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zoom RSS Stillborn Blues: The Same Old Failure (2007-2008)

<<   作成日時 : 2009/08/06 21:00   >>

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Stillborn Blues: The Same Old Failure (2007-2008)
Eg0cide Productions Eg0_009

画像 08年06月16日にリリースされた、フランスのスティルボーン・ブルース(Stillborn Blues)による2作目のアルバム。リリース元は、フランスのエクスペリメンタル・ミュージック専門のネットレーベル、Eg0cide Productions。このEg0cide Productionsは、ザ・ゴースト・ビトウィーン・ザ・ストリングス(The Ghost Between The Strings)の作品のリリースでも知られるレーベルである。また、スティルボーン・ブルースとザ・ゴースト・ビトウィーン・ザ・ストリングスのコラボレーション・ユニットとなる、スティルボーン・ゴースツ(Stillborn Ghosts)も、やはり、このEg0cide Productionsより作品を発表している。
 スティルボーン・ブルースは、暗闇の奥底でギターを奏でる、相当に奇矯なる演奏家によるソロ・プロジェクトである。自らを「死産したブルース」と名乗る、この人物は、暗闇でひとりギターを爪弾く孤独な演奏から生まれる音楽を、ブルースとは似て非なるもの(死産のブルース=死んだまま生まれた/死んで生まれなかったブルース)であると宣告する。そして、ブルース・ギタリストとして生まれ損ねた、純然たるミニマリストとして、己の立ち位置を位置づけてみせるのである。闇の奥底に、ディレイとリヴァーブを効かせた、ぎこちないギターの弦の響きが、儚く弱々しくこだまする。そのたどたどしい弦の響きは、死産したブルースの独特のメランコリーに満ち満ちている。ブルースとは似て非なるものであるブルース、ブルースとして生まれ損ねた/ブルースになり損ねたブルース。それは、爪弾かれ、分娩された瞬間に、すでに死者となっている弦の響き。ブルース・ノット・ブルースな、死者のまま、どこにも行き場を見いだせないブルースなのである。
 このスティルボーン・ブルースの音楽においては、ブルースの基本形であるところの一定の反復を繰り返す演奏様式は、どこまでも力なく、ほとんど満足に貫徹されずに、うなだれたままヘナヘナとへたれ込んでしまうことになる。また、米国南部の大農園で働く黒人たちが、作業の効率アップのために口ずさんだ単純な掛け合いの歌、フィールド・ハラー(労働歌)から派生したコール&レスポンスの様式は、いつしか、どんなに呼びかけを試みてみても、その弱々しい(もはや呼びかけにすらなっていない)声に対する応答は、冷たい沈黙でしかなくなってしまう。死産のブルースは、ブルースの本来的な伝統性からも見放されているのだ。そして、闇の底から発せられた、呻きのような力ない単音の弦の響きは、運命に導かれるままにミニマリズムへと吸い寄せられてゆくことになる。最小限の音素だけで、死産したブルースの見放され見捨てられた音の存在を、闇の外側に微かにでも響かせるために。ゆえに、スティルボーン・ブルースは、徹底したミニマリストに成り果ててゆく。そこには、伝統も、ルーツもない。また、定型も、様式もない。そこでは、あらゆるものは、顧みられることなく呆気なく捨て去られている。ただただ、最低限の弦の音の響きだけが、ゆらゆらと漂う。死産のブルースとは、どこまでいっても救いようのないブルースだ。そしてまた、決して誰からも救われることのない、闇の中の見えないブルースでもある。かつての奴隷貿易の時代、大量の黒人奴隷を積み荷として満載したガレオン船が、西アフリカの港から西インド諸島にむけて次々と出航していった。その船内では、人を物として扱う劣悪な環境によって、熱病やチフスなどの感染症で命を落とす奴隷たちが頻出したという。奴隷として生きる価値すらも失った彼らの遺骸は、ゴミ同然に大西洋の大海原に、そのまま打ち捨てられた。これは、そんな、西インド諸島の先の新大陸にも、ディープ・サウスのブルースの起源にも様式にも、結局のところ辿り着けなかった者たちの、歴史の一部になる遥か手前で挫折して(挫折させられて)しまったブルース(ブルース・ノット・ブルース)であるのかも知れない。
 スティルボーン・ブルースは、07年10月8日に最初のアルバム“He Had Nothing Left To Leave But Himself”をEg0cide Productionsよりリリースしている。これは、07年の2月から9月にかけてレコーディングされた音源をまとめたものである。そして、その約半年後に発表されたのが、この2作目のアルバム“The Same Old Failure (2007-2008)”となる。「よくある失敗」というタイトルが、何やら意味深長だ。作品のクレジットによれば、こちらのアルバムの音源もまた、07年にレコーディングされたものであるという。つまり、スティルボーン・ブルースのふたつのアルバムは、ともに同じ07年にレコーディングされた音源なのである。おそらくは、それらの音源は、ほとんど同時期にレコーディングされたものなのではないだろうか。そして、そのうちの(どちらかというと完成度の高い)半分のマテリアルが、07年に“He Had Nothing Left To Leave But Himself”として、一足先にリリースされた。その後、残されたままになっていた残りの半分が、08年に新たに手をくわえられて“The Same Old Failure (2007-2008)”として、ようやく日の目を見た。タイトルに括弧付きで示されている、07年から08年というフレーズは、作品の音源のオリジナルのレコーディングは07年に行われ、それを補強するためのアディショナル・プロダクションのレコーディングと、最終的なサウンドのミキシングの作業が、08年の5月から6月にかけて行われたという、具体的な(途中に中断をはさみながら断続的に続けられてきた)アルバムの制作期間を指し示すものであると思われる。あくまでも、これは、07年から08年にかけてレコーディングされた音源のベスト・マテリアル集ということを意味するタイトルではない(はずである)。もはや手癖であるかのようにわかっていても繰り返される、よくある失敗の数々を、お蔵入りになっていたものの中からかき集めてきて、ひとつの作品にまとめあげたものが、この“The Same Old Failure (2007-2008)”なのである。また、そうした失敗は、よくある失敗であるのだから、手癖のような失敗として、先行した“He Had Nothing Left To Leave But Himself”に収められた音源にも、いたるところに確認することができるはずである。死産したブルースが、歴史にも様式にも辿り着けなかった挫折と失敗そのものの響きをもつものであるとするならば、それは常に闇に沈殿しお蔵入りしたものの中からかき集められてくる運命にあるともいえるであろう。一度は闇に葬られたはずのよくある失敗の数々が、闇の奥底からよみがえり、弱々しく弦を震わせながら冷たく空虚に響き渡る。どこにも上陸できずに挫折した死者を、それ以上さらに闇へと葬り去ることは、絶対に不可能なのである。それらは、常に、生の彼岸の奥地から、ぼんやりと浮かび上がってくる運命にある。
 暗く冷たい闇の奥から響いてくる、プリペアド/デチューンド・ギターの、ゆらゆらと揺らめく弦の音。それは、とても儚く、弱々しい。その音は、微かに弦を震わせて響いたその瞬間に、また再び闇の底に消え入ってしまいそうですらある。だがしかし、消え入りそうになる寸前で、ディレイやリヴァーブなどのクラシカルなエフェクター類が、その微かな弦の音響をとらえる。小さな単音の揺らぎは増幅され、細かなミスト状になった音響が、やわらかなエコーの海となって闇に広がってゆく。微細な粒子となって飛び散った音響が、霧状の深いリヴァーブの層を形成する。そして、そのディープにモヤッた音響空間に、奇妙にひしゃげた旋律の断片/フレーズの断片が、溺れまいともがくように辿々しいストロークで漂ってゆくのである。メランコリックで切ない、すさまじく枯れた味わいを醸し出しながら。
 この“The Same Old Failure (2007-2008)”には、全15曲が収録されている。その大半を占めているのは、断片的な即興演奏によって構成される、ぼそぼそとした呟き声のような連作のシリーズ作品(各楽曲は、2分から3分程度)である。ここでは、“The Same Old Failure”(4作)、“The Swamp”(3作)、“Stillborn Blues”(3作)と題された、三つの連作シリーズを耳にすることができる。このうちの“Stillborn Blues”は、前作の“He Had Nothing Left To Leave But Himself”にも、同シリーズからの先行する12作が収められていた。これは、もしかすると、スティルボーン・ブルースのメイン・テーマともいえるコンセプチュアルな連作シリーズなのではなかろうか。本作に収録されているのは、作品番号が、22番、24番、29番の“Stillborn Blues”である。今後も、このシリーズは継続されてゆくのであろうか。実に気になるところではある。こうした連作シリーズの楽曲のほかにも、個別のタイトルをつけられ独立して存在している楽曲も、5曲ほど収められている。しかし、シリーズ作であろうが、独立作品であろうが、いずれにしても音自体の路線としては、両者に、ほとんど差異らしきものは認められない。基本的に、もやもやしていて、ひしゃげている。そこに冠されている絶妙に枯れたタイトルを眺めてゆけば、やはり期待に違わぬズブズブと深く沈み込んでゆきそうな楽曲ばかりであることは、一目瞭然であろう。“I Should Have Lied”に“Another Walking Emptiness”なのであるのだから。では、そのうちのいくつかを軽く観察していってみることにしよう。
 6曲目の“These Bottles Are Trying To Tell You Something”。暗闇に打ち捨てられたボトルたちが、あなたに何かを伝えようと、必死に喘ぎ、呻いている。むせび泣くように響き渡る、ボトルネック・ギターの崩れたアルペジオ。背後には、教会のオルガンを思わせる、まろやかに反響する旋律の断片が、ゆるやかに揺らぎつつ漂っている。まるで、誰にも聞きとげられることのない、祈りの言葉の呟きのような楽曲である。12曲目の“Drop After Drop, Memory Flooded The Empty Space Behind His Eyes”。ポタポタと滴り続ける記憶が、彼の瞳の奥の空っぽの空間を満たし、そして静かにあふれ出していった。ガラス細工を思わせる繊細で冷ややかな弦の響きが、たどたどしくフレーズの断片を紡ぎ出す。深いエコーとリヴァーブが、次第に空虚な空間にこだまする反響音を、yドローン状に融解させながら蓄積させてゆく。嵐のように反響するディープなノイズの怪物が、分厚く増幅し襲いかかってくる。身を引きちぎるようなよじれた轟音が、空間を覆いつくし、何事もなかったかのように通り過ぎる。そして、決して消し去ることのできない記憶の痕跡だけが、そこに残されることになる。もう、そこにあるのは、かつてと同じ空虚な空間ではない。13曲目は“The Moon Made Me Do It”。全ては、月のせい。時を刻む時計の機械音のような、単調に繰り返される弦の響き。ミニマリスティックな反復の挟間に、細やかなフレーズの断片がちりばめられる。背後で唸る、か細いひしゃげたノイズ・ギターの群れ。しかし、なにものも単調に刻まれる時間の流れを、掻き乱すことはできない。ゆっくりと、決して乱れることなく、それは、どこまでもどこまでも刻み続けられる。公転する月のように。規則的に、休みなく。無限なる現在位置を示しながら。
 よくある失敗は、ただひたすらに繰り返される。どこまでも単純で、とてもちっぽけな、ほんの些細な失敗。それが、極めてミニマリスティックに反復されるとき、それは、はじめて、よくある失敗として認識されることになる。よくある失敗は、全てを瞬時にして終わらせてしまう、大きな失敗ではない。それは、あまり周囲に大きな影響を及ぼすことのない、連続する、単純でちっぽけで些細な失敗である。ゆえに、ただただ極めてミニマリスティックに繰り返されることになるのだ。もはや手癖であるかのように。その影響の少なさゆえに、その失敗は、簡単に、見過ごされてしまうこともある。つまり、ミスされるミス。よくある失敗は、その宿命的な反復性(宿命的な連続性)ゆえに、ほとんど顧みられることもなく、消え入りそうになっていってしまうのだ。そして、そのまま、よくある失敗は、深い暗闇の奥底へと静かに沈み込み、完全なる意識の外側の泥濘へと埋没してゆくことになるのだ。“The Same Old Failure (2007-2008)”は、そんなよくある失敗の独白集のような作品である。そして、その断片的な調べと、そのどこまでも孤立無援で侘しげな音色は、とてもとてもやるせない。
 スティルボーン・ブルースは、08年06月に、この2作目のアルバムを発表して以来、早くも約1年以上に渡って全く何の動きも見せていない。まるで、暗闇の奥底で、ジッとうずくまったまま、微動だにしなくなってしまったかのようである。だがしかし、それとは対照的に、ザ・ゴースト・ビトウィーン・ザ・ストリングスのコラボレーション・ユニットである、スティルボーン・ゴースツとしては、かなりコンスタントに活動をしているようだ。09年7月22日には、3作目のMP3アルバムとなる“Nihilens”を、Eg0cide Productionsより発表したばかりである。また、このアルバムのリリースの後には、初のフィジカルなリリース作品となる、オランダのSvartgalgh Recordsからの2枚組CDrアルバム“Over & Out”の発表が、すでに決定しているという。スティルボーン・ブルースの停滞しきっている活動ぶりと比較すると、こちらは、実に華々しいものがある。言い方を変えれば、この状態はもはや、スティルボーン・ゴースツというユニットでの活動に、ほぼ専念している状態ともいえるであろうか。スティルボーン・ブルースは、完全に休眠中のようなのだ。しかし、死産したブルースとは、全てが始まる前に消え去っていた存在であるのだから、最初の段階から眠るも何もないのである。それは、眠ることすら許されなかった存在なのである。いや、ずっと眠ったままだったとするべきであろうか。それは、一瞬たりとも光を見ていないのだから。
 この先、いつ、またあの暗闇の奥底から、スティルボーン・ブルースのプリペアド/デチューンド・ギターの弦の震えるような音色が響くことがあるのだろう。もはや、スティルボーン・ブルースが、スティルボーン・ブルースとして、ギターの弦を爪弾くことはないのかもしれない。はたまた、死んだようにうずくまったまま、忘れかけた頃に、再び弦を爪弾くのだろうか。いずれにせよ、スティルボーン・ブルースという存在は、いまだ大いなる謎に包まれたままである。これは、いったい何なのだろう。どうして、こうなってしまったのだろう。この謎のヴェールの向こうには、何が隠されているのだろう。こちら側に開示されている手がかりは、“He Had Nothing Left To Leave But Himself”と“The Same Old Failure (2007-2008)”という、2枚の極めてエクスペリメンタルなアルバムだけである。だが、そのスティルボーン・ブルースの大いに謎めいた音楽には、とても不思議な魅力が、確かに宿っている。アルバムに収められた奇妙な断片的な楽曲に耳を傾けながら、どこにも答えが見つからなさそうな摩訶不思議な謎解きを試みて、出口の見つからない堂々巡りをすることは、思いのほか楽しい。スティルボーン・ブルースのミステリアスな音楽は、ミニマルな反復の歓びに満ちたものである。(09年)

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