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zoom RSS Cherry Belle: Love Is You

<<   作成日時 : 2012/03/30 03:00   >>

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Cherry Belle: Love Is You

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チェリー・ベル(Cherry Belle)は、インドネシアを拠点に活動する九人組アイドル・ガールズ・グループである。11年にデビューしたばかりの新人グループだが、すでに本国インドネシアでは爆発的な人気を誇っている。いや、もはやその人気は、東南アジア地域全体にジワジワと広まりつつあるといってもよいのかも知れない。
メンバーは、リーダーのシャーリー(Cherly)、アニサ(Anisa)、エンジェル(Angel)、デヴィ(Devi)、ウェンダ(Wenda)、フェリィ(Felly)、クリスティ(Christy)、リン(Ryn)、ジジ(Gigi)の九名。全員が10代後半から20代前半という年齢であり、平均すると二十歳前後のメンバーで構成されたグループとなっている。今のところまだインドネシアでは、10代前半や中盤のメンバーを中心とするジュニア・アイドル・グループは、それほど多く活動していない。

チェリー・ベルは、インドネシア国内で行われたタレント発掘のオーディションによって選抜されたメンバーによって結成されている。まず、多くの応募者の中から歌とダンスに関して優れた資質をもつ約20人の第一次候補者が選び出された。その後、この候補者による合同のリハーサルに入り、ここでプロのアイドルとなるための厳しいトレーニング期間が設けられた。そして、この時に、それについてゆけなくなった数名の落伍者が出た。その欠員を補充するための第二次と第三次の追加オーディションが並行して行われ、ここで敗者復活のチャンスを掴んだのが現在のグループのメンバーであるデヴィ、ジジ、アニサの三名であるようだ。11年1月から約二ヶ月に及ぶ候補者たちによるデビュー直前の過酷なリハーサルを通じて、最終的に九名のメンバーが絞り込まれた。そして、2月27日に正式にチェリー・ベルの結成が発表され、これと同時にオーディション合格者となるメンバーの名前が公表された。
こうしたオーディションやトレーニングを行っていたグループを、かつてどこかで見た覚えがないであろうか。このチェリー・ベルを生み出したオーディションから合格者の発表までの流れは、あのモーニング娘。の追加メンバーのオーディションを思わせる部分が色濃くある。詳細はよくわからないが、このオーディションからグループ結成〜デビューまでの道のりは、「ASAYAN」のようにインドネシア国内で番組となって放送されていたようである。また、この期間中に候補者が巻き起こす悲喜こもごものエピソードを公のものにすることによって、デビュー前から視聴者の関心をこのグループに惹きつけるプレ・マーケティングの手法もほぼ同じだといってよいだろう。チェリー・ベルの結成・デビューまでの過程には、モーニング娘。とハロー・プロジェクトがこの約15年間に成果をあげてきた方法論が、大いに参考にされていると考えて間違いないのではなかろうか。

チェリー・ベルは、6月にシングル曲“Dilemma”を発表し、歌番組への出演などの本格的なグループとしての活動を開始した。そして、これに続いて発表されたのが、このチェリー・ベルにとってのファースト・(ミニ・)アルバムとなる“Love Is You”である。このアルバムには、全五曲が収録されている。現時点では、これがチェリー・ベルの持ち歌の全てとなる。

1曲目は、デビュー曲の“Dilemma”。全体的に、ふんわりとソフトな質感で貫かれたポップなダンス曲となっている。このデビュー曲の雰囲気からしてみてもチェリー・ベルが、あまりアグレッシヴなエレクトロ・ビートを導入したダンス歌謡でガンガンと煽り立てるような扇情的なタイプのグループではないことが分かる。グループのコンセプトとしては、普通のどこにでもいるような女の子が九人集まった、誰からも親しまれ愛される(嫌味のない)可愛らしさを前面に押し出したグループとして設定されているようだ。
メンバー全員が、オーディションの前にはほぼアイドル歌手や芸能界とは無縁のどこにでもいる普通の女の子だったのだから(一部、ティーン・モデルや子役などの活動をしていたメンバーも含まれているのかも知れない)、一次審査の通過以降にいくら過酷なトレーニングを積んできたといっても、ほんの数ヶ月で素人っぽさが完全に抜けてしまうことはないであろう。とりあえず、チェリー・ベルのセールス・ポイントとは、そうしたすぐに誰にでも手が届きそうなくらいの親近感や素人っぽさだといってよい。
九人のメンバーは、同世代の女の子たちにとっては純粋に憧れの対象となる。だが、そこにあるつい先日まで彼女たちも自分たちと同じ側にいたという厳然たる事実は、特殊な親近感を生み、もしかすると自分も彼女たちと同じステージに立てる(立てた)かも知れないという揺るぎ難い可能性を、その憧れの感情の内部に濃密に含有させることになったりもする。チェリー・ベルと女の子のファンの間には、そうした独特の親近感のこもった憧れの感情が横たわっているのだ。そして、そんな自分たちだって彼女たちのようになれるのだという近さが、チェリー・ベルの九人を若い世代の女の子たちのファッション・リーダーに押し上げもする。また、同世代の男の子たちにとっては、九人のメンバーは学校の同級生や近所に住む可愛い女の子に近い感覚で見られているといえるだろう。とても身近に感じられる存在であり、すぐにでも友達やガール・フレンドになれそうなアイドル・グループとして熱心に応援したくなる対象となる。
この“Dilemma”だが、楽曲としては非常にデビュー曲らしく、全体的にグループの歌唱の拙さや粗さが目につく。終始、その歌唱は、ふわふわと浮ついたような印象を与えて止まないのである。こうした傾向は、もしかするとインドネシアの伝統的な民謡や歌謡にも通ずる、現地のローカルな歌いの特徴ととらえることもできるのかも知れない。関西人が標準語を話す時、なかなか関西弁のイントネーションを完全に抑えるのが困難なように、生きる環境の中で育まれた普段のノリというものは、そう簡単に隠しきることはできないものである。そんな血や骨に染み込んでいる歌唱のピッチやグルーヴ感が、ここでは、これといった抑制しようとする意識も感じられないままに普通に前面に出てきてしまっている。やはり、これはチェリー・ベルの九人がもつ極めて天然な素人っぽさ故であり、それがまた、そのどこにでもいる普通の女の子的な魅力をさらに引き立てる要素ともなっているのではなかろうか。
“Dilemma”とは、相反するふたつの事柄の間で板挟みになることである。この楽曲では、好きになった男の子が自分の友人を好きなことを知ってしまった女の子の揺れる胸の内が歌われる。つまり、自分の大切な友人と好きな男の子の間で、友情と恋愛感情の板挟みになっている状態のディレンマについての歌なのである。誰もが一度や二度は必ず経験することであろう決してかなうことのない恋心を歌った楽曲ともいえるであろうか。おそらくインドネシアの若者たちにとっても、日常生活において普通に出くわす非常に身近なトピックを歌った楽曲として聴かれているに違いない。そして、同世代の女の子たちは、自らの恋愛や片思いの経験をそこに重ね合わせて、この楽曲を聴くたびに歌中の主人公の女の子とともに揺れ動く気持ちとほろ苦い恋愛の切なさを味わうことになるのだ。そこにはチェリー・ベルに対する親近感を越えて、楽曲の内容そのものへの強い共感の感情が生まれるはずである。
そんな胸が苦しくなるような板挟みの状態にある女の子は、最終的には「すぐに彼のことは忘れます/彼への気持ちを忘れます」と、一歩引き下がるあまりにも奥ゆかしい選択をする。大切な友人のために、大好きな彼のために。ここで、泥沼のように拗れ縺れる(韓流ドラマやトレンディ・ドラマのような)三角関係などに決して発展しないところが、実に清々しい。正統派のアイドル歌謡としては、王道中の王道の展開と結末だともいえるだろうか。また、チェリー・ベルの九人にとっては本来ならばウィーク・ポイントとなるであろうはずの全編ふわふわと揺れるような一点に定まらない歌唱は、複雑な恋模様に揺れ動く少し内気な少女の気持ちを表現する楽曲に絶妙にマッチしているようにも思えてくるのだ。その、そう簡単には抜けそうにない素人っぽさは、チェリー・ベルが多くのリスナーにとって身近に感じられる楽曲を歌う際の強力な武器にもなっているのである。

2曲目は、“I'll Be There For You”。こちらは、よりゆったりとしたテンポのポップ・バラード曲。こうした楽曲では、九人の内でもきっちりとソロのとれる技量をもったメンバーの歌唱が、やはりどうしても目立ってくる。基本的にメンバー全員にソロのパートを割り振って順々に回していっているようだが、楽曲中でも肝となる部分は、必然的にどちらかというと歌の上手い子に割り振られることになる。そこでは、のど自慢のメンバーたちが、それぞれにかなり米国のR&B系のシンガーに多大な影響を受けていると思われる独特の節回しの歌を披露してくれている。そのサラッと平然としていながらもどこかこれ見よがしな感じのする歌声が、逆に抜けきらない素人っぽさを臆面もなくさらけ出しているようで、妙にチェリー・ベルらしかったりもするのである。そして、そうした本気の歌唱のバックに、残りのメンバーたちによるふわふわとしたコーラスがつく。この凄まじいまでのコントラストを浮かび上がらせる浮遊感をたたえたコーラスに、チェリー・ベルならではのスタイルを明確に感じ取ることができる。これは、もはやこの九人の歌唱だからこそ出すことのできるスペシャルな味わいであるともいえるのではなかろうか。

3曲目は、“Beautiful”。本アルバム中でも最も清々しい印象を与えてくれる極上のポップ・ナンバーである。アイドル歌謡としてはもはや少し古臭くも感じられてくるくらいに定番なズンタタ系のビートに、いつも通りの全く気負いのないほわほわしとたチェリー・ベルの歌唱がのる。誰もが一度聴けばすぐに一緒に口ずさめそうなサビのコーラスのリフレインは、ささやかなハーモニーが添えられた実にアップリフティングなものとなっている。ライヴ・パフォーマンスでは、会場のオーディエンスと一体となった大合唱の様相を呈すこと間違いなしな最高のキラー・チューンだ。

4曲目は、アルバムのタイトル曲でありセカンド・シングル曲ともなっている“Love Is You”。かなりノリのよいエレクトロニック・ポップ調のダンス曲である。ただ、ノリノリだとはいっても、そこはチェリー・ベルのことであるから、決してイケイケなエレクトロ・ビートが鳴り響くような楽曲ではない。そこでは、ダンサーたちを煽り立てるようなパワフルなシンセのフレーズの代わりに、どこかキッズ向けのゲーム音楽を思わせるようなほのぼのとした可愛らしい電子音が鳴っている。元気よくユニゾンで歌われるサビのコーラスは、単純明快で分かりやすく、やはりすぐに一緒に口ずさめそうなものである。前曲の“Beautiful”とならんで、この“Love Is You”はチェリー・ベルのライヴにおけるアンセム的な楽曲といえるであろう。

ラストの5曲目は、“Best Friend Forever”。まるで放課後の教室のような雰囲気のポップなダンス歌謡曲である。楽し気でノリのよいビートにのせて、九人のメンバーの仲良し度と絶えることなき友情、グループとしての固い団結をアピールする歌唱が展開される。その大半のパートは全員で一緒に歌う合唱スタイルとなっている。九人の仲良しグループから発せられる熱く朗らかな友情オーラが、全てのリスナーとチェリー・ベルのファン全体に広まり感染して、皆が毎日を明るく前向きに生きることができるようになるという図式であろうか。また、チェリー・ベルのファンは、九人のメンバーたちと家族同然の存在であり、それぞれが兄弟姉妹として最も近しい存在である双子の片割れだと自らの立ち位置を認識している。女の子のファンはグループのメンバーの双子の姉や妹としてチェリー・ベルの活動を見守り応援し、男の子のファンはグループのメンバーの双子の兄や弟としてチェリー・ベルの活動を見守り応援する。この“Best Friend Forever”は、そんな兄弟姉妹のごとき親しい友である熱烈なチェリー・ベルのファンのために歌われる楽曲でもあるのだ。

チェリー・ベルのファースト・アルバム“Love Is You”は、アイドル・ポップスとしては少し古臭く感じられてしまうくらいに王道感に満ち満ちた雰囲気が充満している作品である。特にこれといった驚くべき挑戦的な試みもなければ、奇抜な仕掛けもない。ただ、ありのままのチェリー・ベルの歌唱だけが、そこにはある。そういう意味では、変に背伸びをしない、等身大かつほぼ素のままのチェリー・ベルを魅せることに、この作品は見事に成功しているともいえるだろう。まだ結成されたばかりの新人グループであるから、小細工することも完璧に作り上げられたアイドル像を演ずることもままならず、結果としてこれしかできなかったという部分も当然あるのかも知れないが。
原宿や渋谷の街でスカウトされた可愛い女の子がポッと出でデビューしまった、まさに素人に毛が生えた程度の佇まいで終始ふわふわと宙に浮いていた80年代のアイドル歌手を思わせるようなムードが、このチェリー・ベルにはある。その芸能界そのものにまだ慣れていない非常にぎこちない表情や仕草の全てが、逆説的にもピュアなアイドル性をもって見えてしまった時代のことである。いわゆる、アイドル黄金時代だ。そして、チェリー・ベルのこのアルバムは、そうした時代のアイドル歌謡が21世紀にリヴァイヴァルしつつあることを告げているようにも感じられる。今まさに、再びあのような黄金時代が訪れようとしているのかも知れない。
それは、このチェリー・ベルの活動するインドネシアに限った話というわけでは決してない。日本においても地方のローカル・アイドルなどの活動に、そうした動きは確実に見え始めている。そして、さらにいえば、このような動きは日本やインドネシアだけでなく、東アジア〜東南アジア全体で巻き起こりつつもあるのだ。そんな新たな黄金時代の到来のひとつの先駆けとなっているのが、インドネシアにおけるチェリー・ベルの出現であり、その目覚ましい活躍ぶりであるのだ。

こうしたチェリー・ベルのようなアイドル・ガールズ・グループが誕生した背景には、インドネシアにおけるK-POPなどの外国産のアイドル歌謡に対する異常なまでの人気の高まりという動きが、間違いなくある。こうした、若い世代に国内の音楽よりも日本や韓国の歌謡曲が受け入れられ、熱心に聴かれているという傾向は、ここ数年の間に加速度的に進行している。また、人口の比率において近年爆発的に膨張し続けている若年層は、国内において巨大な音楽市場を形成してもいるのである。よって、この世代の音楽聴取の動向は、レコード会社を始めとする音楽産業としても決して無視できるものではなくなってきている。そこでは、そうした若者が好んで聴く新しいタイプの歌謡曲やアイドル歌謡を国内で制作し、売り出してゆこうとする気運が利潤追求の本能から自然と高まってもくるだろう。要するに、K-POPやJ-POPを明らかに手本にし、ひな形とする、新しいタイプのインドネシア産のアイドル・ポップスを生み出してゆく流れが出来つつあるわけである。それを受けて開催された、全国規模のオーディションで選出されたメンバーにより結成されたのが、このチェリー・ベルであるのだ。
アルバムの5曲目に収録されている“Best Friend Forever”は、どう聴いても明らかに少女時代(Girls' Generation)の楽曲を意識したものである。そして、そこでの九人のメンバー間の厚い友情を外に向けてアピールする楽曲のコンセプトそのものも、これまで折りにふれて少女時代が繰り返してきたものでもある。ここでのチェリー・ベルは、完全にそのグループとしてのスタイルやコンセプトが、少女時代のそれをなぞったものであることを半ば潔いほどに露呈させている。また、ミニ・スカートやホット・パンツで生脚の脚線美を強調するステージ衣装や、カラフルでガーリーな印象で統一されたお嬢さま系のファッション性なども、ほぼそのまま少女時代のものをアレンジして使い回している印象がとても強い。ここまでくると、もはやインスパイアされているというよりも、ほぼ模倣だといってしまったほうが妥当であるのかも知れない。少女時代(소녀시대/ソニョシデ)は、07年のデビュー以来ずっとファンの間でソシ(소시)の愛称で親しまれてきている。そして、チェリー・ベルの略称もこれに倣ってチビ(ChiBi)とされており、すでにファンの間ではすっかり定着をしている。
先行する完成度の高いものを先ずは真似して、それをさらに発展させてゆくところから、全く新しい何かが始まったりすることがある。チェリー・ベルは、間違いなく少女時代の影を追うところから歩み始めたグループである。それも、インドネシアという遠く遠く離れた地点から。きっと、そこからどれだけ遠くまで歩んでゆけるかが、これからの課題となるのだろう。そこが、このグループの評価を決定する際の焦点となってくるはずだ。最終的に問題となるのは、踏切りのフォームではなく、到達地点として目に見える形で示される結果なのである。

そんな新人グループ、チェリー・ベルにとっての目下の最大のライヴァルが、七人組のガールズ・グループ、7アイコンズ(7Icons)である。10年10月にデビューした7アイコンズは、その翌年に結成されデビューしたチェリー・ベルよりも少しだけ先輩グループということになる。
7アイコンズのデビュー曲“Playboy”は、アップ・テンポなエレクトロ・ダンス・ミュージックとなっており、それまでのインドネシアのアイドル歌謡にはなかったようなスタイルのサウンドを初めて展開したグループとして、かなりセンセーショナルな話題をデビュー時から振りまくことになった。その扇情的な振り付けやセクシーな衣装など、保守的なイスラム文化が色濃く影を落とすインドネシアの社会においては、ある種のタブーとされていた部分を打ち破るような強烈なインパクトが、7アイコンズの登場にはあったのである。
また、この7アイコンズのスタイルやグループのコンセプトの背景にも、やはりK-POP(のガールズ・グループがもつ現代における女性解放のアティチュード)からの多大なる影響が存在していることは言う間でもない。そして、チェリー・ベルや7アイコンズの音楽に熱狂するファンの中には、実はヒジャブ姿の若い女性の姿も少なくないのだ。インドネシアの社会においては、K-POPから影響を受けたアイドル歌謡という新しいスタイルの音楽文化の力が、確実にこれまでには固く閉ざされていた自由な地平への扉をこじ開けつつある。おそらく、こうした若い世代の動向に眉をひそめる保守層からの陰険な抵抗なども少なからずあるのであろうが。
チェリー・ベルは、直近のライヴァルである7アイコンズが展開する少しアダルトでセクシーなイメージ戦略との明確な差異化を図るために、より可憐でガーリーな少女時代的スタイルを敢えて意図的に取り入れているのだとも考えられる。現在はまだ、このチェリー・ベルと7アイコンズによる両極端なスタイルが表立った形で旋風を巻き起こしているが、今後はインドネシアのアイドル歌謡もより多様化へと向かって加速してゆくはずである。この事実上の二大グループを脅かすような新勢力が次々と登場してきてくれると、さらに面白いことになってゆくのだが。

11年秋、AKB48のプロデューサー、秋元康によって、インドネシアのジャカルタを拠点とする海外では初となるAKB48の姉妹グループの誕生が発表された。それまでは名古屋の栄や大阪の灘波といった東京の秋葉原と同様に国内の都市の繁華街に専用の劇場をもつ「会いに行けるアイドル」のローカル版グループを各地に増殖させてゆく形で展開されてきたプロジェクトであったが、いきなり国外のインドネシアのジャカルタにおいて新たなグループが結成されることが決定され、少なからず周囲の度肝を抜いた。
なぜ、唐突にインドネシアのジャカルタなのか。しかし、これは現地の最近のアイドル歌謡の劇的なまでの変革期を迎えている動きを視野に入れておけば、それほど驚くべきことではなかったのかも知れない。ここ数年の異常なまでのK-POP人気の高まりを受けて、その韓国産のサウンドやスタイル、ファッション性を明らかにひな形とした7アイコンズやチェリー・ベルといった全く新しいタイプのガールズ・グループが相次いでデビューし、これまた爆発的な人気を獲得している。こうした現地の状況を考えるならば、プロデューサーの秋元康がいち早く動いたことも、さもありなんと思えてくる。近年の爆発的な人口増加によって、インドネシアの都市部には莫大な数のアイドル歌謡に熱中/熱狂する若年層が居住している。この空前のゴールド・ラッシュに沸いている輝かしいフロンティアを、当代随一の100万枚売るスキルをもつ敏腕プロデューサーが黙って見過ごしてしまうわけがないだろう。
オーディションによって選出された28名の第一期生によって11年11月に結成され、12年1月から本格的にTVやラジオ、CM出演など各メディアと連動した活動を開始したJKT48であるが、やはりまだインドネシアのアイドル歌謡の世界では、突然登場した外来種的な受け止められ方をしている雰囲気が強い。これに対し、7アイコンズやチェリー・ベルは、(すでに定着しつつある圧倒的なK-POP人気を背景とする、外来のスタイルや文化を大胆に取り入れた)全く新しい形のアイドル歌謡を歌って踊る、純国産アイドル・グループとしてとらえられている感覚は強くある。同じようにローカルなインドネシアでのタレント発掘オーディションによって誕生したガールズ・グループであるのだが。
そういう意味では、日本型の素人っぽい親しみやすさを前面に押し出したAKB48の「会いに行けるアイドル」コンセプトの流れを汲むJKT48は、今のところまだ市場での馴染みが薄いせいか、やや苦戦強いられているようにも見える。ここにきて、日本のポップ・カルチャーを紹介するイヴェントやAKB48を招聘したJ-POPのコンサートが開催され、日本的なアイドル文化の紹介が、まさにAKB48ブランドを中心になされる動きなども、ちらほらと出てきつつあるのだが。現地インドネシアでのJKT48のプロモーションにも、ようやく本腰が入りつつあるところであるのかも知れない。
12年にはデビュー・アルバムと同タイトルの「Love Is You」と題されたチェリー・ベルの映画が公開される予定である。これは、チェリー・ベルのメンバーたち本人を主人公にした、トップ・アイドル・グループの舞台裏や素顔までを描き出すような内容のノン・フィクション系のアイドル映画となるようだ。こうした売れたらいきなり映画という流れは、どこか日本の80年代アイドル的でもある。さらにいえば、このアイドル活動のドキュメンタリー的な映画の製作は、現在日本でAKB48が展開している手法をインドネシアにおいて先取りしている形だともいえるだろうか。これは、インドネシアのアイドル歌謡の世界が、どこまでも貪欲に新しいものを吸収している確かな証拠でもあるだろう。この素早い動きには、日本型のアイドル文化を海外展開することを目論むJKT48側としても、ちょっと一本とられてしまった感じではなかろうか。おそらく、そのうちにJKT48の誕生から成功までを追ったドキュメンタリー映画も公開される予定なのであろうが。
このようにインドネシアのアイドル歌謡の新時代は、まだまだ黎明期だけに、かなり混沌としたものとなっている。とりあえず、現在は7アイコンズやチェリー・ベルが人気の面で先行しているが、秋元康プロデュースのJKT48が次々と大きめのプロジェクトに関わり猛追してくるであろうことは、すでに目に見えている。このあたりのJKT48が、どういったAKB48の手法を踏襲した戦略的な動きを新たにインドネシアの地で展開し、ぐいぐいと巻き返してくるのかという点も大いに見物である。
ちょっと傍目に見ても、このJKT48には、何やら得体の知れない勢いが感じられたりもする。さすがに歌詞はインドネシア語となっているが楽曲そのものもステージ衣装も振り付けも、ほぼAKB48と同様のスタイルとなっており、現在の日本のアイドル文化のど真ん中を、そのまんま海を越えて運んできたようなJKT48の在り方には、少しばかり衝撃的なものすらある。ローカルな文化や伝統に深く根差した独特のゆるさを特徴としてもつインドネシアの歌謡曲に長年親しんで目や耳には、妙にちゃきちゃきしたアイドル・ポップスでJKT48が歌い踊る光景は、相当なカルチャー・ショックを受けるものであるに違いない。
こうした新奇なものに対する反応というのは、きっと様々であるのだろう。現地では激しい拒絶反応も存在しているはずだ。ただ、すでにJKT48の登場以前にはあまり見られなかったようなペンライトをかざして集団で統一感のあるコールをする、極めて日本的(〜韓国的)なアイドルの応援スタイルをいち早く取り入れている熱狂的なファン層も、ちらほらと目につきつつある。しかしまあ、そうした肯定派と否定派が入り乱れる状況も含めて、JKT48とは、インドネシアのポピュラー音楽の歴史において、まさに黒船とよべるような特異な存在のガールズ・グループだといえそうである。

ここで取り上げたチェリー・ベルを筆頭とするインドネシアのガールズ・アイドル・グループは、かつてのモーニング娘。が度重なる増員の際に試みてきたメンバーのデビュー前からの軌跡を詳細に追うリアリティ・ショー的な見せ方の方法論、アジアで絶大な人気と影響力を誇る少女時代を模範とするK-POP流儀のサウンドやヴィジュアル/イメージの打ち出し、そして秋元康がプロデュースする表面的に素人っぽさを残しつつ手の届く距離感の憧れの対象としてのアイドル像を周囲が作り上げてゆくAKB48型のスター・システムなどを、あまり咀嚼せずそのままの形で取り入れミックスして、結果として全く新しい形のインドネシア型のアイドル歌謡の文化を形成しようとしているようにも見受けられる。
しかし、その混ぜ具合や仕上げのタッチが、まだ十分にこなれたものになっていないのが、紛うことなき現状である。そして、そこに実に興味深い独特な面白味が生まれきていたりするのだ。どうしてもインドネシアという場所ならではのユルさや伝統的な大らかな精神性のようなものが、時代の最先端をゆこうとするアイドル文化やアイドル歌謡のプロダクトに顔を出してくるのである。決定的にふわふわとした歌唱や極めてユルい整合をみせる振り付けなどのチェリー・ベルがもつグループの持ち味は、そういったインドネシア人としての根っこの部分からにじみ出してくる特徴であるようにも思われる。
ただ、間違いなくいえることは、こうしたインドネシアの新しいアイドル歌謡の文化は、まだそのほんの入口に立ったばかりであるということである。それは、ここからすくすくと成長してゆくであろうし、インドネシアの社会や文化の中で思いがけぬ多様化もしてゆくことになるであろう。まさにインドネシアのアイドル歌謡とは、これからのものなのである。80年代〜90年代にかけて日本/韓国/台湾/香港で培養されてきたアイドル歌謡の文化が、中華圏の都市部への浸透を経由して、一気に東アジア全土に拡大してゆこうとしている。
現在、チェリー・ベルや7アイコンズ、JKT48などの新鋭グループたちがひしめき合う21世紀型のアイドル歌謡の動きが形成されているインドネシアは、いち早くこのアジアの一大アイドル文化革命の流れに敏感に反応したことで、今後の動きの中で非常に重要な位置を占める地域になってゆくことは間違いない。いつの日か、このチェリー・ベルが、アジアを代表するトップ・アイドル・グループのひとつとなっていたとしても、決しておかしくはないのである。(12年)

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Sundtickuct
2013/09/07 00:52

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