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<<   作成日時 : 2008/08/25 21:38   >>

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溝!だより

 こんにちは。残暑お見舞い申し上げます。7月中はグッと我慢していた冷房を、8月の頭から使い始めました。やはり一度スウィッチをオンにしてしまうと、もう絶対に後戻りはできません。もう冷房ナシでは生きられない。冷房は麻薬です。タイマーで電源が切れると、すぐさま再びスウィッチに指がのびる。文明が生み出した罪深き機械、冷房。しかし、現代の過酷な夏の暑さを無事に乗り切るためには、もはや冷房は必要不可欠なアイテムなのかも知れません。それほどまでに、ひどい暑さでした。川の水温が上昇し魚が大量死したというニュースもありました。蝉なども気温の上昇に対応できていないのか、どうも調子がおかしいようです。地中で何年か過ごしているうちに、夏の気温は比べものにならないくらいにグングンと高くなってしまっているのですから、そりゃあ調子も狂うでしょう。親の世代が過ごした夏と子の世代が過ごす夏では、まるっきり違う夏なのですからね。負けるな、蝉。頑張れ、蝉。加油、蝉。
 CMの話。アタックバイオジェルの寺田椿といい、リセッシュの清水ゆみといい、最近の花王のCMの傾向は実に素晴らしい。ツボを心得ていらっしゃる。個人的に、寺田椿という人は、日本で最も美しい女性のひとりであると強く確信をしております。このへんは人それぞれに好き嫌いがあるでしょうから、そんな意見には全く同意できないという方も多いかとは思いますけれど。まあ、あくまでも個人的な意見ですので、どうかお許しを。そんな、容姿は最高にお美しい寺田椿さんなのですが、大きな木の幹のまわりで子供たちと追いかけっこをしている姿やフラフープにいそしんでいる姿は、どう見てもぎこちない身のこなしで滑稽極まりないのですね。実は、あのどうしようもなく寺田椿らしい動きに、微かに感動を覚えてしまったりする部分もなきにしもあらずなのですけど。それにしても容姿と動きに、ちょっと変なギャップがあり過ぎですよね。滑稽な動きといえば、清水ゆみちゃんもマラカスを振りながら奇妙な踊りをブチかましてくれていました。リセッシュのしゅっきり感を表現する動きは、あんなシュールなダンスで本当によかったのでしょうか。やけに笑えます。しかしまあ、最近の花王のCMは、いいねぇ!。
 先日、久々にクーリッシュを食べました。酷い暑さの日が続いていましたからね。味は、カフェモカでした。美味しかったです。ぼんやりとすすりながら、クーリッシュの冷たさを味わいましたよ。ジュルジュルと。するとどうでしょう、クーリッシュのパッケージに何やら見なれぬ「アイスは地球を救う」というエコな文言がプリントされているではないですか。はて、なんでなの?と思いました、初めは。製品を冷凍するのに膨大なエネルギーを消費するであろうアイスは、もう見るからに地球温暖化を加速させてしまうようなものに思えるじゃないですか。一個のクーリッシュの製造から消費までの間の一定の冷凍状態を保つために、どれほどの二酸化炭素が排出されているのかを考えてみるだけで、ちょっと気が遠くなります。しかし、製造元の株式会社ロッテは、そんなアイスの性質を敢えて逆手にとるかのように(?)、クーリッシュを前面に押し出したキャンペーンを展開して、環境省が提唱する地球温暖化対策の“チーム・マイナス6%”の運動に参加することを決定したようなのです。さて、アイスで地球を救えるのでしょうか。アイスで温暖化を食い止められるのでしょうか。よくわかりません。地球温暖化に対する問題提起を、暑い夏場に多くの人に親しまれるアイスを通じて広く行ってゆこうという意図があるのかも知れません。でも、アイスを媒介にというのは、そもそもありなのでしょうか。どうもしっくりと結びつかない気がするのですが。ちょっと調べてみたところ、どうやらクーリッシュを食べて体の中からひんやりと涼をとることで冷房の設定温度を28度より下げることなく過ごすことができるぞ!ということらしいです。これを「CoolishでCOOL BIZ」なる名目のキャンペーンとして大々的に展開しているようですね。なるほどと思える節もあれば、冷房の効いた部屋でアイスとはと妙な虚脱感を覚えさせられる節もあったりして。やっぱり、温暖化防止とアイスを強引にこじつけている感じはなきにしもあらずですよね。まあ、それだけではなく、株式会社ロッテとしては、今回のクーリッシュのキャンペーンの一環として、沖縄の海に珊瑚の植え付けを行い、その成長をサポートしてゆくという活動も続けてゆくようです。ちなみに、今年は国際サンゴ礁年らしいです。はたして、アイスで本当に地球を救えるのか、株式会社ロッテの大いなる野望に期待を寄せたいところであります。
 北京五輪の話。口パク少女やCG花火など様々な問題が巻き起こっている奥運であるが、やはり最も輝いていた人といえば、女子レスリング会場の観客席において金色の全身タイツで異様に目立っていた江頭2:50であったと思われる。そして、本当の意味での歴史的な衝撃の瞬間は、陸上男子百メートル決勝のレースで飛び出した。皆様ご存知の通り、ジャマイカのウサイン・ボルト(Usain Bolt)が、9秒69の驚異的な世界新記録で圧勝したのである。あれは何だったのか。そこにあったのは、にわかには信じられないような光景と予想だにしていなかった数字であった。その瞬間、地球上の多くの人が、まるで織田裕二のように思わず変な声を挙げてしまったはずである。「おぉい、何でお前、何で横向きに走ってんだよぉ」と。レースの中盤で一気に先頭へ抜け出し、横のコースに視線を送り誰も自分と競っていないことを確認し瞬間的に勝利を確信したボルトは、もはや全力を振り絞って走ることはせずに力を抜きリラックスしてゴールラインの遥か手前でウィニング・ランを始めていた。上半身をひねり気味にして観客席の側へ顔を向けて新たな金メダリストの誕生を強烈にアピールし、掌で胸を叩いて強さを強調し、両腕を大きく広げた余裕の表情で悠然とゴールラインを通過したのである。もう見るからに、何じゃそりゃの世界であった。おそらく、ボルトにとっては、決勝のレースで勝利することが全てであったのだろう。オリンピックという最高の舞台で世界で一番速く走る男となり、自らの力と強さを全世界に対して誇示できればそれでよかったのだ。よって、スタートからグングンと加速度を増し、最高速度で突き抜け他の走者たちを完全にぶっちぎってしまった時点で、ボルトの決勝のレースは終わった。もう誰にも追いつかれないことを確信して、圧倒的な勝利の喜びと興奮を隠すことなく最大限に表現しながらゴールラインを駆け抜けたのだ。力の差は歴然であった。ひとりだけ別次元の走りだったといってもよい。そして、レースの半ば過ぎぐらいまでしか全速力で走っていなかったように見えたのに、タイムは9秒69という驚くべき世界新記録が叩きだされていた。これまで幾多のスプリンターたちが、必死になってトレーニングを積んで綿密に戦略をたてて百メートル走に取り組み、百分の数秒ずつコツコツと更新してきた世界新記録を、ボルトはいとも簡単に大幅に塗りかえていってしまう。身長196センチの怪物ランナーは、どこまでも桁違いなのだろうか。もしも、勝利ではなく記録にこだわって走ったら、どこまでタイムをのばしてゆけるのだろう。北京のトラックで展開された、あの信じられない光景は、間違いなく世界に衝撃を与えた。有史以来最も速く百メートルを駆け抜けた男の驚異的なダントツの走りが、まさに電撃のごとく世界を震わせたのだ。はっきりいって、ボルトは強すぎる。はたして、9秒69という記録を脅かすことのできるライヴァルは出現するのであろうか。今のまま大きく力の差がある状態が続くようであれば、いつまでもボルトが百メートルを全速力で走りきる日は訪れないであろう。どこかにボルトを本気にさせることのできる強く速いランナーはいないのか。
 五輪の話、続き。ボルトは二百メートルの決勝でも世界新記録を叩きだして完勝した。タイムは19秒30。96年にアトランタ五輪の決勝でマイケル・ジョンソン(Michael Johnson)がマークした19秒32という大記録を12年ぶりに更新したのである。このジョンソンの世界記録は、それまで17年間に渡り破られることのなかった79年にピエトロ・メンネア(Pietro Mennea)がメキシコ・シティの高地の競技場で打ち立てた19秒72を大きく塗りかえる不滅の大金字塔と呼ばれていた。しかし、ボルトという怪物を前にしては、不滅の大金字塔も砂上の楼閣のように脆くも崩れ去るしかなかったようだ。今回のレースでは、ボルトはスタートからゴールまで可能な限りの力を込めながら走っていた(かのように見える)。レースの勝敗自体は、行程の半ばにもいたらぬうちに完全に決していた。窮屈なコーナーを走り抜け、直線コースに出た時点で、真正面の大型ヴィジョンが目に入りボルトもそれを確認したはずである。だが、今回は勝利を確信してもボルトが加速を緩めることはなかった。それは、この二百メートルの決勝においては、最初からボルトの対戦相手はジョンソンの世界記録でしかなかったからである。不滅の大記録に勝つことが、あのレースの最大の目的であった。その結果、直線でのボルトは二位以下をグングンと引き離し、信じられないような大差でゴールラインを駆け抜けた。あの瞬間、おそらく織田裕二ですら感嘆の声しか挙げられなかったであろう。まさに息をのむ瞬間であった。最後までボルトが全速力で走ると、本当に恐ろしいことになる。世界は、その事実を目の当たりにさせられ、強烈に思い知らされたのだ。ボルトの力は完全に抜きん出ている。比類なき強さだ。ゴール直後に競技場内の時計に目をやり新記録を確信したボルトは両腕を大きく広げて喜びを爆発させ、トラックに仰向けに倒れ込んで大きな目的を達成した余韻に浸っていた。時計を見てゴールと同時に記録を冷静に判断できたということは、ボルトの走りには、まだまだ余裕と余力があったということだろうか。百メートルと二百メートルを世界新記録で圧勝したボルトは、人類の歴史上で最も速く最も強い男となった。実は、今回の二百メートルの決勝では、ボルトに続いてゴールをした二名が所定のコースからはみ出して走ってしまったために失格となっている。二百メートルでは、スタートして急激に加速をしながらきついコーナーのカーヴをまわってゆく際に、強い遠心力が作用し上体が振られてコースの外側へはみ出してしまうというケースが多々ある。オリンピックの決勝の力の入るレースともなれば、選手が体感する遠心力も相当なものとなるだろう。そして、ボルトの怪物級の走力に必死に対抗しようと必要以上に力んでしまった二名が、失格の憂き目にあってしまったというわけだ。だがしかし、身長196センチとひときわ長身で大柄なボルトは、狭いコースを外れることなく急なコーナーを器用にまわって走り抜ける。並外れた運動能力を発揮してスタート直後から猛烈な勢いで加速度を増していっているにも関わらずである。ボルトの走りは、その怪物級の身体サイズの割には意外なほどにやわらかでしなやかなのが特徴だ。そのやわらかでしなやかに躍動する走りのスタイルによって、常にどこか力が抜けて緩んでいるように見えてしまったりもする。桁外れの能力をもつ肉体がエネルギーを全開にして運動をする時、そこに生じる力と衝撃は相当なものになるであろう。ボルトのやわらかさとしなやかさは、そうした力みや衝撃を吸収し和らげ外へと逃すのに最も適した動きであるようにも思われる。それが、先天的な資質によるものなのか、後天的な戦略によるものなのかは、わからない。とりあえず、鍛え抜かれたアスリートが全力を傾けてフル・スロットルで駆け続けるのは、実は故障や大きな怪我の原因となって非常に危険なことなのである。ゆえに、ボルトは百メートルを最後まで全力を振り絞って走ることはないのだろう。怪物級の桁外れなパワーに人間の肉体が持ちこたえられるのは、せいぜい約5秒が限界であるということを、あの百メートル決勝のパフォーマンスはまざまざと示していたのかも知れない。前半に驚異的な爆発力で加速し、後は自らの脚を壊してしまわないように極限まで張りつめていた力を緩め、スピードにのってしなやかに地表を弾むように駆け抜けてゆくだけで、ぶっ飛ぶような世界新記録を叩きだせてしまえるのだから、かえすがえすもすごい。次の世界陸上で織田裕二が「ボルト!ボルト!」と大はしゃぎする姿が、今からもう目に浮かぶようである。とても楽しみだ。
 音楽の話。あまりの夏の暑さに、すっかり怠け癖がついてしまい、新譜のレコードを保留にしたままにしていて全く聴けておりません。よくない傾向です。方向性としては、一部を除いてすっかりミニマル/テック系には見切りがつき、いつものエレクトロ・ディスコ方面へとグイグイと舞い戻ってきている感じです。その内訳は、新しいものと再発やらリエディット物やらが半々ぐらいでしょうか。怠けて置きっ放しにしてしまっているので、そのへんの詳細は実際のところ全然把握できていないのですけど。たぶん、Flexxからのゲッコー(Ghecko)の再発、LSBやJamie 3:26のリエディット盤、それとBlack Discoからのリー・ダグラス(Lee Douglas)の新作などがあったはず。まだまだあったと思うのですが、ちょっと思い出せません。非常によくない傾向です。とりあえず、早急に一通りチェックを終えたいと思います。まだまだ残暑な日が続きそうな気もするので、うだうだと過ごしてしまう可能性は大ですが。
 音楽の話、続き。Flexxの10番に登場するのは、Klein & M.B.O.の“Dirty Talk”(82年)らしいです。グレッグ・ウィルソン(Greg Wilson)によるエディット・ヴァージョンを収録しているとのことで、それなりに大きな注目を集めるのではないでしょうか。そんな中、個人的にひそかに再注目しているのは、Klein & M.B.O.のメンバーであったトニー・カラスコ(Tony Carrasco)が90年代前半に手がけていたオーソドックスなNYスタイルのハウス作品です。ふと目にとまった、94年にStrictly Rhythmより発表されていたUzuri名義での“Shake”を聴き返してみたところ、これが思いのほか悪い感じではなかったのが再注目のキッカケになりました。地味にファンキーでスウィンギンで、いい感じにグルーヴィ。地味にタイトなトラックも出来映えとしては悪くない。どことなく、当時の最先端であったロジャー・サンチェス(Roger Sanchez)やケリ・チャンドラー(Kerri Chandler)のプロダクションを軽く水で薄めたような雰囲気。巧みに最新の流行を取り入れつつ、見た目は美味しそうな料理に仕立てあげているのですが、でもどうも味の面ではいまいち物足りないというか。往時は、そんな部分が、どうにもこうにも許せなくてダメだったのだと思います。でも、15年近い年月が過ぎてみると、奇妙に地味で奥ゆかしいサウンドにそこはかとない魅力が感じられるようにもなってきたりするのです。悪くないのです。不思議なことに悪くないのです。90年代前半のカラスコのハウス作品、たぶんまだまだあるはずなので奥地のほうから発掘してきて、いろいろ聴き返して楽しんでみたいと思っています。
 というわけで、今回の溝!だよりは以上です。それでは、また。再見。

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