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<<   作成日時 : 2011/04/10 03:00   >>

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Tinavie: Augenblick
tinavie.bandcamp.com
Electronica e23

画像 最近、ネコ(Neko)としてMimonotから“My Stars”をリリースしている好青年セヴァ君(Seva)に、ロシアの音楽について、いろいろと教えてもらっている。その中でも、一番最初に紹介してもらったのが、このティナヴィ(Tinavie)である。
 まず、YouTubeにアップされたティナヴィの映像を見てみた。それは、この作品にも収録されている楽曲“Letter From The Space”のプロモーション・ヴィデオであった。そこには、楕円形をしたトンネルを思わせる、青っぽい照明の当たるタイルばりの人工的な狭い通路で、静かに佇み、そして無邪気に跳ね回る黒髪の女の子の姿が、スロー・モーション気味に映し出されていた。どこか、タルコフスキー(Andrei Tarkovsky)の映画を思わせる雰囲気の映像だ。ただただ、普通に人が行き来する通路で、行き交う人々とは全く関係なく存在し、カメラの前で戯れ回る女の子。その姿は、どこか邪気の一切ない、妖精のようですらあった。そして、この通路で跳ね回っていた円らな瞳の女の子こそが、ティナヴィのヴォーカリストでありグループの華にして中心人物でもある、ティナ(Tina)であることを程なく知ることとなった。ティナは、何ともいえない独特の雰囲気と存在感をもった女性である。その容姿や佇まいから、絶え間なくビシビシと才気がほとばしり出ているのを感じ取ることができる。
 ティナヴィは、ロシアの首都モスクワを拠点に活動している5人組のバンドである。そのメンバーは、ヴォーカリストにしてピアノとヴァイオリンの演奏もこなし、作詞と作曲も担当するティナ、ギタリストのディミトリー・ジルペルト(Dmitry Zilpert)、キーボード等のエレクトロニクスとメロディカやカリンバの演奏を担当するディミトリー・ロシエフ(Dmitry Losev)、ドラムスとパーカッションを担当するディミトリー・フラロフ(Dmitry Frolov)、そしてサキソフォニストのアレク・マリアクシン(Oleg Mariakhin)。さらに、ここにライヴ演奏などの場面では、サウンド・エフェクトなどを担当する6人目のメンバー、ニキータ・フィリーポフ(Nikita Filippov)が加わるようである。
 ティナヴィは、09年あたりからモスクワのアンダーグラウンド・クラブ・シーンでの鮮烈なるライヴ・パフォーマンスで、メキメキと頭角を現してきた。その評判は、瞬く間に口コミで広がり、すぐにモスクワの名だたるライヴ・スポットに次々と出演を果たすようになる。そして、今や注目の新人バンドとして、若者たちの間で絶大なる人気を博しているようだ。この快進撃は、やはりフロント・ウーマンであり非常に魅力的なシンガーであるティナの、桁外れの才能と存在感によるところが大きかったのではなかろうか。こうして、ティナヴィは、極めて短期間のうちにライヴ・バンドとして、モスクワの音楽シーンにおいて確固たる地位を築き上げてしまったのである。
 そのサウンド・スタイルは、当初はラウンジ系のダウンテンポやトリップ・ホップなどと評されていたようである。実際、数台のキーボードを主体としたクラブやライヴ・スポットでの演奏では、そうしたエレクトロニックなサウンドや音の加工・処理といった部分が前面に出ていたのであろう。しかし、より仔細に耳を傾ければ、ティナヴィの音楽性は、もっと豊かで幅の広いものであることが、自ずと見えてくるに違いない。そこには、ヨーロピアン・プログレッシヴ・ロックや古典的な室内楽、欧州のトラッド・ソングなどからの影響や、アンビエントやジャズ、そしてダブなどのエスノ・ミュージックなどの要素が、ふんだんに散りばめられているのを聴くことができる。そのサウンドは、やわらかでトリッピーなふわふわと漂うような部分ももちつつも、その根幹部分は、かなりアーシーで骨太な揺るぎなきものとなっているのだ。ピアノやサックス、ヴァイオリンなどのオーセンティックな楽器を取り入れた演奏は、どこかクラシカルな響きをまとい、それがまずはジャズやプログレッシヴ・ロックの様式の下でまとめあげられ、そこにアンビエントなどのエレクトロニック・サウンドがミックスされ、ティナヴィならではの音楽性が構築されてゆく。これは、モスクワという新たなひとつの文明の交差点で、伝統的な欧州の文化と西欧のポップ・ミュージックが出会い、美しい音の結晶へと昇華されたようなサウンドだと喩えることもできようか。
 ティナヴィの楽曲は、基本的に殆ど全てが、ヴォーカルのティナによって作詞・作曲されたものであるようだ。おそらく、その楽曲制作の流れは、まずベースとなるソングライティングの大部分がティナの手によってなされ、そこにリハーサル・セッションやライヴでの演奏を通じてティナヴィとしてのバンド・サウンドが肉付けされてゆくという感じなのであろう。よって、楽曲のクレジットとしては、作詞の面で時折補佐的な役割を果たすギタリストのジルペルトが共作者として名を挙げられているもの以外は、殆ど全てがティナによるものということになっている。形式としては、ひとりの類い稀なる才能に恵まれた女性シンガー・ソングライターを中心とした五人組のバンドがティナヴィだといえるのかも知れない。しかし、この周囲を取り巻く四人の男性メンバーたちは、ティナによる楽曲そのものを非常によく理解し、それを最も効果的な形で美しく映えるようにバンド・サウンドに翻訳してゆく重要な役割を担っている。そのことを考えると、単なるフロント・ウーマンとバック・バンドという関係性で捉えることはできなさそうだ。やはり、どんなに豊かな音楽的才能に恵まれていようとも、ティナひとりだけでは、ティナヴィの音楽は生み出されないし、決して鳴り響くこともないのである。
 このアルバム“Augenblick”は、ティナヴィにとってのデビュー作となる。つまり、これまでライヴ・パフォーマンスを中心に活動してきたバンドの初レコーディング作品だ。リリース日は、10年4月1日。Bandcampを通じて、ティナヴィの手によってセルフ・リリースされた。
 レコーディングは、10年の1月から3月にかけて、じっくりと行われたようである。ここで、ティナヴィは、ライヴ・パフォーマンスでのレパートリーを中心に全11曲の録音を完了させた。このレコーディング・セッションを取り仕切ったのが、エンジニアのアルテム・アマトゥニ(Artem Amatuni)だ。詳しいプロフィールは不明であるが、このアマトゥニという人物が、なかなかの切れ者のようだ。YouTubeにアップされているアルバムのティーザー映像において、アマトゥニによるレコーディングの様子を少しだけ垣間見ることができる。その映像によれば、アルバムのレコーディングは、ちょっとした大きさの古いホールを完全に借り切って行われているように見える。大きなリハーサル・ルームのど真ん中にセッティングされたドラム・キットを叩くフラロフの姿を、そこに確認することができる。これは、非常に印象的なシーンである。この作品は、アマトゥニの手によって、ホールの音響を活かしつつ、ほぼライヴの演奏に近い形で録音されているのだ。特に、ピアノやサックスの演奏の音色が、実に瑞々しく際だっている。どうやら、アマトゥニは、アコースティックな楽器の響きを非常に大事にするエンジニアであるようだ。その並々ならぬ音響への拘りが、エレクトロニックでありながらもクラシカルな側面ももつティナヴィのサウンドの深みや豊かさを、とてもよく引き出している。また、その演奏の繊細な部分と力強い部分のコントラストの描き出し方も実に見事だ。まず、ティナヴィの音楽的な素材としてのよさがあり、アマトゥニの卓抜した手腕が、録音を行った11の楽曲を確実に形にしてゆき、非常に奥深く聴き応えのある音をもった作品に仕立て上げていったのであろう。
 タイトルのアウゲンブリック(Augenblick)とは、ドイツ語で瞬間を意味する。そして、この瞬間とは、その語を分解してゆくと、アウゲン(目)でブリック(見る/眺める)することとなる。つまり、目で見て対象を認識すること、それが瞬間なのである。ヒトは何かモノが目に映じるとともに、瞬間的に、それを把握し分類し理解する。認識可能なものも認識不可能なものも、全て瞬時にして、それとして認識するのだ。ヒトが見る瞬間、そこから全ての世界が開かれ、光の下での広がりをもつ。ティナヴィは、目を見開き、その世界を凝視する。その瞬間(“Augenblick”)に、ティナヴィの世界が開かれ、目の前に大きく広がってゆくのである。その目に映るもの、全てが歌になり音楽となる。
 ティナヴィのファースト・アルバム“Augenblick”は、10年4月1日のセルフ・リリースから、ちょうど五ヶ月後の9月1日に早くも再リリースされている。アルバムを再リリースしたのは、ロシアのエレクトロニック・ミュージック専門のレーベル/ネットレーベル、Electronicaであった。Bandcampでティナヴィの作品を発見したElectronicaを主宰するサーシャ・キースニヤコフ(Sasha Khizhnyakov)が、瞬間的にその音楽性の虜になり、そのバンドが同じロシアのアーティストであることを知るや否や、即座にメールでコンタクトをとったという。そして、その数日後にモスクワで面会した両者は、すぐに意気投合し、アルバム“Augenblick”のElectronicaからの再リリースが決定された。ただし、基本的にアルバムのダウンロードは、変わらずにティナヴィのBandcampのサイトからのみであり、Electronicaは、所属アーティストとなったティナヴィとそのアルバムのプロモートなどの補佐的な役割に徹している。これは、ある意味では、バンド(アーティスト)とレーベル(ネットレーベル)を結びつける、新たなパートナーシップの形だといえるのかも知れない。Electronicaは、新たな作品として、ティナヴィのリミックス集を企画しているようである。こちらも、とても楽しみだ。
 アルバムの1曲目は、“About”。軽快に走るドラムスとティナのピアノを軸に展開される、深みのあるジャズ・ロック。静かなオープニングからジワジワとタメにタメながら旋回し続ける流れに、次第にギターやローズ・ピアノが絡み、中盤あたりでサックスが飛び込んでくる。これを合図に、楽音の高ぶりは一気に爆発し、踊るように駆け上がり始める。前半のティナのヴォーカルと後半のマリアクシンのサックス・ソロ、どちらも実に気持ちよさげに歌いまくっており、素晴らしい。3分54秒。
 2曲目は、“Chance”。ティナヴィが最も得意とするタイプの、しっとりと落ち着いたテンポのバラード曲。穏やかなヴァイオリンの調べに、深みのあるピアノとサイケデリックなギターの演奏に導かれたバンドのサウンドが、厳かに追従してゆく。ティナの歌が醸し出す感情の起伏に、ぴったりと寄り添うような展開。終盤の分厚い山場では、やはりソプラノ・サックスのソロが美しく鳴り響く。瞬間の中の飛躍のチャンス。そこに、かすかな光が見える。4分52秒。
 3曲目は、“Autumn Song”。晩秋の暮れ行く空を思わせる切ない雰囲気。ティナのピアノ弾き語りを中心とするナンバー。染み入るようなメランコリックなムードを、ヴァイオリンの弦の響きが増幅させる。この楽曲の歌詞のみがティナ/ティナヴィによるものではなく、ピアニストのヨハン・スタマトヴィッチ=カリッチ(Jovan Stamatovic-Karic)の手によるものとなっている。これは、スタマトヴィッチ=カリッチの作品に、ティナヴィが新たに音楽をつけたということなのだろうか。そのあたりの詳細はよくわからないが、とても深みのあるピアノ曲ではある。終盤では、リフレインを積み重ねるごとにジワジワと高まってゆく展開の中で、非常に美しい楽音のアンビエンスが形成される。7分13秒。かなり聴き応えのある大作である。
 4曲目は、“Epilogue”。どこかボールルーム風のジャジーな趣きをもち、メロディカがバンドネオンの如く響く、微かにエスニックな香りもするワルツ曲。クルクルと旋回するティナヴィ。ピアノが、ギターが、ローズ・ピアノが、優雅にティナの歌声とともにワルツを舞い踊る。物悲しくも華麗に、ひとつの物語が、その結びに向けて、磨き上げられたフロアの上を滑ってゆく。3分6秒。
 5曲目は、“Letter From The Space”。ミュージック・ヴィデオも制作されているティナヴィの代表曲。仄かに青白く発光するような雰囲気の、ダウンテンポのピアノ・バラードである。極めてニュートラルかつイノセントに、切々と情感を歌い込んでゆくティナ。その歌とピアノに伴走する、キーボード類によるアンビエンスと、抑制の利いたティナヴィによる演奏。静かに燃え上がる激情。底が抜けきった空虚な空間。全体的に極めて穏やかだが、とてもドラマティックな名曲だ。4分28秒。
 6曲目は、“Lose”。序盤、エレクトロニクスとサックスによる絡みを中心とした演奏が、プログレッシヴ・ロックとアンビエント・ジャズを融合させたようなサウンドスケープを展開する。中盤にピアノが降臨し、静かにティナが歌い始める。海のさざ波のように、やわらかに押し寄せ続けるティナヴィのサウンド。ゆらゆらと揺らめきながら漂うメロディ。言い様のない喪失感と寂寞感が、辺り一面を包み込む。7分55秒。組曲的な形式をもつ大作である。
 7曲目は、“My Dreamland”。ティナのヴォーカルを軸とした非常にパーソナルなムードの一曲。主としてバッキングを担当しているのは、ジルペルトのギターである。再び楽園に向けて歩み出そうとする強い意思が、ひとつひとつ重しを振り払ってゆくように、じっくりと丁寧に歌い込まれてゆく。終盤、とても美しいサックス・ソロを聴くことができる。3分41秒。
 8曲目は、“Five Days In Vienna”。メランコリックなピアノ・バラード。冷たい霧に煙るウィーンの街並。異邦の者を、その街は、ただただ懐の内で彷徨わせるのみだ。どこか重々しい足取りでティナヴィのしっとりとした演奏が、歴史の堆積した濡れた街路をゆく。サウンドの展開とともに力強さを増すティナのヴォーカル。そのまま、ゆっくりと全てが楽都の上空へと浮かびあがる。4分45秒。
 9曲目は、“Invisible”。これは、ティナヴィならではのスタイルによるエレクトロニック・ダウンテンポ・ブルースである。まるで呪文のようなティナのヴォーカルが、情感を溜め込みながら内へと下降してゆく。電子オルガンのバッキングが唸り、ギターのフレーズは尾を引きずるように咽ぶ。覆われ、遮られ、目に見えていたものが、見えなくなる。隠された真実。瞬間的な認識を拒む世界。4分40秒。
 10曲目は、“Hate”。クールな印象の楽曲が多いティナヴィのレパートリーの中でも、最も強烈にエモーションの炸裂が表現された、かなり希有なタイプの一曲。鳥の鳴き声が聞こえる牧歌的な幕開け。しかし、穏やかにメロディが重ねられてゆくにつれて、確実に何かジワジワと高ぶってくるものがある。緊張感に満ちたギターのアルペジオ。滔々と吐き出されてゆく情感。太い音色で鳴るサックスのフレーズのリフレインが、いつまでもいつまでもこだまする。6分47秒。
 ラストを締めくくる11曲目は、“Beautiful Illusions”。ゆったりと空間をたゆたうサウンド・プロダクションが、美しくも幻想的なワルツ曲。滴り落ちるようなピアノの輪舞。ティナの囁きかけるヴォーカルに、ダブ処理されたドラムを中心とする円やかなアンビエンスをもったサウンドが呼応する。深いエコーの海に溶け込んでゆくサックスのフレーズ。終盤に向けて、流れはより緩やかになり、まるで蕩けてしまいそうに減速しながら、ティナヴィのダビーなエクスペリメンタル・サウンドが、アルバムのアウトロ的に展開される。捩れる電子音が飛び合う中、美しき幻想世界は、どこまでも無色透明になってゆく。10分24秒。聴く者の中に何ともいえない余韻を残す、かなり聴き応えのある大作である。駆け出しの新人バントとは思えぬ貫禄のサウンドだ。
 ティナヴィのサウンドは、全体的に、どちらかというとジャズ色の強いものだといえるだろう。ただ、ジャズとはいっても、決して難解で取っ付きにくいタイプのものではない。まさに、ラウンジ系のイージー・リスニング・スタイルのヴォーカル・ジャズに雰囲気としては近いだろうか。そのサウンドの質感は、とてもスムーズで、常に自然な穏やかさをたたえている。終始一貫して、その中心にあるのはティナのヴォーカルであり、ティナヴィの演奏は、歌のメロディを重視したものに徹せられている。独特の世界観を描き出すティナの歌にピタリと寄り添い、刻々と表情を変化させてゆくティナヴィの力量豊かな演奏は、大きな聴きどころである。
 また、このバンドがベースレスな編成であるという点も、ティナヴィのサウンドの大きな特徴をなしているといえるであろう。ティナの歌声とメロディを低音やビートで支えるのではなく、ギターやサックス、ヴァイオリンなどによる流れるような音で空間的にサポートする。これが、ティナヴィならではの独特の浮遊する音の感覚を生んでいるともいえよう。そしてまた、アルバムのそこここで聴くことのできる、ダブ・オリエンテッドな音処理や、さりげなくも効果的に鳴っているエレクトロニクスの導入は、ピアノや管楽器やストリングスを軸としたクラシカルかつオーセンティックなスタイルのバンドの演奏に、瑞々しい彩りを添えてもいる。ティナヴィのサウンドとは、とてもユニークな特徴をもつものとなっているのだ。
 ティナの可憐でありながらも深みのあるヴォーカルには、トーリ・エイモス(Tori Amos)やホリー・パーマー(Holly Palmer)と同じ系譜に属するような雰囲気がある。ピアノの演奏をベースとするプログレッシヴなロックという点では、どちらかというとエイモスに近く。ピアノの演奏をベースとするジャズ系のソフト・ロックという点では、どちらかというとパーマーに近い。その歌唱や声質の面では、パーマーのそれを彷彿とさせる場面が、多々見受けられたりもする。このあたりの近さには、なかなかに興味深いものがある。ある意味では、ティナヴィは、こうした音楽スタイルの系譜の正統を受け継ぐ、期待/稀代の新人バンドといえるのではなかろうか。
 そして、最後に忘れずに指摘しておかなくてはならないのが、ティナのロシア語訛りの英語で歌われるヴォーカルのもつ不思議な魅力である。どこかミステリアスでヘテロジニアスな雰囲気をもつ、この歌唱は、独特の揺らぎと浮遊感をもったティナヴィのサウンドに、非常によくマッチしている。もはや、そのティナの歌声の響きそのものすらもが、ティナヴィのバンド・サウンドの一部として機能しているような観もある。それほどに、そこには、他にはなかなかないユニークさを聴くことができる。
 ティナヴィは、サウンドの特異性や完成度の面でも、楽曲のクオリティの面でも、十二分に世界レヴェルで通用するバンドだといえるであろう。いきなり、これだけの力作アルバムを作り出せるアーティストというのも、そうはいないに違いない。まさに、ロシアの音楽シーンが生み出した、かなりの逸材である。今後の、より大きなフィールドでの活躍が楽しみで仕方ない。しかし、その前に、まずは、この素晴らしいファースト・アルバム“Augenblick”が、多くの人々に聴かれることを切に願わずにはいられないのだが。ティナヴィの音楽は、もっともっと高く評価されてよいものである。誰でも、一聴すれば、その瞬間に、何かがわかるはずだ。瞬間(Augenblick)とは、過去と未来が衝突する場であり、新たな可能性へと飛躍するためのひとつの門なのである。(11年)

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