溝!

アクセスカウンタ

zoom RSS 2011, Back To Black IV - iii

<<   作成日時 : 2011/07/20 03:00   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

2011, Back To Black

IV - iii

85年11月3日、千代田区水道橋の後楽園ホールにおいて「時の葬列」の最終夜である第十三夜が、盛大に賑々しく執り行われた。このラスト・ライヴに付されていた副題は、「聖体拝受伝説」であった。
アルバム“Eestania”から約三ヶ月、解散の時が近づくにつれてオート・モッドの活動は異様なまでに加速度を増し、一種張りつめた空気すらが漂う濃密なものとなってゆく。そして、この最終夜の舞台の上で、その全てが燃やし尽くされたのである。都心のど真ん中に位置する後楽園ホールは、オート・モッドの約5年半の活動を締めくくる一夜限りの祝祭の場となり、王を葬り去るための儀式の祭壇となり、イースタニアの伝説を視覚化・具現化するための劇空間と化していた。会場全体を包み込んだ、渦巻くような歓喜と興奮の最中において、巨大な時代の徒花は華々しく散っていったのである。

画像実は、この「時の葬列」の最終夜を迎える前に、オート・モッドは85年に入ってから早くも三作目となるアルバムをリリースしている。それが、通算四作目のアルバムにして、解散前のラスト・アルバムとなった“Bible”である。
この作品は、「時の葬列」の最終夜の直前の85年10月にオート・モッドが主宰するインディ・レーベル、Wechselbalgよりリリースされた。レコーディングに参加しているバンドのメンバーは、前作の“Eestania”に引き続いて、ジュネ、渡邉、友森、浜という、オート・モッドの最終形態となったライン・アップ。当時、精力的に繰り広げられていた全国的なツアーの合間をぬって、タイム・リミットが迫る中で急遽制作された本作は、これまでの作品に見られた演劇や民族音楽など様々な要素との実験的な融合は殆どなく、極めてシンプルなバンド編成でのスタジオ録音作となっている。
そして、そこで、いつもの実験性に代わって前面に出てきているのが、かなりベタなまでのプログレッシヴ・ロック的なスタイルであったりする。これは、明らかにジュネの趣味によるものであろう。しかし、この“Bible”という作品は、解散前の慌ただしい状況の中、数々の無理を押してまで、特別な意味をもつ「時の葬列」の最終夜のため(だけ)に作られた一枚なのだ。そう考えると、ここでのプログレ調のやや大仰なまでにドラマティックな様式も、あらゆる面で当時の差し迫った状況と実にマッチしたものであるように感じられてくる。
また、このアルバムは、最期の時を前にしたオート・モッドとジュネが、消滅後に語り残したことを残さぬように、全ての言葉を詰め込んだ一枚ともなっている。まさに、オート・モッドとジュネによる遺言であり、イースタニアに関する福音(エヴァンゲリオン)の書そのものとして聴くこともできるのだ。“Bible”では、オート・モッドが一貫して描き出していた独特の世界観や虚構世界の、ある種の素の部分が、全てをさらけ出すようにして語られている。凝った仕掛けや装飾を排した比較的シンプルなバンド・サウンドが展開される、この作品だからこそ見えてくる(聴こえてくる)ものも、そこにはあるのかも知れない。
ここでは、制作期間約一ヶ月の急造のアルバムということで、(他のアルバムと比較して)あまり重要視されないことも多い、この“Bible”について、ほんの少しばかり掘り下げていってみたい。

“Bible”は、全6曲を収録したアルバムである。当時のレコード盤では、A面に4曲と、B面に2曲が、それぞれ収録されていた。各面のラストには、6分の“To The Children”と10分の“Eestania”という大作曲が配されており、それが全体をグッと引き締め、重厚感満点のドッシリとした印象を与えている。
ただし、この独特の濃厚さをたっぷりと含んだ後味をシッカリと残す構成こそが、“Bible”という作品の、最も好悪の分かれるところであるのかも知れない。非常にユニークな個性をもつヴォーカリストであるジュネによって切々と情感たっぷりに歌い込まれる、これらの楽曲は、かなり深くその世界に入り込んでいる状態でないと、なかなか言わんとしていることが伝わってこないものでもあるだろうから。
個人的にも、この“Bible”というアルバムに関しては、これまでに何度となくチャレンジしてみたものの、どうしてもあの頃と同じような気持ちで聴くことが出来ずに、その度にガッカリした気分でレコードから針を上げる経験を繰り返してきた。
ただ、あの3月11日の激震を経た今では、不思議とすんなり聴けてしまうようになったのだ。この思いがけない変化は、何かが決定的に変わってしまった今こそ、この“Bible”という作品がもう一度聴き返され、正しく評価される時なのではないかと、密かに思わせてくれるものでもあった。時代が変わり、物の見方や思考の方向性が変われば、音楽の聴こえ方も変わってくる。あの時代に歌われた終末は、どこかで、この現在にまで通じていて、その光や影を投げかけているのではなかろうか。
約26年の年月を経て、この半ば忘れ去られていたアルバムに、再び光があたる時が、ようやく訪れたのかも知れない。では、その朽ち果てかけた埃だらけの書の表紙を開いてみよう。

オープニングを飾るA面の1曲目は、“A Prayer”である。ジュネを中心に、これまでのアルバムにも度々参加してきた劇団、バジ・ワーク・シアター(Baji Work Theater)の面々(?)などを従えてのコーラス曲。これは、祭壇に奏上される死(デストピア)と再生(イースタニア)の儀式のための序曲と考えてよいであろう。

これに続く2曲目は、“Light”。副題は、解放への道。エッジの効いたギターと小気味のよいビートが迸る、パンキッシュな一曲である。雰囲気としては、ファースト・アルバムの頃の布袋と高橋が参加していた楽曲に近いものもある。だが、以前よりもハードにロックする姿勢は、格段に露になってきているように感じられる。
サビの部分で何度もリフレインされる、「真実を紡ぐために/幻想に身を託す/真実を紡ぐために/幻想に身を委ね」という歌詞は、ある種の「時の葬列」最終夜の核心に迫るものといえるであろう。逆しまの楽園であるデストピア、失われた者たちの王国としてのイースタニアを、はっきりと幻想と位置づけ、それらを突き詰めた先に、現実の世界の裏側に隠されたままの真実を抉り出そうとする。そしてまた、そこにこそ真の解放への道があるのだ。
ゆえに、オート・モッドとジュネは、完全に転倒しきった幻想と虚構世界を最期の時まで高らかに歌いあげる運命を、全うせねばならないのである。

3曲目は、“Tabula Rasa (I & II)”。オーケストレーション風のアレンジによるイントロの第一部に続いて炸裂する、疾走するタテノリ・ビートのスラッシュ・パンク。東京のパンク・シーンから登場した草分け的存在のオート・モッドであるが、ここまであからさまにパンクなスタイルで演奏される楽曲というのは、逆に珍しかったりもする。
激しくシャウトする歌唱によって、行き過ぎた管理社会や腐敗した国家へのアンチな姿勢が歌われ、自ら劫火となって全てを燃やしつくす固い意思が提示される。全体に死と破壊の匂いが立ちこめており、最期の戦いに向けたウォー・クライのようにも聴こえる。

A面ラストの大作“To The Children”は、とりあえず後回しにして、先にB面に移る。
こちらの1曲目は、“Realize”。硬質なビートに素晴らしくタイトな渡邉のベースが唸りを上げて絡む、ファンキーなロック曲である。
幻想のイースタニアを現実のものとすること、時代を変えることに対する、確信に満ちた意思。与えられたもの全て捨て去り、既成の世界から脱却することで、生まれ変わった者たちの前に新たな世界がひらける。自らの手で何かを変えられることを信じ、本当の真実と巨大な夢の存在を信じきることが、ひとつの力となり、そこに奇跡を生む。
ロックで社会を変革できるのかという問いは、常に60年代以降のロック音楽にまつわるひとつの命題となっている。これを可能にするには、その音楽を信じ、そのメッセージを伝える言葉に内在するものを信じ、そこに生まれる力と奇跡を信じ込む、ひとつのクローズドな集団が形成されることが、まず必要となってくる。説く者と受け取る者の交わりの形式。すると、そこにはひとつの信仰の形のようなものが現れ出てくる。ロック音楽による共同幻想の集団催眠状態とでもいうような。ロックが時代を変革するとき、それはもはや音楽体験というよりも音楽と言葉を媒介とした宗教体験的なものとなっているに違いない。
オート・モッドは、時代の変革を志すロック音楽がその根底にもつ宗教臭さを逆手にとり、それを完全にデフォルメし、聖なるエヴァンゲリオンとして歌いあげてみせる。そして、それを徹底して宗教儀式化させて執り行ったものが、あの「時の葬列」の最終夜であったのだ。

ここで再びA面へと戻る。後回しにしていた、A面のラストを飾る大作“To The Children”へ。
これまでのハードでアグレッシヴにロックするスタイルの楽曲の流れから一転して、ここではメランコリックでやや感傷的なバラードが歌われる。まさにタイトル通りに、「時の葬列」の最終夜とともに全てが泡沫の夢の如く消え去り、囚われの王が死んだ後に取り残されてしまうことになる、迷える幼き子供たちへと遺す言葉である。つまり、最期の時を前にしたジュネの遺言だ。
ここでは、解放の先にある逆しまの楽園の夢を、(生前に)次の世代を生きる子供たちへ全て授けることができなかったことが、ひたすらに嘆かれる。その悲嘆の裏側にあるものは、荒廃の一途を辿る現代社会に対する大きな危惧の念にほかならない。
また、ここでは珍しく具体的に東京という地名が歌詞の中に登場する。これは、現実の問題として東京と日本の未来を真剣に案じていることの表れであろう。ジュネの目には、すでに廃墟と化した東京の、おぞましい景色が見えている。そして、このまま暗い未来へと行き着くことが目に見えている厳しい時代の末路を歩んでゆかなくてはならない、20世紀の世紀末に生まれた子供たちへの深い深い(自戒を交えた)哀歌が、そこに捩れるように響き渡るのである。
今、あの頃の幼き子供たちは、まさに26年前に“To The Children”で歌われたままの、不安と混乱に満ちた時代の荒野に彷徨い、放射性物質が飛散する空の下で生気を失った足取りで長い列を作り行進している。その列の行く先には、今のところ光の欠片すら見えていない。

そして、再びB面へと戻る。ちなみに、ここで紹介を行ってきた曲の順序は、オート・モッドの解散後にWechselbalgより発表されたCD版の“Bible”の収録曲順に倣っている。
レコード版のアルバムでは、構成の関係上か、カッティングの問題によるものか、大作の“To The Children”と“Eestania”は各面の終わりに振り分けられていたが、本来であれば作品の大団円を飾るべき重厚な二曲であるなずなので、このCD版で採用されている曲順を尊重することとした。
ラストにこの二曲が続く流れは、あまりジュネの歌唱に対して免疫のない人にとっては、さらに胃がもたれるような曲順であるかも知れないが。まあ、そういった人は、最初から“Bible”を聴く気などないであろうし、聴いたとしても、ここに辿り着く前に途中棄権しているであろうから、構わず先へ進もう。

B面の2曲目は、アルバムのラストを(そして、オート・モッドの歴史そのものを)荘厳に締めくくる超大作“Eestania”である。
10分以上にも及ぶ、まさにキング・クリムゾン(King Crimson)の名曲“Epitaph”を思わせる貫禄たっぷりな曲調の、思いきりプログレッシヴ・ロック趣味を全開にした楽曲。この大作の元ネタが“Epitaph”であるということは、このラストの一曲こそが、オート・モッドというバンドとジュネにとっての墓碑銘であることを、暗に告げるものなのではないかと思えてくる部分もある。ある意味では、これは、かなり確信犯的なプログレ本歌取りの楽曲として聴くこともできそうだ。
ここでは、前作のアルバム“Eestania”においては、幾つかの楽曲で断片的に示されるだけであった、イースタニア建国の幻想譚が、ひとつの神話として語られている。鬱蒼と茂る蔦の葉に被われた朽ちかけの墓標に刻まれた、幻の歴史の民の死と再生の物語である。
その謎が、長き旅路の果てに「時の葬列」の最終夜、供犠の儀式によって解き明かされる。鍵となるのは、信と愛である。そこで、儀式の生け贄は生まれ変わり、幻想が形をなし、新たなる言葉(ロゴス)をもって現存するものとなる。神話は、いつしか祈りへと変わり、忘れられた荒野にジュネの絶唱だけが響き渡る。伝説のイースタニアを、自らの手で築き上げるために。
間奏での美しいフルートの演奏は、ゲストとして参加したリビドー(LIBIDO)の丸幸徳によるものである。また、当時は、気の毒なことに前任の布袋と比較されてばかりであった友森による、スケールの大きなギター・ソロの名演も光っている。
とにかく、いろいろな意味で、この“Eestania”は、ものすごい楽曲となっている。どんな幻想も虚構も、ここまで迫真のサウンドと歌で描き出されれば、ある程度の説得力をもち始めたとしても、決しておかしくはない。そんなレヴェルにまで、ここでのオート・モッドは、ばっちりと突き抜けている。まさに、ちょっとした神懸かりな状態だ。ただただ、すさまじい。

画像そして、85年の12月には、まさに滅びゆく時代へのレクイエムとなった11月3日の「時の葬列」の最終夜の模様を収録したラスト・ライヴ・アルバム“Ceremony”がリリースされた。これは、再び、メジャーのSMSからのリリースとなっている。
このライヴ盤が、殆ど間を置かずに公演の翌月に出たことによって、オート・モッドは、この解散した85年にメジャーとインディを合わせて計四枚のアルバムをリリースしたことになる。やはり、終末の時が刻々と迫りくることが、このバンドをここまで精力的に動かすこととなったのか。少し通常の感覚では考えられないほどに濃密な時間を、この年のオート・モッドは生きていた。
実にラディカルな幻想の物語と虚構の世界について歌う、全ての価値の転換を目論むパンクなアティチュードをもった一介のインディ・バンドが、こんなにも自由奔放に大きく動き回れたことに、今となっては、少なからず驚きの念を感じずにはいられない。
ただ、これが可能になったのも、やはり85年というエポック・メイキングな年であったからこそかも知れないのだ。

この年、日本のインディーズ・シーンは、ひとつの大きな盛り上がりの時を迎えていた。
8月18日に新宿アルタ前で行われたCaptain Recordsの発足記念無料ライヴには、真夏の炎天下にも拘らず約一万人近い人々が詰めかけた。この夏の一大事ともなったライヴに出演したのは、ザ・ウィラード(The Willard)、コブラ(Cobra)、ガスタンク(Gastunk)、有頂天など。また、ラフィン・ノーズ(Laughin' Nose)によるソノシート無料配布の告知を受けて、アルタ前にパンクスが大集結しパニックになりかけたのも、この年の4月28日であった。ちなみに、このインディーズ・シーンの動きを特集したTV番組『インディーズの襲来』がNHKで放送されたのも、この年の8月8日のことだった。
こうした一連の出来事は、アンダーグラウンドな世界から湧き上がってきた、それまでの時代にはなかったような若く大きな動きが、誰の目にも見える形で地上のシーンに勢いよく噴出し出した、歴史的な瞬間の数々であった。80年代前半の多くのハードコア・パンクやアヴァンギャルド系のバンドが地下で蠢いていたインディーズ・ブームの黎明期は終わり、メジャーのアーティストと肩を並べるほどに話題となりセールスを上げる実力をもつ、いわゆる売れるインディ・バンドが続々と台頭してくる、新しい音楽のブームの隆盛期が、ここで幕を開けたのである。

オート・モッドの最後の一年となった85年は、そんな時代が沸騰していた一年であった。本来であれば、第十三夜までと予定されていた「時の葬列」は、もっと早い時期に全ての公演を消化してしまうはずであったのだ。しかし、様々な理由から当初の予定が延び延びになってゆくことで、ちょうど運良く85年という年の大波に乗ることが可能となった。これはもう、オート・モッドというバンドとジュネが、元々もっていた強運によるものとしか考えようがない。
そんな大きく動く時代の勢いの真っただ中で、一年に四枚ものアルバムを連発し、最後は後楽園ホールで華々しく散っていった。どこまでも時代の徒花として咲き誇り続けたバンドであったが、その散り際は最高に美しいものとなったのだ。
この85年を境にして、珍獣や猛獣の宝庫であったインディーズ・ブームから、より一般的で普通に商品化されやすい音が主流となる80年代後半のバンド・ブームへと、次第に音楽シーンの流れが切り替わっていったことを思えば、ここがちょうどこのバンドにとっての節目となったこともまた、まさに強運に導かれたものと考えられるかも知れない。
今から振り返ると、あのタイミングでの解散は、本当に絶妙であったといえる。

画像また、オート・モッドと同時期に結成され、その活動を開始したザ・スターリンも、85年2月21日の調布大映撮影所でのラスト・ライヴをもって、その常にセンセーショナルな存在であり続けた歴史に幕を下ろしている。
この80年代前半のアンダーグラウンドなシーンを代表するパンク・バンドが、相次いで華々しく解散したという事実は、ある意味において、この85年という年の盛り上がりの裏側にあるものを象徴しているともいえそうである。やはり、この年がひとつの大きな動きの山の頂であると同時に、ひとつの大きな時代の変わり目でもあったのだ。いわゆる分水嶺である。いろいろな意味で、ここで流れが変わったのである。
そして、翌86年の4月26日には、チェルノブイリ原子力発電所の炉心溶融にともなう爆発事故が発生している。この大事故によって、さらに暗く不安に満ちた時代が、まさに現実のものとなって我々の目の前に出現したのである。
しかし、東京という街は、あまりにもチェルノブイリから遠く隔たっていたようだ。この時、新たな危機の時代の扉が開いたことに、殆どの人々は気づく気配すらなかったのである。当時の東京は、大量消費社会に付き物の終わることなき喧噪に思いきり翻弄されつつ、さらに加速度を増してギラギラとトチ狂った時代とともに爛熟してゆく過程の真っただ中にあった。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
2011, Back To Black IV - iii 溝!/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる