新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉補稿(一)

新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉

補稿 Unknown Sisters

(一)

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1957年5月27日、ロンドン市内サザークの病院において、スーザン・ボーリオン(Susan Ballion)はワロン系ベルギー人の父とイギリス人の母の間に三人兄妹の末っ子として誕生した。
その後、スーザンは、ロンドン南東部の郊外、チズルハーストの街で家族とともに育つことになる。年長の兄と姉とは、年齢が10歳以上も離れていた。ボーリオン夫妻は久しい間をおいて誕生したこの末の娘を大変に可愛がったものと思われる。歳の離れた兄と姉も、小さな妹の誕生を喜んだに違いない。だがしかし、スーザンは、とても孤独な幼少期を過ごしたと述懐している。周囲にいるのは大人たちばかりで、あまり子供らしく過ごせる環境ではなかったようだ。
また、スーザンが生まれる少し前にベルギーから移住してきた新しい入居者であるボーリオン家は、典型的な郊外の街であるチズルハーストの古くからの共同体に、あまりすんなりと馴染めずにいたようでもある。スーザンが多感な10代へと足を踏み入れる頃、その小さな胸の内のモヤモヤを打ち明けられるような存在は、近くに誰もいなかったようだ。まさにスーザンから見れば、周囲の人々は皆揃いも揃って「わかってくれない大人」でしかなかったのだ。

思春期のスーザンが唯一心を寄せることができたのが、デイヴィッド・ボウイ(David Bowie)、ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド(The Velvet Underground)、T・レックス(T.Rex)、ザ・ストゥージズ(The Stooges)といった、一般社会から疎外されたはみ出し者のロックを歌うアーティストやバンドによるレコードたちであった。そして、スーザンが14歳のとき、慣れない英国暮らしがストレスとなっていたのか、長らくアルコールの問題を抱えていた父親が肝硬変で他界する。その頃、不安定で孤独なスーザンの心の拠り所となっていたのが、ロキシー・ミュージック(Roxy Music)に代表されるグラム・ロックのムーヴメントであった。
ロキシー・ミュージックの音楽とアートを融合した自由で型破りな表現に触れ、スーザンは自分の中に眠り続けていた本当の自分を発見し、当時の流行の最先端であったグラム・ロックのファッションやライフ・スタイルにどっぷりとのめり込んでゆくことになる。やがてグラム・ファッションに身を包んだロキシー・ミュージックの音楽に心酔する仲間たちとの交友関係をもち始めたスーザンは、音楽とアートを通じて結びついた彼らとロンドンの街で常に行動をともにするようになってゆく。
70年代半ば頃になると、すでに高校を中退してしまっていたスーザンは、毎日のように奇抜なファッションで街を仲間と歩き回り、夜はゲイ・ディスコやナイトクラブに入り浸るようになる。過激なファッション・センスを光らせた人一倍に目立つ端麗なルックスで、いつしか彼女はロンドン界隈のアンダーグラウンド・シーンでは、かなり知られた存在となっていた。そして、75年のセックス・ピストルズ(Sex Pistols)の登場とともに、時代の流れは一気にパンク・ムーヴメントの大きな渦の中へと飲み込まれてゆくことになる。

76年、スーザンは初めてセックス・ピストルズのライヴを体験している。そして、そこで天地が入れ替わるような衝撃を受ける。まさに、パンクの洗礼を受けたのだ。おそらく、遂に自分たちの世代の声を代弁するような音楽に出会えたという気分の高揚もあったのであろう。即座にスーザンは、友人たちとセックス・ピストルズの親衛隊を結成することを決意する。彼らは、バンドがライヴを行う場所であればどこにもで付いてゆき、その破天荒な演奏を誰よりも間近で見守った。
パンク・ロックとは、ロックとしての革新性を訴える側面を殊更に強くもつ音楽であった。しかし、その姿勢を強く打ち出すことによって、パンク以前・パンク以外のロック音楽との様々な軋轢を生むことにもなっていたのである。よって、10代の若者たちを中心とする親衛隊は、ステージ上のバンドに対する旧来のロック・ファンからの攻撃を阻止する役割を担う存在でもあった。
そうした防衛の行為は、長く孤独な日々を過ごしてきたスーザンにとって、自らの世代の声が挙げられる場所を確保し、自らが仲間たちと一緒に居られる死守するための闘いに重ね合わされていた部分もあったのであろう。急進的なパンク・ロックは、常に反動的な動きと衝突する運命にあった。だが、そのムーヴメントの根底を支えていた10代の若者たちによる根気づよい支持と旧来のロック観との決別の闘いを通じて、パンク・ロックの前と後に道ができ歴史が形成されていったという側面も忘れてはならないだろう。
当時、ブラック・レザーやラテックス素材のボンデージ系のアウトフィットを取り入れた性的なフェティシズムを前面に押し出した服装や妖しいメイク・アップは、スーザンのトレードマークにもなりつつあった。こうしたスタイルは、アンダーグラウンドなゲイ・ディスコのシーンにおける、社会から疎外され抑圧された者たちが、自己表現・自己解放の場としてのダンスフロアに集う際の奔放な容姿から着想を得たものであったのだろう。これをスーザンは、街中を歩く10代のロック系の女の子のファッションに、あまりデフォルメすることなく極めて過激な形で取り入れてみせたのである。
そして、それが後に、女の子のパンクス、パンケットに好んで取り入れられ、パンク・ファッションのひとつのひな形となってゆくことになる。また、全身黒尽くめの服装に逆立てた黒髪と目の周りを真っ黒に塗る斬新なアイ・メイクというスーザンの出で立ちは、後のゴシック・ロック・シーンにおけるゴス系ファッションの先がけでもあった。

そんな時代の動きの中で、スーザンにも大きな人生の転機が訪れる。パンク・ロックは、誰にでも楽器を手にとりロックする資格と権利があることを謳っていた。これは、ブルースやジャズなどの要素を取り入れ、誰よりも楽器をうまく弾きこなすことばかりに注目が集まっていた70年代の高等/高尚なロック音楽に対する、明確な反抗の姿勢を表したものでもあった。ズブの素人でもステージに立って楽器をかき鳴らし、思いの丈をぶちまければ、ロック音楽の本質である抑え切れぬ衝動の表現として立派に成り立つというのが、パンク・ロックが標榜していた革新性の最も手軽な実践法であった。
誰もがやりたいことを好きにやる。そして、それがパンクという表現となる。極めて自由なアート・フォームとしてのパンクのとらえ方が、そこにはあった。ロンドン・パンクの仕掛人である、マルコム・マクラレン(Malcolm McLaren)が、超現実主義の流れを汲む状況主義の方法と手法を、そこに持ち込んでいたことも大きく影響を与えていたのであろう。マクラレンは、自らがマネージャーを務めるセックス・ピストルズのイメージ戦略・プロモーション戦略にも、そうした方法論を巧みに取り入れていた。
そんなハプニングを好むマクラレンのマネジメントにより、セックス・ピストルズとマンチェスターのバズコックス(Buzzcocks)をメイン・アクトに据えて、クラッシュ(The Clash)やダムド(The Damned)、サブウェイ・セクト(Subway Sect)などの活きのよいパンク・バンドを集結させた二日間の世界初のパンク・ロック・フェスティヴァルが企画されていることが明らかになった。このロンドンのThe 100 Clubで開催されるフェスティヴァルに出演するパンク・バンドをマクラレンが探していることを知ったスーザンは、ドゥ・イット・ユアセルフ(DIY)なパンクのアティチュードに突き動かされて自ら名乗りを挙げることになる。
この時点で、スーザンは、それまでにバンドを組んだこともなければ、ロック・バンドに必要な楽器を演奏した経験も殆どなかった。彼女は親しい友人でセックス・ピストルズの親衛隊の一員でもあったスティーヴ・セヴェリン(Steven Severin)に声をかけ、自らのバンドの結成へと動き出す。だが、彼女はバンドのメンバーを集めるよりも先に、ライヴのプロモーターに直談判してパンク・ロック・フェスティヴァルの出演枠を手に入れることに全力を注いだ。バンドの有る無しに拘わらず、まずは立ち上がること、それが彼女にとってのパンク精神の実践の第一歩であったのだ。
そのフェスティヴァルへの出演申請をした際に、スーザンが名乗ったバンド名が、スージー&ザ・バンシーズ(Siouxsie and the Banshees)である。ここに、スージー&ザ・バンシーズのヴォーカリスト、スージー・スー(Siouxie Sioux)の登場が胚胎されることとなった。

76年9月20日、The 100 Club Punk Specialの第一日目。この日のメイン・アクトのセックス・ピストルズとクラッシュがステージに上がる直前に、新人バンドであるスージー&ザ・バンシーズの出番はセッティングされていた。フェスティヴァルでのライヴを行うために結成されたスージー&ザ・バンシーズのメンバーは、ヴォーカルのスージー、ベースのセヴェリン、マクラレンとデザイナーのヴィヴィアン・ウェストウッド(Vivian Westwood)が経営するキングス・ロードのブティック、SEXの常連客であり、セックス・ピストルズの取り巻きのひとりでもあったマルコ・ピローニ(Marco Pirroni)がギター、そしてドラムスにはセックス・ピストルズの親衛隊の一員であり、後にマクラレンに誘われセックス・ピストルズのベーシストとなるシド・ヴィシャス(Sid Vicious)という四名であった。全員が、バンドを組むのも初めてなら、人前でロックを演奏するのも初めてという、文字通りの即席バンドが、いきなりパンク・ロック・フェスティヴァルのステージに立ったのである。
この日のステージに立ったスージー&ザ・バンシーズは、まさにこのフェスティヴァルの企画に相応しい、パンクのスピリットやアティチュードを最も端的に象徴しているようなバンドであった。持ち時間は、20分。演奏もできなければ、作曲もできない四人は、楽器を手にステージに立ち、衝動のおもむくままにノイズをかき鳴らした。バンシーズの面々は、ひたすらに20分間のパンクな即興演奏を繰り広げ、その間にヴォーカルのスージーは思いつくままに言葉を羅列して絶叫し、暗記している詩の断片などをノイズに合わせて歌い上げたのである。
ノイズと即興の20分間。スージー&ザ・バンシーズのデビュー・ステージは、明らかに何か新しい時代と歴史の幕開けを告げるものであった。スージー・スーは、初めてのステージでマイクの前に立った時から、それまでのどんな女性ロッカーとも女性シンガーとも異なる存在感を醸し出していた。スージー・スーとは、最初からロックでもパンクでもなく、まさにスージー・スーでしかない希有な存在であったのかも知れない。
一曲もまともに演奏できる楽曲のないスージー&ザ・バンシーズを率いて、盛大なるパンク・ロック・フェスティヴァルのステージに立ったスージーは、王女の風格を漂わせるほどに自信に満ちあふれ、自らの発する声でノイジーな即興演奏を統制し、自己の中に新たに誕生したスージー・スーというキャラクターを見事に表現しきったのだ。この日を境に、チズルハーストのスーザン・ボーリオンは、唯一無二の表現者であるスージー・スーとしてのもうひとつの人生を歩み出すことになる。

ロンドンのThe 100 Clubのステージ上で何にもとらわれずどこまでも自由に喚き歌うスージー・スーの姿は、過激なものに慣れ親しんだパンク世代の若者たちにとっても、これまでに経験したことのないような大きなインパクトと衝撃をもたらすものであったようだ。この日、会場にいたスリッツ(The Slits)のメンバーが、20分間の圧倒的なスージーのパフォーマンスを絶賛していることは有名な話である。スージー・スーの登場は、女の子がロックする/パンクすることへの新たな扉を開いた。そして、その何も特別ではないごく普通の女の子がステージ上でマイクを握り自由に声を挙げる行為は、後のライオット・ガール(Riot Grrrl)の動きの先がけでもあったのだ。
ただし、それ以前にもパティ・スミス(Patti Smith)やブロンディ(Blondie)のデボラ・ハリー(Deborah Harry)など、NYパンクのシーンには女性パンク・ロッカーが何人も存在してはいた。しかしながら、スージーは、ロンドンのムーヴメントの震央部に属していたためにパンクを体現する存在にはなっていたが、決してロッカーとカテゴライズできるような存在ではなかったのではなかろうか。それは、ひとりの郊外育ちの女の子が、ファッションとメイクによってスージー・スーというひとつの人格を表現し、剥き出しのパンクな衝動をパフォームしただけのことだったのである。マルコム・マクラレン的にいえば、それは純粋にアート表現と呼べるものであった。
パンク・ロックの基本となった三つのコードはおろかメロディすらまともに弾くことのできないバンド・メンバーによるスージー&ザ・バンシーズの初ステージでは、一般的な意味でのロックらしきものが演奏されることは一切なかった。ただし、そこでぶちまけられた即興ノイズは、伝統的なロック・ミュージックという形態へのカウンターとしてのパンクそのものではあったのだが。しかしながら、チズルハーストのスーザンは、そこで括弧付きのロックに唾を吐きかけながらも基本的にはロック音楽の系譜に連なるパンク・ロック世代の多くの声の中のひとつとしてではなく、それをさらに更新した世代と時代を代表するアイコン、スージー・スーとして自らの声を挙げていたのである。
スージー・スーは、当時のどんなパンク・ロッカーよりもパンクであった。そして、それは、まだ産声を挙げたばかりであったパンク・ムーヴメントの可能性の大きさと、その先にあるものを感じさせるものでもあったのだ。最初から、スージー・スーとはポスト・パンク的な存在であったのかも知れない。既存の伝統的なロックのイディオムやコンテクストを遥かに超越していたという意味において。
このスージー・スーというパフォーマーは、何ものにも縛られず、全てを解放し解き放つ自由奔放な表現者として登場した。それは、旧来の思考や思想を破壊するだけのパンク・ロックを軽く超越し凌駕してしまう、まさにポスト・パンクな流儀のアーティスティックな表現だったといえよう。そして、その新しい時代/世代のスピリットやアティチュードは、パンク・ムーヴメントの到来によって目を覚ました多くの新しい感覚をもつ者たちの目と心を惹きつけてゆくことになる。

全く新しい感覚のルックスをもって出現したスージー・スーのスタイルとは、70年代のグラムやパンクなどのロック・ファッション(そこには60年代の自然回帰的なヒッピー文化/ファッションに対する反動も多分に含まれている)を通過する中で育まれてきたものであった。そして、ゲイ・ディスコの世界の独特な美的感覚などの様々なエッセンスを盛り込み取り入れることで、スージー・スーにしか創造・表現することのできない形態へと通ずる、一層の深みと膨らみがもたらされることにもなった。服装から髪型、メイクにいたるまで、どこまでも奇抜で斬新な、それまでに誰も見たことのないスージー・スーのオリジナルなスタイルが生み出されていたのである。
それは、音楽を中心にファッションなどを含めた総合的なスタイル(ライフ・スタイル)の自由な表現を行うという、グラム・ロックやパンク・ロックのムーヴメントが向かっていた方向性を、さらに強く押し進めたひとつの究極の形であったのかも知れない。何ものにも抑圧されることなく、あるがままに着飾り、自分自身の内面から湧き上がってくる声を挙げる。アンダーグラウンドなゲイ・クラブのダンスフロアにおける同性愛者たちのように。どこまでも付きまとう社会的な労働の枷を振り払い、そこでは全てがアートへと変容するのである。
スージー・スーのスタイルは、社会の環境が要求するものに従わされるのではなく、自分がなりたいものになる自由を強く主張しているものでもあった。ステレオタイプな男性や女性のみが社会的理性的人間として認められるという暗黙の了解に対する、あからさまな闘争/逃走を、スージー・スーは自らのまとうエクストリームなファッション・スタイルで展開してみせたのだ。着たい服を着たい様に着て、聴きたい音楽を聴きたい時に好きなだけ聴き、自分が思うような自分のままでいること。自分を偽らずに、本当の自分の生を生きること。社会の片隅や周縁や奥底で偽りの自分を生きていたマイノリティの声を取り戻し解き放つアクション。そこにこそパンクの真髄があることをスージー・スーのスタイルは、目に見える形で表現してもいたのである。
また、そのスタイルは、スージー・スーのオリジナルなアレンジがなされたものであるがゆえに強烈なインパクトをもち、周囲に大きな衝撃をもたらした。あまりにもスージー・スーという存在は、それまでのものとは異なる先鋭的なスタイルをもち、それ以降のスタイルの方向性を決定づけてしまうような圧倒的な斬新さと切れ味を体現していたのである。スージー・スーが生み出したスタイルの影響力は、極めて強大だ。あの日の即興ノイズの中から生まれたものは、35年以上を経た現在のスタイルにも間違いなくはっきりと影響を及ぼし続けている。

黒髪に目の周りを大きく黒く縁取るように塗って強調したメイク、黒のレザーやラテックス素材のボンデージ・スーツ/ボディスーツにぴったりと身を包み、足には黒の網タイツやスパッツ、そして足元は黒ラバーのハイヒール・ブーツをきめる。こうした、頭の先から爪先まで黒尽くめの装束というと、欧州ではやはり魔女のイメージと結びつく部分がかなりあったのではなかろうか。
魔女とは、魔法使いの女性のことである。昔話や物語の中に登場するキャラクターとしての魔女というものには、誰もが幼い頃から馴染みがあるだろう。現実の世界では、超能力や人知を越えた能力をもつ人を魔法使いのようだと形容したりもする。かつて、そうした能力を持つ人は、割と身近な場所に存在していた。呪術や占星術といった類いのものは、農耕や狩猟などの日常の行動・労働と非常に密接に結びついてもいたのである。
しかし、こうした何かしらの術めいたものを使う人物が一様に魔女と位置づけられるようになったのは、中世の社会においてである。キリスト教が広まり教会を中心にして社会が形成されていた中世ヨーロッパにおいては、一神教の教えに背反する行いは、全て背信行為と見なされた。よって、呪術などの土着の神や精霊を信奉する行為は、それすなわち妖術であり、キリスト教教会からは悪魔信仰と断定されるにいたる。妖しく不思議な能力をもつ魔女は、キリスト教社会では教会によって徴付けられた異端者であり、迫害の対象となったのである。こうしてキリスト教の上に成り立つ社会が隅々にまで行き渡っていたヨーロッパの各地で大々的に公に魔女狩りが行われ、多くの魔女が裁判にかけられ処刑されることとなった。
中世以前には共同体の内部に深く根をおろしていたものが、教会によって悪魔を信仰する魔女と呼ばれて社会の外側へと追いやられた。魔女は、キリスト教の道徳観を社会に浸透させ、教会による人民の支配を強化するためのスケープゴートの役割を担わされていたといってもよいだろう。異教徒を異端として撲滅し、社会を浄化してゆく動き(上部から下層を見通しやすくする動き)を推進してゆくために、魔女という存在が人々の生活の近くに身近に存在していただけに非常にわかりやすく利用されたのである。
こうした中世の歴史を過去の記憶として擁しているためか、現在でもヨーロッパの社会では、黒い装束の魔女のイメージは悪魔的で忌み嫌われている部分もあるものと思われる。魔女とは、ある種の禁忌に近い存在であり続けているのだ。そうした魔女のイメージというものすらも、スージーは自らのファッション・スタイルにひとつの要素として取り入れ、中世の眠りから覚めずに捩じれた記憶をもち続ける現代の社会に復活させたのだともいえる。

スージー・スーのスタイルが表現するものとは、社会の周縁の人々や社会から疎外されたはみ出し者たちの声なき声の代弁でもあった。真性を尊び異端を認めぬ疎外的な労働を中心にしてまわる社会。スーザンのような郊外の孤独な子供たちを蔑ろにする大人による大人のための社会。異性愛を自明のものとし影に隠れる同性愛を無視し続ける同一性のみを重視する社会。女性を声をもたぬ性として封じ込め男性化する女性のみを形式的に受け入れる男性中心の社会。そうした社会とは交わらぬ禁忌に近い黒尽くめの装束を装備することによって、そうしたものと真っ向から対峙してみせる。
女性的な肉体のラインを強調するボンデージ・スーツやコルセットを身につけ、ロング・ブーツを履いて脚のラインを強調する。一見すると過激な扇情性ももつパンキッシュなファッションは、女性の肉体をフェティシズム的な語りへと落とし込む男性の短絡的な視線を逆手にとる覚めた女性ならではの自己言及的表現の形態でもあった。社会の周縁に棲む疎外された人々を中世の魔女の姿に重ね合わせ、スポットライトのあたる場所へと抉り出して声を与えるのが、その過激な黒装束の役割でもあったのである。
そして、アンダーグラウンド/暗部に追いやられた者たちは、スージー・スーの身体と服飾を借りて社会のあちこちから静かに語り出す。それはまさに口寄せ的な形式そのものであり、現代の呪術といえるものであったのかも知れない。しかし、そこで語られ代弁されているのは、冥府からの声などではなく、紛れもなく抑圧からの解放を必死に訴えかける人間たちによる声なき声であった。

さらに、スージー・スーのファッション・スタイルを特異なものにしている点として、彼女の特異なエスニック趣味が、そこに効果的に反映されている部分を挙げることもできるだろう。彼女は、意図的にヨーロッパ的なイメージから離反する要素を盛り込むためにか、そのファッションや作品のアート・ワークの随所でエジプトや中近東、果てはアジアにまでいたる様々な文化的モチーフを積極的に取り入れている。
そうしたもののベースとなっていたのは、クレオパトラに扮したマリリン・モンロー(Marilyn Monroe)やエリザベス・テイラー(Elizabeth Taylor)のスタイルの模倣であったことは、ほぼ間違いないところなのではなかろうか。特に、そこでなされていた真っ黒の黒髪にアイラインを強調するように瞼からこめかみ近くまで黒く濃くシャドーを入れる化粧は、そのままスージー・スーのスタイルに取り入れられて基底部分をなしているといってもよい。ゴシック系ファッションの元祖ともいわれるスージー・スーであるが、その特徴的なメイク方法のルーツは、実はマリリン・モンローやエリザベス・テイラーといったハリウッド女優を経由したエジプトの女王クレオパトラにあったのである。
その深いルーツとなっている部分が、中世ヨーロッパを代表する様式であるゴシックの対極にある古代エジプトやローマと連関をもつものであるというのは、とても興味深い繋がりであり、そのスタイルの多様な特性を象徴しているかのようなポイントでもある。そうしたスージー・スーのスタイルに顕著な特徴として、過去のものからサンプリングした素材を、自らのスタイルにリミックスする手腕に非常に長けているという部分を挙げることもできるだろう。巧みにリアレンジし独特なスタイルを構成するピースとして取り込むことで、スージー・スーはマリリン・モンローやエリザベス・テイラーといった先人たちと、スタイル的に独創性の面で見事に並列に並んでみせるのである。
エジプトや中近東といった古代オリエントの文明や文化からの要素を取り入れているということは、ヨーロッパがキリスト教社会となる以前の呪術的世界にも通じているという意味で、自然崇拝や多神教信仰の象徴としての魔女の要素を黒を基調とするファッションで復古させているスタイルの方向性と、どこか密接に繋がるものがあるともいえるのではなかろうか。スージー・スーの黒尽くめの装束と特異なエスニック趣味は、神の愛と白い純潔という幻想の教義の上に成り立つ宗教的西洋文明批判としての意味を強くもっているようにも思われる。
しかし、そうしたエスニシズムへの接近は、とても一面的かつ表面的であるようにも見えるため、どこか植民地主義や帝国主義へと通ずるものがあるという見方がでてきたとしてもおかしくはない。また、そのスタイルが、キリスト教教会と結びついた汎ヨーロッパ的な面も孕むゴスの原点とも見誤られている傾向もあるだけに、二重に読み違いをされてしまう怖れもないわけではない。しかしながら、やはりスージー・スーのスタイルというものが、前衛的なアートやロック、民間伝承、歴史神学や歴史哲学にまでいたる、極めて多彩で多様なコンテクストの結合・融合から成り立っていることを見過ごした批判は、それこそとても一面的かつ表面的で的外れなものであるといわざるを得ないであろう。
そして、そのスージー・スーのスタイルとは、スーザン・ボーリオンが演ずるところの芸能としての表現の一部であることも忘れてはならない。作られたペルソナの受け止め方というものは、それこそ様々であって然るべきなのである。敢えていえば、あちこちに多くのつっこみどころがあるからこそスージー・スーなのだともいえるし、だからこそ国境や人種や性別も超越して多くの人々に受け入れられたのだともいえる。そもそも全てのテクスト/コンテクストとは、読み違われるため/解釈されるためにあるといってもよいのだから。

先鋭的なイメージを表出させていたスージー・スーのスタイルは、鮮烈なインパクトをもってパンク期とそれ以降のロック系ファッションのモードを直撃してゆくことになる。それは誕生とともに、すぐさま多くのパンク・ロック・ムーヴメントの周辺にいる女の子たちによって模倣されたのだ。
スージー&ザ・バンシーズは、衝撃的な初ライヴの後にスージーとセヴェリン以外のギターとドラムスのメンバーを入れ替え、77年頃からロンドンで本格的なライヴ活動を開始し、翌78年8月にポリドールより発表したデビュー曲“Hong Kong Garden”をスマッシュ・ヒットさせている。この頃には、彼女たちのライヴは常に各地で超満員になり、毎週のようにスージー・スーのアーティスト写真が音楽誌・音楽紙の誌面・紙面を飾る状況が出来上がっていた。
そして、イギリス全土の街角にそのスタイルを取り入れたファッションの女の子たちを確認することができるようになる。ほどなくして、ロンドンやニューヨーク、そして東京にも、黒尽くめのファッションをトレードマークとする新しい人種が出現した。80年代の幕開けとともに、時代はパンクからニュー・ウェイヴへと移り変わりつつあったのだ。
スージー・スーのスタイルは、ゆるやかに時代の移り変わりとともに変化し、スタイルの幅を広げながら、様々な亜種を生み出しつつそのフォロワーたちを増殖させていった。パンク系、ポップ系、ロック系、ニュー・ウェイヴ系、ゴシック系といった多くの系統が、スージー・スーを始源・源流として発展を遂げながら滔々と流れ続け、それぞれがそれぞれの流れの中でひとつのスタイルとして確固たる地位を築き上げていったのである。
こうした動きや流れの根底には、やはり自分もこうなりたいと思わせるものが強烈に存在していたのであろう。そうした思いが共感され、次々と感染してゆくことによって、そこに大きな流れが形作られてゆく。そして、そのさらに奥底には、スタイルを模倣することによって、オリジナルのスタイルに込められていたアティチュードの強度を引き継いでゆく部分も確実にあったのではないかと思われる。まさに、スージー・スーのスタイルとは、パンク~ニュー・ウェイヴ期に登場した、ひとつのファッションと密接に結びついた生活や考え方のスタイルのモデルでもあった。それはロックやパンク・サークルの周辺の最もオーセンティックなスタイルのひな形として、今も変わらずに参照され続けている。

新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉補稿
(一)(二)(三)(四)



K-POP Recap 2012

K-POP Recap 2012

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Best Hit 2012



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Track List:
PSY - Gangnam Style
T-ara - Sexy Love
Jang Hee Young - Love Is Pain
Son Dam Bi - Dripping Tears
Sistar - Loving U
4minute - Vlolume Up
Sunny Hill - Is The White Horse Coming
Seo In Young - Let’s Dance
A Pink - BUBIBU (Remix)
Girl’s Day - Don’t Forget Me
Jewelry – Look At Me
Secret - Poison
Spica - I’ll Be There
Rania - Style
Brown Eyed Girls - One Summer Night
miss A - I Don’t Need A Man
Afterschool - Flashback
Lee Hi - 1.2.3.4
GP Basic - Edge 타
EXID - Whoz That Girl
Wonder Girls - Like This
Dal Shabet - Mr. BangBang
Ailee - Heaven
Sistar - Alone
Orange Caramel - Lipstick
Nine Muses - Ticket
Kara - Pandora
Andamiro - Except
TaeTiSeo - Twinkle
2NE1 - I Love You
EXID - I Feel Good
f(x) - Electric Shock
Spica - Lonely
Crayon Pop - Dancing Queen
Dal Shabet - Have, Don’t Have
A Pink - Hush
Hellovenus - Like A Wave
Dal Shabet - Hit U
SHINee - Sherlock
Sunny Hill - The Grasshopper Song
SNSD - Paparazzi


New Korean Music 2012



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Track List:
Electric Eels - Trendy
The Children - We, and you
Sistar - Ma Boy (Smells Remix)
Humming Urban Stereo - I Want You Back
Look And Listen - Love Game
Look And Listen - Give It Up
Glen Check - 60’s Cardin
The Freaks - Splash
Mongoose - Secret Kiss
Satbyeol - Do Me
Love X Stereo - Chain Reaction
Kim Ha Ru - Oh wind, Oh clouds
Jang Kiha And The Faces - I Heard A Rumor
Neon Bunny - First Love
Romance Blossom - Always in your heart
Ironic HUE - Fantasy
Kim Ha Ru - Dripping tears
I-noh - Chocolate
Youl - It’s Okay
Smells - Better
Sung Yeon - Why
The corner of a room - The Adventures of frog
Bongwooree with Watersports - Zoo
Busker Busker - Cherry Blossom Ending
MukimukiManmansu - Andromeda (Johann Electric Bach 2002 Remix)
Primary - mine tonight
Woo Ju Buyl - Malton Mode
Islror - Idea
10cm - Han River Farewell
U-AMI - Mascara


「K-POP Recap 2012」

2012年のKポップをザッと思い返してみると、あまりまとまりがなく、よくわからないまま過ぎていってしまった一年であったような印象がある。もちろん、様々な意味において。そこで何かしらのKポップというものを象徴する目立った大きな動きがあったようには思えない。個別のトピックとなるようなものは、常に毎日・毎週のように切れ目なく乱立していたはずである。それぞれの動きが、様々な規模でまちまちな方向へ向けて展開されるものとなり、それぞれに別個の動きとして成り立つものとなっていたところに、そのまとまりのなさの一因はあると思われる。
00年代の後半に興ったKポップ・ブームの盛り上がりそのものは、まだまだ巨大彗星が長く尾を引くように継続してはいた。大きな盛り上がりのうねり自体は、年間を通じて変わらずにあったのである。それを全世界的なレヴェルで見るならば、かつてなかったほどの盛り上がりをみせた一年であったともいえるであろう。だが、その動きのスケールが洋の東西に跨がる巨大なものになったことによって、あまりよく全体が見渡せなくなってしまった部分も確かにある。
11年から続いていた往年のディスコ・サウンドをリヴァイヴァルさせたダンス・ポップ曲は、まだまだ高い人気を誇り、より親しみやすいサウンドとして浸透してきていた。そして、より尖ったサウンドの今風のエレクトロニック・ダンス・ミュージックも、しっかりとしたクオリティの楽曲で注目と人気を集め、ごく普通に日常的なポップスとして親しまれるものとなってきている。
これまで、韓国国内の小さなエンターテインメント界に凝縮される形で熱を帯び、主にインターネットのネットワークなどを通じて外の世界に向かって放出されていたものが、今度は実際の動きとして外の世界に向かって次々と拡散してゆき、全世界的な規模でのKポップに感染する動きが顕著に見られるようになってきたのも12年という年の特徴であった。海外のエンターテインメントの世界でも当たり前のように活動し、コンサートやライヴ・ツアーなどを成功させる、グローバルな人気に対応してゆくには、Kポップを基盤としながらもさらに間口の広いポップ・サウンドへとステップ・アップしてゆくことも自ずと求められてくるのだろう。今まさにより外へと向かおうとしている13年以降のKポップは、全く新しいポップ音楽のフェイズに突入するための門戸の前に立たされているということなのかも知れない。

グローバルな人気を獲得しているKポップ・アーティストは、多岐に渡る活動の合間をぬってスケジュールの調整をし、韓国で新作を発表して数週間のプロモーション活動を行い、そのまますぐにそれまでの活動のペースに戻り、アジアや欧米を中心に国外の都市を慌ただしく飛び回ることになる。そうした実際の海外での活動と、それに関連するレコーディングや撮影やリハーサルなどの入念な準備をこなしてゆくのみで、おそらく年間スケジュールの大半は埋まってしまうのではなかろうか。
そうしたグローバル化へと向かう動きの中から、いきなり何かが弾けるように飛び出してきたのがPSYの“江南スタイル”であった。ある意味では、この楽曲の成功は、ひどくイレギュラーで、どこか全て未消化のまま、思いがけぬほど大きな結果に結びついてしまったようなものに思われたりもする。“江南スタイル”は、PSYにとって約二年ぶりのリリースとなった久しぶりの新曲であった。そして、そのリリースとともに、コミカルでシュールな「馬ダンス」を全面的にフィーチュアした、強烈なインパクトをもつMVが、先ずはYouTubeで話題となる。すると瞬く間に人気に火がつき、一気に世界的なヒットへとつながっていってしまったのだ。また、ここ最近の流行のスタイルであるレイヴィなミニマル・トランス調の小気味よいダンス・サウンドを上手く取り入れた、キャッチーでノリのよい楽曲へと仕上げられていた点も、国内やアジア圏のみならず欧米や南米など海外でのヒットへとつながってゆく上でひとつの大きなファクターとなっていたのであろう。
ただし、インターネットのネットワークを通じての世界的な伝播や、トレンドのサウンドを取り入れ耳にこびりつくようなアクの強い楽曲を仕立て上げるプロダクションなどを基盤とする様式は、従来型のKポップの受容の形と大して変わらぬものでもあったのだ。しかしながら、その楽曲の成功の形そのものは、全くの新しい時代の到来を感じさせる、これまでのKポップにはなかなか越えることのできなかった、ひとつの分厚い壁を軽々と打ち破るものとなったのである。ここに“江南スタイル”という楽曲の前代未聞のヒット現象の不思議なおもしろさがある。
“江南スタイル”という楽曲そのものには、80年代後半から90年代にかけての韓国の音楽界に新しいポップスのスタイルが花開いていった時代から脈々と流れ続ける、老若男女を問わずに大衆ウケを獲得することのできるノリのよい歌謡・歌謡曲の要素が、色濃く含有されているのを認めることができる。最近では徐々に消え入ってしまいそうになっている、そうしたやや前時代的なノリを、極めてベタに継承しているあたりが、今風のスタイリッシュなKポップとは、ちょっとばかり毛色が違うところであろうか。そんな新旧が綯い交ぜになった、かなり過渡期的な楽曲であるという側面が、冗談とも本気ともつかぬ(全く異なる歌謡の系譜に属する非アジア圏では新鮮な驚きとともに受け止められることになる)ケイオティックなノリを生み出すことになっていたのかも知れない。
世界各地のヒット・チャート/ダンス・チャートで首位に立ち、ビルボードのHot 100でも第二位にまで上り詰める空前の大ヒット曲となった“江南スタイル”。そのため本格的に海外で人気に火がつきだした夏以降、PSYはほとんど国内での活動はまともに消化できず、もはや雲の上の存在の世界的スターになってしまっているような状態にあった。このことを踏まえ、これから外の世界へと出てゆこうとするグループやアーティストは、可能な限り広範囲に世界中を飛び回りながらも、いかに韓国の地にしっかりと足をつけていられるかという点も、内外でスムーズに活動を行ってゆく上での重要な鍵になってくるように思われる。もしくは、ある程度の期間は完全に国外向けの活動のみにフォーカスする形に方向性を設定してしまうかのいずれかであろう。

グローバル化の時代に対応し韓国以外の活動にも精力に取り組むKポップのビッグ・ネームやスターが増えてゆくことによって、国内のエンターテインメントの世界には、そうした大物たちがこれまでに独占していた活動枠に不在のための穴が生じてくることになる。そして、そんなわずかな間隙に入り込むことを狙うかのように、今年も多くの新人グループがデビューした。特に、夏以降の動きには非常に活発なものがあった。
こうしたニュー・フェイスたちの楽曲は、隔週の「K-POPかけ込み寺」の放送でできる限りフォローして、こまめに紹介していたつもりなのだが、その動きに完全に追いついていたとはいいがたい。ただ、ある程度まではカヴァーしきれていたように思われるが、結局はどれもこれもベースの利いたファットなダンス・サウンドで、そこそこ歌えているシンガーの歌があって、キレのよいラップが入って、間奏でちらっとダブステップになるという、定番化した展開の楽曲ばかりで、なかなか個別には強く印象に残らなかったのである。
また、12年という年は、これまで以上に小粒な新人グループのデビューが多かった印象がある。よって、まだデビューから一作か二作をリリースしただけの現段階では、どのグループがこれからのKポップの動向を担ってゆく存在になってゆくのかなど全く判断がつかない状態だといってもよい。ただし、全体的に小粒であるということは、ここ数年来の大手の芸能事務所の強力なプロモーション力と周到な根回しの上でデビューを果たしていた新人グループとは、少しばかり違ったバックボーンや雰囲気をもったアイドルたちが本格的に増殖しつつあるということでもある。
韓国の芸能の世界やアイドル業界が、ようやく大手の独占状態から抜け出し始めているということは、これはなかなかよい傾向ではある。おそらく実質的にはかなり玉石混合なのであろうが新興の芸能事務所が、大手によって独占されていた業界と市場に参入してゆくことで、様々な悪習の部分が改善されてゆくことが期待されるからだ。度重なる大手の巻き返しに耐えながらも新たに誕生した弱小勢力が次から次へと小さな攻勢をかけつつあるのが現状であろうか。どんなに小兵たちであっても束になって前進し続ければ、きっと山は動くであろう。

そうした新人たちの中にも、いくつか初年度から印象に残る活躍をしたグループはいた。その顔ぶれを、ここでチラッと紹介しておくことにする。

スピカ(Spica)は、1月に配信シングル“Potently”でデビューした、B2M Entertainmentに所属する五人組である。このグループの最大の特徴は、新人でありながらも全く新人らしくない雰囲気を最初から漂わせていたところにある。デビュー時にすでに相当の貫禄が備わっていたグループであったのだ。それもそのはずでスピカのメンバーは、カラ(KARA)やレインボー(Rainbow)のヴォーカル・トレーナーだったボア(Boa)、2NE1のメンバー候補であったボヒョン(Bohyung)、大人気オーディション番組「Superstar K」に参加していたナレ(Narae)、SS501のメンバーであるホ・ヨンセンのソロ楽曲にラッパーとして参加していたジュヒョン(Juhyun)、そして幻のガールズ・グループとして知られる五少女のメンバーであり、初期T-araのメンバーでもあったジウォン(Jiwon)という、これまで裏方など陽の当たらぬ場所で活動していたり大手事務所の注目の練習生として名を馳せていた驚くべき経歴をもつ五人であったのだから。スピカは、新人でありながら今回のデビューまでに、眩いスポット・ライトの中に立つ歌手になるという夢を諦めずに様々な苦労とトレーニングを重ねてきた、本物の鍛え上げられた実力派なのである。これからは、ブラウン・アイド・ガールズ(Brown Eyed Girls)の路線に準ずるような、魅せて聴かせる大人ドルとしての活躍に期待が高まるところである。

ハロー・ヴィーナス(Hello Venus)は、5月にミニ・アルバム“Venus”(プロモーション活動曲は、タイトル曲の“Venus”)でデビューした、Pledis EntertainmentとFantagio Entertainmentが共同でマネジメントを手がける六人組である。Pledis Entertainmentは、アフタースクール(Afterschool)やソン・ダンビ(Son Dambi)が所属する事務所として知られている。一方、Fantagio Entertainmentは、これまでには俳優・女優のマネジメントを中心に行ってきた事務所であった。この両事務所が、三名ずつのメンバーを出し合い相乗りする形で送り出したのがハロー・ヴィーナスである。これは、なかなかに実験的な試みである。Pledis Entertainmentに所属するユアラ(Yooara)、ユンジョ(Yoonjo)、ライム(Lime)の三名は、デビュー前の練習生時代にアフタースクールの楽曲にゲスト・シンガーやバック・ヴォーカルという形で参加していた経歴をもつ。07年に設立され今や中堅から大手へと着実に近づきつつあるPledis Entertainmentと新規参入組のFantagio Entertainmentが互いに手を組むという、このフレッシュな方法論には、大いに期待したいものがある。アフタースクールのクールでかっこいいイメージやそのグループ内グループであるオレンジ・キャラメル(Orange Caramel)の過剰にアイドル性を追求したキャラクターとはまたひと味違ったテイストが、ハロー・ヴィーナスというグループでは模索されてゆくことになるのではなかろうか。現在は、アフタースクールの妹分で、思いきりアイドル路線のエイ・ピンクあたりよりはもう少しお姉さんといった雰囲気をハロー・ヴィーナスからは感じ取ることが出来る。Pledis EntertainmentとFantagio Entertainmentが、いかに周到に戦略を立てて、これからのハロー・ヴィーナスの活動を軌道にのせてゆくのかが気になるところでもある。方向性に迷って迷走をはじめたり、何をやるにも中途半端であったりすると、マイナスの印象をもたれてしまう可能性は大きい。何とか無事に好調なまま初年度を乗り切れたからこそ、勝負の二年目はしっかりと確実に駒を進めてゆかなくてはならない。

EXIDは、2月にシングル“HOLLA”(プロモーション活動曲は“Whoz That Girl”)でデビューした、AB Entertainmentに所属する五人組である(デビュー時は六人組)。過去にT-araや4minute、シークレット(Secret)などの数々の大ヒット曲を手がけてきた作曲家兼プロデューサーの新沙洞の虎(Shinsadong Tiger)ことイ・ホヤン(Lee Hoyang)が総合プロデュースするグループとして、華々しく登場したEXID。実際に、楽曲から歌唱、そしてルックスに至るまで全般的に非常に高いレヴェルのグループであることは、そのデビュー曲“Whoz That Girl”での登場とともに十分に証明されていた。だがしかし、そのデビューの約二ヶ月後にはグループのメンバーの半数である三名が、学業への専念や女優業への転向などを理由に脱退してしまうことになる。新興の事務所であるAB Entertainmentが勝機とよんだ12年初頭のデビューが、少しばかり時期尚早であったということであろうか。ただし、当代のトップ・クラスの売れっ子プロデューサーには、これぐらいの障害では簡単に折れたりしない強さと勢いがあったようだ。約四ヶ月の立て直しの期間を挟んで、かつて2NBのメンバーとして活躍していた確かな歌唱力をもつソルジ(Solji)を含む二名の新メンバーを追加して、新生EXIDはミニ・アルバム“Hippity Hop”のリリースとともに見事にカムバックを果たしたのである。極めてポップなダンサブルで質の高い楽曲と革新的なまでの新しさ感じさせる最先端のサウンド・プロダクションで、AB Entertainmentと新沙洞の虎は、ひと頃の流れとは確実に変節しつつある韓国の芸能界・歌謡界に今こそ突入し次世代のKポップの潮流のフロント・ランナーへと食い込もうと猛烈な攻勢を仕掛けている。だが、スタート直後のアクシデントを物ともせずに、優良な作品とグループのもつ高いポテンシャルで軽々と乗り切ってしまったあたり、図らずもAB Entertainmentと新沙洞の虎の裏方としての裁量とプロダクションの能力が並みではないことを証明するよい事例になったともいえよう。新沙洞の虎と実に多才で多彩な五人組であるEXIDのコンビネーションには、これからも期待できそうである。

クレヨン・ポップ(Crayon Pop)は、6月に日本(大阪)で撮影した“Bing Bing”のMVの発表とともにデビューした、 Chrome Entertainmentに所属する五人組である。このグループの特徴的な点は、やはり何といっても先ずは日本での活動を開始させていたというところにある。そして、デビュー以降も日本と韓国での活動をほぼ並行させて行っている。韓国で成功してから日本に進出するのでもなく、韓国での活動よりも日本での活動を優先させるのでもなく、キャリアのスタートの時点からクレヨン・ポップは日本と韓国の両方でいつの日かトップ・アイドルとして輝くための地道な下積みを繰り広げているのだ。これは新興事務所のChrome Entertainmentが考案した、新しいKポップ・アイドルをまだ何もないところから売り出してゆくための戦略に則ったものなのであろうが、下積み的な活動も楽しんでこなしてしまう底抜けに明るいグループの五人のメンバーのキャラクターも相俟って、非常によくできたやり方だと思わせるものがある。クレヨン・ポップのことを知れば知るほどに、明るく可愛いクレヨン・ポップの五人を応援したくなってきてしまうのだ。これまで、韓国の歌謡界では、テレビの歌番組に出れるか出れないかという点が、プロモーション活動の成否を判定する大きな部分を占めていた。ただし、これは、基本的にデビューと同時にテレビの歌番組でのお披露目が決定していてヒットまでの道筋ができあがっている、大手の芸能事務所に所属するタレントを基準にした判断の仕方であったといえる。そして、それ以外の中堅・弱小事務所のタレントは、大手のタレントのリリース状況をあらかじめ把捉して、それらの合間の時期のテレビの歌番組の出演枠に空きができそうなところを出来るだけ狙って新作のリリースのスケジュールを設定していたのだ。だが、デビュー時から韓国での活動とともに日本での活動も並行して行っているクレヨン・ポップは、そうした韓国国内で加熱する小さなパイの奪い合いとは少しばかり距離を置いているようにも思われるのである。また、そのこまめにYouTubeにアップされる映像を通じて、ソウルの繁華街での路上パフォーマンスなど地道な活動を行っている姿を紹介する、あるがままのクレヨン・ポップを積極的にさらけ出してゆこうとする方法論は、日本の地下アイドルやロコドルが草の根的なファンの基盤を築いてゆくためにUstreamやニコニコ動画を効果的に用いて親密さを演出する手法を、巧みに取り入れているようにも思える。また、クレヨン・ポップのメンバーたちは、ツイッターでまだまだ不慣れな部分もある日本語で出来る限りつぶやいたりもする。これは、すでに日本からも多くのアカウントのフォロワーが存在しているからなのであろう。クレヨン・ポップとChrome Entertainmentは、これまでのKポップ・アイドルとは、どこか全く違った新しい方向性を見据えながら突き進んでいるようにも見える。そこが、この五人組のとても面白く親しみやすい部分を作り出してもいる。Chrome Entertainmentのような、まだ名前も実績もない新興の芸能事務所は、全く新しいプロモーションの戦略を果敢に実践することによって、Kポップのメインストリームに収まりきらない新たな潮流を生み出そうとしているのであろう。かなり固定化されてしまっている大手所属の勢力が鎮座する玉座の下の方で、沸々と何かが確実に動き出している。

12年にフレッシュな勢いを感じさせる活動を展開してくれたのは、新人グループだけではない。二年目の若手陣も、まだまだトップ・アイドルの高みへと這い上がろうとする攻めの姿勢を全く崩さずにいる。

エイ・ピンク(A Pink)は、元来の可愛らしさをさらに大いにアップさせて、正統派のアイドル路線においてはほぼ独走状態を形成しつつある。アイドルの形も多様化しつつある昨今、ここまでガーリーな側面だけを特化させた活動に徹することのできる品のよさを持ち合わせたグループは、なかなか他には出てこないのではなかろうか。そういう意味でも、エイ・ピンクは韓国のアイドル歌謡界において確固たる地位を築きつつある。これは、清純可憐なグループのコンセプトを揺るぎなく徹底させてきたA Cube Entertainmentによるプロモーション戦略の勝利でもあるのだろう。5月に待望のファースト・アルバム“Une Annee”をリリースし、ここからはレトロなディスコ・サウンドを取り入れた可愛らしいダンス・ポップ曲“Hush”をヒットさせている。この楽曲では、お花畑が似合う美少女集団というイメージを少しだけ延長・拡大させた、よりファッショナブルなお姉さんタイプの素敵女子に進化しつつあるエイ・ピンクの姿を見ることができる。ある意味では、こうした曲毎に少しずつ少女から女性へと成長してゆく過程を克明に見せてゆく形というのも、かつて少女時代が辿った路線を正統に継承しているといえるのではなかろうか。

ダル・シャーベット(Dal Shabet)は、1月に早くも四作目のミニ・アルバムとなる“Hit U”(プロモーション活動曲は、タイトル曲の“Hit U”)をリリースし、二年目の活動をスタートさせた。この楽曲は、ヘヴィなビートが利いた非常に攻撃的な曲調となっており、これまでのキュートで活発な六人組というイメージを払拭するような強く逞しい女性の表情を打ち出すものであった。こうした迫力のある楽曲でもダル・シャーベットはクールな魅力を十分に発揮し、新たなファン層を開拓してゆくことになる(女性ファンの増加)。しかし、新作を発表するたびに常にひと回り大きくなり、着実にステップ・アップしてきたダル・シャーベットであったが、“Hit U”での活動直後にリーダーであり最年長メンバーとして様々な面で中心的な役割を担ってきていたビキ(Viki)がソロ歌手に転向するため突然の脱退を表明する。この決断は、このグループが初めて経験する大きな危機のときとなったはずである。だが、そんなゴタゴタの中でも6月にはファースト・アルバムの“BANG BANG”がリリースされ、それと同時に“Mr. BangBang”でのプロモーション活動がスタートする。そして、この時点で、新メンバーとしてウヒ(Woohee)がグループに合流したのである。それまで核となっていたメンバーの脱退によって、グループの持ち味そのものが幾分か失われてしまうのではないかと周囲は深く危惧していたのだが、全ては杞憂におわった。新メンバーのウヒは、まさにダル・シャーベットという華やかで元気闊達なグループに、あらゆる面でぴったりとはまる逸材であったのである。いや、ウヒの加入によって、グループの明るさや華やかさはさらに増したといってもよいかも知れない。ひとつ前のシングル曲が、太く重く荒々しいサウンドの“Hit U”であったために、殊更そう感じられた部分もあったのかも知れないが。とにかく、ウヒというお嬢さんは、Kポップの界隈に最近はあまりいなかったような桁違いのアイドル性をもつ、愛らしい魅力に満ちあふれた、まるでアイドル歌手になるために生まれてきたような女の子なのである。デビュー時からグループを支えてきたリーダー、ビキの脱退は、やはり大きな損失ではあったのだが、全体的に見ればこのメンバー・チェンジが吉と出た部分も少なからずあったといえよう。まだ20歳と若々しいウヒが加入したことでグループの平均年齢も少しだけ若返り、間違いなく新人の頃のようなフレッシュさを取り戻すことにつながったはずであるのだから。

7月30日、T-araからのファヨン(Hwayoung)の脱退が、所属事務所のCore Contents Mediaより発表された。すると、その裁断にいたるまでのグループ内での人間関係など様々な憶測が乱れ飛び、ファヨンひとりだけをグループからの脱退と所属事務所からの契約解除にまで追い込んでしまったことに対し、批判的な意見が吹き荒れることとなる。そして、この猛烈な逆風によってT-araは失速し、12年の後半はなかなか思い通りの活動が韓国国内ではできなくなってしまった。
こうしてT-araが活動困難になってしまったことを受けて、テレビの歌番組の出演枠には少しばかりの空白が生ずることになる。この思いがけぬ事態を好機ととらえ僅かな間隙に飛び込もうと躍起になった新興の芸能事務所も多かったのではなかろうか。だが、このT-araの不在によってできてしまった穴は、まさにT-araのポジションを埋め合わせるに相応しい存在へと着実にステップ・アップしてきたダル・シャーベットにとっても、またとないチャンスであったのだ。11月にリリースした五作目のミニ・アルバム“Have, Don't Have”のタイトル曲“Have, Don't Have”は、かつて“Roly-Poly”などの楽曲でT-araが十八番としていたレトロ・ディスコ調のノリのよいダンス・ポップ路線を見事に踏襲した楽曲となっていた。完全にダル・シャーベットが、T-araのお株を奪ってしまうようなスタイルであったのだ。この“Have, Don't Have”は、新メンバーの加入によってフレッシュな勢いを増したダル・シャーベットが、ポストT-araのポジションへと一気に食い込み、次の大物アイドルの座を狙う位置へと浮上してきたことを強く印象づけるスマッシュ・ヒットとなったのである。

12年、最もKポップらしいKポップを展開してくれていたのは、サニーヒル(Sunny Hill)であろう。サニーヒルのデビューは、07年のことであるから、すでにかなりのキャリアをもつグループである。デビュー当初は男性一名と女性二名の混成トリオ編成であったが、10年にコタ(Kota)と11年にミソン(Misung)が新たに加わり、11年の夏以降は変則的な五人組となっている。今年は1月にシングル“The Grasshoppers”をリリースし、そのタイトル曲“The Grasshoppers Song”でプロモーション活動を行った。自然に体が反応してしまうようなノリのよいダンス・サウンドと耳にこびりつく奇抜なメロディ、そして楽しい歌詞/歌い回しが特徴的なこの楽曲は、イソップ童話「アリとキリギリス」をモチーフとしたMVの風刺の効いた完成度とともに、非常に高い評価を受けることになる。しかし、この楽曲のプロモーション活動中にリーダーのチャンヒョン(Janghyun)が兵役に就いたために、グループの活動からの離脱を余儀なくされてしまう。そして、その後の4月にリリースした配信シングル“Is The White Horse Coming?”からは女性四人組のグループとして再スタートすることになる。こちらのフォロー・アップ曲も、とてもアグレッシヴな勢いのあるファンキーなダンス・ナンバーとなっており、新生サニーヒルの気っぷのよい魅力を最大限に発揮することに成功していた。サニーヒルは楽曲そのものもMVもライヴでのパフォーマンスも常におもしろく、見る者や聴く者を楽しませる娯楽性を打ち出すことに対して十二分に意識を払っている。その活動姿勢は、アイドル・グループというよりも、まさにひとつのエンターテインメント集団といったほうがしっくりくるかも知れない。変わらずに質の高い作品を仕上げ続けるサニーヒルは、可愛いや楽しいだけになりがちなアイドル・ポップスの世界において、よきスパイスとなっているといえるだろう。その非常に高い音楽性とそれを易々とこなせるだけの実力に裏打ちされたポップスとしての王道感や安定感は、周囲へのよき刺激にもなってゆくはずである。サニーヒルのちょっとした異質さも兼ね備えた突出した深みのある楽曲・作品は、安易な作りの即席ポップスとは対極にあるものとして今後も注目してゆきたいところである。

そして、やっぱり12年も少女時代は、いかにも少女時代らしく最高に素晴らしく輝かしい活躍をしてくれた。6月に日本でリリースした“Paparazzi”が、現時点におけるKポップの最先端を走っているのが少女時代であることを見事に証明するような一曲であったことは、まさに象徴的であった。少女時代は、このシングルのリリースの時点で12年のKポップを完全に手中に収めてしまったといってもよい。それぐらいに、この楽曲は衝撃的なものであった(パッと聴いた感じだけでは、なかなか分かりづらいのだが)。何はともあれ、そのサウンドの迫力と整合感がちょっと他とは違うのである。レコーディングやサウンド・プロダクションの技術が発達した現在であれば、いくらでも音圧のある太い音で空間をベッタリと埋め尽くすことはできるのだろう。ただし、むちゃくちゃに厚く隙間のない音であれば誰にでも簡単に作ることは可能であるのかも知れないが、それを緻密に加工・編集して臨場感と迫力のある全く違う次元のサウンドを工作してゆく技術というのは、やはりまだまだポップ音楽の本当の最先端の作り手のみに限られたものなのである。そんな世界の音楽の流れをリードする新しい音響が、今では欧米の最先端ポップスの動きと全くの同時進行でKポップの世界でも展開されているのだ。この“Paparazzi”のサウンドの完成度は世界レヴェルであり、同時にダンス・ポップとしての楽曲そのものの質も非常に高い。新沙洞の虎が手がける新人グループ、EXIDあたりも斬新なサウンドの質の高い楽曲をリリースし、若さと勢いで猛烈な突き上げをみせているが、こうしたグループと比較しても少女時代の実績は桁違いであり、最近では可愛らしさに風格や貫禄まで備わりつつある。地上に降り立った九人の天地たちは、まだまだ後発の者たちに全く負けそうな気配を感じさせることがない。現行のKポップにおける最高峰のクオリティを、まざまざと余裕綽々の表情と佇まいで見せつける。それが、“Paparazzi”という楽曲であった。やはり少女時代は、時代の先頭を猛烈なスピードでひた走り続けている。トップ・スターの座は、誰の手にも譲る気はなさそうである。

New Korean Music 2012は、12年の3月からスタートした241FMの番組「K-POPかけ込み寺」で放送した曲を中心に(基本的に)作成したリストとなっている。放送で紹介した多くの楽曲の中から、特に印象に残ったものを選び出してみた。New Korean Musicとは、10月に刊行された最新韓国音楽のガイドブック『New Korean Music Guidance』のタイトルに用いられ、ある程度一般的にも使用されるようになった比較的新しい用語である。New Korean Musicとは何か、どんなジャンルの音楽なのかというところに関しては、これといった決まった定義はない。まさに、読んで字のごとし。新しい韓国音楽であれば、それは全てNew Korean Musicなのである。個人的には、今のところ、KポップやKインディなどに聴くことのできる興味深い音楽を総称する用語として、実に使い勝手のよい言葉であるので用いさせてもらっている。もしも、これが現在の認識やニュアンスと少し異なった形で広まってゆくようであれば、使用そのものをやめるか、使い方を変更してゆくことも考えなくてはならないであろう。このリストには、どちらかというと、Kポップのど真ん中というよりは、その周縁や、インディ系の音楽ばかりが選出されている。これは、やはり現在の韓国音楽においても新しさというものは常に中心の外側にありがちだということなのだと思われる。華やかなりしオーヴァーグラウンドのKポップにも新しさやおもしろさは、間違いなくある。しかし、それらとは明らかに異質な要素をもつおもしろいものが、その周縁の動きから感じられることも確かなのである。ギター・ロック、ネオ・アコースティック、フォーク、ポップ・パンク、エレクトロニック・ポップ、クラブ・ダンスなどなど。ひとくちにインディ系とはいっても、音の傾向としてはバンドだったり弾き語りだったり打ち込みだったりと実に幅広い。こうしたヴァラエティの広さは、そこに素晴らしく豊かなインディ・シーンがあることの証左でもあるのだろう。独創性に溢れる、独創的な活動を行っているアーティストが、韓国のアンダーグラウンドにはうようよしている。そうしたバンドやアーティストの作品の一端を、主にここではNew Korean Musicとして紹介している。
エレクトリック・イールズ(Electric Eels)、ハミング・アーバン・ステレオ(Humming Urban Stereo) 、ルック&リッスン(Look And Listen)、グレン・チェック(Glen Check)、バスカー・バスカー(Busker Busker)、プライマリー(Primary)、10cmといった面々は、12年にアルバムをリリースしている。そして、マングース(Mongoose)、ネオン・バニー(Neon Bunny)、スメルズ(Smells)たちは、EPやミニ・アルバムをリリースしている。いずれも質の高い作品ばかりであった。ここには、そのアルバムやミニ・アルバムの収録曲からやむなく一曲のみを抜き出して選曲してある。それはつまり、ここに選ばれた曲以外にも、彼らの作品には素晴らしい楽曲が多数収録されているということである。もしも、気になるバンドやアーティストがいたら、是非とも作品をチェックしてもらいたい。
ここに選ばれているムキムキマンマンス(MukimukiManmansu)の“Andromeda”は、アルバム・リリースの後に開催されたリミックス・コンテストに参加したヨハン・エレクトリック・バッハ(Johann Electric Bach)による、アンセム・スタイルのオールドスクール・トランス・ハウス調にリミックスされたスペシャル・ヴァージョンである。
また、Kポップのメインストリームで活躍するStarship Entertainment所属の四人組ガールズ・グループ、シスター(Sistar)が、6月にリリースした夏仕様のスペシャル・ミニ・アルバム“Loving U”は、様々な意味で注目しておきたい作品である。ここには、注目のプロデューサー・ティーム、ダブル・サイドキック(Double Sidekick)が手がけた“Loving U”と“Holiday”という二曲の新曲と、シスターの過去のヒット曲五曲の新たなリミックス・ヴァージョンが収録されていた。そして、そのリミックスを手がけていたのが、Smells、デミキャット(Demicat)、DJ・ルバート(DJ Rubato)といった、アンダーグラウンドのエレクトロニック音楽シーンやクラブ・シーンで活躍している知る人ぞ知るクリエイターたちであったのだ。シスターのような人気のアイドル・グループが、新しいサウンドを求めて若き才能を積極的に登用する動きには非常に興味深いものがある。こうした見えない壁を取り払った直の交流が、今後もどんどん行われてゆくことを期待する。
正統派のアコースティック・デュオ、10cmが、10月にリリースしたセカンド・アルバム“2.0”に収録されていたのが“Han River Farewell”(漢江の別れ)である。この物悲しいアコーディオンの音色と哀感に満ちたメロディ・ラインが胸にしみる名曲は、おそらく12年の韓国音楽を代表する一曲といえるであろう。漢江に架かる大きな橋から身投げをする若者が後を絶たないという厳しい競争原理の下にある社会状況が、この楽曲の背景としてあることを思いながら聴くと、本当に痛いくらいに胸が締め付けられる。10cmの“Han River Farewell”は、これからも末永く聴かれて続けてゆくに違いない。そして、この切なくも美しいメロディに触れて、自死の決断を思いとどまる若者が一人でも増えてくれることを願わずにはいられない。

そして、「K-POPかけ込み寺」が選ぶ12年のNew Korean Music大賞は、U-Amiの“Mascara”に決定した。U-Amiは、プロデューサーのヨミダス(Yomidas)に見出された秘蔵っ子シンガーである。しかし、それ以外の彼女の素姓に関することは、ほとんど分かっていない。かなり謎に包まれた存在なのである。そして、作品のリリース量もあまり多いとはいえない。それでも、打席に立てば、いつだって特大のホームランを放ってくる。すさまじくユニークでメインストリームのKポップのトレンドとは思いきり一線を画した音が、独創的すぎる楽曲の世界を現出させ結晶しているのだ。U-Amiの歌唱も、実に艶やかで味があるものである。“Mascara”は、その演歌と歌謡曲とトランス・ダンスが入り混じったような猛烈なスタイルの真骨頂ともいえるような楽曲となっている。ゆったりとした不思議なムードの曲調で滑り出し、途中で一気にテンポアップして、そのままクールに疾走し続け、エンディングが近づいてくると元のゆるやかさに戻ってゆく。この展開はヨミダスとU-Amiの十八番でもある。“Mascara”でのU-Amiの歌声は、ちょっと神懸かったような響きすらもっている。その全体的にミステリアスな曲調も、この密室的でありながらもとてつもない奥深さをもった楽曲の大きな魅力である。“Mascara”は、聴く者をグイグイと得体の知れない境地へと引きずり込んでゆく、ちょっと言語の域を越えたような奇跡の一曲なのだ。13年にヨミダスとU-Amiが、これを越える作品を生み出すことができたら、それは本当にとんでもないところまで行ってしまった楽曲になりそうな気もする。大いに期待したい。

以上、12年のKポップ(とその周辺)をザッと振り返ってみての私感でした。たぶん、うっかり忘れてしまって、すっぽりと抜け落ちてしまっているものも多々あると思われます。もし、何か重大な作品が抜けてしまっていることに気づかれたら、こっそり教えてください。よろしくお願いします。(13年)

Radiomaniac: 2nd Transmission (Single)

Mizou mini netlabel proudly presents

Radiomaniac: 2nd Transmission (Single)
レディオマニアック「第二トランスミッション」

画像



Artist: Radiomaniac
Title: 2nd Transmission (Single)
Genre: Post-Rock/Experimental/Electronic/Shoegaze/Noise

Tracklist:
01. HTRK Sakhalin
02. Anti-Matter
03. Butterfly's Cry

Cover Image

Download (MP3 + Image)
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Album Description:
2nd Transmission is the second release of Radiomaniac. This is a single that was recorded scrupulously the growth of the band sound in a short period of time. The beautiful melody and noise encrusted stunning three new songs have been recorded. The mass of the united sound would break through that thick wall.

Produced by Radiomaniac
Mix & Mastering by Radiomaniac
Artwork by Radiomaniac

Band members:
Andrey R - Bass Guitar, Guitar
Yuri Che - Guitar, Bass Guitar, Keybords
DevilDetailz - Guitar, Keybords
Andrey Tryastsin - Drums, Samples



«In our time, it is difficult to be astonished by a combination of aggressive distorted guitars and elements of club electronics. Some artists have live component as a dominating foundation and combine it with synthetic sounds. However, they are a sort of rockers who use electronics. Others have electronic beats and melodies as basis, and try to give some liveliness to their music by using guitars, bass, even bagpipe sounds. But they are electronics in fact. And it is close to impossible to determine the basis of some others. Radiomaniac might be labeled as these "others". Sometimes it is not clear whether it is a guitar or not - so unusual sounds it was made to emit. High technologies are connected with slightly underground quality. Was it done intentionally or not - doesn't matter - everything sounds organically. Some unique madness is woven into all four tracks - as a protest against the music canons, and at the same time using them.» © “Lestnica” Sakhalin journal.

For more information
http://www.lastfm.ru/music/Radiomaniac
http://www.facebook.com/pages/Radiomaniac/319451094811325
http://www.facebook.com/groups/274072889367290
http://vk.com/radiomaniacs
http://www.youtube.com/user/RadiomaniacOnAir

Creative Commons License


Radiomaniac: 2nd Transmission (Single)
Mizou MZ007

Radiomaniac, live transmission. Listen to the silence, let it ring on.

This is the second release of Radiomaniac, a post-rock band based in Sakhalin, Russia. The single entitled "2nd Transmission" obtains these stunning three new songs.

The sounds of Radiomaniac are becoming more dynamic and full of energetic than its previous EP. If you listen to the great first song "HTRK Sakhalin", you will understand it immediately. On this song the peculiar land called Sakhalin has been depicted in the style of totally hard edge sound. Second song "Anti-Matter" shows the clash of frenzy. Matter and Antimatter. Inorganic and organic. Third song "Butterfly's Cry" is a pure heavy elegy in post-rock style. We hear here is a cry that have not a voice of a beautiful butterfly fluttering in gruesome battlefield. It could pull out the history of stupid discord from the brink of oblivion.

Look to the north. The key to solving tangled yarn of all matters is hiding there.

No language, just sound, that's all we need know, to synchronize. And we could dance. Dance, dance, dance, dance, dance, to the Radiomaniac.


サハリンのポストロック・バンド、レディオマニアックから届けられた第二のトランスミッション。この四人組バンドにとってのデビュー作となった前作の“1st Transmission EP”は、ボーナス・トラックも含めて全五曲を収録したEP作品となっていたが、今回はシングル形式での作品のリリースとなる。ここには、レディオマニアックからの第二のトランスミッションとしての全三曲の新曲が収録されている。
現在、レディオマニアックはライヴ活動を中断し、非常に限られた活動のみを行っている。これは、バンド内にロシアの男性市民の義務である兵役に就いているメンバーがいるためであり、これによって日常的にバンドで集まってリハーサルを行ったりライヴ演奏を行うことは不可能となってしまっているのだ。このバンド活動が限定的なものにならざるを得ない状況は、しばらくの間続くことになる。
ロシアの兵役の期間は通常で一年間である。だが、その間、各メンバーのスケジュール調整が難しいことを理由に、バンドの活動を完全に休止したままにしてしまうのはもったいない。そこで、レディオマニアックは、このスローダウンの期間を曲作りとスタジオでのレコーディングを中心とする活動に充ててゆくことに決定したようである。
前作“1st Transmission EP”のリリース(12年8月)とほぼ同時期にレディオマニアックは、初のアルバムの制作に取りかかっていた。だが、その予定は急遽変更され、アルバムのレコーディングの過程で最初に完成した三曲が、まずシングルという形式で先行発表されることになった。スタジオでの作業において、ここに収録された三曲が、ひとつのコンセプトの下にまとめられる作品群として、明確に切り取ることのできるものであったのだろう。
レディオマニアックのアルバム制作の作業は、このシングル用の楽曲の完成以降も予定通りに続けられている。現時点ですでに新たに七曲のレコーディングが完了しつつあるという。かなり順調にレコーディングは進行しているようだ。このペースでゆけば、アルバムの完成もそう遠いことではないのではなかろうか。おそらく、早ければ来年の春あたりにレディオマニアックのファースト・アルバムを聴くことができるのかも知れない。

デビューEPとファースト・アルバムの狭間の期間に、わざわざ予定を変更して新曲の三曲がシングルとしてリリースされたことには、やはりそれなりの意味があるものと思われる。アルバム用の楽曲としてレコーディングしていた三曲であったにも拘わらず、それらはメンバーが聴いても少しばかり飛び抜けて驚くべき仕上がりのものであったのだろう。
ここに収録された三曲には、デビューEP以降のバンドの新しいサウンドの形が、はっきりと現れて/表されている。つまりバンドの成長の跡を証立てする三曲なのである。レディオマニアックの音は来るべきファースト・アルバムへと向けて、少しずつ劇的に変化・進化している。その変化・進化する過程のサウンドを記録したものが、このシングルとなる。そして、その驚くべき動きを報告・伝達するための新たなトランスミッションとして、ここに“2nd Transmission (Single)”はリリースされたのである。

この“2nd Transmission (Single)”の冒頭を飾る楽曲のタイトルは、“HTRK Sakhalin”となっている。サハリンというバンドの活動拠点の地名の前にアルファベット四文字が冠された、何かの記号のようなタイトルである。これは何を意味しているのか。まず関連性を探り出せそうなのは、ラジオ・サハリンとしても親しまれているユジノサハリンスクの短波・中波ラジオ局、GTRK Sakhalinの名称である。もしかすると、サハリンに暮らす人々であれば、このサハリンという地名の前につく「HTRK」という四文字のアルファベットから、すぐにラジオ・サハリンのステーションID(?)である「GTRK」をイメージするのかも知れない。彼らのバンド名がレディオマニアックであることも、この楽曲のタイトルがラジオ局の名称を捩ったものであることにイメージが繋がる重要なファクターとなるはずだ。
では、なぜここでは元々の「GTRK」という文字列が「HTRK」へと変更されているのであろうか。ここに登場している「HTRK」とは、オーストラリアのメルボルンで結成されたエクスペリメンタル・エレクトロニック・ロック・ユニット、HTRKの名称を、そのままもってきたものと思われる。ちなみに、レディオマニアックのメンバーは、このHTRKを影響を受けたバンドのひとつとして挙げている。HTRKとは略称であり、元々のフレーズは「Hate Rock」だ。つまりこれは、アンチ・ロックンロールの姿勢を全面に押し出した、極めてポストロック的なバンド名なのである。レディオマニアックは、その反ロックンロール的な姿勢に共鳴し、それを意味通りのフレーズとしてここに引用しているのではなかろうか。
さらに、このタイトルの“HTRK Sakhalin”とは、サハリンのヘイト・ロックという意味に読み取ることもできそうである。これは、レディオマニアックが20世紀的な古いスタイルのロック音楽との間に明確に一線を画すポストロック・サウンドを、バンドの音楽性として標榜しているという姿勢を表明している楽曲のタイトルであるのかも知れない。そして、そのロックへの愛憎渦巻くフレーズの横にわざわざサハリンという土地の名前を並記してみせるところに、彼らの故郷である極東の島に対するアンビヴァレンスな心情が透けて見えるようでもある。
このサハリンというバンドの出身地であり拠点となる場所の名称がタイトルに入った楽曲は、おそらく今後の地元でのライヴ・パフォーマンスには欠かすことのできない一曲になってゆくのではなかろうか。そして、ゆくゆくはレディオマニアックの代表曲となってゆく楽曲であるのかも知れない。
“HTRK Sakhalin”は、冒頭から威勢よく駆け込んできて、そのままどこまでも疾走し続けるドラムスが印象的な楽曲である。まるで肩ならしをするような助走から一気にビートの急流に飛び込んでゆくギターが、拉げるノイズと目の覚めるようなフレーズを矢継ぎ早に繰り出してゆく。重くうねるベースも流れの早さに押し流されまいと動き回る。短いタームで目まぐるしく展開してゆく曲調の中で、全ての楽音がひとつにまとまり音の塊となって猛進してゆく。そして、その硬質で眩い光を放つサウンドは、そのままある種のカタルシスに到達して美しく果てる。

二曲目は、“Anti-Matter”。アンティマター(Antimatter)と綴ると、これは反物質のことを意味する。この“Anti-Matter”も発音は同じであるので、このタイトルを耳できいた者はそのまま反物質という意味で受け取ることになるだろう。しかし、ここではこのアンティマターという語がハイフンで区切られ、「Anti」(反対)と「Matter」(問題、事項、事柄)のふたつの語がハイフンで繋がれていることに注目したい。このように表記すると、アンティマター(アンティ・マター)という語は、事件や事柄、すでに起きてしまったこと、そしてその記録、記録されているものに反対するということを意味するようにもなる。ただし、これは、起きてしまったことの全て、つまり全ての過去を否定するものではない。実際には、過去のうちには記録(記憶)されることのなかった膨大な起きてしまった事件や事柄も含まれているはずなのである。そうした、過去に起きた本当の意味で過ぎ去り忘れ去られてしまったものを掴み出してきて、現在において「Matter」(問題、事項、事柄)とされているものの上にぶちまける。“Anti-Matter”とは、記録されなかった過去による記録された過去に対する逆襲なのである。
ひんやりとしたインダストリアル調のビートのループに導かれて滑り出す、機械的な反復を繰り返す導入部。その整然とした音の連なりを突き破るように野性的なドラムスと荒々しくノイジーなギターが乱入してくる。縦横無尽に暴れ回り転げ回る凶暴なサウンド。通奏低音としてうねりの狭間をぬって走るベースライン。アヴァンギャルド色の強い前半を駆け抜けたレディオマニアックは、さらに激しい動きをみせる後半の展開へと、もう一段高く駆け上がってゆく。粉々になるまで粉砕されてゆく事項と事柄。その闘争の行き着く先は反物質的な無音の世界である。

三曲目は、“Butterfly's Cry”。蝶の泣く声。この楽曲には、すでにレデオマニアックによってMVが制作されている。そこでは、非常に悲惨な前世紀の戦争の記録映像からコラージュされた大量破壊兵器による殺戮の場面や人間でありながら人間として扱われることのない兵士たちの姿が、レディオマニアックのヘヴィな楽曲にあわせて次々と写し出される。そして、そこで連想されるのが映画『西部戦線異状なし』(All Quiet on the Western)の蝶が登場する印象的なラスト・シーンである。戦場の蝶。とても不釣り合いな両者であるが、それぞれが正反対のイメージをもつゆえにか、ともに互いを強く引きつけ合い結びつけ合うものをもってもいる。この“Butterfly's Cry”のMVは、そんなことを思い起こさせてくれる。そこで、蝶の存在が訴えかけているもの。それは、紛れもなく反戦であり切なる平和への願いである。ひらひらと優雅に飛び舞う蝶の発する声にならない叫びに耳を傾ける。
レデオマニアックの活動拠点であるサハリン・樺太は、19世紀後半から帝国主義へと傾く時代の流れに飲み込まれた日本とロシアの間の覇権争い/領土争いの舞台となり、幾度となく凄惨な戦場となった。そして、そこで、両国の兵士、両国の市民、移住者として戦争に巻き込まれた朝鮮人や中国人、そして先住民たちに多くの犠牲者を出してきた歴史をもつ。この戦争の歴史は、日本とロシアの間だけの問題ではなく、中国や韓国・北朝鮮、そしてアイヌ民族といった東アジア全体を巻き込むものであるだけに実に根が深い。あの日、あの血塗られた戦場に舞い飛んでいた蝶は、今どこに行ってしまったのだろう。あの蝶は、今もきな臭い大地の上を飛んでいる。声にならない叫び声で平和への願いを訴えかけながら。
重苦しくメランコリックなムードを漂わせながら、地を這うように滑り出すサウンド。歪みきったギターが、ジリジリとした電子音とともに焦れるように旋回し続ける展開の中で、呻き声を挙げる。うなるベースラインは、淡々と蝶の物語を語り続ける。鬱々と沈み込んでいった果てに、醒めきったサイケデリアによる張り詰めた音世界が待ち構えている。突き抜けてゆくレディオマニアック。儚く舞い漂う旋律を掻き消すような轟音のノイズの渦巻き。一瞬にして世界は崩れ落ち、やはりまた何事もなかったかのように静寂に包まれる。

前作“1st Transmission EP”のレコーディングから、わずか半年あまりの期間を置いて制作された本作“2nd Transmission (Single)”であるが、バンドのサウンド面での成長や進化には、著しく光るものがある。全体的に音のレンジや幅が格段に広くなっているような印象を受けるのは、単なる錯覚ではないだろう。非常に細かい部分まで充溢し躍動感がみなぎっているバンド・サウンドは、より大きく鮮烈なる動きへとつながる全体的な音のダイナミズムをも生み出している。また、レディオマニアックのサウンドの要であるギターの存在感もこれまで以上に増しており、エッジの効いた鋭くハードなリフやメロディ、ノイズの凶暴性や荒々しさにも、一段とすごみが増してきているのだ。打ち込みのビートや大胆に導入されたエレクトロニックな音響との有機的な融合も進み、楽曲によっては、これまでのハードでアグレッシヴな側面に加えてポップなノリのよさといった部分も身につけつつある。ある意味では、ここにきてレディオマニアックらしいサウンドの完成度が、かなり高まってきているともいえるであろう。
さらに、そこではレディオマニアックのメンバーが「集合住宅と工場の間をつなぐように広い道路が走っているだけの味気ない殺伐とした風景」と語った、サハリンのユジノサハリンスクの空疎で淀んだ空気感が、よりハッキリとサウンドで表現されるようになってきているようにも思われる。それをまざまざと感じ取れるのが、このシングルの一曲目の“HTRK Sakhalin”である。このように、このバンドならではの特色を表に出してゆくことによって、より確実に独自のポストロック・サウンドへと近づいてゆけるようになるのではなかろうか。
明らかに、レディオマニアックはレディオマニアックにしか醸し出せぬ雰囲気をもつサウンドを表出させつつある。そのことを、ここに収録された三曲のサウンドは、色濃く物語っている。これが、いかに現在制作中のアルバムで、さらに進展/発展し、つまらない壁や枠組みをぶち破って、新たな音の地平を切り拓いてゆくものになってゆくのか。非常に楽しみである。

Liner notes by Masaru Ando

Aurora: Occur outside of the binary field EP

Mizou mini netlabel proudly presents

Aurora: Occur outside of the binary field EP
オーロラ「新生起 EP」

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Artist: Aurora
Title: Occur outside of the binary field EP
Genre: Post-Rock/Ambient/Experimental

Tracklist:
01. A fight finishes
02. Bare feet in the clouds
03. Bright lanterns flash
04. Under the layer of north ices

Cover Image

Download (MP3 + Image)
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Album Description:
«Aurora» the music project from Khabarovsk release its debut EP «Occur outside the binary field». EP includes four tracks as the result of the merger of night contemplation from four «Aurora» band members. The sounds represent the aura of the Far East, in the style of experimental post rock under the influence of ambient music. The band instruments creates a deep feeling of warmth, weightlessness and mystery.

Produced by Alexander Chernenko
Mix & Mastering by Klinovoy Stanislav, Alexander Chernenko
Artwork by Guborev Georgiy, Alexander Chernenko

Band members:
Alexander Chernenko - Guitar, Keys
Konstantin Loskutov - Guitar, Keys 
Ivan Burtsev - Bass
Kirill Ganin - Drums

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For more information
http://soundcloud.com/aurora_post-rock
http://vk.com/auroraband
http://www.lastfm.ru/music/aurora_post-rock

Creative Commons License


Aurora: Occur outside of the binary field EP
Mizou MZ006

There is a town on the east side of big river. How far have that flow continued. Transcontinental railroad. Transcontinental road. The radiance of aurora in the winter night sky.

This is the debut release of the band based in Khabarovsk, Russia. Four men band Aurora is expanding the post-rock sounds close in ambient music with dreamy & psychedelic feelings. Impressive gently twin guitar play is located in the heart of its lyrically soft sounds. So tight & delicate rhythm section is shaping the flow of sedate sounds such as the great river Amur. And then, faint electronic sounds as the secret ingredient are accompanying in there.

It occurs outside of the binary field. The world alienated from the digital data and any kind of idealism. Post-rock towards to the flow of natural sounds. The sounds continue to occur, that flows outward from the outside to the outside. It is the sound of the ambience.

オーロラ(Aurora)は、ハバロフスクを拠点に活動する四人組のバンドである。ハバロフスクは、ロシア極東部の政治・経済の中心的都市である。アムール川とウスーリ川というふたつの大河の合流地点の東側に形成された平地に南北に伸びる市街地は、19世紀以降ロシアによる開発によって極東地域の交通の要衝として発展してきた。後に極東部のシベリア横断道路やシベリア横断鉄道もハバロフスクを拠点にして整備され、バルト海に面したサンクトペテルブルクからモスクワを経由して日本海に面したウラジオストクまでのロシアの東西を繋ぐ一万キロを越える道が完成することになる。近代までほとんど手つかずのままであった豊富な自然の資源を蔵する大地に周囲を取り囲まれたハバロフスクでは、林業、木材業、機械工業などの商業・工業が急速に発達した。現在のハバロフスクは、ロシア南東部一帯のハバロフスク地方の州都というだけではなく、連邦大統領によって任命された代表が直接管轄を行うロシアを八つの行政管区に分けた連邦管区の中でも最も広大な面積を有する極東連邦管区の本部が置かれた都市でもある。政治面でも経済面でも地方の中心的役割を担っているハバロフスクは、ロシア連邦極東部の首都として機能しているといっても言い過ぎではない。

そんな人口約60万の都市、ハバロフスクにおいてオーロラは結成された。メンバーは、音楽仲間として知り合った、ギターとキーボードを担当するアレキサンダー・チェルネンコ(Alexander Chernenko)とコンスタンティン・ロスクトフ(Konstantin Loskutov)、ベースのイワン・ブルツェフ(Ivan Burtsev)、そしてドラムスのキリル・ガニン(Kirill Ganin)の四名。
ロック・バンドであるオーロラにヴォーカリストは存在しない。そのアムール川の如く穏やかに流れるサウンドは、ツイン・ギターを擁する四人組の編成による、アンビエント・ミュージック的な方向性をもったポスト・ロックの表現を指向している。ポスト・ロックというだけに、それはロック音楽以降の音楽形態を目指すものであり、もはや旧来のロック音楽のスタイルとは簡単に相容れるものではない。オーロラの楽曲には、基本的に歌がない。これは、それまでのロック音楽の定型としてのヴォーカリストとバック・バンドのふたつで一組となる編成での表現から脱却することで、ヴォーカルの歌う歌詞・言葉による生々しくも不安定な描写に頼ることなく、より音楽そのものによる表現の深みへと向かおうという意志の表れでもある。
ヴォーカルというパートを排することで、その楽曲からは人間の声で歌われる歌というものが排除されている。しかし、それは楽曲・音楽におけるメロディの放棄を意味するものではない。オーロラの楽曲に歌は存在しないが、そこでは非常に深いメロディ性の追求がなされている。それは、極めて叙情性の高いサウンドであり、流れる音・メロディによって新たな視覚の扉を開き、そこに純粋に音楽によるストーリーを浮かび上がらせるようなものとなっている。
音楽から言葉を排するということは、常にあやふやなものである言葉の意味というものをメロディによる表現から遠ざけ、楽曲を言述による意味とは反する方向へと大きく開くことに通ずる。歌のないメロディは言葉の意味とは無縁であり、その連なりからは言葉の意味を放棄したメロディのライン・線だけが浮かび上がってくる。そして、その反意味的に揺らめき漂うメロディの線そのものが、詩的な表現へと突き抜けてゆくのだ。
オーロラのポスト・ロックにおいては、詩的なメロディ表現の、その徹底的に研ぎすまされたものとしての旋律群が、閃き、絡み合い、交錯する。楽音による表現は、繊細なる響きの空間的な広がりの中でミスト状に拡散して、ただ舞うように漂っている。それは、密度を高める方向へは向かわない。ゆったりとしたビートに誘われて、一瞬だけ交わることはあっても、決してどこかに集約してゆくことはない。全ては静かに渦巻き沸き立つような音の波の中に溶け込んで、消えてゆくのである。その穏やかなサウンドは、自然な音響となってアンビエンスからアンビエンスへと寄せては返す。

“Occur outside of the binary field EP”は、オーロラにとっての初のリリース作品となる。ここには、四人のメンバーがオーロラとして初のレコーディングに臨んだ全四曲が収録されている。いずれも現在のオーロラの音楽をバンドのサウンドのみで描ききることが試みられた大変な力作揃いである。その迫真のサウンドには、一瞬の緩みすら見受けられない。オーロラの音楽は、非常にタイトである。まるで、厳しい寒さとなるハバロフスクの冬にアムール川の川面の一面を覆い尽くす真っ白な分厚い氷のように。
作品のタイトルは、バイナリ・フィールドの外側での発生。つまり、コンピュータで処理できる領域の外側にそれはある。その外側とは、ヴァーチャルな世界でも観念や概念の世界でもない。それは、外側で発生する。自然の中で生起する音として。「世界は、世界の外そのものである」。音は外側の世界で生起し、音があるところは全て世界の外側となる。音には、内側も外側もない。音そのものにとって、世界は全て外側そのものであり内側でもあるのだから。そして、それは常にその外側のアンビエンスへと完全に開かれている。オーロラによって新たに生起された外側への音響の放出。それが、この“Occur outside of the binary field EP”となる。

1曲目は、“A fight finishes”。闘いの終わり。緩やかで穏やかなトーンのギターとともに滑り出すイントロ部。そのやや湿りがちで鬱屈が募るような流れを振り払うように、中盤からは軽やかなビートに導かれ、明瞭なるサウンドの世界が次々と開けてゆく。円やかで優しいギターのフレーズに、ささやかな粘稠の電子音が絡む。自由を抑圧する闘争の段階は終わり、全く新しい段階の生が眩い光の中で花開く。ほのかに輝きを放つ美しいオーロラが、柔らかにうねりながら夜空を彩る。何もなかった空間に音楽が生起し、そこからオーロラのポスト・ロックが放出される。5分。
2曲目は、“Bare feet in the clouds”。裸足で雲の上。ゆったりとしたビート、ふわふわと空間に漂うような緩やかなフレーズとアルペジオを奏でるツイン・ギターの絡み。中盤からは、徐々に演奏の熱量が高まってゆく。裸足で白い柔らかな雲の上に立ち、その感触を楽しみ、駆け回り、跳ね回り、転げ回る。静かにかすかに雷鳴のように轟くドラムス、天高く突き抜け光の矢となって四方八方に飛び散るギター。雲の中で浮遊感のある揺らめく音響がこだまする。そして、遊戯の時間は一旦終了し、あたりは先ほどまでの白い柔らかな一面の雲の海へと戻ってゆく。きっと、そこにまたいつか誰かが裸足で降り立つのであろう。天空世界の醒めたサイケデリア。夢現のサウンド。6分44秒。
3曲目は、“Bright lanterns flash”。明るく点滅する提灯。実にオーロラらしいポスト・ロックの詩的叙情性が炸裂する一曲である。美しいギターの調べが、ゆったりとした旋律を奏で、澄んだ光と闇のアトモスフィアを構築する。溜めるだけ溜めて力強くエモーショナルに音を放出するリズム・セクションも秀逸である。静かにランタンが揺れている、誰もいない夜に。風の音は聞こえない。ただ静かにランタンが揺れている。悲しげに明滅する灯り。寂しげに揺れる灯り。誰もいない夜に、ただ静かにランタンが揺れている。冷たい闇に消え入りそうな微かな灯火。揺れる灯り。それを吹き消そうとしてるのは誰か。誰もいない夜に、静かにランタンが揺れている。どうかその灯りを吹き消さないで。風よ、そのランタンを揺らさないで。静かな夜に、深い闇の前に明滅するランタンの灯り。寂しげに揺れて、悲しげに消え入る。7分14秒。
4曲目は、“Under the layer of north ices”。北国の氷の層の下に。冬期には、氷点下30度以下に冷え込むこともあるというハバロフスク。北の国の真っ白に凍てついた景色。大河アムール川も一面が氷に覆われる。分厚い氷が何層にも重なり合い、全てが氷に閉ざされてしまう。氷の層の下に閉じ込められたハバロフスク。北の国の冬は長い。暗く冷たく重苦しい季節。しかし、それでも分厚く冷たい氷の層の下で、アムール川は滔々と流れ続けている。氷に閉ざされていても、全てが止まってしまったわけではないのだ。微かなノイズの中をゆったりと滑り出すバンド・アンサンブル。轟音とともに力強く立ち上がろうと試みるが、最初は分厚い氷の層に阻まれる。再びゆっくりと時間をかけて立ち上がり、渦巻き逆巻くようなギターのサウンドに導かれて、氷の層を突き破って進んでゆく。オーロラは、ロシアの大地の上で力強くたくましくうねるアムール川の流れとなって、天と地の狭間を不死の竜の如く駆け続ける。7分37秒。

オーロラのデビューEPは、全四曲が全て5分を越える楽曲となっている。これは、この四人組が基本的に大作志向であることを明示しているようにも思える。今回は初のレコーディング作品ということで、その制作作業にもかなり手探りな部分があったのではなかろうか。最初は、何曲か試しに録音をしてデモ作品を制作する予定であったともいう。もしかすると、書き上げた楽曲を自分たちの思い通りに録音物として残すことだけで精一杯であったかも知れないが、何とかレコーディングを完了させた四曲をハバロフスクのStudio 1347においてリマスタリングし、12年9月にこのデビューEPを完成させた。おそらく、録音や制作の作業に慣れてくれば、より作品にオーロラというバンドの持ち味を色濃く表出させてゆけるようになってくるのではなかろうか。瞬発力や勢いや激情をスタジオで吐き出すだけでなんとかなるようなサウンド・スタイルのバンドではないだけに、今後のじっくりと時間をかけた熟成に期待したい部分は大いにある。
穏やかな起伏を伴いつつ進行するゆったりとしたビートは、決して先の展開を急ぐことがない。性急さの欠片もなく、じっくりと時間をかけて展開してゆくメロディ。オーロラの楽曲は、実に慎重に次に進むべき道を流れの中に引き出してきて、時に迂回や往復を繰り返しながら目的地を目指して歩んでゆく。四人のメンバーによる、非常によく練り込まれたコンポージングと楽曲の構成が、独特の音の世界を生み出しているのだ。それは、まさにオーロラのように決まった形/定形をもたずに常に揺れ動き続ける浮遊感を最大の特徴としている。オーロラのサウンドとは、静謐かつ柔軟なアンビエント的なものにしてアンビエンスへと向かって溢れ出し続けるものでもある。そして、そこに立ち現れる深い叙情性が、今後のバンドの成長とともにどれほどにスケールを大きく広げた味わい深い音世界を描き出してゆくことになるのかも実に楽しみである。

Liner notes by Masaru Ando

新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉(三)

新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉

(三)

ティアラティック・マジック・ミュージック

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楽曲の歌詞において、言葉のもつ意味よりも語感のよさやリズム/ビートにのったときの調子のよさを第一に考慮しているような言葉/フレーズを敢えて選択し、新しい時代の到来を感覚させる新しい感覚の親しみやすくノリのよいヒット曲を数多く放ってきたK-POPのアイドル・グループといえば、やはりT-araが真打ちということになるのではなかろうか。T-araは、芸能・歌謡界の流行の動きに非常に敏感で、かつまた自らそうしたトレンドを果敢に生み出してゆくグループでもある。ゆえに、楽曲の歌詞の面での新しい時代の新しい感覚に則った新しい試みの痕跡を、非常に早い時期の作品から確認することができたりするのである。
これまでの活動でT-araが打ち出してきた斬新なフィーリングの一端は、“Bo Peep Bo Peep”(ポピポピ)、“yayaya”(ヤヤヤ)、“Roly-Poly”(ロリポリ)、“Lovey-Dovey”(ラヴィダヴィ)といった一連のヒット曲のタイトルからも窺い知ることができるだろう。いずれの楽曲も、同じ語もしくは似通った語を反復するだけの単純明快にしてポップなタイトルであり、その曲調もエレクトロなダンス系/ディスコ系の完成度の高いアイドル・ポップスが中心となっていて、サビのパートでは言葉の意味よりもノリが最優先された、楽曲のタイトルにもなっているフレーズが調子よく何度も繰り返されている。その楽曲を一度でも聴けば、そのタイトルも、同じフレーズが繰り返されるサビのパートの歌詞もいっぺんに覚えられてしまう、もしくは耳にこびりついて離れなくなるという仕掛けになっているのである。

09年にデビューしたT-araにとっての出世作となった、記念すべき一曲が“Bo Peep Bo Peep”だ。この楽曲は、09年11月27日に発表されたファースト・アルバム“Absolute First Album”よりシングル・カットされ、この年の暮れから翌10年の年始にかけて大ヒットを記録している。そこでは、日本における同曲でのデビュー時にも話題になった、メンバーが猫耳と猫の手をつけて踊る「猫ダンス」の振り付けでカワイイ路線を強烈にアピールするという奇策も功を奏した。そのダンスに「ポピポピ」と可愛く繰り返される歌詞のフレーズが追い打ちをかけるのだから、この仕掛けはかなり周到なものである。とても単純明快な、やや子供じみたところもある仕掛けかも知れない。しかし、だからこそ一旦火がついたときの火の回りも恐ろしいほどに早く、爆発度も桁違いであったりする。
“Bo Peep Bo Peep”は、心変わりし始めている恋人の気を惹こうとして子猫のように甘えてみせる健気な女の子の心情を歌った楽曲である。しかし、その過剰な甘えぶりが気変わりしている恋人には余計に暑苦しく感じられて、実はかなりの逆効果であったりするのだ。それでも構わずに周囲のことは全く目に入らなくなった猫まっしぐら状態で甘えまくってしまう様子を、猫耳と猫の手を装着した可愛い衣装と猫っぽい手の動作を取り入れた可愛い振り付けで、見事なまでに過剰なアピールの形として表現する。さらに、そのキュートな振り付けとエレクトロなダンス・ビートにのる「ポピポピ」と繰り返す幼児語を思わせる印象的なフレーズとの相乗効果で、視聴覚的な可愛さが倍増してしまうという仕組みだ。
ここで何度となく繰り返される「ポピポピ」というフレーズには、全くといってよいほど特別な意味はない。ただ、カワイイを表現する態度や仕草を生むためのフレーズとしてだけ、それはそこにある。実際のところ、元々のフレーズは「ピポピポ」であったようである。しかし、この楽曲のレコーディング時にメンバーたちが遊びで「ピポピポ」の言葉を入れ替えて「ポピポピ」と歌ってふざけ合っていたところ、これを耳にしたおそらく作詞・作曲者の新沙洞の虎(Shinsadong Tiger)が咄嗟の閃きで、レコーディングの直前に歌詞を変更し「ポピポピ」という新たなフレーズでの録音が行われたというのだ。この逸話からもわかる通り、この楽曲で歌われる歌詞は、エレクトロ・ダンス系のビートと子供っぽく甘えるメロディにピタリとハマる可愛らしいフレーズであれば、何でもよかったのである。そして、その楽曲中で最もカワイイ要素が必要とされる猫ダンスが行われるパートに、絶妙なまでにマッチしたのが、この「ポピポピ」という偶然にもお遊びの中で誕生したフレーズであったのだ。
ここで「Bo Peep Bo Peep Bo Peep Bo Peep Bo Peep Bo Peep Bo Peep Oh/Bo Peep Bo Peep Bo Peep Bo Peep Bo Peep Bo Peep Oh Oh」とただただひたすらに繰り返す形で歌われる「ポピポピ」というフレーズだが、歌えば歌うほどに繰り返せば繰り返すほどに言葉そのものの輪郭がすり減り角が丸くなってゆくようにも思える。そして、最終的には、それはただただ可愛い響きをもつ語の繰り返しとして、ポピポピしたエレクトロ・ビートに合わせたキュートな「猫ダンス」を構成する一部分へと埋没してゆくまでに記号化してゆくことになる。こうして「ポピポピ」のカワイイは、言葉の域を越えて音楽/楽曲(ダンス・ビートとメロディ、そして猫ダンスなど)と一体化して、楽しい/おもしろい/クセになるという感覚とともに急速に伝播してゆくことになる。つまり、この「ポピポピ」というフレーズは、きゃりーぱみゅぱみゅの「ぽんぽん」や「うぇいうぇい」と相通ずる性質をもつ、新しいポップ感覚に基づくカワイイのグローバルな交流を生み出しうるものなのである。そういう意味においては、このT-araによる「ポピポピ」が、きゃりーぱみゅぱみゅのきゃりー語と同様に若い世代の日常の何気ないお遊び/言葉遊びの中から湧き出てきたフレーズであることは、実に興味深い。

そして、11年の夏の大ヒット曲となったのが、映画『Sunny』の大ヒットとともに盛り上がった80年代リヴァイヴァルとディスコ・サウンド・ブームの決定打となった“Roly-Poly”である。この“Roly-Poly”は、11年6月29日にリリースされたミニ・アルバム“John Travolta Wannabe”の収録曲であり、このタイトルからしてレトロなディスコ・ミュージックの世界を意識した作品からのシングル・カットとして大ヒットを記録することになる。ちなみに、この“Roly-Poly”もまた“Bo Peep Bo Peep”を手がけたヒット・メイカー、新沙洞の虎(シンサドン・ホンレイ)が書き下ろした楽曲である。流行の最先端を的確にとらえ、最高の制作陣を揃えて、ゴージャスなドラマ仕立ての12分を越える長編MVまで制作し、まさに大ヒットがほぼ約束された形でリリースされたのが、この“Roly-Poly”であった。
“Roly-Poly”は、一目見て気に入った異性を自らのもつ魅力を武器に仕留めようとする、とても積極的に行動する女の子について歌った一曲である。楽曲の舞台となるのはナイト・クラブであり、ダンスフロアでの猛禽系女子の生態をリアルかつ克明に描写したような歌となってる。だが、実際に、ここに登場する主人公が獲物を見事に仕留めることができたのかまでは歌われていない。よって、これが本物の猛禽系女子についての歌であるのかは定かではない。聴き様によっては、チラリと見かけた気になる異性を目で追いながら、急激に高まる恋心に胸を熱くしている奥手な臨死系女子が、ひとりで勝手に猛禽系の妄想を脳内で暴走させている歌としても聴くことはできる。まあ、いずれにしてもドキドキと熱くなる恋する女の子の胸の内を歌っていることは間違いないところであろう。年頃の女の子であれば誰でも必ず経験するはずの恋の感情や胸の高まりが、この楽曲の主要テーマであり、ある意味では普遍的な一目惚れの恋の歌であるともいえる。つまり、誰もが楽曲の中で歌われている感情に共感することができ、その情感や状況を共有しやすい歌なのである。
“Roly-Poly”とは、小さくて丸くてころころしているもの、例えば赤ん坊や幼い子供や小動物のぷっくりしてころっとした佇まいを形容する言葉である。丸くころっとした対象の状態を音で表した語をそのまま言葉にした原初的な形容詞であるので、日本語にするならば「ころんころんの」や「まんまるの」といったようなフレーズが当てはまるであろうか。どちらかというと、「わんわん」や「にゃんにゃん」といった幼児語に系統的には近い、単純な語の反復からなる擬声語/擬態語的な言葉である。この“Roly-Poly”(ロリポリ)というフレーズの響き自体が、すでに子供や小動物等の可愛い姿形を表現し意味している、小さくて丸々としたカワイイを言い表す言葉であるのだ。
また、丸いものやクルクル回るものというのは、遥か遠い昔からディスコ・ミュージックとは切っても切り離せない関係にある。キラキラと光を反射してダンスフロアに彩りを降り注ぐミラーボール、DJブースのターンテーブルの上で回り続ける12インチ・シングルのレコード、グルグルと永遠に続くように反復するディスコ・サウンドのグルーヴ。その全てが回転する円や円形にまつわるものなのである。“Roly-Poly”とは、こうした全てのものに当てはまる形容詞であり、そのイメージ的にディスコの時代や文化、そしてディスコ・サウンドと結びついたフレーズであるともいえる。
そして、この“Roly-Poly”(ロリポリ)というフレーズが楽曲の中でダンサブルなディスコ・ビートにのせて「Roly Poly Roly Roly Poly」と繰り返し歌われるとき、この擬声語/擬態語的な言葉は、その原初の音(まるまる/ころころ)そのものへ意味(非意味)を後退させ、単なるカワイイの表現へと収斂されてゆくのである。また、その直感的にダンスを促すビート/リズムにのる際には、フレーズがシンコペートするように「ロリポリロリロリポリ」と言葉を分断し順序を組み替える反復がなされてもいる。これによって、「ロリ」と「ポリ」にズタズタにされた語は、細切れになって記号化し、より小さく細やかでプチなカワイイの感覚や気分を共有するための媒介分子となってゆくことになる。このようにして“Roly-Poly”という楽曲には、ノリノリできらびやかなディスコ・サウンドにのる「ロリ」「ポリ」「ロリ」「ロリ」「ポリ」という小さくて可愛らしい語がころころ転がり跳ね回っているように連なるサビのフレーズを一度でも聴くと、聴覚的にもイメージ的にも耳に脳にこびりついて離れなくなってしまう巧妙な仕掛けが仕込まれているのである。

Thee Electronic Tribe

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T-araが放ってきた一連のヒット曲をあらためて振り返ってみると、その源流にあるものは何だったのかと記憶の糸を手繰ってみたくもなる。すると、どうしても、とある楽曲に思い至ることになるのである。それが、少女時代の“Gee”だ。“Bo Peep Bo Peep”(ポピポピ)や“Roly-Poly”(ロリポリ)などの新しい時代の新しい感覚を含有した歌やサウンドをフィーチュアした、音楽的にも音的にも斬新なポップ音楽のトレンドをK-POPの世界に切り拓いたのは、やはりどう考えても、この楽曲なのである。

09年1月7日に発表された少女時代にとっての初のミニ・アルバム“Gee”のタイトル曲であり、同日にシングル・カットされた“Gee”は、その強烈にポップ性の高い曲調と耳に残る歌が爆発的な人気を呼び空前の大ヒット曲となる。KBSで放送されている音楽番組「Music Bank」では九週間に渡ってチャートの1位を独占するなど、まさにこの楽曲のリリースとともに韓国の歌謡界は嵐のような“Gee”旋風に一気に席巻されてしまったのである。また、この“Gee”の登場のタイミングは、新韓流の動きの原動力ともなったK-POPの大ブームの到来のタイミングともピタリと一致していた。全く新しい時代の全く新しいK-POPが生み出されていることを、主にYouTubeを通じて“Gee”という楽曲は、たった3分20秒で全世界に向けて知らしめ、その大ブームの規模と強度と多角的な方向性を一瞬にして決定づけてしまったのである。さらに、この年を代表するヒット曲が、1月初頭の時点ですでに出てしまったことも当時は話題になった。驚異的なまでの“Gee”の人気ぶりを見ていると、これを越えるヒット曲はそう簡単には出てこないであろうと思えた。そして、実際にそうなってしまったのだ。
少女時代の“Gee”とは、新韓流の時代の幕開けを飾る、時代の流れそのものを新しい感覚のK-POPの台頭の動きへと大きく引き寄せるような特大のホームランであった。やはり、今から振り返ってみても、この強烈なインパクトをもつ楽曲とともに新たな歴史の一頁が開いたという印象は非常に強くある。そう、この“Gee”は、まさにレボリューションな一曲であったのである。

楽曲のタイトルとなっている“Gee”とは、主に米英など英語圏・キリスト教圏において驚きの感情を表現する際に使われるフレーズである。この言葉は、“Oh my goodness”や“Oh my god”という三つの単語を使用する表現から誕生している。ただし、突然の驚きや瞬間的な驚きの状況に対応するためには、悠長に三つの単語を言っていては追いつかない。そこで、ただ単に“God!”や“Jesus!”とひとつの単語に切り詰めて発話される形式が、やがて定着するようになり、さらにそこからその頭文字だけをとって短縮形にした“Gee”が、咄嗟のときに口走るフレーズとして派生してきた。つまり、この“Gee”という言葉は、「おや」「まあ」「あれ」「わお」といった、基本的に言葉にならない、もしくは言葉/言語として精製される以前の驚きの感情を発声/発話したものに他ならないのである。
極めてシンプルで原初的な心の叫びに非常に近い驚きの感情を表す語であるから、“Gee”とは、それそのもので特定の意味をもつ言葉や複数の語の集合体であるところのフレーズではないといってよい。形式としては、驚きの感情を表現する感嘆符(!)を、口をついて飛び出してくる生の感情を記号化したものとして発声しているにすぎない。そして、この楽曲のサビのパートでは、その“Gee”という語がエレクトロニックなダンス・ビートにのって、ひたすらに繰り返されることになる。その記号と化した語の反復からは、もはや単純な驚きの感情がポンポンと飛び出してくるだけで何の意味的な広がりも発生しはしないのだ。そこでは、ただただ感嘆符が並べ立てられているのと同等の記号/語が歌われているだけなのだから。
この“Gee”という楽曲は、基本的には恋の歌である。とても普遍的なテーマを扱った、どこにでもあるタイプのアイドル歌謡といえるだろう。そこでは、突然の恋愛の感情に襲われた女の子の戸惑いや胸のときめきが歌われている。憧れの異性に向けられた息ができなくなるくらいに熱烈な恋心は、全く予測していなかったものだけに、胸の鼓動が高鳴れば高鳴るほどに驚きの感情とともに次々と押し寄せてくる。
そして、そんな恋の始まりとともに全く制御できなくなってしまった感情を実際に描写し表現している楽曲の歌詞の面でも、とても独特な言葉の使い方を聴くことができる。これは、恋する女の子ならではの言葉遣い/言語表現ともいえるものである。

激しく高鳴る胸の内の「ドキドキドキ」を表す「두근 두근 두근」(トゥグントゥグントゥグン)や、なかなか思い描く通りにはならない恋の進捗状況や相手の行動に対し「知らない知らない知らない」と頭を振る「몰라 몰라 몰라 몰라」(モラモラモラ)など、ありのままのストレートな表現で等身大の恋する女の子のままならぬ感情が歌い込まれる。そして、燃え上がる恋心が作用することによってキュートでカワイイ乙女と化してゆく内面は、「キラキラ」を意味する「반짝반짝」(パンチャパンチャ)、「ビックリ」を意味する「깜짝깜짝」(カムチャカムチャ)、「ピリピリ」を意味する「짜릿짜릿」(チャリチャリ)といった可愛らしさが前面に出たフレーズによって歌い表されている。
こうした同じ言葉を繰り返す語からは、感覚的な若さや瑞々しさが溢れ出すのを感じ取ることもできる。これは一種の若者言葉的なフレーズであり、新しい時代の新しい世代が共有している感覚からストレートに飛び出してきた新感覚の言語(の使用法)でもある。同じフレーズを繰り返す言葉自体は、擬声語や擬音語・擬態語として古くからあるものだ。だが、そのように慣用句としてあるだけでは、決して新しい感覚の言葉にはならない。しかし、それが少女時代やT-araやきゃりーぱみゅぱみゅによって歌われるとき、現代的なエレクトロ・ダンス・ビートや新韓流時代のK-POPの斬新なサウンドにのるとき、全く新しい時代の暗号や記号として機能する語へとアップデートされることになるのである。
そうした「ドキドキ」と動揺し「キラキラ」「ピリピリ」と舞い上がる感情を繰り返しの語で表現する流れの極めつけとして、こんなにも熱烈に恋している自分に対する驚きを率直に表す「Gee Gee Gee Gee Gee」(「おや」「まあ」「あれ」「わお」)という感嘆の語が羅列される、決定的な反復によるサビ・パートが歌われるのである。

この“Gee”という楽曲の歌い出しは、「너무 너무 멋져 눈이 눈이 부셔」(ノムノムモッチョ/ヌニヌニプッショ)といった一節からスタートする。いきなり「とっても素敵で/目が眩しい」と、好きになった異性が眩しすぎて直視できない状態にあることが歌われるのだ。普通に考えれば、何を寝ぼけたことを言っているのかと思わざるを得ないような告白である。しかしながら、それが、こんなにも可愛らしい言葉で歌われると、一気に乙女度が急上昇して聴こえるから不思議だ。そして、そのあまりにもバッチリな押韻は、ほとんど言葉遊びのように聴こえたりもする。この「너무너무」(ノムノム)や「눈이눈이」(ヌニヌニ)といった歌い出しで、この“Gee”という楽曲が、とても可愛くポップなアイドル歌謡曲であることを強烈に印象づけているともいえるだろうか。こうした先制パンチによって、その後に続く繰り返しのフレーズを多用するカワイイ歌がより引き立ち強調され、さらには「Gee Gee Gee Gee Gee」という耳にこびりつくような摩訶不思議な魅力をもつサビのパートが飛び出してきて、一種の猛烈なカタルシスへと至る。この一連の流れにより“Gee”は、歌い出しからサビまで一気に駆け上がってゆく、全てのラインにカワイイを凝縮した一曲となる構成を完成させているのである。

09年初頭のK-POPの世界に一大レボリューションをもたらした強烈な楽曲“Gee”は、プロデューサー・ティームのE-Tribeによって作詞・作曲された作品であった。アン・ミョンウォン(Ahn Myung-won)とキム・ヨンドゥク(Kim Young-deuk)のコンビからなるE-Tribeは、00年代の半ば頃からK-POPのシーンで次々とヒット曲を飛ばしてきた。そんな彼らの出世作となったのが、08年に発表されたイ・ヒョリ(Lee Hyo-ri)のヒット曲“U-Go-Girl”である。そして、その質の高い楽曲制作の実績によって名声が高まってきた中で、少女時代の大ヒット曲“Gee”が飛び出し、ヒット・メイカーとしての地位を決定づけた。
明快かつ耳ざわりがよく清々しいまでに底抜けにノリのよいダンス・ポップが、E-Tribeの作風の特徴である。10年12月3日にリリースされたT-araのヒット曲“Yayaya”もまた、E-Tribeが手がけた作品であった。そのまるで幼稚園のお遊戯にも使用できそうなポップで楽しくノリノリな曲調は、まさにE-Tribeならではのサウンドであり、そのキュートな歌と振り付けによってT-araの新たなカワイイ一面を見事に引き出してもいた。E-Tribeは、新韓流時代のK-POPにおける新たなポップ感覚や新たなカワイイを生み出してゆく、全く新しいタイプのプロデューサー・ティームとして新しい動きの先頭をひた走っていたのである。
そんな時代の勢いにのるE-Tribeが、総合プロデュースを手がけ手塩にかけて育成しデビューさせたガールズ・グループが、11年1月に“Supa Dupa Diva”で登場したダル・シャーベットであった。ダル・シャーベットは、このデビュー以来かなり短いスパンでコンスタントにヒット曲を放ち続け、今やヒット・チャート常連組の中堅ガールズ・グループという存在にまで成長してきている。この目覚ましい活躍ぶりを見る限り、ヒット・メイカーとしてのE-Tribeの勢いはまだまだそう簡単には衰えそうにない。

E-Tribeによる“Gee”という楽曲の大ヒットがなかったら、T-araの“Yayaya”はなかったかも知れないし、ダル・シャーベットも存在しなかったかも知れない。また、少女時代が“Gee”で大ブレイクし成功を手にしていなければ、もしかしたらガールズ・デイやエイ・ピンクも現在のような親しみやすい可愛い系のグループとして登場することはなかったかも知れない。この“Gee”という全くこれまでにはなかったような可愛らしい歌とダンス・サウンドを融合した楽曲が、この絶妙なタイミングでK-POPシーンから飛び出していなければ、その後を追って生み出された新世代/新感覚のカワイイを表現するアイドル・ポップスの流れは、これほどまでに大きくグローバルな広がりをもつものにはなっていなかったかも知れないのだ。そういった意味において、少女時代の“Gee”とは、とてつもなく大きなレボリューションであった。この極めて斬新でありながらもどこかエキゾティックで懐かしさすら感じさせてくれるヒット曲から、21世紀のカワイイの革命は間違いなく確実に一気に動き出したのである。
そして、きゃりーぱみゅぱみゅの“PONPONPON”もまた、少女時代の“Gee”のレボリューションの延長線上にあるレボリューションであったといってよいだろう。新しい時代/新しい世代によって編み出される言語感覚は、若者文化を反映するアイドル・ポップスの世界のコミュニケーション語として音楽と密接に結びついている。アイドルが、ありのままの感情や日常の遊びの中から派生したキラキラ/パンチャパンチャ/ウェイウェイした言葉を歌うとき、そこに新しい時代への扉が開く。そして、それがSNSのネットワークを通じて瞬く間に拡散し、ある世代に共通するポップ感覚へと押し上げられてゆく。おそらく、10年代のアイドル・ポップスを聴くとき、そこにいくつもの大変に重要な意味をもつ楽曲を耳にすることができるであろう。さらに新しいタイプの可愛らしい歌とサウンドへとアップデートされた10年代の“Gee”が出現するのも、そう遠い未来のことではないはずだ。

新感覚とレボリューション

21世紀、もはやどんなに新しいものといえども、うずたかく積み上げられた古くなったものを乗り越えることは極めて困難になりつつある。よって、それは、乗り越えず、ただ適当な場所をみつけて積み重なってゆく。そして、古くなったものから再生できそうな要素を拾い上げ、忘れ去られた竪坑を掘り起こして素材を発掘し、さらに新しいものが次々と魔法のように飛び出してくる。常に新しいものは、古いものの積み重なりの上に出現する。すると、その新たに積み重ねられたものの圧力と重みで古いものの構造は壊れ、やがて粉々に崩壊して、文字通りの過去の遺物と成り果てる。そして、文化と消費経済の表層でブームとなって増殖し続ける新しいものたちによって踏み固められ、次の新しいものたちが立ち上がるための土台となる固い地盤を形成し、いつしか遺物たちは、地層になって歴史の奥底へと沈潜してゆくのである。新しいのものは、時間の経過とともに各々の速度で古くなり、次に現れた新しいものは、そのかつて新しかったものの新しさの上に積み重なる。かつて新しかった古いものが、さらなる新しいものに押しつぶされ、土台や地盤や地層となり、拾い上げられる形で要素や素材を提供しながら新しいものの出現を支え続ける。新しいものは、古いものなしには成り立たない。
新しく登場したものが、その立場を確立するために自らの場所を奪取するという形での、新旧の場所争奪戦/領土紛争はもう起こらない。どれだけ古いものを被い尽くし、幅広くカヴァーすることができるかが、新しいものにとっての新しさを顕示するためのファクターとなる。できるだけ広く被い尽くし、できるだけ深く誰も予想だにしなかった場所から要素や素材を引き上げてくることで、新しいものの新しさは成り立つ。古い地層や新しい地層を縦横無尽に横断縦断し、時代の流れに見合った再生可能なものを、絶妙なタイミングで引き抜いてくるセンスが問われることになる。
地層の奥底にある化石は、研究の対象となるよりも、専ら再利用される。しかし、化石にも、地層にもなっていない、何にも被われることなくむき出しのままの大地の亀裂もいたるところに存在している。そこから熱いままの煮えたぎったマグマが噴き上げることもあるだろう。そのマグマの溶岩が表層を被い尽くすとき、今までに見えていた景色は一瞬にして変化する。まさに、これこそ最高のレボリューションであるのかも知れない。しかし、そうしてできた新しいものも、いつしか時代の経過とともに景色を変えてしまうことであろう。乗り越えず積み重ねる。過ぎ去ったレボリューションは、要素となり資材となって、次のレボリューションを準備する。

そうした全く新しい部分をもつものとして10年代初頭の世界の表層にはっきりと現れ出てきたのが、現在の10代後半を中心とするS世代や94lineの自然体なライフスタイルから表出してきたポップ感覚である。この独特の新しさをもつカワイイ文化は、光速ネットワークというスピーディで全地球規模の基盤をもって密接に連携し、瞬く間に横に拡散し、ネットワークの内と外のいたるところを被い尽くしてゆくのである。そして、そのネットワークの内と外のいたるところに、新時代の新世代によるポップ・カルチャー~ポップ・ミュージックが確立される。90年代と00年代に溢れかえった消費のための物質が過去の遺物となって築きあげた土台と地盤と地層の上に。
21世紀、ポップ文化のレボリューションの中心地が、アジア地域へと移動してくるであろうことは間違いない。やはり、どう考えても今後の直近の世界において、何か新しいもののが誕生する可能性が最も高いのは、中国を中心とする中華圏の東アジア諸国である。21世紀初頭、この長らく発展途上にあった地域には、怒濤の如き人口爆発によって発生した若き群衆の発するエネルギーが猛烈な勢いで渦巻いている。あらゆるものが混濁し、古きも新しきも東も西も南も北も地層もマグマもゴチャゴチャに入り乱れているケイオティックな状況が、そこにはある。全く新しいタイプの文化の生成とは、こうした誰にも予想のつかない動きの中から起こるものなのである。
そして、今やその熱くうねる流れの中でどのように動いてゆくのかということも、それ自体が時代の中での表現の一部となりつつある。きゃりーぱみゅぱみゅは、旧世代的な価値観からくるアジアのエスニシティやエキゾティズムを表面的に受け入れるよりも、独自のルーツである原宿文化に根差した読モあがりのポップ・アイコンとしてのアイデンティティを前面に押し出し、ネットワークを通じてグローバルにダイレクトにコネクトしてゆく。その一方で、新時代の熱と伝統的な芸能の作法の両方のバランスとってゆく方法論もある。こうした方向性に意識的な、多国籍・多民族のメンバー構成によって文化と歴史的バックボーンの多様性を内包しているf(x)やmiss AといったK-POPのグループは、非常におもしろい存在だといえる。
アジアの若い世代が形成する混沌から噴き出すポップ文化やポップ感覚が、どのようにグローバルな21世紀の文化の大潮流へと繋がり、そこで共振する世界的10代世代との共鳴によって、いくつもの変奏を生みながら広まってゆくのか、非常に興味深いものがある。
このS世代/ネオ・グローバル・ティーンズの動きが、ポップ・ミュージックの世界にリアルなグローバル・レボリューションを巻き起こす可能性は大いにある。今すぐに何かが噴出するように現れて一気に時代の風景が変わってしまうようなことはなくとも、これまでに積み重ねられてきたものが、これからも数年/数十年に渡って影響を及ぼし続けてゆくことで、何かが起こりうる下地や環境は、かなりしっかりと整ってゆくことになるはずだから。
何か斬新なものが、時代の移り変わりに押し流されず/押し潰されずに、パックリと開いたままになっている深い裂け目の奥深くの熱いままのマグマと接触するとき、きっと想像を絶するようなとんでもないものが、そこから噴出してくるに違いない。

現在のカワイイをじっくりと眺めてみれば、それは全面的に新しいものでは決してない。きゃりーぱみゅぱみゅの“PONPONPON”も、E-Tribeによる少女時代の“Gee”も、どこかノスタルジックな部分を決定的に有している。
過去数十年間の原宿を舞台にしたポップ文化・芸能文化の香り、そのノスタルジーとセンチメンタリズムを内包しつつもアンビヴァレンスに展開する“PONPONPON”のメロディは、全く新しいポップでオシャレな感覚が、実は全く新しくはないポップとオシャレの感覚と共存している(共存しうる)ものであることを教えてくれる。また、“Gee”の旋律には、明らかにアジア大陸の伝統的なメロディが息衝いているのを感じ取ることができる。これらは現代的な新しい文化・流行であるものの、やはりどこかしら過去の芸能や伝統文化/ポップ文化の、最新型の焼き直しという部分も絶対的にもつのなのである。
21世紀のカワイイは、こうした新しいものと古いものの枠組みを越えて、そうしたものの流れをも組み替え/読み替えながら、日常に埋没しているもののリクリエーションや、ずっと以前よりそこにあるもののポスト・プロダクションといった作業の中からも確実に生み出され、地球規模の共通世代感覚へと着実に育まれてゆくはずである。カワイイは毎日いたるところで発見され、その感覚が共有され拡大・拡散してゆく。そして、その動きが激しく熱を帯びてゆく場所に、新しい時代の新しいポップ文化が湧き出してくるのだ。
カワイイの素となるものは、いたって何の変哲もないものである。それは、わたしたちの日常生活の(地層化した部分の)あちこちに点在・散在している。それを、何かおもしろいものとして拾い上げることができるのが、感覚の若さであり、ある特定の世代に備わったセンスである。それこそ感覚が錆ついてしまっては、そこに何もおもしろいものは見えてこないだろう。次に、現在の10代の若き感覚が、ポンコツの大量消費社会が生み出したガラクタやオンボロの中から拾い上げてきて素材や要素とするものは何なのであろうか。興味は尽きない。(12年)

追記
21世紀のカワイイは、とても儚いものでもある。カワイイとは、どこにあるものなのであろうか。どこにでもあるものは、どこにもないものでもある。原宿から生まれるカワイイ。新大久保から生まれるカワイイ。明洞から生まれるカワイイ。台北から生まれるカワイイ。上海から生まれるカワイイ。シンガポールから生まれるカワイイ。ジャカルタから生まれるカワイイ。そこにあって、ここにはないものの出現。それが、カワイイの感覚が生み出されるということでもある。そして、そこから目にも止まらぬ速さで広がってゆくカワイイの動きとは、目に見えないネットワークの極めて脆弱な繋がりから成り立っている。そこには現実感のない(共感という)部分も、多分に含まれていたりする。全世界的なカワイイの感覚は、あらゆる場と場面において強度の差を有しているといえる。そして、本当にリアルに感じられるものというのは、実はそれほど多くはないのかも知れないのである。共感や共鳴は、目に見えるものではない。それがそこにあると思い込むことを前提としている。その確信が得られなくなるとき、カワイイの大前提は脆くも揺らぎ始めるだろう。
音楽やそこで歌われている歌詞は、目には見えないものである。しかし、その音が聴こえているとき、それが極めてすぐそばにまでやって来ていることを感じることができる。実際、聴こえるということは、音が空気の振動となって直接に接触していることなのだから。音楽やそこで歌われている言葉は、目に見えるものではないし、音が通り過ぎ空気の振動がおさまるとき消滅してしまうものでもある。しかし、聴こえるという接触を経ることによって、リアルにそこにあると確信できることにもなる。そして、それはリアルに同じものを聴いている他の誰かのところにもあるものであり、感覚的な繋がりが実感できるものとなってゆく。音楽と言葉は、そこで共感と共鳴の媒介物となる。そこに出現する一瞬の思い込みと確信の裏打ちをするという意味において。
また、儚さとともに、グローバルな資本主義経済とそれを支える大量消費社会との兼ね合いも問題となってくる。カワイイは、そこからどれだけ抜け出せるのであろうか。21世紀のカワイイもまた、商品となって消費し尽くされるものでしかないのか。では、時代の暗号であったり記号化しているものは何のためにそうなっているのであろう。細切れになったコロコロと小さくカワイイものは、まんまと網の目をかいくぐってゆくようにも思えるのだが。間違いなくアイドル・ポップスとは、音楽産業の一部である。商品として、その中に組み込まれており大量消費される宿命にある。常に100万枚以上売れるAKB48のシングルの消費期限は、極めて短い。しかし、21世紀のアイドル・ポップスが、その枠組みの中から、少しずつはみ出してきていることも事実である。それは加速する期限付きの消費のサイクルと明確に闘うものとなりつつある。そこでは何かが少しずつズレ、少しずつ変化している。グレーゾーンも拡大している。デジタル・ネットワークを通じて、アイドル歌謡が拡散しボーダーを越えて広がってゆくこと、それはグローバリズムの一部としての広がりであり、それとは別のグローバリズムの表れとしての広がりでもある。10年代、ふたつのグローバリズムは大きく相反しながらも重なり合い、より強力な動きとなって全世界を飲み込んでゆくであろう。その時、反グローバリズムの動きは、どのようなものになるべきなのだろうか。“PONPONPON”や“Gee”が、圧倒的に新しいようでいて、実はそれほど新しくはないものをも含有しているのは、何もかも流通しやすい型にはめて画一や均質へと引き寄せるグローバリズムに対抗する動きであるともいえるだろう。新しい時代の扉をひらくアイドル・ポップスとは、無意識のうちに反グローバリズム的な性質も備えている。そして、それは、決してとらえられず、かいくぐり続けるものなのである。
本当に革命的なものとは、既成の枠組みを突き破る強烈な突破力をもつ。そして、そこにあった枠組みすらをも新たなものに作りかえてしまうことになる。現在のS世代や94lineが手にしている最先端のテクノロジーは武器になる。その両者の関わり方が、旧来の想像力を遥に越えてゆく限りにおいては。若い世代は、どこまでもどこまでも先行する旧世代に追いつかれないように逃げてゆく。そして、どうしても逃げ切れなくなったとき、衰えと老化が始まる。古臭いルールにとらわれずに突っ走り続ける、突き抜けたオシャレやオモシロやカワイイを感覚する若さは、やはりあらゆるものに対して有効な武器なのである。
今はまだ土台作りの時代である。やがて、機が熟す時がくる。そこでこれまでに積み重ねられてきたものから跳び上がるのだ。強力な重力に反して、どれくらい跳べるのであろうか。それとも跳び上がることができずに、これまでの地表・地層の上にそのまま立ち続けることになるのか。ロードス島はどこだ。そこで跳べ。歴史の終焉の果ての抜けるような透明感とカワイイに貫かれたアイドル・ポップスを耳にすることを夢想しながら。

新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉(一)
新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉(二)



新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉(二)

新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉

(二)

10年代のK-POPとカワイイ

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きゃりーぱみゅぱみゅの“PONPONPON”は11年の夏にリリースされ、スマッシュ・ヒットを記録している。これに対応するような動きを時期的な同調性を意識しつつK-POPのシーンを眺めてゆくと、やはりどこか新感覚なポップでおもしろい言葉の使い方がなされた楽曲が、昨年あたりからちらほらと頻出していたことにあらためて思い当たったりする。

まず、その歌詞に登場するフレージングのユニークすぎるおもしろさで際立っていたのが、ガールズ・デイ(Girl's Day)の“Twinkle Twinkle”である。この五人組のガールズ・グループが一躍ブレイクするきっかけを掴んだ大ヒット曲は、11年3月18日に配信シングル“Girl's Day Party #3”の収録曲としてリリースされている。原題は“반짝반짝”であり、読みは「パンチャパンチャ」。これを、日本語にすると「キラキラ」という意味になる。楽曲は、そのタイトル通りにキラキラと溌剌に弾ける王道のアイドル・ポップスであり、少し年上の男性に恋する女の子のドキドキと高まる胸の内が絶妙な切迫感をもって歌われてゆく。
そんなドキドキと切迫する恋する気持ちが非常によく伝わってくる、素晴らしく斬新な表現を聴くことができるのが、サビの前に繰り返し登場するパートである。ここで歌われる歌詞は、「하지마 하지마 마마마마마마마마/가지마 가지마 마마마마마마마마」(ハジマ ハジマ ママママママママ/カジマ カジマ ママママママママ)という語尾の「마」(マ)だけを伸ばすように繰り返す、ユニーク極まりない形態をもった言葉である。日本語にすると、「やめて やめてよぉぉぉぉぉぉぉぉ/行かないで 行かないでぇぇぇぇぇぇぇぇ」といった感じになるのだろうか。好きな人に近づいて欲しくないのか、近くにいて欲しいのか、どちらなのか全くわからない。ここでは、恋する乙女の揺れる胸の内が非常にコミカルかつ浮き足立つような少女マンガ風の歌詞/言葉で見事に表されている。
そして、これに続くサビの部分でも「슬쩍슬쩍」(スッジョクスッジョク)や「반짝반짝」(パンチャパンチャ)といった、「こっそりこっそり」や「キラキラ」という意味の繰り返しの言葉が効果的に盛り込まれている。これ以外のパートでも、この楽曲の歌詞には「어쩜어쩜 어떡하면」(オッチョンオッチョン)、「몰라몰라」(モッラモッラ)、「웃지마 웃지마」(ウッジマウッジマ)といった繰り返しの言葉が多用される。それぞれの意味は、「どうしてどうして」、「知らない知らない」、「笑わないで笑わないで」といった感じになる。これらはいずれも、恋に沸き立ちワクワクソワソワしてしまう気持ちの落ち着かなさを、実に明快に表現しているものといえるだろう。
ガールズ・デイの“Twinkle Twinkle”は、ポップでダンサブルな楽曲にノリのよい言葉の繰り返しフレーズを連発して組み込み、より楽曲の楽しさを倍増させた成功例のひとつといえる。王道感のある盛大にシンセのフレーズが轟くダンス・ポップな曲調に、とてもチャーミングで個性的な動作の振り付けが非常にマッチしていた点も、この楽曲に多くの人気が集まったひとつの要因でもあった。やはり子供たちが一緒になって真似して踊りたくなるような楽曲は、かつてのピンクレディなどの例を持ち出す間でもなく幅広い層に受け入れられるヒット作となりやすい。この楽曲以降のガールズ・デイは、そうした子供たちの間での人気を繋ぎ止めるようなよりポップで分かりやすいスタイルのアイドル歌謡曲路線へと突き進んでゆくことになる。

こうした言葉の意味よりも語の連なりの語感のよさやリズミカルなノリの楽しさを優先させた楽曲で思い浮かんでくるものは、まだまだある。11年1月4日にリリースされた六人組ガールズ・グループ、ダル・シャーベット(Dal★Shabet)のデビュー曲“Supa Dupa Diva”は、そのうちのひとつだ。00年代後半のK-POPの新しい潮流を生み出した革命的ヒット・メイカー、E-Tribeがプロデュースを手がけたこの楽曲は、ノリのよいエレクトロニック・ビートにのって跳ねるように歌い踊る六人の華やかな女の子の魅力を大いにアピールするようなキュートなダンス・ポップ曲であった。
この楽曲のサビの部分では、「Supa-pa Dupa-pa Supa Dupa LaLa/Diva-va Diva-va Supa-Boom/Supa-pa Dupa-pa Supa Dupa LaLa/Diva-va Diva-va Supa-Boom Boom Boom Boom」といったフレーズが繰り返し歌われている。楽曲中で最も重要なパートであるはずなのだが、ここでは歌詞の言葉の意味といったものは、ほとんど度外視されている。何か意味のあるようなことは何一つとして歌われていないといってもよいだろう。ただ何となくノリのよい言葉を語感よく積み重ね並べ立てているだけの、非常に感覚的で直感的なサビのフレーズなのである。ここまでくるともう、元気よく溌剌とリズミカルにダンスするための景気づけの掛け声のようですらある。
ただし、楽曲のサビのパートを意味不明な言葉や意味のないフレーズで構成する様式は、実はダンス系のアイドル・ポップスを得意としているE-Tribeの常套手段でもある。そこでは、楽曲のうちで最も盛り上がるべきパートで何かしら意味のあるようなことを歌うよりも、楽曲全体をよりグルーヴィなものにするためのイヤ・キャッチーなフレーズをサウンドの流れと融合させることのほうが優先されるのだ。
これは、音楽プロデューサーならではの立場から、かなり意図的に楽曲やサウンドの魅力を最大限に引き出す効果を狙って考案された戦略であるようにも思われる。こうした楽曲には、一度耳にしただけで頭の中にこびりつき、一緒に口ずさんで歌いながら踊り出したくなるような魅力が、確実にある。特に、その楽曲の中心であり、頭の中で何度もリフレインして止まらなくなるサビの部分には、かなり意図的に強烈なインパクトのあるフレーズが仕込まれる。それはもう、ただ聴くだけでなく、一緒にそのインパクトを楽しむための楽曲ともなる。歌とダンスを共有し、その音・音楽に対する共感・共鳴を楽しくおもしろいレヴェルへと開くことで、言葉の面でもサウンドの面でも新感覚をもつアイドル・ポップスは、さらに大きな可能性をもつフェイズへと突入してゆく。そして、そうした音と音楽を媒介とした新しい時代のグローバル・ティーンズの同世代間での繋がりが、様々な層からなる遠大なネットワーク上に蔓延してゆくことになるのである。
ダル・シャーベットは、デビュー曲“Supa Dupa Diva”を発表した時点から、その一聴するとムチャクチャなサビのパートの様式をもつ楽曲で、新しい世紀の新しい世代のための新しいポップ・ミュージックを歌い踊るアイドル・ガールズ・グループであることを高らかに宣言していたといってもよいだろう。

11年にデビューした新人ガールズ・グループといえば、E-Tribeが手がけたダル・シャーベットのデビュー(1月)に続いて、4月19日に七人組のエイ・ピンク(A Pink)が可憐にデビュー作“Seven Springs of A Pink”を発表している。この両グループはともにデビューからヒット曲を連発し、11年の新人アイドルの中では双璧をなすほどの高い人気を獲得することになる。
そんなエイ・ピンクであるが、最近のヒット曲のタイトルを見てゆくと「マイマイ」(“My My”)、「ホッシュホッシュ」(“Hush Hush”)、「ブビブー」(“Bubibu”)といった具合に、とても可愛らしい響きをもつ語の反復をサビの決めフレーズとしている楽曲ばかりなのである。これは、実に気になる傾向である。
エイ・ピンクは、清純で可愛らしい超正統派のアイドル路線を一貫して突っ走っているグループである。それぞれの個性を強く打ち出す今どきの強気なガールズ・グループが林立するただ中にあっては、逆に際立つ個性となるような、清廉かつ可憐な透明感のあるカラーを七人全体で意識的に作り出しているのだ。つまり、少々古風なほどのカワイイの要素を追求し、その本質的な揺るぎなきアイドル性によって支持されているのがエイ・ピンクなのである。そんな彼女たちの歌う楽曲であるから、とにかく上品な可愛らしさであれば何でもエイ・ピンク流儀に取り込んでしまおうという部分は確かにある。その結果としての表れが、“My My”や“Bubibu”といった一連の可愛らしい楽曲であったことは間違いないところであろう。そこには、実に分かりやすい可愛らしさがあり、直感的に感覚を共有できるような可愛い語の響きがあり、一緒に口ずさみながらダンスし楽曲の可愛さと一体化したくなるような魅力がある。エイ・ピンクの楽曲は、そこに盛り込まれた猛烈なカワイイ要素によって、周囲にもカワイイを伝染させるような威力をもっているのである。
そうした可愛らしさを第一にした楽曲のサビのパートでは、特に何かの状態を詳しく説明するように歌うよりも、キュートな響きをもつフレーズを可愛らしい歌声で繰り返しているだけのほうが、さらに楽曲の破壊力が高まるということもある。エイ・ピンクは、そうした王道のカワイイ路線を意図的に楽曲のフックに仕込むことにより言葉を越えたレヴェルの交流にまでカワイイを高めつつ突き進んでいる。究極のカワイイは、もはや理屈では追いつかないものであろうし、言葉で全て説明できるものですらない。そんなエイ・ピンクの可愛らしさが最大限ににじみ出す瞬間が、可愛らしいアイドル・ポップスの可愛らしい歌詞のサビのフレーズの響きに凝縮されているのである。

エイ・ピンクが発表してきた楽曲の中でも、そうした言葉遣いの可愛らしさが際立っていたヒット曲といえば、デビュー作の“Seven Springs of A Pink”に収録され、その後の6月30日にリミックス・ヴァージョンでシングル・カットされた“It Girl”が挙げられるだろうか。
ここではガールズ・デイの“Twinkle Twinkle”と同様に、反復して重ねられる言葉/語を発声することによって恋する乙女の揺れ動く感情を表現する技法が用いられている。“Twinkle Twinkle”のヒット以降もはやアイドル歌謡における常套句となりつつある「キラキラ」を意味する「반짝반짝」(パンチャパンチャ)は言う間でもなく、「知らない知らない」の「몰라 몰라」(モラモラ)や「ドキドキ」の“두근두근”(トゥグントゥグン)、さらには「すべすべ/ふわふわ」の“뽀송뽀송”(ポソンポソン)、くすぐったい状態を表す“간질간질”(カンジルカンジル)など、繰り返し言葉がとても可愛らしく曲中に繰り返し登場するのである。
そして、このような可愛いフレーズの中でも強烈なまでに必殺の破壊力を備えていたのが、サビのコーラスで登場する「부끄부끄」(プクプク)(意味は「照れ照れ」)や「내꺼 내꺼 내꺼」(ネコネコネコ)(意味は「私のもの私のもの私のもの」)であった。人形のようにキュートなお嬢さま系のガールズ・グループが、ほんわかしたレゲエ調のポップ・エレクトロ・サウンドの楽曲で「プクプク」「ネコネコ」と歌いながら可愛らしくダンスしていたら、それはもうほぼ反則技といってもよいくらいである。ほとんど言語のレヴェルを完全に超越したカワイイを最高の強度で表現しきった楽曲として、エイ・ピンクの“It Girl”は、日本におけるきゃりーぱみゅぱみゅの“PONPONPON”と同種のレボリューションを巻き起こしたといってよいだろう。新しい世紀の新しい世代のための新しいカワイイは、「ぽんぽん」「うぇいうぇい」や「プクプク」「ネコネコ」といった歌のフレーズとともに光速で伝播しローカル・シーンの枠を越えて拡大・拡散してゆくのである。

94ライン

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ガールズ・デイ、ダル・シャーベット、エイ・ピンクという、ここで取り上げてきた若手ガールズ・グループには、実はある共通する部分がある。それは、それぞれのグループの中心的なメンバーや最も可愛がられるマンネ(末っ子/最年少メンバー)に、94年生まれのメンバーが所属しているというということ。つまり、これらのグループは、韓国の歌謡界で注目を集める94lineと呼ばれる世代のメンバーを擁する、新しい世代のアイドル・グループの一大勢力の一角を担う存在となっているのである。
ガールズ・デイには、94年6月9日生まれの末っ子のイ・ヘリ(Lee Hye Ri)がいる。ヘリは、妹系の可愛らしいルックスで人気を集めるだけでなく、すでに音楽番組の司会なども経験しており歌とダンスだけでない多彩な才能の片鱗を垣間見せてくれている。
ダル・シャーベットでは、94年2月12日生まれのチョ・スビン(Cho Subin)が、この新しい世代に属す逸材である。スビンもまたグループの中では末っ子であるが、その高い身長(公称174センチ)とスタイルのよさからヴィジュアル面ではメンバー中でもトップの存在感をもち、比較的に安定した歌唱力ゆえに楽曲のパフォーマンスにおいてはセンター・パートをつとめることも多い。また、スビンの非常にユニークなキャラクターは、サブ・パーソナリティをつとめるラジオ番組やヴァラエティ番組への出演時にひと際光彩を放ち、その幅広い人気の一因ともなっている。
エイ・ピンクには、ふたりの94lineがいる。94年2月10日生まれのソン・ナウン(Son Na Eun)と9月22日生まれのホン・ユギョン(Hong Yoo Kyung)が、これに該当する。このふたりは、ともに高身長で非常にスタイルがよく、ルックス面でもヴィジュアル面でもグループの中心的な位置を占めている。どちらかというと前に出しゃばってくるようなことはあまりなく、大人しめで淑やかなタイプのふたりだが、清純なお嬢さま系アイドル・グループというコンセプトのエイ・ピンクにおいては決して欠くことのできない個性だといえるだろう。七人のメンバーのうちでも最もエイ・ピンクらしいエイ・ピンクのメンバーが、このナウンとユギョンなのだ。ちなみに、最近髪を短く切ったユギョンがキュートに英語の語りを入れるのが、エイ・ピンクの楽曲のひとつの定番のスタイルにもなりつつある。

この94年生まれのアイドルたちを韓国の歌謡界とそれを取り巻くメディアでは94lineと名付け、ある種の特別視をしているともいえる。なぜライン(Line)なのかというと、この年代のアイドルは中学や高校に通いながら芸能活動を行ってきている世代であり、普段は同級生やクラスメイトとして一緒に学校での時間を過ごすことも多く、所属するグループの枠を越えた横の密接な繋がり(ライン)があることに起因しているようだ。また、この学校に通いながら芸能活動を行っている94lineの面々には、アイドルになる以前からジュニア・モデルや子役などとして活動を行っていたものが多い。こうした部分も94lineの特徴のひとつであろう。まだ10代であるが、そこそこ芸歴は長く、芸能界での活動にも慣れ親しんでいるのだ。そして、そのようなモデルや子役やアイドルたちが、比較的に芸能活動と学業の両立がしやすい芸能や芸術関係の専門クラスのある高校を選択して通うことで、そこにクラスや学年の中での芸能仲間としての横の繋がりが生まれることにもなるのである。
この94lineと呼ばれる新しい世代のアイドルたちは、00年代後半以降の多くのガールズ・グループがひしめき合いほとんど飽和状態にある韓国歌謡界/アイドル界が、さらなる新しいタレントを求めてデビュー時期を全体的に低年齢化させていったことによって生み出された世代だともいえるだろう。今や中学生のメンバーを含む新人グループがデビューすることも、決して珍しいことではない。ただし、エイ・ピンクの末っ子、オ・ハヨン(Oh Ha Young)などは(96年7月19日生まれ)、デビュー時にはまだ14歳の中学生であったのだが、メンバー中でも最も身長が高くルックスも非常に大人びた美人であったりするから困ったものである。自分より5歳近く年上の大学生のお姉さんメンバーと一緒にいても全く違和感を感じさせないのだから驚きである。最近のガールズ・アイドル・グループのマンネは、まさに恐るべき子供たちばかりなのだ。

最も早い時期に注目を集めた94lineのメンバーは、KARAの末っ子、カン・ジヨン(Kang Ji-Young)であったと思われる。08年にグループの新加入メンバーとしてデビューした時点では、ジヨンはまだ14歳の中学生という幼さ(94年1月18日生まれ)であった。そして、その幼さゆえに10年に発表された“Mister”での客席やカメラに背を向けて腰を左右に揺らす振り付けが、メンバーの年齢にそぐわないものとして問題視されることにもなった。だが、こうしてメディア報道などで大きな話題となったことで、“Mister”の「お尻ダンス」は社会現象にまでなる大流行へと繋がっていったのである。新メンバーの加入とともに五人組グループとなった新生KARAは、ようやくコンスタントにヒット曲に恵まれるようになり遂に韓国歌謡界での大ブレイクを果たすことになる。
こうした00年代型の王道のアイドル・ポップ/アイドル歌謡路線を開拓するKARAや少女時代による活躍に力強く牽引されて、09年あたりから新韓流のK-POPブームに本格的に火がつきはじめる。すると、そのアイドル歌謡のステージに新規参入してくるガールズ・グループが続々と絶え間なく毎月/毎週のようにデビューを飾るという華々しい流れが、いつの間にか出来上がることにもなった。そして、この集中的にガールズ・グループが林立してゆく時期に、若き94lineのメンバーたちがその輪を大きく広げてゆく動きにもさらに拍車がかかっていったのである。
09年5月には、四人組ガールズ・グループ、2NE1の末っ子として、94年1月18日生まれのコン・ミンジ(Gong Min ji)がデビューしている。その翌月の6月には、五人組ガールズ・グループ、4ミニッツ(4minute)の末っ子として、94年8月30日生まれのクォン・ソヒョン(Kwon So Hyun)がデビュー。そして、その後の9月には、前述のf(x)がデビューしており、ここにはソルリ(Sulli)ことチョ・ジンリ(Choi Jin-Ri)(94年3月29日生まれ)と末っ子のクリスタル(Krystal)ことチョン・スジョン(Jung Soo Jung)(94年10月24日生まれ)というふたりの94lineのメンバーが所属している。さらに、翌10年の6月には、四人組ガールズ・グループ、miss Aの末っ子として、94年10月10日生まれのペ・スジ(Bae Su Ji)が15歳でデビューしている。

ここまで94年生まれのアイドルたちが次々と登場し活躍し始めると、やはりメディアとしてもこれは放ってはおけなくなるというものであろう。彼女たちに94lineという名前が冠せられ(もしくは、KARAのジヨンやf(x)のソルリの周辺の仲良しグループが自らそう名乗ったのであっただろうか?)、その一群の存在は一躍大きな注目を集めるようになってゆく。その決定打となったのは、やはり15歳とは思えぬ大人びた端正なルックスのスジの鮮烈なデビューであった。いわゆる、新韓流の第一世代(少女時代やKARAなどの先行グループ)に続いて、10年代という新しい時代のアイドル文化を切り拓いてゆくのが、この94lineのメンバーたちからなる黄金の世代であるという位置づけが、この頃からいつの間にかなされるようになってきていたのである。

この後にもガールズ・グループのデビュー・ラッシュは止まるところを知らずに継続し、前述のガールズ・デイ、ダル・シャーベット、エイ・ピンクといったそれぞれのグループに所属する94年生まれのメンバーが、この94lineの一群に新たに名を連ねることになった。ただ、それ以降にも94年生まれのアイドルたちは、まだまだ続々と増殖をしているのが現状である。
まず、11年にデビューしたガールズ・グループのCHI-CHIには、94年8月5日生まれのスイ(Sui)ことキム・ソリ(Kim Sori)がいる。元々、六人組としてデビューしたCHI-CHIにおいて、スイは美形の愛らしい末っ子というポジションであった。だが、その後にグループから三名のメンバーが脱退するとともに新たに二人のメンバーが加入するという編成の大きな変化があり、五人組グループとして再出発することになるのだが、この際にオリジナル・メンバーの中から新たにスイがリーダーに推挙されている。こうした動きによって、スイは現在のCHI-CHIにおいて末っ子でありながらもグループのリーダーをつとめるという、これまでにあまりなかったような役割を担っているのだ。94lineでグループのリーダーをつとめているのは、今のところスイだけであろう。それくらいに、このマンネは、どこにいてもまず目につくような華やかなルックスの持ち主であり、グループの顔となる中心的なメンバーなのである。

さらに最近では、既存のグループの新規加入メンバーとして94年生まれの黄金世代が登用されるケースも目立ち始めている。
12年5月、アフタースクール(After School)の六期メンバーとして、94年8月20日生まれのイ・カウン(Lee Ka Eun)が新加入している。これまでのグループの末っ子であったリジ(Lizzy)やイヨン(E-Young)よりもふたつも年下となるカウンの加入で、不動の絶対的リーダーであったカヒ(Kahi)が脱退した後のグループの若返りに一気に拍車がかかり始めた。だがしかし、身長170センチのモデル並みのスタイルと大人びた美しさをもつカウンは、そのあどけない笑顔を見るまでは全く10代の女の子には見えなかったりもする。ただ、こうしたデビュー時点での完成度の高さや元々もっているタレント・ポテンシャルの高さといった部分こそが、94lineが黄金世代といわれる所以でもあるのだろう。彼女たちは、初めて公の場に立った時点ですでにアイドルとしての大切な資質のひとつである人目を惹くような魅力を十二分に備えているのである。
7月には、T-araに新曲“Day By Day”のリリースに合わせて八人目のメンバーとして、94年4月19日生まれのイ・アルム(Lee Ah-Reum)が新加入している。これにより09年4月のデビュー以来ずっとT-araの末っ子であったオリジナル・メンバーのジヨン(Ji Yeon)が、ようやく自分よりも年下のメンバーを迎えたことになる。ただ、このアルムもまた、末っ子とは思えぬ存在感をグループ内でいきなり発揮しているのである。デビューと同時に“Day By Day”での活動に参加したアルムであるが、いきなり先輩のお姉さんたちと比較しても全く見劣りしない堂々たるパフォーマンスを見せてくれているのだ。そして、その安定した歌唱力の高さには早くも注目が集まっており、今後はソヨン(So Yeon)とともにツイン・リード・ヴォーカル体制で活躍してゆくことが期待されている。
ちなみに、T-araにはすでに近いうちに九人目のメンバーが加入することが決定している。その新メンバーというのが、早くも加入前から密かな話題となっている現在14歳のダニ(Dani)である。この新たなT-araの末っ子は、まだ中学生でありながら身長167センチというモデルを思わせるスタイルとルックスを兼ね備えた桁違いの美少女なのである。相当にポテンシャルの高い新メンバーのアルムとダニを迎えて九人組グループとなるT-araの、今後のさらなるスケール・アップした展開が今からとても楽しみだ。(※)

日本のアイドル歌謡の世界で、この94lineと同世代のメンバーもまた、これからの10年代の動きを牽引してゆくことになるであろうスター予備軍ばかりである。まず、ももいろクローバーZのリーダー、百田夏菜子が94年7月12日生まれで、スマイレージのリーダー、和田彩花が同年の8月1日生まれである。このふたつの次世代のアイドル・グループのリーダーが、K-POP界の94lineと同世代であるという事実は、とても興味深い。さらに挙げてゆくと、Berryz工房には4月4日生まれの最年少メンバーにしてセンター・ガールの菅谷梨沙子がおり、片や℃-uteには、2月5日生まれの中島早貴、4月12日生まれの鈴木愛理、6月21日生まれの岡井千聖と、グループの中核をなすメンバーにこの94年生まれの世代が揃っている。また、スマイレージのリーダー、あやちょと非常に仲のよい、モーニング娘。の10期メンバー、飯窪春菜は11月7日生まれの同年代である。そして、実は日本の94lineのメンバーの中で、様々な面から見て最も将来性がありそうに思えるのが、9nineの川島海荷(94年3月3日生まれ)だ。もしかするとアイドル歌手としては必ずしも大きな成功はしないかもしれないが、この川島海荷が相当に抜きん出たタレントに恵まれていることだけは間違いない。10年代の後半に、彼女がこの世代を代表する顔になっている可能性は大いにある。

補足
現時点での次期のアイドルの黄金世代は94lineと目されているが、もしかするとその次の大波のほうが94lineを遥かに凌ぐのではないかと思えてくるような節も、すでに微かにだがあったりする。その94lineの次の黄金世代となりそうなのが、T-araの新メンバーのダニに代表される現在14歳の98年生まれの世代なのである。ブラウン・アイド・ガールズ(Brown Eyed Girls)の新曲“真夏の夜の夢”のMVに出演している美少女(これが実はダニなのではないかという噂もあったが、今のところ出演者の名前は明らかにされていない)もまた現在14歳であるという。そして、KARAの後輩グループとなる五人組のピュリティ(Puretty)の末っ子、ジェウン(Jae Eun)も現在14歳である。このジェウンもアイドル・グループの一員としてデビューする以前から複数のテレビCMに出演しており、子役タレント/モデルとして知られた存在であるという。
そして、日本におけるこの世代の代表格といえば、東京女子流の新井ひとみ、モーニング娘。の工藤遥、スマイレージの田村芽実、さくら学院/BABYMETALの中元すず香あたりとなるであろうか。もうすでに、相当に将来が有望なすさまじい顔ぶれが揃いつつある。やはり、この出足の早さは、90年代後半からアイドルの低年齢化が進行している日本ならではの現象といえるであろう。だが、こうした動きに韓国の歌謡界/K-POPシーンも急速に追いつきつつあるのが現状である。

追記(※)
2012年7月30日、ファヨン(Hwa-Young)ことリュ・ファヨン(Ryu Hwa-Young)の所属事務所Core Contents Mediaとのタレント契約が解除となり、T-araから脱退することが発表された。
10年に新加入したファヨンが、T-araというグループにしっくりと馴染むことができず、そこに様々な人間関係の軋轢が生じてしまったことが契約解除と突然の脱退の原因であるようだ。もしかすると、これは、しっかりと固定されたリーダーが存在しないT-araに起こるべくして起こってしまった問題であるのかも知れない。何か問題が起こりそうな時にそれを規律をもって回避し、何か問題が起きた時には指導的な立場で調停する。そうした絶対的なリーダーがグループに欠如していたことが、今回のファヨンの悲劇を生んでしまったとも考えられる。
新たにアルムとダニを迎えて八人組のグループとして再出発することになるT-araであるが、同じような失敗を二度と繰り返さないためにも古参のメンバーがしっかりと新メンバーの面倒をみてサポートし、強いリーダーシップを発揮してグループを引っ張ってゆくメンバーが現れることが望まれる。こういった面では、ハロー!プロジェクトのモーニング娘。が結成時から自然派生的に伝統としてきている絶対的なリーダーの役割や新人教育係の制度などは、多くのアイドル・グループに手本とされて然るべきものなのではなかろうか。
このT-araのグループ内/メンバー間に起きた問題は、現在のアイドル・グループの在り方そのものに対しても大きな波紋を投げ掛けるものである。これだけ多くのグループがひしめき合っている状態では、その内外で様々な問題が起きたとしても決しておかしくはない。今回の件から、それぞれのアイドル・グループや芸能事務所は、おそらく大きな教訓を得たに違いない。それが、どのような形で活かされてゆくのか、今後の動きにもつぶさに注目してゆきたいところである。

新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉(一)
新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉(三)



新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉(一)

新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉

(一)

Electric Shock

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“Electric Shock”は、SMエンターテインメントに所属する五人組ガールズ・グループ、f(x)が12年6月13日にリリースしたセカンド・ミニ・アルバムである。11年6月14日にリリースされたファースト・アルバム“Pinocchio”(4月20日リリース)の新装盤“Hot Summer”以来、ほぼ一年ぶりの新作となる。
多くのK-POPアイドルたちがシングル中心のリリースを重ね、ヒット曲量産態勢で駆けずり回っている状況(まるで馬車馬のように)の中で、意図しているものであるのか結果的にそうなってしまっているものなのかは判然としないが、09年にデビューした中堅どころのグループであるf(x)が一年に一作のペースで悠然とリリース活動を行っている様は、やはり妙に異彩を放ってはいる。新人から大御所までが入り乱れ、移り変わりの激しい韓国歌謡界での生き残りをかけた真剣勝負が日々繰り広げられているにもかかわらず、この五人組だけは、そうした熱いバトルのフィールドから少しばかり距離を置いているようにも見えるのである。f(x)とは、実にクールなガールズ・グループであり、その佇まいには、どこかこれまでにはなかったような新世代感が漂っていたりもする。
だがしかし、かなり寡作でありながらも、f(x)が発表する作品のポップスとしての質は極めて高い。そしてまた、昨年のファースト・アルバムあたりからポップスとしての洗練の度合いも、かなりのレヴェルにまで研ぎすまされつつある。いや、f(x)はデビュー時から音楽的に非常にレヴェルの高いポップな楽曲で評価され人気を獲得していた存在であり、そうした新しい世代の新しい感覚のポップ音楽としてのスタイルが、昨年のアルバム“"Pinocchio”~“Hot Summer”あたりからよりしっかりと確立されきたといったほうが、正確であろうか。本作に収録された全六曲も、硬軟織り交ぜた非常にヴァラエティ豊かで耳に楽しい音作りがなされた楽曲ばかりとなっている。

f(x)の楽曲の特徴的な点としては、言葉遊びのようにフレーズが転がる歌詞・歌唱のユニークさを挙げることができる。これは、かねてより彼女たちの楽曲に顕著に見られた、いわゆるf(x)節でもある。本作の冒頭を飾るタイトル曲の“Electric Shock”では、まさにビビビと身体の中を突き抜けて走る恋の電流に痺れるかのように、歌詞のフレーズの頭の部分が意図的に重ねられて歌われている。たとえば、電流を意味する「전류」(チョンリュ)という歌詞を歌う場合には、頭の「전」(チョン)の部分だけをダブらせてリズミカルに「전 전 전류」(チョンチョンチョンリュ)と歌うといった具合に。この語の繰り返しの形式が、Aメロのフレーズの全ての頭の部分で登場するのである。
また、「딩동딩동」(ディンドンディンドン)や「빙그르르르르」(ビングルルル)、「찌릿찌릿」(ジリジリ)といった、同じ語を反復させる畳語や擬音語/擬態語などもふんだんに盛り込まれており、エレクトロ・ビートのグルーヴにシンクロするエレクトリックに痺れる言葉の様式という、お見事な対応ぶりをそこに聴くことができる。そうした中でも、落ちる状態を意味する語である「떨어져」(トロジョ)というフレーズの後に、物が落ちた時のバタンという物音に相当する「쿵」(クン)という擬音までが歌い込まれるパートがある。これなどは、まるで音までもが見えてくるようなマンガ的な表現がなされていて非常におもしろい。
こうした歌詞の言葉の意味性よりも転がる/グルーヴする語感の心地よさを優先させた歌が、トライバル~エスノ系(“ジグザグ”)やディープなファンク調(“Let's Try”)のエレクトロなダンス・サウンドと渾然一体となって迫りくる感じには、どこかきゃりーぱみゅぱみゅの新世代感を満載したエレクトロ・ポップとの同時代性も香っているように思えたりもするのである。実際、きゃりーぱみゅぱみゅとf(x)のメンバーの大半は、90年代前半生まれのハイ・ティーンという同世代でもある。そこに同じ時代を同じ世代として生きる共通感覚のようなものが存在していたとしても決しておかしくはないのかも知れない。

また、f(x)というグループは、多国籍なメンバー構成となっており、K-POPの枠だけに収まりきらぬインターナショナルなフィーリングを醸し出す歌唱に特徴をもってもいる。それぞれのメンバーのもつ個性が豊かに発揮された、内部で互いに被ることなく外側へと大きく広がってゆくようなヴォーカルのバランス感にも非常に絶妙なものがある。
中国の山東省青島出身のヴィクトリア(Victoria)は、長身でスタイルがよくお姉さんキャラがぴったりとハマるグループのリーダー。米国カリフォルニア州ロスアンゼルス出身のアンバー(Amber)は、台湾系の米国人であり主にラップのパートを担当しマニッシュなかっこよさを全身から漂わせている。ソウル出身のルナ(Luna)は、完全無欠のディーヴァ・タイプ。朝鮮半島の南東部ヤンサン出身のソルリ(Sulli)は、幼い頃から子役としても活動していた天性のかわいらしさの持ち主であり、正統派アイドルのポジションにおさまる。米国カリフォルニア州サンフランシスコ出身のクリスタル(Krystal)は、グループ内の末っ子にもかかわらず大人っぽい洗練された美貌でクールなティーン・アイドルとして多くの同世代の女の子たちの憧れの的となっている。また、韓国系米国人の帰国子女であるクリスタルは、少女時代(Girls' Generation)のジェシカ(Jessica)の実妹でもある。こうした国籍もバックグラウンドもキャラクターも全く異なる五人が、ひとつのf(x)というグループとして歌うとき、そこには五つの歌声による美しい歌唱のレンジの広いグラデーションを聴くことができる。
00年代以降のK-POPの世界では、在外韓国人・朝鮮人の二世/三世/四世のメンバーなども少なくはなく、比較的に国際色が豊かであり、どのグループにも韓国以外の出身者や韓国以外で育った帰国子女が大抵は含まれていたりする。これには、20世紀の歴史状況の中で拡散・拡大することとなったコリアン・ディアスポラの問題も密接に関係している部分もあるが、逆にグローバル時代に先がけてK-POPが国際化の動きに対応してゆく下地となっていたのも、間違いなくこうした民族的かつインターナショナルな要素を積極的に取り入れていたからだともいえる。そして、こうした流れをさらに押し進めた形態として、外国人のメンバーを加入させる動きも出始めてくる。その中でも最も目立つ存在となっているのが、二人の中国人メンバーを擁する四人組のMissAと、中国人のメンバーや台湾系のメンバー、そして米国出身の帰国子女などが混在しているf(x)なのである。
21世紀初頭の世界の状況を鑑みれば、遂に分厚いヴェールが剥ぎ取られつつある中国・中華圏の音楽市場は誰の目にも広大なフロンティアと映ずるはずである。今やこの中華圏への進出と成功こそが、これからの音楽業界(業界全体が再編され、既存の音楽業界は消え去っているかも知れないが)を生き抜いてゆくのための必須条件ともなりつつある。昨今のK-POPグループにおける中国人メンバーの取り込みは、こうした時代の動きと少なからずリンクしたものであると考えて間違いはない。ここ数年間に大挙して日本進出してきているK-POPグループに日本人メンバーがほとんどいないことを考えれば、こちらの大陸方面へのアジア進出計画は、かなり長期的な視座で見立てた、より真剣な取り組みなのだと思わざるを得ない。

こうして見てゆくと、アジアのポップ・ミュージックの未来は、相当におもしろいことになってゆきそうである。どちらかというと、このままアジア全体をK-POPが席巻してしまうかも知れないという動きが、今は優勢であるように思える。だが、それよりも、f(x)やきゃりーぱみゅぱみゅなどの現在10代後半のアイドルたちが共通して醸し出している新しい世代の全く新しい様式のポップ感覚といったようなものに、今後は実におもしろそうな展開がありそうに思えてならないのだ。
全てがものすごいスピードでボーダーを越えて動く、高度に情報化されたグローバル時代に、最もアクティヴで多感な輝かしい10代の日々を生きる世代が、ボーダーを越えて通じ合い、ものすごいスピードでおもしろいもの・カワイイものに感染・伝播し繋がってゆく。そんな若い世代の生活そのものやライフスタイルそのものと密接に連関しているポップな感覚。そこには、同じ時代を生きる同じ世代の間だからこそ成立する、言葉を越えて/もはや言葉を必要とせず、瞬間的・感覚的に繋がってゆく新しい時代/世代の以心伝心のフィーリングが存在している。
ダグラス・クープランド(Douglas Coupland)は、かつて「ぼくは自分のことを全地球的だと思っている。全地球的な活動に参加しているんだ。ジェットに乗り込み、コンピューターに語りかけながら、小さな幾何学状の食べ物を頬張り、そして携帯電話で打ち合わせする。そんなことを考えるのがすきだ。ぼくみたいに何百万人もの人間が地下室やファッションプラザや学校や街角やカフェなどいたるところにいて、みんなおなじような事を考え、静かに連帯意識と愛を互いに送りあっている」と書き、この70年代後半以降に誕生した世代(若年期にインターネットと携帯電話を両方手にした第一世代)をグローバル・ティーンズと命名している。90年代半ば以降に誕生した現在10代後半のきゃりーぱみゅぱみゅたちの世代は、このグローバル・ティーンズをさらに光速化させ、皮膚感覚レヴェルでデジタル・データのバイトすらをも察知し共感しあうことが可能な、非常に高度化したコミュニケーション能力を備えているのかも知れない。こうなるともう新世代というより、もはやニュー・タイプと呼んだほうがよさそうな感じもするが。

こうした全く新しい世代のポップ感覚を伝えてくれるような、あらゆる先鋭的なビートと音要素を消化したエレクトロニックなダンス・サウンドや、多国籍で異種混合なメンバーによるボーダーレスな佇まいのポップ・アイコンとしての存在感を、f(x)のセカンド・ミニ・アルバム“Electric Shock”には聴くことができる。これからの時代の最先端を切り拓いてゆく全く新しい世代によるグローバル・ポップの最新型のひとつが、2012年のf(x)によってここに提示されているのである。

ぱみゅぱみゅレボリューション

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“ぱみゅぱみゅレボリューション”は、12年5月23日にリリースされたきゃりーぱみゅぱみゅのファースト・アルバムである。きゃりーぱみゅぱみゅは、93年生まれの現在19歳。11年7月20日にシングル“PONPONPON”でデビューした、日本のポップ・ミュージック界に久々に現れた希代の新星である。その全く新しいスタイルの到来を感じさせてくれるアーティスト/アイドルとしての佇まいには、何か時代全体を大きく揺り動かしそうな得体の知れないパワーが秘められているようにも感じられたりする。

きゃりーぱみゅぱみゅの新しさは、そのやや奇妙な芸名からも読み取ることができる。かつて平仮名だけで綴られた十文字にも及ぶ長い芸名を名乗ったアーティスト/アイドルがいただろうか。新聞のラジオ欄やテレビ欄に明快にそれが誰だか特定しやすいように記載されるために、 できるだけタレントが簡潔な名前(芸名)を名乗った時代は、もはや過去のものとなったということなのかも知れない。そういう意味では、きゃりーぱみゅぱみゅは、紛れもなくポスト・ラテ欄時代のアーティスト/アイドルなのである。おそらく、その歌手デビュー初期に多くの人がきゃりーぱみゅぱみゅの存在を知ったのはネットでの情報を通じてであったであろうし、その姿を初めて見たのもYouTubeを通じてであったと思われる。きゃりーぱみゅぱみゅにとって、テレビというメディアは完全に後を追いかけてくる存在であったのである。
また、かなり慣れてこないと、その長い芸名をすらすらと発音することすら困難であったりもする。この場合、長さが問題というよりも「ぱみゅぱみゅ」という日常の会話の中では滅多に使用されないであろう言葉/語の連なりがネックになってくる。この「ぱみゅぱみゅ」というフレーズは、非常に言いづらい。その発音しづらさに比較すると、その前の「きゃりー」は誰でも身構えることなく発声できる平易な単語/固有名詞であったりする。よって、このふたつを「きゃりーぱみゅぱみゅ」と全部通して言おうとする際には、「きゃりー」の部分と「ぱみゅぱみゅ」の部分で発音・発声のスピードの差が生じ、前半部と後半部ではガクッと速度が落ちてしまうことになるのだ。この長い芸名は、その発音・発声の困難さゆえに、なかなかスラッとストレートに言うことができないのである。こうした、わざわざ微妙に言いづらい芸名を名乗るところなどは、やはりちょっぴり確信犯的な匂いもする。いや、これは半ば無意識的な愉快犯といったほうが、きゃりーぱみゅぱみゅらしさによりピタリと当てはまるであろうか。
この「きゃりーぱみゅぱみゅ」という芸名は、こうした誰にでも共通して感覚できる微妙な言いづらさを内包しているところに、何ともいえぬおもしろさがある。これをNHKのアナウンサーのような口調で、簡単にスラッと言えてしまったら台無しである。何度繰り返して発音してみても「ぱみゅぱみゅ」のところで少し吃るようにつかえてしまう。そんな、どうしても思い通りに言えないところにおもしろさやおかしみがあり、何度も「きゃりーぱみゅぱみゅ」と言っているうちに、知らず知らずその芸名とその特異な存在が脳内にクッキリとインプットされてしまうことになるのである。
さらにいえば、こうした平仮名の表記のみによる芸名とは、昨今のコンピュータの変換機能に頼りきり自分の手では書くことのできない難しい漢字を使用してコミュニケートする人々に対する無言の当てつけのように思えたりもする。「きゃりーぱみゅぱみゅ」という十文字は、難読漢字よりも読むのが難しい平仮名のフレーズかあることを教えてくれる。こうした難しい漢字を捨てて、より単純明快で通じやすい平仮名でのコミュニケートへと回帰してゆく動きは、きゃりーぱみゅぱみゅたちの世代の意識として明確に存在しているのかも知れない。今、日本語そのものが大きく変わろうとしているのではなかろうか。

まるで幼児語のような「ぽんぽん」や「うぇいうぇい」という半ば意味性を放棄しているフレーズが執拗に反復されるデビュー曲“PONPONPON”は、欧州を中心とする各国のダンス・チャートでも上位にランクされるなど世界レヴェルで非常に高い評価を獲得している。弾むような丸みのある円やかな日本語のリフレインと、ピコポコした手の平サイズのオモチャのようにかわいらしいテクノポップ。おそらくこの楽曲は、とても日本的なカワイイを感じさせるエレクトロニック・サウンドによる楽しげでダンサブルなポップ・ソングとして、海外の人々の耳にはとらえられているのであろう。
だが、ただそれだけではないところに、この“PONPONPON”という楽曲のおもしろさや新しさはある。ここで聴くことのできる、思わず一緒に口ずさみやたくなるノリのよい言葉の反復や、耳に飛び込んでくるエレクトロ・サウンドの楽しさやおもしろさは、外国人だけでなく日本人にとっても非常に目新しいタイプのポップ感覚を感じ取れるものであったりもするのである。今までに誰も味わったことのないような「ぽんぽん」や「うぇいうぇい」という変てこりんなフレーズでノリノリになれる感覚こそが、この“PONPONPON”という楽曲の最大の醍醐味でもある。
こうした幼児語にも似た意味不明な言葉たちは、きゃりーぱみゅぱみゅによって考案された実際に日常語の一部として使用される「きゃりー語」という新たな言語として認識されてもいる。ただ、「ぽんぽん」や「うぇいうぇい」と言っていても、そこで何か意味のある内容が相手に伝わるわけでは決してない。特定の世代やトライブの内部で、ポップで楽しい気分を共有し分かち合うために、こうしたフレーズは存在していると考えてよいだろう。そういう意味では、こうしたフレーズの数々は、もはや日本語でもなく外国語でもなかったりする。一種の現代版の方言ともいえるであろうか。通じる場所では通じ、通じる人々の間では通じる言葉なのだ。それゆえに、この“PONPONPON”は、インターナショナルにしてグローバルなヒット曲となったのだとも考えられる。楽しくおもしろい「きゃりー語」を解する、全く新しい感覚をもつトライブが、ネットの情報網を通じて増殖し全世界的に感覚を共有しながら相互に繋がっているのである。それが、今の若い世代におけるポップ感覚の世界的な動きであり、そのムーヴメントを動かし続けているものなのである。

こうしたことを踏まえて、きゃりーぱみゅぱみゅの“ぱみゅぱみゅレボリューション”の革命性について、少しばかり詳しく見てゆきたい。一体、これの何がレボリューションなのであろうか。革命とは、「物事が急激に発展・変革すること」だという。どこかの一点から、何かがガラリと変わることが瞬間的なレボリューションなのだとしたら、大きな動きとしての革命とは、新しい何かが動きだし、それがそのまま動き続けることをいうのであろう。ここでの、その基点となる一点とは、紛れもなくきゃりーぱみゅぱみゅのファースト・アルバムのリリース日である。そして、それは、ある世代とともに発展・変革してゆく時代を、その動きの前と後に区切り出来事として位置づける。きゃりーぱみゅぱみゅの“ぱみゅぱみゅレボリューション”は、12年5月23日にそれぞれの時代の間に明確に一線を引いたのである。

まずは、そこで歌われている言葉の意味が、通じるか通じないかが、その線引きの位置のひとつの目安となるであろう。「きゃりー語」がポップで楽しい言語だと感じ取れるかどうか。そこが、ひとつめの大きなハードルとなる。アルバムの曲でいうと10曲目の“ぎりぎりセーフ”で歌われているような状況や内容を理解できるかというところが、それなりに目安となるのではなかろうか。
この“ぎりぎりセーフ”では、きゃりーぱみゅぱみゅや彼女と同世代の女の子たちにとってのひとつのホームグラウンドであり聖地でもある原宿へ電車に乗って急いで向かう、という場面が描写されている。その主人公は、原宿駅で山手線を降りて、目的の場所へ向かって「混み始めた竹下通りを/駆けて駆けて/ 駆け抜けきった」と思ったら、「足を止めた/お店で結構/夢中/夢中/夢中になっちゃ」ったりもする。
その歌詞の字面だけを見ていては、その歌の意味するところは誰の目にも耳にも不明であるかも知れない。タイトルは“ぎりぎりセーフ”でありながら、楽曲のサビの部分では「間に合った?/間に合った?/ギリギリセーフ?/ギリギリアウト?」と繰り返されるだけで、実際に間に合ったのか間に合わなかったのか、セーフだったのかアウトだったのかは、全く歌われることはない。そもそも、そこで何がどうなるとセーフで何をどうするとアウトになるのかという根本的な部分も、最初から何も説明されていはいないのだ。「信号/渡った先」で待っている「みんな」や、休日に会える「キミ」との明確な待ち合わせ時間などは、何ひとつとして示されていないのだから、聴き手がそこで何かを判断することさえできはしない。
ここでは、極めて感覚的に、そこで起きていること、その状況が、理解できるか否かが問題となってくる。ギリギリセーフで間に合っているようでも「みんな」や「キミ」がアウトだと感じれば、それはアウトになるし、その逆にギリギリアウトのようでもその場のノリで何となく間に合っていることになったりもする。時間通りに動いている電車とは違って、ギリギリのセーフかアウトかは、ただ時計の針の動きやその位置だけでは計ることができないのだ。不思議な「エネルギー」に満ちた「宝箱みたい」な「この街」では。まるで、原宿駅で電車を降りた途端に、時間の流れ方までもが一転し、一定方向に等質的に流れゆくものではなくなってしまうかのように。
要するに、すでにその竹下通りを駆けて駆け抜ける時間感覚的な変わり目に、ひとつの線が引かれているのである。また、こうした原宿に集う世代の感覚に共感し、それを共有することができるかの分かれ目にも、レボリューションの線は引かれる。この“ぎりぎりセーフ”が、空虚で全く意味不明な歌にしか聴こえないとしたら、それはすでに動き出しているレボリューションに完全に乗り遅れてしまっている動かぬ証拠であるかも知れない。

全く新しい世代は、全く新しい世代のみに通ずる感覚に貫かれた言葉で喋り、そして歌う。古い耳には意味不明にしか聴こえない歌は、それそのものが急激な発展としてのレボリューションの動きとして浮かび上がってきたものなのである。そうした特定の世代の交流・交感の場では、何かが確実に起きている。当事者にとっては、全ては極めて日常的なことであるかも知れないが。会話や歌やテキスト/メッセージやLikeボタンで繋がり、感覚を共有し、そうしたコミュニケーションの中で、より強固に新世代としての世代性が形成されてゆく。原宿というひとつの象徴的な場所を越えて、ネットワークを通じた全世界的な広がりの中で、繋がっている場所であれば、どこもかしこも原宿に連結する。
こうした交流や交感の根幹にある、テキストやワードそしてそれに類するものは、時代が生んだ暗号としてもとらえることができそうである。線引きされ切り離されてしまった旧い時代の人々にとっては、それはどこまでも解読することのできない理解不能なものであろう。これに対して、新世代に属する者にとっては、それはどこまでも感覚的・直感的に共有・共鳴できるものであり、ただの共通して認識することが可能な記号のようなものでしかない。そして、これよりも後の時代の人間にとっては、それは特に意識する間でもなくすでにそこに存在していたものとなり、どこまでも当たり前にそこにある日常的な言葉/語/フレーズとなってゆくのである。(中には、無惨にも朽ち果ててしまうものもある。)

YouTubeは、きゃりーぱみゅぱみゅをグローバルなポップ・アイドルにした。しかし、きゃりーぱみゅぱみゅという新たな個性は、そこから生み出されたわけではない。ここでは、きゃりーぱみゅぱみゅを輩出した原宿や青文字といったものが、どのようにレボリューションであったのかという点もみてゆかなくてはならないであろう。
まず、青文字系と呼ばれるものが誕生する以前に、そもそも赤文字というひとつの括りがあった。この系統は、「JJ」「ViVi」「Ray」「CanCam」といった表紙に赤い文字で誌名が大きく記載されているファッション雑誌に由来している。こうした赤文字雑誌が季節ごとに打ち出すモードにリードされる若い女性のファッション傾向のことを総称して、赤文字系といった。この赤文字系のファッション文化は、80年代より若い女性のライフスタイルのひとつの主流をなしてきたといってよい。だが、主流があれば自ずとそこに対抗する勢力も生まれ出てくることになる。
90年代半ばあたりから「Zipper」や「CUTiE」などのストリート(街角)の傾向を大きく取り入れた若者向けのファッション誌を中心に、赤文字系のコンサバ路線とは全く路線の異なる、カジュアルでより自由度が高く独創的なファッションが、ひとつの様式としてまとめられ新しい動きとしての盛り上がりをみせはじめる。そこで注目を集めたのが、裏原の小規模なブティックなどから興りつつあった新しいスタイルの原宿のファッション文化であった。それは、赤文字系に代表される主流文化へのカウンターであり、原宿という古くからのファッションの街が育んだ新時代のオルタナティヴでもあった。また、そこには、青文字系のファッション誌のモデルたちの表情に顕著に見られる「あひる口」や「困り顔」などの完全に脱力しきった自然体なオシャレの感覚が、全く新しいスタイルで息づいてもいた。90年代後半から00年代にかけて原宿という街は、コンサバな世界に溶け込むために無理に笑顔を作ったり異性にウケる服装をしなくてもよい、青文字のファッション文化やライフスタイルの象徴的な中心地となってゆく。

きゃりーぱみゅぱみゅは、元々こうした「Zipper」や「KERA」といった青文字系のファッション誌でモデル(読者モデル)として活躍していた女の子のひとりであり、その独特のファッション・センスで同世代の女性読者から熱烈な支持を受けてもいた。そんな、原宿が生んだ新たなカリスマ的なファッション・リーダーがソロ歌手として発表したのが、デビュー作の“もしもし原宿”であり、そこからシングル・カットされたのが“PONPONPON”であったのだ。
この楽曲のMVを見れば明らかであるが、飛び出す眼球や回転する脳や臓器、骸骨、舌など、体液的なねちょねちょしたグロい要素をもカワイイに組み込むのが、きゃりー世代もしくはぱみゅぱみゅ流派の特徴だといえるであろうか。これは、青文字系の特徴のひとつである脱力の極致なのであろう。あらゆる力が抜けた結果として、オシャレの感覚は最も人間臭いレヴェルにまで突き抜けてしまう。
とりあえずは、小綺麗に整った可愛らしさや美しさを追求し、それをものの見事に形にし続けてきた赤文字系のファッション文化へのカウンター・アクションを極限までアグレッシヴに押し進めた果てに到達した地点に、より自由度が高く無限の可能性を感じさせるカワイイやオシャレの領域が開拓されたことは間違いない。原宿的なセンスによってエロやグロな領域までをオシャレやカワイイに変換してしまおうというきゃりーぱみゅぱみゅの表現世界が、その根底に確信犯的なもの/確信的なもの/革新的なものをもつことになったとしても全くおかしくはないだろう。

赤から青へ、90年代半ばから時代はゆっくりと細かな変遷を繰り返しながら動いてきた。そして、その動きの最後の仕上げとしてレボリューション的な激動が起こり、一気に裏表をひっくり返してしまうこととなった。物事が急激に発展してゆく契機となる革命とは、こうした価値転倒の現象にほかならない。原宿発の青文字系のオシャレ感覚やポップ感覚は、若者のファッション文化の表層に、確実に新たな生息域/領域を獲得し、光速の繋がりで不定形な広がりを繰り広げつつ、その領土を維持し続けている。そうした青文字系のセンスが表層を被い尽くしている限りは、一連のレボリューションは長く尾を引いて続行していると考えてよいだろう。

アジアのカワイイ

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今年、台湾でデビューした新人歌手のキンバリー・チェン(Kimberley Chen)もまた、間違いなく全く新しい世代に属するアーティスト/アイドルである。彼女は、94年5月23日生まれの現在18歳。デビューした時点ではまだ17歳という若さであった。93年生まれのきゃりーぱみゅぱみゅよりはひとつ年下であり、韓国の芸能界でいう94lineに連なるアイドル黄金世代の一員である。
オーストラリアのメルボルン生まれのキンバリーは、幼い頃より天才少女としてエンターテインメントの世界で活動してきた驚きの経歴をもっている。すでに芸能の道においてはかなりヴェテランな新人歌手なのである。デビュー作の“Kimberley”では、表現力・歌唱力ともに申し分ない堂々たる歌声を披露し、作詞などの制作作業にも積極的に携わるなど、まさに10代の新人歌手とは思えぬ堂々たる完成度を誇る作品を作り出していた。
そんな本格派のシンガーであるキンバリーは、その大人びたタレント性とはやや相反する10代の可愛らしい女の子そのものなルックスやファッションで、台湾や上海・香港といった中華圏の大都市を中心にアイドル的な人気を博してもいる。すでにそのファッションだけでなく、言動やライフスタイルまでもが同年代の女の子たちの日常生活に影響を与える、まさにきゃりーぱみゅぱみゅ的なアイドル人気を獲得しているのだ。
また、どこかグロ要素までをカワイイに変換してしまう、かなり脱力した青文字系のファッション感覚に共通するものを、一種独特な雰囲気をもつキンバリーのカワイイやオシャレの方向性からも嗅ぎ取ることができる。
キンバリーは、かなりこまめにFacebookに自分の写真をアップしている。その大半は、本当に何気ない日常の一コマを切り取ったスナップショットである。そこでは、実に無防備なまま素の部分を表に出したキンバリーの表情を垣間見ることができる。彼女はそこで、全くもってアイドルらしからぬ表情の写真までをも躊躇することなく公開してしまうのである。こうしたあたりからもキンバリーが、どこまでも肩の力の抜けた飾らぬ自然体な人物であることが分かる。そこでは、可愛らしいキュートな服装でも、何の変哲もないダラッとした部屋着でも、全てが自然体のオシャレとして表れ出されることとなる。
まだ10代でありながらも長い芸能生活を生き抜いてきたために相当に肝が据わっているという部分もあるのかも知れないが、イケてる表情もイケてない表情も、全てがキンバリーの表情であることに変わりはないのだ。ならば、全てをありのままに見せてしまったとしても、そこに特に何も問題はないはずである。完成された(=作り上げられた)可愛いを突き抜けて人間臭いグロ要素にまで到達したきゃりーぱみゅぱみゅのように、キンバリーもあらゆる無駄な装飾を自ら率先して剥ぎ取って見せている。こうした飾らない自分をありのままに見せ、それをカワイイの表現にまで昇華させてしまうところに、この両者の非常に似通っている部分はある。そこには、全く新しい感覚のカワイイのモードが存在している。そして、そこから、そのオシャレ感覚が共有されることで、全く新しい共感のスタイルで繋がり、ネットワークを通じて互いの存在を同世代として認識する、ひとつの世代が形成されてゆくことになる。

台湾では、キンバリーはS世代を代表するアーティスト/アイドルという位置づけがなされている。S世代とは、90年代以降に誕生した現在の主に10代前半から20代前半にかけての世代のことをいうようだ。現在18歳(94line)のキンバリーは、ちょうどその中心的な世代といってよいだろう。スマートフォンとSNSという頭文字がSのツールを自在に使いこなして新しいタイプのコミュニケーションの形を生み出しているS世代とは、新世紀の初頭に一番最初に登場した全世界的な10代、つまり21世紀型のグローバル・ティーンズなのである。彼らは、きゃりー語のような独特の様式をもった新言語によるコミュニケーションに精通し、さらには特に意味をもたないがゆえに意味をもつ言葉のやり取りにおいても、そこにある空気感を通じて大いに交感をしてみせ、いいねボタンやリツイート、お気に入りに登録といった、もはや言葉を介さぬ/言葉を越えた繋がりを通じても強い仲間意識を育んでゆける。これは、海外でも高い人気を誇るきゃりーぱみゅぱみゅのグローバルなファンダムのネットワーク形成のベースにあるものとも、まさに合致している。全世界的な10代/グローバル・ティーンズにとって、ボーダー/境界とは、もはや過去の遺物となりつつある。

ダンスする音

個と個の繋がりは、言葉の通じないところ/共通の言語を前提としないところにも生じる。
そこでは、音(サウンド)そのものが、共通の言葉/言語の役割を肩代わりすることもある。また、細かく切り刻まれた言葉が分子的データによる記号や信号といったものにまで変換されることで、言葉/言語を越えた疏通が可能となる場合もある。
言葉として伝わるのではなく、音(サウンド)として伝わる感情や気持ちがある。言葉の意味は理解し得なくとも、その理解の領域を越えて、言葉のもっている音(サウンド)の強度やテクスチャーで雰囲気が伝わる。同じ言語体系に属する近接した地域(欧州、アジア、アフリカ等)では、こうした傾向が強くなることが大いにあり得るであろう。記号や信号の強度は理解のレヴェルを超越する。
何かの状態を明確に表現する擬音を用いた伝達は、言葉を前提としない前言語的なコミュニケーションの定形でもある。そうした擬音よりもさらに意味がなく、非常に曖昧であるがイメージの広がる言葉の連なりというものがある。リズミカルな短い語の連続が繰り返し反復されることで、そこに発語・発声・聴取の楽しさ・心地よさが生ずる。そこでは、発話する者と聞き取る者の間に同期・同調する波長が生まれ、共通する感情の動きを見出せるようにもなる。言葉遊び的な語の連なりは、最も原始的な形態でありながらも、現代的な電子ネットワークにおいても極めて有効な、同族(トライブ)的な繋がりを形成しやすいコミュニケーションの形となる。
新しい時代の到来は、そこに属するトライブ内部のみで流通する新しい言葉・造語をも生み出してゆく。時代の暗号として機能する新造語は、常に新しいものとしてそこにある。それは、特定の(若い)世代だけに通ずる隠語であり、今までになかったようなフレッシュな語感覚を、そこに宿してもいる。記号や信号となった語を感覚的に共有することが、新しい時代を作り出す共通世代感覚の基礎構造を固めてゆく。記号や信号の新しさではなく、そこにある感覚の新しさこそが、そこでは問題となる。
ポップでフレッシュな感覚から生み出された新しい記号や暗号としての言葉/言語/語と、若者向けのエレクトロニックなビートのきいた音楽は、常にとても近い場所で流用されており、それらはアイドル・ポップスやアイドル歌謡という場において宿命的に接近し交じりあうこととなる。そんな10年代初頭の新しい感覚の音楽的な交錯点として現れた/表されたのが、きゃりーぱみゅぱみゅの“ぱみゅぱみゅレボリューション”やf(x)の“Electric Shock”である。こうした音楽作品は、新しい世紀の新しい世代のための新しいポップ・ミュージックとして受容される。

新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉(二)
新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉(三)