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<<   作成日時 : 2013/05/24 02:00   >>

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新しいポップ文化とカワイイ感覚〈序説〉

補稿 Unknown Sisters

(三)

画像


2012年11月20日(12:50)のAMOのツイートから
「NANAが公開したころの中島美嘉さんを見るときの感覚はもはや恋だったなあ(⊃OvO)」
https://twitter.com/AMO_ANGEL/status/270735801548144640

現在、スージー・スー的なスタイルに同化したい欲望を(間接的/無意識的にでも)最も形骸化とは遠い形式で継承していることを明確に垣間見させてくれるのは、一部の青文字系のモードにおける動きであったりする。コンサバの対極に位置しながら、それまでのカジュアルなギャル系とも一線を画すオルタナティヴなガーリー・ファッションの一大系統として90年代を通じてじわじわと浮上してきた青文字系は、原宿などの街のストリートや街角から生み出される生きたポップ文化に牽引される形で、常に新しい時代の新しい感覚のカワイイを前進させ続けている。
その青文字系の流れの中には、70年代末から原宿という若者のファッションの街に土着的に根付いている伝統的なパンク・ロック以降のロック系のスタイルを、どこか脱力気味に受け継いでいる流派が存在している。カジュアルな機能性が追求されたストリート・ファッションとしてのパンク・ルックの流れを汲み、ゴシックやロリータなどのオルタナ系のカワイイを通過し、さらには米西海岸のスケート・パンクやシアトル発祥のグランジ、そしてエモコア〜スカコアなどの要素までをも取り込んだ、実に幅広いスタイルを、そこには見てとることができる。様々な要素が雑多に盛り込まれ、そのスタイルそのものは切り貼り状のものとして成り立っている。これまでの約40年間のロック系のファッション文化の蓄積を前提としつつも、脅威的なリクリエーションとミクスチャーのセンスの下で、全く新しいカワイイ感覚が花開いているのである。
そのようなロック寄りの青文字系のスタイルに、ロンドン・パンクやゴシック・ロックの匂いを嗅ぎ取り、それらからの影響を見出すことは容易いだろう。ただし、そこに表れているものは、ダイレクトな文化的な面での影響というよりも、あらゆる要素やパーツを記号化して読み込んだ結果(意図的/非意図的な誤読も含めて)である部分が実は大きかったりする。全ての場面において表層的な流用がなされているわけではないだろうが、それらの実践的・実戦的な使用の面では、軽々と文脈を乗り越えたコピー&ペーストや混ぜ合わせがなされているパターンが多いはずなのだ。だが、それだからこそ、そうしたスタイルが、ガールズ・パンク・ファッションのオリジネーターであり、その後のゴシック系へも多大なる影響を及ぼした、黒尽くめのスージー・スー的なスタイルを参照し、そこから継承している要素やパーツは、決して少なくはないともいえるのである。

原宿系のモードや幅広いカテゴリーのストリート・ファッションを紹介し、その誌面から新しいトレンドを生み出し続けているのが、青文字系ファッション誌の代表格「Kera」や「Zipper」である。こうした雑誌に登場するのが、読者モデルとして活躍する女の子たちである。彼女たちは、雑誌の読者の代表であり、読者である同世代の女の子たちの間では、オシャレの手本となる師匠的な存在となっている。そして、そこで多くの読者たちから一目置かれるようになった読者モデルは、さらにカリスマ的な人気を獲得してゆくようになるのだ。
そんな読者モデルたちの中でも非常に多くの若い女の子からの支持を獲得しているのが、AMOちゃんである。AMOは、脱力や困り顔といった青文字系の登場以前にはファッション・モデルのスタイルや姿勢として雑誌の誌面などでは決して見ることのできなかったような表情やポージングを、時代の空気や原宿の街の空気とフュージングさせながら新しいオシャレの魅せ方やスタイルとして確立させた、青文字系モードの中心的な読者モデルのひとりである。
かつて青文字系雑誌の読者による人気投票において、最も好きな読者モデルに選ばれたこともあるAMOの影響力には、絶大なものがある。その影響は、AMOが雑誌の誌面でみせるファッションやオシャレのコツやヒントだけでなく、好きな音楽や好きな本、好きな映画、さらには物事の考え方や生き方の持論(ライフスタイル)などにまで及ぶ。ある意味では、一介の読者モデルから多くの支持を集めるカリスマ・モデルへと昇りつめたAMOは、10代から20代前半にかけての同世代の女の子たちの生きた手本であり生活全般におけるロール・モデルとなっているともいえよう。
読者モデルとは、その名の通り雑誌の読者の中から選ばれたモデルのことである。どんなにカリスマな読者モデルといえどもモデルとなる前は、ひとりの読者であったことに変わりはない。よって、読者にとって読者モデルとは、無条件に親近感の抱ける存在でもある。その根幹や素地の部分にある読者性は、どんなにカリスマな読者モデルといえども変わりはないのだから。
また、読者にとって非常に近い存在である読者モデルのファッションやスタイルには、読者モデルにしかもち得ぬ説得力が備わってもいる。基本的にモデルの着ている服とは誰かに着せられたものである。季節やコンセプトごとに様々な服を着こなしてみせることが、一般的なモデルの役割であったし、今もこれからもそうであるはずだ。しかし、それは読者の目線から視ると、誰かに押し着せられた服として映るものでもあるのである。
ただし、読者と同じ誌面を視る側から登場した読者モデルは、普段のストリートや街角のスタイルをそのまま雑誌の誌面に持ち込む、それまでのモデル像を逆転させる存在でもあったのだ。読者モデルのファッションやスタイルには、まるで誰かの着せ替え人形のような存在であった文字通りのモデルたちのそれとは異なる、表層や格好だけではない生身の部分からにじみ出る血の通った説得力が本質的に備わっていたのである。
そして、その読者モデルのファッションやスタイルとは、読者モデル以前の一読者として読者と同じ側の立場で形作られていったものでもあった。そこには、それまでに青文字系ファッション誌の読者として培い蓄積してきたオシャレやカワイイのノウハウや知恵やセンスが、ギュッと凝縮されているのである。
青文字系モードのファッションやスタイルとは、ただ身体の表層を格好よく被い着飾るだけのものではなく、それまでにそれを着る人が関わってきた服装の文化や街や人や音楽や本や映画などの全てから生み出されるものであることを、読者モデルは身をもって教えてくれる。青文字系のオシャレやカワイイとは、ひとつのライフスタイルの表れでもあるのだ。読者は、その読者モデルの姿やスタイルに自分自身の憧れを投影することによって、そこになりたい自分の姿をより容易く見出すことができる。読者モデルとは、現代における最も現代的なスタイルのアイドルや偶像のひとつの形であるのかも知れない。

青文字系の読者モデルの最も特徴的な点として、その脱力したポージングは欠かすことができないものであろう。これは「Kera」や「Zipper」といった雑誌の誌面に登場していたモデルたちが、いつもいつも特に笑うでも楽しそうな表情を作るでもなく妙に困ったような顔で、特に可愛いらしいポーズを作ることもなく妙に手持ちぶたさでやる気なさげな感じで、力が抜けたようにダラッと写真に写っていたことから、これが青文字系の読者モデルの特徴的なポージングとして話題となり後に広く認知されてゆくところとなった。
そんな中でも脱力と困り顔の二大特徴を最もスタイリッシュにキメていたのが、独特のほんわかクールな雰囲気をもつAMOであった。そして、いつしか無理に笑顔を作らない脱力ポージングはAMOの十八番としても知られてゆくことになる。彼女たちは、被写体としてカメラに媚びるような仕草を特段みせることはない。いわゆるモデル・スマイルとも型通りの服を魅力的に魅せるポージングとも全く無縁なのである。
彼女たち読者モデルは、一般的なファッション・モデルのように誰かにその服を着せられてるわけではない(基本的に)。また、その服を着て雑誌の誌面に登場することが、その着せられている服のブランドの広告宣伝活動に直結しているわけでもない(基本的に)。読者モデルとは、読者でもありモデルでもある存在である。つまり、読者兼モデルなのだ。プロフェッショナルなモデルではなく、半ばアマチュアであるところが、彼女たちの最大の強みだ。ただ自分が着たい服を着て、自分のオシャレをしている姿を、撮影して雑誌の誌面に載せたいという申し出があるので、それを受ける形で、ほんのお手伝い感覚(+おしゃれ自慢感覚)でカメラの前に立っているだけなのである。
基本的には、誰も(一般的な意味でいうプロフェッショナルな)モデルではないのである。原宿のような街に休日ごとに集まってくる女の子たちの服装が、どんどんと目を見張るほどに独創的でおもしろいものになっていった動向が、ストリートでスナップされる読者モデルと呼ばれる女の子たちの存在を生んだといってもよい。それとともに10代の女の子たちの安くてカワイイものを見つけ出し、それをオシャレに身にまとうセンスが、飛躍的にアップしていった流れも見逃せない。万年不況でデフレが進行し続ける社会状況・経済状況の中で、10代の女の子たちはその過酷な環境に適合したカワイイやオシャレを作り出す方法を原宿などの街の街角で実践的に見出していったのである。こうしたDIY精神をもつオシャレな女の子たちの中から青文字系の読者モデルは誕生してきた。まさに、この時代の10代の女の子たちのハードコアなカワイイ探究の産物として。
そんな新しい時代と新しい世代を象徴する存在である読者モデルは、これまでに多くのプロのモデルたちに向けられてきたカメラという装置によって写真を撮られるという事象に対しても、決して変に構えたりはしない。そうする必要は、どこにもないのだから。よって、無理に作り笑いすることも、変に可愛らしくポーズをとることもない。そこには、何にも媚びることのない、どこまでも自然体なカワイイやオシャレの感覚だけがある。そこが、読者モデルが、多くの同世代の女の子たちに熱烈な支持を受けているひとつの要因でもあるのだろう。
誌面に見ることのできる読者モデルの姿は、雑誌を読む読者のいる位置の延長線上に常に地続きに見えているものなのである。脱力や困り顔とは、彼女たちが編み出した読者としての立場の防御の姿勢であり、彼女たちに向けられる読者の輪の外部からの視線に対する応答のポーズなのだといえよう。
このように、青文字系の読者モデルたちは、いつでも全く力みのない自然体の脱力スタイルで、彼女たちがこれまでになかったような新たな境地に立っていることを自ずと位置づけてみせる。ただ、際だった特徴のない特徴的なポーズとして脱力してはいるが、それは彼女たちが別に何も考えていないことを示している訳ではない。
独特のアレンジが施されたフワフワのガーリーなファッションをまとったAMOが、そのふんわりとした見かけとは裏腹に、テレビ出演時などに意外なほどハキハキと自分の思ってることや感じていることを的確かつ簡潔に語る姿を見かけると、少々驚かされたりもする。青文字系の女の子たちの主な特質として、それまでのギャルやコギャルと総称されていた女の子たちに見られたようなまったりとしたダラダラが、ファッションやスタイルに関しては微塵もなかったりするのである。
彼女たちの中には、「これを着たい」「これがしたい」「こうなりたい」という、しっかりと自分の目標や目的を見据えた芯がある。何か周囲の動きに流されて、惰性でそこに至っているのでは決してない。そこには、自らのセンスで見つけ出した趣味の色があり、個別の指向や主張が存在している。彼女たちは、その青文字系のファッションやスタイルに、絶対に譲れないものや確固たる信念をもっている。それらは、数多くの選択肢の中から選び抜かれた、パンクでありゴシックでありロリータなのである。
フワフワと脱力しているようで、彼女たちの中で筋や芯はしっかりと通っており、そこに固執しようとする意志も途轍もなく固い。その実に高いレヴェルに設定された地平には、服飾文化のひとつの成熟を見ることもできそうである。青文字系モードは、あらゆる過去のスタイルからカワイイ要素を抜き出してきて、現在進行形で世界に通用するインターナショナルなHARAJUKU的ハイブリッド・ファッションを常に生み出し続けている。

2012年8月1日、AMOは「Zipper」のモデルとして活躍する読者モデル仲間のAYAMOとともに結成したユニット、AMOYAMOのミニ・アルバム“A☆M☆O☆Y★A★M★O”を発表し、予てよりの念願であった音楽活動を開始している。この“A☆M☆O☆Y★A★M★O”は、インディーズからのデビュー盤でありながらthe brilliant greenの川瀬智子がTommy名義でプロデュースを手がけたことでも話題を集めた。AMOYAMOの音楽性は、ゴシックやパンクなどの要素を融合させた実にキッチュなロリータ・ポップ・サウンドとなっており、その楽曲の世界においてはAMOとAYAMOの独特なファッション感覚やハードコアなカワイイを炸裂させたスタイルが追求されている。
ここ最近はTommy february6やTommy heavenly6などの別名義を使い分けたソロ活動を積極的に行ってる川瀬智子は、AMOYAMOの独創的なファッションやオシャレのセンスに親近感を抱き、そこに垣間見られるものから音楽的方向性にも近いものを感じて、ふたりの音楽活動のプロデューサーを自ら名乗り出たともいう。様々なスタイルからカワイイやオシャレの要素を引き出してきて融合させるジャパニーズ・ハイブリッド・ファッションの流れが、ひと回り以上も年齢差のある両者を世代を越えて繋いだのである。カワイイの感覚は、そこに共感を生むものなのである。身体の表面に表されたスタイルやファッションを見て、その背後や背景にあるものを嗅ぎ取り/読み取り、それだけで深く通じ合える共通の感覚が芽生えてくる。

川瀬智子が所属するthe brilliant greenは、97年にデビューした京都出身の三人組音楽ユニットである(現在のメンバーは、二人)。ソフトで落ち着いた耳に馴染みやすいメロディを、メンバーの音楽的ルーツであろうUKロック〜ニュー・ウェイヴからの影響という趣味性を大胆に導入したサウンドにのせたthe brilliant greenの楽曲は、ロックでも歌謡曲でもない微妙な線を商業主義的に定型化させていったJ-POPが主流の当時の時代の音と絶妙な距離感を保ちながらも、それまでにはあまりなかったようなタイプの音楽スタイルとして受け入れられてゆくことになる。そして、98年に発表したシングル“There will be love there”のヒットとともにブレイクし、絶大な人気を獲得するのである。
the brilliant greenは、80年代にはネクラな音楽の代表であったUKのニュー・ウェイヴ系のネオ・サイケやダーク・サイケ、そしてネオ・アコスティックなどから強く影響を受けたサウンドをモロに展開しながら、極めて一般的な人気と大きな成功を手にしたのである。また、80年代のネオ・サイケやネオ・アコスティックのサウンドは、ロック音楽の新たな境地の開拓が目指されていたニューウェイヴ期において、大真面目に60年代に回帰しようとすることを志す後ろ向きの前向きという思いきり逆説的な方向性をもつものでもあった。そのような音の血脈を色濃く受け継いでいるthe brilliant greenが、90年代後半の日本において次々とヒット曲を飛ばす状況というのは、元から捩じれていたものが十数年という年月を経過してさらにもうひと捻りが加わって、真っ当にウケる音楽となってしまっているかのような不思議な驚きをもたらしもした。そして、すでに80年代という時代からは遠く離れた地点にいることを変に実感させてくれるものでもあったのである。
そうしたthe brilliant greenの人気が、常にフロントに立つ川瀬のヴァーカルやルックス、京都出身の女性らしいはんなりおっとりした個性的なキャラクターによって支えられていたことは間違いないところであろう。川瀬の変な力みのないダルなヴォーカル・スタイルは、the brilliant greenの楽曲において非常に特徴的で重要なパートを占める、独特すぎるほどに独特な魅力をもつものであった。この川瀬の歌唱法を最大限に活かすサウンド・スタイルこそが、ミッド・テンポのビートとノイジーに引きずるようなギターのリフに決して急くことのないゆったりとしたメロディ・ラインをのせる、どこかヒプノティックな風合いをもつthe brilliant greenならではのサイケでリアが脈打つブリグリ節であったのではなかろうか。
Tommyこと川瀬智子は、AMOYAMOのデビューから遡ること十五年も前から完全に脱力しきっていたのである。もしかすると、この川瀬智子こそが、ファッションやスタイルやパーソナリティの面をも含めた青文字系というものの元祖であったのかも知れない。
年齢的にはニュー・ウェイヴ世代のギリギリ末尾のあたりに属する川瀬は、the brilliant greenなどの活動を通じてUKロックやニュー・ウェイヴから受けている多大なる影響を表現するとともに、ファッションやスタイルの面でもオーソドックスなパンク・ルックや80年代のニュー・ウェイヴ系のテイストを現代風にアレンジしながらオシャレかつポップに再生させ続けている。そんな著名なファッション・アイコンの存在が、90年代後半から00年代にかけての原宿/裏原のモードに(そして、ひいては青文字系のファッション文化に)与えた影響は、決して軽微なものではなかったはずである。そういった意味においても、この10年代における川瀬智子とAMOYAMOのふたりの邂逅は、かなり運命的なものであったのかも知れない。
以前より川瀬智子の大ファンであることを公言しているAMOが、the brilliant greenや川瀬のソロ作品を聴くとともに、川瀬が通過してきたポスト・パンク〜ポスト・ニュー・ウェイヴ的なファッションやスタイルにも接し、そこから様々なものを感じ取り吸収していたであろうことは間違いない。
しかし、91年生まれのAMOの世代であると、90年代後半にカリフォルニア州オレンジ・カウンティのスカ・パンク・サークルから登場し大ブレイクしたノー・ダウト(No Doubt)のヴォーカリストでありバンドのフロント・ウーマンらしい常に人目を惹く容姿で新たな時代のファッション・リーダーとなったグウェン・ステファーニ(Gwen Stefani)や、00年代に大ヒット曲を次々と放ち一躍全世界的なポップ・アイコンとなったカナダ出身のポップ・パンクなシンガー・ソングライター、アヴリル・ラヴィーン(Avril Lavigne)といった存在から受けている影響にも、おそらく大きいものがあるのではなかろうか。
だが、そこで手本にされていると思われるグウェン・ステファーニは、マドンナの熱烈なファンでありフォロワーであることを公に認めてもいる。つまり、そのファッションのスタイルやセンスは、マドンナに代表される80年代のファッションやスタイルからの流れを継承しているものでもあるのだ。そして、マドンナのスタイルを生み出した80年代初頭のストリート・ファッションもまた、その先を遡ってゆけば、そこにはポスト・パンク系ファッションやニュー・ウェイヴ・ルックのオリジネーターとしてのスージー・スーがいるのである。そう、やはり青文字系のルーツの一端を辿ってゆけば、どうしたってスージー・スー的なスタイルから脈々と受け継がれてきているものに突き当たることになるのである。
もはやAMOYAMOの世代あたりになると、スージー・スーがスージー&ザ・バンシーズを率いて黒尽くめのニュー・ウェイヴ・シーンの第一線で活躍していた時期というのは、この世に生まれる遥か以前であったりもする。よって、青文字系と往年のスージー・スー的なスタイルの間柄は、孫引きもしくは曾孫引きであるともいえるだろう。おそらく、当事者は、それほど近さらしきものなどは感じていないのかも知れない。きっと、川瀬もAMOYAMOのふたりも、それを意識的に模倣したり、直接の手本としてはないと思われる。
しかし、ひとつのファッションやスタイルの系譜として眺めれば、確実に継承されているものはそこに存在しているのである。現在でもパンクやゴシックの匂いのするところであれば、いたるところにスージー・スーのファッションやスタイルから流れ着いてきているものを見出すことができる。スージー・スーが、ある種のパンク・ロック〜ニュー・ウェイヴ〜ゴシック/ダーク・ウェイヴ的な独特なファッション・スタイルを70年代後半から80年代にかけて生み出し、それをひとつのモデル/型として完成させたオリジネーターのひとりであることは明らかなのだから。

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