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zoom RSS Eric Gale: Multiplication

<<   作成日時 : 2008/02/07 21:25   >>

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Eric Gale: Multiplication
Columbia JC 34938

画像 77年にエリック・ゲイルが発表したソロ・アルバム。この作品が発表された当時、ゲイルは、76年にゴードン・エドワーズやスティーヴ・ガッド、コーネル・デュプリー、クリス・パーカー、リチャード・ティー等とともに結成した人気フュージョン・バンド、スタッフ(Stuff)のメンバーとしても活動をしており、60年代にスタートしたギタリストとしてのキャリア中においても最も華々しく輝きを放っていた時期を過ごしていたのではないかと思われる。その証拠に、スタッフの一員として知名度を格段にあげた70年代後半から80年代前半にかけて、ゲイルは、ほぼ1年に1枚のペースでソロ・アルバムを発表しているのである。それ以前は、他のスタッフのメンバーと同様に、NYのレコーディング・スタジオというレコーディング・スタジオを駆けずり回ってチマチマとした音楽活動をする一介のセッション・ミュージシャンに過ぎなかったゲイルが、これほどまでに頻繁にリーダー作を残せたというのは、やはりスタッフでの活動を通じて表舞台に立ちまばゆいばかりのスポット・ライトを浴びたからこそ、という部分が相当に大きかったのではなかろうか。この『Multiplication』は、38年にブルックリンに生まれた生粋のニュー・ヨーカーであるスタッフ所属のゲイルが、人気の面でも実力の面でも最も脂が乗り切っていた30代の終わりに録音したソロ・アルバムである。
 『Multiplication』をリリースした77年、実はこの年に、すでにもうゲイルはColumbiaよりソロ・アルバムを1枚発表している。それが、『Ginseng Woman』というアルバムである。『Multiplication』は、77年にゲイルが世に送り出したふたつめの作品であったのだ(実際のところ『Multiplication』というアルバムが制作/製造されたのは77年であるのだが、それが正式にリリースされたのは78年に入ってからであるともいわれる)。『Ginseng Woman』と『Multiplication』は、ともにプロデューサーにボブ・ジェームスを迎えたアルバムとなっており、参加しているミュージシャンもおおむね同じような顔ぶれである。そして、そのジャケットに採用されているのが、デイヴィッド・ウィルコックスによるインパクトのあるイラストレーションであるという部分までもが共通している。この2枚は、兄弟アルバム的な間柄の作品ということとなるのであろうか。だが、レコーディング・セッションそのものは、(至極当たり前のことであるが)完全に別々の時期に行われており、それぞれのセッションの場の空気やコンセプトにも微妙に違いが存在する訳で、どちらかというと、兄弟アルバムというよりは異母兄弟アルバムといったほうが雰囲気は近いのかも知れない。ボブ・ジェームスをプロデューサーに据えたアルバム制作に確かな手応えを感じたゲイルが、『Ginseng Woman』のレコーディング・セッションから敢えて時間を置かずに、再びジェームスとタッグを組んで『Ginseng Woman』のセッションで作り上げたサウンドの世界をより深く掘り下げてゆくことを試みたアルバムが、この『Multiplication』といえるだろうか。そんな演奏者が確固たる手応えを感じたサウンドをより深く深く追求したかのような趣きのある『Multiplication』は、ゲイルのギタリストとしての器の大きさとポテンシャルの高さを、余裕綽々のプレイでマザマザと見せつけるような作品集となっている。
 『Multiplication』の幕開けを飾るのは、黒人霊歌(ニグロ・スピリチュアル)の定番曲である“Oh! Mary Don't You Weep”。ピート・シーガー経由でブルース・スプリングスティーンもトラディショナルなフォーク・ソングのレパートリーとして取り上げている、この名曲を、ここではウィリアム・イートンによる好アレンジ(アイネス・アンドリュースやアリサ・フランクリンが吹き込んだヴァージョンに近い)による、とことんブルージーでゴスペル・ライクなスタイルの演奏でみっちりと堪能することができる。まろやかで太くキレのあるゲイルのギターが、まったりと歌いまくり、ゴスペル・クワイア調のコーラスとの掛け合いを繰り返しながら濃密な空気を創出させてゆく。ツボにハマった教会形式のリチャード・ティーによるオルガン演奏も控えめながら実に素晴らしい。この楽曲でのゲイルの伸びやかで黒々としたプレイを体感するためだけでも、このアルバムを聴く価値は十二分にある。かなりの名演である。2曲目は、ゲイルによるオリジナル曲となる“Thumper”。ここでは前曲の濃厚な世界とは打って変わって、クールなNYスタイルのフュージョン・サウンドを目の当たりにさせられる。ジェームスによるオーバーハイムのポリフォニック・シンセが嬉々としてウナリをあげ、スティーヴ・ガッドのドラムとウィリー・ウィークスによるベースがタイトにリズムを弾き出してゆく中を、ゲイルのギターが奔放に流れるようなソロをキメまくる。実にスマートな都会派ファンク曲である。だが、難点をひとつだけあげるとすれば、ラストに登場するサックス・ソロがややユルく冗長すぎる部分ぐらいであろうか。3曲目も引き続きゲイルのオリジナル曲となるアルバムのタイトル・トラックの“Multiplication”。こちらは、軽快にしてブギーなノリが非常に心地よい、思いきりハイ・グレードなディスコ・サウンドが展開される楽曲。マーヴィン・スタムやランディ・ブレッカーを中心とするホーン・セクション(サックスのグローヴァー・ワシントンJr.を含む)が、威勢よくグルーヴ感を高く高く押し上げ、ウネリ動き回りながら太く轟くアルフォンゾ・ジョンソンのベースが、それを下からガッシリと支えている。また、ここにはアディショナル・メンバーとして、ドラムのアンドリュー・スミスとベースのアンソニー・ジャクソンの名がクレジットされてもいる。ツイン・ドラム&ツイン・ベースという密度の濃い編成での演奏ということであろうか。とてつもなく豪勢である。その中でもティーのオルガンは、決して目立ちはしないが時折ひょっこりと顔を覗かせてイイ感じにスパイスとして効いている。そんな腕利きたちによるキャラの立った演奏で全く余白が見あたらないほどに塗り込められたバックのサウンドに、一瞬も怯むことなく立ち向かい、爽快にソロで歌いまくり展開に応じて絶妙に音を対応させながら柔軟に弾き分けてゆくゲイルのギターが、見事なまでに主役の座を務めあげてゆく様は正に圧巻というしかない。清々しくもダンサブルなサウンドに、自然と体が反応しウネウネと揺さぶられてしまう。B面の1曲目では、リー・リトナー作となる“Morning Glory”が取り上げられている。この楽曲は、77年にリトナーがVictor JVCよりリリースしたアルバム『Sugar Loaf Express』に収められていたもの。クラシカルな方面の素養も持ち合わせた品行方正なジャズ〜フュージョン系のギタリストであるリトナーに対して、ゲイルは、いかなるシンパシーを抱いていたのであろうか。基盤となっているルーツ・ミュージックと決して無縁になることのできない、常に黒いグルーヴ感を放出してしまう自らのギターの演奏スタイルに、何かしらの限界や窮屈さを感じていたりもしたということなのか。この“Morning Glory”では、序盤のジョンソンのドラマティックで荘厳な音色のベースに導かれるように、非常に柔和なソフト・タッチのプレイでゲイルのギターが無色透明な世界を素描してゆく様子を楽しむことができる。まるで、朝の白みゆく爽やかな空気の中で、ゆっくりと朝顔の蕾みが花開いてゆくかのようである。だが、ジェームスのウニュウニュッとしたシンセによるバッキングに変に煽り立てられるせいか、次第にゲイルのギターは無色透明な世界からハミ出してソウルフルな正体を剥き出しにして駆け出しはじめる。そして、ワシントンJr.の極上のブロウと戯れあいチョッカイを出し合いながら並走を始める頃には、もういつものゲイル節が全開の状態へとスッカリと成り果ててしまっているのである。こうなると、もう誰にも止められない。朝顔の蔓のようにシッカリと絡み付きグイグイと締め上げてくるグルーヴに、ややドギツイ色合いの朝顔の花弁が我れ先にと競い合って開花しまくる。ホーンやストリングスも入り乱れる中盤の分厚いサウンドの上でゲイルが豪快に弾きまくるバートなどは、ほとんど狂い咲く朝顔たちが互いに押しのけあう修羅場と化してしまっている。リトナーのギターの世界、リトナーの音の世界に、果敢にチャレンジを試みているゲイルなのであるが、これは、なんだかちょっとおかしなことになってしまったようだ。大真面目に取り組んで、こんな有様になり果ててしまっている点が、最高に素晴らしくもある。小細工を施して小さくまとまるよりは、俺流を押し通して大暴発してしまったほうが、全然マシだ。これは、ゲイルのギター・プレイの本質を、ちょうど真裏から透かして見たような形の作品に仕上がっている。2曲目は、リチャード・ティーの作品となる“Gypsy Jello”。これは、ティーやガッド、ブレッカー兄弟などのNY界隈を代表する名だたるミュージシャンが参加した深町純&ザ・ニューヨーク・オールスターズの伝説のライヴでも演奏された楽曲である。ラルフ・マクドナルドのパーカッションが心地よく響く、爽快なグルーヴィ・サウンド。基本的にゲイルのギターとワシントンJr.のサックスが交互にリードを取り合う構成の楽曲なのだが、両者がフロントを入れ替わるたびに曲調をほんのりと染める色合いが微妙に変化してゆくのが面白い。一口に黒といっても、様々なタイプの黒さが存在するのである。ワシントンJr.の独特のブロウに圧倒されまいとゲイルが普段以上に熱演している感じも非常にナイスだ。B面の3曲目、アルバムの締めの一曲となるのは冒頭に続いて黒人霊歌(ニグロ・スピリチュアル)を取り上げた“Sometimes I Feel Like A Motherless Child”。これは、奴隷制度下において黒人の子供を労働力として売り買いした人身売買に直接関連する実にシリアスな内容の楽曲である。だが、ゲイルがギターで切々と懇切丁寧に歌い上げてゆく、ここでのヴァージョンは、かなりまろやかなソウル風味の非常に聴きやすいアレンジの楽曲に仕上げられている。いかにもNYスタイルのフュージョン・ジャズといったプレイをキメまくるハンク・クロフォードのサックスも、このアレンジには、これ以上ないほどにマッチしてる。重すぎず軽すぎず、ヤリすぎになる一歩か二歩手前で余裕を持って踏み止まっている雰囲気に、成熟した大人の深みを感じる。とにかく絶妙なのだ。しかしながら、この全6曲の作品集は、脂の乗り切ったゲイルのギター・プレイだけを集中的に聴いてゆくだけでも、相当にお腹いっぱいになる一枚である。よくもまあ、こんなにもスルスルと饒舌に弾きまくってくれるものである。独特な味わいのあるゲイルのギター・サウンドを、目一杯いただきました。ごちそうさま。
 94年5月25日、エリック・ゲイルは肺癌を患い、この世を去ってしまう。なんと、まだ55才という若さであった。ジャズをやるにしても、ブルースをやるにしても、やっと演奏が枯れはじめてきて、これからもっともっと渋いいぶし銀な味わいが増してゆくという年齢であったはずである。これはもう惜しいとしか言いようがない。シワシワなお爺さんになったゲイルが、滑るような緩やかな指使いでニグロ・スピリチュアルを若い世代に読み聴かせるように演奏する姿を、是非見てみたかったような気もする。今から30年前の“Oh! Mary Don't You Weep”の名演に耳を傾けながら、フッとそんな心温まる光景をぼんやりと脳内に思い浮かべてしまった。

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