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zoom RSS Lindstrom & Prins Thomas: II

<<   作成日時 : 2009/09/07 04:00   >>

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Lindstrom & Prins Thomas: II
Eskimo Recordings 541416502702

画像 ここ数年に渡り、北欧音楽シーンの台風の目のひとつとなっている、ノルウェー産のスペース・ディスコ(スペーシー・ディスコ)。このフツフツと盛り上がり続けている動きの、中心的な役割を果たしているのが、リンドストロム(Hans-Peter Lindstrom)とプリンス・トーマス(Thomas Moen Hermansen)である。これは、その素晴らしい才能に恵まれた、ふたりのプロデューサー兼リミキサーが、タッグを組んだスーパー・ユニットの、待望の第二弾アルバム(リリースは、09年5月)だ。第一弾の前作『Lindstrom & Prins Thomas』が発表されたのは、05年11月のことであった。よって、これは約三年半ぶりの新作ということになる。基本的に個別での制作活動がメインであり、ともに大変に多忙な売れっ子のプロデューサー兼リミキサーであるだけに、再びの競演アルバムを実現させるのは、非常に困難なことなのではないかと思っていたが、きっちりと強烈な作品を仕立て上げてきてくれた。このあたりの実に密な仕事ぶりは、全くもって流石である。常に高い高度を維持したまま、一向に降下してきそうな気配がないというのも、本当にすさまじい。ノルウェーの二大巨頭は、まるで白夜のごとく、いつまでもいつまでも暮れることはないようである。
 さて、リンドストロムといえば、08年の夏に発表されたソロ・デビュー・アルバム『Where You Go I Go Too』での成功も、まだまだ記憶に新しい。間違いなく、これは傑作という呼び名にふさわしい、驚愕の作品であった。そしてまた、この全3曲収録の恐ろしくぶっ飛んだ、すさまじくメロディアスでディープなコズミック・ハウス大作には、盟友プリンス・トーマスによる各楽曲のエディット・ヴァージョンを収録した、ボーナス・ディスクをカップリングさせた、豪華2枚組のスペシャル・エディションも存在している。片や、そのプリンス・トーマスはといえば、ダンスにロックにエレクトロにと、ジャンルを問わずに優れた作品を手がけるトップ・リミキサーとして、まさに八面六臂の活躍をしている傍らで、Full Puppや、その傘下のInternasjonalといったインディ・レーベルの運営も、自らの手で行っていたりする。これらのレーベルにおいては、ブラックベルト・アンデルセン(Blackbelt Andersen)やウィンドサーフ(Windsurf)などの、新たな世代による新感覚の作品を紹介するとともに、自らのサウンドの圧倒的な存在感も前面に押し出し、ノルウェイの地において勃興している新時代の古くて新しいディスコ・ミュージックの動きを、力強く牽引する役割を担っていってもいる。そんな絶好調なふたりによる黄金のタッグが生み出した、猛烈に強烈な一枚が、この『II』なのである。
 多くの期待に違わず、『II』は、かなり濃厚なアルバムとなっている。全体的に、リンドストロムとプリンス・トーマスが、完全に好き勝手に、己の趣味の音を全開にして、ぶちまけまくってしまっているような印象の作品、といってもよいだろう。趣味性を前面に押し出して、周囲の動きなどお構いなしに思いきりぶっちぎってしまっている雰囲気は、前作の『Lindstrom & Prins Thomas』にも、確かに存在していた。そこでは、ヨーロピアン・プログレッシヴ・ロック/クラウトロック〜イタロ・ディスコ〜コズミック・ディスコという、70年代末から80年代初頭にかけての徒花的なダンス音楽の音の流れを、北欧スタイルのノルウィージャン・ディスコ的な整合感と透明感のあるサウンドで見事なまでに再現させたかのような、なかなかに興味深くすさまじい音世界が展開されていた。その時点でも、相当に趣味性の高い、かなりやりたい放題な音楽性の、この両名ならではのアルバム作りがなされてはいたのだ。だがしかし、この第二弾では、そうした方向性が、さらに深く押し進められてしまっている。具体的には、前作よりも主にヨーロピアン・プログレッシヴ・ロック/クラウトロックの要素が、格段に突出する形で押し出されてきているように感じられる。また、それにともない、ギターやドラムなどのアコースティックなインストゥルメンツによる演奏の比重も、より高まってきているようだ。そして、あの時代のサウンドに、そのまま直結することが可能となる、渋いアナログ・シンセサイザーの音響に対する偏質的なまでのフェティシズムも、より強まってきているように思われる。これらの側面が混じり合い、ヨーロピアン・プログレッシヴ・ロック/クラウトロックに接近する方向性を、さらに深化させているように感じ取れるのである。そんな音の傾向に則って、ここでは、実に濃密な音の世界が展開される。
 ここにあるのは、リンドストロムとプリンス・トーマスという、やや捩じれていながらも非常にハイ・レヴェルな音楽センスをもつ者同士による最強コンビであるからこそ可能となった、ある意味、究極のオルタナティヴ・ダンス・サウンドである。ともに優れたプロデューサーであり、リミキサーである両者は、互いに互いの専横や暴走を絶妙に抑制し合いながら、それぞれの持ち味を最大限に引き出す術を、どこまでもナチュラルに心得ているようだ。ここでは、いかなる音楽的な好き放題も、やりたい放題も、ほぼ考えられうる最良の形で許容されているように見受けられる。また、前作『Lindstrom & Prins Thomas』においては、両者のディープな音楽性を形成している膨大にして雑多なる音楽的な要素の知を、少しでも多く一枚のアルバムの中に盛り込もうとした企図/意図からであろうか、全体の音の流れを俯瞰してみると、かなり曲調や曲想がまちまちで、それらが雑然と入り組んだまま並べられていたような感じが、どこかあった。こうした作品の構成は、一般的には、ヴァラエティに富んだ内容の、色鮮やかなアルバムとして、高い評価の対象となることもある。だが、そのあちこちに全体的な流れのポイントが移動してしまう繁雑さは、逆に、緩慢にして焦点のぼやけた印象を与えてしまうことも、確かなのである。件の『Lindstrom & Prins Thomas』のような、まさに目に見える形で、様々な要素を詰め込めるだけ詰め込んだ、ややオーヴァーロード気味なアルバムの場合は、残念ながら、特に。それと比較すると、今回の『II』は、非常に落ち着いた流れの、まとまりのあるアルバムに仕上げられているといえる。全体的に、スペーシーでサイケデリックなクラウトロックというテーマの色合いが、了承と了解の下に前面に押し出されているために、それぞれに立ち現れてくる楽曲による綴れ織りに、きっちりとした統一感が生まれているのである。紫を基調としたエグめのサイケなイラストレーションを大々的にあしらったジャケットが、そうしたトータルなイメージの構築に一役買っていることは、言うまでもない。また、ここでは、もうただただ腕を鳴らしてウズウズしているリンドストロムとプリンス・トーマスによる、徒然なるままの好き放題ややりたい放題の数々は、全て各楽曲の奥深い内部において、心置きなくぶちまけられるという方式が採用されている。ふたりのスーパナチュラルなひらめきによって、次々とあふれ出してくるアイディアや、次々と楽音として弾き出されてくるメロディの断片は、懐の深いクラウトロック・スタイルのディスコ・サウンドによって形作られる疑似宇宙空間に、色とりどりにちりばめられて放散させられ、遥かかなたにまで拡散してゆくことになる。そして、そうしたスペーシーでコズミックなサイケデリック感覚を満載したサウンドの流れの中に、唐突にひょっこりとアーシーなカントリー・ロックの要素が盛り込まれる場面などは、もはや確信犯的な違和感を伴わせて趣味性を炸裂させているとしか思えなくもない。全くもって、作品のいたるところで、このふたりは、実に興味深い趣味性をたたえた、好き放題ややりたい放題をやらかしてくれているのである。
 『II』は、濃密なるスペース〜プロッグ・ディスコを全8曲、目一杯に収録したアルバムである。前作『Lindstrom & Prins Thomas』が、ヴァラエティ豊かな全13曲を収録したアルバムとなっていたことを考えると、今回は、より凝縮された大作志向のプロダクションがなされていることが、その構成から、じんわりと透けて見えてくるようでもある。まず、両名によって厳選された楽曲の素描に、たっぷりと手をかけ、多くのひらめきを盛り込み、最終的には重厚なるたたずまいのズシリとくるサウンドへの仕立て上げが行われる。どっしりと腰を据え、決して性急になることなく、とてもリッチなサウンドのダンス音楽が紡ぎ出されてゆくのだ。ソロでの制作活動をはじめ、様々なプロジェクトに携わり、多忙を極めるはずの両名であるにも拘らず、本作におけるプロダクションは、かなり並々ならぬほどに力の入った、相当な入れ込み具合が感じられるものになっているようにも思われる。それは、ここが、ふたりにとって、全てを解き放ち、好き放題ややりたい放題ができる、大変に貴重な場となっているからなのかも知れない。それが、入れ込み要因の、まず第一なのであろう。そして、第二の要因としては、それぞれが個別の活動を通じて獲得したものを、ここで披露し、ぶつけあうことで、盟友である両者の間に潜在的に存在している微妙なライヴァル関係に、目に見えない化学反応的作用を生じさせることになっている、というようなことが考えられる。この競演盤での共同作業は、彼らにとっての、非常に好ましい形の切磋琢磨の場として機能しているようにも思える。北欧ディスコ音楽の最前線で大活躍するリンドストロムとプリンス・トーマスの間にある、とても良好で、極めて前向きな関係性が、このアルバムの制作の様々な面においても、どうやら非常に大きなプラスとなっているようだ。
 また、ダンス・ミュージックというジャンルの枠を飛び越えて、様々な方面から高い評価を受け、もはや時代を超越した名盤となりつつもある、08年のリンドストロムのソロ・アルバム『Where You Go I Go Too』の存在が、本作に及ぼしている影響も、やはり少なくはないのではなかろうか。この『II』に収録された全8曲は、そのほとんどが約10分前後にも及ぼうかという、そこそこ長めの楽曲となっている。これは、『Where You Go I Go Too』の冒頭を飾った表題曲が、約29分の超大作であったことを思うと、まだまだかわいいものであるが、基本的なプロダクションの方向性としては、ほぼ共通した、大きくオープンに開かれた広角的な音のヴィジョンのもとに、ふたりによる作業が進められていった結果としてあるもののようにも感じられるのだ。そのスタジオでの制作作業は、どこまでも和やかで、適度な緊張感を保ち、オープンで大きく広角に開かれた雰囲気のものであったのだろう。『II』で聴くことのできるサウンドは、まさに、そうした現出の過程を連想をさせるようなものとなっている。どこまでも貪欲に追求された、次々とひらめきあふれ出してくるサウンドのアイディアやメロディの断片は、ふたりが作業をするスタジオにおいて、いくらでもブラックホールのような強靭なる音の胃袋に難なく飲み下され、もはや常人の創造力や想像力の域を遥かに越えた、宇宙規模に広大にして深遠なディスコ音楽を構成する一要素として、ソッとその内部にしのばされるのだ。それぞれの楽曲は、往年のクラウトロック・スタイルを下敷きとしたような、北欧ディスコのゆったりとしたグルーヴにのせて展開される長尺作品ということもあり、実に濃密なる物語性を、その内面に有してもいる。やわらかに舞い降り、ひっきりなしに現れてくるメロディの断片の数々や、有機的に表情を変化させてゆくドラムスによるリズムのニュアンスが、細やかな挿話群を、楽曲の大きな流れに対応した生い茂る枝葉の部分であるかのように、決して過不足なく絶妙なタッチで添えてゆく。ゆえに、『II』の全8曲は、豊潤なる物語性をもつ、流麗に流れる実に美しい楽曲ばかりとなっている。やはり、リンドストロムとプリンス・トーマスという二大巨星の、音楽プロデューサーとしての総合的な力量は、もはや洒落にならないほどにずば抜けている。この『II』は、そんなふたりがほとばしらせた、創造力と想像力の結晶だ。輝かしいふたつの恒星を軸に、大銀河のごとく繰り広げられるコズミック・ディスコ・サウンドは、とてもつもなくディープな目くるめくファンタスマゴリーそのものであるようにも感じられる。
 『II』における、起伏に富み、深みと幅の広さをあわせもつ、豊潤なる物語性が盛り込まれた楽曲のうちのいくつかは、ゆったりとしたナチュラルな流れで様々な表情を見せつつ展開してゆく長尺作品となっているだけでなく、楽曲の中途でテーマや場面が転換するポイントが訪れる、組曲の形式で表された、非常にドラマティックな構成のものにまでなっていたりする。こうした部分には、音楽の様式/形式的に、ヨーロピアン・プログレッシヴ・ロックやクラウトロックのスタイルを、意識的に色濃く受け継いでいる側面が、如実に表れているような気もする。
 アルバムの冒頭を飾る1曲目は、“Cisco”。これは、あの今は亡き、大手老舗輸入レコード店に対するトリビュート作品なのであろうか。きっと、北欧のノルウェイから登場した若き無名のプロデューサー/リミキサー、リンドストロムやプリンス・トーマスのレコードを、いち早く日本に紹介したのも、シスコのようなダンス・ミュージックに特化した専門の輸入レコード店であったに違いない。また、このふたりは、ともに、自らの作品などを世界に向けて発表するためのインディ・レーベル(Feedelity、Full Pupp、Internasjonal)を運営する、レーベルの主宰者という顔ももっている。そうした実質的なレーベル運営の部分で、手広くディストリビュート業務を行っていた、シスコとの繋がりもあったのではないかと思われる。07年12月10日、突然全店舗を閉店させてしまったシスコ。しかし、その後も、ネット上での通販サイトを中心に販売そのものは継続されていた。だが、結局のところ、08年10月31日に株式会社シスコ・インターナショナルは、多額の負債を抱えて倒産。これを受けて、通販サイトも閉鎖。全てが跡形もなく消え去り、長年に渡り輸入レコードの小売りという形で、広く世界に向けて開かれた音楽文化の醸成を、土台の部分で支えてきたシスコの歴史は、何とも呆気なく幕となってしまったのだ。個人的にも、これは、非常にショックな出来事であった。シスコが、そしてウェイヴがなかったら、どんなにぼくの人生は味気ないものになってしまっていただろう。そんな人生は、もはや、想像することすらできない。“Cisco”は、弦とパーカッションによるアコースティックで有機的なグルーヴを軸に、静かにゆったりとスタートする。フォーキーでダブな抑えた低空飛行を続けていたサウンドは、まばゆい光の到来とともにフワリと浮かび上がり、ぐんぐんと上昇してゆき、広大なる宇宙空間へと突き抜ける。そして、全ての音の粒は、きらきらと煌めきながら、どこまでも飛び散ってゆく。テイク・オフ、完了。壮大なる音の旅の幕開けである。
 2曲目は、“Rothaus”。ドイツ南西部のバーデンを産地とする老舗の地ビールの銘柄に、ロートハウスというものがある。これは、それに因んだ楽曲なのであろうか。悠然と構えた、淡々としたビートを叩き出し続ける、ドラムス。そこに、小刻みに揺らぐ酩酊したサイケデリック・ギター群が、ちろちろと絡みつく。急激に上ることも、下ることもない、安定した高揚感が持続している。終盤に、全くの新しい風を吹き込んでくる反復のメロディや歪んだノイズ、そして素朴で朴訥としたプリミティヴなパーカッションの連打などが登場し、やや流れの水面は、ざわざわと掻き乱される。それでも、大局的には大事にはいたらず、無事に終点へと穏やかな高揚感を保ったまま辿り着き、静かに着陸をする。
 3曲目は、“For Ett Slikk Og Ingenting”。メランコリックに咽ぶピアノを中心に据えた、美しくもディープなプログレッシヴ・ロック・スタイルのロッカ・バラードである。同じ足跡を何度も辿って、ぐるぐると周回する、実にもったいぶったシアトリカルな展開をみせる、何ともいえない大仰さは、どこか往年のピンク・フロイド(Pink Floyd)のサウンドを彷彿とさせる。中盤では、根底からせり上がってくるドラムスに引っ張られて、全体的に揺らめき立つような絶妙な盛り上がりを、しっかりと確認できる。だが、終盤には、再び、美しい嘆きのメランコリーによって醸し出されるムードが全体を支配し、そこに、全ての微かに波打つ流れが、その定められた宿命に従うかのように飲み込まれていってしまうのである。
 4曲目は、“Rett Pa”。ゆるやかに(惑星の深部へと)沈み込んでゆくような一抹の切なさに満ちていた前曲から一転して、ここでは、スペースシップが、宇宙空間への大航海を再開させている。反復と旋回を繰り返すメロディの断片が、次々と背後へと流れてゆく。湿った電子音。スペースシップは、色とりどりの星々のまたたきのど真ん中を、ゆっくりと突き進む。次々と新たに現れるメロディとフレーズが折り重なり、メロディアスな混沌が空間を満たし、ガス化してスペースシップの船体にまとわりつく。これは、いかにもクラウトロック的なネットリとしたスペース感覚である。そして、この淡々と突き進む感じには、イタロ・ディスコから派生したコズミック・ディスコ的な要素も色濃く垣間みれる。唸るオルガンは、まさに70年代前半のアート・ロックの雰囲気だ。
 5曲目は、“Skal Vi Prove Na?”。軽やかな電子音とアコースティック・ギターの響きが印象的な、フォーキーな質感のディスコ曲。どこか牧歌的な長閑なムードと、80年代前半のエレクトロ・ディスコを思わせるチープな哀愁感が入り混じったかのような、とても不思議な感触をもつサウンドである。おそらく意図的なものであろう、極度のサウンドのスカスカさが、独特のグルーヴ感を醸し出してもいる。プリミティヴなパーカッションによる素朴なズンドコのリズム。歪んだギターの音色は雄叫びのように轟く。ゆったりと徐々に上り詰めてゆく展開は、終盤に爽快な多幸感にあふれた見晴らしのよい高台へと到達することになる。そして、その後は、全てがなだらかに下ってゆく。それでも、軽やかな電子音のフレーズだけは、いつまでもぐるぐると頭の中を回り続けている。まるで、世界とは、夢か幻であったかのように。
 6曲目は、“Gudene Vet + Snutt”。これは、ふたつのタイトルがプラス記号で結ばれた、組曲形式の楽曲となっている。アコースティック・ギターを中心とした繊細でフォーキーなサウンド。そこに目眩を催させるような、コズミック・ディスコ的な意匠が、じわじわと絡んでくる。中盤では、しっとりとした空間的広がりのあるダビーな揺らぐ音処理が、透明感のある波音を思わせる疑似ビーチ感覚を表出させる。ややバレアリックなムードだ。そして、そのまま夢幻の境地をさまよい歩くように、第二部へと流れ込む。そこは、まるで、ぐにゃぐにゃに歪んだサイケデリックなサーカス小屋のよう。どうやら、おかしな場所に迷い込んでしまったようである。あまりにも、ぶっ飛びすぎていて、虚実の境い目が、全くつかめなくなってきてしまう。なんとも、ディープだ。
 7曲目は、“Note I Love You + 100”。こちらも、前編と後編に分かれた、組曲形式の楽曲である。繊細なピアノとエレクトリック・ギターの絡みが、切なくセンチメンタルなムードを醸し出す序盤。行きつ戻りつする感情の動きを模したかのような、ゆるやかなグルーヴが微かに渦巻き続ける中盤。どんどんと鼓動の刻みが早くなってゆくような、静かだがシッカリと熱い盛り上がりをみせる終盤。そして、全てが通り過ぎていってしまった後に、楽曲の前半部に流れていたセンチメンタリズムを、そっと受け継ぐような形で第二幕がスタートする。入り組んだエキゾティックなフレーズ群の絡みが、独特の空気感を構築してゆく。だがしかし、ゆったりと地を這うようにトグロを巻いていた細やかな電子音は、一気にバースト。そして、そこにあった全ての流れは、瞬間的に宇宙空間へと突き抜けてしまう。エキゾティックからコズミックへ。もはや、ここでは、あらゆるものが地続きになって繋がっている。境界も、表も裏もない。勢いよく飛び散った音の粒は、ありとあらゆる場所に偏在し、ダイヤモンド・ダスト状に煌めいている。
 ラストの8曲目は、“Flue Pa Veggen”。これは、アルバムの最後を締めくくる楽曲らしく、13分を越える本作中で最も尺の長い大作となっている。鬱蒼と茂る密林の奥をスペースシップが、超低空飛行で進んでゆくような滑り出し。バシャバシャとしたドラムスの腰の据わったグルーヴ。サイケデリックな電子音とギターのフレーズが飛び交い、澄んだ可憐なチャイムの音が湿っぽい風にのる。淡々とした重心の低い展開に、徐々にスペーシーな祝祭的な色合いが足元から湧き出し混ざりあってゆく。終盤の穏やかなアウトロへと連なる長めのブレイク部では、密林の奥のどこまでも高い空を見上げられる大きく開けた場所に、どうやらスペースシップは一時停止をしているようだ。そこで、優しくやわらかな光に包まれていると、遠くから聴こえてきた波音が、太古の海の記憶を運んでくる。そして、世界は、深く深く光と大空の下に沈んでゆくのである。太古から未来へと一閃に貫かれた、記憶の奥底に、広大なる宇宙空間が広がっている。この壮大な音の旅に、予め決められた終着点などは存在しない。それは、終わらない時間の旅。そこには、常に瞬間的な光の煌めきしかない。まったりとしていながら、深遠なるストーリー性をも感じさせてくれる、クラウトロック〜ヨーロピアン・プログレッシヴ・ロック直系のスタイルらしい、実にヘヴィな存在感をもった楽曲だといえる。
 生温いバレアリックやコズミックばかりが横行し、完全に雰囲気先行型の音ばかりが氾濫する中で、この『II』は、まあ当たり前な話ではあるが、全くレヴェルの違う音の世界を表出させている。つまり、残念な生温さも、雰囲気先行型の濫造プロダクションも、ここにおいては、どこを探しても見当たらないということ。リンドストロムとプリンス・トーマスは、どこまでも本気なのである。真剣に、この手の音に取り組んでいる。その本気さや真剣さの奥底にあるのは、やはり、並々ならぬ、その手の音に対する愛情や愛着なのである。彼らは、この、とことん浮世離れした、宇宙空間や超現実の世界の果ての果てから届けられたかのような音楽を、大真面目に、北欧ディスコ・スタイルのサウンドの大鍋に放り込んで巧みにパッケージングし、音楽シーンの最先端の表層部で、大々的にぶちかまそうとしている。クラシック・ロックのたっぷりと情感が練り込まれたバンド・アンサンブルから生じる有機的なダイナミズム、クラウトロック〜ヨーロピアン・プログレッシヴ・ロックの深淵なる音の物語性の根底にひそむ強烈にぶっ飛んだ世界観、アナログ・シンセのチープなサウンドが唸るイタロ・ディスコがアンビヴァレントに内包している究極の哀感とロマンティシズム。これらの極めて多彩な音の要素を、緻密な探究を繰り返すことによって、ひとつの大きな流れに再構成してゆき、それを細密なスタジオ・ワークを重ねることでライヴ感のある21世紀の音へと再生させ、古くて新しいスペース・ディスコ・サウンドを創造してゆく。この『II』では、09年の現時点における、そうした創造の作業の、最新にして最高質の成果を、じっくりたっぷりと耳にすることができる。これは、ある意味、とても悦ばしきことである。リンドストロムとプリンス・トーマスの手になる、この上質な音楽は、間違いなく、現代のポピュラー音楽における、ひとつの最高峰であろうから。同時代の、現在進行形の、最高峰の音が聴ける作品に巡り会えるなんてことは、実は、決してそう多くはないはずである。そのような意味でも、これは、大変に悦ばしき作品なのだ。この『II』において、全編を通じて展開されているのは、どちらかというと、イタロ・ディスコよりもクラウトロックに近寄っており、しかも、多分にクラウトロック〜ヨーロピアン・プログレッシヴ・ロック的でありながら、根本的な部分においては北欧スタイルの特徴的なディスコ・ミュージックであることも決して疎かにしてはいない音楽である。全8曲からなる、濃密なるディスコ/ロックな音の宇宙のタペストリー。これは、なかなかに得難い高度な内容の、とても優れたアルバムである。おそらく、09年を代表する音楽アルバムのうちの一枚と、ここで言い切ってしまったとしても、決して過言ではないであろう。(09年)

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