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zoom RSS 新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉(四)

<<   作成日時 : 2013/08/28 04:00   >>

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新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉

菅谷梨沙子とカワイイ

ハロー!プロジェクトに所属する七人組アイドル・グループ、Berryz工房の最年少メンバー、菅谷梨沙子の実に思い切った髪の毛の色が、このところ度々話題になることがある。とにかく、ごく一部でではあるが、あれこれと頻繁に騒がれるのである。今度はああしたこうしたと事あるごとに騒ぎになるくらいであるので、それなりにその都度かなり凄いことになっていたことだけは確かなのである。
唐突に(であろうか?)、いろいろと思い切ったことをし始めると、その唐突さの分だけ周囲の驚きの反応も深く大きなものになってしまうことがある。熱心なファンの中には、その急激な変化の様を目の当たりにして、菅谷梨沙子が菅谷梨沙子ではなくなってしまったと、悲嘆に暮れた者も少なくはなかったようである。
しかし、ただ髪の色が変わったぐらいで菅谷梨沙子が菅谷梨沙子でなくなってしまうようなことは、実際にはない。現実には、それまでに知っていた菅谷梨沙子が、突飛な髪の色にしてしまったせいで、それまでの菅谷梨沙子のように見えなくなってしまったというだけのことである。ただし、そのような思い切ったイメージ・チェンジの裏側で、菅谷梨沙子の中でも何かが少しずつ変化していたことだけは間違いなさそうではあるが。
それ以前までの菅谷梨沙子というと、少しはにかんだような笑顔が印象的なあどけない可愛らしさをもつ美少女というイメージが、すでに定着していたように思える。とても可愛らしく無邪気で、そこに一点の曇りも見出せない。ルックスの面だけ見れば、まるで人形が動き出したかのような、とてもアイドルらしいアイドルであったのである。だが、実際には、そんな可愛らしい人形のような面だけが菅谷梨沙子であったわけではない。言う間でもなく彼女は人形ではなく生きた人間であり、そんな普通の人間の少女が、たまたま可愛らしく生まれついたために、オーディションで選別されてアイドルをしているというだけなのである。
人形のように可愛らしい菅谷梨沙子を可愛らしい人形のように愛おしく思うファンと、そうしたファンの純粋な気持ちや期待にできる限り応えようとする菅谷梨沙子。それぞれの思いが、真っ直ぐに呼応し合い、うまく噛み合っているうちは、ほとんど全てのことが平和な状態で進んでいた。だが、そこに時間の経過とともにさまざまな変化が訪れ、少しずつズレが生じてくる。りーちゃんの愛称で親しまれていた菅谷梨沙子も、いつまでも小学生の女の子のままではないのである。だが、それでも、当たり前のようにアイドルとして活動し、どこに行っても可愛いともてはやされる。しかし、それだけで満足というわけには、段々といかなくなってくる部分もあったのであろう。おそらく、かなり根が真面目なタイプであるだけに、アイドルとしても人間としてもさらなる向上を遂げてゆきたいという欲求が、いつからか菅谷梨沙子の中に芽生えてきていたのではなかろうか。
そこで、お人形さんのようなアイドルとしての菅谷梨沙子に求められる可愛らしさではなく、自分にとってのカワイイを追求した結果としてのひとつの表現が、思い切った髪色という形で、いきなり噴出してきてしまったのかも知れない。そうした突拍子もなさには、生真面目な性格であるが故の、やる時は思い切ってやる決して手を抜かない徹底ぶりのようなものも感じ取れたりするのだが。

ただし、最初はどんなに大きな驚きであったものも、見慣れてくると最初の驚きは簡単にどこかにいってしまうものである。思い切った突拍子もない髪色をしている女の子が菅谷梨沙子だという、新たなイメージがじわじわと定着してくる。正確にいえば、そこに見えているものは、かつてと同じ菅谷梨沙子の姿などではなく、それまでにはなかったような新しいイメージを身につけている菅谷梨沙子なのである。
しかし、そこにある見かけはイメージ・チェンジしていたとしても、そこに見えているイメージが新しかろうと古かろうと菅谷梨沙子が菅谷梨沙子であることに変わりはないし、菅谷梨沙子が菅谷梨沙子でなくなってしまったわけでもない。実際には、そこにいる菅谷梨沙子は、少しだけ大人になった、かつての菅谷梨沙子よりもより菅谷梨沙子になった菅谷梨沙子なのである。菅谷梨沙子は菅谷梨沙子へと変化したのだ。
まるで人形のような存在のアイドル歌手としてだけでなく、ひとりの人間として現実に生きているアイドルとして、より自分らしさを表現しようとする方向へと向かったということは、菅谷梨沙子にとっても、決して悪いことではないだろう。一部の古くからのファンにとって、アイドルの理想像に極めて近い存在であった菅谷梨沙子の姿は、その突然の変化によって永遠に何かを失ってしまったのかも知れないが。
時間が経過し様々なものが変化してゆく中で、ファンにとっての理想と、菅谷にとっての理想が、少しずつかけ離れてきてしまっていた。そして、そのどうしようもなく広がってゆくズレを埋め合わせてゆく気が、遂に全くなくなってしまったというところこそが、ここ最近の菅谷梨沙子の中での一番大きな変化であったようにも思われる。

菅谷梨沙子の髪の色の問題に関しては、ファンの間でも賛否両論が入り乱れている。それを目の当たりにした全てのファンが悲嘆に暮れているということは決してない。ただ、あまりにも唐突な変化であったために、その原因を探ろうとする様々な憶測が乱れ飛んだことだけは確かである。
常に過去の幼い頃の自分と今現在の自分が比較されることへの潜在的な反発心が、急激なイメージ・チェンジの引き金になったのではないか、という意見がある。また、大人になりつつある自分と子供のままにいたい自分の狭間で揺れる、ちょうど18歳前後という微妙な年齢ならではの一過性の病だという、意見もある。
確かに、世間で18歳といったら高校三年であり、普通にの受験生として過ごしていれば大学進学や今後の人生の進路について本気で真剣に考えている時期でもある。菅谷梨沙子もまたアイドルであるとともに、ひとりのハイティーンの少女でもあるのだ。ふとした瞬間に、自らの将来のことを考えて人知れず不安な気持ちに苛まれ精神的に不安定になることだってあるだろう。
だが、そこで何があって、何が原因でイメージ・チェンジにいたったのかは、当の本人しか知らないことである。ただし、そうした極めて個人的な悩みや葛藤が理由で、明らかに所属グループの内部でも異質な髪色になってしまっているのだとしたら、それはそれで少しばかり由々しき問題であるような気もする。しかしながら、Berryz工房とは、そういった部分では独特のユルさを兼ね備えているグループでもある。よい意味では各々の個性を尊重し、あまりよくない意味では基本的にバラバラな、メンバーたちの間ではそれほど大した問題にはなっておらず、最年少メンバーの突飛な行動も「まあ、そんなこともあるよね」的な暖かい目で見守られている節がある。
菅谷梨沙子の髪の色は、先ずいきなり全体的に真っ赤になったと思ったら、その後一旦落ち着いてアッシュ系のブラウンになり、ここ最近はアッシュ系のパープルへと移行してきていた。そして、また再びパープルから赤っぽくなってきている。(現時点では、アッシュ系の明るいブロンドのように見える。)
かなりコロコロと髪の色を変えているので、それによる印象やイメージの変化を楽しんでいるようにも見えるし、リリースするシングルの曲調や衣装の色に合わせて、ネイルや口紅の色を変えるように髪の色を変えているようにも見える。いずれにしても、かなり好き勝手に、ほとんど野放し状態で髪色を変えていっている雰囲気はある。そこで所属事務所への相談や他のメンバーの意見を聞いているような素振りは全くなく、菅谷梨沙子が主体的に本当に自分の好きなように髪色を自由に変化させているようなのである。こういった部分もまた、Berryz工房というグループのもつ独特のユルさの表れだといえよう。

アッシュ系の髪色というと、青文字系の読者モデルの代表格であり若い女の子から絶大な支持を受けているカリスマ・モデルのAMOのヘア・スタイルが、すぐに思い浮かぶ。一時期のアッシュ系のパープルの髪色で厚く前髪を下ろしたロングという菅谷梨沙子の髪型は、ほぼAMOとお揃いのスタイルであったといってもよい。
紫というと見た目にも少し奇抜に映るため、なかなか誰でもというわけにはいかない髪色ではある。それでもカリスマ・モデルのAMOは、原宿的なフワフワのファッションを合わせて、甘くカワイイ着こなしをキメていた。菅谷梨沙子も、シングル曲の少し派手めの衣装にも負けないほどの強烈な個性を髪色で主張していた。ほぼ同時期に全く同じような髪色と髪型にしていた、このふたりには、もしかするとカワイイを感覚する方向性に、かなり近いものがあるのかも知れない。
くすんだ光沢感のあるアッシュ系の髪色の場合は、たとえば金髪や茶髪にしたとしても、これまでのカラーリングとはかなり質感が異なるものとなる。いかにも金髪っぽい金髪や、いかにも茶髪な茶髪ではなく、より落ち着いた自然な輝きのあるブロンドやブラウンに近づくのである。
これまで金髪や茶髪というと、どうしてもギャル系の女の子のトレードマークというような髪色であった。しかし、アッシュ系の金髪や茶髪は色合いや質感が通常の金髪や茶髪とは大きく異なっているために、非ギャル系の女性の間でも幅広く受け入れられるようになってきてもいるようである。ナチュラルなトーンの色合いから文字通り灰色に近い強めのアッシュまで、髪色の質感に関しても非常にヴァラエティが豊かなことから、年齢的にも10代だけでなくその上の世代でも気軽にトライできるものであるようだ。
また、AMOのようにフワフワなゴシック・ロリータ系のファッションと合わせると、まさに頭から爪先までがまるで人形であるかのように見えるようになる。このような、可愛らしい髪色からしっかりと作り込んで、全身のファッションをコンセプチュアルにコーディネートしてゆく感覚は、どこかアバウトさのあったギャルのカジュアルなスタイルや文化からは非常に遠いものがある。

ちょっと濃いめの作り込んだメイクをばっちりと施し、長い髪を思い切った髪色に染めあげ、体格も小さく華奢であった幼少期と比べると一段と大人っぽく成長してきた。最近の菅谷梨沙子のかなり迫力のある容姿には、青文字系のオルタナティヴなカワイイ文化に共振し、それを極めて自己流にアレンジした痕跡が見受けられる。だが、そうした容姿の面だけではなく、アイドル歌手の本業である歌唱やダンスの面でも、最近の菅谷梨沙子には大きな成長・進化・変化を確認することができるのである。
歌唱面での変化の兆しが見え始めたは、08年頃からであっただろうか。08年3月12日に発表されたBerryz工房にとっての16枚めのシングル“ジンギスカン”(70年代後半に大ヒットしたのユーロ・ディスコ曲のリメイク/カヴァー)と、それに続く08年7月9日に発表された17枚めのシングル“行け行けモンキーダンス”(この年の8月に開催された北京オリンピックの日本選手団への完全非公式応援ソングのような楽曲)のあたりが、明らかにひとつの転換点であったと思われる。ハロー!プロジェクトの十八番でもある底抜けに明るく楽しいダンス・ミュージック〜ディスコ路線のシングル曲が続いたこの時期に、菅谷梨沙子の歌唱においても何かが吹っ切れたような感じが見受けられるようになってきたのである。
最初は、ライヴのステージにおいて、こうしたノリノリの楽曲を歌う時に、スタジオでの録音物とは少々異なるスタイルの、やや太めのドスのきいた歌声による勇ましい歌唱をぶちかますところから始まった。小さい頃からのBerryz工房での活動で鍛えられてきた部分もあったのであろう、菅谷梨沙子はグループの最年少ながらも声量がたっぷりとあり、かなり歌唱力の面でも安定した実力を発揮できるようになってきていたのである。可愛い顔には似合わず、とても低く太くよく響く声で歌えるのである。小さい頃から多くの楽曲でセンターのメイン・ヴォーカルを務めてきたことから生じた確かな自信を裏打ちするように、次第に自分としても納得のできるレヴェルの歌える実力がついてきたと感じられるようになってきたのが、ちょうどこの時期であったのではなかろうか。
そうなると、無理してアイドルらしい幼く可愛らしい歌い方を作ってまでファンに歌を披露するということに、それほど妥当性や必然性を感じなくなってしまったとしても無理はないのかも知れない。もしかすると、変に可愛くするよりも、ただ自分の好きなよう楽に楽しく歌いたいだけであったとも考えられなくはない。ライヴという多くのファンと真正面から対面して歌える場であるからこそ、本来の自分らしい素のままの歌声を聴いてもらいたいという気持ちも強くあったのではなかろうか。
この08年から09年にかけての時期(年齢でいうと14歳から15歳)に、菅谷梨沙子の中で新しい菅谷梨沙子が目覚め始めたことは間違いなさそうである。小学生や中学生として学生生活を過ごす合間に放課後のクラブ活動のようにアイドルとしての活動をしていたりーちゃんの中に、本当のアイドルとしてのりーちゃんが顔を出し始めたということだろうか。天然のアイドルらしいルックスのポテンシャルによって華々しいアイドルとしてのステージに立つ菅谷梨沙子では表現し切れない、本当の菅谷梨沙子がもつ潜在的ポテンシャルの部分が、まずは歌声や歌唱という形で表に見えてきたということなのだろう。
その後、そうした歌唱は、徐々にレコーディングされたシングルやアルバムの楽曲でも聴くことができるようになってくる。そして、おそらく、それが最初に極めて顕著な形で現れ出てきたのが、10年3月3日に発表されたBerryz工房の22枚めのシングル“雄叫びボーイWAO!”であったのではなかろうか。このムチャクチャにアグレッシヴなスペース・ロック調の楽曲は、オリコンの週間チャートにおいてグループにとっての史上最高位となる第三位を獲得するスマッシュ・ヒットを記録している。ソロ・パートでべらんめえ調の巻き舌で捲し立てる、菅谷梨沙子のぶち切れた歌唱を最初に聴いた時は、一体Berryz工房に何が起こったのかと本当に驚かされたものである。
こうした10代の中盤から後半という年齢にかけての変化を、自我(アイデンティティ/自己同一性)の目覚めといってしまえば、それまでなのかも知れない。だがしかし、菅谷梨沙子の場合は、Berryz工房の一員として活躍する現役アイドルでもあるのだ。そこでは、公的な自我(とペルソナ)と私的な自我が複雑に絡み合い、様々に移り変わってゆく変化の中で折り目正しく折り合いを付けてゆくだけでも一苦労なはずだ。よって、そう簡単に自我が目覚めたからどうこうと割り切れるものでもないのであろう。
揺れ動き移り変わり続けるミドル・ティーンの時期に、頑張って可愛いアイドルとして活動をすることに、あまり意味を見出せなくなってきてしまったということもあるのだろうか。アイドルとして過剰なまでに可愛さを演出することに、どれほどの意味があるのだろう。どんなに可愛らしくしていても、それは仮の姿(仮象)でしかない。本当の素のままのりーちゃんを希求してくれないのであれば、それは本当のりーちゃんのファンではないのではないか。この時期に菅谷梨沙子の中でアイドルとしての自我がはっきりと目覚めたということであろうか。より強く、より確かに、アイドル菅谷梨沙子を求められることを求めるようになったという意味において。

青文字系の読者モデルから日本を代表するポップ・アイドルのひとりへと羽ばたいたきゃりーぱみゅぱみゅが、菅谷梨沙子の大ファンであり、このふたりが非常に仲のよい友人でもあることもよく知られている。ネトネトやドロドロなグロいものを好み、凶暴なサメをこよなく愛することでも有名なきゃりーが、もしかするとそうしたものたちと同列にアイドル菅谷梨沙子を並べて熱を上げているのではないかと推測するのは、少し考えすぎというものであろうか。海の生物である肉食のサメと同系列の好きではないかも知れないが、最近のあまりアイドルらしくないアイドル(オルタナ・アイドル)としての部分に多少のグロ要素に近いものを感じ取っていると考えるのは、あながち完全に的外れでもないのではなかろうか。
93年生まれのきゃりーは、菅谷梨沙子よりも一歳年上(学年ではふたつ違いか)であるが、ほぼ同年代・同世代なのである。おそらく、りーちゃんが小学二年生(8歳)でハロー!プロジェクト・キッズのオーディションに合格し、アイドルとしての活動を始めた頃からその存在を知っていて、共に成長してきたような感覚もあるのかも知れない。そして、青文字系のカワイイ文化のコアな部分に触れている同世代として、きっと多くを語らずとも感覚的に通じ合う部分などもあるのだろう。
きゃりーぱみゅぱみゅが菅谷梨沙子に感じ/見出し/求めるカワイイが、菅谷梨沙子にとってのカワイイの感覚と合致する。そして、そのカワイイこそが、菅谷梨沙子がファンに求めてもらいたいカワイイでもあるのだろう。きゃりーぱみゅぱみゅとは、菅谷梨沙子とって仲のよい友人であるとともに、最も理想的なファンのひとりであるのかも知れない。

94年4月4日生まれの菅谷梨沙子は、わずか8歳でオーディションに合格(02年6月30日)し、ハロー!プロジェクト・キッズ(ハロプロ・キッズ)の一員となっている。この時に合格した15名のハロプロ・キッズのメンバーのうち、菅谷梨沙子と同学年であったのは後に℃-uteのメンバーとなる鈴木愛理と岡井千聖のふたりであり、そして最年少は当時小学一年生の後に℃-uteのメンバーとなる萩原舞であった。このハロプロ・キッズから8名が選抜され04年にBerryz工房が結成される。菅谷梨沙子は、このグループに最年少のメンバーとして参加し、04年3月3日にシングル“あなたなしでは生きてゆけない”でCDデビューを果たしている。まだ小学三年生の9歳という幼さでのデビューであった。
このBerryz工房でCDデビューする以前に、菅谷梨沙子はテレビ東京系列で放映されたドラマ『湘南瓦屋根物語』に単独で出演している。この深夜枠のミニ・ドラマは、02年の秋から約四ヶ月に渡って放送された。まだ菅谷梨沙子がハロプロ・キッズのオーディションに合格して間もない時期である。
一応、このドラマは、湘南の瓦屋根屋に居候している菅谷梨沙子が演ずる詩子を中心とする内容であった。だが、それまでに演技の経験もテレビの出演経験もない小学二年生の女の子に、いきなりドラマの中心人物を演じさせるのは、どう考えても無茶苦茶な企画である。よって、『湘南瓦屋根物語』は詩子のセリフの量を極力少なめにし、菅谷梨沙子の素人感丸出しの演技をスパイス的に散りばめる構成を採用した少々妙なノリのホーム・ドラマに仕上げられることとなった。
おそらく、ドラマの内容などは二の次で小学二年生の菅谷梨沙子の可愛らしさを撮ることができれば、きっとそれでよかったのであろう。実際、菅谷梨沙子が登場するシーンは、それだけで成り立っているような映像となっていたし、それだけで充分だと思わせてしまうほどに菅谷梨沙子はただ突っ立っているだけでも抜群に可愛らしかった。『湘南瓦屋根物語』は、そんな菅谷梨沙子の衝撃的なまでの可愛らしさを伝えるために企画制作されたようなドラマであったのだ。いまだに、この当時の非常に小柄なまるでお人形さんのように可愛らしいイメージは、多くのファンの脳裏にくっきりと焼き付いていたりするのであろう。

12年6月30日、あのハロプロ・キッズのオーディション合格日から10年が経過した。菅谷梨沙子は、18歳にして、すでに10年以上のアイドルとしての活動歴を誇り、その人生の半分以上をアイドルとして生きていることとなった。その堂々たる芸歴の長さから考えれば、まだ10代でありながらも芸能の世界ではヴェテランといってよいほどである。ハロー!プロジェクトの一員として数多くの舞台に立ってきたこの10年間に蓄積してきた経験や知識にも相当なものがあるはずである。
現在のハロー!プロジェクトでは、ハロプロ・キッズから誕生したBerryz工房と℃-uteの12名が、最も古株のメンバーとなっている。名実ともに、すでに10年以上のキャリアを誇るハロプロ・キッズ世代が、ハロー!プロジェクト全体を引っ張っているのである。

菅谷梨沙子の可愛らしさは、それまでにはあまりなかったような部類に属する可愛いらしさであった。ただ、活動開始当初はカメラの前でなかなか本来の自分らしさを上手く出せずに、常に固まったような表情をしていたようにも思われる。
そんなカメラの前に立つ緊張感からくる、常に自分の全力を出そうとする生真面目な性格の空回りが、まるで置き物の可愛らしいお人形さんを思わせる菅谷梨沙子のイメージを、いつしか固定させてしまっていたのかも知れない。菅谷梨沙子のハロプロ・キッズ〜Berryz工房での活動とは、そのルックスから連想されるただの人形のように可愛らしいアイドルとは異なる部分や異なる素質をもつことを示し証明し続ける10年間であったようにも思われる。
突然の突飛な髪色の変化は、アイドルとしての新たな路線や領域を開拓するものであったのだろうか。可愛いを捨ててカワイイへと向かうことで、実際のところ何が変わるのだろうか。もはやかつてのようなお人形さんもどきではないと、りーちゃんが人間宣言をしたということか。
だがしかし、そこで追求されているカワイイに、そこまで人間臭さが感じられるであろうか。髪色を変えて、メイク・アップの方法を研究して、オシャレに興味が湧く年代らしく新しい刺激的なファッションに身を包んだだけなのかも知れない。りーちゃんの人間宣言とは、東京女子流が“Sparkle”で歌う「人間だもの当たり前」なレヴェルをちょっとばかし開示してみせたに過ぎないものであるのかも知れない。

03年のM-1グランプリで優勝したお笑いコンビ、フットボールアワーののんちゃんこと岩尾望は、Berryz工房の初期の頃からの菅谷梨沙子の大ファンであることを公言している。そんなかなり気合いの入ったファンであるはずののんちゃんでも、ここ最近の菅谷梨沙子の急激な進化や変化には、ちょっとついてゆけないものがあると愚痴をこぼしたりもするのである。誰よりも大好きな菅谷梨沙子のことであるにも拘わらず。
のんちゃんのような古くからのファンは、突然の変節の前の幼い頃のりーちゃんの映像を見返しては、現在の菅谷梨沙子を生み出した人形のように可愛らしい土台の部分がそこにあったことを何度も確認してホッと胸を撫で下ろしている。そして、菅谷梨沙子の姿に小さかった頃のりーちゃんの面影ばかりを探し求め、それがまだ確認できることを頼みの綱にかろうじてファンであり続けているのだ。
格段に大きなスケールのものへと拡大し続ける菅谷梨沙子のアイドルとしての幅や奥行きを前にしながらも、自らの究極の理想としている今はもうない小学生の頃のりーちゃんの姿を追い求めて、その実像の周辺を彷徨う、非常に屈折したファン心理が存在しているのである。そういった捩じれたファン心理をも抱かせてしまうほどに、りーちゃん/菅谷梨沙子は、アイドルとしての強烈な魅力や特異性/異常性をもっているということであろうか。

かなり熱心に追いかけているファンでさえも、ここ最近の唐突で突飛な動きをしっかりと受け止めることができずに、菅谷梨沙子が今どこにいるのかを見失ってしまうくらいなのである。そして、そうした菅谷梨沙子の行動は、これからの菅谷梨沙子がどこへ向かおうとしているのかを、さらに見えづらくしてゆくことにもなる。過剰なまでの突飛さは、周囲を不安に陥れるものでしかなかったりもするのである。
その行動は意識的なものなのだろうか。もしくは、無意識のうちに、そうした結果を招いてしまっているだけなのか。おそらく、菅谷梨沙子としては、自分の髪色を変えることに関して、それとファンの存在は全く関係ないものだと考えているのであろう。そうした考え方は、たぶん間違いではない。だが、菅谷梨沙子は、多くのファンという存在の支持によって支えられているアイドル歌手でもある。よって、その存在と完全に断絶してしまうことはできないのである。どのような行動においても。
菅谷梨沙子は、どこまでも自然体な自分というものを貫きたいと思っているのであろう。とにかく、純粋に、決して飾ることなく。後先のことなどは、あまり考えずに。ただそれだけのことなのである。そんな菅谷梨沙子のただただ自分のことだけを考えている振る舞いに、純度の高い多くのファンたちが肉体的にも精神的にも振り回され続けているということなのである。
ただし、いくら奉り上げられるアイドル/偶像だからといっても、常に支持者/ファンの求めるものであり続ける必要はどこにもない。アイドルとは、時間の経過とともに変わり続ける偶像という独特の宿命を背負っているものでもあるのだから。しかしながら、できるだけ変わらずに、いつまでも変わらずにいて欲しいという心性が、いつの頃からか日本のアイドル界には強烈に浸透していたことは確かであろう。アイドルという偶像は、より偶像らしく偶像視され、それを見守っている者の夢や希望や理想を全面的に託される存在となっている。
ひとりのアイドルに永遠に変わらずに出会った日のままのアイドルでいてもらいたいというファンの心理が、まずある。そして、その心理と並走をする、いつまでもアイドルのままで居続けたいと願うアイドルの思いが、それに可能な限り応えようとする。だが、そのアイドルの思いが極端に強くなると、いつしかそこから先行して覚醒したアイドルのオーラを放ちつつ突っ走り続けることになるのだ。こうしたアイドルとファンの間を行き交う切実な思いや願望が交錯し、それが日本の(独特な)アイドル文化というものを成り立たせてきたともいえる。
そうしたステレオタイプな日本のアイドルの形には収まりきらない存在へと、このところの菅谷梨沙子は急激に近づきつつあるのかも知れない。りーちゃんは、人形のような可愛らしさを脱し、新しい時代の魅力的な女の子像であるカワイイに突き抜けた菅谷梨沙子を自ら提示しようとしている。それはこれまでのアイドルのオーラを振り切った少し型破りなアイドル像であり、そうしたオルタナティヴなアイドルの系譜における最新世代に属するのが菅谷梨沙子なのではなかろうか。
80年代中期のアイドル黄金時代の最盛期にトップ・アイドルのひとりであった小泉今日子は、当時のある意味において神聖化されていたアイドルの(まやかしの)偶像性を自らの手で破壊してみせた。アイドルとは演じさせられるものでも演じるものでもなく、もっと生身の人間やひとりの可愛い女の子の実像に近いものであるはずであることを、小泉今日子は自らの身をもってアイドルという枠の中で素の部分をさらけ出してゆくことで表明したのである。そして、そうした意識的で自己言及的なアイドル(メタ・アイドル)にとって、アイドルすることとは、ひとつの遊戯でありながら自己表現の場でもあるようなものとなっていった。
現在にまで通じているオルタナティヴなアイドルの系譜とは、明らかに80年代の小泉今日子という存在から始まったものである。ただし、ここ最近の21世紀のアイドルは、プロデューサーやプロモーターの意向に沿って、よりしっかりと管理されたものとなってきている傾向が非常に強い。自由奔放なアイドルの振舞いさえも、実は堅い管理下に置かれたものであるというのが現状なのである。
初期のモーニング娘。などにおいては、そうした部分での年少メンバーの素人っぽさゆえの規格外な噛み合わなさからくる管理しようとしても管理しきれないせめぎ合いといった非常におもしろい動きも見られたりもした。だが、最近ではそうしたものもかなり鎮まってきている。これは、00年代中盤よりハロプロエッグという研修生の制度が確立され、そうした下部組織から昇格してきたメンバーが現在のモーニング娘。には多く在籍していることと決して無関係ではないだろう。そうしたメンバーたちは、歌やダンスのレッスンに励む研修生時代に、ハロプロの伝統的な流儀や芸能界のイロハを、見よう見まねながらもしっかりと学んで身につけてきているのである
11年9月にわずか11歳でモーニング娘。の10期メンバーとなった工藤遥などは、そうした新しいタイプに分類されるモー娘。メンバーの代表格であろう。ハロプロエッグ時代から注目株であった工藤は、モー娘。の最年少メンバーでありながらもMCの仕切りやキレのあるトークなどの技量をしっかりと身につけていることでも驚きの的となっている。こうしたタレント性には、かなり天性の素質のようなものもあるのであろうが、ハロプロエッグの一員として実地訓練を兼ねて研修する期間があったことは、工藤にとっても極めて大きな財産となったに違いない。
菅谷梨沙子の場合は、どこまでアイドルというものに対して意識的であるのかが読めない部分があったりもする。髪色やファッションなど自分にまつわることに関しては非常に意識を向いているようにも見えるのだが。そこでは、HARAJUKU的なカワイイの革新性とハロプロ的なアイドルらしいアイドルの伝統と様式を継承した保守性が、うまく交わりきらずにそれぞれの面を表に出しながら同居している。菅谷梨沙子とは、どうにもつかみ切れない摩訶不思議なところがある摩訶不思議な(脱アイドル的)アイドルなのだ。

突き放されて、ぷっつりと切り離され、もはや手が届かぬだけでなく、追いつくこともできない。そして、そこでのアイドルは、必然的に仰ぎ見るしかない対象となる。これは、いつでも気軽に「会いに行けるアイドル」としてファンのいる位置にまで降りてきて(営業して)くれる、現在のアイドルを取り巻く垣根を下げたセールス活動の動向とは、完全に逆行しているといえるかも知れない。決して縮まることのない開くだけの距離というのは、なかなかに斬新なものがある。
ファンとアイドルの間に横たわる距離を開くだけ開かせておいて、変化や進化についてこれない者たちを無惨にもそこに置き去りにしてしまう。だがしかし、そういうややサディスティックなファンのあしらい方の中にも、菅谷梨沙子という人間らしい個性を見出しているからこそ、どこか開くだけの距離を楽しみながらも一定の距離を保って無理をせずに追いかけ見守り続けることができるともいえるであろうか。
突き放されたファンたちは、映像に記録された猛烈に可愛らしかった過去の姿を振り返っては思い出に浸りつつ、頭のどこかでかつての天使のようなりーちゃんが突然戻ってきてくれることを夢想したりする。その思いが決して届かぬことも、そんな後ろ向きなファンをりーちゃんっは冷たく一瞥するだけであろうことも、大いに承知の上で。それが、どんなに屈折した思いであろうと、本人の前では密かに隠し続けなくてはならない思いであろうと、ファンにとってりーちゃんが天使のような特別な存在であることは変わることはない。どんなに変化しても、それが同じ人であるだけに見守り続けることを決して諦めきれないのである。
しかし、現実の菅谷梨沙子は、決して天使ではない。おそらく、今も昔も。唐突に突飛な髪色にするような、どこまでもとてもとても人間臭い部分をもった、ひとりの10代の少女なのである。ある意味では、天使にはほど遠い、人間的な、あまりに人間的な存在なのだ。そうした人間臭い内面に抱えた葛藤やジレンマのようなものが、髪色や表情や態度に目に見える形で表れているからこそ、少し距離を置いてでも見守っていたいという、ファンとアイドルの間の、どこか古くもありどこか新しくもある関係性が築ける素地も生まれてきているのだともいえる。
これは、偽りの優しさを媒介とした、なあなあの関係に決して陥ることのない関係性でもある。ファンとアイドルの間柄でありながらも、そこには妙な緊張感が常に孕まれているのである。菅谷梨沙子のあまりに人間的な部分に反発をしたり惹き付けられたり(菅谷梨沙子自身もファンの自分への対応に対して分かりやすく好悪の反応を示したりする)と、全く通り一遍ではない関係ともいえそうである。
はたしてりーちゃんは、こうした現状のただ中において、いまだアイドルといえる存在なのだろうか。アイドルという肩書き・名称・言葉が、過剰なまでのサーヴィス精神の固まりと同義語になりつつある現代において。おそらく、りーちゃんは本当の意味での完全なるアイドルとはいえないのであろう。だがしかし、完全なるアイドルなんていうものは、どこにもいないのである。本当は。もはやそれは偶像ではないだろうから。
菅谷梨沙子は、これまでに存在したあらゆるアイドルの形というものを、そのちょっとした髪色の変化やその内面の奥底に渦巻いているであろう隠された葛藤を通じて、大きく揺るがせているともいえる。あらかじめ決められた型にはまらないことで、何かを全体的に大きく揺さぶってみせているのである。もちろん、当の本人もまたアイドルであるがゆえに、その揺さぶりによって足許から大きく揺らぎ続けているのであるが。

アイドルであってアイドルではないような存在。とても中途半端な位置にある存在であるのだが、これはアイドルというものをひとつの決められた枠の中に押し込めようとするために生じてきてしまう矛盾でもある。そして、このアイドルというものが多様化し多層化してきている時代にあっては、ますますアイドルという存在をひとつの枠の中だけで捉えることは困難になってゆくに違いないのである。
現在の菅谷梨沙子のパフォーマンスには、本格的に歌える歌手という一面も見え始めている。アーティストと見紛うような歌唱のクオリティとルックスの存在感をもちながら、その実体はアイドル・グループの一員であるということに、妙な違和感が感じられることもあったりする。
だが、そんな菅谷梨沙子が、どんなに異質な方向へと向かおうとも、すんなりと暖かく迎え入れてしまえる空気感や底知れぬ懐の深さがBerryz工房というグループにはあるのだ。メンバーたちは、8歳の頃からりーちゃんの成長を誰よりも近くで見守り、ともにアイドル道を切磋琢磨して歩んできた盟友なのである。もしかすると、ここ最近の菅谷梨沙子の突拍子もない劇的な進化や変化を、一番身近な位置で楽しみ頼もしくも感じているのは、このメンバーたちであるのかも知れない。
ただし、ここ最近の菅谷梨沙子は、本来は可愛らしさの権化であるはずのアイドルでありながら、俄にはアイドルとは思えぬような本物っぽい貫禄を明らかに身につけつつあるのである。また、その努めてアイドルらしい可愛らしさを追求しようとしない姿勢からは、全くもって通常の意味でのアイドルらしさの対極にあるものしか感じ取れないのである。
幼少期の姿を振り返ってみれば一目瞭然のように、菅谷梨沙子は、何もしなくても格段に可愛い女の子である。元々の土台の出来が飛び抜けて普通以上なのだと言い換えてもよいだろう。そして、このところかなり型破りなファッションの趣味へと傾いているりーちゃんであるが、その素顔は、とても純真な今どき珍しいくらいの真っ直ぐさをもった18歳の女の子であったりするのである。
小学二年生の頃からハロプロに所属し、多くの年長のメンバーや先輩たちに囲まれてきたせいか、実に折り目正しく礼儀正しい部分をもっている。また、アイドルとしての仕事を通じて、業界の大人たちと関わることが多かったせいなのだろうが、とてもまだ10代とは思えぬような落ち着きが備わった一面ももっている。
とてもドライでシヴィアな部分もある大人の芸能の仕事の世界を、小学校低学年の頃から具に見てきたのだから、普通の10代よりも大人びている部分があっても当然なのであろう。ただ、そうしたハロプロのメンバーとして10年以上も活動している芸能界のヴェテランとしてのりーちゃんと実際の18歳のりーちゃんとの間に、いつからか埋めがたいほどに亀裂が広がり、精神的なギャップが生じてきてしまっていたとしても何ら不思議ではない。
それなりのキャリアをもつアイドルとしてひとり歩きしている仮象としての自分は、もはや自分の意志ではどうすることもできはしない。それでも自分の目に映ずるアイドルとしての自分は、本当の自分の方へと引き寄せずにはいられない。そうした芸能人・アイドルとしての諦めの部分とできる限り自分らしくいたい本能の狭間で、どうも突飛な髪色で自分というものを際だたせ自分の位置を再確認しようとする行動が増長されていたような気がしてならない。
そして、そんな行為や行動が、新しいカワイイの感覚を装備した新しい菅谷梨沙子を現出させることにもなる。だがしかし、そこにいる菅谷梨沙子は、自分の目には本当の自分らしく映じるものであったとしても、それがアイドルとしての像である以上は、どこかに新たな仮象としての部分が混入しているように見えたりもするのである。

新しくもあり古めかしくもあり、突出した個性と実力を兼ね備えてもいる菅谷梨沙子は、これまでにアイドルといわれてきたものの枠組みを越えてゆけるだけの大いなる可能性をもったアイドルであるようにも思われる。これまでの消費される商品としてのアイドルの型に絡めとられぬように、りーちゃんは進化し(変化し)続けているようにも見えるのである。逆に、菅谷梨沙子の存在やスタイルが、新たにアイドルというものの枠を大きく押し広げ、その先行者に追いついてゆけるくらいではないと、従来型のアイドルというものも、もはやこれまでだともいえるであろうか。
新しい時代のアイドル像の起源のひとつとなり(もしくは、これまでのアイドル像を突き崩して)、新たな領域を切り拓いてゆく存在。それが、菅谷梨沙子なのであろうか。りーちゃんのカワイイが、さらに新しいカワイイをポップ文化の内部で前進させてゆく。様々なシチュエーションで振れ幅の非常に大きいカワイイを表出させている、りーちゃんの(脱アイドル的)アイドル像が、可愛い/カワイイを統合して、次の次元へとつながる新たな扉を開くのである。
これまでの可愛いには収まりきらなかったようなオルタナティヴな可愛いが、これからのカワイイの範疇にはど真ん中で含まれることになる。これまでの一般的な可愛いは、カワイイの一形態に過ぎなくなる。そして、可愛いを狙わないカワイイが、普通の可愛いと同等にカワイイの一形態として認知されることになる。そこでは、あまりにも必死な可愛いは、最も低いレヴェルのカワイイに格付けされることもあるであろう。
技術や技量で作り出すよりもアイディアや発想の転換が重視される時代がやってくる。新しいカワイイは、旧来の凝り固まった感覚で眺めると全く可愛くないものであることも多いだろう。カワイイの追求とは、自分にとってのカワイイを追い求めることである。カワイイは、自分以外の誰かにとっても可愛いである必要は全くない。
りーちゃんの髪色の変化から見えてくる、新旧のアイドル像や可愛い/カワイイの在り方は、新しい時代のカワイイの到来(カワイイの革命)を考えるうえで実に示唆に富んだ事例だといえる。菅谷梨沙子は、21世紀のアイドル像に、ただの偶像や人形ではない人間らしい/人間臭い/人間的な(カワイイの)感覚を持ち込む。そして、それとともにそこに全く新たな偶像性の匂いも漂わせるのである。
これからも、今や古いメディアになりつつあるテレビの画面の中では、これまで通りの旧来型のアイドルが活躍する姿を見ることができるだろう。だが、そうした形とは全く異なる新しいアイドルが、古い限定された枠を越え出たフィールドに存在するということも、もはや当たり前のこととしてあってよいはずである。菅谷梨沙子は自らの身でもって、その場所をこじ開け、何か全く新しいものへと確実ににじりよりつつある。アイドル菅谷梨沙子のスタイルから、カワイイの未来が見えてくるようである。

菅谷梨沙子は、もしかすると類型的にはアウトロー型の人間であるのかも知れない。集団に属していながらも、そこから常にはみ出そうとする意志を感じさせる動きを時折あからさまに見せたりもする。そして、少しずつ菅谷梨沙子らしさの部分が垣間見られてきた現在でも、何かをまだ内面に秘めていそうな雰囲気を濃厚にもっていたりもするのである。
本当の本物の菅谷梨沙子が素の表情を見せるのは、これからのことなのではなかろうか。そうなった時に初めて、菅谷梨沙子がどれくらいアウトローで型破りな存在なのかが、はっきりと見えてくるはずである。逆に言えば、それまでは菅谷梨沙子という人間の本質部分を見極めることは、なかなかに難儀なこととなるであろうということだ。
そんなりーちゃんのことをこよなく愛するきゃりーぱみゅぱみゅは、その新しい時代のカワイイの感覚を表出させた存在そのものが目新しかったこともあって一躍話題の人物となり、第63回紅白歌合戦への出場を果たし、もはや青文字系などといった地平を軽く飛び越えたアイドルとも色物ともつかぬキッチュなファッション・アイコンという地位を確立している。また、菅谷梨沙子と同じハロプロ・キッズ出身でありBerryz工房のメンバーである嗣永桃子は、読者モデルというバックグラウンドをもつきゃりーぱみゅぱみゅとは、また別種の曖昧さをもったアイドルとも色物ともつかぬ自らのペルソナとしてのももちというキャラクター設定を最大限に活用して、テレビのヴァラエティ番組の世界へと活動の場を精力的に広げていっている。
そして、それ以外にもかつてはアイドルらしいアイドルの牙城であった界隈の周縁から、様々なカワイイの感覚を装備したアウトローや型破りな者たちが、次々と飛び出しつつある。ぱすぽ☆、でんぱ組.inc、Dorothy Little Happyなど、オーヴァーグラウンドとアンダーグラウンドのぎりぎりの境界線上で地道なアイドル活動を続けるグループに、そうした独自のカワイイを前面に押し出している(オルタナ・アイドル系の)メンバーをちらほらと目にすることができる。このあたりの動向にも、これまで以上に注視してゆきたいところである。
旧型のアイドルと新型のアイドル、そして可愛いとカワイイが、それぞれ入り組み入れ子状になって密かに激突するとき、そこから何が生まれ出てくることになるのであろうか。新しい時代の創出に繋がってゆきそうな地殻変動は、すでにあちらこちらで静かに、だが確実に生起しているのである。

12年12月19日、菅谷梨沙子の所属するBerryz工房はシングル“Want!”をリリースした。この“Want!”は、Berryz工房にとって04年3月のデビュー曲“あなたなしでは生きてゆけない”から数えて通算30枚めの節目を飾るシングルである。
シングルのジャケット写真を眺めてみると、菅谷梨沙子の髪色がちょっと前のような真っ赤な色に戻っているのを確認できる。前髪を揃えたストレート・ロングの赤い髪は、どこか韓国のアイドル・グループ、2NE1のメンバー、パク・ボム(Park Bom)のヘア・スタイルを思わせるものがある。これは、ボムが可愛らしいだけでない完全無欠の歌唱力を武器にしたディーヴァ・タイプのシンガーであることを考えると、もしかすると菅谷梨沙子の同じような路線へと移行しようとしていることを宣告するサインのように読めたりもする。とにかく、真っ赤な髪色で誇らしげな表情を決める菅谷梨沙子は、さらに強く逞しく進化してきているように見える。
目まぐるしく変化するりーちゃんの動向は、本当に予断を許さぬものになってきている。菅谷梨沙子のカワイイは、まだまだ現在進行形で進化し続けるはずである。そのことを証拠づけるかのように、シングルのリリースの直後には、シングルのジャケットの撮影時とは異なるアッシュ系の明るいブラウンに変化していたりする。
この“Want!”は、疾走感のあるメロディとフックのあるノリが入り混じった現代的なフィーリングをもつエレクトロニック・ダンス・ミュージックの楽曲となっている。こうしたフレッシュな曲調の楽曲を歌い踊ることによって、すでにデビューから9年が経過しているBerryz工房というグループ自体が、どこか全体的に少し若返ったように見えたりもする。この楽曲は、ある意味では、その歌詞の内容や言い回しや言葉遣いなどを含め、とても10代の女の子らしいまだ初々しさの残る恋愛の感情を表現した歌である。だが、実際には、Berryz工房はすでにヴェテランのアイドル・グループであり、七人のメンバーのうち五人が20歳以上になってしまっている。よって、この楽曲は、どちらかというと10代前半から中盤にかけての若いメンバーが中心となっている、現在のモーニング娘。あたりが歌いそうな恋の歌なのである。
ただし、現在18歳でグループの最年少メンバーの菅谷梨沙子にとっては、曲調も歌詞の内容も年相応な楽曲だといえるのではなかろうか。しかし、その菅谷梨沙子のソロ・パートで飛び出してくる、どっしりとした逞しい歌声を耳にすると、そうした思いは一瞬にして吹き飛んでしまう。Berryz工房の中でも一番初々しい恋の歌に年相応であるはずのメンバーが、若々しく可愛らしい歌声を聴かせてくれる年上のメンバーたちには全くお構いなく、ひと際異彩を放つ落ち着き払った歌声で歌唱しているのである。りーちゃんは、いつだって我が道をゆくのだ。
こうした、それぞれのメンバーが思い思いの方向を向いて、それぞれの個性を表現している自由さにこそ、Berryz工房らしさを見出すこともできる。それでも、最近のりーちゃんには、Berryz工房の内部でもひと際浮いてしまっているように感じられる瞬間が度々あることも確かなのである。こうした事態が続くようでは、これまでユルく絶妙にまとまってきたBerryz工房のグループとしてのよさの部分を、そのうちに乱してしまうことにもなるのではなかろうか。
プロデューサーを含めた制作の担当者たちは、その異質さをおもしろいと思い、その一風変わった(非調和の中の)調和を現出させる希有なグループの存在そのものを楽しんでいるのであろうか。そうした、このグループならではのおもしろさをできる限り活かしてゆくためには、少しぐらい和が乱れることさえも犠牲にしてゆかなくてはならないということなのか。もしくは、この個性のばらけ方こそがBerryz工房にとっては正解ということなのだろうか。それとも、その強烈ないびつさを均すことは不毛であると、すでに判断を下していて、そのことを承知してあるがままの姿を見せているのだろうか。それはそれで、どうしても管理が強化されオーヴァー・プロデュースになりがちなアイドル・グループの現状に対する、ひとつのオブジェクションになるのかも知れないが。
菅谷梨沙子というひとりの18歳の少女についての考察を重ねていると、複雑に入り組んだ構造をもつ集団において異質な存在をどのように取り扱うべきなのかということを、いろいろと考えさせられる場面に直面することになる。ここまでの10年間の坂道を一気に駆け上がってきたりーちゃんには、急いで変に大人になったりせずに、このまま己のカワイイの道をどこまでも好き勝手に若々しい感覚で突っ走っていってもらいたい。Berryz工房の菅谷梨沙子としてできることは、まだまだたくさんあるはずであるから。(12年)(13年改)

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新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉(四) 溝!/BIGLOBEウェブリブログ
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