バニーズ時代から培ってきた自らの歌のスタイルだけは決して失っていないマッカロック。ヴォーカルの型やサウンドの方向性は、明らかに87年のアルバム『Echo & The Bunnymen』の延長線上にあるものである。マッカロックの中ではバニーズは全く終わっておらず、作り出す音楽も唇からこぼれ落ちる歌も全てその一連の流れの中に存在するものでしかなかったのであろう。B面1曲目の“Pots Of Gold”は、謎めいたマッカロック節が聴ける、60年代ポップスをバニーズ風味でリアレンジしたような楽曲。流麗なストリングスを大量に添付した『Ocean Rain』期を思わせる正統派な雰囲気のネオ・サイケデリアである。バニーズ時代からシングルのB面曲の完成度はマチマチで出来不出来の差がかなり激しい傾向にあったのだが、この“Pots Of Gold”は非常にナイスな仕上がりだ。しかし、打って変わってB面2曲目の“The Dead End”は、もう少し練ったり煮込んだりしてひと手間加えたら、さらに良くなったのではないかと思われる楽曲。サビの部分のバックにはアコーディオンのような音が微かに聴こえ、間奏ではトランペットのソロが入る。ラテンやバルカン系のフォークロアから影響を受けたものなのであろうか。大変に面白く興味深いアイディアが盛り込まれているのだが、それがデモ・テープに毛が生えた程度の完成度の段階でポイッと投げ出されてしまっているのが、ちょっと残念で仕方がない。たかがシングルのB面曲にそれほど手間をかける必要はないのかも知れないが、どこか中途半端で作りかけのようなサウンドの楽曲を聴かされるというのも少々辛いものがある。
 89年、マッカロックは“Proud To Fall”と“Faith & Healing”の2枚のシングルを発表した後に初のソロ・アルバム『Candleland』をリリースする。プロデューサーは、シングルと同様にレイ・シュルマン。もうこの世には存在しないデ・フレイタスや父親に対する哀悼の念と鎮魂の情、それに伴うどうしようもない喪失感、そしてそんな打ちひしがれた状態の自らの内面に何とか整理をつけて立ち上がり前に進もうとする意思。この時期の様々な局面でのマッカロックの心境や心情が、ほとんど包み隠さずに各楽曲に投影されたアルバムとなっている。ゆえに、曲ごとに表情や手触りや見据えている方向が微妙に異なり、アルバム全体での統一感という部分においては、多少物足りないものがあったりもする。あまり全体の流れを重視せずに、個別に楽曲を聴き込んでゆけば、そこそこ味わい深いものはあるのだが。ここでも一貫してモノクロームなトーンで貫かれているジャケット等のアート・ワークからは、孤独感や陰鬱さしか感じ取れなかった人がいたとしても決しておかしくはないであろう。しかし、このアルバム発表直後のマッカロックのソロでの来日公演を観に行った記憶があるのだが、それは予想に反して(?)全くもってモノトーンでも陰鬱な印象のものでもなかった。当の本人の面持ちも、ライヴそのものの雰囲気も、である。どうもマッカロックは、ライヴの序盤からアルコールでイイ感じに出来上がっていたらしく、妙にヘロヘロでテンションが高く、曲間のMCでは「サケ!」などと上機嫌に片言の日本語を連発していたような気がする。だが、肝心なライヴの詳細な内容については、あまり鮮明には覚えていない。バニーズ時代のような緊迫感のあるサウンドを期待していたので、思いきり肩すかしを喰らってしまったのだ。この時期のマッカロックに、そんなものを求めること自体が完全なるお門違いであったのだろう。今となっては、そう感じる。
 97年、エコー&ザ・バニーメンは再結成を果たし音楽シーンに帰ってきた。10年近い年月を経て、主としてマッカロックとサージェントの間に存在していた子供じみたわだかまりが少しずつ融解していったのであろう。マッカロックとサージェントとは、例えればパンク〜ニュー・ウェイヴ期のレノンとマッカートニーのようなものだ。どんな状態になろうとも、この2人が同じバンドの中に揃っていること、それこそが最も重要なファクターなのである。マッカロックの歌とサージェントのギターの取り合わせは、常にサウンドにスペシャルなマジックをもたらす。再結成以降の第2期バニーズは、非常にゆったりとしたペースでレコーディングとツアーをこなしながら、思いきりマイペースな活動を継続させていっている。現在、オリジナル・メンバーでバンドに残っているのはマッカロックとサージェントのみだ。あと数年でマッカロックも50歳である。還暦を迎えてもなお転がり続けるジャガーとリチャーズあたりを見本として、マッカロックとサージェントにはいつまでもいつまでもエコー&ザ・バニーメンでいてもらいたい。還暦のシナシナに萎びた白髪頭のお爺さんたちによる、歯切れのいい“Villiers Terrace”や“The Back Of Love”の歌と演奏を是非とも聴いてみたいものである。

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