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zoom RSS 2011, Back To Black VII

<<   作成日時 : 2011/08/10 03:00   >>

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2011, Back To Black

VII

70年代のオイル・ショックは、高度経済成長の余韻に浸りきっていた日本人にとって、まさに冷や水を浴びせかけられるような衝撃的な出来事であった。
中東からの石油資源に頼りきっていた日本の産業と経済は、遠い産油国での政情不安による輸出禁止措置により、大きな打撃を受けることになる。これにより、急激なインフレやトイレット・ペーパーの買い占め騒動などが起こり、社会全体が混乱した。
そして、このオイル・ショックによって、燃料やエネルギーの問題が日本の社会にとっての最重要な生命線であることが、却ってクッキリと浮き彫りになったのである。省エネが政策として叫ばれ、いずれ枯渇することになるといわれる中東の石油に依存しすぎない、新たなエネルギー対策が本格的に模索されるようになったのも、この出来事を契機としている部分が大きい。
この、にわかに明るみに見え始めた戦後の驚異的な復興と発展の行き止まりの感覚や、日本の経済や社会に忍び寄る閉塞感は、さらなる原子力利用の度合いの拡大へと一気に舵を切らせるに充分なものであった。また、化石燃料を使用するよりも二酸化炭素の排出量が少ないといわれる原子力による発電は、エコロジカルな環境問題の観点からも強く推進されてゆくことになる。
突如、資源に乏しい極東の島国を襲った先の見えない暗さに、明るい光を投げかけたのが、まさに原子力の光だったのである。80年代に入り、総電力供給量に占める原子力発電の割合は、着実に増大してゆくことになる。もしかすると、その原子力の安定した力強い光の中に、80年代の日本人は、輝く未来の光景を見通そうとしていたのかも知れない。

80年代のわたしたちは、ちょうどチェルノブイリの大事故から25年後に、日本の原子力発電所が、それと全く同じレヴェルの史上最悪の大事故に見舞われることになるなんて、当然のことながら露ほども知らずにいた。それでも、どこかで最悪のことは思い浮かべていたのである。誰も原子力発電や核というものに対して、全面的に信頼を置いていなかったであろうし、唯一の被爆国として殆どの人があまりよい印象を抱いていなかったであろうから。
原子力という言葉を聞くだけで、常に何か胸の中にモヤモヤするものはあったのだ。ただ、スリー・マイル島の原子力発電所の事故の映像で見慣れていた、巨大な冷却用の塔が、幾つも不気味にそびえ立っていない日本の原子力発電所の外観は、それほど物々しさを感じさせぬものではあった。
そして、胸の中にあったその黒いモヤモヤは、いつの間にか至る所に溢れかえっていた原子力の光によって、すっかりと消し去られてしまうのである。常に渇望する都市へと惜しみなく供給される、生活の明るさや利便性などの恩恵をたっぷりともたらす、莫大にして強力な電力量が、そこでは静かに物を言っていたのだ。

では、80年代半ばの音楽を、今聴き返すということに、どれ程の意味があるのであろうか。実際のところは、よく分からない。
こんな時期であるから、そんな古臭い大昔の音楽ばかり聴いていないで、もっと現実に目の前で起きていることを直視したほうがよいのかも知れない。現在の悲惨で危機的な状況を見つめるよりも、過去の音楽などに浸っているということは、安易な現実逃避と見えたとしても決しておかしくはないだろう。
そうした考え方があっても、尤もだと思う部分はある。3月11日以降、音楽を聴くどころではない境遇に置かれたままになっている人々も、いまだ沢山いるのだから。
ただ、それを聴くことで、あの当時に感じていた(かも知れない)ことが、朧げにだが蘇ってきて、そこに再び直接触れられるような気は、確かにするのである。そこで無意識のうちに感じていたこと、意識的に見ようとしていたもの、今はもう忘れてしまった感覚や、あの頃に意識的/無意識的に物事に反応して思考していたことなどが、当時の音楽を実際に聴き返すことで、じんわりと蘇ってくるのである。
そして、その感覚と向き合っているうちに、ひとつの確かなカタチをもって、あの当時の胸中に存在していた得体の知れないモヤモヤの渦巻きが、心の奥底から再び浮かび上がってくるのだ。目映い時代の光の前に、有耶無耶のうちに忘却させられてしまった、あの黒いモヤモヤが。

沸々と蘇ってきたモヤモヤと、3月11日以降ずっと拭い去ることが出来ずに心の襞にこびりついているモヤモヤ。そのモヤモヤの渦巻きの奥に、今の感覚と25年前の感覚のそれぞれに、重なり合い通じ合う部分が見えてくる。そこには、時間の隔たりを越えて共通する根源的な不安や恐怖がある。これを確かなものとして感覚することは、今の状況を深く感じることにも、おそらく繋がってゆくのではなかろうか。
別に25年前の感覚の助けを借りずとも、深く感じること自体は出来るかも知れない。しかし、80年代の音楽から感じられるものを媒介として、そこにある現在の感覚と共通する不安や恐怖を見つめることで、目の前にある悲惨で危機的な状況を感じ取る感覚を、より根本的な部分にまで深めることが可能になるようにも思われるのである。

あの当時に誰もが怖れを抱いていた終末の世界へ、すでに現在のわたしたちは大きく一歩踏み込んでしまったのではなかろうか。そうであるならば、もしかすると、世界の終わりを見据えていた80年代の音楽も、あの当時よりもさらに強くリアリティをもって聴くことが出来るのではなかろうか。
もし、何かが違って聴こえているのであれば、それをもっと真剣に聴き返し、もっと真剣に聴き込んでゆかなければならない。そうなるともう、これはもはや現実逃避などでは決してなく、目の前の現実を具に見つめてゆくための立派な(予備)作業となる。

そうした、今を見つめ、感覚を研ぎすまして、そこにあるものを見極めてゆく作業は、この3月11日以降の世界における、これからの音楽を見渡す際にも、必ずや役に立つはずである。
10年代の音楽は、このシリアスな現状を把握する感覚を基底にもち、危機の意識を少なからず含有したものとなるであろう。そして、それらを踏まえた上で、最も重要となってくるのが、10年代的慧眼による未来への志向性であるに違いない。そこには、きっとあの80年代半ばまでの音楽にも通ずるような、鋭く尖った感性を煌めかせるものも現れてくるはずである。
ただ、何よりも確かなのは、どこかで現実の世界と密接に繋がっている音楽が、圧倒的に求められてゆくであろうということ。表現の手法においても、言葉ひとつひとつの選び方においても、必然的にそうした傾向は強くなるだろう。

危機に直面した日常の中では、そこにある現実に触れ、その時代の意識を共有してゆくことが、非常に重要な意味をもつ。日常のすぐ目と鼻の先にある暗闇や混沌に落ち込んでしまわないための、見えない命綱となる感覚的な連帯が、誰にとっても必要になってくるのだ。10年代は、意識的にでも、無意識的にでも、共感するということが、とても大事な時代となる。
もしかすると、この共感の感覚こそが、これまでの数十年間で日本人が、最も忘れてしまったものであるのかも知れない。それを、思い出し、呼び覚まし、取り戻してゆくことができるかが、これからの時代を(本当の日本人らしく)生きてゆくための大きな課題となってくるような気もする。

もはや、どうにも取り返しのつかないことになっている状況の中で、どうすれば、この暗さに覆われた過酷な現実と向き合い、それに背を向けずに、生きてゆくことができるだろう。そして、そうした生の中で、これまでと同じように音楽することはできるのだろうか。作る側も、聴く側も、届ける側も、選択する側も、音楽と関わるそれぞれの瞬間において、常に何かしらの決断を迫られることになってゆくに違いない。
ただ息をするのでさえも重苦しく感じられる、このヘヴィな時代に、このまま押しつぶされてしまうのか。それとも、それを克服することができるのか。ただ強く生きてゆく決意だけで、それを乗り越えることができるのか。日常的に不安と恐怖と隣り合わせな圧迫を感じながら、それを耐え忍びながら、この暗い時代をずっと歩んでゆかなくてはならないのか。
おそらく、音楽は、そうしたモヤモヤしている気分を必要以上に逆撫でしたり、増長させることもあるだろう。また、それを、そっと和らげもするだろう。そして、それは、一種の癒しとなり、一時の逃避の道具にもなるだろう。だからこそ、これまで以上に、どんな音楽を、どのように聴くかということが、重要な意味をもってくる。それが、意識的な選択であろうと、無意識的な選択であろうと。
今の、この特殊な状況において何をどう聴いているかの違いが、おそらく後々になってハッキリと現れてくるようにもなるであろう。それを実感できるのが、20年後のことか、25年後のことになるかは、今はまだ全く分からない。ただ、こういう時代だからこそ、音楽のみならず文化的なものが、(ただ消費されるためだけの商品としてではなく)大きな意義をもつものとなる部分も、少なからずあるに違いないのだ。感じることや、決断することが、とても重要な意味をもつ時代であるのだから。

日常の生活のあちらこちらに途方もなく大きな虚無感が、ひたひたと迫り来ている。今ここにある虚無感は、決して簡単にごまかしのきくようなものではない。究極的には、癒しや逃避で、何かが変わるということもないであろう。それらは、ある種の気晴らしや目先を変えることぐらいにはなるかも知れないが。
そこで絶対的に必要となってくるのは、新たな時代のための新たな価値観の定立である。3月11日以降の世界を覆い尽くすニヒリズムに立ち向かうための価値の転換が、いかなる場面においても求められてくるはずである。まさに、ある意味においては、これは能動的ニヒリズムの時代の幕開けとして捉えられるものであるのかも知れない。
これからは、この世界において、日常的に押し迫ってくる不安や恐怖を撥ね除けるための、絶え間なき自己超克が要求されるであろう。そして、その世界における音楽というものもまた、そこでの新たな価値観と密接に繋がるものであることを必然的に要求されるはず。いや、そうした音楽こそが、これからの時代においては、真剣に模索されてゆくべきなのだ。徹底的に能動的に生きるためのヒントは、やはり自らの目や耳で、そして自らの研ぎすました感覚で、選び出し吸収してゆかなくてはならない。
できれば、ここで挙げ連ねてきたものが、誰かの何らかの判断をする際に、少しでも役に立つとよいのだが。非常に個人的な経験からの意見ではあるが、遠い遥か過去である25年も前に聴いていた音楽が、今のこの状況において、とんでもなく示唆に富むものとなったり、とても大切なことを思い起こさせてくれたりしているのである。現実に。
常日頃から、決して何処かの誰かからの借り物などではない、自分の感覚でよいと思える音楽を思いきり聴き込んでおくことは、非常に重要なことである。自らの25年前を振り返ってみて、つくづくそう思える。どんなに独り善がりでもよい、ただひたすらによい音楽だけを聴こう。

2011年、わたしたちは再び、深い暗黒の時代と直面することとなった。まさに、「2011, Back To Black」である。もはや、この不安と恐怖に満ちた時代の暗さを、あの不気味な光の前に簡単に忘却してしまうようなことは、決して許されない。数ヶ月前よりも確実に暗さを増している夜が、虚無と絶望の深さを際立たせる。この長い長い夜の終わりを告げるのは、新たなる真の曙光のみである。つまらない勘違いや間違いを繰り返さないためにも、今から本物の光を見極める目だけは、シッカリと養っておかなくてはならない。(11年)

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