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<<   作成日時 : 2013/06/04 01:00   >>

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新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉

補稿 Unknown Sisters

(四)

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ロック音楽の世界において、女性は常に周縁に置かれる存在であった。ビートルズのような若い男性による人気バンドに悲鳴混じりの歓声を挙げ、熱狂的にどこまでも追いかけ回すのが、ロック・バンドに対する女性(ファン)の役割であったのだ。いつだって輪の中心にいるのは男性のバンド・メンバーであり、そのもり立て役・引き立て役といった立場しか女性には割り振られることがない。
しかし、時代が進むとともに女性の地位は(形式的に)向上してゆくようになる。そして、そこでは女性ヴォーカリストが参加したロック・バンドも登場してくる。この場合、女性のメンバーは常にバンドの中心に位置してはいる。だが、それでも基本的に男性ばかりの世界であるロック・バンドに紅一点として華を添える存在として見られることがなくなることは決してなかったように思われる。バンドのメンバーが男性ばかりであれば、メンバーの性別に関しては特に何の注意も払われることはない。ただ、そこに女性のメンバーがひとり混ざり込むだけで、常に特別な扱いを受ける存在となるのである。そしてまた、そのバンド・メンバーが女性であるというだけで、舞台の中央の最前に立つことによって時に男性の好奇の目にさらされることも少なくはない。
ロック・バンドに参加する女性ヴォーカリストのイメージは、かねてよりジプシー/ロマの歌い手やダンサーに結びつけられることが多い。ジプシー/ロマとは、古くからヨーロッパの各地を定住することなく転々と移動して生活する集団/民族のことである。その町から町へと移動生活する流れ者の大家族的な一団は、大道芸や歌やダンスなどの演芸や芸能を生業とする旅芸人の一座といった一面ももっている。しかし、近代以降のヨーロッパの社会は、定住することなく一般の市民とは異なる信仰をもち続けるジプシー/ロマの集団/民族を、その相容れなさを根拠に積極的に社会の外側へと排除し、汚くみすぼらしい人々として卑下するようにもなっていった。ジプシー/ロマは、ヨーロッパの社会の周縁において、ある種の不可触民として移動生活を続けてきているのである。
社会の内部と外部の民族は、ほとんど交わることがない。社会の周縁を浮浪する民は、その内部からは不可視なのである。しかし、触れられないものであるからこそ、芸術の表現は、そこにあるオルタナティヴなものに惹きつけられてきた。ジプシー/ロマは、しばしば絵画や文学や演劇のテーマとして描かれ、その芸能や演芸の技はヨーロッパの音楽や舞踏に少なからず影響を与えてきたともいわれる。そうした社会的・文化的な歴史背景があるゆえに、ロック・バンドの女性ヴォーカリストは、歌やダンスの芸能に長けたジプシー/ロマのシンガーやダンサーとイメージ的に結びつけられることになっていったのであろう。
だが、ロック・バンドの女性ヴォーカリストたちも、そうしたイメージを逆手にとるかのようにジプシー/ロマとして歌う様式を次第に身につけてゆくようになる。それは、一面においては、女性ヴォーカリストたちによる自己言及的な方法での不当な偏見に対する問題提起としての側面ももっていたといえる。ただし、それは同時にジプシー/ロマ的なイメージの定着や強化へとより結びつきやすい諸刃の剣でもあったのだが。女性ヴォーカリストたちは、歌の世界の中で宿無しの踊り子や売笑婦といったキャラクターに扮し、社会の周縁や底辺にあって卑下される存在でありながらも強かに生き抜き続ける女性の姿を、自らの姿に重ね合わせるように歌ったのである。
また、女性ヴォーカリストたちは、根強く残り続ける不当な偏見に対する闘いの中で、自らのセクシャリティを積極的に有効な武器に変える姿勢も編み出していった。そして、そうした巧みな表現の中で女性性を華やかな舞台の上で光り輝かせ(もしくは、それをより攻撃的に先鋭化させて)、周縁に置かれ卑下されるものとしての女性のイメージを立ち位置ごと逆転させることにも成功していったのである。
しかし、女性ヴォーカリストたちは、なぜそこで自らの身を削るような闘いを挑み、自らのセクシャリティや押しつけ・押し着せられる性的差異の部分までをも武器にしなくてはならなかったのであろうか。その根幹部分を見落としてはならない。それは、女性が、男性中心の社会において、男性と平等の立場にはないからにほかならない。ロック・バンドの女性ヴォーカリストも、自らが主役となる華やかな舞台をひとたび降りれば、そんな社会の中に生きるひとりの女性に戻ることになる。その偏見や不平等に対する闘いに、決して終わりはないのだ。そして、全ては、その社会構造の延長線上に位置づけられることになるのである。

1976年の9月20日と21日の二日間に渡ってロンドンのThe 100 Clubにおいて開催された、まだ産声を挙げたばかりであったパンク・ロック・ムーヴメントの祭典、The 100 Club Punk Specialには、セックス・ピストルズ、クラッシュ、ダムド、バズコックス、スージー・スー率いるスージー&ザ・バンシーズなど全八組のバンドが出演した。そして、このうちの初日に登場したスージー&ザ・バンシーズと二日目に出演したスティンキー・トイズ(Stinky Toy)の二組がフロントに女性ヴォーカリストを擁するバンドであった。スティンキー・トイズは、パリで結成されたフレンチ・パンク・バンドの草分けであり、ここでヴォーカルを担当していたエリー・メディロス(Elli Medeiros)は、後にソロ歌手や女優としても活躍してゆくことになる。
この世界初のパンク・ロック・フェスティヴァルにおいて、八組中の二組が女性がリード・ヴォーカルを務めるバンドであったことは、荒々しい男性的な側面ばかりが強調されがちなパンク・ロックにあって、そのムーヴメントが本来もっていたオープン・マインドネスな姿勢を非常によく伝えてくれる驚くべき事実であるといえよう。この女性進出の割合の大きさには、非常に示唆的なものがある。ロック音楽の流れを大きく揺るがしたパンク・ロックの出現とは、ひとつの大きな時代の変わり目の到来を告げる事件であったのかも知れない。

76年、ロンドン・パンクが勃興した時期にステージに上がったスージー・スーは、ロック音楽の新しい時代の扉をこじ開けた女性ヴォーカリストであったとともに、60年代後半から70年代にかけて登場したセクシャリティの問題に意識的な、不当な偏見や差別と闘うロック系の女性ヴォーカリストの流れを汲む存在でもあった。だがしかし、その闘い方は、それまでのものをそのまま受け継ぎ繰り返したものではなかった。セクシャリティの問題に関しては、60年代末より変革の気運が波のように押し寄せて、俄に動き出し始めた時代の中で、より複雑に社会の根深いところから派生している問題であることが、すでに浮き彫りになってきていたのである。スージー・スーの世代は、さらなる強かさを身につけ、真正面からだけでなく裏へ回り込むような戦術で渡り合うことも必要とされてきた第一世代であったのだ。
かつて英国では、テレビの音楽番組で女性歌手が両手でマイクを持つだけで、オーラス・セックスを揶揄するアクションであるという嫌疑がかけられ、見るからに扇情的であると多数の非難や苦情の声が放送局に届けられることがあったという。そうした、性的表現に保守的なキリスト教団体、人権擁護団体、児童福祉団体によって、女性の著名人やアーティストたちは、常に厳しく監視されているといってもよい。そこには、近代の西欧社会や西欧文化の源流にまで遡れる厳格なキリスト教的宗教観に由来する、あまりにも強いセックスに対するアレルギー反応が存在している。
もしかすると、そのアレルギーの反応は、当の女性の感覚よりも女性的なセクシャリティに対して敏感になってしまっているのかも知れない。それゆえに、いつしか過敏な敏感さに次々と輪がかけられて、それを見つめる社会の目が必要以上に過敏になっていってしまうという部分も少なからずあるのだろう。そして、そうした過敏さが、いつしか当たり前の感覚にすり替わってしまうのである。複雑な社会の構造の内部で、より深く入り組んだ女性(女性というもの)への偏見が生じてゆくことになるのも、そのためである。長い年月の間に硬直しきってしまっていた意識との闘いには、ある種の荒療治が火急に必要とされる部分もあったのかも知れない。おそらく、そうした変革の時代の流れの中で必要とされていたものが、パンク・ロックであり、過激なスージー・スーのスタイルであったのかも知れない。

セックス・ピストルズの親衛隊時代に撮られたスージー・スーの有名な写真がある。スティーヴ・セヴェリンなどともにスナップ・ショットに写っているスージーは、ピストルズのライヴの会場である劇場の椅子に深く腰掛けた状態で網タイツに包まれた片脚を高く掲げている。まるでどこかの国の女王か往年の大女優を思わせる、型破りな傲慢さが漂う優雅なポーズでファインダーに収まっているのである。そして、その表情は、実に気品に満ちてもいる。しかし、その気品や優雅さが全くのポーズであることは、一目瞭然である。なぜならば、スージーは上半身に乳房を覆うカップのない黒の下着と左腕の黒の長手袋だけしか身につけていないのだから。黒髪にばっちりとどぎついアイ・メイクを施し、黒の皮やラテックス類をまとい、ミニ・スカートか短いパンツに網タイツと肌の露出度も相当に高く、しかも両乳房は完全に丸出しな状態なのである。
そこはコンサート会場という公の場であるのだが、そうしたことをスージーが気にかけている素振りは全く見当たらない。その不遜な態度には、ただ自分の個性に見合う服を着ているだけだと言わんばかりの自信すら窺える。これでは、頭の固い保守的な人々が発する文句や非難に耳を傾ける傾けないとかいう以前に、これほどまでに奇抜なメイクに過激なファッションの女性には、ただただ怖れをなしてしまって普通の人はそう簡単には近寄れないのではなかろうか。敬虔な人々であれば、両目を覆ったままその場で立ち尽くし、石のように動けなくなってしまうかも知れない。
初期のバンシーズのステージでも、スージーは黒のフィッシュ・ネットのボディスーツに黒のホットパンツと黒の皮のロング・ブーツといった服装でパフォーマンスを行うことがあった。特にそれ以外には上半身に下着などは着用していないので、こうした際にもフィッシュ・ネットの細かい網目を透かして、常に両乳房は露になっている状態にあった。また、当時のスージーのステージ衣装として広く知られていたのが、SEXのヴィヴィアン・ウェストウッドがデザインした胸部に女性の乳房の写真が等身大にプリントされているTシャツである。このTシャツは、着ているはずなのに丸出しになっている状態に見えてしまうという点で、完全に露になっているよりも相対する者をドキッとさせる衝撃を与えた。
こうしたスージーが身につけていた黒のレザーやラテックス、ラバーといった素材を使用したボンデージ・スーツなどの露出度の高いアウトフィットは、彼女が10代の頃に足繁く通っていたアンダーグラウンドの同性愛者専門のダンス・クラブにおいて頻繁に目にしていたアイテムであったのではなかろうか。そうしたゲイ・クラブという秘められた場所が、昼間に表の世界では決して見ることのできない、およそ考えつく限りのストレンジでファンタジックなセックス・ウェアの宝庫であったであろうことは容易に想像がつく。
しかしながら、そんな地下深くの別世界において、現実世界で抑圧された欲望を具現化させるためのアイテムとしての機能を果たしていた極めてオルタナティヴなファッションを、新しい時代のパンクなスタイルに変換して陽のあたるところに持ち出し、パンクからポスト・パンクへと連なる時代の動きに再接続させたのは、やはりスージーの卓抜したセンスによるものというしかないだろう。おそらく、そのスタイルは、地下の世界にあまり通じていない人々にとっては、見るからにショッキングなものであったはずである。
だが、それは、ただ少しだけ世界が異なっているというだけで、ひとつのファッションやスタイルとして完成されているものを、偏見や先入観によって日陰に追いやってしまうことが正当であるのかという問いかけにもなっていたのである。スージー・スーは、ファッションで問いかけ、スタイルで主張していた。女性の乳房は、なぜ人目に触れてはいけないのか。男性は公衆の面前でシャツの前を開けても大抵は問題にはならないというのに。同性愛者は、ただ性的指向が違うというだけで鼻つまみ者にされ、なぜ地下に潜ってコソコソしなくてはならないのか。男女のカップルは老いも若きも普通に昼間の街中を手を繋いで歩けるというのに。
スージー・スーは、自分が本当に着たいものをただ着たいように着た。ただし、変革や価値観の転換の風を時代の動きの中で吹かせることに成功したヒッピー文化やグラム・ロックを通過してきた76年という時代においても、その本能的で直感的なファッション・センスは、まだまだ少しばかり常軌を逸脱し奇抜すぎるものであったようだ。そして、それはその驚くべき先鋭性によって、新しい時代の中でも突出し、いつまでも新しさのあるファッションとして注目を集め、常に次の新しいスタイルを生み出す種や糧となっていった。
また、そこには、ただただ直感と本能にまかせて着たいものを着ただけであるがゆえの、何かを強烈に訴えかける訴求力も備わっていたのである。正確には、強烈に訴えかけてくる何かオーラのようなものが、スージー・スーの特異なスタイルや個性から発散されていたといったところであろうか。しかしながら、それは彼女の感覚と相容れないものに対して、いきなり噛みついてゆくような訴求の仕方では決してなかった。
世代間のギャップから生ずる新しい考え方と旧来の考え方との闘争に一気に持ち込んでしまっては、それまでに飽きるほど繰り返されてきた小競り合いをまた繰り返すだけになる。スージー・スーは、その奇抜なファッションやスタイルで、まずは新しい時代や新しい世代の新しいオシャレの感覚というものを、明確に少々ショッキングなほどにわかりやすく提示してみせた。そう、そこでなされていたのは、セックス・ピストルズやクラッシュの(男性的な)パンク・ロックが非常にわかりやすく行っていた自らの主張を強く(文字通りに)声高に叫ぶスタイルとは、全く違った様式で深く鋭く斬り込んでゆく方法でもあったのだ。
ファッションやスタイルといった自らの身体を包むものを通じて、そこで無言のうちに自らの主張を代弁させ、激しく言葉で言い争うのではなく、純粋に視覚的に新しさの所在を見せつける。そのやり取りの中では、そこに見えているものは、スージー・スー的なスタイルとして記号化されて流通してゆくことになる。決定的に新しい時代のアイコンは、それに相対峙するものに対して真っ向から突きつけられたまま、そのスタイルを受け取り/受け入れた新しい世代の中で静かに増殖し、無数の記号がひしめく新たな領域を拡大させてゆくのである。
さらに、そのスタイルの過度の過激さは、それを見る者を怖れ戦かさせるだけでなく、世間一般に浸透し信じ込まれている括弧付きの普通の枠を、大きく逸脱してみせることで、そこに注がれる視線から思考から動作までの全てを一旦停止させる役割を果たしていたとも考えられる。その停止とは、ごく普通の物事の流れを一旦せき止めることで、そこにおいて何が正で何が否であるかを、今一度根底から問い直す動きを作動させる瞬間・契機にもなったのではなかろうか。そうしたファッションやスタイルを通じて表された主張や問い直しの姿勢が、パンク・ロック以降のポスト・パンク〜ニュー・ウェイヴという新しい時代(そして、その後に続く世代たちの時代へ)の扉を大きく開け放っていったのである。

スージー・スーは、ファッションをファッションとしてだけでなく、そのもののうちに何らかの超越性といったものを身につける着こなしを体得していたのかも知れない。それはハイパーにセクシャルなファッションでありながらも、現働的な意味でのセクシャルなものや対象へと堕することは全くないあたりからも感じ取れる。常に予定調和な流れへと通ずる道を避けて突っ切ってゆくのである。ただし、それは意図的なイメージの操作によるものではない。そこが最も肝要なところだ。
ファッションやスタイルは、ひとつのイメージそのものになる。そして、そこに余分なものが入り込む余地はない。イメージの全体像がひとつの記号でもあり、その/それらの記号は全ての個別の意味にも通じており、全ての個別の意味を超越してしまってもいる。スージー・スーは、実体でありイメージであり記号であり意味・反意味でもある。その女性としての肉体は、女性性を飛び越え、女性性に深く沈潜し、文字通りに性そのものとして浮かび上がり、そこでその表層へと戻ってきてさらけ出されているのである。
特異で突き抜けていて超越している存在。そこでは、もはや性別というような差異は、ほとんど無意味なものとなる。ファッションとスタイルによって、セクシャリティの位置づけやとらえ方が、あらためて問いに付される。実は性差には意味はないのではないか。性差に意味があるとすれば、それはいかなるものであるのだろう。それが必要とされる場面以外で、性とは分け隔てることができるものなのであろうか。いかなる場面においても、女性となることや女性とならないこと、男性となることや男性とならないことは、全体としても個別においても決して冒涜されるべきものではない。そして、その原則はファッションやスタイルにおいても同じことがいえるのである。
表層の表れから読み取りが可能な意味といったようなものが、その枠組みらしきものを作り出しているのでも、全体においても個別においても性別による差異を作り出しているのではない。誤った方向を向いた意味は、実際にはその表層には全く表れ出ていないところからやって来ていたりする。女性の肉体を被服によって隠すことなく目の前にいる者に対して見える形で剥き出しにしてみせる、おっぱいプリントのTシャツやトップレスのボンデージ・ファッションは、そうした偏見や誤解が存在することを強烈に主張し提示・明示(再提示・再明示)してみせるものでもあったのだろう。

すでに、あのThe 100 Club Punk Specialが開催されてから35年以上の年月が経っている。また、スージー&ザ・バンシーズが活躍したニュー・ウェイヴの全盛期からも30年近くが経過している。当時のスージー・スーのファッションやスタイルを、21世紀の現在の視点で眺めてみると、そこには一種のノスタルジーが感じられたりする部分もあるのが正直なところだ。それが、現在のロック系やストリート系のファッションやスタイルにおいても大いに参照され、ひとつのルーツとして相変わらず孫引きや曾孫引きされているものであったとしても。
だが、はたして、全く新しいファッションやスタイルというものが、今後の世界に生れ出てくるようなことが考えられるであろうか。これまでのように着るのではなく直接肌に噴射して張り付けるような、何か根本的な部分でのファッションというものの概念の変革がない限り、それはないのではなかろうか。着るや穿くという行為を続けている限りは、その行為が積み重ねてきた数千年から数万年単位の歴史を、その行為とともに背負い込まなくてはならない。ファッションは着るや穿くの歴史と密接に結びついており、どんなに現在進行形の最先端のスタイルであっても、そこにはどこかノスタルジックな匂いを嗅ぎ取れたりもするのである。
現在の原宿の感覚でいうカワイイにおいても、その一部分からは猛烈に80年代リヴァイヴァル的な郷愁が香っていることを確認できるはずである。その香りを分析すれば、そこからは往年のパンク・ロックやニュー・ウェイヴ、そしてマドンナやスージー・スーの成分を検出することができるだろう。
ファッションやスタイルに染み込んだノスタルジーとは、現実には、どこかで完全に想いは裏返され、匂いや香りを抜かれた、抜け殻のようなものとなっている。ただでさえ孫引きや曾孫引きなのだから、オリジナルの匂いが薄められてゆく過程・工程はそこに山ほどある。ファッションやスタイルのルーツ/根っこといったものは、それを生み出した大地から、とっくの昔に引き抜かれてしまっているのが普通なのであろう。
おそらくは、青文字系の読者モデルたちも、そうした元々の根っこの部分がもっていた匂いや香りに対して、それほど意識的ではないはずである。裏返されてしまった郷愁の香りは、そう簡単に嗅ぎ取れる・嗅ぎ出せるものではない。そこでスタイルを形成しているのは、ほぼその新しい時代の新しい世代によって共有されているカワイイの感覚のみなのだから。
そうしたカワイイの感覚が共有され、新しい時代における新しい世代のカワイイが増殖してゆくにつれて、ノスタルジックな懐かしい匂いは完全に抜き去られ、郷愁を誘う契機は完全に裏返しにされままとなる。そして、過去の時代から純粋に素材として抜かれてきた(裏返され匂い抜きをされた)ものが、それぞれ記号化されて配置・配列され文脈や系譜を飛び越えて組み合わされ混ぜ合わされることになる。このような(なかば)無意識のうちの既存のコードをシャッフルさせる混合から、21世紀的なファッションやスタイルの歴史は再生/再生産されてゆくことになるのである。

ユダヤ系ドイツ人の思想家、ヴァルター・ベンヤミン(Walter Benjamin)は、遺作となった『歴史の概念について』(40年)において、「ぼくらが希求する女たちには、かの女たちがもはや知ることのなかった姉たちが、いるのではないか?」と書いている。確かに、姉たちは、いつもそこにいる。たとえ、妹たちにとっては全く見知らぬ存在であったとしても。
現在の青文字系のファッションやスタイルを担っている読者モデルたちにも、やはり沢山の姉たちがいるのだ。ファッションやスタイルとは、姉から妹へと受け継がれてゆくもの(たとえ互いに見ず知らずであっても)なのである。ある系統や系譜の流れにおいては、長女にあたる一番上の姉がスージー・スーであったりする。また、別のある流れにおいては、すぐ上の姉がスージー・スーであることもあるのだろう。
かつてスーザン・ボーリオンは、どこか倦怠と白けたムードが漂っていた70年代を多感なティーンエイジャーとして過ごした世代ならではの感覚や、大都市の郊外の街で孤独感を身近に感じながら育った境遇、そしてラジオやテレビや映画や街角で出会った音楽/文化から受けた影響などの、様々な要素・ファクターを結合して、斬新なスタイルを編み出していった。
しかし、昨今の雑多な情報が溢れかえる時代においては、かつてのスーザンのように生活圏の身近なところに存在するものから何か決定的なものを選択し、そこから決定的な影響を受け、有用なものだけを吸収してゆくことは、かえって難しくなってきてしまっているのかも知れない。ただ、そこでは、あらゆるものの記号化した表層のみを(ひとまずは)取り込んでゆくしかなくなってしまっているということにおいて、それまでには決して出会うことのなかったような要素と要素が接続されて混ざり合い、より詳細に入り組んだ切り貼りや時代や文化の文脈を完全に超越した飛躍的なパッチワークが可能になってくることもあり得るのではなかろうか。
だが、それでは、やはりあまりにも表層的すぎて、極めて底が浅い。少し強い風が吹けば、どこかに吹き飛ばされてしまいそうである。ある程度のルーツ/根っこへの遡りは、必要なことなのだ。何らかの匂いがついてしまうことも厭わずに、雑多な情報の中から何を選択するか。どこへの遡りを選択するか。いかに文脈と系譜の流れを違わずに正しい根を探し当てられるか。そこでは、こうしたことが重要となってくる。表層にある枝葉を広げてゆくには、それだけの根の深さや広がりも必要となるのである。
切り貼りやパッチワークは、重層的/多層的なものでなくてはならない。さらにいえば、その遡りや根の張り方などに大きな間違いがあったとしても、それはそれで何らかの意味をもつ結果を導き出せるはずなのである。大事なのは、匂いの抜き去られた表層をなぞるのみでは、ファッションらしいファッションにもスタイルらしいスタイルにもなり得ないということに突き当たってみるということなのである。そこから、裏返されたものを再びひっくり返し直したり、消えかかりそうになった匂いを必死に嗅ぎ直したりする本当の作業が始まる。
意識的なものであろうと無意識的なものであろうと、ルーツ/根っこの匂いにまみれていなくては、それは姉にも妹にもなれはしない。現代のスージー・スーの妹たちは、この偉大なる(見知らぬ)姉から受け継いだファッションやスタイルを、新しい時代のカワイイに仕立て直して、そのまた妹たちの世代に引き渡してゆくことになる。今もこれからも、たくさんの姉たちが、かわいい妹が生み出す新しい世代のファッションやスタイルを、ルーツや根っことなって微かな匂いや香りを漂わせつつ見守り続けてゆくのである。(12年)(13年改)

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