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<<   作成日時 : 2011/03/25 03:00   >>

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Inter-Netlabel Compilation for Japanese Relief
http://internetlabelcompilation.blogspot.com/


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 2011年3月11日午後2時46分、太平洋三陸沖約130キロ付近を震源として巨大地震が発生した。震源の深さは24キロ。地震の規模はマグニチュード9.0。

 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災/東北関東大震災)は、岩手県から茨城県までの列島の太平洋側を中心に、東日本の各地に震度7から震度5の強く激しい揺れをもたらした。また、その震源域は、南北約500キロ、東西約200キロと非常に広範囲に及ぶものであり、その南北に長い震源域において三陸沖から震源を南下させる形で、巨大地震が立て続けに3度ほど起こったため、本震の大きな揺れは、約5〜6分間も続いた。
 そして、この巨大地震の直後に起きた三陸沖の大津波により、岩手・宮城・福島・茨城の太平洋沿岸部は甚大なる被害を受けた。この津波の高さは15メートル以上(気象庁の検潮所が、全て津波の被害を受けたため、正確な津波の数値は発表されていない)。リアス式海岸となっている三陸沿岸では、想定以上に津波の高さが増し、勢いも強くなったため、約50メートルの高台付近にまで海水が押し寄せたともいう。また、河川をさかのぼった大津波は、各地で堤防を決壊させ、河口から数キロに渡る広範囲の集落や市街地、田畑を一瞬にして水没させてしまった。この津波の脅威に関しては、被災者の手により多くの記録映像が残されている。おそらく、世界中の人々が、その凄まじいまでの恐怖の映像をニュースなどで目の当たりにしたのではなかろうか。この大津波により岩手県南部から福島県北部までの太平洋沿岸地域は、壊滅的な大打撃を受けた。
 さらに、この大地震を受けて稼働を緊急停止させていた福島第一原子力発電所もまた、想定外の巨大津波により大きな被害を被ることとなる。地震による停電と津波による予備発電機の損壊により、原子炉と使用済み核燃料貯蔵プールの冷却機能が完全に失われ、大量に発生した水素の爆発によって原子炉建屋の上部が吹き飛ぶ事故が、次々と連鎖的に起きたのだ。この爆発によって放射性物質が大気中に飛散し、原発から半径20キロ圏内の住人には避難命令が出された(半径30キロ圏内の住人は屋内退避)。そして、この緊急事態が、さらなる大事故に発展することを防ぐため、原子炉への海水の注入や、使用済み核燃料貯蔵プールから水蒸気を発生させている崩壊した建屋への放水といった冷却作業が、自衛隊、消防、警察などによって、決死の覚悟で日夜続けられている。現時点でも福島第一原子力発電所は、全く予断を許さぬ状況にある。

 震災から一週間以上が経過した3月20日の時点で、すでに地震と津波による死者は八千人を越え、今もなお行方が知れない人々は一万二千人以上にのぼっている。この震災による死者と行方不明者は、二万人を越えるといわれる。家屋の倒壊や津波による流出などにより避難所生活を余儀なくされている人々は、三十万人を越え、真冬の寒さと道路の寸断による救援物資の遅れからくる餓えに震えている。多くの人々が、家族や親類、親しい友人・知人を失い、悲嘆に暮れ、なす術もなく沈んでいる。また、原発事故などによる電力供給量の低下から、各地域で細かく区分けされたグループ毎に電力の供給が停止される計画停電が実施されており、首都圏近郊の広範囲に渡る人々の日常生活にも、震災の余波は暗い影を落としている。停電で電気が全て消えると、自分が今とてつもなく大きな闇の中にいることを、つくづく実感させられる。

 マグニチュード9.0という1900年以降では地球上で四番目の大きさを記録した東北関東大震災は、その被害の規模としても世界的に類を見ないほど悲惨な自然災害となった。大地震、大津波、そして原発事故。今、日本人は、とてつもなく大きな危機のうちにある。この危機を乗り越えなくては、21世紀は人類史上において最も暗い時代となってしまうかも知れない。

 世界の東の片隅に位置する日本を襲った未曾有の大災害は、すぐさま速報ニュースとして全世界に伝えられた。そして、それと同時に、国内外から多くの憂慮と支援の声が挙げられている。世界各国からの救援隊が被災地に入り、多くの義援金が寄せられ、活発な被災者支援の募金活動がなされている。多くの著名人、芸能人、アスリート、アーティストたちが立ち上がり、様々なチャリティ活動を展開している。音楽の世界でも、これから有名無名問わず多くのアーティストたちによるチャリティ・ライヴが至る所で催され、数多のチャリティ・アルバムが制作され、少しでも多くの義援金を被災地に送るために、様々な企画が計画実行されてゆくことであろう。
 インターネットのネット・リリースの世界においても、こうした支援への動きは数多く見られる。この急を要する事態に対し素早い対応を見せたものの中には、震災の翌週にはすでにリリースされていたものすらある。その内のひとつが、オレゴン州ポートランド在住のアーティスト、キース・ケニフ(Keith Kenniff)のUnseen Musicによって企画制作されたコンピレーション・アルバム“For Nihon”だ(http://www.unseen-music.com/nihon/)。30組以上の参加アーティストを募ったこの作品は、震災から一週間後の3月18日に逸早くリリースされている。また、テイラー・デュプリー(Taylor Deupree)によるニューヨークの実験電子音楽レーベル、12kは、この11年3月分の全てのオンライン・ショップでの売り上げを、震災被害者に寄付すると発表している。これらの動きは、世界的な広がりを見せる巨大な支援の輪の、ほんの一部でしかない。

 そうした中にあってネットレーベル関連で逸早く動き出したのは、オレゴン州セイラムのケヴィン・スティーヴンズ(Kevin Stephens)であった。スティーヴンズは、ソロ・プロジェクトのサフロン・スランバー(Saffron Slumber)名義で活動している、アンビエント〜エクスペリメンタル・エレクトロニック・ミュージックのアーティストであり、これまでにResting BellやCirclesandlines Recordingsなどの多くのネットレーベルから作品を発表してきている。そんな太平洋の対岸に住むひとりのアーティストが、震災から3日ほど経った3月14日に日本救援のためのブログ、Inter-Netlabel Compilation for Japanese Relief(http://internetlabelcompilation.blogspot.com/)を立ち上げ、全世界のネットレーベルとアーティストたちに向けて被災地への義援金を募るためのコンピレーション・アルバムへの参加を呼びかけたのだ。(今回の大津波は地震発生から約10時間後に米国西海岸に到達し、オレゴン州でも2メートルの高さの潮位を観測したという。また、カリフォルニア州では、この津波による死者が一名ほど出ている。)
 このコンピレーション・アルバムは、Bandcampを通じて4月18日にリリースされる予定である。その期日に間に合わせるために、現在急ピッチで作業が進められている。この活動への多くの賛同者が集まれば、コンピレーション・アルバムは、CD二枚組か三枚組のヴォリュームのものになることが予想されるという。また、これに続いて第二弾のコンピレーションが制作されるなど、その活動自体がシリーズ化されてゆく可能性もあるだろう。甚大な被害を受けた被災地は、非常に多くのサポートを必要としている。復興への道のりも長く険しいものとなりそうだ。よって、国際的な支援も瞬間的なものではなく、被災地と被災者のペースに合わせた、より持続的なものが求められてくる。こうしたコンピレーション・アルバムが、シリーズとして制作されてゆくことは、そのような支援活動の一助となるに違いない。たとえ、小さなネットレーベル界からの協力であったとしても、全く何もないよりは全然マシであろう。

 また、このスティーヴンズの呼びかけに対する反応が、(主にツイッターなどにおいて)真っ先にYes No Wave MusicやHujan! Rekordsといったインドネシアのネットレーベル・シーンから挙がったことは、まさしく特筆に値する。インドネシアといえば、04年12月26日に起こったスマトラ島沖地震で、今回の東日本大震災の規模を遥かに越える、途方もなく大きな被害を受けている。スマトラ沖地震でも、やはり最も甚大な被害をもたらしたのは、マグニチュード9.3の巨大地震の直後に起こった大津波であった。クリスマス・シーズンのビーチ・リゾートを襲った、この大津波によって、死者・行方不明者は二十二万人を越え、現在でもその人的被害の正確な数字が把握しきれぬほどの、史上稀に見る大災害が引き起こされた。そうした津波の本当の恐ろしさを身をもって知るであろうインドネシアのネットレーベル関係者たちが、真っ先に支援の声を挙げてくれたことは、本当に言葉では言い尽くせぬほどに感慨深いものがある。
 今回の震災を経験してみて、今ともに痛みや悲しみを分かち合える人がいるとすれば、それはまさにインドネシアの人々なのではなかろうかとも思う。これほどの大きな災害を、この21世紀に経験しているのは、世界広しといえども日本とインドネシアだけなのだから。だが、04年のスマトラ沖地震の時、わたしたちひとりひとりは、それほど熱心に被災地と被災者に対して支援をしていなかったような気もする。慌ただしい年末にニュースで凄まじい津波の映像を見て、とんでもない大災害であることは認識したが、たぶん年が明ける頃には、すでに半ば忘れかけ始めてしまっていたかも知れない。それにも拘らず、彼らは震災と津波のニュースを見て、率先して立ち上がり、声を挙げてくれた。宮城や岩手や福島の被害の甚大さを、そのスマトラ沖地震の際の経験によって、直感的に認識することができたからなのだろう。今さらでは、本当に遅きに失しすぎているかも知れないが、今回の震災を経験した今のわたしたちであれば、あの当時のインドネシアの人々が感じていたであろう不安や痛みを、そのままに感じ取ることができるような気もするのだ。この気持ちを共有できると考えるだけでも、ものすごく親近感が湧いてこないだろうか。

 通常、ネットレーベルからのリリース作品は、クリエイティヴ・コモンズによってライセンスされ、主にネット上で配布される。基本的に、その配布の形式は、フリー・ダウンロードとなる。アーティスト/制作者の作品に対する権利が徹底的に保持されるという条件下であれば、その作品の流通/ディストリビューションの過程において、一切の金銭的な動きは発生することがない。そこで活発に動くのは、音楽のデータ・ファイルと情報のみである。ネットレーベルとは、こうしたフリーで聴かせる権利とフリーで聴く権利が交差する場だといえる。
 しかしながら、今回のコンピレーション・アルバムのプロジェクトは、そうした通常通りのリリース形態というわけにはゆかない。被災者支援のための義援金を募ることを目的としたチャリティ・アルバムであるからには、いつものように全てフリー・ダウンロードでは目的が達せられなのである。そこで作品の発表の場として選ばれたのが、Bandcampであった。Bandcampのサイトを利用すれば、作品をストリーミングすることも、購入してダウンロードすることも、そしてその後の諸々の手続きも全てが容易となる。
 普段は基本的に商業主義に背を向けているネットレーベルの世界が、どれだけの義援金を集められるのかは未知数であるかも知れない。しかし、状況は、本当に逼迫しており、実際に被災地は少しでも多くの支援を必要としている。そのことを本能的に理解しているからこそ、スティーヴンズは、即座に立ち上がらざるを得なかったのだろうし、常日頃から自らが携わっているネットレーベルというインターネット時代のコミュニケーション・メディアを通じて、この状況に対して何かを示さずにはいられなかったのであろう。たとえ、それが、ほんの僅かな力にしかならなかったとしても。

 今、わたしたちの中には、祈りにも似たような気持ちが、ただモヤモヤと渦巻いている。何かに祈るわけでもなく、何かを願うわけでもない。頭の中にあるのは、ただただ全てが再び安定を取り戻し、この漠然とした大きく黒い不安を、一日も早く拭い去ることができるようにという思いだけだ。いまだこの世のものとは思えぬほどの過酷な状況にある被災地はもとより、日本全体が、いや世界全体が、何の不安も感じることなく暮らせる日が訪れることを、静かに祈るばかりである。もちろん、震災以前の世界にも、たくさんの不安があったかも知れない。しかし、あの日を境に何かが決定的に変わった。渦巻くような不安の中から、今は微かにでも希望を見出してゆくしかないのである。今回の大震災で、本当に多くの人々が計り知れぬほどのダメージを受けた。そして、東日本全体が、いつ果てるとも知れない深く暗い痛みと悲しみの底に沈んでいる。だからこそ、立ち上がれる者は、率先して立ち上がらなくてはならない。支援を求める声に耳を傾けて、わたしたちひとりひとりにできることを、できる限りやってゆくしかないのである。

 既成の商業資本主義の原理や概念を転倒させた、とても自由でフリーな感覚をもって、世界中の音楽を共有し、何にもとらわれることなくそれを楽しんでいるネットレーベルの世界も、志ある者たちが力を結集させれば、微力ではあるかも知れないが、現実の世界でもきっと何かが出来るに違いない。スティーヴンズはInter-Netlabel Compilation for Japanese Reliefを通じて、現在それを実現させるための作業に邁進してくれている。今、わたしがこれを書いているのも、このネットレーベルによる支援の動きを、ひとりでも多くの人に知ってもらい、可能であれば、この運動に参加してもらいたいからにほかならない。現時点で、このInter-Netlabel Compilation for Japanese Reliefの動きをサポートするならば、こうした形のものしか思いつかなかったという部分もある。とにかく、今は、自分にできることを、できる限りやってゆくしかないのである。

 義援金を寄付する方法は、ひとつではない。現在、多くのメディアなどを通じて被災地への義援金が募られている。これだけ多くの支援を届けるルートがあるということは、それだけ多くの人々が、この困難な状況の中で立ち上がり、その大きな動きに参加しているということの証拠であろう。誰もが、少しでも多くの義援金を集め、少しでも多くの気持ちを込めて、被災地・被災者のもとに届けようと努力している。どの方法、どのルートを使うかは、その人の自由だ。何かに縛られたり強制されることなく、自由に選択すればよい。Inter-Netlabel Compilation for Japanese Reliefのコンピレーション・アルバムがリリースされるのは、現時点での予定では4月18日のこと。そんな先まで待っていられず、一刻も早く気持ちを被災地や被災者のもとに届けたいというのであれば、無理に待つことはない。その善意を、最も素早く、もしくは最も有効に、大震災からの復興に役立たせられる道を、支援者ひとりひとりが自らの意思に従って選べばよいのだから。
 おそらく、Bandcampのサイトでは、チャリティ・コンピレーション・アルバムを購入しなくとも、データのストリーミングによって、全世界のネットレーベルから参加したアーティストたちの楽曲を聴くことができるはずである。もしも、その時点で義援金に使える蓄えが底をついてしまっていたとしたら、そこにアクセスして、それらの楽曲を聴くだけでも、この大きな支援活動の一部になれるはずだ。東北地方の被災地や被災者のために集った、志あるアーティストたちの音楽は、きっとそれだけで何かしらを感じさせてくれるものであるだろうから。それを感じ取ってもらうだけでも、ケヴィン・スティーヴンズを中心に全世界のネットレーベルをひとつに結集させた、このプロジェクトの意味や存在意義は、十二分に伝えられ、果たされたことになると思われる。

 わたしたちひとりひとりに、それぞれ何かできることがあるとするならば、今こそ、それをする時である。きっと、それと同じように、全世界のネットレーベルがひとつになれば、そこで何かしらを目に見える形で為すことがことができるはず。そのことを信じて、このInter-Netlabel Compilation for Japanese Reliefの動きを応援し、後押ししてゆきたいと考えている。今こそ、何かを示す時である。もしも、音楽の力で何かを示すことができるならば、これ以上に素晴らしいことはないではないか。(11年3月23日)

追記
 東日本大震災による死者数は、23日の段階ですでに九千四百人を越えている。行方不明者は、一万五千人。死者、行方不明者を合わせると、二万五千人を越える。しかし、いまだ被災地における被害の全ては正確には把握されておらず、この悲惨な数字は、これからも日を追う毎にさらに増えてゆくことが予想されている。
 もはや普通の感覚ではいられなくなるほどの大災害である。あの日、あの時、あの場所で、何が起きていたのか。少し考えるだけで、恐ろしくなってくる。こんな悲しいことが、二度とあってはならない。人間の無力さを、つくづく痛感させられる。
 福島第一原子力発電所の爆発事故による放射性物質の漏洩問題は、より深刻で予断を許さぬ状況を迎えつつある。ここにきて東北から関東にかけての地域の農作物や水から、暫定基準値を越える放射性物質の値が検出され始めている。このまま汚染が悪い方向へと進行してゆくようであれば、東日本全域が壊滅するという事態にもなりかねない。本当に瀬戸際に立たされているという現実を感覚せざるをえない。
 11年3月11日、日本は大きなターニング・ポイントを激しい揺れの中で迎えた。しかし、その一回転して出た道の行く先は、まだ全くはっきりと見えていない。(11年3月24日)

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