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<<   作成日時 : 2008/05/10 21:29   >>

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溝!だより

 こんにちは。ゴールデン・ウィークもアッという間に過ぎ去り、いよいよ本格的に五月病の季節がやってまいりました。とりあえず、なにもかもがイヤになってしまったら、ひとまず全てを投げ出してしまってもよいのではないでしょうか。絶対に無理は禁物です。確かに、忍耐は美徳であります。しかし、それも限度を越えてしまっては、精神衛生の面においても決して良いものではありません。五月病を理由にサボタージュ。晴れ渡った青い五月の空の下で緑の芝生の上に寝転がって、のんびりと昼寝をするのも悪くはないでしょう。毎日、芝生で昼寝でもいいんじゃないですかね。蒸し暑くなってきてからでは、寝汗でジットリしてしまって昼寝も気持ちよくできないですから。昼寝をするなら、今が絶好のチャンスなのです。
 最近なんとなく気になっているのは、リアド慈英蘭さんです。こんなかっこいい名前、なかなかないでしょう。ダルヴィッシュ有なんて、目じゃない、目じゃない。リアドでジェイランですから(Riad Geylan)。血液型がB型で、趣味が鍾乳洞めぐりというのも、絶妙に変人気味で素敵です。それと、あの前髪の感じも、とってもゴージャス感が漂っていて実にいいです。川越育ちという点も、個人的には非常に好感がもてます。ごきげんよう、慈英蘭さん。

溝!つうしん

 来ました。それも唐突に、とんでもない大波で。そうです、思ってもみなかったほどに、すさまじい勢いで、90年代ハウスのリヴァイヴァルが、やって来てしまったのです。先日のPhilosomatikの一件もあったりして、なんとなくモヤモヤと気にはなってきていました。そう、微かに兆候はあったのです。実際のところ。そこで、とりあえずDeep House Pageを訪問してみて、その年代のものをどれか聴いてみようと思い立ちました。微かな兆候として現れていたヴェクトルの方向性を確認するために。今から思えば、このDeep House Page探訪の機転こそが、運の尽きでした。そこで真っ先にブチあたってしまったのが、91年にNYのアンダーグラウンド・パーティ、Wild Pitchでライヴ録音された、ニック・ジョーンズ(Nick Jones)によるミックスだったのです。この時点で、すでに大波の第一波が到達していたといってもよいでしょう。この素晴らしい音源を、ドップリとひたりながら聴いていると、濃厚に立ちこめる90年代前半のNYハウスの空気感の奥底から、思わずハッとさせられる一曲が飛び出してきたのです。はっきりと聴き覚えがあり、当時はすごく気に入っていたような記憶が、うっすらと脳裏に残っている一曲。しかしながら、それが誰の何という曲なのかが、全く思いだせないのです。完全に健忘症です。一定のフォーマットの中で展開されるハウス・ミュージックの楽曲というものは、ひとたび記憶の奥底へと落ち込み、その消息を見失ってしまうと、あれもこれも全てがゴッチャになってしまって、絶対に思いだすことができない仕組みとなっているのですね。全くといってよいほど派手さのカケラもない、無骨さとシャープなキレ味が入り混じった骨太で地に足のついたトラックに、掠れ声系のモッサリとした男性シンガーが、無闇に弾けたりすることのないディープでオトナな落ち着いた歌唱を粛々とのせてゆく。知っていたはずなのに思いだせない状態というのは、なんとも苦しく心地の悪いものです。そうこうしているうちに、スルスルと即座に耳に馴染んでゆく、バランス感よく整然と音が整理された、最近の00年代のダンス・ミュージックのテクスチュアとは根本的に異なる、いちいち突っ掛かる音や引っ掛かるサウンドの構造や予想外の展開が満載の、ちょっと不器用に時代のグルーヴを追求していた90年代ハウスに対して、逆に驚くほどの新鮮さを感じている自分がそこにいることを明確に感覚するようになってきたのです。例の謎の一曲に関する、微かな記憶をたどりながら、90年代前半のハウス・サウンドの世界へと、グイグイと引き込まれていってしまったわけです。もうこうなると変に抗うことなく、大波に翻弄されてゆくしか道はありません。
 ニック・ジョーンズのプレイが録音された91年という時期から推理して、まずはその当時に全盛期を迎えていたニュー・ジャージー産のジャージー・ハウスの楽曲の中に、謎の一曲の答えが隠されているのではないかという仮説に直ぐさま到達することができました。そこで、例の謎の一曲の曲調をつぶさに吟味してみた結果、ちょっと渋めなところを探ってみようという考えにいたり、タイロン・ペイトン(Tyron Payton)やポール・スコット(Paul Scott)の関連作品を中心に軽く捜索を開始したのです。すると、どうでしょう、あれこれ漁ってゆくうちに、90年代初頭にDanceteriaから発表されたスコット絡みのユリシーズ(Ulysses)による2作品、“Redeem Myself”と“I Declare”(いずれの盤にもJazz-N-Grooveによる最初期の好リミックスが収録されています)が、ひょっこりと発掘されました。これらの盤たちが掘り出されたからといって、謎の解明には少しも近づいたわけではないのですが、なんとなく捜索の副産物である思いがけぬ収穫には、妙な手応えが感じられるようにもなってきたのです。シェドリック・ガイ(Shedrick Guy)が93年にブラックマン(Blackman)名義でStrictly Rhythmより発表した“Organ Dance”なども、久々に聴いたらなかなか面白かったです。また、Strictly Rhythmのものでは、92年発表の故ラリー・パターソン(Larry Patterson)に捧げられた一枚、タイロン・ペイトンとエース・マンギン(Ace Mungin)のコンビがACE名義でプロデュースした“I'm Happy”なども、非常にグッドでした。そんなこんなで、あちこちを掘り返して、あれこれと聴き返しているうちに、だんだんとバラバラになっていた記憶のカケラたちが、ゆっくりと結びつき始めてきたのです。そして、深い深い記憶の奥底に沈んでいた、あの一曲が、遂にフワフワーッと浮かび上がってまいりました。あまりにも突然に、なんの前触れもなく。
 バラバラになった記憶の断片が、スーッとひとつに繋がってゆく瞬間というのは、本当に唐突に訪れるものです。特に、大きなキッカケがあったわけでもなく、ゆっくりゆっくりと謎の解明に必要とされる、いくつかの記憶のピースだけが、脳内でひとりでに動き出し始めてゆくようです。厚い灰色の雲に覆われていた空が、ゆっくりと晴れ渡ってゆく感じでしょうか。茶色く濁っていた泥水が、緩やかな不純物の沈殿によって、澄んだ水となってゆく感じでしょうか。いくつかの記憶の断片が接近し、ゆっくりと結びついてゆくにしたがって、ひとつの明確な像(イメージ)が、頭の中に立ち現れ始めたわけです。ずっと、脳内でモヤモヤとくすぶっていた重大な謎を解き明かす、大いなる解答を導き出すための鍵が、いくつもの断片たちがまとまってひとつの記憶の道筋となることで、ほとんど錆び付いてしまっていた思考の鍵穴を、いとも簡単にスパスパッと開けていってしまう感覚。で、そのようにして記憶の奥底からフワッと浮かび上がってきた、問題の謎の一曲というのは、ダンス・アドヴァイザリー・コミッション(Dance Advisory Commission)の“Free Your Mind”でした。91年にNYのインディ・レーベル、12th Avenueよりリリースされた、デイヴィッド・アンソニー(David Anthony)とペドロ・ヘレーラ(Pedro Herrera)による大名曲です。92年にはEmotiveよりデイヴィッド・アンソニー・フィーチャリング・ペドロ・ヘレーラ(David Anthony Featuring Pedro Herrera)という名義で、新ヴァージョンを収録した再リリース盤まで発表されていた、90年代初頭のNYハウスを代表する傑作曲。往時、あんなにも気に入っていた“Free Your Mind”だったのに、15年以上の歳月を経ると、本当にあっさりと忘れてしまうものなのですね。脳裏に残っていたのは、いくつかの記憶の断片やカケラのみでした。それを、ひとつひとつ拾い上げて繋ぎあわせ、謎を解き明かすために明確な像を結ばせてゆくのですら、ひと苦労という有り様です。たくさん回り道をして、謎の解明とは全く関係のないいくつかの興味深い発掘をしながら、かなりの時間をかけて、ようやく鍵穴をこじ開けることができました。しかし、モヤモヤが一気にスカッと晴れる瞬間というのは、本当に気持ちのよいものです。喜び勇んで、ダリル・ジェームス(Darryl James)とデイヴィッド・アンソニーの関連盤がまとめて置いてあるあたりをゴソゴソと漁って、“Free Your Mind”を発掘し、実際に聴き返してみました。やっぱり間違いないです。本当に素晴らしい作品です。サウンド・プロダクションもヴォーカルも、90年代初頭のNYハウスにおける、最もベストなものと言い切ってしまってもよいのではないでしょうか。実際、どこにも派手さは感じられません。音質も、結構野暮ったい感じです。でも、こういった重心が低く太く淡々と鳴っているタイプの楽曲が、黒い人影が蠢く暗めのダンスフロアに異様な音圧で轟いている妖しい光景こそが、あの当時のNYのアンダーグラウンド・ハウスのイメージなのです。サビの部分では、心と体を解放しようと何度も繰り返し歌われていますが、どうにもこうにも頭打ちな状況下では、浮上することも解き放つこともままならず、鬱々とモヤモヤを抱えながら潜行を続けざるをえないとでもいうような諦念にも似た感じが濃密に漂います。不況による大打撃をうけて街は冷たく寂れて、スモークが立ちこめるダンスフロアの暗がりで、打ちひしがれた人々は過酷な現実から僅かに逃避しながら、黙々と妖しく踊り蠢いていた時代だったのです。その光景のサウンド・トラックとして、最もピッタリきそうな一曲が、ダンス・アドヴァイザリー・コミッションの“Free Your Mind”でした。でも、時代がいくつも変遷してゆくと、かつて相当に気に入っていた楽曲も、即座には思いだせなくなってしまうものなのですね。人間の記憶とは、なんと曖昧なものなのでしょう。ニック・ジョーンズのミックス音源で聴いて、すぐさまデイヴィッド・アンソニーがプロデュースした“Free Your Mind”だと、脳内に散らばっていた記憶の断片を集約することができなかったのは、ちょっぴり落ち込むショックな出来事でした。しかし、その次の瞬間には、この91年発表の“Free Your Mind”が、最も初期のデイヴィッド・アンソニーによるプロデュース作品にも関わらず、とんでもなくシッカリとした完成度を誇っていることに対して、心底感心していたりするのですから不思議です。ちょっぴりショックだったことすら、直後にケロリと忘れ去ってしまえるのです。人間の脳とは、なんと曖昧なものなのでしょうか。
 問題のダンス・アドヴァイザリー・コミッション“Free Your Mind”を掘り出してきたついでに、ジャージー・ハウスやデイヴィッド・アンソニー関連の作品以外のものも猛烈に気になってきて、目についたものから順繰りにあれこれ聴き返してみました。ルイス・シエラ(Lewis Sierra)、レニー・フォンタナ(Lenny Fontana)、マイケル・パターノストロ(Michael Paternostro)あたりが絡んだディープなインスト・トラックや、リチャード・ペイトン(Richard Payton)とダグ・スミス(Doug Smith)の95 North、そしてヴィクター・シモネリ(Victor Simonelli)などによるプロデュース/リミックス作品を中心に、あの当時のアンダーグラウンド・ハウスのかなり真っ当なラインを辿りながら、フレッシュな掘り出しものを求めて探検を続行したのです。あまりにも急激にマニアックな方面へと突き進みすぎてしまうと、どんなに強烈なリヴァイヴァルの大波でも、かなり早い段階で飽きがきて、呆気なく動きが収束していってしまう恐れがありますので、正統派のちょっと地味めな線を狙いながら、ゆっくりと慎重に歩を進めてゆきました。大量に物を移動させないと掘り出せないほど奥地に埋もれてしまっている盤に関しては、まだ全く手はつけていません。本格的にやり始めたら、とんでもない騒ぎになってしまいそうなので、今のところは、なんとなく二の足を踏んでしまっている次第です。現時点で、すでにかなり面白いものが、いくつか掘り出せているので、それらでそこそこ満足できているという部分は確実にありますけどね。その中でも、なぜか個人的に今物凄く旬な一枚となっているのが、91年にEcho USAより発表されたCandy J.の“Let's Get Together”です。かつては、それほど好きな盤ではなかったのですけど、今はここに収録されているClub Vocal Remixが、ヤケに気に入ってしまっています。ずっと、妙に中途半端で食い足りない感じのプロダクションが、どうにも惜しい感じで、いま一歩の一枚という印象であったのにも関わらず。だがしかし、今では、その徹底的にショボくチープなプロダクションの制約と限界の中で、必死に創意工夫をこらして頑張っている感じが、素晴らしくまぶしいものに感じられてきたりもしているのです。Candy J.は、80年代から本場シカゴのハウス・シーンで活躍してきたオネエ系のシンガー。そして、この“Let's Get Together”という楽曲は、グレッグ・カーマイケル(Greg Carmichael)がプロデュースを手がけたパム・トッド(Pam Todd)のディスコ・クラシックを新たにハウス・ヴァージョンでリメイクしたものです。メロディ・ラインもコーラスも、ほぼ原曲に忠実にリメイクされている点に、古典への並々ならぬ愛が感じられてグレイトです。そうした大きく深い愛からくる、往年のディスコの雰囲気とハウスの機械的なダンス・サウンドを、アングラな安っぽいプロダクションの中で、無謀にも融合させようと必死に頑張ってしまった結果にこそ、この盤が、どうにも中途半端な印象のものに仕上がってしまった大きな要因があるようにも感じられます。無謀で無茶な頑張りは、ただただ虚しいだけというケースも往々にしてあるのです。それでも、そんな無謀なチャレンジから導き出された、いま一歩の結果が、17年の年月を経た現在では、なんとも面白く素敵なサウンドに聴こえてしまったりするのですから不思議です。チープでショボい典型的ディスコ・ハウスなトラックの、そのちょっとばかし迫力に欠けるサウンドをバックに、恐ろしく張り切ったCandy J.の猛烈なキンキンのファルセット歌唱が炸裂しまくる、なんともいえない味わいのある世界が怒濤のように展開されます。この感じは、完全にワン・アンド・オンリーです。こうしたクドいまでのアクの強さという部分も、90年代初頭のハウス・ミュージックの大きな特徴であったかも知れません。思えば、本当に、どこもかしこもアクの強い盤ばかりでした。
 ところで、UKハウスの大御所プロデューサーであるジョーイ・ネグロ(Joey Negro)によるミックス音源に『Vintage Garage Mix』というものがあります。これは、伝説のクラブ〈Paradise Garage〉を頂点とするディープでシリアスでエモーショナルでソウルとラヴに満ちあふれたNYのダンス・ミュージックの流儀、いわゆるガラージ・サウンドから、多大なる音楽的影響を受けたネグロが、80年代後半から90年代初頭にかけてのNYハウスの主に秀逸な歌もの、いわゆるガラージ・ハウスの大クラシックスのみをコンパイルしてDJミックスした作品です。収録されているのは、ブレイズ(Blaze)、ロナルド・ブレル(Ronald Burrell)、スマック・プロダクションズ(Smack Productions)、ケリ・チャンドラー(Kerri Chandler)、ローランド・クラーク(Roland Clark)、フィリップ・ダミエン(Phillip Damien)、ダニー・テナグリア(Danny Tenaglia)、ピーター・ダウ(Peter Daou)などの有名プロデューサーによるクラブ・ヒットした有名曲ばかり。基本路線としては、生粋のアンダーグラウンド・ハウス・オンリーです。でも、ここまであからさまに限定的な形で往年の音を打ち出されてしまうと、少々気恥ずかしくなってくる部分もなきにしもあらずであったりして。本当に記憶の根幹にこびりついた懐かしのヒット曲ばかりなので、聴き物としては最高に楽しめるものではあるのですけれど。個人的には、この『Vintage Garage Mix』よりも、もう少しだけ地味めなところがツボだったりします。よって、地味めだけどマニアックすぎない、そんなギリギリの緩衝地帯にスッポリと取り残されているような、極めて微妙なラインを積極的に狙ってみようかと思っているところです。しかしながら、これは、非常に個人的で独断に満ちた線引きによる区分であるので、もしかすると、第三者の目から眺めれば、ほとんどが十分にマニアックすぎるものばかりなのかも知れませんけどね。
 これまでに何度か訪れていた、様々な90年代ハウスのリヴァイヴァルの大波が通り過ぎていった後に、浜に打ち上げられた魚のように残された、ややマニアックな発掘物たちが、すでにそこそこの枚数たまっていたりします。それらと、今回の大波で新たに収穫されたものをあわせると、結構なヴォリュームの90年代ハウスの地味渋な名曲選を組むことができそうです。トッド・テリー(Todd Terry)やゾーズ・ガイズ(Those Guys)から、ブルー・ボーイ(Blue Boy)やニュー・センチュリー・ソウル(New Century Soul)、そしてファンクマスターの異名をもつマーヴィン・ジョーダン(Mervin "Funkmaster" Jordan)が手がけた燻し銀のエディット作品にまでに及ぶ、かなり幅広く雑多な感じのセレクションになってしまうのですが。でも、個人的には、どれもこれもエヴァーグリーンな好盤ばかりです。そのうちに、これらの放り出しものを軸にセットを組んで、サラッと地味めなDJプレイでささやかな成果のほどを披露できれば、などと考えていたりもするところです。しかし、今のところはまだ、もう少しだけリヴァイヴァルの大波の真っただ中で、地道な発掘作業を続けてゆくつもりです。現時点では、先日めぼしいところを見つくろってきたばかりのDJデューク(DJ Duke)や、サン・オブ・サウンド(Son Of Sound)の新作“Trial By Fire EP”で健在ぶりをアピールしたばかりのヘンリー・マルドナード(Henry Maldonado)あたりの初期作品のチェックが控えてるところです。厳正なるチェックを終えた後もこちら側のストックに残留が許されるのは、ほんの一握りかも知れませんけどね。最後に、いま最高に気に入っている一曲は、95年頃にSmackよりリリースされていたホワイト・レーベルのレーベル・サンプラー盤の収録曲である、ジャネット・ラシュモア(Janet Rushmore)とレオン・ニール(Leon Neal)のデュエット曲“Come Into My Life”です。なぜか正式な形でリリースされることのなかった楽曲なのですが、これは本当に素晴らしい作品です。ジャージー・ハウスの歌物の中でも、確実にトップ・レヴェルに属する傑作だと思われます。しかし、なんでこの曲は、どこのレーベルからもリリースされることがなかったのでしょうか。大いなる謎であります。

 追記。マルドナードの初期作品は、残念ながら全滅でした。今の耳で聴くと、無駄にゴチャゴチャと頑張りすぎてしまっているのが、非常に蛇足すぎて。当時の大流行であったジャズ・ハウスの路線に多少なりとも歩調を合わせようと、下手にトラックの構造や展開に思いきり凝ってしまっているのが、ちょっぴりうざったいのです。逆に、DJデュークの初期作品は、やはりかなり素晴らしものばかりでした。“Moon Over Egypt”や“Before Dawn”、そして“Make Things Happen”あたりの楽曲は、実にディープでトラックとしての完成度も高く、あらためて90年代初頭のNYハウスのクラシック作品として再確認いたした次第です。しかし、今回のチェックで一番のヒットだったのは、ニック・ジョーンズが95年にSubwooferからリリースした“House Nation Grooves Vol 2 EP”に収録されている、激烈にソリッドなトライバル系トラック“Ya!!!”でした。これは、かなりの掘り出しものだったと思います。4曲収録のEPのB面2曲目ですからね。このあたりって、結構、見逃しがちですよね。いわゆる重箱の隅です。ニック・ジョーンズのミックス音源から始まって、めぐりめぐって遂にニック・ジョーンズのトラックにまで流れ着きました。この一連の流れにも、うまいこと起と結がついたのではないか、などという気がしたりなんかもして。とか言いつつ、この大波そのものが収束に向かいそうな気配は、まだまだあまり漂ってきてはいないです。仕方がないので、もう少しだけ大波に翻弄される楽しみに身を委ねてみようかと思っております。

フリースペースまとめ

 こんにちは。

 桜の花も咲き、本格的に春らしくなってきたような。悩ましい花粉症も本格的に大詰めの時を迎えております。末期の花粉は異常に踏ん張りまくってくれるので、まったくたちが悪いです。きてますね、これは。厳しいです。もう少しの辛抱でしょうか。なんとか乗り切れるよう、必死に耐えたいと思います。

 松井選手、ご結婚おめでとうございます。末永くお幸せに。

 にしこり!

 今、Resting Bellの新作を聴いています。レゴスフィア(Regosphere)の“The Coast By Train”です(レゴスフィアは、アンドリュー・クイッター(Andrew Quitter)のソロ・プロジェクト)。ドローン系のミニマル・アンビエント作品が、全3曲収録されています。いずれも約10分程度の長尺曲で、非常に繊細で美しいサウンドが丁寧に展開される好作品です。これは、どっぷりとのめりこんでゆくことが可能な音です。グリッチやミニマル・エレクトロニック、クラシカル調のダーク・アンビエント、フィールド・レコーディングなどの様々な要素や手法が、巧みにサウンド・プロダクションに忍び込まされている点も、なかなかオツです。08年のResting Bellは、エンティア・ノン(Entia Non)の“Sub Routine”を皮切りに(エンティア・ノンは、ジェイムス・マクダガル(James McDougall)のソロ・プロジェクト)、本当に素晴らしいリリース作品が続いております。実にインクレディブルです。

 一方、1bit Wonderは、ラテックス・ディストーション(Latex Distortion)の新作が最後のリリースとなるようです。残念ですね。生まれいずるものもあれば、去るものもあるのが、世の常であります。今、1bit Wonderは、ネットレーベルの歴史の一部になろうとしているのです。

 気が向いたら、メールでもしてください。原稿の依頼、DJのお誘いなども絶賛受付中です。お気軽にどうぞ。

 combatdisco(at)hotmail.com

(2008.03.30)

 こんにちは。

 4月を迎えて、非常に良質なリリース作品が続いています。春になり、いろんなところからいろんなものが一斉に芽吹き始めているような感じです。何というか、すごくわくわくしてきます。

 まずは、Zeromoonの新作です。091番、プレリミナリー・サチュレーション(Preliminary Saturation)の“Cigarettes & Sandpaper”が、なかなか良いです。これは、非常に真っ当なスタイルのエレクトロ・アコースティック作品となっています。とてもとても静やかに雑音や物音のドローンが流れてゆく、美しいノイズ・サウンド。何ともいえない王道感も漂っています。素晴らしい、実にファンスティックなリリースです。

 続いては、Nonstopnonsenseの待望の新作。謎のニュー・カマー、Metaxidによる“Acid Trap”が、すこぶる良いです。全3曲収録で、全曲ともにかなりおかしなアシッド・ハウスとなっています。微妙にダウナーで、ちょっぴりダーク、エキセントリックなコミカルさを内包していながらも、古典音楽にも通じそうな品のいい構造の美もたたえている。また、アシッド・ハウスの原点であるChicago Traxの名曲群を彷彿とさせる、思いきりシンプルなスカスカのトラックに仕上げられている点も、極めてポイントが高いです。アシッド・ハウス・ウィル・ネヴァー・ダイ。

 そして、Harry Klein Networksの新作コンピレーション『Bongolize It!』。打楽器のボンゴをテーマにしたミニマル・トラック集ということで、まさに今が旬といった感じのタイトルとなっております。期待に胸を高鳴らせながらザッと聴いてみたところ、やはりいくつか相当に素晴らしい作品が忍ばされていましたよ。デイナ・ルー(Dana Ruh)、ダニエル・ライコヴィッチ(Daniel Rajkovic)、そしてやっぱり常連組のホルヘ・サヴォレッティ(Jorge Savoretti)の手がけた楽曲あたりが、パーカッシヴでキレがあり実にグッドでした。ドイツ勢は基本的にレヴェルが高いです。勢いが感じられますね。

 とりあえず、今のところ注目作はこのあたりでしょうか。また何か飛び出してきましたら逐一ご報告いたします。

 それでは、シー・ユー・アゲイン。

(2008.04.03)

 こんにちは。雨の日ばかりで、なんだか気分まで湿っぽくなってきてしまいます。晴れたら晴れたで、気温が一気に高くなったりするし。暑かったり肌寒かったり、春先はいろいろと目まぐるしくて困ります。

 では早速、音楽の話を。このところ、抜群にグレイトなものは、残念ながらあんまりないのですが、そこそこグッドなものは、あれこれと出ていたりしております。

 まずは、Dr. NojokeのKreislauf.FMでの最新セッション(08年4月8日分)。この模様が、なかなかでした。基本的に、Dr. Nojokeの作品にハズレはないです。タイトで太く力強いコツコツのトラックに、ポコポコのパーカッションを多めにトッピングしたサウンド。今回のメガミックス形式のセッションでも、そうしたDr. Nojokeのトレード・マークともいうべきサウンドの傾向は、全くブレることなく終始貫徹されています。60分間、たっぷりとDr. Nojokeのヒプノティックなトラックの世界にひたれる音源です。

 お次は、Clinical Archivesの新作。イリア・ベロルコフ(Ilia Belorukov)の“Melomania”が、なかなかでした。こちらは、かなり古典的なスタイルのノイズ・アヴァンギャルド系のサウンド・コラージュ作品となっております。全体的に、ちょっぴり懐かしい感じ。どんなに時代が移り変わろうが、この手の茶目っ気にみちた雑音工作の手法というのは、どうやら決して廃ることがないようです。80年代後半のトランス系に非常に近い雰囲気で、オムニバス盤『NG』に紛れ込んでいたとしても全然おかしくはなさそう、といえば多少はわかりやすいでしょうか。

 3つ目は、厳密には全く新作ではないみたいなのですが、ようやく今頃になって浮上してきた作品のようなので、とりあえず一応ご紹介しておきます。グレイ・コード(Gray Code)の“Live In Philadelphia 2000”。結構年数の経った録音物ですが、これが、かなり素晴らしかったです。グレイ・コードは、5人のミュージシャン/インプロヴァイザーからなるユニット。本作は、彼らが00年の5月と9月にフィラデルフィアで行った2度のライヴから、3つの即興演奏のパートを収録した作品です。グレイ・コードの即興演奏は、全てベル研究所のフランク・グレイが考案したデジタル回路用の数値コード(グレイ・コード)の、パルス符号への変換のアルゴリズムの方式にのっとって行われているようです。まずは各人のソロがあり、2ビットのグレイ・コードを採用したデュエットが10通り、3ビットのトリオは10通り、4ビットのクァルテットは5通り、そして全員参加のクィンテットといった具合に、様々な編成での演奏が一通り繰り広げられてゆきます。しかしながら、デジタル交信のパルス符号を音に変換した即興演奏であるため、全体的な音数は極めて少ないのが特徴。リコーダーやトランペットが侘しげに響く、奇妙にスカスカな枯れた味わいのサウンドが、極めて魅力的です。どこか、かつてのカレント93のライヴを思わせる雰囲気なども漂っていたりします。中盤では、中国あたりの古典的な宮廷音楽を連想させる思いきり東洋風のエキゾティックな演奏が表出してくる、かなり個性的な展開をみせたりもするのです。グレイ・コードは、どうやら相当なつわもの揃いのミュージシャン集団のようです。限られた音数の積み重ねで、きっちりとうねるような即興演奏の流れを作り出してゆきます。“Gray Code for Five”、実に聴き応えのある演奏です。

 ラストは、MiMiの新作。日本人アーティストのYasuhiro Nodaによるプロジェクト、Step.の“Coldfront. 1”が、なかなかでした。物音系の落ち着いたエレクトロニカ。ミニマルな細切れ具体音のループを基調とした、余白を活かした構造のサウンドに、グイグイと引き込まれてゆく感覚を味わえます。やはりシンプルなループには、強烈なパワーが備わっているように思われます。これも一種のバック・トゥ・ベーシックな流れに属する音の傾向なのでしょうか。再びリズミックな電子雑音の全盛期が訪れるのかも知れません。まあ、何かしらの原点回帰の運動を経て、そこから思いもよらぬような斬新なサウンドが飛び出してくることもあるでしょう。そんな神様の悪戯的なマジックにも期待してみたいところです。

 とりあえず、最近のグッドだった作品は、そんなようなところです。また、面白いのがあったら、ご報告いたします。それでは、また。

(2008.04.14)

 こんにちは。まだまだ花粉症というか鼻炎がズルズルと長引いています。クシャミ&ハナミズがナイト&デイです。この困った状態は、いったいいつになったらおさまってくれるのでしょうか。教えてください。

 来月の早々にでも、一度このフリースペースを使用して展開してきたものを、まとめておこうと思います。そして、今後は、これまでの形とはひと味違った方法で、逐一の最新リリース作品のご報告やリポートの作業を進めてゆくつもりでおります。よりまとめやすく、簡潔にして後々容易に整理整頓しやすい形で。

 では早速、音楽の話を。しばらくやや小粒な作品が続いていた印象がありましたが、ここにきて遂に特大ホームランが飛び出しました。来ました、久々にバッチリと手応えのあるグレイトな衝撃作です。

 その衝撃の特大ホームランとは、ドイツのPharmacomより発表されたF.D. Projectの『Mare Tranquillitatis Vol. 02』です。F.D. Projectは、その名の通りF.D.ことフランク・ドリットケ(Frank Dorittke)によるソロ・プロジェクト。月面の静かの海(マーレ・トランキリタティス。69年にアポロ11号が人類初の月面着陸を成し遂げた場所でもある)の名称を冠した、この作品集は、まさに月周回衛星かぐや(SELENE)によってハイヴィジョン撮影された地球の出の映像にピッタリとマッチしそうな、素晴らしく美しいスペイシーで壮大&荘厳なエレクトロニック・ミュージック大作となっております。古臭いシンセのムニューンやミニョーンを満載した、ゆったりと無重力状態を漂うようなサウンド。これは、ジャーマン・エクスペリメンタルからプログレ/ユーロ・ロック、そしてKLFやジ・オーブへと脈々と受け継がれていった、一連の実験的なスペース・サウンドの王道の系譜に属する作品であります。CD2枚組分のヴォリュームに全13曲。たっぷりとお腹いっぱいにさせてもらえる濃いめの内容。70年代にプログレッシヴ・ロックという新たな地平(アートフォーム)を開拓した偉大な先人に対する明確なるオマージュとなっている、ラストを飾る全3幕からなる約30分にも及ぼうかという“The Return Of O”組曲などは、なかなかにズッシリとした聴き応えがあります。まあ、はっきり言ってしまうと、もろにマイク・オールドフィールドなのですけど。21世紀の今、これを大真面目にやっている感覚が、非常に素敵です。それも、ひとりでコツコツと。おそらく、宅録で。なんとも感動的ではありませんか。孤独な夢想音楽が、自由に宇宙空間を遊泳しています。実に素晴らしい作品です。

 ついでに、もう一点ご紹介させていただきます。バルセロナのInoQuoからの新作、Sr. Clickの“Dispares”がグッドでした。ミニマル・テック界の名プロデューサーによる作品だけに、全てのトラックが、ある程度の水準以上のものであることに違いはないのですが、今回の“Dispares”の中には、とんでもない楽曲がコッソリと忍ばされておりました。それが、3曲目の“Alba”です。キュートな声ネタを大々的に使用した、思わず気恥ずかしくなってしまいそうなカワイイ系ミニマル・トラック。年間最優秀かわいいトラック・オブ・ジ・イヤーへのノミネート作となることは、おそらく間違いないところではないかと思われます。いや、もはや大賞の最有力候補といったところでしょうか。少し気が早すぎるかも知れませんが。カワイイは、すでに世界共通語らしいですからね。カワイイ・イズ・マイト。カワイイ・イズ・ライト。

 最後に、もう一点。先日、Beats In Spaceでスティル・ゴーイング(Still Going)のプレイリストを眺めていたら、ちょっと気になるものを見つけてしまいました。なんと、あのPhilosomatikの作品が、そこでプレイされていたのです。やられました。久々にビビビッと衝撃を受けました。急いでレコードを探し出してきて、聴き返してみましたよ。なるほど、なるほど。今の感覚の耳で聴いても、全然ばっちりでした。さすがはStill Going、本当にいいところに目をつけています。Ikasa-Men名義での“Let's Dance, Boy!”のStage Twoに収録されている“Let's Be Mo'Mo' Okamatik”。思わず腰砕けになりそうなタイトルですけどね、内容のほうは凄いの一言です。結構いかれています。中盤で軽くぶっ飛ばされます。オールド・シカゴ系のキャバレー・ミュージック調のダンス・トラックをリメイクした線を狙ったのではないかと思われますが、ミニマルなフレーズの容赦ない反復の中から恐ろしいモンスターが誕生してしまっています。目がまわりそうです。頭がクラクラしてきます。ドイツでヴィラロボスあたりがリミックス・ヴァージョンを手がけてくれたりなんかしたら、最高に面白そうなことになりそうな一曲です。今、なぜかフィロソマティックが熱いです。

 とまあ、そんなところです。それでは、またの機会に。ソー・ロング。

(2008.04.25)

溝!後記

 とりあえず、今回の溝!だよりは以上です。次回は、最近のリリース作品のリポートを中心にお送りしようかと考えております。あくまでも予定ですが。それでは、また。チャオ。

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