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<<   作成日時 : 2011/02/10 04:00   >>

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Panorama: Tapete Rojo
Series Media SERN33

画像 コロンビア南西部の都市、メデジンに拠点を置くエレクトロニック・ミュージック専門のネットレーベル、Series Mediaからの新作。このSeries Mediaは、07年にルクレシア(Lucrecia)の不朽の名作“Like Being Home EP”をリリースしたことで、広くその名を知られているネットレーベルである。いや、この作品をリリースしたことによって、その名声をネットレーベル・シーンにおいて不動のものとしたと言っても、決して言いすぎではないだろう。それほどまでに、このルクレシアのEP作品は、当時のネットレーベル・シーンに大きなインパクトをもたらし、極めて高い評価を獲得したのである。そしてまた、このSeries Mediaの存在は、チリのPueblo Nuevoと並んで、ラテン・アメリカ産エレクトロニカの総本山と位置づけられる、非常に重要なものでもある。
 しかし、そんなSeries Mediaも、ここ最近はすっかりと鳴りをひそめてしまっていた。09年5月にカミーラ・ロペスとフラマンテ(Camila Lopez + Flamante)のリミックスEP“Move & Remove Remixes”(ルクレシアもリミキサー陣の一人として参加)をリリースして以来、ほとんど目立った活動がない状態が続いていたのだ。よって、このパノラマ(Panorama)によるEP作品“Tapete Rojo”が、Series Mediaにとっての約一年半ぶりの単独アーティストによる新作となる。リリース日は、11年1月22日。
 ただし、しばらく活動を休止していたSeries Mediaが、ひっそりと復活を果たしたのは、実は本作のリリースよりも二ヶ月ほど時を遡る、昨年11月のことであった。Series Mediaにとって32番目の作品となるコンピレーション作品“Series Volumen 2”のリリースによって、ネットレーベル・シーンの前線に再浮上したのである。この第二期Series Mediaの活動の幕開けを告げる、全10組のアーティストによる全10曲を収録したコンピレーション・アルバムには、トロピコ・エスメラルダ(Tropico Esmeralda)、マラ(MALA)、マミ(MAMI)、プロトフ(Protov)のアレハンドロ・ヴェレス(Alejandro Velez)などの、第一期のレーベルの活動を支えていた馴染みの顔ぶれが、変わらぬ素晴らしい楽曲を寄せている。
 ここ最近はスペインのバルセロナに活動の拠点を移し、今や世界的に注目されるインディ・アーティストとなっているルクレシアも、ルクレシア・ダルト(Lucrecia Dalt)として、新曲の“Dirac”をアルバムに提供している。これは、凄まじく重苦しくダークな雰囲気をもつ、実験的なエレクトロニカ曲である。地を這うようなグリッチーなリズムに、独白を思わせる押し殺した囁きヴォーカルがのる。平凡な日常のすぐ隣りに、とてつもなく深い闇が存在することを感じさせてくれるような、妙に胸がざわめく楽曲となっている。これは、ルクレシアの音楽性が、驚くほどに深化していることを見せつける、かなり強烈な一曲だ。
 また、パノラマは、本作のリリースに先がけて、この“Series Volumen 2”において挨拶代わりの一曲となる“Paranoia”を披露している。かなり正統派なサウンドのシンプルなギター・ロック曲となっている、この楽曲は、これまでのエクスペリメンタルなエレクトロニック・ミュージック色の強いイメージが定着していたSeries Mediaの感じとは、やや趣きを異にしているものでもあった。しかし、そうした変化を迎え入れてこその第二期のスタートなのだと思えば、そこに垣間見られた新たな方向性には、未知なる領域を開拓してゆくような明るい希望を抱くことができもする。生まれ変わったSeries Mediaを象徴する存在が、このパノラマなのであろうと。
 そのうえ、パノラマの中心人物であるグレゴリオ・ゴメス(Gregorio Gomez)は、ソロ・プロジェクトのグラッドカズカ(gladKazuka)としても、このコンピレーション・アルバムに“Arpeggio Style”という楽曲を提供しているのだ。この楽曲は、そのタイトルからも微かに察せられる通り、往年のイタロ・ディスコのフレイヴァーを漂わせた、レトロ調のエレクトロ・ディスコ・ハウス・トラックとなっている。ここでは、エレクトリック・ギターを軸とするパノラマとは、全く異なるサウンドが展開されているのである。どちらかというと、パノラマよりも、このグラッドカズカのほうが、これまでのSeries Mediaの音のイメージには近い。まさに第一期のSeries Mediaを継承しているサウンドである。
 しかも、パノラマと“Series Volumen 2”の関わりは、実は、こうした収録曲の面だけに限られたものではない。ゴメスは、何と、この作品のマスタリング・エンジニアまで担当しているのである。まさに一人三役といったところであろうか。八面六臂の活躍ぶりなのだ。こうした部分からも、この第二期のSeries Mediaにとって、ゴメス率いるパノラマが、極めて重要な位置を占め始めているということが、かなり濃厚に感じ取れたりもしてくるのである。
 そして、本作の発表とともに、その理由を裏付けるかのような、ある事実が発覚したのだ。どうやら、ソロ・プロジェクトのネウマ([neuma])として、そしてプロトフの一員としても活動し、Series Mediaのネットレーベルとしての運営にも深く携わっていると思われる、ラテン・アメリカン・エレクトロニック・ミュージック・シーンの重要人物のひとりであるホセ・サンタマリア(Jose Santamaria)が、このパノラマにもバンド・メンバーの一員として参加しているようなのである。つまり、今やパノラマは、このサンタマリアの存在を介して、第二期Series Mediaの活動の中心となっているのだ。これを前提とすれば、“Series Volumen 2”におけるゴメスの大活躍にも、頷けるものがあるだろう。そしてまた、サンタマリアたちのレーベル運営をサポートする人物として、コロンビアのエレクトロニック・ミュージック・シーンを代表する若き才能として名高い、このゴメスほど最適な者もそうそうはいないのではなかろうか。
 これで、復活後の第二期Series Mediaが放つ、最初の単独アーティストによる作品が、パノラマの“Tapete Rojo”となった理由も、何となくではあるがハッキリと見えてきた。とにかく、ゴメスとサンタマリアの所属するバンドであるのだから、Series Mediaとしても最も作品をリリースしやすいアーティストであったことは確かであろう。しかも、第二期のSeries Mediaが打ち出そうとしている、新たな変化や音楽性の広がりという点を、最初のリリースの音や内容で明確に表すとするならば、これほどまでにその役に適しているバンドもいなかったに違いない。
 現在は、エレクトロニック・サウンドとインディ・ダンス・スタイルが運命的に出会い、美しいハーモニーを奏でているような、甘くドリーミーで爽快感のあるバンド・サウンドを身上としているパノラマ。しかし、どうやら、このバンドは、最初からこうした音を指向していたわけではないようなのだ。いや、それだけではなく、かつてのパノラマは、基本的に現在と変わらずゴメスを中心に活動を行っていたものの、今のようなバンドという体制では活動していなかったような節すらあるのである。
 パノラマの歴史は、意外にも、かなり長い。彼らが音楽シーンに最初の足跡を刻んだのは、今から10年も前の01年のことである。この年に、パノラマは、インディ・レーベルのGrabaciones Trinidadよりセルフ・タイトルのデビュー・アルバム“Panorama”を発表している。この当時のパノラマは、チルアウト系のダウンテンポ・トラックやキラキラと瑞々しいディープ・ハウスなど、かなりイビザ島のカフェ・デル・マールあたりでプレイされる楽園的で多幸感のあるエレクトロニック・サウンドから強くインスパイアされた、どちらかというとクラブ〜ダンス寄りの音楽性を打ち出したユニットであったようなのだ。そして、そのサウンドの性質からも、この時期には、決してバンドという形態での活動は指向していなかったようである。初期のプロダクションは、ゴメスとアレハンドロ・ペレス(Alejandro Pelaez)のデュオ形式で行われている。まさに、初期のパノラマはロック・バンドなどではなく、二人組のダンス・ユニットだったのである。
 二人組のパノラマは、デビューの翌年の02年に、Entrecasaよりリリースされた、コロンビアのエレクトロニック・ダンス・ミュージックのアーティストたちが一堂に集結した全16組による全16曲を収録したコンピレーション・アルバム“Colombeat”に参加し、ここに“Esto Si Es Cumbia”という楽曲を提供している。思いきりコロンビア色の強い作品ということで、軽くデジタル・クンビアをいなしたようなタイトルの楽曲をもってきているのが、いかにもゴメスらしいスパイスの効いた個性を表していて、なかなかに興味深い。ただ、奇縁というか、運命のいたずらというか、何とこのコンピレーション作品には、ホセ・サンタマリアとアレハンドロ・ヴェレスのプトロフも“Tres Entre”という楽曲で参加をしているのだ。つまり、ゴメスとサンタマリアの間には、かなり以前より少なからず接点があり、現在のパノラマへと繋がるような因縁めいた関係性が、古くから存在していたのである。
 その両者の間の繋がりは、06年に初めてひとつの形となって現れることになる。この年の7月にプロトフがSeries Mediaより発表したセルフ・タイトルのアルバム“Protov”に、ゴメスとペレスのパノラマのふたりがゲストとして参加したのである。ここで、ゴメスたちは、2曲にゲスト・ミュージシャンとしてクレジットされている。この事実から見えてくることは、少なくとも、この06年前後の時点では、いまだにパノラマはバンドという形態には至っておらず、二人組のユニットとしての活動を継続していたということである。
 そしてまた、この時期のゴメスは、パノラマとしての活動よりも、ソロでのプロジェクトに重心を置いた、とても積極的なリリース活動を行ってもいる。まずは、グラッドカズカとして、05年にHead+ArmよりEP作品“Panamena”を発表。その後、06年7月には、Series Mediaよりアルバム“Esta Criatura Me Agrada”を(プロトフのアルバム“Protov”とほぼ同時期に)リリースしているのである。ゴメスは、このグラッドカズカでは、一貫して80年代風のレトロな感覚をもつエレクトロ・ディスコ・サウンドを追求しているようだ。これは、昨年の“Series Volumen 2”に収録されていた“Arpeggio Style”においても、全く変わってはいない。
 とどまることを知らぬ旺盛なゴメスの創作意欲は、このグラッドカズカとしてのアルバムを発表した06年に、もうひとつの新たなソロ・プロジェクトを生み出すことになる。今度は、へロニモ(Jeronimo)として、同年11月にSeries MediaよりEP作品の“Jeronimo”をリリースしているのだ。ここでは、ミニマルなテック・ハウスやダブ・テクノなど、かなりエッジの効いたエレクトロニック・ダンス・ミュージックを展開している。しかし、そのギターの演奏とエレクトロニック・ビートを融合させた音作りなどからは、そこはかとなく香るラテン・アメリカらしさや、現在のパノラマでの作風に通じるものを、所々に感じ取ることができたりもするのである。ある意味では、このへロニモの第一作は、変化の時期を迎えつつあったパノラマの過渡期の音を少なからず反映した作品であったのかも知れない。
 そして、08年の2月には、さらにさらにグラッドカズカの変名と思わしきカズカとして、Series MediaよりEP作品“Tatami EP”をリリースしているのである。このカズカでもゴメスは、従来のグラッドカズカと同様に、エレクトロニックなダンス・サウンドを展開している。繊細でパセティックな反復ビートに、細やかに揺らめく電子音とソフトなメロディ群が絡む。そこに、明らかにデトロイト・テクノからの影響を聴き取ることができるのが、このカズカのサウンドの特徴であろうか。全体的に、かなり質の高いミニマル・エレクトロニック・ミュージックである。間違いなく、この作品からは、ゴメスの、ただならぬ音楽的才気の煌めきの一端を垣間見ることができる。
 このようにソロでの活動は相当に活発にこなしていたゴメスであったが、この時期に肝心のパノラマとしては、全くその足跡を残してはいないのである。いや、実際のところ、この時期に限ったことではなく、ずっと以前からパノラマは、ある意味では開店休業というような状態にあった。現実に、01年のデビュー・アルバム“Panorama”以来、約10年近く単独での作品を発表してはいないのだから。そして、遂にSeries Mediaのコンピレーション・アルバム“Series Volumen 2”に収録された“Paranoia”で、長い潜伏期間を終えて復活を果たしたのである。
 ゴメスがグラッドカズカやへロニモでの活動に専念しているように見えていた時期に、パノラマに全く何の動きがなかったわけでもないようだ。06年にプロトフのアルバム“Protov”へのゲスト参加があり、その後には、トリオ編成での活動の期間があったことが分かっている。活動初期からのゴメスの相棒であったアレハンドロ・ペレスがパノラマから離れ、そこに新たにふたりのメンバーが加わった。この編成替えは、パノラマにとって、非常に大きな動きとなった。ここにきて、ようやく、ダンス系の二人組ユニットという体制から、トリオ編成でのバンド形態へと、華麗なるメタモルフォーゼを遂げることとなったのだから。
 新生パノラマは、ギター&ヴォーカルを担当するゴメスを中心に、キーボード/シンセサイザーを担当するナタリア・ヴァレンシア(Natalia Valencia)と、ドラムス担当のフアン・フェルナンド・モントーヤ(Juan Fernando Montoya)のふたりが、その脇を固める編成となっている。これはもう、かつてのデュオ時代とは根本的に異なる、完全なるバンドとしてのライン・アップである。この決定的なパーソネル・チェンジによって、パノラマは、それまでのパノラマを乗り越えて、新たなパノラマへと生まれ変わった。それとともに、そのサウンドも、エレクトロニック・ビートを軸とするエレクトロ〜ダンス系の音から、ゴメスのギターと歌を軸としたインディ・ロック〜インディ・ダンス的なものへと、自然に移行してゆくこととなったのであろう。
 複数のソロ・プロジェクトでの活動を並行させながら、存分にエレクトロニック・ダンス・ミュージックを追求してきたゴメスの中で、このパノラマという存在が、ソロとしての制作では実現できない音楽性を試みるための場所へと、その捉え方を次第に変化させてきていたとしても、決しておかしくはない。新生パノラマのサウンドには、活動初期に展開していたチルアウト系のダウンテンポ・トラックやバレアリック・スタイルのディープ・ハウスなどを、独特の感覚をもつバンド編成の音に変換して奏でているような部分も、確実にあるように思われる。まさに、パノラマは、トリオ編成のバンドへと拡張されるとともに、音楽的にも進化したといえそうだ。そして、そうした新たな方向性はまた、クラブ〜ダンス系のエレクトロニック・サウンドだけにとどまらぬ、実に幅広い才能と資質をゴメスがもつことを、如実に示すものともなっている。
 こうしたユニットからバンドへと移り変わる大きな節目の後に、本作へと直接繋がることとなる、さらなる決定的な変化がパノラマに訪れる。それが、前述した、プロトフやネウマとしても活躍するホセ・サンタマリアの新加入である。ゴメスと同様に、実験的なエレクトロニック・サウンドのプロダクションに精通し、マルチ・インストゥルメンタリストでもあるサンタマリアのパノラマへの合流は、バンドの生の演奏と先鋭的な電子音楽を融合させるインディトロニカ的な音の方向性を、さらに大きく前進させてゆくものであるに違いない。そして、トリオからクァルテットとなったことで、よりバンドとしての安定感も強化されたのではなかろうか。ゴメスとサンタマリアによって形作られる、凄まじく大きく盤石なるサウンドの土台が、そこに築かれることになったのだから。
 こうして四人組のバンドとなったパノラマが、初めて制作した作品が、(“Series Volumen 2”収録の“Paranoia”と)このEP作品の“Tapete Rojo”である。これは、パノラマにとって約10年ぶりの単独作品のリリースとなる。01年のアルバム“Panorama”から、とてもとても長いインターヴァルと、その間の紆余曲折を経て、ようやく完成に漕ぎつけることのできた新作である。その活動の初期から常に制作の中心となっていたのはゴメスであり、その部分だけは今も変わってはいない。しかしながら、約10年のブランクを考慮するならば、かつてのパノラマと現在のパノラマでは、ある意味、もはや完全に異なるグループとなっていると言ってしまってもよいのかも知れない。もしくは、この“Tapete Rojo”は、第二期のパノラマの再デビュー作という位置づけの作品となるであろうか。そんな“Tapete Rojo”が、こちらも時を同じくして第二期を迎えることとなったSeries Mediaの本格的な再スタートを飾る。何ともいえぬ、実にフレッシュな雰囲気が漂いまくっている作品ではないか。
 “Tapete Rojo”は、全5曲を収録したEP作品である。四人組のバンド形態となり、新たなスタート地点に立ったパノラマの、清々しいサウンドをばっちりと味わうことのできる一作となっている。ほどよい甘さと浮世離れしたようなドリーミーな質感をもったゴメスのソフトなヴォーカルと、風を切って疾走するような眩い音色で弾けるギター・ワークによって演出される、いつまでも終わらない青春時代を思わせる王道感のあるインディ・ロック・サウンド。メランコリックなネオ・サイケに深みのあるネオ・アコースティックと、そのサウンドの幅も、なかなかに広い。そして、何といってもゴメスとサンタマリアの本職でもある実験的なエレクトロニカのプロダクションや音響を、グイッとパノラマの側へと引き寄せたような音作りも、実に特徴的である。ロック・バンドの直線的で伸びやかなサウンドに、エレクトロニックな彩りとエクスペリメンタルな音響工作の柔軟さが融合される。ここで聴くことができるのは、そんなパノラマならではの音の世界が展開された、五つの素晴らしくフレッシュな楽曲である。
 オープニングを飾る楽曲は、“Trampa”。罠。爽快に疾駆するアップテンポなビートをフィーチュアした、ニュー・ウェイヴ〜インディ・ギター・ロック的なテイストをもった楽曲である。ドライヴ感のあるベースを軸とするノリのよいリズムに、次第に情感を露にしてゆくようなゴメスのギターとヴォーカルが絡み、グングンと高みへと上昇てゆく展開に胸が躍る。クライマックスは、ラストのギター・ソロ。作品の幕開けを飾るに相応しい、ほとばしり出るような佳曲である。
 2曲目は、“Sol brilla”。サン・シャイン。前曲からは一転して、非常に落ち着いたビートによって展開される一曲。なだらかに流れゆくリズムにのって、伸びやかなギターのフレーズ群がジワリジワリと解き放たれてゆく、ややヘヴィなムードをもったネオ・サイケデリック・スタイルの楽曲である。甘さとともにスモーキーな質感も併せもつゴメスの声質には、こうしたタイプの曲が実によく似合う。分厚い灰色の雲の間から、ゆっくりと眩い陽光が差し込んでくるようなサウンドが、とても美しい。
 3曲目は、“Hola/Adios”。ハロー/グッバイ。静かな空間に淡々と鳴るビートに、アコースティック・ギターが絡み、澄んだ壮麗なるシンセのトーンのレイヤードが、その周りにまろやかなアンビエンスを形成してゆく。終盤は、電子音のさざ波が、厚く折り重なり、ゆっくりとダブの海へと溶け込んでゆくような展開をみせる。80年代初頭のCherry Redの音にインディトロニカ的なプロダクションを融合させたような雰囲気。終始、モノクロームな表情を貫き通すゴメスのヴォーカルも、かなり素晴らしい。
 4曲目は、“No encuentro las palabras”。言葉を失う。メロウな鍵盤のコードと機械的に刻まれるダンサブルなビートが、揺らめくようなグルーヴと音空間を形成する。ここでも、やわらかなシンセのサウンドが、瑞々しく全体を包み込む。ややエレクトロニックな質感の色濃いサウンドに、違和感なく流れ込んでくるアコースティック・タッチのギターの調べが、ゆらゆらと揺れ動く情感の波を、ソッと掻き回してゆく。ボソボソ系の淡々としたものでありながらも、何ともいえない奥深いメランコリーを醸し出すゴメスのヴォーカルが、ここでもかなり光っている。
 5曲目は、“Tapete rojo”。赤いカーペット。再び、爽快な活き活きとしたドラムを軸とするビートが走り出す。そして、ギターとベースは並走するように軽快なリズムを刻む。とても控え目な、優しくやわらかな鍵盤のバッキングは、少々たどたどしい感じのゴメスの歌声の足元を清らかに流れてゆく。印象的なサビのフレーズのリフレインとともに、グングンと上昇してゆく構成。実にパノラマらしい、エヴァーグリーンなメロディが炸裂するニュー・ウェイヴ・リヴァイヴァル〜インディ・ギター・ロック的な楽曲である。ジンワリと余韻を残すように電子音が揺らめくエンディングも、なかなかに心憎い。
 こうしてザッと全5曲を聴き通してみると、清々しくビートが弾ける爽快な楽曲や、ネオ・アコ、ネオ・サイケ、そしてエレクトロニックな感触をもった楽曲と、それぞれの曲毎に、かなり異なった色を打ち出した好曲が並ぶ作品集となっていることがわかる。駆けるビートの速度も様々で、実にヴァラエティ豊かな内容なのである。溌剌としたポップな曲調から、渦巻き沈み込むようなサイケデリック・サウンド、クールな中にも哀感をたたえたメロディまで、場面が変わる度に、常に新鮮な驚きとともに、その音の世界を楽しむことができる。しかし、そこにパノラマならではのサウンドの確固たる統一感が存在していることは疑いようのない事実。ゴメスの歌とギターによる楽曲の世界は、多彩なアレンジメントによって装いを変えようとも、そう簡単に揺らぐような柔なものでは決してないようだ。これは、裏を返せば、パノラマのサウンドも音楽性も、才気あふれるゴメスのメロディ・メイカー/サウンド・メイカーとしての類い稀なる資質に依っている部分が、相当に大きいということでもあるのかも知れない。ただ、それによって、いついかなる場合にも確固たるものが確立できているのであれば、それ以上に何を求めるのかという気もしてくる。それほどまでにゴメスの豊かで安定したタレント性が、このパノラマというバンドの音の個性を大きく担っているのである。そして、サンタマリアを始めとするヴァレンシアとモントーヤという、それを支えるメンバーたちも、しっかりとそのゴメスによるパノラマの音を信頼して、そこに追随し共に走っている。四人組のバンド形態による第二期をスタートさせたパノラマは、現在、唯一のオリジナル・メンバーであり中心人物でもあるゴメスにとっても、各々のメンバーたちにとっても、極めて理想的な形で活動できる集団となっているのではなかろうか。
 そしてまた、この“Tapete Rojo”の全5曲を聴いていると、パノラマのサウンドが、非常に往年のザ・キュアー(The Cure)を彷彿とさせるものであることが、まさに作品を聴き進むにつれてハッキリと見えてくる。そのサウンドからは、“Primary”、“The Walk”、“A Forest”、“Let's Go To Bed”、“In Between Days”、“Just Like Heaven”、などの数々の歴史的名曲に近い感触を感じ取れる。シンプルなバンド・サウンドへのエレクトロニックなビートの導入や、そこでの効果的なアコースティック・ギターの使用法といった部分を、特に目立った類似点として挙げることができるだろうか。もはやパノラマがキュアーの音楽を手本としていることは明らかであると言い切ってしまっても差し支えはないほどに両者は近い。ロック音楽の歴史において一時代を築き上げた偉大なグループが切り拓いた、新たな時代の音の地平が、こうして約20年もの年月を経てもなお、確実に若い世代のアーティストによって受け継がれているという事実は、決して悪しきことではない。先人の功績というものは、常に、その道へと後から分け入って行く者たちの手本とされ、(いかなる形としてでも)ひとつの形として受け継がれてゆくことで、いつまでもいつまでも生き続け、そして輝きを失わずにいられるものなのだ。この作品において、パノラマは、21世紀にもキュアーのサウンドのエッセンスが、まだまだ十分に有効であることを、見事なまでに証明してくれている。こうして20世紀の音楽は、次の世紀の音楽にも受け継がれ、そしてその次の世紀の音楽の中にも生き続けてゆくのであろう。素晴らしいキュアーの音楽を不滅のものにしてゆくという作業は、パノラマなどの若い次世代のアーティストたちが担ってゆかなくてはならぬ大切な役割でもある。そして、いつの日か、ここで聴くことができるようなニュー・ウェイヴとエレクトロニカをミックスさせたパノラマの独特のサウンドが、次の世代のアーティストたちの手によって受け継がれてゆくことを、心より祈りたい。
 新生パノラマの再出発作“Tapete Rojo”のリリースによって、これ以上ないほどに上々な11年の活動の幕開けを飾った第二期のSeries Media。様々な角度から大きな注目を集めているラテン・アメリカン・エレクトロニック・ミュージック界の先頭を走るネットレーベルとして、これからのSeries Mediaには、さらなる飛躍が期待される。新たに生まれ変わった第二期Series Mediaのフレッシュなサウンドが、まずは先陣を切るパノラマの作品を通じて華々しく解き放たれた。その爽快なビートやエヴァーグリーンなメロディに触れれば、このコロンビアのネットレーベルが音楽の未来に向かって果敢に漕ぎ出そうとしている姿勢がハッキリと見え、そこから、きっと何かしらの前向きなメッセージを受け取ることができるであろう。グレゴリオ・ゴメスとホセ・サンタマリアという、コロンビアのアンダーグラウンドなエレクトロニック・ミュージック〜エクスペリメンタル・ミュージックのシーンを代表する二人の才人が、夢のタッグを組んだパノラマとSeries Mediaの今後の活躍が、とても楽しみで仕方がない。おそらくパノラマの音楽性は、まだまだこれからもさらなる進化の形態へと突き進んでゆくはずである。全ては、新たなスタートを切ったばかり。見渡す限りの音楽のパノラマが、その視線の先には広がっている。変化を怖れずに、次の大波に備えよう。(11年)

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