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<<   作成日時 : 2009/08/17 20:00   >>

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Celer: Sunlir
Expanding Electronic Diversity eed0023

画像 09年7月8日、ダニエル・バケット=ロン(Danielle Baquet-Long)が、心不全のため急逝した。享年26。あまりにも早すぎる、突然の死であった。ただただショックだ。しかし、26歳とは、本当に若すぎる。まだまだ、全ては、これからという年齢であったはずなのに。なぜ、彼女の心臓は、突然鼓動を止めてしまったのだろう。もしも、それが定められていた運命であったというのならば、なんと理不尽な定めなのであろうか。どうやら、この世とは、とんでもなく理不尽で不公平にできている場所のようである。
 ダニエル・バケット=ロンは、夫のウィル・ロン(Will Long)とともに、二人組ユニットのセラー(Celer)として、カリフォルニア州ハンティントン・ビーチを拠点に、音楽活動を行ってきた。このふたりによるユニット、セラーが、その活動を開始したのは、06年のこと。そして、愛し合うウィルとダニエルが、正式に結婚したのは、07年3月のことであった。これを機に、セラーは、夫婦デュオとして、その名を知られるようになってゆく。ウィルとダニエルのセラーは、これまでの約3年という、非常に短い活動期間に、約50作にも及ぼうかという夥しい数の作品を残してきた。それらは、セルフ・リリースのCDRであったり、ネットレーベルからのMP3アルバムであったり、世界各地のインディ・レーベルからのフィジカルなCDアルバムとしてのリリースであったりと、ふたりの精力的で旺盛な制作活動の軌跡そのものであるかのように、作品のリリース・フォーマットも実に多岐に渡るものとなっていた。そして、いつしかウィルとダニエルのロン夫妻は、エクペリメンタル・ミュージックやアンビエント・ミュージック、そしてネットレーベルの各々のシーンにおいて、その名を知らぬ者がいないほどの、多作なおしどり夫婦として名を馳せるようになっていったのである。もちろん、セラーの極めて美しくディープなアンビエント/ドローン・サウンドが、その高い知名度の大きく幅の広い基盤を、しっかりと築き上げていたとことはいうまでもないのだが。
 ダニエルは、詩人であり、画家であり、そして音楽の面では数々の楽器を弾きこなすマルチ・インストゥルメンタリストであった。また、写真やチベット仏教、音楽療法、教育問題、ジェンダー・スタディーズやバスク地方を中心とするエリア・スタディーズといったカルスタ系の研究などにも通じた、多くの領域に深い造詣をもつ相当な才媛であったという。最近は、チャビー・ウルフ(Chubby Wolf)という名義を使用しての、ソロ・プロジェクトでの音楽制作活動も、満を侍してスタートさせたばかりであった。それなのに、なぜ今ここで突然に、まるで慌ただしく先を急ぐかのように、この世界から永遠に旅立たねばならなかったのであろう。何もかもが、間違いなく、まだまだこれからであった。ダニエルは、精魂込めて作り上げてきた素晴らしいセラーの音楽が、大輪の花を咲かせ、大きな果実を実らすところを、一目も見ることなく、朝の露がフッと消え去るように逝ってしまったのである。これは、あまりにも悔しい死である。21世紀初頭の電子音楽/実験音楽の世界にとって、非常に大きな損失であると言い切ってしまっても、決して過言ではないだろう。ウィルとダニエルのロン夫妻によるセラーは、それほどまでに実に美しいサウンドをクリエイトし、他とは一線を画すクオリティの高い作品を量産してきていたのである。この突然のダニエルの他界が、これまでにセラーを知らなかった多くの人々にも、その存在や優れた音楽性を知らしめる、ひとつの大きな契機となるかもしれないということは、なんとも皮肉な運命の悪戯だとしかいいようがない。ひとりの非常に才能豊かな女性の死が、決して無駄なものにはならないように、心から祈るばかりである。
 この“Sunlir”は、07年4月7日に発表されたMP3アルバムである。リリース元は、デイヴィッド・タッグ(David Tagg)とブライアン・グレインジャー(Brian Grainger)によって、NYを拠点に運営されていたネットレーベル、Expanding Electronic Diversity。だが、この作品は、元々はもうひとつの作品集“Scols”とのカップリングで、“Sunlir/Scols”というタイトルのもと、2枚組CDRアルバムという形でセルフ・リリースされていたものであった。この“Sunlir/Scols”が発表されたのは、06年5月1日のこと。つまり、これは、ウィルとダニエルのセラーが、ほぼ、ふたりでの活動を開始した直後に制作し、発表した音源ということになる。そして、間違いなく、初期のセラーを代表する傑作であり、個人的には、ウィルとダニエルのセラーのベスト・ワークのひとつであると強く確信している。“Sunlir/Scols”とは、アナログ・テープ(カセット・テープ)のループ音源をエコー・マシンで増幅しドローン化させた、エレクトロアコースティック・スタイルのエクスペリメンタルなループ・アンビエントを全面的に展開した作品であった。その実験的な作品の性質ゆえか、2枚組のCDRに収録された楽曲には、いずれも明確なタイトルはつけられておらず、それぞれに元のループの番号やセッションのテイク番号と思われる数字がふたつ、便宜的にふられているだけとなっていた。それが、2枚組CDRの“Sunlir/Scols”から、前半部の“Sunlir”だけが分離されて、Expanding Electronic DiversityよりMP3アルバムとして再リリースされた際には、それぞれの楽曲にしっかりとタイトルが付与されていたのである。これは、実に興味深い変更点だといえる。また、この後に、今度は“Scols”が、独立した作品としてセラーの手によってFLACファイルのアルバムという形で再リリースされた際(08年)にも、やはりそれぞれの楽曲には、しっかりとした興味深いタイトルが付与されていた。“Sunlir/Scols”から“Sunlir”と“Scols”へ。これを、ただのエレクトロアコースティックなループとドローンを集積した2枚組CDRの作品集として完結させなかったところに、ウィルとダニエルが、この作品に対して込めていた思い入れの大きさというようなものが感じ取れるような気がしてならないのである。
 Expanding Electronic Diversityより再リリースされた“Sunlir”には、オリジナルのリリースにはなかった各楽曲のタイトルがつけられていた点のほかにも、比較的大きな変更点を見つけることが出来る。それは、ブライアン・グレインジャーの手によって、アルバムの音源がリマスタリングされているという点だ。ループやドローンなどのアンビエント/ノイズ寄りの音響作品が、わざわざリマスタリングされるということは、かなり珍しいケースであるように思われる(エレクトロアコースティックな(ノイズ)音響を、さらにリマスターすることに、いかなる意味があるのだろうか)。また、グレインジャーは、曲間部分のエディットなど、相当に細かなトリートメントなども(おそらく)手がけているようである。そうした、これを再び世に送り出すことを任されたExpanding Electronic Diversityの、“Sunlir”という作品の取り扱い方ひとつをとってみても、ここには、ちょっと他にはないような類いの特別さが宿っているということが、如実に表されているようでもあるのだ。それほどまでに、ここで聴くことのできるサウンドは、とてもとても美しい。リマスタリングされているとはいえ、そこには原初的な音のきらめきが、いまだ確実に存在している。
 “Sunlir”には、全10曲が収録されている。いや、正確には、10のアナログ・テープのループから創出されたドローン作品が並べられている、とするべきであろうか。それぞれのドローンは、約5分から10分という、まちまちな長さの作品に仕上げられている。だが、どれもこれも、長過ぎであったり短過ぎであったりといった煩雑な印象を与えるものとはなっていない。全編に渡って、程よい聴き応えのあるヴォリュームのドローン作品が展開されているのである。また、それぞれの作品(楽曲)のテーマは、そこに付与されたタイトルから察するに、古代、大地、生命、鉱物と、こちらもかなりまちまちであるようである。しかしながら、どこか冷ややかで硬質な音の粒子の音響によって繰り広げられる、弦楽的なドローンのサウンドは、ほぼ全編に渡って、一貫して貫かれている、といえる。そこから受ける印象をもとに、さらに掘り下げてゆくと、作品全体を流れる大きなテーマは、洞窟を探索し、地下世界の鉱石に触れ、地球の古代史と人類の生命の根源を探求する、といった感じのものなのではないかと思えてきたりもする(極めて、抽象的で曖昧だが)。ここでのセラーの美しく澄んだドローンには、鉱物的な冷たさの奥底からわき上がってくる、探索/探検/探求へと向かって歩みを進める、強い信念を秘めた前向きさが感じ取れるのだ。探り出そうという意志が、人類を、生命を、どこまでも遠くへと発展させてゆく。古代から、遥かなる未来まで、ずっと、ずっと、変わることなく。静かに、ゆるやかに、しかし淡々と持続するドローンは、あたかも、そのことを、そのサウンドと音響によって、暗示しているかのようでもある。暗示性ということでいえば、6曲目の“Awake For A Wake, Dead But For A Life”というタイトルには、少しばかりドキリとさせられた。この地上におけるダニエルの探求の旅は、はたして全うされたのであろうか。その早すぎる死を悼まずにはいられない。
 生前のダニエルが遺した、セラーやチャビー・ウルフとしての録音物は、今後も今まで通りに、ウィルひとりの手によって最終的な作品へとまとめられ、滞りなくリリースされてゆく予定であるという。元々が多作なユニットであり、ほぼ日常的に自宅スタジオにおいてレコーディング・セッションを繰り広げていたふたりであるから、すでに音源として完成している未発表アルバムだけでも、かなりの数の作品が存在しているようだ。そう、もうしばらくの間は、今まで通りの変わらぬウィルとダニエルのセラーの新作を、今まで通りに耳にすることが出来そうなのである。主を失った、ダニエルのソロ・プロジェクト、チャビー・ウルフも、ほぼ彼女が生前に計画していた通りに、いくつかのアルバムが発表されてゆくことになるらしい。しかしながら、いつか生前のダニエルが遺したものが、全て出しつくされたとき、本当の沈黙が訪れて、完全に音が止んでしまう瞬間を迎えなくてはならなくなる。そこで、ようやく、ひとりの素晴らしい才能の持ち主が、09年7月8日に26才の若さで早世したことを、紛うことない事実として痛感させられるに違いない。今はただ、それが、少しでも遅く訪れてくれることを願いたい。
 突然訪れた永遠の別れ以来、後にひとり残されてしまったウィルの胸中には、計り知れぬほどの悲しみの大波が押し寄せているに違いない。最愛の人を失う悲しみは、そう簡単に乗り越えられるものではないだろう。このふたりは、極めて精力的なセラーでの音楽活動などを通じて、桁外れに濃密な関係性を築き上げていたカップルであったから、きっと、なおさらに辛さも悲しみも深く大きいはずである。ウィルとダニエルのふたりでセラーであると、それがふたりのユニットであったことを、あらためて強調するかのような言葉を、ウィルは、ここ最近のブログの記事に書き記している。これは、実に多作に全速力で駆け続けた、セラーにとっての、まぶしいくらいに光り輝いていた黄金の季節が、あまりにも突然な別れによって、ひっそりと幕を降ろしてしまったことを意味する言葉なのであろうか。ダニエルを失ってしまったセラーは、もはやこれまでのセラーと、全く同じではない。片翼をなくした鳥が、大空に羽ばたき、飛び回ることが出来るであろうか。それは、自然の法則に従えば、残念ながら不可能だというしかない。もしも、これから先もセラーというプロジェクトが存続してゆくのであるとすれば、それはウィルだけの力で羽ばたき、大空へと飛び出してゆくものでなくてはならないであろう。その活動の形、そこでクリエイトされる音を、今この時点で想像することは、非常に難しいと、ウィル自身も述べている。そこにある大きな悲しみが癒えきらぬうちは、未来のセラーのヴィジョンも、全く見えてこないに違いない。だが、志なかばで旅立たねばならなかったダニエルの遺志を継いで、ウィルひとりの新しいセラーが、大空高く飛び立つ日を、心より待ちたい。高い山や深い谷を乗り越えた、新たなるセラーのサウンドは、きっと、より深みを増したものになっているであろうから。きっと、必ず、セラーは戻ってくる。そう、心より信じ、大いに期待をしたい。
 最後にもう一度、故人のご冥福を心より祈りたい。どうぞ安らかに。(09年)

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