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<<   作成日時 : 2009/12/12 04:00   >>

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B For Brontosaurus: Home EP
No-Source Netlabel NS004

画像 マサチューセッツ州ボストンに拠点を置くネットレーベル、No-Sourceの第四弾リリース作品。No-Sourceは、自らもアーティストとして活動するティム・ドワイアー(Tim Dwyer)が主宰する、フォークトロニカやローファイ・フォークなどエクスペリメンタル系のアコースティック・ミュージックを専門的に手がけているレーベルである。リリース日は、09年11月30日。No-Sourceの記念すべき第一弾リリースであったコンピレーション・アルバム『Hey You, Choose Your Own Adventure』が、09年9月28日に発表されたものであったことを考えると、レーベルの立ち上げから約二ヶ月で早くも4作目のリリースということになる。これは、はっきり言って、かなりのハイ・ペースである。レーベルを運営するドワイアーによる、入念な仕込みと下準備の賜物といったところであろうか。新たなネットレーベルの設立を思い立ち、それにむけて実際に動き出した時点で、最初の何作かのリリース作品に関しては、ほぼ同時進行的に仕込みと準備が着々と進められていたのだろう。いきなり作品を連発して露出度を高め、ただでさえ情報が錯綜して過密状態になっているネットワールドの片隅から、新興のネットレーベルが、その存在を強く印象づけてゆくというのは、非常に重要なことである。産声をあげたと同時に、ズブズブと泥濘のごとき深みに埋もれていってしまうのでは、元も子もない。そのような意味においても、このドワイアーによるNo-Sourceの、おそろしく気合いの入ったスタート・ダッシュは、実に頼もしく、またとても好感のもてるものだといえる。冷静に準備を整えて、号砲とともに一気呵成に仕掛けているNo-Source。このまま、ネットレーベル・シーンの大きな台風の目へと、着実に成長していってもらいたいところである。
 B・フォア・ブロントサウルス(B For Brontosaurus)は、ボストンの北に位置する郊外の街、サマーヴィルで結成され、そこを活動の拠点としていた三人組バンドである。フォーキーなトラッシュ・ポップやローファイ・パンクなど、ちょっぴりヒネリの利いたアコースティック系のバンド・サウンドを得意とし、ボストン界隈のインディ・ロック・シーンでは、そこそこ名を轟かせた存在であったB・フォア・ブロントサウルス(以下、B4B)。No-Sourceのコンピレーション・アルバム『Hey You, Choose Your Own Adventure』に、ヤング&オールド(Young And Old)として参加していたベン・モース(Ben Morse)は、B4Bの結成時からの中心メンバーであった。このトリオ・バンドは、最初から最後まで一度のメンバー・チェンジもなく、素朴ながらも破天荒な活動を続けていたのだが、08年6月3日、ボストンの〈The Abbey Lounge〉でのライヴを最後に、約三年に及ぶ短くも濃密なロックンロール・デイズに幕を降ろした。ちなみに、その活動期間中に、B4Bが残したリリース作品は、自主制作アルバムの『A Thousand Times Yes』のみであった。
 05年3月、マサチューセッツ州ボストン近郊で、ポップとパンクとフォークが激突して、B4Bが誕生した。ギターを担当するベンが、大学時代の知り合いであったドラマーのエイビー(Abe)と、高校生の頃からの親しい友人でありベースとキーボードを担当するジョアンナ(Joanna)という、ふたりの旧知の音楽仲間に声をかけ、この、ある種奇跡的な顔ぶれのトリオが揃うこととなったのである。三人は、全員がヴォーカルとコーラスを担当し、曲ごとにフレキシブルに担当楽器も入れ替える。B4Bの軽妙にして洒脱な音楽の根底には、自由気ままで、どんな形態/形状にも変化してしまえる、独特のユルさや、ちょっとした遊び心が、常に流れているように思われる。かなりシリアスなムードの心情の吐露でさえも、軽いジョークや冗談を絡めて、笑みを絶やさずに吐き出してゆくタイプのトリオなのである。そうした、このバンドが何気なく、その音楽性や佇まいから醸し出している雰囲気には、おそらくベンもエイビーもジョアンナも心から敬愛しているであろう、飄々とした佇まいの奥底に、そこはかとない悲哀の念がにじむ、ボストン・パンク・シーンの大偉人、ジョナサン・リッチマン(Jonathan Richman)がもつ独特の歌心の世界と、どこか相通ずるものがあるようにも思われる。明らかに、彼らは、音楽スタイル的にもサウンド的にも、ザ・モダン・ラヴァーズ(The Modern Lovers)が作り上げたものを、可能な限りそのままに受け継ごうと、実に真摯に奮闘しているように見える。かつてリッチマンとモダン・ラヴァーズが、郊外のくすんだ日常をシンプルなロック・サウンドにのせて綴った、同じボストンの同じ街角の景色を見て、同じ空気を吸い、変わらずに人々が行き交う様や季節が移り変わる様を見て、B4Bは、内面からわき上がってくるものを、ストレートに音に託してあふれ出させている。ユーモアに満ちた視点からの小さな悲喜こもごもに満ちた歌詞、朴訥としたメロディ、歌うというよりも語りかけてくるような、平凡な日常と決して掛け離れることのない親しみやすいスタイル。B4Bは、間違いなく、リッチマンがモダン・ラヴァーズを結成した70年代の初頭から21世紀の現在に至るまで、脈々とそこに流れ続ける、天然モノのボストン・サウンドの系譜のど真ん中に属する、バリバリに正統派のトリオ・バンドであったといえるのではなかろうか。
 この“Home EP”は、惜しくも解散してしまった、今はなきB4Bの三人が残してくれた、最後の置き土産である。全7曲を収録。これだけの収録曲数があるとすると、普通であれば、EPというよりもミニ・アルバムとしたほうが、もしかすると、しっくりくるのかも知れない。しかし、実際に蓋を開けてみると、わずか約14分という、誠にあっさりとしたトータル・タイム。いかにもB4Bらしい、極めてライトでアーシーでアットホーミーな佇まいのフェアウェルEPとなっているのだ。また、作品のライナーノーツなどによれば、どうやらこれは、バンドのラスト・ライヴ以降に録音されたマテリアルのようである。あまりにも突然に、バンドの解散が決定してしまったがために、ライヴのみで演奏されてきた後期B4Bの楽曲は、結局一度たりとも正式に録音されぬままという、悲惨な運命をたどるはめになるところであった。そうしたB4Bの消滅(絶滅?)とともに何事もなかったかのように忘れ去られてしまうには忍びない楽曲たちを、きちんとした形にして残しておくことを念頭に、08年6月にバンドにとっての最後のレコーディング・セッションが敢行された。やはり、ベンにとっても、エイビーにとっても、ジョアンナにとっても、このB4Bというバンドに対して、何らかの落とし前をキッチリとつけておく意義と必然性は、明確にあったのだ。三人ともに、それだけ個々に強い思い入れと愛着がB4Bにはあり、このメンバー構成でなくてはバンドの活動は続けてゆけないという、いかんともしがたい難局に直面しての、苦渋の決断による解散であったのだから。だがしかし、そこに変な湿っぽさは、微塵も入り込んではいない。あくまでも、カラッとケロッとした軽快なフットワークで、ユーモア精神を忘れずに立ち回る、いつものB4Bが、そこにはいる。ただし、ここでの最後の7曲には、ややパンキッシュでトラッシーなサウンドの傾向は影をひそめ、よりトラディショナルでオーセンティックなフォークやポップスに接近しているような雰囲気がある。よって、ただ単にガンガンと若さと勢いで押し切ってしまうだけではない、何ともいえぬ素朴なメロディや歌の味わい深さを感じさせてくれる作品になっている。最後に少しだけ大人になった後期B4Bの姿を、この機会に披露しておく、ということなのであろうか。“Home EP”は、B4BによるB4Bなりの成熟を成し遂げた音楽性の最もエッセンシャルな部分を、じっくりと聴くことのできる全7曲を収録した、実に味のあるファイナルEPである。
 オープニングを飾る1曲目は、“Love Story”。往年のザ・モンキーズ(The Monkees)とザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド(The Velvet Underground)のスタイルを、無理なく合体させてしまったかのような、素晴らしくピュアなポップスである。たった37秒の、とってもちっぽけなラヴ・ストーリー。愛や恋の荒波などどこ吹く風で、終始あっけらかんとしたムードを醸し出している、シンプルかつ軽妙なコーラス・ワークが、妙に60年代ポップス黄金期のサウンドの傍若無人な真髄を抉り出しているようでもある。B4Bの鋭いセンスが光る一曲だ。
 2曲目は、“Mountain Top”。ジョアンナのキーボード弾き語りによる、のどかな独唱で幕を開け、募りに募る焦燥感に追い立てられるようなスタスタと疾走する展開へとなだれ込み、さらなる劇的な転調の場面に遭遇すると、最後はリード・ヴォーカルがベンにバトン・タッチされ、山頂の高みよりもスッコーンと突き抜けるようにしてエンディングを迎える。目まぐるしく、せわしなく、ガンガンと展開してゆく構成の、アーティフィシャルな技巧派ポップス。そこここのキーボードの奏法やアレンジの技法などに忍ばされた、クラシカルかつ王道な60年代ポップス的意匠に、B4Bが体得している音楽性の豊かさが、まざまざと感じ取れる。
 3曲目は、“Black Cloud”。ゆったり、のんびりとした、極上のトラッド・フォーク・スタイルの楽曲。よく晴れた日にアパラチアン・トレイルのルートにハイキングに出かけて、そこで皆で歌う楽しい唱歌などにも使用できそうな一曲である。ちょっぴり力なく枯れた音色のハーモニカが、いい味を出している。どんなに暗雲が立ち込めてこようとも、立ち止まらずに一歩ずつ着実に歩を進めてゆかねばならない。人生のトレイルは、決して楽しいことばかりではないが、必死に耐えてマーチしてゆかないことには、どんなゴールも見えてきやしないのだ。人生、楽ありゃ苦もあるさ。どこかジョナサン・リッチマン的な自然派の風情を感じさせてくれる、とても奥深い魅力のある名曲である。
 4曲目は、“Every Song In The World”。この作品中において、最も色濃くB4Bの代名詞ともいえる、パンキッシュでトラッシーなポップ・ロック・スタイルのサウンドが展開される楽曲といってよいだろう。底抜けの爽快感と、ちょっとピリリとヒネリが利いたユーモア感覚、そして、そこはかとなく染みついている、どうしようもない哀感。歌詞とメロディの流れのスピードに合わせて、自在に伸び縮みするアレンジメントも、非常に楽しい。間奏での、ジョアンナによるつんのめり気味に突っ走るプチ・キーボード・ソロも、(ややアイロニックではあるが)ご機嫌だ。B4Bの三人による、絶妙な結束力に裏打ちされた、素晴らしくこなれたバンド・アンサンブルの妙が、思いきり光りまくる。もう決して聴くことのできない、その先のパートに、静かに思いを馳せる。
 5曲目は、“Rock And Roll”。雰囲気としては、ルー・リード(Lou Reed)がジョナサン・リッチマンのバラード曲を、シンプルなヴェルヴェッツ風のアレンジで歌っているような感じ。バリバリのロックンロールには程遠い、ちっぽけで些末な、道端で転がっている石ころと、そう代わり映えのしない日常。ややシニカルな視点から切り取られるのは、郊外の田舎街に住む素朴なロック小僧が見渡す、非常に狭い世界の、乾涸びきった風景。やけにジンワリと胸に沁み入ってくる名曲である。
 6曲目は、“Trace”。典型的な青春ど真ん中調ポップ・パンク・スタイルの一曲。哀愁のアコーディオンをフィーチュアした間奏が、突如として差し挟まれ、若き日の山あり谷あり感を、巧みに描写する。また、B4Bらしい聞き分けの悪そうなナーディな側面が、軽く駄々っ子を思わせるメロディなどを通じて、前面に出ている点も、なかなかに好ましい。ただ何となく気が重いというだけで、全てがイヤになってくる。小さな窓から横目で外の世界を眺めやる。全てをわかったつもりになって、意図的にうそぶいたり。崖っぷちでの強がり。くたびれきったパンクでロックなアティチュードだけが、唯一の心の支え。全世界の万年ロック青年に、この一風変わった人生の応援歌を捧げたい。
 ラストを飾る7曲目は、“Untitled”。最後の最後なのに、名もない歌。まるで、作りかけのまま放り出されてしまったかのような印象の、1分7秒の小品である。紅一点、ジョアンナによるキーボード弾き語りスタイルの独唱をメインにした、タンポポの綿毛のようにふんわりとソフトな一曲。すさまじく淡々としたメロディは、結局どこにも辿り着かない。抑揚のない独り言。本当に本当のラストの瞬間に、ベンがギターを二音だけ爪弾いて色を添える。そんな、何ともいえぬ呆気ない上にあっけらかんとした、全くもって潔すぎるエンディング。しかし、その一方的にバッサリと断ち切ってくるような感じゆえに、余計に妙な余韻が残って、いつまでもいつまでも尾を引き続ける感覚にとらわれたりもする。このタイトルもない未完成のままのような楽曲で幕を閉じるということは、逆に引っくり返すと、B4Bは、いつまでもビシッと締めて終わることがない、永遠に完成されないバンドとなろうとしているという風にも受け取れる。まあ、ヘタに老成するよりは、ずっと青いままを選択したといえば、なかなかに聞こえはいいのだけれど。とても静かに音は止み、ここに、B4Bの約三年間に及ぶ活動に、遂に本物の終止符が打たれる。
 B4Bの解散後、ギターとヴォーカルを担当していたベン・モースは、前述したソロ・プロジェクトのヤング&オールドをメインに、よりアコースティック寄りでトラディショナルなフォーク・スタイルに接近した音楽活動を行っている。また、ドラム担当のエイビーことエイビー・レイテイナー(Abe Lateiner)は、地元サマーヴィルのトラッド・パンク・バンド、ジ・オー!マイ・ゴッズ(The Oh! My Gods)のメンバーとして活動中である。そして、これと並行して、MC・イズ・エイビー(MC Izz Abe)なる名義で、風変わりなIDMヒップホップ系のサウンドをクリエイトする謎のソロ・プロジェクトを行っていたりもする。だが、そのあまりにもローファイ寄りのフォークトロニカは、やっぱりB4Bあたりの音の系統から、決して大きく掛け離れているものではない。ベンもエイビーも、それぞれの道を進みながら、かつて所属していたバンドでの音楽経験を大いに活かして、さらにその先へと歩みを続けているということなのだろう。これは、実に健全で、よい傾向である。しかしながら、ジョアンナについては、その後の足取りは一切不明なのだ。おそらく、パーマネントな形での音楽活動からは、少しばかり距離を置いているのかも知れない。だが、ベンとは高校時代に演劇部と合唱部の部員として出会って以来の大親友だというから、そのうちにヤング&オールドのレコーディングやライヴなどにゲスト・ミュージシャンとして参加する可能性は、とても高いのではなかろうか。それはそれで、とても楽しみだ。
 今は亡きB4BのラストEP“Home EP”は、マサチューセッツ州サマーヴィルにひっそりと建てられた、とてもちっぽけな家である。ベンとエイビーとジョアンナにとってのB4Bが、05年3月から08年6月までの約三年間に渡って、紛うことなきホームであったことを、永遠に刻印するために建てられた、とてもささやかな家だ。まさに、悲喜こもごも、笑いあり涙あり、複雑にさざめき立つ感情が入り混じる、こぢんまりとしているが実に多彩でヴァラエティに富んだ全7曲。三人がタイトにまとまったシンプルな歌と演奏で織りなす、様々な表情や情景が、約14分の全編に、ふんだんにちりばめられている。クスッと笑わせたり、笑顔にさせたり、涙を催させたり、そっと胸を締め付けてきたりと、何とも心憎い名曲ばかりを作るバンドだ。ボストンの近郊の小さな街に、こんなにも素晴らしい三人組のバンドがいたことを、地球上のひとりでも多くに人に知ってもらいたい。ティム・ドワイアーのNo-Sourceが、この作品をリリースしたのも、そうしたまっすぐで純な思いからであるに違いない。無名のままで埋もれさせてしまうのは、本当に惜しい存在なのである。ここで、B4Bの歌と演奏を耳にしたら、そう簡単には、その極めてユニークな楽曲を忘れることはできなくなるだろう。それだけ、B4Bは、飛び抜けて独特な音楽性を獲得することに成功しているバンドなのである。まさに、モダン・ラヴァーズを生んだ地で育まれた、B4Bにしか歌って演奏することができない、フォークであり、パンクであり、ポップスである。是非とも、この小さな家に立ち寄って、B4Bの三人が残していってくれた、素敵な楽曲の数々に、そっと耳を傾けてもらいたい。転がる石のような日常の奥底や片隅に落ちている、ちっぽけだがあたたかな感動の芽の息吹きを、必ずやそこに聴き取ることができるはずだから。たったの約14分である。ちょっとだけ、B4Bの音楽ために割いてあげてほしい。(09年)

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