溝!

アクセスカウンタ

zoom RSS Rainbow: Over The Rainbow

<<   作成日時 : 2012/04/15 02:00   >>

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

Rainbow: Over The Rainbow

画像


12年3月28日、韓国の七人組アイドル・ガールズ・グループ、レインボー(Rainbow)が、ファースト・アルバム“Over The Rainbow”を、日本の所属レコード会社であるUNIVERSAL SIGMAよりリリースした。このアルバムは、レインボーにとっての日本でのデビュー・アルバムというだけでなく、彼女たちにとって韓国での活動も全て含めた初のアルバム作品となる。韓国のガールズ・グループが、本国でのアルバム・デビューよりも先に日本においてファースト・アルバムを発表するのは、KARAや少女時代よりも早く10年の5月から日本での活動を開始した4ミニッツ(4minute)が、その年の12月に発表したアルバム“Diamond”以来となるであろうか。
“Over The Rainbow”は、全10曲を収録したアルバムとなっている。ここには、これまでに日本で発表された三作のシングルのタイトル曲すべてが含まれており、アルバムの冒頭の1曲目から3曲目までをがっちりと固めている。そして、そのシングルに収録されていたカップリング曲も、3曲すべて本アルバムで聴くことができる。よって、アルバム中の既発曲は、これらのシングルの収録曲の全6曲となる。このうち4曲が、元々は韓国語で歌われていた楽曲の日本語ヴァージョンである。このアルバムのために新たに制作された新曲は、それらの既発曲を除いた全4曲。これらの新曲は、現時点では日本向けの作品用に制作された日本語歌唱ヴァージョンのみで聴くことのできるオリジナル楽曲となる。

09年11月にデビューしたレインボーは、KARAや少女時代たちのブレイクと成功を受けて登場した、先行するK-POP(新韓流)ガールズ・グループ・ブームのパイオニアたちに続く、ひとつ下の世代に分類されるアイドル・グループのひとつである。少女時代の“Gee”とKARAの“Mr.”が大ヒットを記録した、この年にデビューしたガールズ・グループには、レインボーのほかに、2NE1、4ミニッツ、アフタースクール(After School)、f(x)などがいる。それぞれ今や大物グループといってしまってもおかしくはないほどの活躍ぶりをみせている、錚々たる顔ぶれである。この年は新人グループも質・量ともに大豊作であった。まさに、新韓流と呼ばれるK-POPブームが大爆発した一年だったのである。

レインボーのデビュー作は、ミニ・アルバムの“Gossip Girl”。この作品からは、タイトル曲の“Gossip Girl”と“Not Your Girl”の2曲のスマッシュ・ヒットが生まれた。これには、所属事務所のDSP Mediaが当時セカンド・アルバム“Revolution”からのシングルの連続ヒットによって大ブレイク中であったKARAの妹分グループとして巧妙に売り出した、デビュー時期のタイミングの設定など戦略面での勝利という部分が非常に大きかった。新人グループのレインボーとしてヒットを飛ばしたというよりも、ただ単にKARAの妹分として言葉は悪いが「お尻ダンス」で社会現象を巻き起こした“Mr.”の大ヒットからの流れの中でどさくさに紛れて売れてしまった感じであったのだ。
しかし、この思いがけぬ幸運な出だしがレインボーという新人グループにとっては、逆に足かせともなってしまった。何をしても先輩のKARAを追従する動きと見なされてしまい、なかなかレインボーならではのグループの特徴や色が見出されなかったのである。七人のメンバーがもつそれぞれの個性やカラーが一体となって、七色の虹のような美しさを表現するところから命名されたグループ名であったはずなのだが、この当時はまだ先輩のKARAが放つ強烈な後光によって全ての色が霞んでしまっている状態であった。

その後、しばらくのグループとしてのイメージやコンセプトの見直しや練り直しの期間(約半年)をはさんで、レインボーが風雲急を告げるK-POPのシーンに舞い戻ってきたのは10年の8月のことであった。この年の夏から秋にかけて、レインボーは配信シングルとして発表した“A”と“Mach”を立て続けに大ヒットさせる。
ノー・スリーヴのシャツの裾を身体の前でクロスさせた両手で持ち上げてチラリとお腹を露出させる、いわゆる「お臍ダンス」でセンセーショナルな話題を振りまいた“A”のヒットによって、ようやくレインボーは事務所の先輩KARAの後光から抜け出し、グループとしての色と顔が見える段階に突入した。つまり、この両曲をヒットさせたことによって、ようやく本当の意味でのレインボーの活動の幕が開けたといってもよい。
09年にデビューした新人ガールズ・グループの中では、このレインボーとシークレット(Secret)だけが、コンスタントにヒット曲を飛ばし日の目を見るまでにしばらく時間がかかっている。レインボーとシークレットは、近頃のK-POPのグループにしては珍しく売れるまでの下積みの苦労の期間を経験しているグループだといえる。

そして、11年4月には約一年半ぶりのフィジカルなリリース作品となるセカンド・ミニ・アルバム“SO女”が発表される。この作品からは“To Me”が、そしてその約二ヶ月半後の6月にリリースされたリパッケージ盤からは“Sweet Dreams”が、それぞれヒットを記録した。いずれも日本人のハウスDJ兼ダンス系プロデューサー、DAISHI DANCEを制作に起用した、メロディアスでポップなピアノ・ハウス調の楽曲であったことも大きな話題となった。10年に“A”と“Mach”の連続ヒットでようやくブレイクを果たしたレインボーが、その勢いを維持したままセカンド・ミニ・アルバムからの“To Me”と“Sweet Dreams”という再びの連続ヒットをものにしたのである。そこに聴くことのできた、この七人組ならではの華やかなテイストをもったダンス・ポップ路線の展開には、少しばかり頼もしさも覚えたものである。この時期のレインボーは、KARAや少女時代のようなトップ・アイドル・グループへの階段を着実に上り、その扉を確実に叩きつつあるように見えた。

こうして、韓国国内での人気が安定し勢いがついてきたところで、その余勢をかってレインボーは、一気に日本でのデビューまで果たすことになる。11年9月14日、彼女たちにとっての出世作でもある験のいい“A”の日本語版シングルがリリースされた。これが、いきなりオリコンの週間チャートで3位にランクされる記録的なヒットとなる。そして、12月7日には“A”からの流れを受け、得意の連続ヒットを狙って、日本語版の“マッハ”が第二弾シングルとしてリリースされた。このシングルもオリコンの週間チャートでは9位にランクされるヒットとなり、レインボーの日本での人気が、TV出演時に常に話題となった「お臍ダンス」のチラリズムにリードされた一過性のものでは決してなく、きっちりと定着したものになりつつあることを印象づけた。

さらに、12年に入ってからは、3月14日に第三弾シングルとなる初の日本オリジナル楽曲によるシングルの“ガナガナGO!”がリリースされている。そして、このシングルもまたオリコンの週間チャートで7位にランクされるヒットを記録する。これで、レインボーは日本デビューから三作連続でシングルをオリコンの週間チャートの10位以内に送り込んだことになる。まだ、本格的な日本進出から約半年でありながら、すでにかなり安定した人気を誇っていることを、この事実は見事に証明している。この日本では、七人のメンバーの絶対的なルックスやスタイルのよさから、若年層の男女を中心に性別に関係なく幅広いファン層を獲得している印象がある。雰囲気的には、オシャレでキレイなお姉さんというイメージを強く打ち出していることで、K-POPアイドルというよりも普通に見栄えのよいアイドル・ポップスとしてウケている部分は多分にあると思われる。

こうしたシングルのヒットが続く好調な流れを受けて、“ガナガナGO!”のリリースの二週間後に登場したのが、このアルバム“Over The Rainbow”となる。まさに日本デビューから約半年で畳み掛けるようにファースト・アルバムまで漕ぎ着けたという感じである。09年に韓国でデビューした当時、レインボーらしさを模索して、しばらく苦難の道を歩むことになってしまったことを思えば、これは格段の成長ぶりといえるだろう。日本でのシングルのチャートでの健闘は、ほぼKARAや少女時代といった先輩グループと肩を並べるほどまでに肉薄したものであったのだから。

韓国の歌謡界は、基本的にシングル・ヒットを中心に動いている世界である。制作のコストが割高であり、また国内音楽市場の規模の小ささからも、そしてそれに輪をかける違法ダウンロードによってコピーされたファイルの氾濫などの面からも、アルバムが売れない状況が慢性的にある韓国では、あまりにも費用とセールスが見合う見込みのないアルバム作品は(比較的)敬遠され、よりシングル偏重型へと固定化してゆく流れができてしまう傾向が強い。しかしながら、このあたりのことに関する日本における状況は、全く真逆に近いものがある。日本では、数曲しか聴くことのできないアッサリとしたシングルよりは、一度に多くの曲を聴くことができ、当該アーティストの音楽(や人柄)を深く知ることができるアルバムを、特別な作品として尊重する傾向が古くからある。
かつては、韓国でも、アルバムを中心とするリリースがずっとなされていた。不幸な日本による統治時代から20世紀末までの流行音楽の主流を担っていた、民謡、歌謡、トロット、ロック、フォークなどのジャンルの作品には、歴史的名盤とされるアルバムが多く存在している。しかし、00年代以降に第一次韓流ブームの余波を受けてK-POPのブームが一気に加熱し、歌謡界が若いアイドルたちで溢れかえる頃には、市場の原理や音楽業界の置かれた環境、時代の変化などの様々な問題との兼ね合いから、シングルのリリースを中心として目まぐるしく展開されるシーンへと急速に変化してゆくことになってしまったのである。
それに比較すれば、最盛期よりもかなり縮減してきているとはいえ、日本の音楽市場でならば、K-POPアイドルであってもアルバムのセールスをある程度は見込むことができる。そして、基本的には、日本の音楽業界のほとんど全ての事柄は、このアルバムのリリースを中心にして動いているといってもよいのだ。また、大局的にはアーティストの評価の対象となるものもシングルではなく、まとまった形でじっくりと制作されるアルバム作品となるのが通例なのである。つまり、シングルが売れるだけでなくアルバム作品のセールスでも成功して、はじめて一流のアーティストとして認められる傾向があるということ。これは、日本の音楽業界で活動する限りK-POPアイドルであっても同じことである。
そのような意味では、日本においては先にシングルを数枚発表して(その反応を見てレコード会社側が判断を下し)、それらの先行した作品もまとめた形でのアルバムの制作プロジェクトが動き出すという、アーティストの制作活動形態や活動環境が、すでに形式として出来上がっているともいえるだろうか。これは、アイドル歌謡の世界に限らず、ロックでも、アニソンや声優歌手の世界でも、ほとんど同様の形態がとられる。そうした日本の商業音楽の市場や業界の構造的な部分も、本国ではまだアルバムを発表していないK-POPアイドルが、日本において一足先にアルバム・デビューを果たすことの、ひとつの大きな要因ともなっているのではなかろうか。

アルバム“Over The Rainbow”は、前述した通り日本盤シングルからヒット曲の三連発で、かなり派手目に幕を開ける。“A”、“マッハ”、“ガナガナGO!”と、非常にノリのよい楽曲が次々と繰り出され、嫌が応にも気分は盛り上がる。典型的な一番おいしいところをド頭にもってくるアルバムの構成といえるだろう。まさに、CD店の試聴機に入れられた時に最も聴かれる確率の高い、冒頭のパートをイヤー・キャッチーで購買意欲をそそるヒット曲で固める手法を、あからさまに展開させたようなアルバムとなっているのである。
そんな先制パンチの後には、ライトなディスコ調のダンス・ポップ曲“Kiss! Kiss! Disco!”、軽いダブステップ風の導入部がついたポップ・トランス曲“Alright”、R&B調のタメの利いたエレクトロ・ポップ“Energy”と、レインボーの十八番のスタイルでもあるポップなダンス系の楽曲を中心とした流れが続く。だが、そんなアルバムの中で、ひと際異彩を放っているのが、何とも切ない雰囲気のセミ・バラード曲“Touch me, Feel me, Love me”である。ザ・フー(The Who)の“See Me, Feel Me”を思わせるタイトルの楽曲であるが、特にこれといった関係性や引用などのつながりは両曲の間に見当たらない。ただ、似た感じのタイトルになってしまっただけなのだろう。

この“Touch me, Feel me, Love me”は、レインボーとしては非常に珍しいダンス系以外のスタイルの楽曲となる。おそらく、ここまでバラード寄りの楽曲をレインボーとして歌うのは、これが初めてなのではなかろうか。普通であれば、どんなアイドル・グループでも平均して5曲か6曲を収録するミニ・アルバムを制作する際に、そのうちの1曲ぐらいはバラード系の楽曲を録音するものである。これには、韓国の歌謡界では伝統的にバラード曲の人気が非常に高いために、そうした作品の構成が好んで組まれているという理由が考えられる。
それとともに、現在のアイドル・グループのメンバーのほとんどは、所属事務所の練習生として歌やダンスのトレーニングを重ねる期間を非常に長く過ごしてきているのである。幼い頃から歌の上手かった少年少女は、この時期にその喉と歌唱力を徹底的に鍛え上げられることになる。そのため多くのアイドル・グループには、デビュー時からしっとりとしたバラード曲を歌いこなすスキルが身に付いているメンバーが含まれているのが、今やほぼ当たり前のこととなっている。しかしながら、レインボーの場合は、そうした突出したディーヴァ系のメンバーが七人のうちに一人もいなかったことが、良くも悪くも大きな分かれ道となった。全員が平均的な歌唱力をもつメンバーであったために、特定のシンガーにスポット・ライトの当たりやすいバラード系の楽曲は、これまで暗黙のうちにレインボーの作品では回避されてきた節がある。
そして、この初のアルバム作品で、ようやくその長らくの禁が解かれたのだ。その裏には、やはりレインボーというグループの変化が間違いなくある。デビュー当初は、とにかく綾瀬はるか似ということで早くから日本でも人気に火がついたリーダーのキム・ジェギョン(Kim Jae Kyung)が、歌の面でもダンスの面でも必死になって引っ張っている印象が強かった。その後、“A”と“マッハ”の連続ヒットの頃からは、曲中でラップを担当するコ・ウリ(Koh Woo Ri)にも少しずつ脚光が大きく当たりはじめ、リーダーのジェギョンが全てを背負い込んでいた状態からは、ようやく脱することになる。やはり、“A”と“マッハ”で立て続けにヒットを飛ばし、レインボーというグループのもつカラーが鮮明になってきたことで、それぞれのメンバーにとっても、この七人での活動に自信がつき精神的にも余裕ができてきたのであろう。まさに七色の虹の如く、七人のメンバーが色鮮やかな個性を発揮し始めたのだ。そんな中でグングンと伸びたのが、メンバー中でも最も年少のふたり、キム・ジスク(Kim Ji Sook)とチョ・ヒョニョン(Cho Hyun Young)である。元々、歌手としての資質には大いに恵まれていたふたりが、デビュー当初と比較すると格段に歌って踊るアイドル・シンガーとしての成長を遂げ、さらに歌唱の実力をめきめきと向上させてきたことは、レインボーにとっての大きな変化であったといってよい。それは、今回の初バラード曲“Touch me, Feel me, Love me”の録音にも間違いなく繋がっているはずである。

そして、アルバムの終盤には、これまで日本で発表されたシングルに収録されていたカップリング曲、3曲すべてが収められている。このうちの“A”のカップリング曲“ゴシップガール”と“マッハ”のカップリング曲“ノットユアガール”の2曲は、いずれも09年に発表されたレインボーのファースト・ミニ・アルバム“Gossip Girl”収録曲の日本語歌唱ヴァージョンとなる。レインボーにとっての韓国でのデビュー作に収録されていた、彼女たちの活動の原点ともなった楽曲が、このファースト・アルバムにも収められているということは、それなりにとても意味深いものがあるような気もする。

このアルバム“Over The Rainbow”は、発売直後にオリコンの週間アルバム・チャートで10位にランクされている。韓国のアイドル・グループの作品は、軒並み日本の音楽市場において好調なセールスを記録しているが、このレインボーのファースト・アルバムも、その例に漏れず上々の成績を残したといってよいであろう。
しかし、新韓流のブームが到来してからやや時間も経ち、すでにK-POPであれば出せば何でも売れるという状況では完全になくなりつつある。これからは、基本的に、アーティストとしてのポテンシャルが高くネーム・ヴァリューのあるもの、作品としての質の高いものだけが、音楽市場のメイン・ストーリームで生き残ってゆくことになるはずである。そして、それら以外は、基本的に、韓国音楽やK-POPを好むマニアたちによるシッカリと定着した根強い支持を基盤に、決して大きなヒットには結びつかなくとも、地道なセールス結果をあげてゆく形に落ち着いてゆくことになるであろう。
これは、現在の日本国内における、いわゆるアイドル戦国時代といわれる乱戦状況でのアイドル歌謡の受容の在り方と、ほぼ等しいと考えて間違いない。AKB48などの一部のメジャーなアーティストを除けば、それ以外の多くのアイドル・グループは、滅多にTV出演することはなく、地道な営業ライヴや小規模のイヴェントなどを中心に活動するマイナー・アイドルという大きな枠に属するアーティストということになってしまっている。このメジャーとマイナーは、かなりはっきり色分けされていると考えて間違いはない。だが、これが決してアーティスト性や音楽性の質の優劣によって色分けされているのではないことは忘れてはならない。もしも、そこに違いがあるとすれば、それはただ単に売れる量の桁が違っているということだけにしか過ぎないのである。
レインボーは、今回のデビュー・アルバムのセールスやランキングの結果で、そこそこの成績は残しはした。だが、まだまだグループそのものの立ち位置としては、先行するKARAや少女時代とともに並び立つようなメジャーな存在と呼ぶには時期尚早であるようにも思える。日本デビューから約半年という現時点のレインボーは、そうした日本の音楽業界/アイドル歌謡の動きにおける、メジャーとマイナーの両極を分け隔てるギリギリの線にいるような気がしてならない。

そんなレインボーが発表した初アルバムであるが、それぞれの収録曲は粒揃いでありながらも、全体として少しパンチに欠ける感じがするのが、実はかなり気になるところである。5曲目のセミ・バラード曲“Touch me, Feel me, Love me”などは、とてもよい曲であるものの、周囲を取り囲んでいるアップ・テンポの楽曲のクオリティがもっと高ければ、さらに本アルバム中で映えることになったのではなないかと思えてしまったりもするのだ。シングル曲、ダンサブルな新曲、バラードなど、局所的にポツポツと耳をとらえるポイントが散在しているような印象のアルバムなのである。
やはり全体的に、やや軽いのではなかろうか。あまりにもサクッと通して聴けてしまうアルバムであるような気がしてならない。ポップ・ミュージックのアルバムなのだから、本当はそうした徹底した軽さこそが高く評価される部分であるのかも知れない。しかし、時代は決定的に変わりつつある。もはや、アイドル歌謡は、軽いポップ・ミュージックとして聴き流されるべきものではなくなってきてもいるのだ。事実、AKB48の楽曲は、常に非常に重い。よって、旧態依然のアイドル歌謡では、もはや現代のアイドル歌謡としての体をなさないのである。使い捨てのポップスから使い捨てることのできない部分をピック・アップする新しい時代のポップ・ミュージックの聴き方が、静かに定着しつつある。
より強烈なフックをもつ、聴く者の耳にぐさぐさと引っ掛かるような楽曲が、本アルバムにはもっと欲しかった。聴いた後にほとんど何も残らないようなアルバムは、間違いなく三ヶ月後には、もうその存在をすっかり忘れ去られてしまう。賞味期限は、とても短い。今の時代、そんなアルバムで本当によいのだろうか。ポップ・ミュージックのアルバムが、大量生産され大量消費されていた時代であれば、それでもよかったのだろうが。多くのファンが待ち望んだファースト・アルバムであるだけに、もっとギュッと凝縮された、ガツンとくる作品であってほしかった部分はある。
まるで聴き流されるためにあるような気が抜けた曲を歌うアイドルやアーティストは、まだまだ日本にもたくさんいる。だが、なにもレインボーが、そこらへんの普通の歌謡曲と敢えて歩調を合わせることはないだろう。日本の音楽市場向けに、アルバム全体をあっさり味に仕上げることが狙いだったのだろうか。もっとギラギラでギトギトな、ピリッと辛みのあるK-POP/韓国スタイルのアイドル歌謡を大上段に構えて展開して欲しかったのだが。本国向けと海外向けのスタイルを使い分けるような、そんな器用なことする必要は、全然ないのだ。

日本での三作目のシングル曲“ガナガナGO!”には、元ゴーバンズ(GO-BANG'S)の森若香織が日本語詞の制作者のひとりとして関わっている。かつてKARAのアルバム収録曲“スウィートデイズ”の日本語詞を手がけていた森若であるから、同じDSP Mediaに所属するレインボーの日本盤シングルの制作にも引き続き起用されることとなったのであろう。しかし、ここでは、このヴェテラン・ポップ職人の歌詞のよさを、いまいち活かしきれていないのである。少しばかり曲そのものスケールの大きさが、歌詞が描き出すイメージの広がりに負けてしまっているようにも感じられる。やはり、ここでもパンチに欠けるのだ。作曲は、KARAの初期のヒット曲を手がけた(“GO GO サマー!”や“ガールズ パワー”などの日本でのシングル曲の作曲も行っている)ことで知られるハン・サンウォン(Han Sang Won)なのだが、この“ガナガナGO!”ではどうも完全にパワー不足だ。もっと弾けるようなポップさがあってもよかったのではなかろうか。そのタイトル通り、その歌詞の通りに、新しい世界へと勢いよく飛び出してゆくような。

この全体的な弱さは、突き詰めて考えてゆくと、韓国語歌唱曲と日本語歌唱曲の差や、韓国制作曲と日本制作曲の差といった次元の話ではないようにも思えてくる。どうも、韓国でも日本でもヒットを記録したレインボーの代表曲でもある冒頭のシングル曲の2曲と、それ以降の楽曲とでは、歌謡曲としてもポップ・ミュージックとしても、パワーやポテンシャルの面で決定的に違うものがあるようなのだ。
やはり、ハン・ジェホ(Han Jae Ho)とキム・スンス(Kim Seung Soo)の黄金コンビによる楽曲じゃないとダメなのだろうか。ジェホとスンスは、数々のKARAの大ヒット曲の作曲を手がけてきた、もはやヒット請負人とも呼べるような作曲家ティームである。このふたりによる質の高い楽曲なくして、09年のKARAの大ブレイクはなかったであろう。また、レインボーにしてもジェホとスンスによる“A”と“Mach”というヒット曲に恵まれていなければ、今ごろまだ飽和状態の韓国アイドル歌謡界の下層で燻ったままであったかも知れない。
そんな魔法のような高度なポップ性をもつジェホとスンスによる楽曲であるから、やはり冒頭の燦然と輝く2曲を頂点として、それ以降の少々趣きを異にする質感の流れとでは、やや大きな落差を感覚させられたりもしてまうのである。そんな風にアルバムを聴き進めてゆくにつれて、少しずつ気持ちが萎えていってしまうのは、なんとも残念なことというしかない。

しかしながら、楽曲は多少弱くとも、レインボーの七人の歌唱そのものは、実にしっかりしていてよいのだ。それぞれの個性をもつ七人が歌声を重ねて描き出す虹色の歌唱は、一聴してすぐにそれがレインボーとわかるものとなりつつある。かつて色濃くあったKARAの妹分的な面を、DSP Media所属のグループの良質な遺伝子として引きずっているような部分もあるが、完全にグループとしての歌唱の色は確立されているといってよい。
その中でも、やはりひと際際立って個性的な印象を与えてくれるのが、実にクールな質感をもつウリのラップである。なかなかこうした落ち着いた声のトーンで据わりのよいラップを披露する女性アイドルはいないだけに、この個性は非常に貴重である。この凛としたラップのスタイルが、そのシャープでクール・ビューティなルックスと、実によくマッチしている点も見逃せない/聴き逃せないところである。

ただ、このファースト・アルバム“Over The Rainbow”は、どうも全編に渡ってパワーと気合いでみなぎったものとはなっていないのだ。そんなアルバムのもつ雰囲気が象徴するかのように、現在のレインボーというグループ自体にも、あの“A”から“SO女”にかけての時期にあった、駆け上がるような勢いが感じられなくなってきているのが、正直なところであったりするのである。日本でリリースされた三枚のシングルは、オリコンのチャートのランキングにおいて、そこそこの成績を残してはいるのだが。
日本でのデビューとコンスタントなシングルのリリースによって、こちらから眺めている分にはあまり目立ってはいないが、この間に本国の韓国では11年6月22日に発表されたセカンド・ミニ・アルバムのリパッケージ盤“Sweet Dreams”以降にレインボーとしてのリリース(ドラマ等のサントラ盤への参加は除く)は、実は一作品もないのである。すでに約十ヶ月近く、全くグループとしての活動のないブランク期間が続いているのだ。
これは、次々と新しい顔が登場し、ヴェテランから中堅、若手までが入れ替わり立ち替わり目まぐるしくヒット曲を繰り出している韓国のアイドル歌謡界においては、その人気を維持してゆく面で大きなダメージとなるのではなかろうか。数ヶ月に一度は新曲をリリースしてヒットを放ち、衣装や振り付け、MVの内容などでホットな話題を提供し、常にポップ・ミュージックを消費する層の前に露出し続けることがアイドル(アイドル・グループ)の継続的な活動にとっては、大変に重要な前提条件となっている。芸能事務所としても、巷で所属アーティストの話題が途切れることを最も嫌うはずなのだ。

だが、それにも拘らずレインボーのグループとしての活動に関しては、本格的な日本デビュー直前の昨年の夏から全く音沙汰がない状態のままなのだ。このブランクの期間に本国の韓国であった大きな動きといえば、12年1月に突如としてグループ内グループとなる三人組ユニット、レインボー・ピクシー(Rainbow Pixie)の結成がアナウンスされ、1月12日に配信のみのシングル曲“Hoi Hoi”がリリースされたぐらいであろうか。このレインボー・ピクシーのメンバーは、オ・スンア(Oh Seung A)とジスク、ヒョニョンの三名。どちらかというとグループの中でも妹系のキャラクターのフレッシュな顔ぶれが揃った別ユニットとなった。
軽いトランス・ハウス調のダンス・ポップ曲となっている“Hoi Hoi”は、フリフリな衣装の妖精に扮した三人組が可愛らしく歌い踊る、ちょっと気恥ずかしくなってしまうくらいに直球のアイドル歌謡であった。そのカラフルな雰囲気には、どこかかつてのハロー!プロジェクトのシャッフル・ユニットを思わせるものがある。
そして、このレインボー・ピクシーでの活動においても、このところ急成長しているジスクのヒョニョンのふたりが、目を見張るほどの高度なタレント性を発揮しているのが目立った。七人組の大所帯グループでの協調性が求められる活動から解放されて、まさに活き活きと羽を伸ばしている感じなのである。ふたりともに表情がとても多彩であり、身体全体を使って瞬時に自分を表現する能力にも非常に長けている。さらには、コミカルなアクションを得意としている点もポイントが高い。まさに、歌って踊れて笑いのツボまでも心得ているのである。このおふたりさん、アイドル歌手としてだけでなくTVタレントとしても将来かなり有望なのではなかろうか。

そんな韓国での長いブランク期間に(実質的に)突入してしまっているレインボーであるが、かといって、この間に日本での活動に専念しているという風でもない。大抵は、特別なイヴェントやメディア出演のたびに来日をして数日滞在しスケジュールをこなすという程度である。これはもう、日本での活動のスケジュールを除けば、ほとんどレインボーとしてのまとまった活動は休止状態にあると考えてもよいのではなかろうか。
このグループとしての活動休止状態の裏には、もしかすると所属事務所との個別のタレント契約が更新時期を迎えているメンバーがおり、その交渉が難航していたりするような事情があるのではないかといった、憶測や疑念が湧いてきてしまったりもするのである。実際、レインボーが国内でまとまった形での活動ができていない状況については、すでに様々な噂が渦巻いている。もしも、こうした契約の問題が裏で絡んでいるのであれば、主な活動が、事務所との契約の更新時期を迎えていないメンバーによる別ユニットや、韓国国内での契約条項には抵触しない日本におけるシングルやアルバムのプロモーションだけとなっている現状に対しても、ほぼ説明がつくようにも思われるのである。
古来より火のないところに煙は立たないともいう。この目まぐるしいほどに動きの早い韓国の歌謡界にありながらも、不自然なまでに長いブランクであることを考えると、やはり本当に何かあるのではないかとも思えてくる。所属事務所のDSP Mediaは、この期間を各メンバーがソロ活動に専念する時期だと表明しているようである。しかし、ここで目立った活動をしているのは、TVのヴァラエティ番組にレギュラーとして参加していたウリや、TVドラマへの出演が決定しているリーダーのジェギョン、そしてレインボー・ピクシーのメンバーの数名のみであり、明らかにメンバーの全員が活発なソロ活動を行っている事実はなかったりする。よって、このブランク期間に関する事務所側の説明は、どうにも不自然なものがあり、逆に怪しく思えてきてしまうものがあるのである。

画像


そんな、どうも煮え切らない状態にあるレインボーとは完全に対照的な、実にK-POPアイドルらしい押しの強さや強烈な勢いを感じさせてくれるのが、YG Entertainmentに所属する四人組ガールズ・グループの2NE1だ。レインボーと2NE1は、ともに09年に韓国歌謡界にデビューした同期のグループでもある。そして、レインボーがファースト・アルバムの“Over The Rainbow”をリリースした12年3月28日に、2NE1もまた日本におけるファースト・アルバムとなる“Collection”をリリースしている。このアルバム“Collection”は、オリコンの週間アルバム・チャートにおいてレインボーのアルバムよりも上位の5位にランクされた。

2NE1は、11年9月21日にミニ・アルバム“Nolza”を発表し、本格的に日本での活動を開始している。これもまたレインボーの日本デビューとほぼ同時期となる。“Nolza”は、オリコンの週間アルバム・チャートにおいて初登場首位を獲得する、空前の大記録を打ち立てた。また、この“Nolza”のリリースに併せて、いきなり同タイトルの全国ツアーが敢行されるなど、YG Entertainmentと2NE1らしいド派手なプロモーションが展開された。まさに、鳴り物入りの日本デビューであったのである。その後もこまめに日本の音楽番組などへの出演を重ね、11月16日には日本でのデビュー・シングルとなる“Go Away”をリリースしている。このシングルは、オリコンのデイリー・チャートで9位にランクされるヒットとなった。

そんな何とも華々しい日本デビューからの約半年間の活動を経て、ここに登場したのがアルバム“Collection”だ。これは、日本における初アルバムであるのだが、そのタイトルが物語っている通り、09年以来の2NE1の過去のヒット曲を日本語歌唱ヴァージョンでコレクションしたベスト・アルバム的な内容の強烈な一枚となっている。最初のアルバムから普通に楽曲をコレクトしただけでベスト盤のような作品集となってしまう、この四人組がもっているポテンシャルの高さや音楽的なアウトプットの濃さが、とにかくすさまじい。

2NE1の日本語歌唱は、もはや(一般的な意味での)歌謡曲という枠を越えてしまっているようにも感じられる。その独特の雰囲気をもつ歌は、単なる歌謡曲というよりも、どこか対話や会話、普通のお喋りの一部のようにすら聴こえるのである。それは、元々の意味での歌謡=謳いとしてだけでなく、ある意味ではほとんどメッセージとしても機能しているのだ。そこでは、日本語の歌詞が歌われているというよりも、明らかに言葉がむき出しのままに投げかけられている。
おそらく、彼女たちにとっては外国語である日本語での歌唱は、まだその全ての歌詞の意味や言葉のニュアンスを深く理解しているものではないのだろう。そんな、完全には操れていない言語だからこそ、逆にその発声や発話において、その言葉がもつ意味が真っ直ぐに際立つことがある。全く意図しない発音・発声の力ほど強靭なものはない。そうした際立った言葉の数々の連なりが、2NE1の日本語歌唱を独特で面白いものとしている。
また、その日本語詞そのもののつくりも、基本的に彼女たちと同世代の同性のリスナーに向けて話しかけ、語りかけるような形式のものとなっている。そんなリスナーに向けて直接投げかけるメッセージとしての言葉の連なりによって、2NE1は同世代の女性の気持ちを見事なまでに掬いあげ代弁してみせる。実に特徴的な歌なのだ。そして、若い女性の内面の強さや弱さ、楽しいこと悲しいことムカつくことに乱高下する気持ちの機微を表現した2NE1の歌唱は、多くの共感を呼ぶものでもある。リスナーは、その気心の知れた友人とのお喋りのような音楽と歌の世界に、とても入り込みやすい。間違いなく、これは2NE1の日本語歌唱がもつ、ある種独特の特徴であると思われる。

そして、その音楽的な面にも目を向けてみると、それは、エレクトロ、R&Bダンス、ハード・ロック、レゲエ、ハウス、トランスなど様々な要素を果敢に飲み込んだ、とても色鮮やかで先鋭的なK-POPとなっている。ほとんど、これまでのK-POPの枠組みを突き抜けるほどに尖っている、その音楽性は、やはりもはや単なる歌謡曲ではなくなっているともいえるだろう。ただただ、やりたいことだけを徹底的にやっているような、実に奔放なサウンドなのだ。それは、まさに現代を生きる若い世代の女性の元気のよさを、そのまま映し出したようなサウンドでもある。こうした音楽性もまた、彼女たちの楽曲が熱い支持を受けている大きな要因なのである。そこには、リスナーが耳で感じ取ることのできる同時代性の響きが色濃くある。

2NE1というグループは、今やその音楽性からも、パワフルな歌唱からも、個々の際立ったキャラクターからも、新たなトレンドを生み出すファッション性からも、大きな注目を集める存在となっている。彼女たちは、そうした様々なチャネルを通じて2NE1というグループがもつ先進性に満ちた魅力を発信し、熱烈な支持を獲得している。そしてまた、それを支えているのが、2NE1の四人のメンバーに備わった、少々押し付けがましいくらいに、その独特な個性を外に向けて直球でアピールすることのできる唯我独尊な地力の強さなのである。
その奔放なファッションや佇まいを、正統派アイドルの系統から眺めると、2NE1というグループは、かなりその流れの真ん中からは外れたところにいるともいえるだろう。だが、それだからこそ、本当の意味での新しさを追求できているのではなかろうか。2NE1の奇抜なファッションは、決して押し着せられたものに見えることはない。逆に、そこからは、好きなことを好きにやるアティチュードが、全身からにじみ出しているように見えることすらある。これだけの戦国状態/飽和状態を迎えている日韓のアイドル歌謡の世界であるから、こうした根っこの部分からの新しさや、フレッシュな刺激を展開することのできるタレント性や個性こそが、とても重要な鍵を握る部分となってくる。


そうした目新しさや刺激といった部分が、現在のちょっと減速気味なレインボーには、やや欠けてしまっているようにも感じられるのである。

所属事務所の先輩のKARAのように、歌謡曲の王道を突き進むのであるならば、もっと音楽的な快を貪欲に追求したパワーのある楽曲で、聴く者をぐいぐいと引き込んでゆかなくてはならないだろう。しかし、レインボーの場合には、ヒット・メイカーのハン・ジェホとキム・スンスが書き下ろした強力な楽曲“A”で刺激的な「お臍ダンス」を展開し、起死回生のヒットを飛ばしてブレイクしたという過去をもつ。つまり、その出自からして、レインボーは歌謡曲のノリに飛び道具をプラスしたスタイルをとっていたのである。その飛び道具とは、その話題性を集める振り付けやダンス、それらを可能にするビートの利いたダンス・サウンドによって構成される。
レインボーは、歌謡曲の王道をゆくよりも、ダンス・ミュージック寄りのサウンドに活路を見出したのである。そして、その路線を突き進むことを端的に示したものが、ミニアルバム“SO女”での日本人ハウスDJ、DAISHI DANCEのプロデューサーとしての起用であったといえる。だが、そうした方針そのものが、逆に彼女たちが突き進む道の道幅を狭め、その前進を困難なものとしているような気もするのだ。所属事務所のDSP Mediaは、やはりどちらかというと韓国の歌謡曲の世界を生き抜いてきた芸能事務所なのである。よって、レインボーが展開しようとするダンス・ミュージックも、いまいち振り切れていないダンス歌謡的なものになりがちなのだ。まあ、それはそれである種の新鮮味をもつものでもあるのであろうが。

ただ、ひとたび階段を一段上がってしまったら、もう下には引き下がれないのが、アイドル歌謡の世界であり、現在のガールズ・グループに課された宿命だといえるかも知れない。ならば、レインボーは、お臍までまくり上げたシャツを、それ以上まくり上げ続けなけれなばらないということであろうか。例外となるのは、完全に一番上まで上がりきってしまった場合だけである。それ以前に階段から下りてしまうのは、周囲からはそれすなわち戦意喪失の撤退としか目されない。
絶え間なき上昇(エスカレート)と上書きのみを宿命づけられた、アイドル業界内部の熾烈な競い合い。それに加えて、毎月のように続々と新人がデビューし続けている韓国の歌謡界は、もはや完全に飽和状態を超過しているといわざるを得ない。そこで、現在のレインボーのように低調な勢いでぐずぐずと低空飛行を続けていては、ゆくゆくはそのまま人気も先細りしていってしまうであろう。

韓国ではグループでの活動に関して長いブランクがあり、日本では微妙に早い段階から中堅アイドル的な落ち着きを見せ始めてしまったことで、どうにもパワーと勢いに欠ける状態に陥りつつあるレインボー。このあたりで、今後のプロモーションの戦略や作品の売り出し方、日本市場向けのグループのコンセプトなどを、しっかりと仕切り直しておいたほうがよいのではなかろうか。これからのレインボーのことを考えれば考えるほどに、少々心配になってくる。
レインボーとは、それぞれのメンバーがもっているポテンシャルには間違いなくとても高いものがある七人組である。だからこそ、それを最大限に発揮して、もっと全速力でレインボーならではのアイドル道を突っ走ってもらいたいところなのだが。このまま日陰の位置に定着してしまうようなグループでは決してないはずなのである。

昨年から約半年間に渡ってレギュラーをつとめたTVのバラエティ番組「青春不敗 2」を、この改変期に降板することになったコ・ウリは、その番組内で「レインボーでの活動に専念するため」と降板理由を語っている。これが真実であるならば、レインボーのグループとしての活動再開も、そう遠い日のことではないと考えてよいのではなかろうか。完全復活を遂げたレインボーが、あのギラギラしていた“A”や“Mach”の頃のような勢いを取り戻し、華々しい活躍ぶりを再び見せつけてくれることを、心より祈りたい。(12年)

Tweet

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
Rainbow: Over The Rainbow 溝!/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる