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zoom RSS VA: Shangaan Electro

<<   作成日時 : 2010/09/01 03:00   >>

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VA: Shangaan Electro: New Wave Dance Music From South Africa
Honest Jon’s Records HJRCD52

画像 たぶん、これほどまでに奇妙キテレツで、強烈なインパクトを放つアルバムというのも、ここ数年殆どなかったのではなかろうか。今年に入ってリリースされた膨大な数にのぼる音楽作品のうちでも、衝撃度という部分ではベストといえる一枚であろう。現時点での年間のベスト・リリースを挙げるとするならば、やはり、これが真っ先に思い浮かんできてしまう。
 シャンガーン・エレクトロという音楽の存在を意識するようになったのは、10年6月26日に音楽ブログのExtra Music Newに掲載された記事を読んでからであったと記憶している。その記事では、南アフリカの地から登場した新しいダンス・ミュージックの波であるシャンガーン・エレクトロが、とてつもなく斬新なサウンドをもち、今年新たにリリースされた音楽の中でも極めて突出したものであることが、シンプルに紹介されていた。また、そこでさりげなく強調されていた部分からは、シャンガーン・エレクトロが、極めて新しいスタイルの一種独特なダンス・ミュージックであるらしいことも窺い知ることができた。かねてよりソウェトのクワイトのビートやタウンシップ・ハウスなどの動きに少なからず興味を抱いていた者であれば、それを読んで、南アフリカの新しいダンス・ミュージックという触れ込みに、即座に食指を反応させてしまったに違いない。ただでさえ、まだまだアフリカの大地からは何が出てくるか分からない雰囲気が、かなり濃厚にあったりもする。あまり情報が逐一伝わってこない、ある種の秘境であるだけに、海のものとも山のものともつかぬ新種が生息していたとしても、決しておかしくはない。いや、遥か彼方アフリカ大陸の、そのまた最果ての地である南アフリカであるからこそ、何やらとんでもなく常識の域を突き破った新奇なスタイルが生み出されていることを、暗に期待をしてしまう部分も多分にあったのかも知れない。それゆえに、シャンガーン・エレクトロの紹介記事に、何ともいえぬ胸の高鳴りを覚えてしまうことになったのだ。
 だがしかし、その記事に貼付けられていた、シャンガーン・エレクトロの代表的なグループのひとつであるらしいトゥシェトゥシャ・ボーイズ(Tshetsha Boys)のYouTubeからのヴィデオ映像を観て、漠然と感じていた期待や胸の高鳴りも、一瞬にしてフリーズしてしまうことになった。そこに映し出されていたシャンガーン・エレクトロの実像は、こちらが予想していたものを遥かに上回る、猛烈な凄まじさを発散させたていたのだ。音楽的な面でも、そのダンスの方法に関しても。簡単に、ひと言でいってしまえば、それはもう「ナンジャコリャ」な世界であった。まあ、まさにそれは、ある意味では常識の域を軽く突き破ってはいた。ただ、あまりにも突き破りすぎていて、どこが着地点なのか見当がつかないほど遠くまで素っ飛んでいってしまっていたのだけど。そんな、恐ろしい程に突き抜けた異様さが、シャンガーン・エレクトロにはあった。だが、それはもう、どちらかというと新しいサウンドやスタイルというよりも、完全に異形のダンスと音楽にしか思えなかった。その強烈すぎるほどに強烈な映像に目を奪われながらも、最初に抱いていた期待感や胸の高鳴りとは、少し異なるタイプの興味がフツフツと湧いてくるのも感じられた。ちょっとした、怖いもの見たさにも似た感覚だろうか。ただし、もしかするとこれは本当に何かとんでもないものなのかも知れない、という予感が、少なからずあったことは確かだ。いつしか、その南アフリカ産の正体不明な新しい音楽について、もっと詳しく知りたくなってきていた。そう、その不思議で奇妙な海のものとも山のものともつかぬサウンドに対して、すでに食指がジワジワとのびつつあったのである。
 南アフリカのニュー・ウェイヴ・ダンス・ミュージック、シャンガーン・エレクトロのコンピレーション・アルバムが、あちこちの音楽サイトや音楽ブログで紹介され、一部で大きな話題となっていた6月下旬といえば、ちょうどサッカーW杯南アフリカ大会が盛大に開催されていた大会期間中のことである。とりあえず、世界中から南アフリカに大きな注目が集まっていた時期だけに、アルバムのプロモーションやリリースのスケジュールとしては、これ以上ないほどに絶好のタイミングであったといえるだろう。ただ、W杯南アフリカ大会の期間中に音楽にまつわることで話題を独占したのは、応援用のプラスティック製の管楽器、ヴヴゼラであった。一聴してのインパクトという点では決して負けてはいないと思われるが、常にTV画面に映し出され、そのノイジーなサウンドが世界中に中継されまくったヴヴゼラには、やはり敵わなかったようだ。確かに、あの耳障りで粗野な騒音は、サッカーの試合を観戦した、誰の耳にもこびりついたことであろう。しかしながら、それと同じ頃に一部の好事家の間では、耳にべったりとこびりついたシャンガーン・エレクトロの奇妙なサウンドが、大きな話題となり、大絶賛されていたのも紛れもない事実なのである。
 “Shangaan Electro: New Wave Dance Music From South Africa”をリリースしたのは、ロンドンのレーベル、Honest Jon's。これまで、南アフリカの一部の地域でしか知られていなかったであろうシャンガーン・エレクトロを、コンピレーション・アルバムという形で、世界に紹介したことは、まさにこのレーベルの偉業だといってよいだろう。しかし、どのようにして、この極めてローカルな動きとして存在していた新しいダンス・ミュージックが、発見され、発掘され、ロンドンのレーベルから世界に向けて発表されることとなったのだろうか。そのあたりの経緯などの部分も、非常に気になるところではある(アルバムのクレジットを見ると、ブラック・ジャックス(BLK JKS)のドラマー、トゥシェパン・ラモバ(Tshepang Ramoba)に対する謝辞が捧げられている。どうやら、このあたりに繋がりがあるようだ。元々、このコンピレーション・アルバムは、ラモバとGreen Owlのウィリス・グラスピーゲル(Wills Glasspiegel)によって企画されていたものであるらしい)。アルバムのコンパイルを担当しているのは、Honest Jon'sのレコード・ショップとレーベルのオウナーを務めるマーク・エインリー(Mark Ainley)と、ベーシック・チャンネル(Basic Channel)の創設メンバーであり、ベルリンのレコード・ショップ、Hardwaxのオウナーでもあるマーク・エルネストゥス(Mark Ernestus)のふたり。この両名は、レゲエ/ダブを軸に、ありとあらゆるワールド・ミュージック/民族音楽に精通した、とても優れた耳をもつ切れ者として知られている。そんな、ふたりの信頼のおけるマークが、大胆にもニュー・ウェイヴ・ダンス・ミュージックと称してしまうのだから、これはちょっとタダゴトではないような気もしてくる。
 ここに収録されている楽曲は、全てノジンジャ(Nozinja)なる人物によってプロデュースされたものである。どうやら、このノジンジャが、シャンガーン・エレクトロの仕掛人であるらしい。南アフリカの北東部に位置するリンポポ州のギヤニを拠点に、ノジンジャが、シャンガーン・エレクトロの録音から製作・流通までを一手に手がけているようなのである。かなりのやり手であり、いかにも強かそうな人物だ。また、自ら所有し運営しているインディ・レーベルでレコーディングを行っているアーティストたちのマネジメントなども、全て取り仕切っているようである。まるで、南アフリカのベリー・ゴーディ(Berry Gordy)である。全12曲の収録曲は、06年から09年にかけてギヤニとソウェトのノジンジャ・ミュージック・プロダクションズのハウス・スタジオにおいて録音がなされている。ノジンジャが、自宅の台所の横手の簡素なスタジオにおいてキーボードとサンプラーを使用してシャンガーン・エレクトロの制作を始めたのは、00年頃からであったという。伝統のシャンガーン・ミュージックを電子音楽化し、そこにサンプリングの技術などを導入したのも、このノジンジャが、最初にやり出したことであるらしい。初期の頃には、理解のない人々から厳しく非難され、訳のわからない妙な音楽を作っているせいで変人扱いもされたようである。ただ、間違いなく、シャンガーン・エレクトロとは、このノジンジャというオリジネーターによって生み出された音楽であるということは、何となくだが見えてきた。現在では、ヨハネスブルグやギヤニにおいて、カセットテープで二万本ものセールスを記録する程のヒット曲も生まれているそうである。
 ノジンジャのホームタウンであるギヤニは、リンポポ州の州都ポロクワネ(旧ピーターズブルグ)にほど近い、郊外の田舎町である。サッカーW杯でも使用されたピーター・モカバ・スタジアムのあるポロクワネや、五百キロ以上離れたハウテン州の大都会のヨハネスブルグには、ギヤニからの多くの労働力や出稼ぎ労働者が流入しているものと思われる。南アフリカが、社会的にも経済的にも大きく発展してゆくとともに、こうした都市部への労働者の移動・流入の動きは、より激しく顕著なものになってゆくであろう。これは、ギヤニの地域的な共同体が、静かに解体されつつあることを意味するものでもある。古くからのシャンガーン人/ツォンガ人のコミュニティと都市化された新興工業経済地域との間に横たわる大きな格差やギャップに不満やストレスを抱きつつも、否応なく巻き込まれてしまった新自由主義的な経済体制の中で、生活の糧を得るためにわざわざ大都会にまで出向かざるを得なくなる。その狭間では、様々なアンビヴァレンスな感情が、グルグルと渦巻いていることであろう。大都会に、低賃金に、出稼ぎ労働に、そして愛する故郷であり急速に失われつつある古き良きリンポポとギヤニに。そんな寄る辺なき感覚のようなものが、他所の場所とは異なる突出したダンス音楽を生み出す、背景や下地を形作っていったのかも知れない。
 おそらくはノジンジャによって翻訳されたものと思われる(全ての楽曲は、主にシャンガーン人/ツォンガ人の言語であるツォンガ語で歌われているようだ)、英語で表記された収録曲のタイトルや歌詞を眺めていると、娘や妻、(部族内の)妹など、女性の家族・身内をテーマに据えて歌っている楽曲(その一部は、非常に神話的な語り口をもつものである)が、やたらと目につく。こうした傾向というのは、近代化に伴う古い共同体の解体という、目には見えない巨大なシステムによる要請のままに避け難く押し寄せてくる、厳しく過酷な現実に直面して、家族や共同体内の人的な結びつきや繋がりというものを再確認し、再度強調しておこうという、伝統主義の復古のような意味合いも込められたものなのであろうか。そうした楽曲のテーマや内容というのは、おそらく古くから伝わるシャンガーン人/ツォンガ人の伝承歌の中にも存在していたものなのだと思われる。それが、この斬新なダンス・ミュージックのスタイルにおいても、そのままに新たなヴァージョンで継承されているのだ。民族や共同体の古い言い伝えや神話は、どんなにビートが電子化され高速になっても、変わらずに生き続ける。シャンガーン・エレクトロとは、ある意味では古くて新しい音楽なのかも知れない。また、こうした素朴で家族的/家庭的な歌を守り続けることは、大きな時代の流れに対する、ささやかな抵抗の表れと捉えることもできそうである。ただし、そうした伝統的な共同体におけるヒトとヒトの関係性を素朴に歌っている音楽にしては、そのもはや完全にヒトが演奏である領域を越え出ていそうな高速のビートに合わせた踊りは、やや激しく常軌を逸脱してしまってるように見えてしまったりもするのだが。有限にして非連続的なヒトの域を意図的に超出することで、よりヒトのもつ根源的な部分へと向かうということなのだろうか。そのクレイジーなまでの踊りの激しさとは、危機に直面する伝統的な共同体の内部に鬱積した感情や溜め込まれてきた渦巻く不満に由来しているものであるのかも知れない。慎ましい生を淡々と生きる日々の繰り返しでしかない日常生活の中で、厳しく抑圧されているされているがゆえに、伝統的な祭祀の場にも通ずるものがある、ダンスの場というある種の非日常の空間において、内面に溜まっていたものが一気に解放され、噴出してくるのだとも考えられる。シャンガーン・エレクトロのダンスには、何ともいえぬ、ただならぬパワーや霊性が満ち満ちているのである。
 アルバムのジャケットに使用されているのは、前述のYouTubeの映像にも登場していた、奇妙な出で立ちのトゥシェトゥシャ・ボーイズの姿を描いたイラストレーションである。彼らは、どこかチープなパーティ・グッズを思わせる妖怪や怪物の仮面をつけ、誰でもない者となって踊る(異形の者の姿を借りて自然が再び語り出す)、実に不思議な雰囲気を漂わせているグループだ。オレンジ色のツナギの作業着には、腹と尻に大きなパットが入れられている。その大きく強調した尻を激しく振るダンスで、周囲の見物人たちにいやらしく媚を売り、ちょっかいを出すような仕草を見せたりもする。また、ダンスの会場内を日傘を差して腰をくねらせて歩き回る、余興めいた出し物も行っている。これは、都会の街中を歩く富裕層の女性の気取った姿のパロディであるのかも知れない。いずれにしても、一種の仮装大会的な趣きのあるトゥシェトゥシャ・ボーイズのダンスは、そこに集っている地元の人々に大いにウケているようだ。その奇妙で不思議なダンスは、(伝統的なシャンガーン人の歌と踊りの記憶を継承する)女性にまつわる呪術的な部分と、(没個性的な作業着に象徴される)決して望んだものではない工業労働という、ふたつの忌まわしきものが観念的に裏返しにされ、大袈裟なアクションや激しいステップに転化されているもののようにも見えてくる。
 やや中腰になって、腰をグネグネと揺らしながら、細かいステップを踏む。いや、踏むというよりも、性急なリズムに合わせて、大地の上に足を矢継ぎ早に置いてゆく感覚だろうか。その際に、腕や脚や膝や臀部などの身体の各パーツは、目にも留まらぬほどに激しくバラバラに独立して動いているように見える。しなやかな躍動感とヒトとは思えぬ程に速い過激な動作。この特徴的なスタイルは、グニャグニャの骨なしダンスと称されることもある。上半身をほぼ直立のままに保ち、主に下半身だけを酷使するステップには、南アフリカのヒップホップ・ダンス、パンツーラ(Pantsula)との共通点も見出せそうだ(シカゴのジュークやフットワークにも非常に近いものを感じる)。また、細かくスピーディなキレのある動きには、スタイリッシュなスウィンギン・ジャズのジャイヴ・ダンスからの影響もあるだろうか。ただ、その異常なまでに踊りそのものを純化し、デフォルメさせていったような凝縮された動きは、見ようによっては、まるでナチュラルな幻覚剤でも摂取しているかのようでもある。このあたりこそが、トゥシェトゥシャ・ボーイズの仮面などとともに、シャンガーン・エレクトロのダンスに、何ともいえない呪術的な匂いを感じてしまう部分なのである。
 どこまでも深くドロドロとしている、ヒトを拒むかのような雰囲気すらもつ呪術と神話の世界、そしてそれと対峙するように存在し、古くからの伝統的な生活スタイルを容赦なく浸蝕してゆく、徹底的にモダナイズされた現実の世界。これらのふたつの世界とシャンガーン・エレクトロという音楽には、やはり密接な関わりがあるように思われる。女性の出産や、近代的な工業化された労働に象徴される生産という行為によって、それまでとは異なる流れの、新たな得体の知れない世界の動きが、否応なく形成されてゆく。そうした、神話的な循環のサイクルや冷徹な経済運動といった、ヒトの生きる世界を大きく越え出た動きを見せる現象に対して、畏怖や戦慄の念が抱かれ、それらを昇華させたダンスのスタイルに、まるで大地に縋り付くかのような激しい戦きにも似た動作が取り入れられていったのかも知れない。また、トゥシェトゥシャ・ボーイズの奇抜な出で立ちやダンスのスタイルには、性の倒錯といった側面も垣間見ることができる。労働力である男が作業着のツナギ姿のままで、パッドを入れて女性的な肉体の丸みや膨らみ(腹部のパッドは妊婦を模倣したものであろうか?)を獲得し、激しく荒れ狂う女の性の魔的な力を強調し誇大に表現するようなダンスを繰り広げる。そこには、何層にも入り組んだ性を巡る葛藤と崇拝の生々しい痕跡が窺えはしないだろうか。古い共同体や伝統的な生活世界の急速な変化は、男女の役割分担やその性の在り方そのものにも様々な影響を及ぼしているのかも知れない。アルバムのインナースリーヴに使用されている写真にも、真っ赤なブラウスを着た妖しい女装ダンサーの姿を確認することができる。
 シャンガーン・エレクトロのビートは、無理矢理に回転数を上げたようなスピードで突き進んでゆく。エレクトロニックなビートであるので、それは決して乱れることもないし、モタつくようなこともない。ひたすらに高速な反復だけが、そこにはある。幾つものマリンバのパーカッシヴなフレーズが、複雑に絡み合い、スピード感に満ちたグルーヴを形成する。全体を構成する音の要素は非常に密集していて、決して少なくはないが、その突進するグルーヴが重々しさをまとうことは一切ない。太くヘヴィなドラムを用いていないビートは、どこまでも軽やかで、速さに対する拘りに貫かれている。そこでは、まさに軽快に躍動するダンスのために、型破りなまでのスピードが追求されているのだ。シャンガーンとツォンガのダンサーを激しく踊らせ、深く満足させる、過激でスピーディなビート。のんびりとした遅いビートでは、もはや人々は踊らない(モダナイズされた時間感覚)し、内面の空虚さが満たされることもない(慢性的な欠乏感・飢餓感)のである。
 また、シャンガーン・エレクトロのサウンドに関しては、ベースが欠如していることも度々指摘されている。どうやら、シンセの太いマリンバの音をベースの代わりに使用しているようである(あまり代用品の役割は果たしていないのだけど)。プロデューサーのノジンジャは、今どきベースを演奏しているような音楽なんて古臭いとアルバムのライナーノーツで述べてもいる。これは、全くもって新しい感覚である。とにかく、アフリカの伝統楽器、マリンバの音を、何よりも優先して重用する。それが、実際の楽器の演奏によるものなのか、電子化されたサウンド・ソースによるものなのかは、そこでは大した問題にはならない。本来であればダンス音楽の根幹であるはずのベースの音を、手近な別のもので代用し、根本から変容させてしまうラディカルさ。これは、80年代前半のシカゴのハウス・ミュージックの勃興期に、DJピエール(DJ Pierre)率いるフューチャー(Phuture)の面々が、たまたま中古で手に入れたローランド社のシンセサイザー、TB-303のベースラインをいじり倒して遊んでいるうちに、アシッド・ハウスを生み出ことになる革命的なアシッド音を偶然に発見してしまったという、有名な逸話を思い起こさせる。それぞれの見ている方向性は全く逆なような気もするが、既成概念であるはずのベースの存在の壁を打ち破ったところに、恐ろしく奇妙だが革新的な地平が開けてしまうという部分では、このふたつの音楽は奇妙な一致をみせているような気もするのだ。
 そして、さらに特徴的であるのは、シャンガーンの音楽にノジンジャが初めて導入したという、サンプリングの使用という部分であろう。細切れの歌声やキーボードのフレーズのサンプルが、高速のグルーヴにリズミカルな間の手のように差し挟まれてゆく。これが、延々と反復されることで、ファンキーでトリッピーなノリが生み出されるのだ。このサンプラーによる機械的なループ感が、奇抜な斬新さを醸し出すとともに、伝統的なアフリカン・ミュージックのヒプノティックでトランシーかつシャーマニックなグルーヴを、新たな形で再生させているようにも感じられてしまうところに、シャンガーン・エレクトロがもつ摩訶不思議さの一端が、まざまざと垣間見れるような気がしてならない。ノジンジャの方法論には、シンセサイザーとサンプラーという電子楽器/電子機器だけで制作されるダンス音楽が、新しい波となっていることを自覚し、その未来的なサウンドを誇りとしてるような節がある。このエレクトロニックな指向性は、より深められ、されに前進してゆくことになるのであろうか。ヘヴィなビートを基本としたダブステップやゲットーベースが主流である時代に出現した、ベースレスのダンス音楽。これは、全くもって革命的、いや反時代的だとしか言い様のないものである。確かに、この電化され高速化された民族音楽のサウンドは、驚く程に目新しい。だが、それが本当の意味での大きな波となり新しい流れを形成してゆくものになるのかどうかという部分には、やはり多くの疑問が残ってしまうのである。
 アルバムの収録曲中で特に印象に残るのは、ソウルフルなトラディショナル・スタイルのメイル・ヴォーカルをフィーチュアしたジンジャ・フルングワニ(Zinja Hlungwani)の楽曲である。フルングワニの楽曲は、全4曲が収録されているが、そのうちの3曲でスモーキーな深みのある歌声を聴くことができる。だが、残りの1曲は、なぜか女性ヴォーカルがメインの楽曲なのである。こうなると、例の渋い歌声のヴォーカリストがジンジャ・フルングワニなのではなく、これは単なるユニット名やグループ名でしかないのだろうか、といった疑問も湧いてくる。ただし、フルングワニに関しては、これ以外にも妙に気になる部分があるのだ。どうもジンジャ・フルングワニ(の中心人物/メイン・ヴォーカリスト)とノジンジャは、同一人物のように思えてならないのである。また、アルバムに2曲が収録されているBBCというグループに関しても、インナースリーヴに掲載されているアーティスト写真を確認する限り、そのメンバーは、ジンジャ・フルングワニの男性ヴォーカリストとふたりの女性コーラス(YouTubeの映像で確認することができる)と、全く同一の顔ぶれであるようにしか見えない。ということは、ノジンジャとフルングワニとの間に何らかの繋がりがあるのであれば、必然的にこちらのグループにも仕掛人のノジンジャが参加している可能性は、非常に高いということになるであろう(BBCという略語は、ポルノ業界では「デカくクロいモノ」を意味するようである、どこか自己顕示欲の強そうなノジンジャであれば、自らのプロジェクトにつけても決しておかしくはない名称ではある)。いやいや、もしくは、ここに収録されているアーティストの殆どは、プロデューサーであるノジンジャが何らかの形で関係しているプロジェクトだという可能性だって、なきにしもあらずだ。もしかすると、これは、実際には全12曲のノジンジャ作品をまとめた一枚であったりするのかも知れない。
 精力的にホームメイドのDVD(YouTubeにアップロードされているシャンガーン・エレクトロの映像は、元々はこのDVDに収められていたものであるらしい)やカセットテープでのリリース活動を行い、それをシャンガーン人/ツォンガ人の生活圏を中心に大ヒットさせているノジンジャは、名うてのビジネスマンであり、優れた制作者でもある。そしてまた、音楽プロダクションを切り盛りする起業家でもあり、ミュージシャンやシンガーといったアーティストとしての顔ももつ。かなりオールマイティな才能の持ち主なのだ。その独創的なプロデューサーとしての発想力、歌手としての確かな力量もさることながら、映像の分野に関しても何ともいえないセンスを感じさせてくれもする。かなりザックリとした編集や合成の技術を駆使した映像を得意としてるのだが、それは確実に現地の者にしかとらえられないであろう皮膚感覚レヴェルでの熱や匂いをムンムンと伝えてくれるものなのである。そして、その極めてラフな展開をみせる映像のスピード感と、シャンガーン・エレクトロのひたすらに疾走する高速ビートは、絶妙にマッチし、完全にシンクロしているようにも見える。手許にある有り物の素材やアナクロなテクノロジーを使い倒して、最大限の効果を引き出してくるノジンジャとは、ブリコラージュの達人であるのかも知れない。
 しかし、どうしても疑問に思わざるを得ないのは、このシャンガーン・エレクトロという音楽が、本当にノジンジャがたったひとりでやっているものでしかないのか、という部分である。どんなにローカルなコミュニティの内部で流行している音楽であっても、それが、それなりにウケて、かなりのセールスを記録しているのであれば、必ずやそれを模倣して二匹目のどじょうを狙おうとする動きも出てくるものだと思うのだが。ノジンジャたちの周囲に、その亜流の動きや、本家を追従し同調しようとする別の団体や集団の動きなどは、全くないのであろうか。もしも、他に誰もシャンガーン・エレクトロをやっていないのだとしたら、これほどまでに不可思議なムーヴメントというのもないような気がする。そもそも、そうした極めてミクロで単一にして局所的な動きを、何らかのムーヴメントとして捉えることは可能なのであろうか。
 また、シャンガーン・エレクトロの音楽やダンスを、伝統的なシャンガーン/ツォンガのコミュニティにおける舞踏や祭祀などとの関係の中で捉えてみたらどうであろうか。原始・古代から現代にまで連なる大きな流れを巨視的な観点から眺めてみれば、ノジンジャのシャンガーン・エレクトロも、その流れの内部にスッポリと収まってしまうのではなかろうか。もしかすると、あの高速な電子ビートも奇抜な衣装での骨なしダンスも、ちょっとした突然変異態として出てきた変わり種でしかないのかも知れない。
 ひとつの見方として考えられるのは、その発生の動きの中に、何らかの切断や断絶のようなものがあったのではないかということである。舞踏や歌謡などの文化のスタイルは、古くからの痕跡をとどめて、過去の形式を残し/乗り越えつつ、大きく動いてゆく。そうしたダイナミックに激動する時代の流れの中で、大きく揺さぶられたものが、いまここで、奇妙なスタイルとなって噴出するように現れ出てきていると考えることもできるだろう。
 かつての近代から現代にかけての変化の季節を経験した日本もそうであったように、飛躍的な発展や進歩の裏には、必ずといってよいほど、多くの切断や断絶がある。華やかに躍進し花開くものがある裏で、人知れず静かに萎んでゆくものもある。同じ場所に止まり続けるものは、大きな流れの中で伝統という化石と化してゆくのみだ。そして、切断され断絶された地点(不回帰点)の先に、奇妙なズレと過去の記憶を痕跡として留めた、ニュー・ウェイヴが勢いよく飛び出してくる。
 新しい波とは、時として異様なまでの異質さを剥き出しにしていたりする。その表層的な新奇さを強調して、激しい衝動性や攻撃的な姿勢を押し出して見せることにより、どこまでも執拗に追いすがってくる過去を、遠くに引き離そうとしているのだろうか。そのような意味において、シャンガーン・エレクトロの極度にスピード・アップされたダンス・ビートは、80年代初頭のシカゴのナイトクラブ、ミュージック・ボックスのDJ、ロン・ハーディ(Ron Hardy)の破天荒なプレイを連想させもする。ハーディは、ダンスフロアの熱狂をキープするために、ピークタイムには殆どのレコードを思い切りピッチを上げた状態でプレイした。ディスコもファンクも、異様に早回しにされた状態で爆音の如き大音量で鳴っていたのである。ミュージック・ボックスでは、普段から聴き慣れていたスティーヴィ・ワンダー(Stevie Wonder)やシェリル・リン(Cheryl Lynn)の楽曲も、強烈なまでにストレンジな突然変異サウンドへと、無理矢理に変換させられてしまう。そして、その異質な音楽の周辺には、ローカルでハードコアなダンサーたちが、日常の閉塞や焦燥からの何らかの解放や突破口めいたものを求めて群がっている。アグレッシヴな音楽があるところに、過剰なまでの陶酔と熱量に満ちたダンスの場が出現するのである。こうしたあたりに、これらのふたつの音楽の、幾つかの共通点を見出すことができる。往時のシカゴのダウンタウンのアンダーグラウンドに生じたダンス・ミュージックの切断や断絶が、ハウス・ミュージックを生み出したように、もしも歴史というものが幾つかの条件が整うことで繰り返されるものであるのならば、シャンガーン人/ツォンガ人のコミュニティが、何らかの新しいものを生み出してゆく可能性は非常に高いだろう。不回帰点を越えた場所には、新しい感覚をもつ人々が集結する独特の熱狂がある。おそらくは、ギヤニやジョバーグもそうした場であり、このビートでハードに踊る人々は、そこに何かこれまでのサウンドとは決定的に違うものを、鋭く嗅ぎつけているに違いない。それゆえに、あれほどまでに我を忘れてクレイジーなダンスに没頭し、音楽に陶酔することができるのである。
 しかしながら、やはりそれが、本当に新しいひとつの大きな流れになってゆくためには、シカゴでいうところのウェアハウスのDJであったフランキー・ナックルズ(Frankie Knuckles)や、TraxやDJ Internationalといったレーベルが、その近辺を取り巻くように次々に出現してゆかないと、やや難しいものがあるような気もする。ロン・ハーディのDJプレイは、明らかにダンス音楽の流れに不回帰点を作り出す、ひとつの一大事件ではあっただろう。だが、事件は事件であり、その場限りのことでしかない。点となる事件だけでは、そこに反復も入れ替えの可能性も生じないのだ。何かしらの恣意的な形で、その音楽が独占/寡占されている状況があるのだとしたら、それがどんなに新しい波であろうとも、あまり幸せな未来は望めないのではないのではなかろうか。
 シャンガーン・エレクトロという音楽が、これからどのような動きをみせてゆくのか、実に興味深いものがある。極めてローカルな音楽の存在を広く紹介することとなった、この作品が、ひとつのキッカケとなって、新たなサウンドの発生を誘発してゆくこともあるかも知れない。そして、シャンガーン・エレクトロという音楽自体が、さらに多くの南アフリカの伝統音楽の要素を飲み込んで、大きく開放的に発展してゆくこともあるであろう。また、シャンガーン・エレクトロの特徴的なスタイルが、既存のアフリカン・ポップやクワイトに吸収され、新たな流れを生み出してゆくことも考えられる。いかなる化学反応が、そこで起きてゆくのだろうか。あれこれ想像してみると非常にワクワクしてくる。だが、こういう場合、往々にしてヒトの想像の域を遥かに越えることが起こったりもするのである。本当の変化とは、常に純粋な驚きをもって迎えられるものだ。
 それでもオリジネーターであるノジンジャは、どこまでもピュアなシャンガーン・エレクトロの形式を貫いてゆきそうな気もする。その頑固そうな顔立ちには、自らの考案した、高速シャンガーン・ビートと細切れサンプリングの手法を、決して手放さなさそうな意志の強さが垣間見れる。そのように、誰かが頑迷にオリジナルのスタイルに固執し、何があろうと守り続けてゆくところに、伝統的な民族音楽というものが生まれてゆくのであろう。もしかすると、この作品は、21世紀の南アフリカに誕生した、新たな伝統的な舞踏のための音楽の、レアな黎明期の音源を記録したアルバムとなるかも知れない。20年後や30年後に、このコンピレーション・アルバムが大変に貴重な資料となっている可能性は、大いにある。ノジンジャとシャンガーン・エレクトロのこれからが、とても楽しみである。(10年)

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