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zoom RSS Baby V.O.X. Revisited ( I )

<<   作成日時 : 2011/12/01 05:00   >>

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Baby V.O.X. Revisited

An introduction

11年10月30日に、こんなことをつぶやいた。
「本日のInkigayo。キム・ワンソンがいて、カン・ミヨンがいて、ソニョシデがいて、さらにその下の世代のC-REALがいる。考えようによっては、なんと豪華な競演であろうか。」
その出演者の顔ぶれの凄まじさに、思わず感動してしまったのである。そして、あらためて韓国の歌謡界の奥深さのようなものを思い知らされたりもした。

Four Generations Walking

毎週日曜日の夕方、韓国のSBSで放送されている音楽番組に「人気歌謡(Inkigayo)」という番組がある。最新のK-POPのヒット曲が生放送のスタジオで次々と披露される、KBSの「Music Bank」やMBCの「Music Core」などと並ぶ人気音楽番組のひとつである。
11年10月30日。この日の「Inkigayo」は、いつになく豪華で意味深い内容の放送となっていた。特に、この日の番組において特別な企画や催しがなされていたわけではない。逆に、いつも通りの極めて普通な番組進行の中において、全くありきたりではないことがサラリと行われてたことに、何ともいえない驚きを覚えたのである。この日も「Inkigayo」には約20組近いアーティストが出演し、その華やかなステージ上で最新のヒット曲が次々と歌われていた。しかしながら、この日は出演者の顔ぶれに、ちょっとただならぬものがあったのである。より具体的にいうと、そこに登場した一連の女性アーティストたちのプロフィールを冷静に考えてみた時に、思わず唸らされてしまったのである。
画像大ヴェテランのキム・ワンソン(Kim Wan Sun)は、ビースト(BEAST)のヨン・ジュンヒョン(Yong Jun Hyung)とコラボレートしたバリバリのエレクトロ・ダンス曲“Be Quiet”を力強く歌い上げた。今年に入り本格的に韓国の歌謡界に復帰したカン・ミヨン(Kan Mi Youn)は、十八番のノリのよいダンス・ポップ曲“Won't Meet You”を大人可愛くかつスタイリッシュに披露した。そして、今をときめく少女時代(SNSD)はテディ・ライリー(Teddy Riley)がプロデュースを手がけたヘヴィなビートが轟くダンスR&B曲“The Boys”を大物感たっぷりにキメてみせ、この10月にデビューしたばかりの新人、C-REALはポップR&B曲の“No No No No No”を実に初々しく歌い踊った。この何とも凄まじい顔ぶれに、思わず感動させられてしまったというわけなのだ。
80年代の半ばにデビューしたキム・ワンソン、90年代の後半にBaby V.O.X.のメンバーとしてデビューしたカン・ミヨン、00年代の後半にデビューし現在のK-POPブームの中心的存在となっている少女時代、10年代にデビューした次世代のK-POPを担う実力派アイドル・グループであるC-REAL。この日の「Inkigayo」の出演者の顔ぶれには、80年代から現在に至るまでの何と四つのディケイドに渡る女性アイドルたちが勢揃いしていたのである。ここまで揃うと、やはり壮観というしかない。おそらく、キム・ワンソンとC-REALのメンバーでは、親子といってもおかしくはない程の年齢差であるはずである。失礼かも知れないので実年齢について詳しくは触れないが、干支でいうとふた回り以上は確実に違うのではなかろうか。間違いなく、この日の「Inkigayo」のステージ上にあったのは、K-POPアイドルの歴史、もしくは80年代以降の韓国のアイドル歌謡の歴史そのものであった。

人気歌手の顔ぶれも、流行の音楽のスタイルも、常に目まぐるしく動き続ける韓国の歌謡曲/大衆歌謡の世界。まさしく激流並みにサイクルの速い歌謡界であることを思えば、この日の「Inkigayo」で観ることができたのは、間違いなく奇跡のようなステージであったのである。この世界の第一線で長く生き残り続けることは、至難の業なのだ。日常的に激しい競争が繰り広げられ、送り出す側も手を替え品を替え次々と凄まじい勢いで目新しいものを用意してくる。そこでは、少し古めかしくなったものは即座にお払い箱にされてしまう宿命にある。そんなステージの上で、芸歴が十年や二十年を越えるヴェテラン歌手とフレッシュな現役のアイドル・グループが、ごく普通に競演していることは、大変に驚異的なことのようにも見えてくるのである。キム・ワンソンが日本語で“ランバダ”を歌っていたのは、もうかれこれ20年以上も前のことなのだ。この息の長さは、ただごとではない。確かに、ワンソンはしっかりとした実力をもった歌い手ではある。しかし、決してそれだけで生き残ってゆける世界ではないはないような気もするのである。
この四世代に連なるアイドル歌手による豪華競演を日本の歌謡界に置き換えるとするならば、80年代組の松田聖子(Matsuda Seiko)と90年代組のSPEEDのメンバーのソロと、今のアイドル全盛時代を代表するAKB48と新人のフェアリーズ(Fairies)が、特別企画の音楽番組などではなく、通常放送の「ミュージック・ステーション」や「Music Japan」においてヒット中の新曲を歌って競演しているという感じになるであろうか。そう考えると、日本においては、こうしたいくつもの世代を超越した女性アイドルの競演は、もはやかなり有り得ない感じが濃厚に漂うものとなりつつあることがわかる。日本の歌謡界において(も)中心的存在になってヒット曲を放っているのは、(通常)現在進行形のアイドルのみなのだ。松田聖子もSPEEDのメンバーも決して歌謡界から消えてしまったわけではない。しかし、時間の流れとともに、いつしかヒット・チャートとも第一線の舞台とも縁遠くなっていってしまうものなのである。

この日の「Inkigayo」の放送は、少女時代が大ヒット中の“The Boys”で見事にテイク7のコンペティションを制し、ミュティズンを獲得して幕を閉じた。だが、そうしたこと以上に、時代と世代を越えてK-POPアイドルたちが顔を揃えた、何とも感慨深い豪華な内容が強く印象に残った番組となったのである。

A baby has the voices of expression

ここでは、カン・ミヨンとBaby V.O.X.を中心に90年代にデビューした女性アイドルたちと、その下の世代の00年代にデビューした現在のK-POPブームを背負って立つガールズ・グループについて、少しばかり考えていってみたい。

まずは、Baby V.O.X.のカン・ミヨンについて。正確に紹介すると、元Baby V.O.X.のカン・ミヨンである。Baby V.O.X.は、97年にデビューし06年に解散するまで約10年という長い期間に渡って活動を続けたガールズ・グループである。韓国の歌謡界ではアイドル・グループの人気のピークは極めて短いものであり、次々と顔ぶれが入れ替わってゆくのが常である。だが、そうした業界の流れに必死に逆らうかのようにBaby V.O.X.は、ある種の型破り/常識破りなアイドル活動を積極的に続けたともいえるだろうか。そんなガールズ・グループにカン・ミヨンは、97年に中途から加入する形で参加し、そのまま06年の解散の直前まで、グループのメイン・ヴォーカリストとして在籍した。
カン・ミヨンが参加する以前のBaby V.O.X.は、あらゆる面で今ひとつ足りない部分が露呈してるような状態で、目の覚めるようなヒット曲には恵まれていなかった。97年の時点で、斬新なサウンドのダンス・ポップ曲を元気に歌い踊るBaby V.O.X.のコンセプトやスタイルは、まだ少しばかり時代の先を行き過ぎていたという部分もあったのだろう。そんな、やや低迷し混迷のただ中にあったBaby V.O.X.に突如出現したのが、それまでの韓国の歌謡界にはなかったような親しみやすい可愛らしさをにじみ出させたルックスのカン・ミヨンであった。当初は、怪我をしたメンバーの代替としてステージに立ったのだが、この新メンバーの加入が、グループの溌剌としたポップな歌謡曲路線と思いもかけずにジャストにフィットして、かなりの好評を得ることになる。この劇的な変化を期に、Baby V.O.X.を取り巻く全てが一気に大きく動き出した。この時、新メンバーのカン・ミヨンは、まだ15歳という若さであった。

90年代後半にデビューした、この当時に大変な人気を獲得していた代表的なガールズ・グループには、SM Entertainmentに所属するS.E.S.とDSP Mediaに所属するFin.K.Lがいる。いずれも現在の少女時代とKARAの先輩グループにあたる。このS.E.S.とFin.K.Lのメンバーは、ほぼ80年前後の生まれであり、82年生まれの15歳のカン・ミヨンとは実際には二つか三つほどしか年齢的な差はなかった。これは、Baby V.O.X.の先輩メンバーたちと比較してみても同じことであった。だが、カン・ミヨンの純粋無垢な雰囲気のルックスは非常に少女的なものであり、周囲の女性アイドルたちと比較しても実年齢より格段に幼く見えたのである。
伝統的に歌謡の世界とは大人の芸能の世界であったため、当時はアイドル歌手たちにも社会的な礼節やある程度の成熟した大人っぽさが暗黙のうちに求められている雰囲気は色濃くあった。S.E.S.やFin.K.Lのメンバーは、基本的にまだ10代後半であったが、とても大人な面ももっていたのである。そこに突然ポッと登場した、とても幼い15歳の少女の存在によって、韓国の歌謡界の流れや構造は、その根底の部分で、ほんの少しだけだが確実に変化し始める。このカン・ミヨンのデビューは、現在のK-POPを考える上でもひとつの大きなターニング・ポイントであったといってよいだろう。

その後、Baby V.O.X.はカン・ミヨンを含めてデビュー時のオリジナル・メンバーから五人中三人が入れ替わった全くの新体制で、98年にセカンド・アルバムの“Ya Ya Ya”をリリースする。そして、このアルバムのタイトル曲“Ya Ya Ya”が、Baby V.O.X.にとっての初の大ヒット曲となった。ここで、ようやくBaby V.O.X.は、当時のトップ・アイドルであったS.E.S.やFin.K.Lと肩を並べる存在となるブレイクのキッカケを掴んだのである。そして、ここを皮切りにヒット曲を次々と放つ、Baby V.O.X.の黄金時代が実質的に幕を開ける。
02年には、S.E.S.とFin.K.Lが、約5年間の活動を全力で駆け抜けて相次いで解散や活動休止を発表する。時代を牽引してきた両グループが、この年にいきなりアイドル歌謡の第一線から姿を消してしまったのだ。そんな中でもBaby V.O.X.だけは、この90年代後半にデビューしたガールズ・グループからの多大なる影響の下に誕生した、後発のシュガー(Sugar)やジュエリー(Jewelry)などと競い合う形で活動を続けていた。ただし、この頃から、その活動の全てが決して順風満帆とはいかなくなる。そして、04年にBaby V.O.X.としてのラスト・アルバムとなってしまった通算七作目の“Ride West”を発表した後には、グループ内外で様々な問題が重なり、致命的なメンバーの脱退劇が続けざまに起きてしまう。これによって、常に五人組として活動してきたBaby V.O.X.は、遂にトリオ編成のグループにまでサイズ・ダウンしてしまうのである。
06年、人気の面でも歌唱の面でも大きな柱であったカン・ミヨンが、グループからの脱退を決意したことを機に、Baby V.O.X.の解散が決定された。奇しくも、この時に最後まで残ったのは、グループのオリジナル・メンバーであり、Baby V.O.X.の歴史を最初から最後まで見届けた、キム・イジ(Kim E-Z)とイ・ヒジン(Lee Hee Jin)のふたりであった。しかし、ある意味では、このBaby V.O.X.というグループは、カン・ミヨンの加入とともに本格的に始まり、カン・ミヨンの脱退とともに終わったグループであったといえるのかも知れない。この時点で、15歳でグループに加入したカン・ミヨンは、すでに24歳となっていた。元々が、かなりの童顔であるために、まだまだルックス面では少女っぽい雰囲気を多分に残してはいたが。
この06年といえば、ワンダー・ガールズ(Wonder Girls)やKARA、少女時代などの新たなガールズ・グループの一大勢力が相次いでデビューした07年の前年にあたる。まさに、00年代後半に興った新韓流のブームと新たなK-POPアイドルの時代が幕を開けようとする直前のことであった。Baby V.O.X.の解散は、一世を風靡した90年代デビュー組のガールズ・グループの時代が終焉したことを告げる、ひとつの象徴的なエポックであったともいえるであろう。

Baby V.O.X.以降のカン・ミヨンは、ソロ・シンガーとしての道を歩み始める。06年の秋には、初のソロ・アルバム“Refreshing”をリリースする。そこでは、それまでのアイドル・グループの一員として活動してきたイメージを一新するかのように、大人のバラード歌手という新たな一面が比較的強く打ち出される。だが、そうした路線が、従来のファンが求めていたものとは少しばかりすれ違ってしまっていた観は否めない。そして、ソロ・シンガーとしてのカン・ミヨンは、かねてより人気の高かった中華圏の音楽市場での活動に積極的に取り組んでゆくようになる。
その活動初期からBaby V.O.X.は、中国や台湾のみならず東アジア・東南アジアにおいて絶大な支持を獲得していたグループであった。楽曲の歌詞も韓国語だけでなく英語詞を多く取り入れるなど、国内のみならずよりインターナショナルな市場を意識しているような姿勢は、デビュー時から色濃く感じられてはいた。そして、そのポップなR&B〜ダンス系の楽曲が中心となる音楽スタイルも、国籍を問わずに受け入れられる素養を大いにもつものであったともいえる。
その後、カン・ミヨンは、07年頃から本格的に活動の拠点を中国へと移すことになる。急速な経済発展を遂げていた中国の活気に満ちたエンターテインメント界に単身進出することは、おそらく非常に大きなチャレンジであったに違いない。彼女は、Baby V.O.X.時代からの知名度を武器に、その計り知れない可能性を秘めた巨大な市場へと飛び込んでいったのである。先見の明があるといえば、先見の明が大いにある試みだといえるであろう。また、無謀だといえば、大いに無謀な試みであったのかも知れない。カン・ミヨンは、このために猛勉強して中国語を習得したという。見かけは必死の努力とは全く無縁そうな姫様キャラの人であるが、やはり人知れずに猛烈な努力はしているものなのだ。
08年には中国語版の“Refreshing”であるソロ・アルバムの“女人心”をリリースしており、中国の音楽市場においても簡美妍としてある程度の成功を収めるにいたった。また、TVの音楽番組だけでなくヴァラエティ番組などにも多く出演し、タレントとしても、そのやや浮世離れしたキャラクターで幅広く人気を博したようだ。さらに、ジャッキー・チェン(Jackie Chan)が主催した四川大地震復興支援プロジェクトには、アジアを代表する歌手のひとりとしてチャリティ活動に積極的に参加してもいる。

しかし、そんな中国での活動を足がかりにアジア全土へと大きく羽ばたきつつあったカン・ミヨンであったが、10年の夏に突如として韓国の歌謡界にカム・バックすることになる。多くのガールズ・グループたちがひしめき合うK-POPの大ブームを目の当たりにして、元Baby V.O.X.のメイン・ヴォーカルとして沸々とたぎり立つものがあったのであろうか。その確かな先見の明が、現在の新韓流の動きにコミットすることを強く望んだということであろうか。10年7月、約四年ぶりとなる韓国での新曲“Going Crazy”が、配信のみのシングルとしてリリースされた。
この“Going Crazy”には、ゲスト・ラッパーとしてエムブラック(MBLAQ)のミル(Mir)がフィーチュアされており、音楽番組のパフォーマンスでは、ふたりが身体を寄せ合いダンスするホットな絡みが話題となった。また、この楽曲のMVには、同じくMBLAQのイ・ジュン(Lee Joon)が出演しており、女主人公(カン・ミヨン)の偏質的な愛情の下に監禁状態で飼われる男の子役を演じている。ここでのカン・ミヨンは、若く見栄えのよいボーイズ・グループのメンバーたちを贅沢に周囲に侍らせる、セクシーな成人ドルのイメージを強く打ち出し、中国の芸能界で揉まれてきた約三年半の成長ぶりを強烈に印象づけることに成功している。久々に韓国の歌謡界に凱旋したカン・ミヨンは、ちょっと見違えてしまうほどにソロ・シンガーとしても女性としても大きくステップ・アップしていたのである。
90年代後半に15歳でデビューしたカン・ミヨンも、すでに20代後半に差し掛かるお年頃である。もはや成人ドルといっても全くおかしくはない年齢だ。自然に溢れ出す可愛らしさで全てを押し切ることが可能な若いアイドル歌手たちとは一線を画す、成人ドルならではの大人なキャラクター作りも当然必要となってくるだろう。そこで打ち出されたのが、韓国歌謡界への復帰作となった“Going Crazy”での年上女性が完全に主導権を握る逆ハーレムなイメージであった。実際、MBLAQのミルとは10歳近い年齢差があったりするのだから、冷静に考えると半ば犯罪行為なのではないかと思えたりもする(冗談です)。まさしく、セクシーなお姉さんが若い男の子をたぶらかして手玉に取っている雰囲気は満点だ。こうしたイメージやキャラクターが、現在のカン・ミヨンのルックスや佇まいと非常にマッチしたものであることは間違いない。ここにきて、カン・ミヨンは大人の女性の魅力を漂わせるキレイなお姉さん路線で新境地を開拓しつつある。

追記
11年8月22日、カン・ミヨンはSBSで放送されている人気音楽番組「キム・ジョンウンのチョコレート(Kim Jung Eun's Chocolate)」に出演した。この番組の収録には、カン・ミヨンの久々の韓国での新曲のプロモーションのためにBaby V.O.X.のメンバーたちが駆けつけ、解散以来初となる一日限りのグループの再結成が実現している。そして、全盛期のメンバー五人によって、“Ya Ya Ya”、“Killer”、“By Chance”といった往年のヒット曲のメドレーが披露された。‡

画像11年2月には、ソロ・シンガーとして初となるミニ・アルバム“Watch”をリリース。これは、韓国においては実に約四年半ぶりの新作のリリースであった。このミニ・アルバムからはアグレッシヴなダンス・ポップ曲の“Paparazzi”がシングル曲となり、ヒットを記録した。この楽曲のMVでは、熱狂的な女性ファン(カン・ミヨン)に偏質的につきまとわれる大スター役でSS501の末っ子キム・ヒョンジュン(Kim Hyung Jun)が出演している。ここでも、やはり年下の見栄えのよい人気アイドルが贅沢に起用されており、カン・ミヨンもお約束となりつつある粘着質のストーキング演技をコミカルに演じてみせる。
また、この楽曲においてラッパーとしてフィーチュアされているのは、神話(Shinhwa)のリーダー、エリック(Eric)である。神話といえば、Baby V.O.X.と同時期に韓国の歌謡界で活躍したSM Entertainmentに所属する大人気ボーイズ・グループであり、エリックとカン・ミヨンは、ともに90年代デビュー組の盟友ということになる。この“Paparazzi”では、90年代後半から00年代前半のK-POPシーンをきらびやかに彩った人気アイドルたちの豪華競演が実現しているのである。
その七ヶ月後の11年9月には、早くもセカンド・ミニ・アルバムの“Obsession”がリリースされた。ここからは、エレクトロなダンス・ポップ曲の“Won't Meet You”がシングル曲となり、前曲に続いてスマッシュ・ヒットとなる。この楽曲のMVでは、カン・ミヨンが白衣姿の精神科医と拘束衣をまとった患者の二役を演じている。“Going Crazy”と“Paparazzi”において偏質的な愛情表現を行っていた女性が、遂に鉄の格子のついた扉の奥の病室に隔離されているというストーリーの流れであろうか。しかし、どんなに精神科医が患者にカウンセリングを試みようとしても(同一人物なので)埒があかない。まるで、ひとりの女性の愛情の奥底に潜む正気と狂気の部分を描き出すかのような内容となっているのが、大変に興味深い。
そして、この“Won't Meet You”のプロモーション活動期間中に、あの11年10月30日の「Inkigayo」を迎えることになる。また、その少し前には音楽番組での競演を通じて、カン・ミヨンと少女時代のメンバーが初めてバック・ステージで顔を合わせたということも伝えられた。07年の夏に少女時代がデビューした頃には、カン・ミヨンはソロ歌手として中国に活動の拠点を移してしまっていたため、この両者が接点をもつ機会はこれまで皆無であったのだ。元Baby V.O.X.のメンバーとしては、かつてライヴァル関係にあったSM EntertainmentのS.E.S.の後輩にあたる少女時代のメンバーとの対面に、いかなる心情を抱いたのであろうか。歌謡界の大先輩として慕われることに関しては、決して悪い気はしないだろうが。自分よりも10歳近く下の世代のピチピチしたガールズ・グループのメンバーを前にして、やや複雑な思いもあったかも知れない。ただ、あの日の「Inkigayo」のスタジオには、カン・ミヨンよりもさらに10歳も上の世代の大ヴェテラン、キム・ワンソンがいたので、多少は安心していられた可能性は高い。きっと、カン・ミヨンも、韓国のアイドル歌謡の世界には、まだまだ上には上がいることを改めて確認することができたはずである。

昨年からの復活劇でカン・ミヨンは、元々のふんわりとした姫様キャラを活かしつつ、独特の自己言及的なセクシー成人ドルのイメージを形成していっている。そして、次々と畳み掛けるように発表されたダンサブルなヒット曲によって、それを視聴覚的にも巧みにアピールし、Baby V.O.X.時代からのファン層だけでない新たな若い支持層を獲得することにも成功した。ただ、90年代後半にデビューして韓国の歌謡界で大活躍した第一次韓流ブーム期のガールズ・グループのメンバーのうちで、現在も歌謡界の第一線に立ち続けているのは、残念ながらこのカン・ミヨンのみであったりもするのだ。やはり、その世界で一度トップに立ってしまうと、その地位を長年に渡ってキープし続けることは決して容易なことではないのであろう。
しかし、世代的に見てゆくと、82年生まれのカン・ミヨンは、アフタースクール(After School)のリーダー、カヒ(Kahi)や、ブラウン・アイド・ガールズ(Brown Eyed Girls)のジェア(Jea)、ミリョ(Miryo)、ナルシャ(Narsha)たちと、ほとんど同年代なのである。いや、実際には、カヒやナルシャたちよりもカン・ミヨンのほうが少しばかり年下であったりするくらいだ。そう考えてみると、90年代後半にデビューしたガールズ・グループのメンバーたちが、今もまだ現役バリバリな存在であったとしても、何ら違和感はないはずなのだが。
ただし、カヒやナルシャたちは、時代の流れに翻弄されて数奇な運命をたどり、00年代の半ば以降になってようやく日の目を見ることができたK-POPのロスジェネ世代に属す遅咲きの成人ドルなのだ。よって、すでに15歳で華々しいステージを経験していたカン・ミヨンとは、かなり歩んできた道も見てきた世界もかけ離れたものがあるといってよいだろう。アフタースクールやブラウン・アイド・ガールズがデビューし、スターダムを駆け上がっていた頃、カン・ミヨンは、元Baby V.O.X.のソロ・シンガーとして新天地を求めて韓国の歌謡界から巣立とうとする段階にあったのだから。
キム・ワンソンやカン・ミヨンのように、時代ごとに少しずつスタイルを変化させ、また自らの年齢に合わせた成長の歩みも緩めることなく、流行の移り変わりの激しい歌謡界の第一線で逞しく生き残り続けているというのは、非常にレアなケースなのだといってもよい。カン・ミヨンの場合は、しばらく韓国の歌謡界の喧噪を離れて空白の期間を設けたことが、逆によい方向へと作用したようにも思われる。それまではただのアイドル・グループの一員でしかなかった女の子が、ソロ・シンガーとして海外進出に挑戦し、新たなキャリアを築いて戻ってきたことは、本国韓国での活動を再開する際にも好意的に受け入れられるファクターとなった節は確かにあったはずだから。だからといって、闇雲に空白期間を設ければよいというわけでもない。空白は沈黙と同じであり、そのままフェイド・アウトという怖れも大いにある。大抵の旬をすぎたアイドルたちは、そうやって表舞台から身を引き、静かに消えてゆくのである。
K-POP界の元祖歌姫であるキム・ワンソンも、韓国の歌謡界においてトップ・アイドルの座に上り詰めた後には、しばらく台湾での歌手活動に専念したり、11年の春に“Super Love”でカムバックする前には米国の大学に留学するなど、幾度かの空白期間を経ながらも、この約25年間に築き上げてきたダンス・クイーンとしての地位を現在も守り続けているのである。どんなにブランクがあろうとも何事もなかったかのように戻ってきて無事にヒットを放ち続けるキム・ワンソンやカン・ミヨンとは、やはり特別な何かをもつ偉大なタレントであるのだろう。まさに、決して色褪せることのない永遠のアイドル歌手なのだ。
韓国の歌謡界に復帰し立て続けにヒットを飛ばしたカン・ミヨンが、この後にどういった方向へと進んでゆくのか、とても楽しみでもある。まだまだルックス的には非常に若々しいので、今後も当分の間はアイドル(成人ドル)路線をバリバリに続けられそうな気もする。できれば、再び日本語での歌唱にもチャレンジしてもらいところだが。さて、カン・ミヨンの第二次海外進出計画はあるのであろうか。すでに中国の音楽市場で活躍した後では、今さら日本どころではないかも知れないが。

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