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zoom RSS 誰が孤独を歌うのか(一)

<<   作成日時 : 2013/10/01 02:00   >>

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誰が孤独を歌うのか



2012年7月15日、韓国のラッパー兼シンガー、PSYが通算六作目のアルバム“PSY 6, Part 1”をリリースした。このアルバムのリード曲としてプロモーション用トラックとなっていたのが、アルバムの三曲目に収録されている“Gangnam Style”という楽曲であった。
“Gangnam Style”は、ミニマルでトランシーなダンス・ビートとシンプルで覚えやすいサビのパートの歌詞の繰り返しからなる非常にノリのよい楽曲である。そして、手綱をもつように両手を体の前で交差させリズムに合わせて体全体を上下に跳ね上げながら少しガニ股気味に肩幅ほどに広さに開いた両脚で交互にステップを踏む、通称「馬ダンス」に代表されるコミカルなダンスと、お世辞にもスマートとはいえないスタイルのPSYが間違った方向にソウルのアップタウン=江南地区のオシャレを解釈して繰り広げるコミカルなシーンを満載したMVの内容の楽しさの相乗効果で、インターネットの動画サイト、YouTubeを中心に、その人気が一気に爆発することになる。こうしてコンテンツのおもしろさそのもので話題が話題を呼び、高速で大容量のデータ情報が行き交うインターネットの網の目のように張り巡らされた繋がりの上に成り立つソーシャル・ネットワーク時代の21世紀初頭を象徴する全世界的なヒット曲となった“Gangnam Style”は、リリースから約半年の時点ですでにYouTubeで12億回を越える再生がなされた。現時点では、この楽曲が、人類とインターネットの歴史上で、最も多く再生され視聴されたMVということになっている。
インターネットを通じて大きな話題となり猛烈な勢いで燃え上がった“Gangnam Style”の人気は、世界各国のヒット・チャートやダンス・チャート、ラジオのエア・プレイ・チャートを席巻するという形で、次第に目に見えて現れてくるようになる。楽曲単位では、音楽配信サイトからのダウンロードのみのリリースであったが、オーストラリアやニュー・ジーランド、オランダ、イギリス、ロシア、ベルギー、ドイツなどの多くの国々で、軒並み12年を代表する大ヒット曲のひとつとなった。そして、全世界の最新ヒットと流行音楽の指標となる、アメリカのビルボード(Billboard)社が発表する歴史と由緒あるヒット・チャート、Hot 100では、10月から11月にかけて七週間に渡って第二位の座に居坐るロング・ヒットを記録している。その後、遂に一度も首位に立つことなく緩やかにチャートを下降してゆくことになったが、お世辞にもルックスは見栄えのよい方だとはいえない韓国人のラッパーが放った一曲が、世界で最も注目されるビルボードのヒット・チャートで第一位に肉薄するような特大ヒットとなったということは、まさに偉業というしかない。おそらく、誰も予想だにしていなかったような事態が、実際に地球規模で起きてしまったのである。
PSYの“Gangnam Style”は、韓国語で歌われるオリジナルのヴァージョンのままで、全米ならびに全世界で聴かれる大ヒット曲となった。地図上では世界の端っこである極東の東アジアから言葉と文化の壁を超越して、ワールド・ワイドなセンセーションを巻き起こしたのである。このことは、特筆に値する。
全米で吹き荒れる驚異的な「馬ダンス」人気の嵐の中で、ビルボードのヒット・チャートにおいて二位の座に食らいつき続ける“Gangnam Style”が、いつ史上初の全米チャートで首位に立つKポップのヒット曲になるのかが話題になっている頃、約50年前に世界的な大ヒット曲となった、ある日本の歌謡曲にも再び脚光があたることとなった。その“Gangnam Style”の大ヒットによって、遠い半世紀も前の過去のヒット・チャートから掘り返されて再び注目を浴びることとなった楽曲が、坂本九の“上を向いて歩こう”である。

坂本九の“上を向いて歩こう”は、1961年10月15日に東芝レコードよりリリースされている。シングル盤のレコードが発売される以前から、NHKで放映されていた坂本九が出演する人気ヴァラエティ番組「夢であいましょう」において、毎回紹介されていたこともあり、楽曲の評判はすでに人々の間で大変に高いものとなっていた。そして、その前評判通りにレコードがリリースされるとともに、即座に空前の大ヒット曲となったのである。
第一回の日本レコード大賞(59年)を受賞した水原弘の“黒い花びら”などの作品を世に送り出してきた、作詞家の永六輔と作曲家の中村八大のヒット・メイカー・コンビが手がけた“上を向いて歩こう”は、その優しく流れるようなメロディや円やかな歌詞の語感などの美しさと親しみやすさから爆発的な反響を呼び、大人から子供まで幅広い年代の人々に受け入れられた。当時まだ19歳であった少年時代の面影を残す人気者の坂本九が歌う“上を向いて歩こう”は、どこか昔ながらの日本の雰囲気を漂わせる童謡や童歌のような懐かしさや郷愁の念をかき立てる部分を持ち合わせながらも、その反面それまでの日本の歌謡曲にはなかったような新しいタイプのヒット・ソングという印象を与える側面をももつ、実に多彩な魅力に溢れた楽曲であった。
その楽曲のサウンドは、非常にシンプルな編成のバックのバンドの演奏によるムーディなスタンダード調ポップス的な形式となっており、細かなミスト状の夜霧が立ちこめる情景を思い起こさせるひんやりとしていながらもスウィートなエコーが全体的にきいた録音が特徴的である。そして、若き坂本九の歌も、40年代や50年代に一世を風靡したビング・クロスビーやフランク・シナトラを意識したような、まったりとしたクルーナー調の歌唱で、日本の大衆歌謡的な湿っぽさを排したサクッと軽く淡々と歌い上げてゆくスタイルで貫かれている。61年当時は、この坂本九の歌唱は、極めてモダンでお洒落で若々しく、60年代という新しい時代の日本の歌・歌謡曲の到来を告げるようなものであったはずである。
“上を向いて歩こう”という楽曲は、バックのシンプルな楽音を注意深く聴いてみればすぐにわかることであるが、ジャズのスウィング感とは少し異なるシンコペートするリズム&ブルース的なサウンドの要素を強く感じ取ることができる曲調となっている。ゆったりと落ち着いていながらも、どこか跳ねるように微かに動き、縦方向の揺らぎをもつメロディ・ラインは、日本の伝統的な謡や歌謡のスタイルにはないモダンな響きと抑揚をもっているようにも聴こえる。そして、サビのパートでヴォーカルのメロディに微かに被さりながら並走するストリングスは、まるでドゥーワップ調のコーラスを思わせるアレンジメントがなされていることにも気づかされる。こうした細部や骨格の部分においても、実に洒落た、どこか日本人離れした感覚をもつサウンドが、しっかりと構築されているのが見えてくる。
日本において大ヒット曲となっていた62年、この“上を向いて歩こう”は、58年に創設されたばかりのイギリスのポップス専門のレコード・レーベル、Pye Recordsを通じて、早くも海外の音楽シーンに紹介されることになる。まずは、ケニー・ボール&ヒズ・ジャズメン(Kenny Ball and his Jazzmen)によってインストゥルメンタル・ジャズに編曲/リメイクされたカヴァー・ヴァージョンがリリースされ、たちまち大きな話題を集めて全英チャートを駆け上がるスマッシュ・ヒットとなる。Pye Recordsは、坂本九の歌う日本語の歌はイギリスでは意味が通じず、全く理解されないと考え、代わりにケニー・ボールの演奏するトランペットに旋律を歌わせるインストゥルメンタル曲とし、その楽曲のタイトルも“上を向いて歩こう”では日本語に馴染みのないイギリス人には覚えてもらえない恐れがあるために、全く楽曲の内容とは関係ない日本食の名前である「すき焼き」をそのままタイトルに冠した“Sukiyaki”と改めてリリースしている。このPye Recordsの独断によってなされた措置で、ひとつだけよかった点を挙げるとすれば、海外のマーケットにおいては先ずはインストゥルメンタル曲としてヒットを記録したことで、中村八大が書いた楽曲が世界で通用する良質なポップスとしての普遍性をもったメロディの名曲であることが、第一に証明されたことぐらいであろうか。
イギリスにおいてインストゥルメンタル版の“Sukiyaki”が、チャートの上位に食い込むヒット作となると、その楽曲にオリジナルのヴァージョンが存在し、それが遠く離れた日本の地で誕生したヒット曲であることも次第に広く知られるようになってゆく。すると、今度はイギリスの老舗レコード・レーベルであるHMVが、坂本九が歌う“上を向いて歩こう”のオリジナル・ヴァージョンを、すでにイギリス国内で親しまれ浸透していた“Sukiyaki”というタイトルでリリースし、この純日本産の名曲が、ヨーロッパの地に正式に紹介される運びとなったのである。そして、坂本九の独特のソフトネスをもつ歌声は、ラジオの電波に乗り欧米で一大センセーションを巻き起こすことになる。
63年5月には、遂にアメリカの西海岸に拠点を置くCapitol Recordsより坂本九が歌う“Sukiyaki”のシングルがリリースされた。この時点ではすでにイギリスのヒット・チャートでスマッシュ・ヒットを記録しており、最新の流行に敏感なラジオ局のDJたちによってインポート盤でヘヴィ・プレイされていた“Sukiyaki”は、国内盤シングルのリリースとともに爆発的な反響をもって迎えられる。そして、あれよあれよという間にヒット・チャートを駆け上がり、6月15日から三週間に渡ってビルボードのHot 100の首位に立ち続けたのである。日本語で歌われた楽曲がビルボードのチャートで第一位を獲得したのは、これが史上初めてのことであり、アジアのポップスが全米/全世界で最も支持される楽曲となることもまた前代未聞の事態であった。この約50年後に韓国語で歌われたPSYの“Gangnam Style”がHot 100の首位に肉薄するほどの大ヒット曲となったが、アジア圏で誕生した楽曲で全米のチャートを制覇したのは、後にも先にも坂本九の“Sukiyaki”のみなのである。この事実からも、いかに“上を向いて歩こう”という楽曲が、世界を舞台にとんでもないことを成し遂げてしまった稀代の名曲であるかがわかる。
すでにポップ音楽としてリズム&ブルースやドゥーワップを聴く習慣が身についてきていた欧米のラジオのリスナーにとっては、坂本九の“Sukiyaki”という楽曲のサウンドは、すんなりと受け入れることのできる耳馴染みのよいものであったのであろう。そして、そこでは中村八大による繊細で美しいメロディが、若く瑞々しい歌声の坂本九によって歌われている。その極めてシンプルであるが素晴らしく完成度の高い楽曲は、当時の英語圏のヒット曲と比較しても決して見劣りするものではなかったはずである。いや、それらを遥かに凌駕する出来映えのものであったからこそ、ビルボードのHot 100で首位を獲得するまでの歴史的大ヒット曲となったといってもよいのであろう。
そんな欧米のヒット曲との近似性が感じられるサウンドに、全く耳慣れないものであったであろう日本語の歌がのり、そのところどころに坂本九の歌唱に染みついた日本の歌ならではの歌い回しが顔を出す。そうした部分に欧米のリスナーは「なんじゃこりゃ」的な驚きとおもしろさを感じ、西欧文化の外側の世界のエキゾティシズムに初めて触れて、その魅力を大いに楽しんだのであろう。“Sukiyaki”の世界的な大ヒットの裏側では、そうした西洋と東洋の近さと遠さとが生み出す文化的な妙味がスパイスとして作用していたことは間違いない。これは、第二次世界大戦を経ながらも順調に発展を遂げてきた20世紀後半の欧米の市民の娯楽の文化が、自国内だけでなく外側の世界に対しても興味や関心をもち、旺盛な好奇心と飽くなき消費への欲求から、それらを果敢に試して受け入れる、文化的・精神的な余裕をもち始めたということでもある。世界には、まだまだこんなにもおもしろく興味深いものがあるという好例として、真っ先に海の向こうから手っ取り早く取り寄せられたのが、日本で大きな話題となり大ヒットしていた坂本九の“上を向いて歩こう”であったのだ。そこには後期近代の時代的特色であるグローバリゼーションの動きのはしりのような現象を見出すこともできるだろう。そして、21世紀のPSYの“Gangnam Style”の世界的な大ヒットも、その背景にあるものは“Sukiyaki”と大して変わりはないことに思い当たったりもする。約50年前に耳慣れない日本語の歌が「なんじゃこりゃ」なものであったのと同様に、今度は耳慣れない韓国語の歌が「なんじゃこりゃ」という驚きとおもしろさをもたらす対象となったということなのではなかろうか。ただし、ここでのグローバリゼーションの動きは、ふたつの異なる方向を向いており、そこに双方向型のソーシャル・ネットワークが存在し大きな影響をもっていることは、21世紀のヒット曲ならではの特筆すべき特徴である。

“上を向いて歩こう”は、そのタイトル通りに上を向いて歩くこと/歩こうとすること、ただその行動についてだけが歌われる楽曲である。歌の周囲にある情景や歌の背景は、ほんの少しだけあっさりと歌われるのみである。楽曲を構成する楽音やサウンドも非常にシンプルな作りとなっている“上を向いて歩こう”であるが、その歌詞の面でも極めてシンプルな言葉と言葉遣いがなされ、そして印象的なフレーズの繰り返しや反復から成り立っている一曲だといえる。とてもシンプルで隙間のある作りとなっているがゆえに、それを様々な形で解釈することが可能となる。聴く者がそれぞれにそれぞれの思いを、その隙間の部分に込めることができるのだ。
坂本九という実に人の良さそうな好青年が歌う“上を向いて歩こう”は、恋に破れた若者が身をもって痛感する、思いを交わす相手を失った喪失感と突然ひとりきりになってしまった現実を、ひしひしと噛みしめている感情を歌った一曲であると解釈するのが、ほぼ通説となっている。作詞家の永六輔は、60年5月の国会での強行採決によって成立することなった日米安全保障条約をめぐって吹き荒れた抗議活動の嵐が、結局は何の結果にもつながらなかったことの大きな虚脱感や無力感の中で、この楽曲の歌詞を書き上げたという。そこでのひとりの人間の非力さや空虚感に強く苛まれた感情が、“上を向いて歩こう”に登場する人物が人間というものの「一人ぽっち」な境遇を実際にひとりきりになって深く思い知るという状況と、詩的に重ね合わせて綴られているとでもいえるであろうか。
ひとりきりで歩く、誰もいない暗い夜道。何もかも思うままにならない、とてもとてもちっぽけな自分と向かい合う時、自然に瞳には熱い涙が溢れ出してくる。涙が頬を伝って流れ落ちないように、懸命に顔を上に向けて泣くのを堪えてみる。ここで泣いてしまうと、余計に一人ぽっちであることを痛感させられ、もっともっと悲しい気分になってしまうから。堪えに堪えて夜空を見上げながら歩いていると、瞬く星々がみるみるうちに涙で滲んでゆく。それでも、この大空のどこか、あの雲の上に、幸福な未来を見つけ出せるのではないかと信じて、夜空を見上げながらひとり歩み続ける。この胸の中にいっぱいに詰まっている悲しみを、夜空の彼方の星の向こう、月の向こう側に明日は追いやってしまうことができるのではないかと信じて、夜空を見上げながらひとり歩み続ける。一人ぽっちで上を向いて、心の中で泣きながら夜道を歩いて帰る。
どんなに悲しいことがあっても、前向きに耐えて堪えてひたむきに歩き続ける。こぼれ落ちる涙を拭いて、もう涙がこぼれないように、上を向いて歩く。この歌に込められている、どんな困難や災難にもへこたれずに、一人ぽっちでも気持ちを奮い立たせて前進してゆこうという思いは、2011年3月11日におきた東日本大震災とその後の福島第一原子力発電所事故で被った東北地方の甚大な被害からの復興と復興支援への思いとも重なった。3.11以降、“上を向いて歩こう”は被災地で日本全国で何度も繰り返し歌われている。失恋の喪失感やままならぬ現実への無力感を歌った言葉が、約50年の時を経て力強い歩みのためのメッセージを発する震災復興のテーマ・ソングとなって再生したのである。これもまた、この楽曲がもつ優れた隙間の部分によってもたらされた(作詞家、永六輔の)功績のひとつといってよいだろう。

ただし、基本的には“上を向いて歩こう”という楽曲は、ひとりの人間の孤独の感情を主として歌っているものだといえる。その孤独の感情の度合いがとてもとても深いからこそ、そこから派生する解釈も様々な多彩なヴェクトルをもつ極めて射程の長いものとなる。歌詞の中では「一人ぽっちの夜」というフレーズが六回も登場し、各ヴァースを締めくくる結びの部分でひとりきりで過ごす夜の侘しさや寂しさを強く印象づけるように繰り返されるのだ。そして、そのフレーズを軸に作詞家の永六輔は言葉をめぐらせ、どうしようもなくひとりであること、どうしようもなくひとりである状況を、“上を向いて歩こう”の歌詞の全体に滲み出させてゆく。
まだ携帯電話もインターネットもなかった時代の孤独とは、現代において感じられている孤独とは自ずと性質や特質を異にしていたに違いない。楽しい思い出に溢れていた輝かしい季節のことを思い出しては、ひとりで歩く暗く寒く心細い夜道で涙ぐむ。全ての「幸せ」は、今や遥か遠くに過ぎ去ってしまった。もうここには、そのひと欠片も残ってはいない。その代わりに、ここには山と積まれた「悲しみ」だけがある。こんなにも出口の見えない闇の中に陥っているのは、この広い世界の中で自分ひとりだけなのではなかろうか。そんなどうしようもない境遇に気持ちを抑えきれなくなり、たったひとり肩を落として歩きながら泣き出してしまいたくなる。“上を向いて歩こう”の歌詞は、孤独者が孤独を感じる際に覗き見るとてつもない深い闇というものを見事なまでに伝えてくれる。
孤独者とは、いつも活気に満ちてにぎやかな喧噪に包まれている世の中から、(理不尽にも)隔絶・疎外され、人間たちの生命力やヴァイタリティの顕現の如く目に映じる世の中の様々な動きから、たったひとり取り残されてしまっているような感覚に陥るものである。携帯電話もインターネットもなかった時代の孤独者が、自分以外の人々が属する(別の)世界とコミュニケートを試みることは並大抵のことではなかっただろう。自分以外の全ては、ただ自分の目の前を素知らぬ顔で通り過ぎてゆくだけなのだ。あらゆる道筋は遮断されている(ように思える)。そこに孤独者が取りつく島を見出せる機会なんてものは、滅多なことがない限りなかったに違いない。
60年代初頭という時代は、現在の矢のように様々な情報が目まぐるしく乱れ飛ぶ時代の動きとは、また違ったスピードでの目まぐるしい変化が、人々の穏やかな生活を急き立てていたのである。誰もが初めて経験するものであった高度経済成長時代の急な坂道を、全力疾走で駆け上がり続けさせられるような時代の変化と更新のスピードの最中にあって、きっと人々はあまりよく周りのことを見渡せなくなっていたのではなかろうか。薄暗闇の中で全てが猛スピードで突き進んでいる感覚が、ずっと継続しているような状態であったと思われる。
誰もが急激に移り変わってゆく変化と上昇の運動に乗り遅れまい/振り落とされまいと必死に駆け続けているから、すぐ近くにいる人に対しても視線は届き難くなる。走行中の電車の窓から外を眺めると、線路近くの景色は遠くの景色に比べて猛烈な早さで眼前を通り過ぎ、次々と後方へと流れ去っていってしまうのと同様に。暗く寒い冬の夜道で、上を向いて立ち止まっている人/上を向いて歩いている人がいたとしても、なかなか誰かの視界に入ることはなかったのかも知れない。猛スピードで動き続ける群衆・大衆の前では、どうしても一人ぽっちの孤独は、あまりにも小さくか弱いため見え難くなるのだ。
そうした社会や世の中においては、一人ぽっちの孤独が、大勢の人々のわたしたちの孤独として日常的に実感・共感されることは限りなくなくなってゆく。自分の中にある孤独が、自分以外の人の中にも同じ孤独としてあるのかどうかを確かめる術がないのだ。ここにある孤独とそこにある孤独は、決して目に見えるものとして人々の視界に現れて、相互に交わったりすることはない。そして、そのまま個別に薄暗闇の中で、冷たく凝固し固定化されていってしまうことになる。そこにあるのは、深く個人の中へと沈潜してゆくというよりも、べったりと表皮の裏側にこびりついているような孤独だ。だがしかし、薄暗闇でよく見えないだけで、孤独な人間はすぐ近くに大勢存在しているのである。“上を向いて歩こう”が歌われた61年の孤独とは、恋人を失い、大衆レヴェルでの政治的闘争に倦み疲れ、暗い夜道を一人ぽっちで肩を落として歩いているような、とても切ない非常に情緒的な孤独でもあった。
現代の高度に情報化された社会では、技術の進化と進歩とともに目に見えるものも目に見えないものも物凄いスピードで決して止まらずに動き続けている。上昇している動き、下降している動き、同じ場所を堂々巡りしている動き。あらゆるものが高速化する動きに巻き込まれて、それぞれにそれぞれの動きの中に絡めとられて、その終わることなき(もののように思える)疾走のただ中にある。ある意味では、あまりにもその動きが早く、加速度も高まりつつある中で、どんなに必死になって駆け続けようとも最早誰もが乗り遅れてしまっている状態であるのかも知れない。そこでは何周回分の乗り遅れかの違いだけが問題とされることになる。しかし、ただ堂々巡りを繰り返しているだけの動きであれば、かなりの周回分を乗り遅れていたとしても実際には大して問題になるような差にはならなかったりするのである。
また、その逆に、複雑に入り組んだ社会や世の中の構造の間隙を縫うように動く、凄まじいスピードの変化によって生じてくる差は、瞬時にして莫大な距離の隔たりを作り出したりもする。そして、時間の経過とともに(もしくは一瞬にして)、そのふたつの事物や地点は遠く遥か彼方にまで引き離され、それらの違いを距離から把握して理解したり感覚することは不可能になってしまう。あまりに遠く隔たった距離に、そのふたつのものを同時に見て把握することができなくなるのである。
こうした社会や世の中においては、かつての時代とは孤独感というものにも差が生じてくるのは当然のことであるだろう。そして、孤独である者と孤独でない者の間にある差も感覚しづらいものになってきてもいる。そうした孤独を感覚することそのものに差が生じてきてしまう根本には、現代に特有の病である、個々人の中における諸感覚の麻痺というものも非常に大きく作用していると思われる。
現代の社会における孤独にも、大きなものからささやかなものまで様々な様態のものがあるはずである。だがしかし、それら全てを漠然と存在する孤独としてしか感じ取ることができなくなってしまっている。よって、孤独感に苛まれて本当に危険な状態にある他人のことも、じっくりと正視して深いところまで覗き込んで理解することは、どうにも不可能なこととなってしまう。とても表面的で一面的な表層付近に現れ出ている相だけを斜め読みした不完全な理解のみで、孤独にあっさりと始末をつけようとする風潮がある。だが、実際のところは、その目に見えているものは、表面的な孤独の相ですらなかったりするのである。自分で自分勝手に理解できていると解釈している、自分自身がその世界のただ中で作り上げた尺度でとらえた孤独が、もしかしたら自分以外の誰かの深刻な孤独とは似ても似つかないものであるかも知れないことすら直感的に判断がつかなくなってしまっているくらいに、わたしたちの目はこの世界の中で見えなくされてしまっているのである。
世の中のあらゆるものを把握する全ての感覚が麻痺してきてしまっているがために、どの尺度もとても大雑把で稚拙なものにならざるを得なくなってくる。稚拙な尺度は、それが使われることによって、さらにそれを基準としたより稚拙な尺度を生むことになる。そして、そうした極めて狭い了見から成り立つ、とてもとても狭い世界が出来上がってくるのである。高速のジェットコースターに無理矢理に乗せられている者の目には、次から次へと視界に飛び込んでくるものが見えているようでいて、実は何もはっきりとは見えていないのである。
加えて、現在は携帯電話やインターネット/SNSなどの、孤独感を紛らわせることができるものも日常の生活の中に沢山溢れている。そうした気晴らしのための装置が次々と生み出されたことによって、かつてほどの実感をもって孤独者の中においても深い孤独を孤独そのものとして噛みしめることができなくなってしまってきているのではなかろうか。これは、とても危険なことでもある。自らを剥き出しにして自らをあからさまに見つめることでもある苦々しい孤独の感覚すらもが鈍化させられてきてしまっているのだから。これは、人間が人間性を失いつつあるということにも等しい。

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