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<<   作成日時 : 2010/06/15 04:00   >>

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Etza Meisyara: Collapse
Inmyroom Records
StoneAge Records SAR 012

画像 エツァ・メイシャラ(Etza Meisyara)は、インドネシアはジャワ島西部の内陸部に位置する街、バンドンを拠点に活動するアーティストである。バンドンは、オランダの植民地時代に行政の中心地として経済的にも文化的にも豊かに発展した、古い欧州風の都市として知られている。この“Collapse”という作品は、どうやらメイシャラにとっての記念すべき初のリリース作品のようである。全3曲を収録した、ほんのささやかなEP作品を携えて、ひっそりとメイシャラは広大な音楽の世界に登場した。リリース日は、10年3月22日。リリース元は、ジャカルタのネットレーベル、Inmyroom Recordsである。Inmyroom Recordsは、08年1月にリドワン・ユニアルディカ(Ridwan Yuniardika)とガネーシャ・マヘンドラ(Ganesha Mahendra)によって、インドネシアのインディペンデントな宅録アーティストたちの音楽活動を支援してゆくための自由でフリーな作品の発表の場として設立された。このレーベルからのリリース作品は、全てクリエイティヴ・コモンズによってライセンスされたMP3ファイルというフォーマットで発表されている。そして、それらは全て無料ダウンロードという形式で配布されるのだ。これまでに、Inmyroom Recordsからは、約30点ほどの作品がコンスタントにリリースされてきている。
 ただし、本作は、そのInmyroom Recordsのみが関係しているリリース作品ではない。作品の配給・ディストリビューションには、もうひとつジャカルタを拠点とするネットレーベル、StoneAge Recordsが携わっている。形式としては、ふたつのネットレーベルによる共同リリース作品となりそうだ。しかし、Inmyroom Recordsは、基本的に無名のアーティストたちが作品を発表するためのプラットフォーム(相互に緩やかに連携したコミュニティ型の)としてのみあるレーベルのようなのである。よって、実質的には、本作は、StoneAge Recordsからのリリース作品と捉えてしまってもよいのであろう。カタログ番号にも、StoneAge Recordsのもののみが付与されている(Inmyroom Recordsからのリリース作品には、いずれもカタログ番号といったものは存在しない)。StoneAge Recordsは、10年初頭に設立された、本格的にハードコアかつエクストリームなパンク・ロックを専門に打ち出しているネットレーベルである。かねてより、インドネシアのバンドが作り出しているサウンドには、非常にハイ・レヴェルなものがあるという認識はあった。だが、このStoneAge Recordsからのリリース作品を聴いて、インドネシア・アンダーグラウンドのハードコア・パンク・シーンの奥の深さを、あらためて思い知らされた次第である。スラッシュコア、ノイズ・コア、ストレート・エッジ、スケート・コア、メロディック・ハードコア、メタルコア、ファストコア、ヘルコア、グラインドコア、ローファイ・ハードコア、ニュースクール・ハードコアと、ほぼありとあらゆるハードコア・スタイルのパンク・サウンドを、そこに聴くことができる。そして、StoneAge Recordsは、まだ設立から半年も経っていないにも拘らず、すでに13作品ものリリースを行っている。まさに旬の注目株なのである。それらの作品の殆どは、ジャカルタとその周辺地域のハードコア・パンク・バンドによるものであるのも強力だ。インドネシアのハードコア・パンクは、間違いなく相当に熱い。おそらく、この地球上には、ジャカルタ(とその周辺)以外にも熱いパンク都市はあるのだろう。だが、StoneAge Recordsが、世界に向けてリリースしているハードコア・パンク・バンドには、ある共通した確固たる特徴がある。それは、今や非常に長い歴史と伝統をもつハードコア・パンクの本質部分をよく理解し、その奥深さを確実に消化して、現在のインドネシアの空気感を生々しく反映させた音を放出させている点である。そこに、とても強く好感がもてる。StoneAge Recordsの作品を聴いていると、今から約25年も前の遥か遠いあの頃と変わらぬ感覚がムクムクとわき上がってくる。その中には、完全に初期のモブス(Mobs)そのものな音(強烈な?劣悪な?凶悪な?)で迫ってくるバンドもいたりする。インドネシアのハードコア・パンク・バンドからは、とてもピュアな、もはやパンクするしかないとでもいうような衝動めいたものがヒシヒシと感じ取れる。
 だがしかし、メイシャラがクリエイトしている音楽は、どう聴いてみたとしても、決してハードコア・パンクではない。そこには、夏の日の蝉の鳴き声のようなジージーと鳴るディストーション・ギターもなければ、性急にズタズタとビートを弾き出す猪突猛進型のドラムスもない。ある意味においては、そのソロ・アーティストとしての孤高の音楽的な姿勢はパンキッシュであるのかも知れないが、この“Collapse”に収められているサウンドは、ティピカルなパンク・ロックのスタイルとは、かなり程遠いものとなっている。そんな(非パンクな)音楽性をもつメイシャラの作品が、なぜStoneAge Recordsからリリースされることとなったのか。この部分こそが、表向きには、“Collapse”にまつわる、最も不可思議な点だといえるだろう。
 メイシャラのデビュー作である“Collapse”のサウンドを、ひと言で言い表すとするならば、それはアトモスフェリックなドリーミー・ポップスといったようなものになるであろうか。そこには、レイド・バックしたアンビエント・ミュージックや、宅録アーティストらしいローファイ・エレクトロニカ(フォークトロニカ)などの音楽的なエッセンスもまぶし込まれている。そして、全体的に、どこかエセリアルな響きをもち、サイケでヒプノなテクスチャーをもつ音に(意識的にか?無意識的にか?)仕上げられているのだ。また、メイシャラ自身によるものと思われる解説コメントによると、そこにはインドネシアのトラディショナルなメロディ(やはりジャカルタといえばガムランが有名であるが…)の導入や、熱帯雨林のジャングルが広がるジャワ島の豊かな水をたたえた大自然からインスパイアされたサウンド・プロダクションの手法なども、積極的に取り入れられているという。つまり、この“Collapse”においては、かなり独特の質感をもった音楽の表出が試みられている。とてもシンプルで素朴であるのだが、決して一筋縄ではいかない音。いや、というか、そう簡単には全てを把握しきれないような深みと、どこか予測不可能な動きをみせる音の揺らめきが、そこにはある。
 そんなメイシャラの独特にして独自なアーティスティックな感覚から生み出された“Collapse”。ここで展開されている音楽性について、リリース元のStoneAge Recordsは、その作品の情報を掲載するブログの記事の中で、ホープ・サンドヴァル(Hope Sandoval)のマジー・スター(Mazzy Star)を引き合いに出してサウンドの説明を行っている。この選択は、大いに頷ける。どこか夢幻の境地を緩やかに漂い続けているようなサウンドは、とても似通った部分をもつものといえるだろう。だがしかし、どちらかというと、メイシャラの音楽の奥底には、物凄くケイオティックな得体の知れないうごめきが存在しているようにも思われるのである。おそろしい完成度の高さでマジー・スターが描き出していた音に存在した、まるで一枚の絵画の如く徹底された静謐さは、そこには殆ど見えてこないのである。そのうごめきとは、もしかすると、いまだ手つかずのまま地表に横たわっているジャワ島の熱帯雨林の大自然からきているものであるのかも知れない。バンドンのメイシャラは、ジャングルの土や水の匂いを嗅ぎ、絶え間なく動き呼吸している自然から受けた霊感のようなものを“Collapse”という作品に込めているのではなかろうか。だからこそ、そうした音のそこここに、何か得体の知れないジャワ的なうごめきがあるように感じてしまうのだ、きっと。
 ただ、極めて個人的な見解としては、この“Collapse”を耳にした最初の段階では、かつて80年代後半にSubway Organizationなどで活動した、ポストC86期の徒花的シューゲイザー・バンド、ザ・シャーロッツ(The Charlottes)の存在を、その独特な浮遊感のあるサウンドから思い起こしてしまったりもした。すっかり浮世離れしてしまっている異様なまでにモヤモヤとした白日夢的ダウナー・サイケでガレージなバンド・サウンドに、異様なまでに舌足らずでコケティッシュなペトラ・ロディス(Petra Roddis)によるヘヴンリーな歌唱がのる。そんな、ザ・シャーロッツの、極めてドリーミーでありながらも痛いほどにヒリヒリする感触をもったローファイ音響(いや、音塊といったほうがよいだろうか?)は、おそろしく極端に突出しきったものであった。あまりにも突き抜けすぎていると、もはや突き抜ける前の感覚との接点を見いだすことは極めて難しくなる。だが、それは、ある意味において、あまりにも早すぎた、徹底したポスト・モダンな音そのものであったようにも思われる。その証左であるかのように、ザ・シャーロッツのサウンドには、完全に色を失ったモノクロのアート・ワークのジャケットが、非常によく似合っていた。あらゆるものをシステム内部に取り込んでしまうポスト・モダンが完全に行き着いた先では、もはや草木が新たに生い茂ったりはしない。そこには、轟音を立てて動き続ける巨大なマシーンだけがある。自然すらもが、計画的な再生産の対象でしかない。大きな美しい理想を掲げて突き進んだ近代が作り上げてしまった、逆ユートピアの風景。そんな突き抜けきった世界の感触を、ザ・シャーロッツは、あまりにも早々と、そして徹底的なまでに斬新に、そのサウンドで描き出してしまっていたのである。ただ、もはや時代は、早くも10年代に突入している。一部では、すでにそうしたポスト・モダンな状況を、包摂と再生産の連続の果てに荒み疲弊しきった現実の世界が、とっくに追い越してしまっていたりもするのである。メイシャラのアンビエントでローファイ・エレクトロニカなモヤモヤのサウンドは、そんな現代にあっては、すでに逆ユートピアな地平を描き出す極端に突出した鋭敏さをもつものではなくなってしまっているかも知れない。よりアブストラクトに捉えどころをもたず、どこまでもぼんやりと浮かび上がってくるだけの、完全に焦点を失ってしまった摩訶不思議な音の世界だけが、そこにある。民族的で断片的な旋律、簡素なエレクトロニック・ビート、幽玄なる弦の響き、音の狭間から湧き出してくるようなヴォーカル、透き通るほどに薄い柔らかに流れゆくコーラス。様々な細切れにされたサウンドの要素が、メイシャラの音楽の中には、ただただふわりふわりと漂っているのである。
 メイシャラは、中学生時代から高校を卒業するまでの間に、ロカビリー・バンドやポップ・ロック・バンド、エレクトロニック・ポップ・デュオ、ジプシー・スウィング・バンド(?)などの複数のバンドのメンバーとして、積極的に音楽活動に携わってきたという。また、幼い頃からヴァイオリンの演奏なども行っていたようだ。バンドにおいては、ドラム、ギター、ベース、シンセサイザーと、殆ど全てのパートを、それぞれのバンドで担当してきている。若き日のメイシャラが、こうして、いくつものバンドを通じて経験してきたことは、きっと音楽面でも、音楽以外の面でも決してマイナスとはなってはいないであろう。おそらくは、そうしたバンドでの活動を行っていた頃に、今のStoneAge Recordsを運営しているスタッフや、そこから作品を発表しているようなハードコア・パンク・バンドのメンバーとの交流が、どこかで生じていたのかも知れない。もしかすると、このあたりの旧い繋がりこそが、今回のメイシャラの初作品が、Inmyroom RecordsからだけでなくStoneAge Recordsからも共同リリースという形で発表されることとなった要因なのではないかと推測することもできる。ジャカルタ周辺のアンダーグラウンドな音楽シーン/バンド・シーンには、あまりジャンルやスタイルに関係のない、かなり密で錯綜した人的交流があるのではなかろうか。非常に活発な動きを見せるシーンがあるところには、非常に多くの人々が決して止まることなく活発に動き回っているという状況が、常にある。現在は、宅録系のソロ・アーティストとして活動するメイシャラではあるが、ジャカルタ周辺のエクストリームなファストコア・バンドやスケートコア・バンドのメンバーとの親しい交流があったとしても、何らおかしくはない。ただし、メイシャラは、きっぱりと、こう述べてもいる。中学時代から多くのバンドに参加して音楽活動を行ってきた日々は、間違っても自分探しの過程(ふらふらと地に足をつけていない)などではなかったと。彼女は、自分で自分を作り上げていったのである。自分とは、どこかから探し出してくるものでは決してない。自分の居場所らしきものを偶然に見つけて、そこにすっぽりと嵌まる自分に満足感を得るのでもない。そうした作業が自分探しであるというのなら、実際そこには本当の自分らしさというものは、もはや全くなくなってしまっているのではなかろうか。メイシャラは、自分からなりたいと思う自分になっていった。探すよりも、作り出す。そこで目指されていたのが、ソロ・アーティストとして、ドリーミーでエクスペリメンタルなアンビエント・エレクトロニカをクリエイトする、エツァ・メイシャラであったのだ。そして、ここにあるものこそが、10代前半からの音楽遍歴・バンド遍歴の中で、自らに積極的に課してきた音楽トレーニングを通じて、着々と培われ築き上げられてきた、メイシャラの本当の自分(おそらくは、いまだ道の途上なのであろうが…)にほかならないのであろう。
 この“Collapse”は、全3曲を収録した、そんなソロ・アーティストにしてマルチ・ミュージシャンである、エツァ・メイシャラの、記念すべきデビュー作品である。録音作業は、全てバンドンにあるメイシャラの自宅のベッドルームにおいて、09年12月に行われたという。そして、ミックスからマスタリングまでの仕上げの作業も、たったひとりメイシャラの手によってなされたようだ。所謂、完全なる宅録作品ということになる。そうした極めてパーソナルな自宅録音・自宅マスタリングならではの、非常にローファイな音質が、とてもよい具合に適合してしまうのが、メイシャラのエクスペリメンタルな要素の強いアンビエント・エレクトロニカ・サウンドの興味深いところではある。異様なまでにモヤモヤとしているリヴァーブの深みや浮遊感が、メイシャラのヴォーカルやベッドルームという空間で奏でられる楽音を、おそろしく普通でない歪な響きをもつ音の塊に変容させてしまっている。この余りにもストレンジな音響は、やはりメイシャラのベッドルームでしか生み出せなかった、一種独特のものであるといえるだろう。設備の整ったレコーディング・スタジオとも、プロのレコーディング・エンジニアの手腕とも、全くもって無縁であったところに、エツァ・メイシャラの“Collapse”のサウンドがもつ、おそらく世界で唯一無二の音響的な強みがある。ベッドルームとは、睡眠のためだけの場所ではなく、時には、とんでもない奇跡を生み出す場所にもなる。これまでに、多くの宅録アーティストが知らず知らずのうちに足を踏み入れてきた音楽的ミラクルの輪に、いきなりメイシャラは真っ直ぐに突入してしまったということなのだろう。何とも幸先のよいスタートではないか。偉大なるアマチュアリズムに乾杯だ。
 1曲目は、“Collapse”。メイシャラの音楽キャリアの幕開けを飾るのは、このEP作品のタイトル曲。基本的な楽曲のスタイルは、ネオ・アコースティックといえるであろう。多重録音されたシンプルなギターの演奏の流れに、非常に簡素で淡々としたドラムスが歩調を合わせ、そこにメイシャラの澄んだトーンのヴォーカルがのる。このあたりのサウンドの感じは、まるでハリエット・ウィーラー(Harriet Wheeler)の美しい歌唱をフィーチュアしていたザ・サンデイズ(The Sundays)のようである。だが、微かにエレクトロニック・サウンドを隠し味程度に盛り込んでいたり、クラクラしてくるくらいにドリーミーな音響が繰り広げられていたりと、随所にメイシャラならではの音楽的意匠が凝らされていたりはする。土台の部分には間違いなくスタイルとしてのネオ・アコースティックが存在しているのかも知れないが、最終的な仕上がりは、どうも普通のネオ・アコースティックとは微妙に味わいの異なるネオ・アコースティックに成り果ててしまっているのである。また、この“Collapse”が実に不可思議なのは、楽曲の後半には全くヴォーカルが入っておらず、半インストゥルメンタル曲とでもいうような作品となっている点だ。それは、どこか途中でヴォーカルの録音を投げ出してしまったようでもあり、そのタイトル通りに何の前触れもなく歌の旋律が途中で跡形もなく崩壊してしまったようでもある。そこでは、明らかに何らかの急激な変節が起きている。しかし、それが何なのか、あまりにもモヤモヤしすぎていて、全くはっきりと見えてこない。メイシャラの音の世界は、とんでもなく摩訶不思議なものに満ちている。
 2曲目は、“Marionette Opera”。操り人形のオペラ。アコースティック・ギターによるバッキングを基調としたネオ・アコ系の音という点に変わりはないが、こちらの楽曲では、ややサイケデリック・ロック風なテイストが強めに前面に出ている。かなり靄っている音質なうえにキツくエフェクト処理が施されているために、なかなか実体が掴みづらい。だがしかし、凝った構成や展開をみせる楽曲にのる、程よく練られたような歌唱を聴く限り、メイシャラのメロディ・メイカーとしての非凡さは、しっかりと伝わってくる。幼少の頃からの幅広い音楽活動(音楽生活だろうか?)の中で研究を重ねていったものなのであろう、実に渋めなコード・ワークにも光るものがある。もしかすると、ジャズ・ファンクやフュージョン系のサウンドからの影響などもあるのだろうか。もしくは、古いサイケデリック・ロックやアート・ロックの類いを参考にしているのか。モヤモヤした独特で個性的な雰囲気にすっぽりと覆われてしまっているせいで、その奥にあるはずのメイシャラがサウンド・プロダクションにおいて目指した部分というのは、相当に見定めづらいのだ。これは、意図的なぼやかしなのだろうか。だが、それゆえに、決して尽きることのなさそうな摩訶不思議さが、もわもわと醸し出されていることも確かだ。そうした、どこまでもつかみ所がなく、深いミステリアスな存在感をたたえた部分が、メイシャラの音楽の最大の魅力であり面白味であったりもする。
 3曲目は、“Sounds-Sleep”。ドリーミーなエクペリメンタル・ローファイ・フォーク。どこか北欧系のネオ・アコの香りがしたりもする。そよ風のような細やかなアルペジオのさざ波と、淡々と優しく軽やかにラッシュし続けるドラムとハイハット。シンプルで素朴なコーラスが、深いリヴァーブの底で響くメイシャラのヴォーカルに降り掛かる。意識は遠のき、ゆっくりと眠りに落ちてゆく。心地よい眠りの訪れ。明晰な意識は消え去り、世界は微睡むような眠りに浸食されてゆく。その奥底から流れ出してくる、ゆったりとした音楽。漂うようなメロディ。ふわふわと揺らぐ言葉。どんなに耳を澄ましても、はっきりとは聴き取れない。それは、意識の根底の襞の狭間からにじみ出してくる、半ば意識の外側にある音楽であり、メロディであり、言葉だから。深い眠りに落ちてゆき、鮮明に見えていたはずの中心から、ゆっくりとズレてゆくものだけが、その世界で、それをそれとして感じることができる。ただし、それ自体では、それをそれとして意識することもないままに。そういう意味においては、メイシャラの音楽とは、真正なるベッドルーム・ミュージックといえるものであるのかも知れない。
 この“Collapse”は、全3曲を収録した、全体で約10分半という長さの、本当にアッという間に駆け抜けていってしまう一作である。ただ、これを通して聴き終えた直後は、全てがフワフワとして、まるで夢から覚めたばかりとでもいったような妙な感覚に見舞われる。全編に渡ってモヤモヤな、ローファイ・エクスペリメンタル・サウンドにどっぷりと浸かっていたことで、芯までクラクラになり、頭の中の隅々までがぼんやりな状態になってしまうのである。そして、一種の虚脱感にも似た放心状態が、瞬間的に襲いかかってくる。たった約10分半しかないドリーミーな白日夢的サウンドにしては、これは少しばかり危険なほどに効きすぎではないだろうか。メイシャラの音楽には、ややマジカルな成分を含有している疑いがある。もしかすると、インドネシアのジャワ島の大自然から抽出された何かであろうか。一体、メイシャラは、自宅のベッドルームにこもって、そのサウンドの精製の際に何を調合したのであろう。未開の大自然の息吹のようなスーパー・ナチュラルな魔法が、ここにはある(ような気がしてならない)。いずれにせよ、手元にあるギターや電子楽器、そしてエフェクト類などの(簡素にして質素な、決してリッチではない)機材を駆使して、どのようにメイシャラが、この摩訶不思議な質感をもつ独特のサウンドを作り上げていったのか、その手法(精製方法か?)に対する興味は尽きることがない。
 人類が見る夢の中でさえも、もはや世界は、完全に瓦解しつつある。世界は、ひとつの大きな廃墟でしかない。それは、中心から周縁に向けて、ガラガラと崩れ去ってゆく。乾涸びたドーナツのように。あらゆる試みは、完全に遂行されることはなく、あらゆる言説も、完全に語り尽くされることはない。全ては中途で投げ出され、そのまま廃墟の一部となって朽ち果ててゆくことになる。人間という存在は、容赦なく行き過ぎてゆく時間の流れの前では、とてもとても非力であり、とてもとても無力だ。無機的に刻まれる時間は、非常なまでの残酷さで人類の世界を粉砕してゆく。その徹底してシステマティックに進行する流れの中で、人間の世界は、堆く積み重ねられたモダンという廃墟の山を、ただただなす術もなく崩壊させるだけなのである。ただ、そんな行き詰まっているよう見える世界にも、いまだに得体の知れないものは、そこここに点在している。それは、中心から外部へと、フラフラフワフワと漂ってゆく。どこまでもモヤモヤとして、決して実体を掴ませることはない。そして、聴き取れない言葉で読み取れない痕跡を刻み込む。ベッドルームにこもって、新たな迂回する回路を開く。最初から崩壊しきった形式で、瓦解したまま決して辻褄の合うことのない不可視な世界を構築してゆく。そうした、インドネシアのジャワ島という場所において、エツァ・メイシャラがクリエイトしている音楽の在り方とは、とても新しい何か(?)を内在させているものであるのかも知れない。そこには、すでに崩壊を待つだけである旧世界と真っ向から相対しながら、するりと突き抜けてゆくための、全く異なる方式の戦略を創出するヒントが(ぼんやりと)示されているようにも思われる。ふたつの世界の境界に微かに開いた裂け目から、つかみ所のないサウンドが溢れ出す。騒々しいハードコア・パンクの歪みきったノイズに(意図的に?)紛れて。そして、世界は、モヤモヤのエクペリメンタルなローファイ・ギター・ポップに、ささやかにとろけてゆくのである。やはり、ローファイやローテクは(確実に戦略的なものも全て含めて)、今後ますます有効性・有用性を増してゆくように思われてならない。(10年)

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