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zoom RSS Arthur Russell: Love Is Overtaking Me

<<   作成日時 : 2008/12/28 21:00   >>

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Arthur Russell: Love Is Overtaking Me
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画像 92年4月4日、感染したヒト免疫不全ウイルス(HIV)によってAIDS(後天性免疫不全症候群)を発症したアーサー・ラッセル(Arthur Russell)が、まだ40歳という若さで他界した(本名は、Charles Arthur Russell Jr.)。この偉大なる天才音楽家の知られざる業績の数々は、その死から10年以上が経過した21世紀に入って、ようやく地下の音楽史の闇の奥底から発見されることになる。そして、AudikaやRough Trade、Soul Jazzといった複数のレーベルから、次々と再発盤やコンピレーション・アルバムがリリースされた。その音楽は、遂に高い評価を獲得し、ラッセルという音楽家は、その存命中には考えられなかったような華々しい注目を集めることとなったのである。本作『Love Is Overtaking Me』は、スティーヴ・ナットソン(Steve Knutson)率いるNYのAudikaによる、『Calling Out Of Context』(04年)、『World Of Echo』(04年)、『First Thought Best Thought』(06年)、『Springfield』(06年)と重ねられてきた、オリジナル・アルバムの(一部リマスター)復刻再発と貴重な未発表音源の発掘を行うシリーズの第5弾作品である。ラッセル関連のリリース作品については、たっぷりと時間をかけて吟味され編纂された、素晴らしく質の高い仕事で定評のあるAudikaだけに、今回もまた5枚目の決定版と手放しで賞賛したくなるような、実のあるアルバムに仕上げられている。とりあえず、まるで宇宙のように広大なラッセルの音楽世界を、もっとよく知ろうとするならば、このアルバム『Love Is Overtaking Me』は、決して避けて通ることのできない、非常に重要な意味をもつ一枚となるであろう。もはや、これを聴かずして、アーサー・ラッセルのアの字も語ることは不可能になるかも知れない。それほどまでに、このアルバムには、新鮮な驚きと発見が全編に渡って満ち満ちている。その志半ばで病に倒れた悲運の死から、すでに16年以上の年月が経過しているにも拘らず、いまだ聴く者に新たな驚きと発見をもたらしてしまう、ラッセルという大音楽家の底知れぬ才能の深さには、まさに震えるほどの感動をおぼえさせられる。しかし、なぜに、この輝かしい才能にあふれる音楽家は、その存命中に身の丈に見合う評価を微塵も得ることができなかったのか。全くもって不可思議だ。世界は、この大いなる見過ごしのあやまちを、永久に恥じ入るべきである。
 本作『Love Is Overtaking Me』は、これまで不幸にも日の目を見る機会に恵まれなかった、21曲もの大変に貴重な未発表曲を一挙に収録したコンピレーション・アルバムである。これは、膨大な量の遺品の録音テープの中から、Audikaのナットソン、ザ・モダン・ラヴァーズ(The Modern Lovers)のベーシストであった盟友アーニー・ブルックス(Ernie Brooks)、そしてNYのアパートメントで長年に渡り故人と生活を共にしたパートナーのトム・リー(Tom Lee)の3人によって、丹念に未発表作品の発掘作業がなされ、その音楽性や人間性の根底に流れるものをよく知る非常に親しい間柄にあった監修者たちの(絶対的な信頼のおける)耳と感覚においてコンパイルされた、まさしく珠玉の全21曲なのだ。ここに収録されている楽曲は、古くは73年春から死の約2年前となる90年までの、実に長い約20年近い年月の間に、様々な場面で、様々なプロデューサーやミュージシャンとのコラボレーション作業によって録音されたものである。つまり、本作は、20代前半から30代後半にかけての年代のラッセルが、プロとして活躍した、そのミステリアスな音楽家人生の、ほぼ全ての局面におけるソロでの録音作品を余すところなく網羅した未発表曲集ということになる。おそらく、西海岸のカリフォルニア州サンフランシスコを拠点に、アレン・ギンズバーグ(Allen Ginsberg)の詩の朗読のバックでチェロを弾くなど、ビートニクの流れを汲んだ実験的なジャズや即興演奏を行う若き野心的な音楽家であったラッセルが、大陸を横断しロフト・ジャズの火がくすぶる魔窟と化していたNYのダウンタウンに移住した当時(70年代前半)の録音物が公表されるのは、これが史上初のことなのではなかろうか。そうした意味においても、本作で聴くことのできる未発表音源の数々は、実に貴重なものばかりだ(2曲目のトラディショナル・ソングを驚くほど美しくリアレンジした“Goodbye Old Paint”は、73年5月にサンフランシスコの有名スタジオ〈Wally Heider's Studio〉で録音された音源である)。この『Love Is Overtaking Me』において、我々は、これまでに聴いたことがなかったようなタイプのアーサー・ラッセルの音楽を、初めて耳にすることになる。まるで宇宙遊泳でもするかのようにラッセルが自在に行き来した、おそろしく多彩な音楽の世界の体系に、死後16年以上が経過した今、また新たな一側面が書き連ねられるのだ。この稀有な天才音楽家が人知れず辿った濃厚で濃密な足跡は、どんなに深く掘り下げても、その底に突き当たることはないのかも知れない。まさに底なし沼である。
 この作品を通じて、真っ先に、まざまざと思い知らされることになるのが、アーサー・ラッセルというひとりの音楽家の、凄まじいまでに瑞々しく豊潤な味わいのあるソングライターとしての才能である。いくつもの極めて純粋なラッセルの歌の数々。それも、危ういほどに無防備で剥き出しな、よれることも、かわすこともない、真っ直ぐすぎるほどに真っ直ぐな歌。この無垢なる旋律と歌声の前では、斬新な実験性も、構造的な複雑さも、二の次三の次となる。嘘偽りのない歌で、日常の中のささやかな機微を表現することを繊細に試みた、とても奥深い魅力的な歌心をもったシンガー・ソングライターとしてのラッセルの姿を、ここに見る(聴く)ことができる。それは、これまで俯瞰から見渡すように眺めることができた、エクストリームな実験音楽家としてのラッセル、オルタナティヴなチェロ奏者としてのラッセル、徹底したミニマリストとしてのラッセル、NYスタイルのエキセントリックなダンス・ミュージックのプロデューサーとしてのラッセルといった、実に幅広く多種多彩なフィールドにおいて先鋭的な才気をほとばしらせていた地下世界の偉大なる芸術家の姿とは、少しばかり異なる表情をもつものである。偉大なるアーティストによって一分の隙もなく作り上げられた芸術作品を見るというよりは、どこまでも淡々と日常のあれこれを書き綴った芸術家の日記をパラパラとめくっているような感じと形容するほうが、やや近いだろうか。本作からは、これまでに発表されてきた、どんな作品よりも、アーサー・ラッセルという人物の人間性、その本質的な部分がクッキリと露になっているような印象を受ける。その体温までが伝わってきそうなストレートな歌声からは、これまでになかなか見ることのできなかった素顔のラッセルが、ジンワリとにじみ出してきている。楽曲のスタイルそのものは、米国中西部の小さな街、アイオワ州オスカルーサ出身であるラッセルにとって、間違いなくルーツ・ミュージックなのであろうカントリーやフォーク・ソングを下地にしているものが、やはり多い。それを、年代ごとに敏感に時代の空気を吸収した鮮烈な音に仕立て上げてみたり、多くの音楽的引き出しをもつラッセルらしいハイ・センスなポップ・サウンドに再構築してみたりと、非常にヴァラエティ豊かな色とりどりの作品へと昇華させていっているのである。
 それらの作品の中でも、特に5曲目の“Time Away”には、明らかにかなり興味深いものがある。この楽曲の雰囲気、どこかジョナサン・リッチマン(Jonathan Richman)の歌のようではないだろうか。独白のような語りで幕を開け、スカスカだが妙にざらついた感触のあるボストン・パンク調のフォーキーなロック・サウンドにのせて、リアルな日常の風景が少々ドライにユーモアを交えて歌われてゆく。ジョナサン・リッチマン&ザ・モダン・ラヴァーズ(Jonathan Richman & The Modern Lovers)のアルバムに、もしこの曲が収録されていたとしても、きっと何の違和感もないであろう。おそらく、これをリッチマンが歌ったとしても、相当にしっくりくると思われるから。それもそのはずで、この“Time Away”の録音には、リッチマンと浅からぬ所縁のあるボストン・パンク・シーンで活躍した、ふたりのミュージシャンが参加しているのである。まずは、ラッセルの作品には絶対に欠かすことのできない、ザ・モダン・ラヴァーズのメンバーであったアーニー・ブルックスがベースを担当している。そして、もうひとりは、ドラムスとギターを担当しているジョナサン・ペイリー(Jonathan Paley)である。このジョナサン・ペイリーとは、兄弟のアンディ(Andy Paley)とともに76年にボストンでザ・ペイリー・ブラザーズ(The Paley Brothers)を結成し、隠れたパワー・ポップの名盤『The Paley Brothers』(78年)を残している人物。その後は、ナーヴァス・イーターズ(Nervous Eaters)やクラシック・ルインズ(Classic Ruins)といったボストン・パンク・シーンの重要バンドを次々と渡り歩く。また、その活動はボストン周辺だけにとどまらず、70年代から80年代にかけての西海岸やNYのアンダーグラウンド・シーンに、少なからぬ足跡を残していたりもする(俳優やモデル業など、アンダーグラウンドとは完全にかけ離れた世界での活動でも知られる)。NYでは、70年代中期にニューヨーク・ドールズ(New York Dolls)を脱退したジョニー・サンダース(Johnny Thunders)とジェリー・ノーラン(Jerry Nolan)が、テレヴィジョン(Television)を脱退したばかりのリチャード・ヘル(Richard Hell)と結成した、ザ・ハートブレイカーズ(The Hearbreakers)の最も初期のリハーサルに参加していたらしい。たぶん、ギター兼ヴォーカルのメンバー、ウォルター・ルーア(Walter Lure)が、バンドに正式加入する以前のセッションであったのだろう。もしも、少しばかり運命の糸がうまく絡み合っていたら、あの歴史的名盤『L.A.M.F.』(77年)でギターを弾いたのは、ジョナサン・ペイリーであったかも知れないのである。また、古典的な青春学園モノ娯楽映画『Rock 'N' Roll High School』のサントラ盤(79年)には、ラモーンズ(Ramones)とザ・ペイリー・ブラザーズの共演曲“Come On Let's Go”が収録されていたりもする。そのザ・ペイリー・ブラザーズの片割れ、アンディ・ペイリーは、71年にボストンでアーニー・ブルックスやジェリー・ハリソン(Jerry Harrison)とともにザ・サイドワインダーズ(The Sidewinders)を結成し、後にパティ・スミス・グループ(Patti Smith Group)に加入することになるレニー・ケイ(Lenny Kaye)をプロデューサーに迎えたアルバム『The Sidewinders』(72年)を発表。その後は、ボストンが誇るパンク・ヒーロー、ジョナサン・リッチマンの音楽活動をザ・モダン・ラヴァーズのメンバーやアルバムのプロデューサーとしてサポートしながら、エリオット・マーフィ(Elliott Murphy)のアルバムに参加するなど、裏方の仕事にも積極的に取り組んでゆくようになる。そして、88年にザ・ビーチ・ボーイズ(The Beach Boys)のブライアン・ウィルソン(Brian Wilson)のソロ復帰作『Brian Wilson』に共同プロデューサーとして参加したのを皮切りに、マドンナ(Madonna)やジェリー・リー・ルイス(Jerry Lee Lewis)など数々の有名アーティストの作品の制作に携わり、現在では実力派プロデューサーとしての確固たる地位を築き上げてもいる。そんな、ザ・モダン・ラヴァーズのアーニー・ブルックスと、ザ・ペイリー・ブラザーズのジョナサン・ペイリーという、ジョナサン・リッチマンを輩出したボストンの音楽シーンのド真ん中で活動していた、筋金入りのミュージシャンを従えて録音されたラッセルの“Time Away”。ブルックスもペイリーも、リッチマンと非常に近い場所で音楽活動を行っていた人物だけに、この楽曲がジョナサン・リッチマン&ザ・モダン・ラヴァーズを想起させるような雰囲気をもつサウンドに仕上がってしまったのも、当然といえば当然であったのかも知れない。しかし、ここでちょっとした問題となるのは、この“Time Away”の録音セッションが行われた時期である。ブックレットのクレジットによれば、この楽曲は、74年にNYのウェスト・エンドにある多目的スペース〈The Kitchen〉において録音されている。74年というと、実はまだリッチマンのザ・モダン・ラヴァーズは、正式なレコード・デビューを果たしていないのである。ラッセルの“Time Away”のほうが、ザ・モダン・ラヴァーズよりも先に、そのサウンド・スタイルを完成させていたということだろうか。いや、だがしかし、ザ・モダン・ラヴァーズは、それ以前の72年頃からヴェルヴェット・アンダーグラウンド(Velvet Underground)のジョン・ケイル(John Cale)をプロデューサーに迎えた録音セッションを度々行っていたのである。その音源は、76年のファースト・アルバム『The Modern Lovers』において、ようやく発表されることとなった。録音時期ということでは、やはりザ・モダン・ラヴァーズのほうが断然早かったのである。少しばかりリリースの時期が遅れただけなのだ。しかも、そこにはブルックスもベーシストとして参加していたという歴然たる事実がある。では、この当時のラッセルとリッチマンの間に、影響を及ぼし合うような関係性は、現実に存在し得たのであろうか。74年2月、ブルックスが所属していたオリジナルのザ・モダン・ラヴァーズは、レコード・レーベルとの契約が滞ったことなどの様々な要因が重なり合い、一旦解散してしまっている。おそらく、この“Time Away”は、そのザ・モダン・ラヴァーズ解散以降の録音なのであろう。74年当時のブルックスは、行き詰まっていたボストンでの活動に見切りをつけ、新たな活躍の場を求めてNYへと進出してきていた。また、ペイリーは、兄弟のアンディがボストンでザ・サイドワインダーズを率いて活動をしていた70年代の初頭には、すでにNYにまで活動範囲を広げていたようである。そこでは、ベーシストのスティーヴ・ウォレン(Steve Warren)等が結成したモン(Mong)に加入し、黎明期のパンク・シーンの中心地であった〈CBGB〉や〈Max's Kansas City〉に出演をしていたらしい。このモンが、度々前座を務めたトム・ヴァーライン(Tom Verlaine)のテレヴィジョンが、初めて〈CBGB〉でライヴを行ったのが、74年の3月31日のことだというから、時期的にもほぼ一致する(テレヴィジョンの前座をモンが頻繁に務めていたのは、実際には76年頃のことのようなのだが)。すると、ここで最大の懸案点となってくるのが、ラッセルとリッチマンの接点についてである。70年代初めにサンフランシスコからNYに移住してきたラッセルが、そのアンダーグラウンド・シーンで交流をもったペイリー兄弟などのボストン人脈を通じて、74年以前にザ・モダン・ラヴァーズのライヴ・パフォーマンスを体験していた可能性は大いにある。また、その歌と演奏に直接触れていなくとも、ブルックスやペイリーから詳しくリッチマンの音楽について聞かされたり、まだ正式には発表されていなかったザ・モダン・ラヴァーズのデモ・テープを聴かせてもらえるような機会もあったかも知れない。しかしながら、これらの場合には、いまだ世には出ていないアンダーグランドの知る人ぞ知る存在であったリッチマンからラッセルが多大なる影響を受けたと考えるよりも、この両者が、非常によく似たタイプの類いまれなる高度な資質に恵まれたシンガー・ソングライターであったのだと捉えるほうが、もしかすると実際の感じに近いのではなかろうか。リッチマンもラッセルも、互いにまだまだダイヤの原石のような存在の時期であったのだから。西海岸からNYに流れ着いた才能豊かな若きラッセル青年が書き下ろす楽曲に、地元で身近に親しんでいたリッチマンのシンプルかつ地に足のついた音楽スタイルによく似た匂いを嗅ぎ取ったブルックスとペイリーが、この“Time Away”の録音セッションにおいて、あえてボストン流儀のザ・モダン・ラヴァーズ風なアレンジメントを持ち込んだ。そう考えるのが、最もしっくりとくるような気がするのである。そして、そのラッセルの楽曲のエッセンスとボストン・スタイルのアレンジメントが、絶妙にマッチし、“Time Away”という作品において、マジカルな化学反応が引き起こされたのであろう。そういう意味においては、これは、74年の時点におけるアーサー・ラッセル&ザ・モダン・ラヴァーズの楽曲という、少しばかり飛躍した聴き方すらもできてしまうような一曲であるのかも知れない。実に興味深い楽曲だ。76年にアルバム『The Modern Lovers』が発表され、遂にレコード・デビューを果たしたリッチマンであったが、その後はシンプルで直球なプレ・パンク・ロック的なサウンドからやんわりと脇道にそれ、フォークやカントリーなどのトラディショナルなアメリカン・ルーツ・ミュージックの路線へと、のらりくらりと踏み込んでゆくようになる。根底の部分で一本ビシッと筋の通った、そのひたむきな音楽道の探訪の行程は、現在では独特のリッチマン節とも呼べるようなワン・アンド・オンリーな味わいをもつ世界観を確立するまでにいたっている。だが、それとは対照的にラッセルの場合は、その才能が多岐に渡りすぎていたがために、シンガー・ソングライター的な表現形態にとどまることなく、宇宙規模に広大な音楽世界を光速なみのスピードで飛び回り続けることとなった。それゆえに、その存在が、一般レヴェルの観点から目撃され観測される機会には、ほとんど恵まれなかったのである。器用貧乏といえば器用貧乏であったのかも知れない。だが、ひとつの道だけを根をつめて極めるタイプの人物ではなかったことで、ラッセルは、驚くほどに多種多彩な音楽スタイルの作品で、強烈な才能を存分に発揮し四方八方へと放射させることができたのであろう。少々皮肉な運命ではあったが、これは、逆に喜ばしいことであったのかも知れない。おかげで、我々は今こうして、誰にも邪魔されることなく多岐に渡って自由奔放に紡ぎ出されていったラッセルの素晴らしい音楽作品を、幸運にも耳にすることができているのだから。現在なされているような高い評価が、ラッセルが息を引き取ってしまう前に、その一割か二割でも現実のものとなっていたならば、なお喜ばしいことであったのだろうけれど。
 本作に収められた、不幸にもこれまで日の目を見ることのなかった失われた録音セッションの音源には、“Time Away”のアーニー・ブルックスやジョナサン・ペイリーのほかにも、様々な興味深い顔ぶれのミュージシャンたちが参加している。前出のアンディ・ペイリーは、『First Thought Best Thought』に収録されている“Instrumentals - 1974 Volume 1”の録音セッションとほぼ同時期のものと思われる、75年に録音された4曲にドラマーとして参加している。その中でも11曲目の“Hey! How Does Everybody Know”には、ジョナサン・ペイリーがタンバリン担当で参加しているためにザ・ペイリー・ブラザーズの両名が顔を揃えているのみならず、ベースにはモンのスティーヴ・ウォレンのクレジットも確認することができる。黄金の60年代ポップスの残り香が濃厚に漂うラッセルの弾くキーボードの軽妙なフレーズと、キャッチーなコーラスのリフレインが、とても印象的なこの楽曲。これを聴く限り、このメンバーで〈CBGB〉や〈Max's Kansas City〉に出演していたとしても、何の問題もなかったようにも思われる。そして、次の12曲目“I Forget And I Can't Tell (Ballad Of The Lights Pt. 1)”には、さらに興味深いメンツが顔を揃えているのである。ドラムスにアンディ・ペイリー、ベースにアーニー・ブルックス、オルガンにザ・モダン・ラヴァーズを経てトーキング・ヘッズ(Talking Heads)に参加するジェリー・ハリソン、そしてギター兼ヴォーカルがアーサー・ラッセル。ここでラッセルがバックに従えているのは、初期のザ・サイドワインダーズのメンバーたちなのだ。どこかヴェルヴェット・アンダーグラウンドが得意としていた肩の力の抜けた小曲を思わせる、シンプルで軽快なノリの楽曲には、やはりボストン流儀のザ・モダン・ラヴァーズ風なサウンドと相通ずるものを強く感じずにはいられない。“Time Away”が、74年のアーサー・ラッセル&ザ・モダン・ラヴァーズであるならば、こちらは、75年のアーサー・ラッセル&ザ・サイドワインダーズといったところであろうか。ここで、さらに注目をしておきたいのは、73年から77年にかけて〈The Kitchen〉や52丁目にそびえるCBSビルの中の〈52nd Street Studio〉(77年4月26日、巨大ディスコ〈Studio 54〉として生まれ変わる、54丁目のオフ・ブロードウェイに建っていたCBS所有の劇場と収録スタジオを兼ねたビルの〈Studio 52〉とは、おそらく別物であろう)において行われていた度重なる録音セッションが、あのジョン・ハモンド(John Hammond)のプロデュースのもとで行われていたという、ちょっとにわかには信じがたい事実である。これには、誰もが少しばかり驚嘆させられるに違いない。ジョン・ハモンドといえば、第二次世界大戦以前の30年代より米国ポピュラー音楽史に残る数々の仕事を手がけてきた業界の超大物である。古くはベニー・グッドマン(Benny Goodman)楽団やビリー・ホリデイ(Billie Holiday)、カウント・ベイシー(Count Basie)のデビューやブレイクに深く携わり、その後はピート・シーガー(Pete Seeger)やアレサ・フランクリン(Aretha Franklin)、そして間違いなく20世紀を代表する天才音楽家のひとりであろうボブ・ディラン(Bob Dylan)といった輝かしいタレントを見いだし育成した、未来のスターを発掘する敏腕スカウトマンにして名プロデューサーなのである。その眼鏡に適いレコード会社との契約を取り交わした多くの金の卵たちは、そのずば抜けた才能や資質を十分に発揮できるよう的確なプロデュースがなされた作品でヒットを飛ばし、次々とまばゆいスターダムへと駆け上がっていった。しかしながら、そう考えると、なぜにこのハモンドによる録音セッションの音源が、正式なリリース作品とならなかったのか、本当に不思議でならない。ラッセルという金の卵は、名伯楽から孵化する前に見放されてしまったのだろうか。ここに収録されている楽曲のプロデュースを手がけた時点で、大ヴェテランのハモンドは、すでに60代半ばという年齢に達していたことになる。そして、その頃ちょうどNYの街は、パンクとディスコという新しい時代の音楽の波にスッポリと飲み込まれようとしていた。そんな急激で大きな音楽潮流の変化に、かつては鋭く研ぎ澄まされていたはずの感覚が、老いさらばえて全くついてゆけなくなってしまったということなのだろうか。ハモンドは、この70年代中葉頃から、次第に音楽ビジネスの第一線から身を引きはじめていたといわれる。それが要因で、ラッセルの録音セッションの音源が、作品化されるという最終的な行き場を失い、宙ぶらりんな状態になってしまったとしたのならば、これは大変に不幸な出来事である。いや、アーサー・ラッセルという知られざる不遇の天才音楽家の決して長くはない人生における、最大の悲劇であったといってしまっても決して過言ではないかも知れない。ハモンドの肝煎りでのレコード・デビューが果たせていたら、きっとラッセルのその後の音楽人生は、大きく違ったものになっていたであろう。だがしかし、すでにハモンドもラッセルも他界してしてしまった今、ここで確実にいえることは、多くの歴史的名作の誕生の場面に立ち会ってきた大御所プロデューサーの確かな耳は、西海岸からやってきた無名の若き音楽家のもつ計り知れぬほどの才能と内に秘めた可能性を、そのシンプルなフォーク・ソングやポップなスタイルの楽曲の中に、間違いなく聴き取っていたであろうということだけである。ここに収録された大変に貴重な音源は、若き日のラッセルが、いわばハモンドが認めたボブ・ディラン級の逸材であったことを、まざまざと伝えてくれる動かざる証拠である。まさしく実に大きな歴史的価値のある未発表音源といえよう。また、そうした絶大なるハモンドの威光を借りなくとも、この当時のラッセルのほんの目と鼻の先には、〈CBGB〉や〈Max's Kansas City〉などのアンダーグラウンドのライヴ・スポットに出演していたブロンディ(Blondie)やパティ・スミス(Patti Smith)、ラモーンズ、テレヴィジョン、そしてトーキング・ヘッズといった連中が、新しい世代の新しい音楽の息吹を強烈に発信し、音楽シーンにおいてポピュラリティと高い評価を獲得していった、いくつもの道筋がハッキリと開け、クッキリと見えていたはずだ。そして、多くの人々から愛され口ずさまれるヒット・ソングを書き、一流のポップ・スターとして華やかなスポット・ライトに照らされたステージに立つことを、常にラッセルが夢見ていたことは、非常によく知られた逸話である。それにも拘らず、なぜに当時のラッセルは、アンダーグラウンドの音楽世界から這い出して、陽のあたる場所へと駆け上がってゆくチャンスの芽を、自らの手の中にしっかりと手繰り寄せて、それに必死にしがみつこうという意思を、全く見せようとしなかったのであろうか。極めて才能豊かなシンガー・ソングライターであるがゆえに、その内面で育まれた厳しい批評眼が、まだこの当時の楽曲のレヴェルでは、到底満足も納得もしていなかったということなのか。理想は高いにこしたことはないが、度を越えて高すぎるのもまた考えものである。今こうして聴くと、かなりのクオリティに達した素晴らしい楽曲ばかりだと思うのだが。なぜに、これらの楽曲が、30年以上もの歳月をお蔵入りの状態のままで、人知れずテープの山の中に埋もれていなくてはならなかったのか、本当に不思議でならない。実に謎である。
 その後の、80年代に入ってから録音された楽曲に目を転じてゆくと、アーニー・ブルックスにデイヴィッド・ヴァン・ティーゲム(David Van Tieghem)、ラリー・ザルツマン(Larry Saltzman)、ムスタファ・アーメド(Mustafa Ahmed)、ケント・ゴショーン(Kent Goshorn)、ピーター・ゴードン(Peter Gordon)、ピーター・ズモ(Peter Zummo)といった、ラッセル作品には欠かせぬ顔ぶれがズラリと居並ぶ、不定形ユニットのザ・フライング・ハーツ(The Flying Hearts)の面々をベースにしたセッションが中心になってきているのがわかる。また、録音に使用するスタジオにも変化があり、ラッセル作品御用達のミックス・エンジニアであるボブ・ブランク(Bob Blank)が所有する〈Blank Tape Studios〉が、ほぼその活動のホーム・グラウンドに定まりつつあるようだ。キーボードなどの電子楽器(または、テープ・ループ)による奇抜で風変わりな音色を、自らのポップ・ソングのプロダクションに積極的に取り込み、独特の音世界を構築しようとしている、この当時(80年代初頭)のラッセルの楽曲は、後のエレクトロ・サウンドにドップリとのめり込んでゆく時代の音のプロトタイプのようにも見受けられる。また、80年に録音された4曲にドラマーとして参加しているジェシー・チェンバレン(Jesse Chamberlain)は、メジャー・デビューを果たせた唯一のラッセルが在籍したバンド、ネセサリーズ(Necessaries)のメンバー(ベースを担当していたのはブルックス)であり、メイヨ・トンプソン(Mayo Thompson)を中心にひとつの小宇宙を形成しているレッド・クレイヨラ(Red Krayola)人脈に通ずるミュージシャンでもある。そして、これらの80年以降に録音された楽曲からは、ある特徴的なスタイルが、その表層に顕著ににじみ出してきているような印象を受けるのだ。それは、フワフワと中空を漂いながら響く、非常にソフトでなめらかな浮遊感をもった、ラッセルの歌唱法にみとめられる変化である。明らかに、70年代に録音された楽曲とは、異なる風合いと質感をもつものへと移行してきている。その新たに取り入れられたスタイルには、どうもひとりのポスト・パンク〜ニュー・ウェイヴ期に鮮烈な輝きを放った、非常に特徴的なスタイルをもつヴォーカリストからの影響が、少なからずあったのではないかと想像せずにはいられない。その人物の名は、イアン・カーティス(Ian Curtis)。80年5月18日に23歳の若さで自ら命を絶ってしまった、マンチェスターが生んだポスト・パンクの巨星バンド、ジョイ・ディヴィジョン(Joy Division)の伝説のヴォーカリストである。繊細かつリリカルな歌詞を淡々とした旋律にのせて無機的に吐き出し、言葉そのものが本来持つ語感の力だけに任せて大気中へと漂わてゆくようなカーティスの歌唱法は、その唯一無二なスタイルのユニークさと異質性から、相当に大きな影響力をもつものであったであろうことは間違いない。そして、突然過ぎるショッキングでセンセーショナルな最期とともにカーティスというヴォーカリストの存在は、永遠に色褪せることのない巨大なカリスマ性を獲得してしまう。この時期に、ラッセルの非常にセンシティヴな音楽的感受性が、このカーティスが魂と生命をかけて築き上げたディープでオルタナティヴな音楽世界と、運命的な共振を果たしてしまったとしても、何ら不思議ではない。81年に発表されたネセサリーズの唯一のアルバム『Big Sky』においては、どこか米国の地下音楽シーンからのジョイ・ディヴィジョンへの返答ともいえるようなサウンドの意匠や要素が明確に感じ取れる楽曲を、いくつか聴くことができた。そうした部分からも、ラッセルが、優れた詩人でもあったカーティスの存在や歌唱スタイルを、そのシンガー・ソングライター的感覚や見地からみとめ、少なからず意識をしていたように思えてならないのである。しかし、その後の80年代中期に録音された17曲目の“The Letter”や18曲目の“Don't Forget About Me”では、また違ったスタイルから影響の痕跡が、クッキリと浮かび上がってきている。透き通った清廉な歌声の女性ヴォーカリスト、ジョイス・ボウデン(Joyce Bowden)とのツイン・ヴォーカル様式となっている、これらの楽曲を聴いていると、どうしてもプリファブ・スプラウト(Prefab Sprout)のパディ・マクアルーン(Paddy McAloon)とウェンディ・スミス(Wendy Smith)の歌唱スタイルを思い起こさずにはいられない。おそらく、洗練されたポップ・ミュージックを選りすぐる相当に肥えた耳をもっていたであろうラッセルが、超一流のポップ職人であり、ずば抜けたソング・ライターとしての才能とセンスの持ち主であったマクアルーン率いるプリファブ・スプラウトの作品から、多大なる刺激を受けていたとしても何らおかしくはない。あらためて考えてみると、当時のプリファブ・スプラウトの楽曲には、ラッセルが思い描いていた理想的なポップ・ミュージックの諸要素が、ほとんど詰め込まれていたのではなかろうか。決して日の目を見ることはなかった“The Letter”や“Don't Forget About Me”といったラッセル流の完成度の高いポップ・ソングを聴いていると、なぜか妙に切ない気分になってくる。この武骨なまでに真っ直ぐな音楽的才能を、アンダーグラウンドの奥深くに埋もれたままにさせてしまったことは、本当に不幸で至極残念なことであったとしかいいようがない。ポスト・パンクやニュー・ウェイヴという時代の空気を大いに吸い込み、斬新なエレクトロ・サウンドに傾倒してゆく、飽くなき実験と試行錯誤を繰り返した80年代とは、ラッセルにとって、いったい何であったのだろうか。妙にやり切れない思いばかりが、胸に去来する。因みに、“Don't Forget About Me”だけは、なぜか一曲のみウィスコンシン州ミルウォーキーの〈DV Studios〉での録音となっている。このセッションでは、トラフィック(Traffic)のデイヴ・メイソン(Dave Mason)のバック・バンドで活躍し、後にジェリー・ハリソン率いるザ・カジュアル・ゴッズ(The Casual Gods)にも参加することになる、リック・ジャガー(Rick Jaeger)がドラムを担当している。また、同時にエンジニアのデイヴィッド・ヴァータニアン(David Vartanian)やギタリストのジェイソン・クラグスタッド(Jason Klagstad)など、後にザ・カジュアル・ゴッズの作品に関わることになるメンバーの名も、そのクレジットに確認することができる。88年のアルバム『Casual Gods』への“A Perfect Lie”の楽曲提供とバッキング・ヴォーカルでの参加で、ラッセルにも少なからず接点のある、このザ・カジュアル・ゴッズ。だが、この問題の楽曲がミルウォーキーで録音されたのは、そのアルバムの発表よりも2年も前の86年のことなのである。わざわざブルックスやボウデンとともに、この録音セッションのためだけにミルウォーキーまで赴いたのであろうか。しかし、何ゆえに。かねてよりハリソンやブルックスのボストン人脈とミルウォーキーの音楽シーンには交流があり、後のザ・カジュアル・ゴッズというプロジェクトへと発展してゆく前段階として、この“Don't Forget About Me”が録音されたということなのだろうか。この楽曲には、そういった、少しばかり謎めいた部分がある。まあ、謎めいてはいるのだが、作品としてのクオリティや楽曲の出来映えそのものは、すこぶる高い。アルバム中のハイライトといっしまってもよいだろう。ほとんど文句のつけようのない、かなりの名曲である。
 最後に、本作に収録されているスティーヴン・ホール(Steven Hall)が関係したプロジェクトについて、少しばかり触れておきたい。4曲目の“Oh Fernanda Why”は、ラッセルとホールのデュオ形態でのターボ・スポーティ(Turbo Sporty)名義。また、19曲目の“Love Is Overtaking Me”と20曲目の“Planted A Thought”の2曲は、ブルックスやムスタファ・アーメド、ドラマーのロブ・シェパーソン(Rob Shepperson)を交えた、ブライト&アーリー(Bright & Early)として。当時のラッセルとホールは、こうしたユニットやプロジェクトでの本格的な音楽活動を念頭に置きながら、水面下での録音セッション(ここに収録されているターボ・スポーティとブライト&アーリーの楽曲は、全て85年の録音である)を地道に重ねていたのだろうか。だがしかし、結局のところ、ターボ・スポーティも、ブライト&アーリーも、そのデモ録音の音源が、公の場へと浮上することは、約23年後に本作がコンパイルされるまで全くなかったのである(『Calling Out Of Context』や『Another Thought』といったコンピレーション・アルバムに、一部ブライト&アーリー的な楽曲をみとめることもできるが)。最近のホールは、ダニエル・ワン(Daniel Wang)やブレナン・グリーン(Brennan Green)といった、70年代後半から80年代前半にかけてのアンダーグランド・ダンス・ミュージックから強い影響を受けている若い世代のプロデューサーたちの作品に、度々ギタリストとしてゲスト参加している。今は亡きラッセルと共演し、スタジオで音楽制作の経験を分かち合ったホールのような人物によって、奥深いアンダーグラウンド文化の遺産は、着実に次の世代へと伝えられているのである。80年代にラッセルが飽くなき実験と試行錯誤の中で生み出し磨きあげた音楽の魂は、こうして新しい世代によるダンス・ミュージックの血となり肉となって、今もまだしっかりと生き続けている。肉体は滅び朽ち果てようと、この大いなる遺産と精神性だけは、そう簡単に消え去ったりはしない。本作『Love Is Overtaking Me』を聴いていると、そういったことを、あらためて強く思い知らされる。ラッセルが遺した楽曲は、今もまだ瑞々しい輝きを放ち、ポップ・ソングとしての情動や躍動を決して失ってはいない。こんなにもイキイキとしたラッセルの歌声を、我々はこれまでに耳にしたことがあったであろうか。
 ラストの21曲目“Love Comes Back”は、ラッセルの死の2年前、90年に録音された、ほとんどキーボードの弾き語りといった趣きの、とてつもなく優しく美しい楽曲である。おそらく、自宅アパートメントでのホーム・レコーディングなのであろう。その素朴極まりない音質からは、寛いだアット・ホームな空気感がジワッとにじみ出している。まさに、ごくごくプライヴェートな録音音源という雰囲気だ。これは、『Springfield』に収録されていた“Springfield”(88年録音)よりもさらに後の時代の、最晩年のラッセルの作品となるに違いない。73年のサンフランシスコ時代の楽曲から90年のNYでの楽曲まで、貴重な21曲の未発表音源で詳細に辿った、ジ・アナザー・サイド・オブ・アーサー・ラッセルとでも副題をつけたくなるような、深遠なる音楽の旅路の軌跡。この『Love Is Overtaking Me』という作品は、ただでさえ容易には全体像を見渡せず、底なしの奥深さを持つ、ラッセルが全身全霊をかけて創出させていった広大なる音楽世界に、さらなる幅と奥行きをもたらすことになるであろう。もしかすると、ある意味、実に厄介な一枚といえるのかも知れない。ただ、これを聴くと、純粋にメロディ・メイカーとして、そしてシンガー・ソングライターとして、ラッセルという音楽家が、実に豊かで懐の深い類いまれなる才能に恵まれていたということを、まざまざと目の当たりにさせられることになるのである。きっと、本作は、多くの人々の中に静かに築き上げられてきた、ラッセルの音楽のイメージや異色の音楽体系というものを、あっさりと打ち破り、さらりと更新してしまうに違いない。すでに、その死から16年以上の年月が経過しているにも拘らず、いまだにアーサー・ラッセルの音楽は、瑞々しいまでの新鮮味を、これっぽっちも失ってはいないのである。これは、誠に驚くべきことだ。しかしながら、ここまで秘蔵の未発表曲を一気に蔵出ししてしまったとなると、Audikaの再発&発掘シリーズも、そろそろこの第5作目にして遂に打ち止めなのではないかという、漠然とした危惧を抱かざるをえない状況にもなってくる。そんなことを考えながら、これまでのシリーズ全体を振り返ってみると、本作は、シリーズ1作目の『Calling Out Of Context』と、ちょうど対をなす真逆の位置関係にある作品であるようにも思えてくる。綿密な編集作業によって、いくらでもその音世界の拡大/伸張が可能になるエレクトロ・サウンドに傾倒し、一風変わった独特のポップ・センスを一層ストレンジに開花させいった、80年代の非常に成熟した楽曲群をコンパイルしたアルバム『Calling Out Of Context』。それに対し、こちらの『Love Is Overtaking Me』では、シンプルでアーシーなポップ・ソング、無防備なまでに剥き出しになったラッセルの歌世界そのもの、そしてどこまでもピュアなシンガー・ソングライター的資質などに、その編纂作業の焦点が絞り込まれている。前者が、文脈の外側であるならば、後者は、文脈の内側ということになるのであろうか。20世紀の音楽文化の文脈の内側にありながら、それらの楽曲が、ことごとく未発表のままテープの山の中に埋もれて世紀の境をまたいでしまうことになるとは、実に皮肉なことである。何ともやりきれない。文脈の外側のラッセルも、内側のラッセルも、その存命中には傑出した音楽的才能に見合うだけの正当な評価を与えられることはなく、常に世人たちに冷酷に見過ごされ続けた。まずは、74年にジョン・ハモンドのプロデュースで録音された、1曲目の“Close My Eyes”に注意深く耳を傾けよう。どんなに遅いタイミングの発見になろうとも、このままさらにずっと未来まで看過されてしまうよりは、まだましであろうから。アコースティック・ギターをつま弾き、かき鳴らしながら弾き語るラッセルの、ソフトな歌声とカントリー・フォーク・スタイルの伝統的な節回しからなる深みのある旋律。50年代の古き良きアメリカの片田舎の小さな街、その埃っぽい朝もやにけむる素朴な風景が、目の前にありありと浮かんでくるかのようだ。そう、そのまま目を閉じて、じっくりと味わいながら聴き進んでゆくのもいいだろう。不幸にも失われたままになってしまった、20世紀米国音楽の貴重な文化的遺産を。文脈の内側にそびえ立つ偉大なるラッセルの音楽に、この未発表音源集を通じて、是非とも触れてみてもらいたい。ここにいるのは、何の装飾もギミックもない、素顔のままのアーサー・ラッセルである。日の目を見ることを誰よりも渇望し、誰かの耳で聴かれる日を焦がれるほど待ち望んでいた、素晴らしい楽曲の数々が、ここにはたっぷりと詰め込まれている。
 さて、ジャケットに使用された写真に収められている、見渡す限りの広大なトウモロコシ畑の農場に腕組みして立つラッセルの姿は、どうだろう。こんなにも凛々しく、生気に満ちたラッセルの姿を記録した写真は、これまで一度も見たことがなかった。とても素晴らしい写真である。これは、ネセサリーズのアルバム『Big Sky』(81年)で、ジャケット写真の撮影とカヴァー・デザインに携わっていた、ポール・ウォルドマン(Paul Waldman)によるポートレイトである。白いスウェット調の長袖シャツに白いカウボーイ・ハット。どこか映画『A River Runs Through It』(92年)の頃のブラッド・ピット(Brad Pitt)を思わせる風貌ではないだろうか。つまり、かなりの男前だということである。実は、このラッセルの白のシャツとハットというファッションは、『Big Sky』のジャケット写真と寸分違わぬものである。おそらく、今回の『Love Is Overtaking Me』のジャケットに使用されたトウモロコシ畑の写真は、『Big Sky』のジャケット用に行われたフォト・セッションのアウト・テイクなのだと思われる。撮影時期は、80年頃であろうか。ここでラッセルが斜め上方へ投げかけている視線は、遥か遠くの輝かしい未来を見据えているようにも思える。畑の土の匂い、農場を吹き抜ける風、ラッセルが生まれ育ったアイオワ州に広がるコーンベルトと呼ばれる穀倉地帯、まさに米国中西部の原風景である。『Love Is Overtaking Me』とは、ラッセルがトウモロコシ畑から見た、かすかな希望の光を集めたようなアルバムであるのかも知れない。ここで聴けるのは、決して希望を捨てず、決して夢を諦めなかった、音楽家としての、いやひとりの生身の人間としてのラッセルの壮絶で真っ直ぐな生き様そのものなのである。震えるような感動をおぼえずにはいられない全21曲。デモ録音の未発表曲集だからといって、決して侮ってはいけない。心ある人々よ、迷わず聴けよ、聴けばわかるさ。きっと。必ず。(08年)

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