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zoom RSS Do you remember the 28th night of September (II)

<<   作成日時 : 2011/11/01 03:00   >>

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11年の9月は、日本でのK-POPのガールズ・グループのリリースが毎週のように続く、これまでにないほどに話題が盛り沢山の一ヶ月となった。だが、これだけあれこれとスペシャルなものが続くと、新しいものばかりに注目してしまい、ひとつひとつのリリースに向けられる意識が、どうしても散漫になってしまったりもする。この9月の段階で、すでに前の月にリリースされたシークレットやアフタースクールのシングルは、かなり過去のことのように思えてしまってもいた。それぞれの山が相当の高さであるために、そう簡単に全体を眺められなくなっているのが、実際のところであろうか。この時期に何があったかを忘れないためにも、ひとつひとつのトピックを簡単にでもまとめて記録しておくことは、かなり重要なことであるのかも知れない。いつか、これが何らかの貴重な資料になる可能性だってある。まあ、逆にいうと、何の役にも立たない可能性だって、少なからずあるということなのだが。

画像9月7日、すでに10年の5月に早々と日本デビューを果たしていた4ミニッツが、早くも通算五作目となる日本版のシングル“Heart to Heart”をリリースしている。これは、本国韓国では3月29日に発表された三作目のミニ・アルバムのタイトル曲であり、その直後の4月5日に発表された韓国でのファースト・アルバム“4minutes Left”からのシングル曲“Mirror Mirror”とともに、今年の春のK-POPシーンを代表するヒット曲となったナンバーだ。4ミニッツというと、それまでは“Hot Issue”や“Muzik”などヒップホップ・ダンス系のややハード目なスタイルの楽曲が多く、グループの個性やイメージもそういった方向性を大きく打ち出している印象が、どちらかというと強かった。だが、この新曲では、かなり意表をついた4ミニッツ流のガーリーでかわいい系の側面が垣間見れるのである。そうした、これまでにない路線での新機軸という部分でも大きな話題となった楽曲であった。
すでに昨年の日本デビューから一年以上が経過しているせいか、この日本語版“Heart to Heart”での歌唱も、とてもスムーズである。おそらく、日本語でのレコーディング作業にも、かなり慣れてきているのではなかろうか。ボーイフレンドとの気持ちのすれ違いに焦燥感を募らせ、胸を痛める女の子の心情が、時に切なく時に力強く訴えかけるように歌いあげられている。また、ガユン(Ga Yoon)とジユン(Ji Yoon)が担当するサビのメロディラインは、オリジナルの韓国語版での歌唱よりも少しばかり大らかさが増しているようで、内面の情感が高まってゆく様子が非常によく伝わってくる。もしかすると、この日本語版の少し間延びした感じが逆にダメだという人もいるのかも知れないが。
また、三種類の形式でリリースされた、この日本版のシングルには、それぞれのタイプのリリースのカップリングに、“Heart to Heart”のオリジナル・ヴァージョンや、“Mirror Mirror”などの今春に韓国で発表されたミニ・アルバムとアルバムからの楽曲が収録されている。日本語版のリリースが優先され、韓国版の作品が、なかなか日本では紹介されない現状にあっては、こうしてシングルのカップリング曲で本国での音源に触れられるというのは、日本のファンにとっては大変に喜ばしいことであるのかも知れない。
4ミニッツは、日本での活動に対して非常に積極的な姿勢を見せているグループである。日本でのデビューを飾った時期も、KARAや少女時代よりも約三ヶ月ほど早い。さらに、リリースに関していえば、日本語版のアルバム“Diamond”は、10年12月15日に韓国でのファースト・アルバムよりも先に(約四ヶ月ほど先行して)発表されているのである。おそらく、リリース作品の量の面でも、すでに韓国と日本では同程度になっているのではなかろうか。これほどまでに日本での活動にも力を注いでいるK-POPアイドルというのは、ほかには00年代前半のBoAくらいしか思い浮かばない。
また、その日本語での歌唱において、かなり先駆的な4ミニッツ流のスタイルを打ち出していることも特筆に値する。ヒップホップ・ダンス系のビートにのる韓国語と英語を巧みに織り交ぜた原曲の歌詞のノリを最大限に活かし、新感覚な翻訳日本語詞の世界を展開しているのである。そこでは、日本語も英語も韓国語も、全ての言語がバラバラに分解され、ただただビートとグルーヴへのアジャストメントを最優先した、細切れの言葉の張り合わせ(カット・アップ)がなされているのである。よって、その大半の部分では、かしこまった文法は完全に無視され、文脈もズタズタにされたままに短いフレーズの積み重ねとして歌われてゆく。特に、“Muzik”や“I My Me Mine”の日本語版で聴くことのできた言葉のアヴァンギャルドさは、少々革命的ですらあった。4ミニッツは、常に日本でのリリース作品が非常に面白く、日本語での歌唱でも期待を決して裏切ることのないガールズ・グループの筆頭だといえる。

画像9月14日には、レインボーが、シングル“A”で日本デビューを果たした。この七人組のレインボーもまた、09年にデビューしたガールズ・グループである。つまり、シークレットや4ミニッツとは同期であり、これらのデビュー当時からライヴァル関係にあるグループが、ここにきてこぞって日本でもデビューを果たし、海外での活動でもしのぎを削り合っている状況が生まれつつあるということだ。
KARAと同じ事務所であるDSP Mediaに所属するレインボーであるが、やはり大手の事務所とはプロモーションの能力に少しばかり差があるせいか、最初から大きなヒットに恵まれて、一気にブレイクしたわけではない。09年11月17日に発表されたファースト・ミニ・アルバム“Gossip Girl”は、おおむね好意的に迎えられはしたが、タイトル曲でありシングル曲でもあった“Gossip Girl”は、相次ぐ大物グループによる大ヒット曲の狭間に埋もれて、いまいちパッとすることはなかった。同じ事務所の先輩であるKARAを手本にしてリハーサルを重ねてきたからなのか、どうしても律儀にKARAの妹分的な部分ばかりが前面に出てしまい、グループとしての個性を発揮できていなかったのが、多くのライヴァルたちの中で埋もれてしまった要因であったのかも知れない。そして、ここで一旦仕切り直しとなったのか、次にレインボーが新曲でカムバックするまでに、DSP Mediaは約九ヶ月にも及ぶインターヴァルと準備期間を設けることになる。
レインボーが、やっとブレイクのキッカケを掴むことができたのは、10年8月に配信のみでリリースされたシングル曲“A”のスマッシュ・ヒットによってであった。まさに、もう後がないような状況で繰り出された起死回生のパフォーマンスが、レインボーというグループの運命をガラリと百八十度転換させてしまったのである。シンプルなタンクトップにホットパンツ姿の七人が、ファンキー・ロック・スタイルのビートが唸るダンス・ポップ曲で、清々しい色香を放ちながら溌剌と歌い踊る姿は、実に鮮烈な印象を与えた。それはもう、先輩KARAの影を引きずっていた“Gossip Girl”の頃のグループとは全く違って見えるものでもあった。まさに、七人の個性を思い切り弾けさせた、蛹から蝶へと羽化したレインボーの勇姿であったのである。また、この“A”では、横並びになったメンバーが全員でシャツの裾をまくり上げるセクシーな振り付けが、放送倫理上あまり好ましくないと警告を受け、TV局によっては裾のまくり上げを自粛しなければならないという事態も生じることになる(この直前にヒットしたf(x)の“NU ABO”にもシャツの裾を軽くまくり上げる振り付けは存在していた。しかし、この時には特に大きな問題に発展することはなかった。このあたりにも、所属事務所の違いは影響を及ぼしているのだろうか)。ただ、こうした放送禁止の騒動は、逆に大きく芸能ニュース的な話題となったことで、結果的にはさらなるレインボーの初のヒットの後押しをするファクターとなったことも間違いないところである。こうしてレインボーの“A”は、10年の夏を代表するK-POPのヒット曲のひとつとなる。
この“A”のスマッシュ・ヒットの直後の10月に再び配信のみでリリースされた、ディスコ・ハウス・スタイルのダンス曲“Mach”は、前作での勢いのままに順当に連続ヒットを記録する。これによって、レインボーは一躍スターダムへとのし上がり、ヒット常連組の仲間入りを果たすことになる。同じく09年にデビューしたシークレットもまた、10年になってから飛び出した“Magic”と“Madonna”の連続ヒットによって、ようやく芽が出てブレイクを果たしている。ただし、日の目を見るまでに約一年を要したレインボーの方が、潜伏期間は桁違いに長いのだが。
そんな、レインボーにとってのエース的な切り札曲“A”が、日本での活動を開始する第一弾シングル曲となった。いきなり勝負曲をもってくる、攻めの日本デビューである。だが、すでに日本でも大きな成功を収めているKARAの日本語詞の楽曲によって見事なまでに証明されている通り、DSP Mediaが所属アーティストに用意する楽曲は、誰にでも親しみやすいノリをもった極めて歌謡曲的なものであり、日本語詞との親和性もとても高い。日本語版の“A”においても、無理に言葉を詰め込むことなく、平易な言葉による難なくゆったりと余裕をもって歌える歌詞があてられていて、伝統的なDSP Mediaらしさはしっかりと保持されている。また、とてもキャッチーなフックをもつサビのパートも非常によい仕上がりである。この日本デビュー・シングルを聴く限り、DSP Media勢の日本の歌謡曲マーケットにおける強さが相当なものであることは、やはり素直に認めざるを得ないものがある。レインボーもこのまま、先輩のKARAとともにアイドル歌謡としてのK-POPの最右翼を突っ走ってゆくことが大いに予想される。
そして、このシングルのカップリング曲には、あのあまり芳しい成績を残すことができなかった痛恨のデビュー曲“Gossip Girl”の日本語版が収録されているのだ。このあたりの選曲も、ちょっと見逃せないものがある。このようにやや執念深くリヴェンジを仕掛け続ける姿勢も、ある意味では伝統的なDSP Mediaらしさだといえよう。最近のKARAが、全く売れなかった初期のクールなR&Bダンス路線に、少しずつジワリジワリと回帰しつつあるのも、そうしたリヴェンジの一環であるようにも見えなくもない。こうして執念深くリヴェンジすることで、DSP Mediaは事務所としてのマーケティングやプロダクションの方向性が決して間違いではなかったことを証明し、全てを正当化しようとしているのではなかろうか。ただし、この日本語版の“Gossip Girl”もまた、しっかりとした日本語詞の上質な歌謡曲に仕上がっていることは、やはり素直に認めざるを得ない。このリヴェンジ戦は、完全にDSP Mediaの勝利であるのかも知れない。これだけポップスとしての質の高い楽曲であったのにも拘らず、あの当時に思ったほどの成果を挙げられなかったのは、もしもDSP Mediaの売り出し方に全く非がなかったのだとすれば、後はどれだけレインボーの七人に運がなかったのかという話にもなってきてしまうように思えるのだが。とりあえず、少し時間はかかってしまったが、レインボーという素晴らしいグループが、運に見離され続けたままになることがなくて本当によかった。
11年のレインボーは、4月6日にデビュー作の“Gossip Girl”以来となる約一年五ヶ月ぶりのセカンド・ミニ・アルバム“SO 女”を発表し、この作品のヒットを受けて、6月22日には“SO 女”の新装盤“Sweet Dream”を発表している。この両作品からは、ともに札幌のDJ、Daisi Danceによってプロデュースされた、クラブ・ハウス系のポップ・ダンス曲“To Me”と“Sweet Dream”のヒットが飛び出している。また、この安定した連続ヒットは、レインボーがチャートのトップに立つ日も、そう遠くはないことを告げるものともなった。特に、“To Me”は、大物の新曲が相次いだ大混戦の4月の状況の中で大変に善戦し、もう一歩でチャートを制覇するところまで肉薄したのである。これまでの流れからいっても、このキラキラでメロディックなハウス系のダンス路線の楽曲と、レインボーの七人の歌唱とラップの相性は、とてもよいようである。今後も、この路線をバリバリと突き進んでいってもらいたい。
今回の日本での売り出しの際には、まだいつものKARAの妹分という肩書きは、しっかりとついたままであった。だが、いつかはレインボーにも、そうした紹介のされ方が全く必要なくなる日がくるに違いない。現在、この七人は、選ばれし者だけが辿り着けるトップ・アイドルの座を目指して、長く険しい上り坂を全力で駆け上がっている真っ最中である。

画像9月21日には、遂に2NE1がミニ・アルバム“NOLZA”のリリースによって本格的な日本デビューを果たした。だが、ここに至るまでには、本当に様々なことがあった。しかし、このデビューまでの紆余曲折によって、十分すぎるほどに長い準備期間を取れたことは、2NE1にとって大きくプラスに作用した部分もあったのかも知れない。結果的に、最高の形で日本での活動のスタートを切れたのだから。
まず、10年の秋に2NE1が韓国でのファースト・アルバム“To Anyone”の日本盤で、年内に日本デビューするという情報が一瞬流れた。だが、まだ時期尚早という判断がなされたのか、すぐにそれは撤回され、全ては白紙に戻される。その後、2NE1は、11年春の日本デビューに向けて着々と準備を進め、後は実際のリリース・プロモーションを開始するだけというところまで全ては整いつつあった。しかし、そこで3月11日の東日本大震災という予期せぬ天災が起こり、これによって本格的な日本上陸のプランは再び大幅な延期を余儀なくされることになる。あの日、ちょうど午後八時からのテレビ朝日「ミュージック・ステーション」に生出演し、スタジオでパフォーマンスを披露する予定であった四人のメンバーは、滞在中の都内のホテルで震災に遭っている(報道特別番組のため、この日は番組の放送自体も中止)。そして、この突然の予定変更を受けて、2NE1は7月のセカンド・ミニ・アルバムのリリースに合わせた、今春から夏にかけてロング・ランで展開された密度の濃いプロモーション活動を韓国において開始することになる。ただ、その熱狂の最中に、今回の日本上陸へのカウント・ダウンも刻々と進められ、延期に延期を重ねて当初の予定より約一年近く遅れてしまった、まさに待望の日本デビューが遂に実現したのである。
2NE1は、09年にデビューした四人組グループ。ビッグ・バン(Big Bang)を擁する大手事務所のYG Entertainmentに所属し、元1TYMのテディ・パク(Teddy Park)によるプロデュースの下で、いきなりデビュー曲の“Fire”とそのフォロー・アップ“I Don't Care”を大ヒットさせている。当時、同期の多くのガールズ・グループたちが、何とかデビューはしたもののいまだ不遇の時代を過ごしていた頃に、2NE1は、その年の新人賞を総なめにし、眩いスポット・ライトを浴びて輝きを放っていたのである。常に斬新なイメージ・コンセプトを打ち出し、新しさと奇抜さを併せもつエレクトロなヒップホップ・ダンス系の楽曲で、韓国の歌謡界において群を抜いて尖った印象を与えていた2NE1。その流行の最先端を作り出すファッションや言動、立ち振る舞いは、同世代の若者を中心に大きな影響力を及ぼすようにもなる。
だが、ただ斬新なことをするだけであれば、それは誰にだって簡単にできることである。この2NE1が、そうしたスタイルだけの集団と決定的に異なっていたのは、そこに見る者や聴く者を納得させる確かな実力が備わっていたからにほかならない。これが、デビュー当初からこの四人が、全く新人グループとは思えない大物感を漂わせていた最大の理由でもあるだろう。YG Entertainmentの練習生時代からビッグ・バンの楽曲に客演していたCLとパク・ポム(Park Bom)の歌唱力は、彼女たちが少女時代を過ごした本場米国のR&Bやヒップホップのフレイヴァーをしっかりと吸収したものであるし、舞踏家の家系に育ったコン・ミンジ(Gong Min-ji)のシャープなダンスは、その血筋のよさをまざまざと感じさせる。そして、パク・サンダラ(Park Sandara)は、2NE1に加入する以前に、幼少期に移住したフィリピンにおいてアイドル歌手として“In Or Out”などのヒット曲を放ち、すでに大活躍をしていた実績をもっている。この四人は、こうした下地の部分からしても、ちょっとほかとは違う何かをもっているのである。2NE1のパフォーマンスは、誰もが一目見るだけで圧倒されてしまうようなエナジーに満ちている。特に、CLがステージ上で見せる強烈なカリスマ性には、まさに世界的なスーパー・スターの片鱗をも感じさせるものがある。
このようにデビュー直後から大ヒットに恵まれた2NE1であるが、やはりそこには展開されるプロモーションの規模の面などで、大手事務所に所属しているグループだからこそ得られる強みのようなものも端々に垣間見れた。そのデビュー前の話題作りからヒットまでの道程は、これまでのYG Entertainmentが行ってきた数々のアーティスト・プロモーションの経験を踏まえた、周到に計画され綿密に練られたものである。そして、10年9月9日に発表されたファースト・アルバム“To Anyone”のリリース時には、“Clap Your Hands”、“Go Away”、“Can't Nobody”という三曲のシングル曲のプロモーション活動を強力に展開し、この三曲でチャートの上位を完全に独占してしまう。こうした前代未聞の事態には、圧倒的な2NE1の人気と実力だけでなく、大手芸能事務所の企画遂行能力やプロモーション能力の凄まじさのようなものを、桁違いのスケールで見せつけられたような気もしたものである。そして、こうした実績を重ねてゆくことで新作を出すごとに2NE1のまとう大物感は、増々確固たるものになってゆくのだ。さらにまた、11年7月28日に発表されたセカンド・ミニ・アルバムからは、“I Am The Best”、“Hate You”、“Ugly”の三曲をシングル曲とするプロモーション活動が展開され、やはり三曲が同時に大ヒットとなり、全ての楽曲でチャートの首位を獲得してしまう。ここまでくると、まさに圧巻である。
今回、日本でのデビュー作となった“NOLZA”は、この7月に発表された韓国でのセカンド・ミニ・アルバムの日本盤となる。オリジナルのセカンド・ミニ・アルバムの全6曲の収録曲のうち、ボムのソロ曲“Don't Cry”を除く5曲の日本語ヴァージョンが、ここには収録されている。韓国語版のリリースからほぼ間を置かず約二ヶ月後に日本語版がリリースされているということは、例の三曲のシングル曲が大ヒット中であった8月に日本版の準備を進めるのは困難であっただろうから、どちらの作品の制作もほぼ同時進行で行われていたはずである。元々、今春に日本デビューの予定であったのだから、韓国語版よりも日本語版の楽曲の方が先に録音が進められていたということも十分に考えられる。2NE1の四人のメンバーは、幼い頃より様々な異文化に触れ、インターナショナルな感覚を養った下地をもち、それぞれに語学にも堪能である。中でもCLは、大学教授である父親の勤め先が数年ごとに変わることから幼少期に世界各地を移り住み、その当時に日本で暮らした経験ももつという。そういう意味では、2NE1にとって日本語での歌唱に対するハードルは、それほど高いものではなかったのではなかろうか。
“NOLZA”を聴いてみて、非常に特徴的だと思われるのが、ほとんどの楽曲の歌詞が、2NE1にとって最も大きな支持層であるメンバーと同年代の女性、いわゆるギャル系の女の子の話し言葉(口語体)に近いものになっているという点である。これには、少しばかり引っ掛かるものがあった。普段からあまりギャルな話し言葉に慣れ親しんでいない耳には、ついつい身構えさせてしまうものがあることは確かであろう。最初のうちは、聴きながら、思わずもう少し詩的な表現ができないものかなどといったことばかり気になってしまった。日常的な生々しさのある言葉遣いであるだけに、どうしてもやや強く突き刺さるような印象を受けてしまうのである。しかし、それも何度か繰り返し聴いているうちに不思議と慣れてくる。これは、ほとんどの日本語歌唱化されたK-POPにいえることであるのだが、必ずといっていいほどに最初は結構な違和感がある。だが、しばらくすると、決まって曲調のノリのよさやサビのキャッチーさに気を取られはじめてきて、いつの間にか妙な違和感は消えてなくなってしまうのだ。それだけ、韓国語版の原曲の楽曲としての魅力やパワーが強烈だということなのであろう。こうして言語の壁など余裕で突き破ってしまう浸透力や訴求力があるからこそ、これだけ全世界的にK-POPブームの波が拡大していっているのだとも考えられる。2NE1による日本語歌唱も、聴き返すごとに、次第にその話し言葉調の突き刺さるようなストレートさが、彼女たちならではの持ち味と感じられてくるのである。やはり、ここでも韓国語版のオリジナルの段階から強力に威力を発揮していた、根本的な楽曲のよさが光っていることは言う間でもない。日本語による歌唱においても2NE1は、しっかりとグループの個性とコンセプトを表現し、それを強くリスナーに印象づけることに成功している。
それぞれの楽曲では、ファッションや夜遊びや恋愛の話題、人間関係や自己同一性にまつわる葛藤など、誰もが青春時代に感覚するであろう内面の動きが、とてもわかりやすい日常的な話し言葉で歌われる。また、全体的に何事にも屈しない強く逞しい女の子のイメージを打ち出している点などは、同世代のリスナーや同性からの強い共感を得られるのではなかろうか。いずれにしても、2NE1の楽曲は、それを歌いかける対象が、非常にはっきりと見えるものである。このようにストレートに心情を言い放つ楽曲を歌い続けてゆくことで、2NE1は、若者世代の心の声を代弁するアイドル・グループとして、今後も国境も言語の壁も越えて幅広く活躍してゆくのだろう。韓国や日本だけでなく、アジア全域で。そして、ゆくゆくは地球規模のスケールで。
韓国でのセカンド・ミニ・アルバムからの三曲同時プロモーションの際にも常に最後の締めくくりの一曲として歌われた“Ugly”は、今年の夏のK-POPを代表するヒット曲だといえるであろう。従来のヒップホップ〜R&Bダンス路線だけでなく、アコースティック/エレクトリック・ギターを使用したロック的なサウンドの要素を大胆に導入している点が、このセカンド・ミニ・アルバム/“NOLZA”の特徴でもある。そして、そうした傾向が最も顕著に表れていたのが、この“Ugly”という楽曲であった。そのハードなロック・サウンドの開放感は、楽曲に込められているディープなメッセージのエクスプレッションやサビのパートでの情感のほとばしりに、さらなる力強さと説得力を与えているのである。
日本での本格的なデビューにおいても成功をおさめた2NE1には、この後には遂に全米デビューの予定が控えているようである。ザ・ブラック・アイド・ピーズ(The Black Eyed Peas)のウィル・アイ・アム(will.i.am)が、相当に2NE1の才能に惚れ込んでいることは、かねてよりよく知られている。全米進出の際にはウィルが強力な後ろ盾になることは、もはや確約済みでもあるようだ。2NE1の四人を軸にYGファミリーとBEPファミリーのヘヴィ・ウェイトなコラボレーションが展開されるのであろうか。実に楽しみだ。もしかすると、このままの勢いで本当に世界制覇してしまうのではなかろうか。そんな風に思えるだけの何かが、この四人にはある。いわゆる、生まれつき何かをもっているという、あれである。

(続く)

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