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<<   作成日時 : 2011/09/15 04:00   >>

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2011, Back To Black

追記(四)

前編

The Kids Are Alright

11年8月14日、スマイレージ(S/mileage)の新メンバー募集オーディションの合格者となった五名が、新たにスマイレージのサブ・メンバーとしてグループとともに活動してゆくことが発表された。サブ・メンバーは、今後のコンサート・ツアーやレコーディングなどの実際の活動の中での成長や順応ぶりを総合的に判断され、そこで一定のレヴェルをクリアできたと認められれば、正式に新メンバーとしてスマイレージに加入できるという。厳しい審査が行われたオーディションを生き残り、五名のサブ・メンバーにまで勝ち上がったところで、本当のサヴァイヴァル・レースが幕を開けたといったところだろうか。
このサブ・メンバー制度を採用することで、09年の結成以来、約2年間をオリジナル・メンバーの四名で活動してきたスマイレージは、今秋にも最大で九人組の大所帯グループへと膨れ上がることが事実上決定した(注)。もしも、サブ・メンバーから一人も及第者が出なかった場合には、これまでのまま四人組での活動が続けられることになるが、この新制度を取り入れた流れからいって、新メンバーの加入が見送りという結果になることは、あまり考えにくい。サブ・メンバーに選ばれた五名の顔ぶれを見てみても、特に小数賀芙由香や田村芽実などは、今すぐに現行の四名とともに活動を開始したとしても全く違和感はなさそうな、いかにもスマーレージ的なかわいらしいルックスであったりする(注)。(注)後に事態は大きく変化した。詳しくは、追記を参照。
おそらく、数ヶ月後のスマイレージは、間違いなくその規模を倍増させたアイドル・グループとなっているであろう。必ずや、これからのサヴァイヴァルの期間に、現行の四名とサブの五名が同じ舞台で交錯・交流してゆくことで、よい意味での緊張感と刺激に満ちた競り合いが生じ、スマイレージというグループ自体のポテンシャルが相当に高められてゆくはずである。きっと、数ヶ月後には、メンバーの人数としては倍増とまでゆかなかったとしても、ひとつの大きな変化の季節を経て、ひと回りもふた回りも大きくなった新生スマイレージの勇姿を目にすることができるのではなかろうか。
プロデューサーのつんく♂は、今回のオーディションを行うにあたって「スマイレージには何かが足りない」と語っている。現在の、かなりグループとしての結束度が高く、茫洋たる将来性を感じさせる密度の濃い四人組であっても、まだ何かが足りないというのは、少々厳しい見方であるような気もしたものだ。しかし、プロデューサーとしては、メジャー・デビューから一年という時期の、着実に成長しつつある発展途上のグループが、まだまだ完全には出来上がってはいない状態であるからこそ、ここで一度梃入れをしておきたいという思いもあるのかも知れない。かつてのモーニング娘。がそうであったように、圧倒的な個性をもった新メンバーの加入が、既存のグループの内部に大きな化学反応を起こし、さらなる全体的なスケール感のアップや完成度の向上につながるケースがある。そうした新人発掘オーディションの結果がもたらす爆発的なエネルギーとマジックを、やはり誰よりも身をもって体感しているのがつんく♂なのである。だからこそ、このオーディションに今後のスマイレージの飛躍の可能性そのものを賭けてみた部分もあったのではなかろうか。
また、全員がハロプロエッグ出身の同期のメンバーからなるスマイレージが、やや閉ざされた集団になりつつあることに対する、微かな危惧の念もそこにはあったのかも知れない。ともに04年のオーディションに合格したエッグの第一期メンバーである四人は、長く地道な研修期間を同じように過ごしてきたことにより、良くも悪くもハロプロ流に鍛え上げられ、歌や踊りのレヴェルも非常に高く、かなり完成された域にまで達してもいる。しかし、そうした強すぎる結びつきや早い段階での完成によって、グループ内での爆発的な化学反応が起こる可能性が極端に低くなってしまう恐れもあるのである。
シヴィアで過酷なオーディションを勝ち抜き、何の保証もないサヴァイヴァル・レースを生き残ってゆくような修羅場の連続とは、ある種無縁であった現在のスマイレージの四人。エッグという研修生制度が、その当初からの目的としていたゴールが、新たなアイドル・グループの輩出であったのだから、四人はただその流れにのって着実に課題をクリアし階段を上ってきたにすぎない。しかし、まずエッグの研修生となるためのオーディションに合格し、新グループのメンバーに選抜されるためのエッグ内での過酷な競争を勝ち抜いてきたという実績はあるものの、ある種エッグでのセミ・プロ的な活動からエスカレータ式にスマイレージでのデビューにまで辿り着いてしまった観は、やはりなきにしもあらずなのである。そうした部分に、ちょっとしたぬるま湯めいたものが、何となく感じられてきてしまったのかも知れない。いずれにせよ、こうしてプロデューサーがアレコレといじくりたがるというのも、スマイレージというグループのこれからに対する期待感の大きさの裏返しと考えて間違いはないところではあるのだろう。
そして、この時期の突然の梃入れは、いよいよ激しさを増してゆくアイドル戦国時代を生き抜いてゆくことを見据えた戦力の増強と見ることもできる。次々と新興の勢力が現れ、海を越えてK-POP勢も続々と参戦してくる切羽詰まった状況の中で、大小のライヴァルに対抗してゆくには、それなりの体力と戦力を確保していなくてはならない。それにも拘らず、ぬるま湯につかったままのスマイレージでは、何とも心許ない。ゆえに、つんく♂も、このタイミングで動いたのであろう。
さらに、正式にスマイレージの一員となることが適わなかったサブ・メンバーの今後の身の処し方について、プロデューサーは「素人に戻るか、ハロプロエッグになるか、別のユニットとしてデビューするか、サブ・メンバーとしてもう少し様子を見る」と述べている。今回のオーディションの合格者による新たなユニットの構想があることは、やや驚きであるが、実際に新人発掘のために行ったオーディションであるのだから、それくらいの実力と将来性を兼ね備えた面々が選抜されているのであろうし、そうした選択肢があることも当然といえば当然なのであろう。それを見越してか、サブ・メンバー五名のうちの二人、竹内朱莉と勝田里奈はエッグの研修生であったりする。ある意味、この二人は、スマイレージの新メンバーになろうとも、別ユニットでのデビューということになろうとも、そこそこの即戦力として期待ができるメンツなのである。また、幼い頃から舞台経験のある田村芽実も、すでにミュージカル「しゅごキャラ!」においてスマイレージのメンバーとの共演を果たしている。そういう意味では、こちらも、サブ・メンバーの中では最年少ではあるが、即戦力として期待ができる相当の実力派なのだ。だがしかし、現実的に考えれば、新メンバーとしてグループに加入できなかった場合には「ハロプロエッグになる」のが、やはり最善の道なのではなかろうか。新人オーディションの開催は、将来有望な人材をハロプロエッグに研修生として迎え入れ、その才能の原石をジックリと育成し磨き上げてゆくことを可能にする。こうしたサブ・メンバー制度や研修生制度の在り方は、ハロプロエッグの活性化や向上、さらにはこれからのハロプロ全体の層の厚さにもつながってゆくことであろう。10年代、このスマイレージを筆頭とするエッグ世代が、さらに勢力を拡大してゆくことが予想される。

(追記)
8月24日、スマイレージのメンバー、小川紗季のグループからの卒業ならびにハロー!プロジェクトからの卒業が、かなり唐突に発表された。プロデューサーのつんく♂のコメントによれば、今回の新メンバー募集のオーディションは、どうやらこの件を踏まえてのものであったようである。
つまり、この一連のオーディションからサブ・メンバー加入までの動きは、小川の卒業によって三人組となってしまうスマイレージのメンバーの補充・補強ということを第一に考えたものであったのだ。今回の卒業の発表と同様に、あまりにも唐突な印象を与えた新メンバー募集の発表も、やはりそうした背景があったからということなのであろう。おそらくは、新メンバーを加えての梃入れの時期を模索していたところに、後から色々と重なってしまったという部分もあったのかも知れない。しかし、まず早急にしておかなくてはならないことは、小川の卒業によって生じてしまう大きな穴を、しっかりと埋める作業である。もしかすると、この穴こそが、つんく♂が以前に語っていたスマイレージに足りない(足りなくなる)何かの正体であったのではなかろうか。
小川は、この卒業の発表に際して「普通の女の子に戻る決心をしました」とコメントしている。日本一スカートの短いアイドル・グループのメンバーから、普通の中学生に戻る決断は、ひとりの14歳の少女が下すにしては、限りなく重く大きなものであっただろう。そして、この決断によって、小川が夢見る15歳の誕生日を迎えるのは、全く誰も予想だにしないことであったが、何とスマイレージから卒業した後のこととなる。
グループの最年少メンバーであり、悪戯っ子で食いしん坊で奔放な憎めない妹キャラを常に全開にしていた、スマイレージのムード・メイカー的な存在。そんな類い稀なる個性と才能を失うことは、ちょっと計り知れないほどに大きい。だが、卒業は、すでに決定事項である。この決断と決心は決して変わらないのだ。きっと、小川のキャラクターであるから、卒業後も単なる普通の中学生にはならずに、日本一大きな夢をもつ15歳となるのかも知れないが。
和田彩花、前田憂佳、福田花音の三人となってしまうスマイレージ。この小川の卒業によって失われてしまう何かは、もはや決して取り戻すことはできないであろう。まるで太陽の如くウザいくらいに眩しい明るさを放っていた小川であったから、そこに出来た穴も、とてつもなく大きく深いものになる。これを、五人のサブ・メンバーだけで、埋め合わせることができるのだろうか(注)。はたして、明るさは、眩しさは、ウザさは、五人だけで事足りるであろうか。この秋のスマイレージ周辺の動きからは、片時も目が離せなくなりそうである。‡

(追記)
9月9日、スマイレージのサブ・メンバーとなったばかりの小数賀芙由香が、体調の不良によりしばらく休養を余儀なくされることが発表された。これにより、小数賀は、オーディションに合格し選抜されたサブ・メンバーの座から一旦退くことになる。医師の診断の結果は、重度の貧血状態。週末はコンサート・ツアーやイヴェントで全国を飛び回り、超過密なスケジュールの中で激しく歌い踊るスマイレージのステージをこなしてゆくことは、このままでは無理であると判断されたようだ。まずは治療に専念し、病状の回復に努めることとなる。
これによりサブ・メンバーは四名となり、現在三名の初期メンバーとあわせて、総勢七名の体制で来月末の正式な新メンバー発表までのスケジュールをこなしてゆくことになる。一時は九名にまで膨れ上がったスマイレージであるが、このところ相次いで離脱者が出ていることは、ちょっとばかり気にかかるところではある。こうしたことが、このグループの前途茫洋たる先行きに、暗い影を投げかけるといったようなことがないとよいのだが。
つんく♂のコメントによれば、療養によって体調が完全に回復した暁には、小数賀はハロプロエッグのメンバーとして再スタートすることになるようだ。これは、当初の目標であったスマーレージの新メンバーへの道が、ここで完全に閉ざされてしまったわけではないということであろう。その大きな夢を叶えるためにも、しっかりと体調を万全に整えてハロプロに戻ってきてもらいたいところである。
画像ただし、今回の件を、最も残念に思っているのが小数賀本人であることは想像に難くない。実に無念であるだろう。13才の少女にとっては、なかなか受け入れることのできない辛い現実であるかも知れない。すでに新曲“タチアガール”のレコーディングにも参加し、秋のコンサート・ツアーの開始を目前に控えた、全てはこれからという段階でのドクター・ストップであったのだから。しかし、これは、決して挫折などではない。ただ、本人の意に反して体調が暫しの休養を欲してしまっただけである。まだまだ若いのだ。これから何度だって再チャレンジは可能であるに違いない。
だが、このような予期せぬアクシデントは、結果として、残された七名の士気を高め、結束力をアップさせることにもなるのかも知れない。ほんの一ヶ月前には有頂天な状態にあったスマイレージが、突如として、かつて経験したことがないほどの危機のときを迎えている。まさしく、これは、初期メンバーもサブ・メンバーもなくグループとして一丸となって乗り越えなくてはならない試練である。これで、増々、今後のスマイレージから目が離せなくなってきた。このところの激動と波乱の日々を見ていると、もはや応援せずにはいられなくなってくるというものであろう。きっと、スマイレージは、この苦境から元気に笑顔で立ち上がるはずである。‡

だが、現在のハロー!プロジェクトの中核は、そのハロプロエッグよりもひとつ上の世代となる、ハロー!プロジェクト・キッズ出身のメンバーたちによって、実際には担われているといってよい。これまで、ハロプロの中心といえば、それは常にモーニング娘。であった。しかし、そうしたハロプロ内における位置づけも、時代の移り変わりとともに少しずつ変化しつつある。
ただし、ハロプロという一大エンターテインメント・プロジェクト自体は、ずっとモーニング娘。というグループともに歩んできたものである。だから、その顔にして、この女性アイドル集団を代表する存在がモーニング娘。であることは、これからも決して変わりはないであろう。
だが、その全体の構成を、それぞれの世代ごとにバラして見てゆくと、今やハロプロという集団を中心になって引っ張っているのは、間違いなくキッズの世代なのである。11年9月末に、現在のモーニング娘。のリーダー、高橋愛がグループを卒業した後は、新リーダーとなる新垣里沙のみが、唯一のハロプロ・キッズ組よりも古株のメンバーということになる。現在ではモーニング娘。のメンバーの殆どが、キッズという研修生制度が発足した後にハロプロに加入してきた6期以降のメンバーなのだ。いわば、ハロプロ内の序列では、大半のモーニング娘。のメンバーよりもキッズ世代のメンバーの方が先輩となるのである。実質的なハロプロにおけるキャリアという点では。ただ、6期メンバーの田中れいなと道重さゆみは、キッズ世代の最年長組である清水佐紀、矢島舞美、嗣永桃子よりも、年齢・学年的には二つほど上になる。02年にキッズ・オーディションに合格した時点では、この三人は、ともにまだ10歳という幼さであった。ハロプロ・キッズとは、文字通りにそんなキッズの集団であったのだ。

02年6月30日、テレビ東京系列で放送されていた「ハロー!モーニング。」の番組内において、生放送でハロー!プロジェクト・キッズ・オーディションの合格者が発表された。この、小学生を対象とした次世代のハロプロを担う未来のタレントを発掘するオーディションで選抜された合格者十五名が、この日の歴史的な発表を受けてハロプロ・キッズとしての活動を開始したのである。合格者のうちの最年長組は、当時まだ小学五年生であり、キッズ最年少は小学一年生になったばかりの萩原舞であった。
こうして誕生したキッズ世代であったが、当初はハロプロの二軍のような存在として、コンサートやイヴェントなどにおけるサポート的な役割に徹していた。だが、この時期のコンサートでのバック・ダンサーとしての活動や、様々なユニットへの個別の参加などの経験が、キッズのメンバーたちの着実な成長を促していたことは間違いない。末席ながらも、いきなりハロプロの一員となった小学生たちは、こうした実戦での貴重な経験を積み重ねてゆく中で、多くのことを学び取っていったのである。このようなキッズ世代において試みられた育成の方式が、これ以降にハロプロが取り入れてゆく研修生制度の基礎となってゆくことになる。ある意味、ハロプロ・キッズの十五名は、ハロプロにとってのエポック・メイキングな存在であったといえるであろう。

04年1月、初のキッズ世代主体のユニットとなるBerryz工房が結成される。これは、ハロプロ・キッズの約半分である八名をスターティング・メンバーとして選抜し、メンバーの構成に流動性をもたせた、ある種の実験的なアイドル育成工房とでもいうようなコンセプトをもつグループであった。そのコンセプト通りに、結成当初は、小学生らしく学業と学校行事を最優先して、イヴェントに参加できないスターティング・メンバーがいた場合には、その生じた穴を他のキッズのメンバーで補ってゆくという活動方針が設定されてはいた。しかし、折角掴んだメインの活躍の場であるのだから、そう簡単にスターティング・メンバーの面々がこれを明け渡す訳もなく、次第にBerryz工房は最初に選抜された八名の活動の場所として固定化されてゆくことになる。
Berryz工房は、早くも04年3月3日にデビュー・シングル“あなたなしでは生きてゆけない”を発表して、ハロー!プロジェクトの新人グループとしての華々しいスタートを飾る。そうなると、その後も順調にアイドル・グループとしての活動をこなす八名(05年10月の石村舞波の卒業以降は七名)と、スターティング・メンバーに選抜されなかった残りのハロプロ・キッズのメンバーの間には、明らかに待遇面などで大きな差が目につくようになってくる。Berryz工房がシングルを発表し、アルバムを発表し、コンサートを行うなど、華やかな活躍をすればするほどに。この少々困った事態を是正するために、遂にプロデューサーのつんく♂が動くことになる。新たなキッズ世代を主体としたグループの結成という形で。
05年6月、Berryz工房に参加していないハロプロ・キッズのメンバー、七人による新グループの結成が発表される。℃-uteと命名された、このグループの誕生により、事実上キッズ世代の十五人は全員この二組に振り分けられたことになる。しかし、結成から程なくしてすんなりとCDデビューできてしまったBerryz工房に対して、℃-uteが歩まされることになった道は決してそう平坦なものではなかった。
地道なモーニング娘。のコンサートへのゲスト出演や前座の担当などの活動を続けてゆく中で、℃-uteが待望のデビューCD“まっさらブルージーンズ”を発表したのは、翌06年の5月6日のことであった。しかもこれは、インディーズでのデビューであり、いきなりデビュー曲で多くのTV出演を果たしたBerryz工房とは、かなり待遇を異にするものであった。こうした数々の逆境に打ち勝ち、それを乗り越えてゆくところから、ハロプロ系には珍しい反骨精神と雑草魂に満ちあふれた℃-uteならではのグループのカラーが、次第に滲み出してくることになる。
また、この06年の年頭にはハロプロエッグ出身の有原栞菜が新たにグループに加入し、さらに10月にはオリジナル・メンバーの村上愛がグループを脱退するという入れ替わりの動きもあった。そんな激動と波乱のインディーズ時代を駆け抜けた℃-uteは、翌07年の2月21日に念願のメジャー・デビュー曲“桜チラリ”を発表する。通算5作目のシングルで漕ぎ着けた、ようやくのメジャー・デビューであった。この時点で、すでにBerryz工房のデビューからは早いもので約三年の月日が流れていた。
しかし、このキッズ世代の十五名は、オーディションに合格した小学生の全員が、ハロプロの第一線で活躍するパーマネントなグループに所属し、CDデビューを果たしているのである。最終選考に残った全員を一挙に合格者にしたことで、かなりその後の成長ぶりや順応能力を見極めてゆかなくてはならない、非常に幼く未熟なキッズの一群が形成されたにも拘らずだ。結果的には、ほぼ全員がハロプロの屋台骨を背負うアイドル・グループの一員として大活躍することとなったのだから、十五名のまだあどけない小学生たちからスタートしたキッズ世代とは、最初から非常に優秀なタレントばかりが集っていた集団だったといえるのかも知れない。

Berryz工房は、04年の結成以来、とても順調に一定のペースをキープしたままアイドル街道を歩んできている。グループ結成当時は、まだ小学生だったメンバーも、現在では全員が10代後半となっており、今や女性アイドル・グループとしての最盛期を迎えつつあるといってよいだろう。ただし、そのこれまでの道のりは、石村舞波の卒業という出来事を除けば、ちょっと順調すぎるほどに、大きな山もなく谷もなく極々平坦であったようにも思える。
この約七年間のBerryz工房は、どちらかというと、大きく落ち込むこともなかった反面、突出して浮上してくることもなかったのである。卒業や新加入が日常茶飯事であるハロプロには珍しく、結成以来の不動のメンバーであることで、いつしか常に安心して見ていられる存在になってしまっていたという部分も確かにあった。また、結構おっとりとした性格のメンバーが多いことも、そうしたBerryz工房のグループとしてのカラーを滲み出させるひとつの要因となっていたようにも思われる。まさに、Berryz工房とは、全てが揃っていても、いつまでも何かが足りないように感じられてしまうグループの典型といえるのではなかろうか。
そんな、品行方正な佇まいで、アイドル・グループの王道を着々と進み続けているBerryz工房。そんな彼女たち七名の、ここ最近の動きをあらためて見てゆきたい。11年のBerryz工房のリリース作品は、かなり充実している。これは、なにもBerryz工房だけに限ったことでなく、ハロプロ所属の全てのグループにいえることなのだが。そんなハロプロ・ルネサンス時代の幕開け的な様相を、この11年の各グループの動きからは見て取れるのである。
まず、東日本大震災のあった3月には、2日に25作目のシングル“ヒロインになろうか!”がリリースされ、月末の30日には約一年ぶり通算六枚目のアルバムとなる“Berryzタイムス”がリリースされた。“ヒロインになろうか!”は、キッズ世代でも随一の長身である熊井友理奈をセンターにフィーチュアした、とてもスタイリッシュで疾走感満点なトランス・ポップ・ロック・タイプの楽曲である。
ここ数年のBerryz工房は、変に異性に媚びることのない、かっこいい女の子の生き様を前面に打ち出した路線で、新たな境地を開拓している。いや、もはやこうしたスタイルこそが、今現在のBerryz工房の定番となりつつあるといってもよいかも知れない。そんな10代の女の子の気持ちや情感を、赤裸々にあっけらかんと正面切って歌い放つ楽曲の魅力によって、従来の男性ファンだけでなく幅広い年齢層の女性ファンも近頃は獲得しつつあるようだ。逆に言うと、もしかすると、こうした強い女の子の素の心情を歌った歌は、最近の男子にはやや刺激が強すぎて敬遠されてしまうのではないかと、少し心配になってきたりもするぐらいである。
アルバム“Berryzタイムス”は、“本気ボンバー!!”、“シャイニングパワー”、“ヒロインになろうか!”といった、ここ最近のかっこいい女の子系の秀逸なシングル曲を収録した、なかなかに痛快な一作である。全編に渡って、バリバリにロッキンで完全に女子会なノリが満載な、爽快に弾けて思いきりぶっちゃけている楽曲のオン・パレードで、何ともいえない迫力がある。この通算6作目のアルバムは、ハロプロ・キッズとして小学生時代から共に成長してきた、七人の個性的なメンバーからなるBerryz工房が、Berryz工房ならではのひとつのスタイルを完成させた、現時点での彼女たちの代表作にして最高傑作といってよい。それほどまでに、この“Berryzタイムス”は、トータルで完成度の高い一枚となっている。
画像6月8日には、まるで畳み掛けるかのようにフォロー・アップ・シングルの“愛の弾丸”がリリースされた。こちらも、強気なかっこいい女の子の内面を強く打ち出した、ここ最近のBerryz工房らしいスタイルを、さらに押し進めた一曲となっている。ギターが大きくフィーチュアされたノリのよいモダンなロック歌謡のサウンドに、全く外連味のない七人の真っ直ぐに射るようなヴォーカルが、実によく映える。特に、センターを務める菅谷梨沙子のどっしりと構えた安定感のある歌唱に備わった迫力は、ちょっと鳥肌が立ちそうなくらいに凄まじい。この菅谷のヴォーカルがもつ圧倒的な個性は、ちょっと他に類を見ないものであり、そのアイドルとしては唯一無二なスタイルが今後どのように進化してゆくのか、とても楽しみでもある。何せ、グループの最年少である菅谷は、まだ17歳になったばかりなのだ。
そして、その約二ヶ月後の8月10日には、通算27作目のシングル“ああ、夜が明ける”がリリースされた。11年のBerryz工房は、かなりのハイ・ペースでシングルとアルバムのリリースを繰り広げている。まさに、ちょっとしたリリース・ラッシュである。この勢いは、年間にシングルを四枚発表し、“スッペシャルジェネレ〜ション”や“なんちゅう恋をやってるぅ You Know?”という初期のBerryz工房の代表曲といえるヒット曲を生んだ、デビュー当初の05年のリリース・ペースに迫ろうかというほどのものである。どうやら、11年のBerryz工房は、ある種のゾーンに入りつつあるようである。ここ最近のBerryz工房が、女性アイドル・グループとしての本格的な最盛期に突入してきていることは間違いない。“愛の弾丸”や“ああ、夜が明ける”では、そうした上り調子な状態にあるグループが魅せるトップ・フォームの片鱗を聴くことができる。
“ああ、夜が明ける”は、フュージョン・ディスコの流れを汲むような疾走するダンス・サウンドをベースにしたAOR歌謡。楽曲の展開は、ちょっとアヴァンギャルドで、いかにもつんく♂らしい作りだ。やはり、ここでもセンターを務める菅谷の力強いヴォーカルが、冒頭から思いきり際立っている。そして、その大いなる個性の脇をしっかりと固める、夏焼雅や嗣永桃子といったメンバーたちも、菅谷の迫力に引っ張られるように情感のこもったヴォーカルを繰り出してくる。グループ内で菅谷を中心に、とてもよい相乗効果が生まれているようだ。
大人の女性の情愛と10代の少女の恋心。夜明け前のひとときに、ふたつの狭間を激しく揺れ動く、さざ波立つようなハイ・ティーンの女の子の胸中が見事に表現された一曲である。まさに今この年代のBerryz工房が歌うことに意味のある楽曲ともいえよう。このハードコアなハイ・ティーン・ガールズ路線を突き詰めていったBerryz工房が、どんな高みへと突き抜けることになるのか、何とも楽しみで仕方がない。

一方、℃-uteは、05年の結成、06年のインディーズ・デビュー、07年のメジャー・デビューという、かなりの試練含みであった滑り出しの後も、決して平坦な道を歩んでこれたわけではない。念願のデビューを果たした07年の年末には、7作目のシングル「都会っ子純情」で、第49回日本レコード大賞の最優秀新人賞を受賞した。しかし、メジャー・デビュー後は、なぜかグループとしての方向性がキッチリと定まらず、個性的な℃-uteらしいスタイルを模索する妙な迷走の期間が続いていた。これに対して、第一線へと這い上がる闘志を剥き出しにして弾けていた、反骨心に溢れるインディーズ時代の℃-uteの勢いを懐かしむ声が、公然と挙げられるようにもなる。
良くも悪くも℃-uteとは、ハロプロにおける異端児であり、突出した色合いをもつグループであった。特に、インディーズ期に発表されたシングル“まっさらブルージーンズ”や“大きな愛でもてなして”での奇抜なインパクトと底抜けのノリのよさは、とてつもなく大きな可能性を感じさせるものでもあったのだ。しかし、それゆえに逆にメジャーからのデビュー後は、初期のスタイルからの脱皮を急ぐあまりなのか、やや失速し少しおとなしくなってしまったような印象を与えかねないものもあったのである。
そこに追い打ちをかけるように、09年には、2月に06年にハロプロエッグから加入した有原栞菜が脱退、10月にはキッズ世代の最年長でもあった梅田えりかが卒業と、メンバーの二人が相次いでグループを去り、当初の七人組から五人組へとサイズ・ダウンを迫られることになる(現在、有原はタレントとして、梅田はファッション・モデルとして活動中である)。ただ、グループ結成以前から数多の障壁や困難に打ち勝ち乗り越えてきた℃-uteのメンバーであるから、これしきのことでそう簡単にへこたれたりはしない。おそらく、これほど試練に立ち向かうことに慣れているグループというのも珍しいのではなかろうか。そして、その生粋の反骨精神と芯の強さを証明するかのように、ここから五人組となってしまった℃-uteの大いなる巻き返しが始まるのである。
Berryz工房と同様に、メンバー全員が10代後半となっている℃-uteも、もはやヤンチャなキッズたちの集団などではなく、メンバー全員に女性らしい落ち着きも感じられるようになってきている。02年のオーディション合格時には小学一年生であったキッズ世代の最年少、萩原舞も、今ではもう15歳の立派なお嬢さんである。そんな年齢的な変化やアイドルとしてのキャリアを積んでゆく中での成長を経て、ひとつのグループとしてのまとまりが生まれ、これからの方向性もしっかりと定まりつつある。
ここにきて℃-uteが大復活の気運を掴むに至ったのは、決して媚びる態度を見せることのないドスの利いた感情を前面に押し出すBerryz工房とはやや対照的に、いかにもアイドルらしい可愛い女の子の路線を、ちょうど奇抜さや異端を一周してきてより一段階高いレヴェルで強く打ち出せるようになってきてからである。間違いなく第一級の美少女である矢島舞美や鈴木愛理、中島早貴を含むメンバー五人のルックスのよさを絶大なる武器とする℃-uteは、ある意味では、迷走の蛹期間を経て、実に正統派な女性アイドル・グループへと華麗なる脱皮を遂げたといえるであろう。
11年の℃-uteは、まず2月23日に通算20作目のシングルとなる“Kiss me 愛してる”をリリースしている。激しく揺れる女の子の恋心を畳み掛けるように歌う、疾走感のある直球のアイドル歌謡である。ここでも、℃-uteの五人によるコケティッシュなヴォーカルの魅力が、全編に渡って華やかに炸裂している。まさに、この℃-uteこそが、現在のハロプロの王道路線を牽引していることを、あらためて宣言するような一曲である。それくらいに、この楽曲の完成度は高い。
そして、そのシングルの翌月の3月23日にリリース予定であった、約一年ぶりとなる通算5作目のアルバム“超WONDERFUL 6”は、東日本大震災の影響で当初の予定よりも約二週間遅れでリリースされている。リリース日は、4月6日。10年に発表された秀逸なシングル曲“Danceでバコーン!”や“会いたいロンリークリスマス”を収録したこのアルバムでは、まだ全体的な出来としては多少のバラツキは見受けられるものの、普通のハイ・ティーンの女の子の日常の感情を素直に歌い表現するスタイルが、確実に確立されつつある。五人組グループへと規模の縮減を余儀なくされたことが逆に幸いしたのか、地力と実力のある少数精鋭の体制となったことで、個々のメンバーの力が、より凝縮されるようになってきている。そうした傾向が、勢いで全てをねじ伏せていた活動初期の頃のものとはまた違った、アイドル・グループとして大きく成長したヴォーカルの爆発力や瞬発力を生んでいるのだ。このアルバムでは、℃-uteによる成熟したキュートでポップなアイドル歌謡路線の萌芽を聴くことができる。
前作のシングルから約三ヶ月後の5月25日には、通算21作目のシングル“桃色スパークリング”が順調にリリースされた。これは、キラキラなスパークリング感をたっぷりと盛り込んだノリのよいダンス・ポップ曲であり、桃色に染まった恋する乙女心が弾けるように表現されている。キャピキャピしたメロディには、岡井千聖や萩原舞の甘めな声質が、実に相性がよい。かなりレヴェルの高い、非常に充実した内容のシングル曲を連発している℃-uteが、今現在そのグループとしての活動の何度目かのピークを迎えていることは、間違いないところであろう。今、この五人組が、かなりよい状態にあることは、それぞれにピッタリとかみ合ったバランスのよい歌唱からも、ヒシヒしと感じ取ることができる。
画像そしてまた、前作から約三ヶ月後の9月7日に快調なペースでリリースされたのが、通算22作目のシングル“世界一HAPPYな女の子”である。これは、明るく軽快なロック調の、実につんく♂らしい作風が炸裂した王道のガールズ・ポップだ。等身大のハイティーンの女の子の心情を、℃-uteの五人のメンバーが快活に真正面から歌いあげる。おそらく、彼女たちと同年代の女性であれば、きっと誰でも共感できるような内容の楽曲であろう。これぞまさしく、10年代を生きるハイ・ティーンの女の子たちにむけた、最高の女の子讃歌ではなかろうか。
やはり、世界一ハッピーな年頃というのは、どんなことがあろうとも、思いきりキラキラと輝いていなくてはならないのである。どんなに時代と社会を巨大な不安が覆っていようとも、誰にもその輝きを彼女たちの手から取り上げる権利はない。℃-uteの歌声に耳を傾けることは、この年代の若者の心の声を感じることでもある。彼らの希望の火を灯し続けることこそが、今の大人たちに課された使命と役割であるに違いない。

千奈美に、初期℃-uteに見受けられた革新性に満ちたアイドル像の打ち出しの手法や見るからに上昇志向をもった貪欲な雰囲気は、見事なまでに現在のももいろクローバーZによって踏襲され、より下世話で身も蓋もないほどに親近感に満ちたスタイルで継承されている。また、着物・浴衣や法被をアレンジした衣装を身にまとい、全面的に和の雰囲気をグループの基本コンセプトとして打ち出していたももクロと、着物風ドレス姿で五木ひろしとの共同企画曲“江戸の手毬唄 II”を歌った℃-uteには、非常に近しい匂いを感じ取れたりもする。幾多の困難を乗り越えて、がむしゃらに突っ走るももいろクローバーZの行く手に待ち構えているのは、輝かしい成功か、迷走か。このあたりの興味も尽きないところではある。

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