溝!

アクセスカウンタ

zoom RSS Nobara: Trail EP

<<   作成日時 : 2009/04/01 21:00   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

Nobara: Trail EP
Intervall-Audio IA.005

画像 東京とデュッセルドルフに、ふたつの拠点をもつエレクトロニック・ミュージック専門レーベル、Intervall-Audioより発表されたネット・リリース作品。リリース日は、09年3月24日。ノバラ(Nobara)とは、コロンビア生まれの日本人アーティスト、早川のばら(Nobara Hayakawa)が、ミュージシャン兼シンガーとして音楽活動をする際に使用するアーティスト・ネームである。そして、この“Trail EP”は、これまでにノバラが、様々なコンセプトやテーマのもとに制作を行い、自らのホームページなどを通じてヒッソリと発表してきた楽曲群から、全6曲をチョイスしてコンパイルした、名曲選集的なEPとなっている。また、今回のIntervall-Audioからのリリースのために、各楽曲はリマスターがなされており、ノバラによるパーソナルなリリース時の音質よりも、かなりクリアなものへ向上しているようである。加えて、マドリッドのグラフィック・アーティスト、ラファ・スビリア(Rafa Zubiria)の手になる、とても素晴らしいデザインのジャケットとブックレットが、この記念すべき作品“Trail EP”に鮮やかな華を添えている。やわらかな色合いのカラフルな夜の深い夢の世界。でも、どんなに手をのばしても、その色とりどりの世界には触れることがかなわない。そんな、妙に現実離れした夢現の感覚が、ここには、とても色濃く漂っている。
 現在、早川のばらは、コロンビアの首都ボゴタの二つの私立大学において、講師としてアートとデザインに関する講義を受け持っているという。本格的に作曲や音楽制作に取り組むようになったのは、00年に東京芸術大学の美術学部に留学していた期間からであるらしい。つまり、遠く祖国を離れた東京の地で、アーティスト/シンガー・ソングライターとしてのノバラは誕生し、成長したということ。東京芸大でマスター・ディグリーを取得した美術の専門家であるノバラは、その一方で、幼い頃よりピアノに親しみ、クラシックやジャズのトレーニングを受け、音楽についても基礎からみっちりと学んだ経歴をもつ。常に音楽は、生活の中で大きな割合を占めていたのだ。その後、10代の始めにニュー・ウェイヴを発見し、その強い衝撃が契機となり、より実験的なサウンドやオルタナティヴなポップスに対して、興味を抱いてゆくようになる。そうした方向性の延長線上で、創作の糸口を見いだし、東京で初めて音楽制作のスタート地点に立った。ノバラとしての音楽制作プロジェクトは、大学で教鞭をとるかたわら、日々の生活の中で呼吸をするのと全く同じようなペースで、たゆまず繰り返し続けられている。それは、いわばエレクトロニック・サウンドによる、毎日の内面の動き、心情や感情の風景のスケッチのようなものである。ありきたりな空間の中を流れる、ありきたりな時間の中で抽出された、些細なノイズや空っぽの静寂から発生した音楽。全てが思い通りにいかない、失敗続きの時にこそ、心の奥底からの叫びや咽びのように、嘘のない歌がわき上がってくると、ノバラは言う。そして、そこには音楽がもつ包み込むような癒しの力が作用するのである。抉り出す痛みを決して恐れずに内面を音楽で表現し、メロディに託して歌うことで、バランスを崩した精神は傾きを修正し均衡を保つ。きっと、誰にだって、何をやってもダメな、全くうまく行かない日はあるだろう。毎日が絶好調だなんて、そんなのちっとも人間らしくはない。心の中にわだかまる、落ち込んだ気分を少しでも抱えている人であれば、ノバラの音楽から、きっと、何かを感じ取ることができるだろう。それは、共感であるかも知れないし、慰めであるかも知れないし、ちょっぴりほろ苦い味わいであるかも知れないし、微かな希望の光であるかも知れない。ノバラは、決して特別なことではなく、誰の内面にもある心情や感情の動きを、極めて感覚的につぶさにとらえ、それを独特の深みのあるメロディにのせる。しかしながら、そこで聴くことのできる、ノバラが制作するサウンドは、あまり耳に優しいありきたりなものではない。これは、常に躁状態の取っ付きやすい安易なポップスとは決していえない。そう、ここにあるのは、かなり実験的でオルタナティヴなエレクトロニック・ポップスなのである。だが、これもまた、決して特別なことではなく、そこには間違いなく必然性をともなうリアルな説得力がシッカリと息づく。嘘のないサウンドとは、実はあまり心地のよいものばかりではないのだ。
 ノバラが制作する音の世界は、非常に繊細で細やかに揺れ動く、とても独特なものである。しっとりとした幻惑的な響きをもつ美しいピアノの音色を軸に、様々なデジタル加工を施された物音やノイズ、そして電子音が、そこに奔放に絡みつき、情感の動きのままに漂流する旋律に翻弄される歌声が、その少し上空で優雅に舞い踊る。ほぼ終始一貫して、濃密に感じ取れるのは、深くメランコリックなアンビエンスである。緻密かつダイナミックに様々な物音や具体音を組み合わせることで構築された、その実験的なエレクトロニック・サウンドは、ありきたりな日常における、ささやかな情感の動きを、とても鮮明にあるがままに描き出してゆく。そして、ノバラによる流麗なるピアノの演奏が、内面から噴き出すメランコリックなメロディやコードを、朗々と歌い上げるのだ。人間というものは、常に大いなる失敗の連続であるところの生を全肯定することによって、新たな段階への扉を開くことができたりもする。まさに運命愛の極致として。そのためには、徹底的にメランコリックに、内面の奥底の沈殿物のその下まで、ずっと沈み込んでゆく道をたどらなくてはならない。重々しい苦しみに耐えながら。ノバラの音楽には、そんな全ての安全ロックを振り切って、暗がりへ急降下して落ち込んでゆくような雰囲気がある。そして、その最も落ち窪んだ場所で、他者との意思の疎通の可能性を追い求めるのだ。円環する日常においては、最低点は、いつしか最高点に転換しさえもする。そんな下降や転換を導くのは、どこまでもピュアにメランコリックな情動と一体化したエレクトロニック・サウンドである。そこでは、うつろな情感のうごめきが細密に描出される。この音楽は、対話を切に求めている。そのサウンドに、呼応して震える何者かを欲している。そして、その先には、きっと、いかなる痛みや傷もない理想とする世界への小さな希望が灯ると信じている。切実に、痛ましいほど。
 この“Trail EP”は、まず表題曲となる“Trail”で幕を開ける。これは、とても気まぐれに影響を及ぼす事象によって、揺さぶられた感情が、愛と憎しみの間をぐらぐらと大きく行き来する様を、振り子時計を思わせるようなサウンドと哀感と艶かしさに満ちあふれた歌唱で表現した楽曲である。ノバラは、この“Trail”という楽曲を、同じテーマで何度も制作を試みている。ここに収録された“Trail”は、第七版だという。これが、決して停泊せずに感情の大海原をさまよい続けた“Trail”の最終形態となるかは、まだ定かではない。いまだに、気まぐれな“Trail”は、大好きと大嫌いが渦巻く感情の挟間を揺れ動き、ぐらぐらと流動しているに違いないから。細やかなディープなリズムと哀愁のコード進行。最終盤では、激しいピアノのソロが嵐を運んでくる。2曲目は、“Hoover Love”。どう考えても、フーヴァー・ダムに引っ掛けたダジャレのようなのだが、それではメランコリーの欠片もない。これは、フーヴァー社製の電気掃除機と歌声のコラボレーションから発生した楽曲。家庭用電化製品をテーマにしたシリーズ作品のひとつである。倦怠感を漂わせる悲壮なほどに単調な旋律の歌唱に、モーターを唸らせながら強烈に吸引力を高めてゆく掃除機の音が、微妙な躍動感を発散しながら絡んでゆく。しかし、電源スウィッチがオフになった途端に、掃除機は力なくモーターの回転を止めて、静かに押し黙るのだ。後に残されたのは、ダルな日常に吸い込まれてゆく、物音と切ないピアノの連打、そして物悲しい歌声のみである。3曲目は、“Alas”。静けさの中で深い悲嘆にくれる孤独な歌声を、生々しく記録した楽曲である。リアルな傷心をテーマにしたシリーズ作品のひとつ。哀愁のピアノが降りしきるように響く、全編に渡って高音から低音まで切なくむせび泣くサウンド。ノバラの美しく艶やかな歌声は、断片的な悲しみのメロディを次々と丹念に辿ってゆく。ひとりぼっちで過ごす日曜日の夜の、とてつもなく冷ややかな孤独感。ここで歌われている悲しみの深さは、もはや尋常とはいえないようなところまで到達してしまっている。そこには、ある種の悲壮感すら漂う。歌唱には、所々でキーを外れ、感情のおもむくままに走ってしまっている箇所があるが、それをあえて修正せずに、そのままの形で残してあるという。生々しい声による感情表現の最初の息吹を優先させたいがために。そして、その潔い選択は、深い悲嘆の情感には、常に混乱やカオスがつきものであることを、如実に示してくれている。傷心とは、そう生易しいものではないのである。4曲目は、“Desalejar”。この楽曲もまた、完全なる完成形には至っていない、制作途上の作品であるようだ。他者との信頼関係をテーマにしているために、いかなる意味性をもつ言語の介入も許されず、ただ声によって表現されたメロディの集合体という状態で立ち止まってしまっているらしい。夜霧のように地を這うコーラスと、寸断されたメロディと細切れな声の断片。電子音が瞬き、淡々とパーカッションがリズムを刻む。いずれの音要素も、積極的に楽曲の一部を構成しようとする意思が、かなり希薄なようである。タイトルの“Desalejar”とは、20世紀の思想界を代表するドイツの哲学者、マルティン・ハイデガー(Martin Heidegger)が未完の大著『存在と時間』(27年)において論じた、〈距離〉=エントフェルヌンク(Entfernung)というタームをスペイン語に訳したものであるという。距離とは、離れた二つの基準点の間のことであり、それぞれの点は対象への遠さを取り除くものとして作用する。他者への距離を可能な限り取り除くことが信頼であるのなら、“Desalejar”(距離)の存在は、当たり障りのない信頼関係を阻むものとして常に立ちはだかるだろう。そしてまた、二つの基準点を結ぶ線分は、ここでは、決して真っ直ぐに結ばれておらず、中途で明らかにズタズタに寸断されてしまってもいる。問題は、決して直線的でも単純でもないのである。5曲目は、“Fuzzy Lady”。こちらも、家庭用電化製品と肉声のコラボレーションをテーマにしたシリーズ作品のひとつ。ここでは、洗濯機の音からのインスピレーションをもとに楽曲制作がなされている。深い電子雑音のエコーの奥から、地獄の黙示録の戦闘ヘリのように洗濯機のノイズが迫りくる。即興的なピアノの演奏と声サンプルが飛び交う緊迫感の中を、粗いブレイクビートがまだらな足跡を残しながら走り出す。ぼんやりとした洗濯女の疲れをにじませた歌声は、全てを許すかのように天上から響く。ノイジーなアクセントとなっているギターの演奏は、パリ在住のノバラの義理の兄弟によるもの。電子メールに添付されたサウンド・ファイルで、この楽曲に参加している。深く唸るベースを従えたビートが行き過ぎても、いつまでも洗濯機のノイズだけが、静かに低音で轟き続けている。終わりのない日常の雑音/物音。ラストを飾るのは、“Homelessness”。傷心をテーマにしたシリーズ作品のひとつ。ニューヨーク三部作で知られるポスト・モダン作家、ポール・オースター(Paul Auster)の作品を読み、感情の昂りをおさえきれずに泣き腫らした経験から醸成された楽曲。優しい電子音のささやかな旋律が、そっと寄り添い、頬に流れた涙を拭う。シャープなドラム・マシーンのリズムと深く丸みのあるアップライト・ベース、静寂の中を吹き抜ける風のようにノバラの澄んだ歌声が駆けてゆく。壊れたハートを抱えたまま、たどり着く先など、全くわからぬままに。
 ノバラの音楽には、どこかとても奇妙な感触がある。魅惑の密室系陥没型ストレンジ・ミュージックといった感じだろうか。ひんやりと陰鬱なメランコリーに肉感的で艶かしい美が宿っていたり、繊細な感情を表現する旋律を下から荒々しく突き上げるように太いベースやビートが大胆に割り込んできたり、と。何ともいえぬ、捕らえ所のなさにも通ずるかのような仕掛けが、そこかしこに用意されている。だが、意図的に、そうした楽曲やサウンドの構造をトラップとして作り出しているようには、あまり思えない。その音楽は、基本的に、対話や意思の疎通を強く求める性質をもつものであるはずだから。ノバラの音楽は、他者や外の世界との確実な信頼関係を築き上げることを強く欲している。つまり、それは、完全に外向きのものなのである。だが、“Desalejar”がそうであるように、その(一途な)思いは一向に伝わることなく、ことごとく無惨な失敗に終わる。対話のために発せられた声は、コミュニケーションの前段階の地点で、全て途切れて寸断されてしまっている。対象との距離は、決して取り除かれることなく、依然としてそこに存在したままなのである。それでもディスコミュニケーションの循環(≠悪循環)の中で、途絶えることなくノバラの音楽は、ひたむきに表出され続けるのだ。たとえ、それが一定の言語化にまで至っていない、未遂のままの歌であろうとも。大いなる失敗の連続こそが、ノバラにメロディを紡がせ、それを歌う理由をもたらす源泉となるから。復活の奇跡は、実際には墓場でしか起こりえない。いつか本質が全てを突き抜けて伝わる瞬間が訪れるだろう。そこに微かな希望の光が見えているから、ノバラの唇は美しいメロディを口ずさみ、泣きぬれたピアノとともに歌うのである。途切れた言葉と寸断されたコードを、ただ直感だけを頼りに繋ぎ合わせながら。手探りで、ノバラは、リアルな生きた感情を伝達するツールとしての音楽の形式を模索している。この“Trail EP”は、そんな音楽表現の荒野を曲がりくねって進む細い小径につけられた、第一歩目の痕跡である。まだまだ、その道のりは、とても長く険しい。音楽の旅路においては、一切の妥協は許されるものではない。ノバラは、どこまでも荒野の小径を歩んでゆくだろう。立ちはだかる“Desalejar”を、跡形もなく取り除くことを夢見て。(09年)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
Nobara: Trail EP 溝!/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる