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zoom RSS rodototoed: Relatos de poder

<<   作成日時 : 2010/12/10 04:00   >>

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rodototoed: Relatos de poder
Clinical Archives ca409

画像 音楽の世界やネットの世界の慌ただしい動静や浮沈に関係なく、ただただ猛烈な勢いで作品をリリースし続けている、ちょっとしたモンスター級の超然さでそびえ立つネットレーベルが存在する。それが、ロシアを拠点として、エクスペリメンタル・ミュージック/オルタナティヴ・ミュージック全般を幅広くカヴァーする旺盛なリリース活動を展開する、Clinical Archivesである。その存在感は、もはやネットレーベル界の偉大なる良心ともいえそうだ。モスクワ在住のアレキサンダー・リソフスキー(Alexander Lisovsky)によって運営される、この奇跡のレーベルからは、06年の設立以来、すでに400を越える膨大な数の作品が発表されている。(単純計算でも、一年に80作のリリース・ペース)
 Clinical Archivesのリリース・カタログには、南米、北米、中米、東西ヨーロッパ、中東、日本を含むアジア・オセアニアなど、世界各地のアーティストの名がズラリと並んでいる。音楽シーンの伝説の大物や、ネットレーベルのシーンで広く知られている名前から、誰も知らないような無名のグループやユニットまで、そのアーティストたちの顔ぶれには全く節操というものがない。ここは、完全実力中心主義なのである。レーベルのコンセプトに沿う音であれば何でもリリースするという活動方針を、何があっても貫き、名前も実績も無くとも、その音を聴いたリソフスキーが良しと判断すれば、すぐさまClinical Archivesからのリリースが決定される。
 そうしたレーベルとしての確固たる方針に打ち出されたリリース活動がなされているために、世界中から多くの新たな音源が、リソフスキーの元には続々と引っ切りなしに集まってくる。よって、Clinical Archivesは、毎週のように新作をリリースし続けなくてはならなくなる。実態としては、いくら頻繁にリリースを行っても追いつかない感じなのではなかろうか。これからのClinical Archivesのリリース計画が、どのようになってるのか、詳細を知りたいところではある。もしかすると、今や世界中の実験的でストレンジな音楽の殆どは、このモスクワのネットレーベルに集結しているのではないかと、ちょっぴり疑りたくもなってくる。
 このロドトトエド(rodototoed)は、メキシコのメキシコ・シティを拠点に活動するエドウィン・マネイ(Edwin Monney)を中心とする、アヴァン・ギャルド系の実験ロック・トリオである。メンバーは、ドラムス担当のロドルフォ・グティエレス(Rodolfo Gutierrez)、ベース担当のトト・メリーノ(Toto Merino)、そしてギターとコルグのコンパクト・シンセサイザー、カオシレーターを担当するエドウィン・マネイ。ユニット名は、各メンバーの名前の最初の二音節を並べて組み合わせたもの。命名法としては、カトゥーンとほぼ同じ方式だといえるであろう。
 ロドトトエド(以下、RTE)のメンバーは、メキシコのアヴァン・ギャルド系の音楽シーンにおいて、それぞれに活躍をしている存在であるのかも知れないが、それに関する詳しい情報は殆どない。唯一、マネイが開設しているホームページなどを通じて、微かにRTE周辺の情報に触れられる程度である。マネイは、基本的にソロ・プロジェクトのアルデイア(aldaer)を中心に音楽活動を行っているようだ。そこでは、RTEでの担当であるギターとエレクトロニクスの他にも、トランペットやディジュリドゥなどの管楽器の演奏も行っているらしい。なかなかにマルチな才能をもつアーティストのようである。もしかすると、RTEのグティエレスとメリーノも、他のプロジェクトでは、ここで担当している楽器とは全く違う楽器を演奏して活躍している可能性は大いにある。
 RTEは、3人のミュージシャンによる実験的なオルタナティヴ・ロックを展開するプロジェクトであり、その演奏は、全てフリー・インプロヴィゼーションでなされているようである。この“Relatos de poder”と題された作品は、10年の8月から9月にかけて行われた複数のライヴでの演奏を録音した音源から抜粋された、2曲(厳密には、即興演奏のふたつのパートというべきだろうか)によって構成されている。オリジナルのリリース日は、10年9月12日。マネイが開設しているアルデイアのBandcampのサイトを通じてセルフ・リリースされたようである。そして、この度、10年11月17日に、Clinical Archivesのリリース作品として正式に再リリースされることとなったのだ。オリジナルの音源と再リリースの音源に、特にこれといった変更は加えられていないようである。ちなみに、Clinical Archivesからのリリースには、ホームメイドのCDR用にプリントのできるアートワーク類が追加されている。
 9月にオリジナル版の“Relatos de poder”が発表された、アルデイアのBandcampのサイトを、具に見てゆくと、そこにはマネイが関わった他のプロジェクトでの作品を幾つか確認することができる。その中には、10年7月15日に発表された、アルデイアの最新作“Ciclos”も含まれている。これは、トライバルなプログレッシヴ・ロック・スタイルのアンビエント・エレクトロニカ作品。そして、それ以外にも、メナージ・ア・トロワ(Menage a trois)とオペイクトリ(Opactli)としての作品が存在していることがわかる。
 メナージ・ア・トロワは、三人組という意味(俗語では、3人での複数人による性行為)のユニット名の通り、ギターのマネイを中心に、ベースのカルロス・ガルシア・カシーリャス(Carlos Garcia Casillas)と、パーカッションとエレクトロニクスを担当するソフィア・RX11(Sofia RX11)からなるトリオ編成のプロジェクトである。バンドの編成的には、ほぼRTEと同一だ。このユニットでの作品“Menage a trois”は、インストのエクスペリメンタル・エスノ・ロックといった趣きであり、作品の制作そのものは98年になされたもののようである。今から12年前の古い音源であるが、これは10年5月6日にリリース(正確には再リリースとなるのか)されている。アヴァン・ギャルドな傾向が強まっているRTEと比較すると、かなりまだロック色は強い。
 オペイクトリの“Ensayos”は、10年1月5日にリリースされている作品。このユニットは、ギターのマネイを含む、5人のインプロヴィゼーション・コレクティヴ(全5曲の収録曲中、1曲のみ6人編成での録音)のようである。この作品には、09年に行われたオペイクトリでのライヴ演奏やリハーサル時に録音された音源からのベスト・テイクが収められている。試験を意味するタイトルは、この作品の実験性を表しているようでもある。マネイを始めとする各メンバーたちにとって、かなりチャレンジングなプロジェクトであったということであろうか。そして、このユニットには、後にRTEでもドラムを叩くとこになるグティエレスが、ドラムとタブラの担当で参加しているのである。この作品で展開されているサウンドは、ほぼ純正のフリー・ジャズである。全体的なテイストは、妖し気でトライバルなアフリカン・ダブ・ロックといった趣き。唸るサックスやフルートやディジュリドゥが、ダークなフレーズをまき散らしながら渦巻き、グティエレスの手数の多いドラムは縦横無尽に暴れ回る。マネイのギターは、終始フレーズの反復に徹しながらも、ここぞという場面で、目の覚めるようなノイズで斬り掛かってきたり、ブルージーなソロをシャープに歌い上げる。凄まじいほどに太く重いペドロ・メヒア(Pedro Mejia)によるベースも、かなり秀逸である。シンプルなトリオ編成のRTEと比較すると、ジャズ・コンボ的な編成のオペイクトリは音数も多く、実験ロックというよりもジャズ寄りのエクスペリメンタリズムを色濃くにじませている。
 いずれにしても、このメナージ・ア・トロワとオペイクトリは、時系列的にも、音の傾向という点においても、RTEの前身的なプロジェクトであるように思われる。どちらも直接の繋がりがある関係にはないが、RTEにとっては何代か前の祖先や遠縁の親戚といった間柄なのではなかろうか。マネイ/アルデイアのBandcampのサイトにおいて、10年の1月から順々に一連の作品としてセルフ・リリースされてきた流れを考えると、このRTEとしての一作もまた、マネイの音楽プロジェクトの最新形態として、過去のメナージ・ア・トロワやオペイクトリでの試みや実験から明らかに何かしらを引き継いでいるものがあるということなのであろう。少なくとも、エド・マネイの音楽観の内部では。
 タイトルの“Relatos de poder”は、直訳すると“電源のストーリー”という意味になる。これだけでは、何を意味しているのかサッパリ分からない。アンプなどの機材の電源をオンにするところから全てが始まる、音楽の物語ということであろうか。事前に何のシナリオも用意されていない、完全なる即興演奏であるということを、このタイトルで強調しようとしているのかも知れない。これは、全2曲を収録した約30分の作品となっている。フリー・インプロヴィゼーションによるバンド・アンサンブルは、そこで見極められたテーマを丁寧にジックリと手間ひまかけて展開してゆくために、それぞれの楽曲(パート)は、かなり長大なものとならざるを得なくなるのだろう。このような10分以上の大作を通じて、こってりと音のストーリーを描き出してゆくRTEの姿勢には、やはり往年のフリー・ジャズやプログレッシヴ・ロックの血を引いている部分が大いにあるといえそうである。
 “Relatos de poder”の1曲目は、“El arte de ensonar”。夢のアート。18分48秒。ゆっくりとバラバラに立ち上がってくる、静かなオープニング。次第に絡み合い始める、三つの異なる楽音。ギターがウネウネのフレーズで誘い、ドラムがリズムの種の餌をまく。その傍らで冷静に様子を窺っているベース。最初に尻尾を掴むのはグティエレスだ。そのビートに合わせてマネイのギターが、徐々にフレーズで反応する。そこにメリーノが絡み、ビートを走らせる。それぞれにひとしきり歌い上げ、高まったフレーズ群がノイジーに崩れたところで、ブレイク。カオシレータがフリーキーな雑音を放出している。トレモロで鎌をかけるマネイ。しかしベースとドラムは余白を埋めながら、静かにタイミングを見計らう。小さく細かい手を出し合いながら、再びサウンドが膨らみ始める。ギターがブルージーに泣き始め、手数の多いドラムが全開になったところで、小さなブレイク。ここで遂にメリーノが前面で唸りだす。そのままユックリと終盤の展開へと移行。おのおのがおのおののの夢の世界を語る、静かな混沌を渦巻かせたままのフィナーレへ。終始おぼろげなままのアンサンブル。しかし、それぞれのメンバーの演奏は穏やかながらも手数・音数は多く密度も濃い。アートの枠をぶち破って、吹っ切ってしまいそうになる一歩か二歩手前で立ち止まる。その決して節度を失わない姿勢が、大人のアヴァン・ギャルドという感じである。
 2曲目は、“Parar el mundo”。世界停止。10分45秒。やわらかなハーモニーが揺らめき、さざ波のようなリズムが足元でさざめく。ゆっくりとギターのフレーズとドラムのビートが呼応し合い、やがてともに歩き出す。マネイとグティエレスが、旺盛に語り合う。激しいささくれ立った音と音の応酬。静寂の空間をカオシレータの電子雑音が飛び交う。フリーキーに転げ回るマネイ。抑制の利いた連打で渦の中に引きずり込もうとするグティエレス。中盤から、ようやくメリーノが目に見える形で参戦し、フレーズとリズムに歩調を合わせる。三者三様の接近しつつ距離を置くスリリングな演奏が繰り広げられる。泣くマネイ、地を這うメリーノ、吹きすさぶグティエレス。そこに、静かに大地が隆起するかのように、次第に大きな弧を描くようなグルーヴが浮き上がってくる。世界は大きく廻り、そして停止する。あらん限りのリズムが余白に詰め込まれ、ギターのフレーズは中空を縦横無尽に駆け巡る。ただ太く響き渡るベースだけは、決して崩れることなく一所に留まり続ける。常に流転し巡り巡るものと、そこに存在したまま全く変わることのないもの。動くものも止まるものも、その動きの極限では、あらゆるものが必ず停止と相見える。そんな世界の両極が、この楽曲のエンディングでは、全くの隣り合わせに鳴っている。
 RTEのサウンドは、全体的にかなりアヴァン・ギャルドなものである。トリオ編成の楽音のせめぎ合いによる、極めて実験性の高い純正の即興演奏だ。そこには、予定調和の欠片もなければ、これ見よがしなカタルシスへとなだれ込むための常套句を連発する展開もない。RTEの3人は、周到に、あらゆる音楽の修辞法から逸脱しつつ、瞬間的に現出する新たな音と音の融合をとらえようとする。連なるメロディではなく、音の連なり。ただただ流動するフレーズの断片だけが、次々と積み重ねられてゆく。手探りの丁々発止。瞬間の閃きに全てが賭けられたノイズの応酬が、ゴツゴツと激突する。絡み合い、削り合い、猛烈な熱を発する音と音。その強烈なうごめきは、高速で廻るコマのように、見た目には停止しているようにも映る。静止の中に、あらゆる動きの可能性が浮き上がってくる。夢想の芸術形態も、その静止の内から立ち現れるだろう。そして、その静と動の全ては、やはり電源をオンにするところから始まるのである。
 この3人のインプロヴァイザーからなるユニット、RTEに、今後の活動予定や二作目の予定があるのかは、全く分からない。もしかすると、これまでにも様々なプロジェクトでの活動を経験してきているマネイは、このRTEにおいて得ることのできた糧をもとに、次の新たなプロジェクトへと向かってゆくのかも知れない。いずれにせよ、このノイズと雑音のギリギリをゆく即興の極限のようなサウンドは、それぞれの参加メンバーにとって、最高の音楽実験の場となったであろう。トリオ編成での音の創造の限界と可能性も、まざまざとそこに垣間見ることができたであろうし。とりあえず、このRTEが、マネイにとっても、グティエレスにとっても、メリーノにとっても、現時点での音楽表現/芸術表現における最高到達点であることに変わりはないだろう。これからは、ここを起点として、常に彼らは語り始めるに違いない。
 また、RTEのセルフ・リリース作品を世界に向けて紹介したClinical Archivesの確かな耳も、高く評価されて然るべきであろう。やもすると、ネットの世界の片隅に埋もれてしまいがちな、こうした貴重な音源を丁寧に紹介してゆく、このネットレーベルの真摯な活動姿勢と偉大な業績は、今後さらに高い評価を受けてゆくことになるはずである。絶対に。Clinical Archivesなきネットレーベルの世界など、もはや考えられなくなりつつある。
 そんなこの怪物レーベルの衰え知らずの猛烈なリリースの嵐は、このRTEによる本作と同時期にも、幾つもの名作を生んでいる。そのひとつが、イタリアのサンドロ・マリノーニ(Sandro Marinoni)、ステファノ・ロンカロロ(Stefano Roncarolo)と、アルゼンチンのウンベルト・ルイス・スケノーネ(Humberto Luis Schenone)による、海を越えたコラボレーションから生み出された即興ジャズ作品の“The Rainmaker”である。マリノーニのフルートとスケノーネのパーカッションの静かなせめぎ合いが、とても美しい。また、最近ボストンのNo-Sourceよりゴスペル/フォークな新作“The Key”を発表した、コスタリカを拠点に活動するロベルト・デメス(Robert Demes II)のソロ・プロジェクト、ドミラ(dmyra)も、コンスタントにClinical Archivesより新作をリリースしている。最近の作品には、オルタナ・ブルース・ロックな“Suspension Of Disbelief”、シンプルなフォーク・ロックの“Anyday Calliope”などがある。いずれも、ドミラの独特のパーソナルな歌と音楽の世界が、どっぷりと展開された好作品である。
 そんな良作続きのClinical Archivesのカタログの中にあっても、この409番目のメキシコ産アヴァン・ギャルド作品は、ひと際強く輝きを放つものである。即興実験ロックの逸品として、全世界の可能な限り多くの人々に聴かれ、愛されることを願うばかりである。まずは、Internet Archive(Archive.org)にゆき、クリックだ。そうやって、それぞれがダウンロードなりストリーミングなりのスウィッチを入れるところから、この音楽のストーリーの全ては始まるのである。(10年)

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