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zoom RSS Uncle Owen Aunt Beru: Black Seas

<<   作成日時 : 2008/10/20 20:40   >>

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Uncle Owen Aunt Beru: Black Seas
Awake and Asong

画像 ジョージア州ファイエットヴィルを拠点に活動する女性アーティスト、ジェシカ・キャレイロ(Jessica Calleiro)は、自らが制作する音楽のスタイルについて、非常にユニークな例えを用いながら、こうありたいというささやかな希望を表明している。それは、灰野敬二とヴァシュティ・バニアン(Vashti Bunyan)が出会い、ふたりの間に誕生した音楽の子供のようなサウンド・スタイルなのだという。何とも突飛な発想ではあるが、なかなかどうして実に面白い。こういった極めてユニークで非常に頭のやわらかい夢想ができるということ自体に、ありありとCalleiroらしさが表れているともいえる。しかし、灰野とバニアンの子供とは、よくもまあ思いついたものである。とりあえず、どのあたりの線をCalleiroが目標に設定して音楽制作に励んでいるのかは、しっかりと伝わってくる。ただし、灰野とバニアンが夫婦然として一緒にいるところを想像すると、おふたりには誠に失礼かも知れないが、猛烈におかしくてたまらなかったりもする。
 これは、Calleiroによるソロ・ユニットであるアンクル・オーウェン・アント・ベルー(Uncle Owen Aunt Beru。以下、UOAB)が、08年9月17日にAwake and Asongにおいて発表した、全14曲入りの通算3作目のアルバムである。ちなみに、これ以前のアルバム、『Spaces In Time』と『Earth is The Right Place for Love』は、ともにイスラエルのネットレーベル、Birdsongより発表されている。もうひとつおまけにちなむと、音楽ブログのAwake and Asongを運営しているファイエットヴィル在住のベン・コリンズ(Ben Collins)は、キャット・ピープル(Cat People)という即興/ノイズ〜フォーク系のプロジェクトでCalleiroとともに音楽活動を行うこともある人物である。また、コリンズが携わる膨大な数のユニットやプロジェクトの活動に、Calleiroがゲストとして招かれることも決して少なくはない。そのほとんどが、即興演奏によるノイズ・ミュージックのレコーディングやライヴ・パフォーマンスなのだが。こうした対外的な音楽活動とUOABとしてのソロでの音楽制作の間には、クッキリとした線引きを行い、Calleiroは両者を完全に分け隔てて考えているようでもある。UOABの音楽において、歪んでひしゃげたギターのフィードバック・ノイズが、延々と鳴り響き続けるというようなことは、まず考えられない。UOABでのCalleiroは、思いきりパーソナルで素朴な感触をもつ究極のローファイ・フォーク・サウンドを創出させている。つまり、それこそが、Calleiroがひそかに夢想している、灰野とバニアンの間の子供のような音楽スタイルというわけである。
 粗くいびつな音響のローファイ感が充満した宅録型オルタナティヴ・フォークの王道を突き進んできたUOABであるのだが、この3作目の『Black Seas』では、ややこれまでとは少し異なるムードをさりげなく漂わせているような印象がある。Calleiroは、02年頃からUOABの名義を使った音楽活動を行ってきているらしいのだが、もしかすると、ここにきて幾度めかのターニング・ポイントとなる節目の時期を迎えているのかも知れない。かねてよりAwake and Asongでは、UOABが同時にふたつの異なるスタイルのアルバムの制作を進めていることが伝えられていた。だが、もうすぐ完成間近といわれていた、それらのアルバムは一向に発表される気配がなく、しばしの沈黙の後に唐突にAwake and Asongより飛び出してきたのが、この『Black Seas』であった。こちらの期待を裏切るかのように、予告通りではなく、リリースされたのは一作品のみ。同時進行で進められていた、ふたつのアルバムの制作に何らかの支障が生じてしまい、完成にまで漕ぎ着けられたのは、片方だけだったのだろうか。一度に別々のスタイルのアルバムを制作する分裂症的な状況に限界を感じ、ふたつの作品をひとつのアルバムにまとめてしまったのではなかろうか。様々な憶測が脳裏をよぎった。しかし、実際は何のことはない、ふたつのアルバムの録音が終了し、それぞれのミキシングとマスタリングの作業を進めている段階で、その作業の合間にCalleiroはUOABとしてのその次のアルバムを録音し、目にもとまらぬ早業で完成させてしまったようなのである。よって、この『Black Seas』は、リリースされた順番ではUOABの3作目であるが、現実には、その前に作業中に先を越されてしまったふたつのアルバムが存在している。よって、正確な数え順では5作目ということになるのだろうか。どうやら、ここにきて、UOABのアルバムは、とんでもないハイ・ペースで量産されているようだ。これで『Black Seas』の録音以前に制作が進められていたふたつのアルバムが無事に今年中にリリースされれば、08年の後半に3作ものUOABのアルバムが立て続けに発表されるという異様な事態にも発展しかねない。日常生活の中での何気ない思いつきや感情の動きを、ノートにメモして残したり、日記に書き留めたりするのと同じ感覚で、Calleiroは短く簡潔で素朴な独白か独り言のような歌を、次々と猛烈な勢いで書き上げてゆくという。ほぼ一週間に一曲の割合で膨大な量の楽曲が書き散らかされてゆくというから、計算上では約3ヶ月に1作のペースでアルバムをまとめあげてゆけることになる。そう考えると、年間に3作のアルバムを仕上げることぐらい、驚くほどに多産型のCalleiroにとっては、大して特別なことではないのかも知れない。とにもかくにも、この『Black Seas』は、ふたつのアルバムの制作作業の合間を縫って、少しの余暇も惜しむことなく極めて短期間のうちに仕上げられたアルバムなのである。しかしながら、だからといって作業の片手間に軽い感覚で流れや勢いのままに出来上がってしまった、急造の粗製濫造型なアルバムでは決してない。きっちりと全14曲に渡って、UOABらしい無垢で素朴な歌心を情感豊かなハンドメイドなサウンドにのせて表現した、過激さと生々しさをオブラートで包んだような独特の質感をもつ音世界が展開されている。そして、この『Black Seas』では、UOABが、これまでに見せることがなかったような、全く別の異なる表情を所々で目にすることができたりもする。きっとCalleiroは、従来のローファイ・フォーク路線から少しずつ間口を広げ、音楽表現の幅を拡大しつつあるUOABが、イモ虫状の幼虫が脱皮を繰り返して成長し蛹になり蝶となるように段々とメタモルフォーゼしてゆく様を、この時期に次々とアルバムを量産してゆくことで克明に記録しようとしているのではなかろうか。そういう意味でいうと、この『Black Seas』では、幾度めかの脱皮の真っ最中の変態しつつあるUOABが聴けるということになるのかも知れない。古い皮を脱ぎ捨てつつ、その内側から現れた新しいスタイルの音を表面化させ、UOABの音楽性の一部として定着してゆく過程が、そっくりそのままアルバムに収められているのである。脱皮したての、とてもやわらかな表皮。このアルバムには、そんな素手で触れることが思わずはばかられるような、脆く危うい雰囲気が色濃く漂っているような気もする。
 本格的に『Black Seas』について触れる前に、かねてよりCalleiroが制作作業を進めていた、ふたつの異なるスタイルのアルバムについて軽く補足の説明をしておきたい。いまだリリースされていないため各アルバムの内容は全く明るみになっていないのだが、それらがどのような作品になる予定かという部分は、前もってAwake and Asongにおいて伝えられていた。その情報によれば、片方はエレクトロニック・ビートを大幅に取り入れたリズミックかつラウドで動的なサウンドが展開される『Blood Lion Angel House』、もう片方は従来のローファイ・フォーク路線を深化させた異形のアコースティック・サウンドの世界を展開する『Daughter Of Eve』という、完全に両極端な音楽性をもつ2作品となるということであった。そして、この両アルバムの録音を全て完了させてから、抑えきれない表現衝動とともに次々と湧きあがってくる新たな曲想を、楽曲へとまとめあげてゆく作業を繰り返しているうちに完成してしまったのが、この『Black Seas』ということになる。つまり、本作は現時点ではまだ未発表のふたつの異なるスタイルのアルバムの延長線上に存在する作品であるということ。『Blood Lion Angel House』と『Daughter Of Eve』の制作時期と、『Black Seas』の制作期間は、連続する時間軸上に一部を重複させながら存在している。ここで留意しておきたいのは、これがどちらか片方のアルバムの延長線上ではなく、間違いなく両方のアルバムの延長線上にあるということである。Calleiroは、敢えて一度完全にUOABのサウンド・スタイルを真っ二つにセパレートし、その自家生殖的に細胞分裂をした先に、より飛躍をした新生UOABの音楽性が構築されてゆくという将来の道筋を、そこに見据えているのかも知れない。だが、『Black Seas』を聴いて感じるのは、これは新生UOABの完成形というよりも、まだまだ脱皮したてのあやふやさが残る、過渡期の音という印象である。『Black Seas』の中に『Blood Lion Angel House』と『Daughter Of Eve』の各要素が完全に溶けて混ざりあっているというよりも、ゴロゴロとした未消化な塊のまま混合してしまっている状態だ。しかし、その未消化な塊のどこかに、きっと新生UOABの新芽が芽生えているはず。『Black Seas』には、そんなUOABのこれまでとこれからを繋ぐ、フレッシュな音楽性の原石のきらめきを聴く面白味がある。
 この黒い海には、ふたつの全く異なる潮流が存在する。ひとつは、どこか宗教的な聖性すら漂わせるエセリアル調のアンビエンスが充満する穏やかな歌モノや、祈りにも似た独白を囁くように歌い上げるローファイ・フォーク・ソング・スタイルの潮流。そして、もうひとつは、ドラム・マシーンによる打ち込みビート、軽くハーシュなノイズのループ/レイヤード、加工を施された細切れのノイズ・サウンドのコラージュ、ディストーション・ギターのリフレインなどを軸とした、ラウドかつヒステリックな感情表現を果敢に試みている潮流。これらふたつの潮流は、『Black Seas』を聴き進んでゆく過程で、入れ替わり立ち替わり我々の前に現れる。天地創造の奇跡を思いきりダウン・トゥ・アースな鼻歌調の歌で礼参したような虚無的な賛美歌“7 Days”あたりが、『Daughter Of Eve』の流れを汲む最も顕著な楽曲といえるだろうか。また、突き刺さりそうなほどに硬質なインダストリアル風の喧しい滅多打ちビートが暴れまわり、天上から光とノイズが入り混じって降り注ぐような“Tossed And Shadowed”あたりが、『Blood Lion Angel House』からの流れを最も濃密に受け継いだ楽曲といえるだろうか。『Black Seas』は、まるで聖と俗の合間をはげしく行き来するかのように、それぞれの異なるふたつの潮流にあっちへこっちへ押し流されながら進んでゆく。ただ、その流れに目を凝らしてみると、ちょっと異質な質感をもつ楽曲もちらほらと見受けられてくるのだ。それは、これまでのUOABには、あまりなかった明確な様式や形式という音の方向性をもった楽曲である。ローファイ感のある別世界の音響のフォーク・ソングと括るしかない、ジャンル的には実にあいまいな、個的かつ私的な独特の音楽性を展開していたUOABであるから、こうした明確さが滲みだす音の傾向には、やや異質なものを感じずにはいられない。既存の音楽的な様式に接近することが異質であるとは、通常の音楽制作の方法論からすると、ちょっとおかしな話であるのかも知れないけれど。まず、ひとつめの気になった楽曲は、牧歌的な香りのするギターとささやかなドラムによるスカスカなフォーク・ロック調の演奏に、中盤から唸るようなエレクトリック・ギターのソロが暴走気味に襲いかかってくる“To Fill Your Ears”である。どちらかというと、まともなフォーク・ロックのスタイルというよりも、その様式そのものを取り上げてパロディ化している感じも、まあなきにしもあらずなのだが。いずれにせよ、こうした複数の器楽によるバンド/コンボ形式の演奏を、Calleiroがひとりで制作したということは、ある意味衝撃的な変化だと述べざるを得ない。もしかすると、Calleiroは、このUOABをそろそろソロ・プロジェクトではなくバンド的なユニットへと展開させようと目論んでいるのではなかろうかと、これを聴いていると思えてきたりもするのだ。そうすると、これまで極めてパーソナルな視点からの独特の世界観が表現されていたUOABの音楽性が、一気に外側の世界へ開かれたものに変遷してゆくのかも知れないと、様々な期待や不安が一斉に頭の中を忙しく駆け巡りだす。非常にささやかな変化かも知れないが、この音の方向性の異質さ具合には相当に重大なものがある。そして、もうひとつの気になった楽曲は、ヤケにぶっきらぼうな野趣に富んだビートと中途半端に投げやりなアコースティック・ギターによって構築されるブルージーなカントリー・ワルツ調の脱臼しそうなアンサンブルに、深いリヴァーブのきいた口笛が鳴り響き、そこに恐ろしくフリーフォームなCalleiroの歌唱がのるという変にいびつなラヴ・ソング“My Heart Is Glowing, I Will Tell Of It's Raptures”だ。西部開拓時代の亡霊が蘇って、うわ言のようにいにしえの恋の歌を口ずさんでいるような、何ともいえぬ味わいのある楽曲であるのだが、やはりここにも、これまでのUOABにはほぼなかったと思われる、様式としてのカントリーやブルースの匂いをありありと前面に押し出した異質さをともなうプロダクションを見ることができる。こうした様式に則した音作りの方向性もまた、ある意味衝撃的な変化なのである。しかし、そんな異質さを感じさせる楽曲がある一方で、純粋に楽曲として質の高さをたっぷりと味わうことができる“Fire Gold”や“The Love In The Heart Of The Ocean”などの、まさにUOABの真骨頂とでもいうべき、どこまでも現実離れした感覚にビシッと貫かれたモーローとしている歌モノ曲も、この『Black Seas』にはバッチリと収録されている。全14曲収録の、実に盛り沢山な内容のアルバムだ。変化の季節に突入したUOABであるから、おのずと聴くべきポイントも相当に多くなってくる。個人的に最も気に入っている楽曲は、ヒリつきそうなほどに生々しくあふれだし押し寄せてくる情感の波にただただ圧倒されてしまう“A Rabbit In The Snow”である。
 Awake and Asongのベン・コリンズは、CalleiroのUOABにおける音楽性を、ヴァシュティ・バニアンとカレント93(Current 93)が夢の共演をしているような感じであると表現している。確かに、UOABの白昼夢的なローファイ・フォークには、かつてのカレント93がアポカリプティック・フォーク期に展開していた怪しげなサウンドと、どこか相通ずるものがあるような気もする。どこまでも突き詰めていっても、あやふやでおぼろげな印象のところなどが、特に。どこまでがギミックであるのかが、非常に掴みづらい音楽なのである。また、Calleiro本人も、灰野とバニアンの名をUOABの音楽性を表明するために挙げてはいるが、やはりカレント93の諸作品は熱心に聴いていたようである。おそらく、音楽的にも多少の影響は受けているのだろう。そして、この『Black Seas』は、クトゥルー神話でお馴染みのH・P・ラヴクラフト(H.P. Lovecraft)の著作から直接のインスピレーションを得て制作されたアルバムであることも付記しておきたい。こうして、あれこれ書き連ねていると、ズブズブと神秘主義思想の泥濘にハマっていってしまうようで怖い。あっちの世界は、まるで底なし沼のようであるから。唯一の救いは、UOABというプロジェクト名が、映画『スター・ウォーズ』にちなんだものであることぐらいだろうか。いや、見ようによっては『スター・ウォーズ』だって神秘主義的な符号だらけではないか。こうなると、もう逃げ切れない。おとなしく、観念するしかなさそうだ。しかし、いろいろなことを逆に考えていってみると、バニアンとカレント93の間や、灰野とバニアンの間や、ラヴクラフトとスター・ウォーズの間など、かつて誰も足を踏み入れたことのない特異な場所に立って独特な歌と音楽とを紡ぎだしている、孤高のアーティストとしてのCalleiroの姿が、クッキリと浮き彫りになってくる。結局、Calleiroの表現する音楽とは、世界中の誰とも似ていないタイプの音楽なのである。たぶん、どう考えたって、ここにある全ての歌は、世界でたった一人だけ、Calleiroにしか歌えないものであるだろう。世界的にも/全人類的にも極めて貴重な一点物ばかりの全14曲が、この『Black Seas』には収録されている。これは、そんなCalleiroによる現在進行形のUOABが、ふたつの潮流の狭間で揺れる姿を克明に記録したドキュメンタリー音源である。まさに、今しか聴けない音。変態するUOABが、次の脱皮を開始してしまう前に、お早めに是非どうぞ。(08年)

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