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<<   作成日時 : 2008/04/20 21:22   >>

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VA: Darjeeling Field Recordings
Hippocamp hc118

 05年にマンチェスターのネットレーベル、Hippocampより発表されたフィールド・レコーディング作品。録音を行ったのは、ダミアン・シングルトン。これは、シングルトンがインド北東部からネパールにかけてのダージリン地方を旅行した際に、マイクで採取した音である。だが、フィールド・レコーディング作品とはいっても、録音されたのはダージリン地方の自然音ではなく、現地の人々の生の歌声である。そこに、この作品が、非常にユニークな音の記録となっている最も大きな要因がある。時として、大自然の音は、どんなに優れた作曲家が書いたメロディよりも、深い説得力をもつサウンドとして響くことがある。そして、それと同様に、時として市井の人々による素朴な歌声というのは、どんなに優れた歌手が歌い上げたメロディよりも、深く強く聴く者に何かを伝えるものとして響くことがあるのだ。ダージリン地方の現地の人々による素朴な歌声は、世界の屋根である広大なるヒマラヤ山脈を臨む大自然の音よりも、どんなに優れたプロの歌手による歌曲よりも、そこにある伝統文化や風俗、貧困や抑圧などの社会問題を、ありのままにストレートに伝えてくれる。シングルトンによる“Darjeeling Field Recordings”は、ダージリン地方に素朴に生きる人々の素朴な歌声を録音した、実に生々しい人間の生の記録なのである。
 ダミアン・シングルトンは、通常はスクリーチ(Screech)という名義を名乗って、フォーキーなエレクトロニカやグリッチ系、ミニマル調のアンビエントなど、繊細で研ぎすまされたエレクトロニック・サウンドをクリエイトしているアーティストである。また、06年からはドイツのミニマル〜テック・ハウス・シーンで活躍する女性DJ、ナディア・リンド(Nadja Lind)と結成したユニット、クラールトラウム(Klartraum)としての活動にも力を注いでいる。Klartraumが、07年にMixoticより発表した『Live In Berlin』では、切れ味の鋭いテック・ハウスを約70分間に渡ってドバドバと頭から浴びせかけてくるような、彼らのディープかつ迫真のライヴ・パフォーマンスの模様を聴くことができる。そうした音楽活動を行っているシングルトンが、インド〜ネパールを旅行し、フィールド・レコーディングを試みたのである。基本的には電子音楽の世界で活躍するプロデューサーのシングルトンだが、純粋にダージリン地方のトラディショナル・ソングやフォークロア・ミュージックに対する興味を抱き録音を行ったのであろう。ヒマラヤ山脈の麓の高地、乾いた秘境に暮らす人々の歌に、欧州の文化圏で伝承されてきたトラッドやフォークとは全く異なる系譜に連なるスタイルの旋律を聴き取り、居ても立ってもいられずマイクで採取したのかも知れない。実際、ここで聴ける、インド北東部のダージリン地方に暮らす人々の素朴な歌には、何ともいえぬ奥深い文化的な生々しさが息づいている。シングルトンは、この“Darjeeling Field Recordings”において、本当に素晴らしい歌と歌声をいくつも記録することに成功しているのだ。それは、何世紀も前から市井の人々によって歌い継がれてきた伝統の旋律であり、紛うことなき21世紀の今この時間を地球上でともに生きている人間の生の歌声の記録でもあるのである。“Darjeeling Field Recordings”は、決して失われてはならない、ヒマラヤに暮らす人々にとってのかけがえのない伝統や文化の生々しい記録となっている。
 この“Darjeeling Field Recordings”は、シングルトンの手によって、主としてダージリン地方のふたつのロケーションにおいて録音がなされている。一ヶ所目は、庶民の台所である市場のチョウク・バザール。そして、二ヶ所目は、ブルドワン・ロードのテンジン・レストランだ。まずは、チョウク・バザールでの録音について。ここでは、基本的に1曲のみしか録音されていない。それは、バザールの路上で採取された、年老いた盲目の物乞いによる歌声である。おそらく、市場を行き交う買い物客や観光客などの通行人からの施しを得るために、老人は毎日のように路上にたたずみ日がな一日ずっと歌い続けているのであろう。その年季の入った歌声に瞬時にして心を奪われたシングルトンは、とっさに録音機材を取り出し、盲目の物乞いにマイクを向けた。録音の冒頭で、シングルトンはマイクで歌声を記録することを老人に説明している。老人に録音の断りを一言伝えることによって、バックパックを背負って西側社会からやってきた身勝手な伝統文化の搾取者となることを避けようとしたのであろう。だが、シングルトンは、老いた盲目の物乞いが英語を理解していた気配は全くなく、作業を終えた後に再び説明をしてみたものの、これに関しても一向に理解している素振りは感じられなかったと後に記している。盲目の物乞いにしてみれば、周辺に人の気配がある時は、それは善意の施しを引き出すための絶好のチャンスでしかない。相手が何を言おうがお構いなく、少しでも多くの施しをもらうために、いつも以上に張り切って精一杯に歌うだけなのである。通行人がカメラを向けていようがマイクを向けていようが、盲目の物乞いにとっては、そんなことは全く与り知るところのものではない。歌は純粋に生活の糧を得るための手段でしかなく、それが目的とするところは、ただただ他者からの善意の施しのみなのである。シングルトンが静かにマイクを向けている間も、老いた盲目の物乞いは、出来る限りの最高の歌声を披露しようと路上でひとり奮闘を続けている。結局、老人とシングルトンの間に意思の疎通というものは一切成立しなかった。その証拠に、現地の言葉で滔々と歌われている楽曲の正確なタイトルは不明なままで、シングルトンの手によって“Nepalese Beggars Lament”というタイトルが冠されている。物乞いによる嘆きの歌というわけなのだが、何度も咳き込みながら歌い続けられる老人のしわがれたその歌声には、凄まじいほどのブルース感と悲哀が満ちている。この歌の内容が実際に嘆き節であるのかは定かではないが、現実に過酷な路上生活を長年に渡り生き抜いてきた人物による歌声からは、何ともいえない強烈な説得力がにじみ出す。その歌声の響きは、世俗の世界の最底辺で這いつくばって限りなく卑しく生きる者でありながらも、さまざまな業を積んできた高僧が読み上げる経文のごとき、恐ろしいほどの達観した渋みを獲得してしまっているのである。まさに、どこか彼岸から響いてくるような趣きすらある。完全に枯れきった、独特の間の節回しで歌われる朗々たる旋律からは、本物のブルースがひしひしと感じ取れる。張り切りすぎたのか、痰がからんだのか、途中で老人は何度か思いきり咳き込んだりもする。そして、また何事もなかったかのように歌い出す。このあたりの、ひたすらに我が道をゆく、いい意味でのあっけらかんとした無頓着さも、ブルース感満点だ。物乞いのために人に披露する曲ということは、現地ではよく知られている曲なのであろう。あまりバザールの通行人に馴染みのない曲は、施しを得るために路上では歌われないであろうから。ダージリン地方で普通に伝承され歌い継がれている民謡といったところだろうか。それにしても、この老人の枯れた歌声には、とんでもないくらいに奥深い味わいが宿っている。ある意味、唯一無二の名唱である。
 そして、“Darjeeling Field Recordings”の大部分を占めるメイン・ディッシュとなっているのが、テンジン・レストランにおける録音である。この問題の音源にまつわるストーリーは、シングルトンがブルドワン・ロード沿いの一軒のレストランをフラリと訪れたところから始まっている。何気なく入った店で、彼はひとりの従業員が仕事の合間に歌を口ずさんでいるのを、偶然にも耳にする。即座にシングルトンの琴線をガツッと掴んでしまった、その強烈な歌声の持ち主が、ゲロン・ブティア(Gelong Bhutia)だ。間髪入れずにシングルトンはブティアに対し、彼の歌声を録音したい由を申し入れた。その申し出を快諾したブティアは、翌日に録音機材を揃えてレストランを再び訪れたシングルトン一行を一家総出で暖かく迎えたのである。レストランの一家は、ブティアとその妻であろうテンジン・ウォンモ(Tenzing Wongmo、テンジン・レストランの女主人か?)、そしてその子供たちと思われる10代の娘ふたり、ヤンチェン・ドルカー(Yangchen Dolker、15才)とテンジン・ロデン(Tenzing Loden、12才)の4人。ブティアが、突然のシングルトンの録音の申し出を快諾したのには、実は裏側に大きな理由がある。彼は、中国政府による弾圧と迫害から逃れてネパール〜ダージリン地方へとやってきた、チベットからの亡命者であるというのだ。テンジン・レストランは、亡命者の一家が経営する店であったということだろうか。亡命者のブティアが、西側社会からの旅行者であるシングルトンの差し出すマイクの前に一家で立つことを決断したのには、家族の歌声を録音することで長年に渡り厳しく弾圧されてきたチベットの文化をありのままに記録し、決して消え去ることのない形にして後世へと残し伝えてゆくことができるはず、という想いがその根底に存在していたからにほかならない。不当な人権侵害によって弾圧されてきた、失われつつあるチベット文化の記録。ダージリン地方を訪れたシングルトンのマイクは、思いがけぬ偶然の積み重ねによって、思いもかけぬものを記録することと相成ったのだ。
 しかしながら、その当の本人であるゲロン・ブティアの歌声は、たった1曲のみしか録音されてはいない。それが、“Dil Aisa Kisi Nay Mera Tora”である。これはチベット語で歌われている民謡なのであろうか、ネパール語もヒンディ語もわからず、全く言語の区別がつかないので推測するしかないのだが、ほかならぬブティアが歌っている楽曲であるので、きっとチベット文化の根幹を伝えるような何かしら重要な意味をもつ歌曲なのであろう。優しくやわらかな旋律が、ふわふわと漂いながら流れてゆく雰囲気には、どこかチベットの仏教的(もしくは密教的?)なスピリチュアリティが感じられたりもする。ひとつの主題を繰り返しながら、ゆったりと展開してゆく構成からは、強い宗教的な匂いを嗅ぎ取らずにはいられない。密教の神々を非常に近くに感じながら日々の生活を送るチベットの人々にとっては、何気なく口ずさむ民謡などの歌曲が宗教的なスピリチュアリティを多く含有するものになってしまうのも、至極当然で極めて普通のことであるのかも知れない。しかし、そうした普通の人々の日常生活の根幹にまで長い時間をかけて染み込んできたチベットの宗教や文化に対して、中国政府は共産主義に伴う全体主義の思想の名の下に厳しい弾圧を加えてきた。これまでに、チベット自治区のラサ市では、中国政府への抗議の声を挙げた民衆や僧侶たちによるデモや大規模な暴動が繰り返し起きている。そして、その間に多くの人々が、おびただしい量の血が流れた動乱から逃れて周辺の諸国へと亡命していった。そのうちのひとりがブティアである。おそらく、多くの亡命者たちは、今も中国政府と民衆や僧たちの衝突が絶え間なく続くチベットにおいて、不当な弾圧を受ける宗教や文化が根絶されてしまう重大な危険にさらされていることに関し、大いなる危惧感を抱いているのではなかろうか。そして、チベットの独立を心の底から願っている。“Dil Aisa Kisi Nay Mera Tora”におけるブティアの静かで穏やかな歌声には、そうした故郷のチベットに対する強い思いが深く深く息づいているような気もする。
 亡命者ブティアの妻と思われるテンジン・ウォンモは、3曲を録音している。やはり女性の伸びやかな歌声による歌唱のほうが、繊細なフォークロアの歌い回しは一段と映える。ウォンモの歌は、どちらかというとチベット的というよりもインド的な大らかさをたたえたものである。あまり高地の生活を思わせる険しく過酷な表情は、そのやわらかく緩やかに流れる旋律からは感じ取れない。例のインド風の舞踏が似合いそうな雰囲気が濃厚に漂っているのだ。また、盲目の物乞いや亡命者の歌声にこもっていた独特の悲哀や哀感も、ここでは一切見受けられない。どこまでもどこまでもなだらかに響き流れてゆきそうな、穏やかな大河を思わせる、実に素朴で大らかな歌声なのである。そして、10代の娘ふたりは、初めてのマイクに向かって歌うという経験に対し、最大限に恥じらい、はにかみ、時折照れ隠しに無邪気に笑ったりしながらも、7曲を録音している。15才のヤンチェン・ドルカーが4曲、12才のテンジン・ロデンが3曲で、その素朴な歌声を披露してくれている。だが、その曲の中には、ボブ・マーリーの“One Love”(ロデン)やボリウッド映画『Kal Ho Naa Ho』から飛び出したプレイティ・ジンタらによるポップ・トランス調のヒット曲“It's The Time To Disco”(ドルカー)、同じくボリウッド映画『Dhoom』から飛び出したスニディ・チョウハーンのダンス・ヒット曲でありタイ系アメリカ人歌手のタタ・ヤンによるカヴァーも世界的なヒットとなった“Dhoom Dhoom”(ドルカー)などといった、全く民謡ではないものもポツポツと含まれていたりもする。まあ、このあたりも、何とも10代の少女らしい感覚の選曲となっていて、なかなかに面白い。きっとラジオやテレビや映画などのマス・メディアを通じてインドや欧米のポピュラー・ミュージックの文化に触れ、それを思いきり享受し、その世界に親しんでいる世代なのであろう。何度もラジオで聴いて耳で覚えた流行のポップ音楽を自らのレパートリーにして、照れながらも楽しそうにマイクの前で披露している光景が目に浮かぶ。しかしながら、だからといって彼女たちが新しいものや西側の文化に完全に毒されてしまっているという訳では決してない。ブティアとウォンモは、きちんと彼らが受け継いできた伝統的な文化をふたりの娘たちに伝えている。それは、幼少時代からことあるごとに親の代から教え込まれ、日常生活の中で親が口ずさんでいるものを子供たちの耳が自然に吸収していったものでもあるのだろう。いずれにせよ、まだ10代の前半であるドルカーとロデンは、ブティアとウォンモも顔負けな見事なまでの節回しで伝統的な伝承曲を歌いこなしてみせる。とても笑い上戸で何度も無邪気な笑いで歌を中断する、ちょっぴりハスキーなドルカーの歌唱も素朴な味があってよいのだが、12才のロデンの歌声は、それ以上にさらに何倍も輪をかけて素晴らしい。ロデンは、どこまでもやわらかで伸びやかな、実にフォークロアを歌うのに適した美しい声の持ち主である。“Kol Hon Naho”での軽やかにコロコロと転がるようなメロディや、“Kyang Shey”での侘しげな哀愁に満ちた旋律を、惚れ惚れするような圧巻の節回しで堂々と歌いきる。12才の少女らしい、やや舌足らずな感じの歌い回しも、ちょっとしたスパイスとして効いている。このロデンの奇跡的な歌声が、たった3曲でしか聴けないのは非常に惜しい。ダージリン地方のレストランで偶然に記録された小さな大歌手の歌を、もっともっと聴きたい気分になってくる。ここに記録されている以外の曲を聴くには、実際にテンジン・レストランを訪ねるしかないのであろうか。ロデンの美しい歌声を聴くためであれば、それだけのことをする価値は、もしかしたらあるのかも知れない。はて、さて。
 テンジン・レストランにおいて録音されたものの中には、実は1曲だけゲロン・ブティアの一家のメンバーではない人物による歌唱が含まれている。それが、シングルトンのインド〜ネパール旅行に同行していた、ルイーズ・シールズが歌う“Heather”である。シールズは、シングルトンのScreech名義での作品に、度々ゲスト・ヴォーカリストとして参加している女性シンガーだ。Screechのグリッチィなフォーク系エレクトロニカ曲において、シールズの可憐なフォークロア〜カントリー系の歌声を確認することができる。ここでシールズが歌っている“Heather”という曲も、ScreechがHippocampより発表したEP“3.3.4”に収録されていた“Heather Limited”のアカペラ・ショート・ヴァージョンである。シールズのどこか憂いをたたえた凛としたトラッド声には、ベス・オートンの歌唱と非常に近いものを感じずにはいられない。両者は単に似ているというだけでなく、完全に声質も性質も被ってしまっているようでもある。シングルトンとシールズは、Screech作品での新たなコラボレーションに向けての音楽的な参考資料を求めて、純粋にダージリン地方のフォークロアや民間伝承曲の研究を目的として彼の地を訪れたのであろう。そこで彼らはテンジン・レストランのブティア一家と出会い、レストランを営む一家の素晴らしい歌声とあたたかな人柄に触れた。そして、ひと通り歌い終えた一家の面々は、それまで録音作業をしていた旅行者のうちのひとりがシンガーであることを知ると、その女性歌手の歌声を是非聴いてみたいと願い出た。おそらく、ドルカーとロデンのふたりの娘が、無邪気に歌をねだったのであろう。これに応えて、シングルトンとシールズは、ふとした偶然の出会いから数々の素晴らしい歌唱を記録する機会をもたらしてくれたブティア一家への感謝と畏敬の念を込めて、お返しの歌をプレゼントすることにした。それが、シールズの“Heather”なのだ。この素敵なプレゼントには、きっとドルカーとロデンも大喜びしたのではなかろうか。08年2月、シールズはKirstens Postcardより初のソロ作品となる“The Cardigan EP”を発表している。ここでは、フォーク〜トラッド〜カントリー〜ネオ・アコースティックなどの系譜に属する、シールズによる4曲の書き下ろし作品を聴くことができる。楽曲の曲調は総じて落ち着いた渋めのものとなっており、そのフォーキーなテイストの歌唱にも、グッと枯れた味わいが深まってきているように感じられる。また、シールズは友人のダニエル・ギャルウェイとともにアーシーなカントリー・フォーク・バンド、リトル・レイを結成し、ソロ・アーティストとしてだけでなく、こちらバンドのリード・シンガー兼ギター/バンジョー奏者としての活動にも力を注いでいる。そんなリトル・レイでの活動を含めたシールズの今後の動向には、ちょっとばかし注目してゆきたいところである。すでに実力は十二分に備わっているシンガーであるだけに、ひょっとすると何かしらのキッケケで大化けする可能性もなきにしもあらずなのではないかと思われる。
 正直な話、中国共産党とチベット仏教を並べて眺めてみて、どちらがより地球上の全人類にとっての害悪であるのかは、ちょっとよくわからない。思いきり突き詰めて考えてゆけば、どちらも何らかの形での人権侵害の要素を孕んだシステムであることに相違はないからだ。宗教も共産主義も、一部の幹部による多くの被支配層に対するマインドコントロールや洗脳(と脅迫と強要)という図式の上に(はじめて)成立するものである。よって、もしかすると本当の意味で真っ先に解放されるべきなのは、中国の全人民(チベット人も含む)ということになるのではないだろうか。チベット独立よりも、中国共産党による全体主義のイデオロギーの枠組み(もしくは、権威主義的な国家の枠組み)を完全にスポーンと取り去ってしまったほうが、問題の解決には大幅に近道のような気もする。このチベットの問題の場合、中国政府は絶対的にして強大なる権力を持つ強者であり、チベット人はいわれなき弾圧を受ける弱者である。権力による弱いものいじめは、周囲からの反発を受けやすく、ひんしゅくを買いやすい。そして、弱者の人権を訴える行為は、人間として善い行いであるように見えやすい。北京五輪を目前に控えて、さらに加速度を増してゆきそうなチベット問題(と周辺での抗議活動)。再び、大陸の大地の上で多くの血が流されることになるのであろうか。人類の崇高なる叡智は、問題が最悪の事態へといたるのを回避するための何らかの方策を導き出すことができるのであろうか。しばらくは、緊迫の度を深めてゆくであろうチベット自治区とそこに関連する動きからは目が離せそうにない。この“Darjeeling Field Recordings”において歌声を聴くことができるゲロン・ブティアの一家は、現在のチベット情勢をどのように見ているのであろうか。インドやネパールの各地では、多くのチベット亡命者たちがデモなどの直接行動に立ち上がっているという。ブティアたちも、その動きに加わっているのだろうか。美しく優しい歌声に満ちあふれた、心優しき一家が経営するテンジン・レストラン。彼らに危害や危険が及ばないことを、切に願うばかりである。

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