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<<   作成日時 : 2009/06/26 21:00   >>

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Part Rocket: Sparks And Beams
Lost Children LostChildren069

画像 UKのオルタナティヴ/ポスト・ロック系専門のネットレーベル、Lost Childrenからの新作。これは、ロンドンのエクスペリメンタル系マス・ロック/ポスト・ロック集団、パート・ロケット(Part Rocket)の通算4作目の作品である(リリース日は、09年6月14日)。前作は、08年7月に同じくLost Childrenより発表された“In Limine”であった。つまり、本作は、ちょうど約1年ぶりの新作となる。
 この作品は、現在のライン・アップである4人体制へと移行した、新生パート・ロケットにとっての、初のリリース作品ということになる。そのメンバー構成は、バンド結成時からの不動のコンビである、ドラマー兼プロデューサーのガレス(Gareth)とベーシスト兼グラフィック担当のクリス(Kris)、前作“In Limine”よりバンドに加入したギタリストのマット(Mat)、そして新加入のギタリストのネイザン(Nathan)。しかしながら、このネイザンは、前作“In Limine”や、その前の“Kneel Before The Throne And Drink The Blood Of Your Own”の録音にも、ゲスト奏者やサポート・メンバーとして参加していた形跡が認められるため、純粋に新加入のメンバーとは言いがたいようにも思われる。もうひとりのギタリストであるマットがバンドに加わるよりも、もっと以前から、ネイザンは、パート・ロケットの周辺にいて、その活動や作品自体に、ちょこちょことそこに拘っていた訳であるのだから。ある意味においては、ネイザンは、なるべくして遂にパート・ロケットのパーマネントなメンバーの座におさまった、新加入のギタリストといえるのではなかろうか。また、一方のマットのほうも、すでにバンドの一員として、しっかりと定着しつつあるようだ。おそらく、この4人こそが、歴代のパート・ロケットと比類しても、ほぼベストなメンバー構成だといえよう。それほどまでに、現在のバンドのサウンドは、かなりしっくりきているような印象がある。
 これまでのパート・ロケットは、どうも5人編成という体制が、バンドのベーシックな形態となっていたような節がある。主軸メンバーのガレスとクリスのリズム・セクションを基盤に、そこにトリプル・ギターを配するという布陣だ。相当に慌ただしくギター担当のメンバーが入れ替わっても、このフォーメーションだけは、ずっと保持されてきた。しかし、本作においては、パーマネントなギタリストは、マットとネイザンのふたりのみなのである。一部で、ガレスが、アディショナルなギター演奏(オーヴァーダブ)を行っていることはクレジットされている。だが、これは、パート・ロケットにとっての、04年のデビュー以来、初めてのツイン・ギター編成での作品となるものである。まさに、ここでのパート・ロケットは、全くの新しいフォーメーションで演奏することによって、これまでとは少しばかり異なる接合点で絡むことになる各パートの組み合わせによるアンサンブルの構築に取り組んでいる。そう、これは、文字通り新たに生まれ変わった、新生パート・ロケットの作品なのである。
 トリプル・ギターからツイン・ギターへ。この編成の変化は、インストゥルメンタル中心のマス・ロック/ポスト・ロックを展開するパート・ロケットにとって、やはり少なからずサウンド面での路線の切り替えや新境地の開拓を余儀なくされるものであったようだ。これまでは、ほぼ3本のギターの絡みが中心となって、楽曲の構成も展開も、肉付けや色付けがなされ、牽引されていたのだから。それが2本のみに減少してしまうということは、バンドにとって早急にして適切な対応と対処が迫られる大事となるであろう。かつては、ちょっとしたリフの展開にしても、最も熱のこもるユニゾンのパートにしても、かなり執拗なほどに反復を繰り返すスタイルの音の組み立てがなされていた。反復を敷きつめた上でのビット単位での緻密で複雑な展開は、マス・ロック的なバンド・サウンドのダイナミズムを表出させる、最も効果的な手段であったから。だがしかし、本作での、マットとネイザンによるギターのアンサンブルの基本形は、とても控えめなものなのである。絡みのスタイルも、サウンドの構成も。かつてのように音の質量と密度に物を言わせて、執拗な反復で、ねじ伏せるような場面は、ほとんどない。全体的に、とてもシンプルで直線的なのである。そこには、シンプルなスタイルの2本のギターによる対話的な絡みであるからこそ生ずる、音楽的な豊潤さすらをも聴き取ることができる。新生パート・ロケットは、これまでとはまた、ひと味違った意味での、聴き応えのあるバンド・サウンドを獲得している。音の厚み、音数の多さ、サウンドの熱量だけが全てではない。ここでのパート・ロケットのポスト・ロック・サウンドは、これまでよりもさらに一歩先に、確実に前進をしている。
 “Sparks And Beams”は、全4曲を収録した作品集である。このタイトルを、ストレートに受け取るとするならば、火花と光線という意味になるであろうか。しかし、Beamという語には、鹿の角の幹という意味もある。そして、ジャケットに目を転ずると、そこにはパート・ロケットと読める立派な角を生やした鹿の姿を確認することができる。そうなると、ただの火花と光線ではないような気もしてくる。大きな角をこれでもかといわんばかりに派手に生やした牡鹿の、あふれ出る生気をきらめかせた牝鹿への求愛行動/衝動。裏を読んでゆくと、そんなような意味になるであろうか。獣的な生殖への欲動に突き動かされた生が、火花を散らし、輝く光となって放射される。それは、ほとばしる動物の本能そのもののきらめきである。新生パート・ロケットは、ここで、本能のおもむくままに、光線のごとき直線的なバンド・サウンドをほとばしらせている。
 作品に収録された楽曲の曲作りと録音の作業は、08年の年末に開始されたようだ。そして、年明けをまたいで、今年の冬の期間はずっと録音作業に費やされた。新生パート・ロケットは、昨年の秋が深まり冬の足音が聞こえてきた頃に動き出し、スタジオとして使用しているガレスとネイザンが共同生活する家にこもって録音に明け暮れ、今年の春が訪れる頃には、全ての制作作業を完了させてしまったのである。プロデューサーは、ガレス。録音のエンジニアリングは、ガレスとクリスが共同で行い、ミキシング・エンジニアは、ガレスが担当。そして、マスタリングは、前作“In Limine”に引き続き、アレックス・ウォートン(Alex Wharton)が手がけている。ほぼ半年という制作期間で、サクッと順調に完成してしまった“Sparks And Beams”。これは、制作作業に2年以上の時間がかかった前作とは、大きな違いである。4人編成となり、シンプルで直線的なマス・ロック/ポスト・ロックの新たな話法を会得した新生パート・ロケットは、どうやら、これまでにはなかったようなフットワークの軽さまでをも体得してしまったようである。
 1曲目は、“Kingdom”。王国。非常にゆったりとしてのどかな、シンプルかつメロディアスなギターの絡み。余白の多い、スカスカでカラカラに乾いている雰囲気には、はっきりとフォーク/カントリー的な香りが漂っている。世界の西の果ての乾燥した大地。時代の流れから取り残された王国。吹き抜ける埃っぽいつむじ風が、麗しく着飾った逝きし世の貴婦人の亡霊とダンスする。流れの速度が性急になってゆくに従って、ふつふつと情感が噴き出しはじめる終盤は、かえって儚くも切ない雰囲気に包まれてゆくようだ。ラストは、持続するフィードバックと電子雑音だけが、寂寞たる王国に響き渡る。
 2曲目は、“Hey, Computer!”。ヘイ・コンピュータ。混沌としたノイジーなオープニングから、トラッシーなスタイルのイントロ部へ。しかし、唐突に、その流れは、別のイディオムに接続され、やわらかなギターのアルペジオによる絡みが、下方から、じんわりと染み出してくる。そのスカスカなサウンドの、軽妙な反復からは、今度は、大らかに羽ばたこうとするメロディが、むくむくと出現してくる。これを受けて、さらに流れは、劇的かつダイナミックな方向へと、鎌首をもたげて上昇するのである。そして、そのままの駆け上がる体勢で、粘着質のフレーズを振り切るように、呆気ないエンディングへと頭から突っ込む。この一連の流れは、わずか3分足らずの楽曲の中で、一息に展開されてしまうのだ。極めて凝縮度の高い音の情報の奔流が、高度な演算回路によって高速で処理される。フレーズの反復は、ほぼ最低限度に押しとどめられる。常に変形/変化する語尾。そして、それは、次々と押し寄せる展開を誘発し、文脈を飛び越えて変転してゆく。連鎖する音は、記号のシミュラークルとして刻まれる。
 3曲目は、“No Slack Battalion”。手抜きなしの大部隊。メランコリックなムードのフレーズが、枯れた情景を描き出す。繰り返されるフレーズは、断片へと細分されて切り刻まれたり、その一部を抜粋されて大きく引き延ばされたりしつつ、冷ややかな大地の上をぐるぐると回り続ける。哀愁が色濃く漂う、黄昏れた空気。スカスカな絡みが切ない、剥き出しの輪郭線のみの音。終盤、沈黙していた部隊が、遂に動き出す。前景を漂っていたフレーズ群の戯れをベースにしつつ、整然と隊列を組んで前進していた行進は、徐々に駆け足へとなだれ込んでゆく。やがて、それは、ぐんぐんと加速度を増してゆき、全速力での突撃体勢へといたる。猛然と突進するラスト・シーンの先には、きっと枯れ果てた戦闘が、タイトに引き締まった大部隊を待ち構えているはずである。
 4曲目は、“Plagiarhythm”。剽窃リズム。孤立する点と点。遠隔的に放り出されながらも、音と音は微細な振動を嗅ぎつけて呼応しあう。猛烈なストップ・アンド・ゴーの幕開けから、唸りを上げて躍動する、カラッと吹っ切れたバンド・アンサンブルへ。縦横無尽に駆け巡る、柔軟なフレーズ群。突然の場面の切り替えで、フォーキーでキャンプなノリが、流れに接ぎ木される。その透けるほどに削り取られたサウンドの背後から、直情的なギターのリフが押し寄せてくる。もんどりうって疾走する、豪快なツイン・ギターの絡み。直線的に駆け上がりながらも、次第に音の密度と厚みを増大させてゆくバンド・サウンド。階段を全て昇りつめると、そこにはキメの連続の地平が、どこまでもどこまでも続いていた。ひとつに統合された音の反復。この鬼のように執拗な、ラストの反復の嵐は、実に圧巻である。マス・ロック/ポスト・ロックの話法における常套句を、あえて使い回し、それらをふんだんにちりばめた、スリリングな展開を構成する。終始躍動感を失わない疾駆するリズムと、剽窃されたクリシェ。振り返るな、そこに未来はない。
 “Sparks And Beams”におけるパート・ロケットの演奏は、極めてシンプルでコンパクトにまとまったものとなっている。ギターのフレーズやリフ、4人が一丸となってのキメやユニゾンのパートの反復にも、一切の無駄な要素は見受けられない。サウンドも構成も展開も、全てがタイトなのである。バンド・アンサンブルのシンプルで有機的な絡みを前面に押し出していった結果、音の密度は低下し、余白と隙間のあるスカスカさが、いたる所で顔を出してしまったということなのであろう。その書き込みすぎず語りすぎないシンプリシティをともなうサウンドは、全体的にフォークやカントリーといったルーツ寄りなロックのオーセンティックなスタイルに、急速に接近しつつあるようにも思える。かねてより、ヒリヒリするような殺伐感を漂わせる無頼派のウェスタン調の雰囲気は、そのサウンドの随所に存在していた。それが、ここにきて、より色濃く普遍性をたたえた、まろやかさのある剥き出しの音として、味わい深く鳴りはじめているのだ。新生パート・ロケットは、明らかに去年までよりも、大きく進化/深化している。
 また、そのおそろしく集中度の高い、凝縮されたバンド・サウンドは、一度エンジンに火が入って駆け出しはじめると、手がつけられぬほどの高みにまで上り詰めていってしまうのである。全てを振り切る圧倒的なスピード感。何者をも寄せつけぬ張りつめた緊迫感。そして、何よりも、静から動へと突如として語り口が切り替わり、一糸乱れずに疾走を開始する、鍛え上げられた瞬発力が素晴らしい。その疾駆するサウンドが、火花を散らしながらスパークする際に、まばゆく放射される光線の強度には、ものすごいものがある。新生パート・ロケットのサウンドは、明らかに情け容赦のない圧巻な佇まいなものへと、鋭く研ぎ澄まされてきている。
 パート・ロケットのメンバーによれば、本作で聴くことのできるサウンドは、サマー・ポップ、つまり夏向きのポップな音として認識されるべきものであるらしい。しかし、いくらポップなロックとはいっても、ここでのポップやロックとは、あくまでも、エクスペリメンタル系のマス・ロック/ポスト・ロック・バンドによる、夏向けのポップなロック・サウンドということになる。新生パート・ロケットは、ひと冬を丸々、曲作りと録音に費やし、ハウス・スタジオにおいて、大きく季節を先取りしたサマー・ポップ作品を制作していたことになる。ギターの本数が一本減ったことにより、そのバンド・アンサンブルの構成は、極めてシンプルで直線的なものに、路線を切り替えてゆかざるをえなくなってしまった。だが、そうした新たな4人編成ならではのバンド・サウンドは、これまでの作品以上に、スピード感や瞬発力、爆発力、凝縮力、そして何よりもフットワークの軽さが、あからさまに顕在化したものとして表出してくることとなったのである。要するに、そうした新たな音の傾向を捉えて、新生パート・ロケットは、これが新生パート・ロケットならではのポップであると、作品の音を形容したのではないかと思われる。シンプルでメリハリのある密な音は、これまでの作品の音よりも、格段にわかりやすいものとなっている。また、わかりやすいだけでなく、そのコンパクトに凝縮された音は、即効性のある破壊力も断然アップさせている。そういう意味では、これは、実にポップである。意識的にポップな話法を導入し、剽窃と脱構築によって記述された、メタな言説としてのマス・ロック/ポスト・ロックのコンテクストに向けて歩み出したパート・ロケット。この先の展開が楽しみでもあり、末恐ろしくもある。
 サマー・ポップというと、まさに光と明度に満ちあふれたイメージである。重く鉛色の雲が垂れ込めたロンドンの冬空の下で、新生パート・ロケットは、この“Sparks And Beams”を作り上げた。陰と暗から、光と明へ。パート・ロケットのバンド・サウンドは、全てを突き抜け振り切って、正のヴェクトルを駆け上がってゆく。その新たな夏の盛りの地平では、フットワークも軽やかに、生のよろこびがきらめいている。躍動する生の本能。そして、その本能は、理性を超越し解き放たれる。解き放たれた生は、凝縮されて、すさまじい瞬発力で爆発する。パート・ロケットによる本能的なマス・ロック/ポスト・ロックのサウンドは、正のヴェクトルへと疾駆しながら、その能動性をあらわにしてゆくのである。まるで、誇らしげに大きな角で生命力の強さをアピールする牡鹿が、生の火花をスパークさせ、光り輝く光線を放射するように。ほとばしる生気。この激烈なサマー・ポップ作品には、そうしたきらめきとひらめきとまたたきが、これでもかといわんばかりに充満している。(09年)

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