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zoom RSS Jerry Butler: Just For You

<<   作成日時 : 2008/04/10 20:58   >>

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Jerry Butler: Just For You
Dynasty DY 7302

画像 74年に発表されたジェリー・バトラーのアルバム。ジ・インプレッションズの一員として“For Your Precious Love”などのヒット曲を連発させていた50年代末から、シカゴ〜フィラデルフィア〜モータウンと時代を越えて渡り歩いたバトラー。その軌跡は、いわばソウル・ミュージックの歴史そのもの。バトラーは、50年代末からのソウル史を生き抜いてきた、まさに特別天然記念物級のシンガーなのである。だが、この作品は、そんなバトラーの長い音楽キャリアのうちでも、おそらく最も謎めいたアルバムであるのかも知れない。本作をリリースしているDynastyとは、70年代中期(実質的には74年の1年のみ)に僅か3枚のアルバムをリリースして消滅してしまった、極めて短命なレーベルであった。そもそも、このDynastyには、53年から66年までシカゴに存在した、ブルース、ジャズ、ゴスペル、ドゥーワップ、R&B〜ソウルといった黒人音楽全般を取り扱う、新たな時代の先駆けとなった総合ブラック・エンターテインメント・レーベル、Vee-Jayの音源を、専門的に再発してゆくレーベルとして設立された経緯がある。Vee-Jayといえば、63年に初めてアメリカでビートルズのシングルを発表したレーベルとしても知られているが、50年代にはアメリカの音楽業界において最初に誕生した黒人経営者によって運営される黒人による黒人のためのレコード会社として絶大なる支持を獲得していた。そんな50〜60年代の黒人音楽界を代表する、多くのスターたちがキラ星のごとくひしめいていたVee-Jayのカタログの中から、Dynastyが再リリースを進めてゆくアーティストとして真っ先にチョイスしたのが、ジョン・リー・フッカー(『In Person』)とリトル・リチャード(『Talkin' 'Bout Soul』)、そしてバトラーであった。とりあえず、ブルースとR&Bとソウルという黒人音楽の代名詞的なサウンド・スタイルを3本の柱として立てて、Vee-Jay音源の中から最も旨味がタップリと詰まっていそうなところをサクッと摘み出して3枚リリースしてみた、という感じであろうか。いずれのアルバムも、かつてVee-Jayよりリリースされていたオリジナル・アルバムをそっくりそのまま再発したものではない。つまり、Dynastyが独自に企画した(ものであろう)編集盤となっているのだ。そしてまた、リトル・リチャードのアルバムだけは『The Little Richard Story』という副題がついたVee-Jay期のベスト盤的な体裁をとった作品となっているのだが、フッカーとバトラーのものは、おおよそベスト盤と呼べるほどヒット曲や代表曲を万遍なく網羅した内容にはなっておらず、何らかの明確な意図の下にまとめられている感じが極めて希薄な、どういう訳か既発曲と未発表曲が混在している(らしい匂いのする)、変に中途半端な作品に仕上げられてしまっているのである。Vee-Jay時代にお蔵入りとなっていたレコーディング・セッションのテープが会社の倒産後に倉庫の奥から発掘され、そこに録音されていた未発表曲のみをまとめたアルバムということであるのならば、かなり貴重な音源としてそれ相応の聴き方もできるのであろうが、残念ながらそういった作品でもなさそうなのだ。このバトラーの『Just For You』に関していえば、ところどころにシングルのB面に収録されていた既発曲が混じっているようなので、どうやらこれは純然たる未発表曲集ではないようなのである。まあ、既発曲とはいっても、往時に公表されたものとは異なるセッションで録音されたヴァージョン違いやヴォーカルのテイク違いなど、お蔵入りになっていたテープから発掘されたものである可能性がないことはないのだが。しかし、Vee-Jay時代のバトラーの7インチ・シングルを全て蒐集している訳ではないので、その真相を確かめる手だてが根本的にないのだ。そのうえ、さらに致命的なのは、再発専門レーベルであるにも関わらず、このDynastyは、アルバムの収録曲についての詳細なクレジットを一切記載していないのである。あまつさえ、Vee-Jay時代の録音物であるという断り書きすら存在していないのだ。ジャケットとレーベル面に書かれているのは、曲目と何分何秒という尺の長さのみ。せめて、作詞作曲者の名前と録音年だけでも(欲をいえば、プロデューサーやアレンジャーの名前なども)記しておいてもらえれば、何らかの手がかりを掴むことが出来たかも知れないのだけれど。『Just For You』は、そんな非常に謎めいた部分が満載のアルバムとなっているのだ。
 74年当時のバトラーは、Vee-Jayの倒産後に移籍したMercuryに籍を置き、フィラデルフィアのギャンブル&ハフの門を叩いてシグマ・スタジオでのレコーディングを行うなど、ジ・アイスマンと異名をとる恐ろしくクールなバリトン・ヴォイスを爽快に轟かせる数々のヒット作を放って、名実ともにソウル・ミュージック界の頂点に君臨している時期であった。そうした状況を逆に利用して、Dynastyは『Just For You』が過去のVee-Jay時代の録音物であることを、あまり表沙汰にはせずに、非常に曖昧な感じにリリースして便乗商法的に売ってしまおうと考えたのではなかろうか。あたかも新録アルバムのように装うことで『Just For You』のセールスは、飛躍的に伸びるとレーベル側は踏んだのかも知れないが、結果として、そうした姑息な戦略は、全くの裏目となって出てしまったようだ。消費者とは実に目ざといものであり、そう簡単に欺けるものではないのである。そのことは、再発専門レーベルのDynastyが、あっさりと3枚のアルバムのみをリリースして消滅してしまったという紛れもない事実が、まざまざと証明してくれている。それに、74年という音楽業界が全く新たな局面を迎えようとしていた矢先に、一昔前のVee-Jayの音源で勝負しようとするのは、やはりちょっと無謀であったのかも知れない。すでに過去のものとなっていたVee-Jayの最盛期の音は、74年当時には妙に古めかしくこっぱずかしいものに聴こえたであろう可能性は大だ。これは、かつてバブル崩壊後の不景気に沈んでいた日本を元気づけてくれた小室サウンドやモーニング娘。が、今となっては妙にこっぱずかしいものに聴こえるのと同じ原理である。もっともっと遠く遠く離れて、隔世の感があるものに成り果ててしまえば、TKもモーニング娘。も、きっとそれほどこっぱずかしいものではなくなるはずである。今から40年以上も昔のVee-Jay時代のバトラーの歌声を収めた『Just For You』のサウンドは、ある意味において、21世紀を生きる我々の耳には非常に隔世の感があるものとして響く。古い50年代のR&Bサウンドをベースにした、60年代前半の生粋のシカゴのソウル・ミュージックには、どこかノスタルジックな匂いが漂っているようにも感じる。AtlanticやMotownのソウルとはひと味違う、ちょっとばかり洗練へと向かう方向性とは縁遠い、ガサツに貪欲にブルースやゴスペルやR&Bなどの様々な音楽要素をドサッと盛り込んで斬新に消化させているVee-Jayのソウルには、かなり荒削りながらも時代の最先端の音に果敢に挑んでゆこうとする気概に満ちたユニークさが溢れかえっている。たまに、というか往々にして、その満ちに満ちた気概が、変に空回りしてしまっている場合も実に多く、そんなトホホなずっこけ具合もまたVee-Jayのソウルに、独特なユニークさを加味させている大きな要因となっているのだ。そして、バトラーの『Just For You』は、そうしたユニーク極まりないVee-Jayのソウル・ミュージックの特徴が、良くも悪くも異常に顕著に表出したアルバムとなっている。そこには、Dynastyによる全く明確な意図が感じられないアルバムの選曲や編集の作業によってもたらされた、いい意味でのハチャメチャでガタガタな内容が、図らずもVee-Jayのソウルの興味深いユニークな音楽性を浮き彫りにする方向へと転んで作用した、ひょうたんから駒的な側面も確実に存在していたりもする。
 60年、幼馴染みのカーティス・メイフィールドと結成したジ・インプレッションズから独立し、ソロ・アーティストとしてのキャリアを歩み始めたバトラーは、Vee-Jayにおいて基本的に大きな2つの柱を軸にした音楽活動を行っていた。そのひとつめの柱は、ド渋なバリトン・ヴォイスの魅力を最大限に活かした、スタンダード・ソングやムーディなポップスを歌いこなすアダルト向けのジ・アイスマンとしてのバトラー。そして、もうひとつの柱が、音楽的ルーツとして血と肉に染み込んでいるミシシッッピのブルースやシカゴのゴスペルなどの要素を弾けるソウル・ミュージックへと昇華させた、黒人の魂を揺さぶるシンガー(シャウター)としてのバトラーだ。そうした2つの全く異なるタイプの顔を使い分けながら、バトラーはアルバムやシングルを量産し、次々とヒットを放っていた。基本的に、アルバムに関しては、スタンダード系の作品とR&B〜ソウル系の作品が、ほぼ交互にリリースされてゆく形となるように、制作のスケジュールが組まれていたようである。スタンダード系のアルバムでは、フランク・シナトラやナット・キング・コールを好んで聴く層にアピールし、ソウル系のアルバムでは、黒人による黒人のためのポピュラー音楽を求める層を対象として、異なる2つのマーケットを相手にしながらバトラーは大車輪の働きで音楽活動を行っていたのだ。だがしかし、74年にDynastyが独自に選曲/編集してリリースした『Just For You』では、それらのVee-Jay時代には完全に分かれて存在していた2つのタイプの作品が、グチャグチャに入り交じった状態の構成に成り果ててしまっているのである。これを逆説的に捉えるとするならば、『Just For You』は、Vee-Jay在籍時の若き日のバトラーの溌剌としたバリトン声を、ムーディなスタンダード調のポップスからジャンピンでジャイヴなR&Bまでの幅広い曲調で楽しむことが出来る、なかなかに面白く興味深い内容のアルバムだといえるのかも知れない。まあ、1枚のアルバムとしての全体的な統一感には凄まじく欠けるものであるのかも知れないけれど。そんなあからさまに寄せ集め的な内容もまた、本作が74年当時にあまり好意的に受け入れられなかった、ひとつの要因であった可能性は大きい。
 『Just For You』は、むせび泣くような切ないストリングスのアレンジが印象的なスタンダード・ソング調の“The Wishing Star”で幕を開ける。ドヨーンと滑り込んでくるバトラーの歌い出しは、一瞬レコードの回転数を間違えたのではないかと錯覚してしまうほどに恐ろしく間延びしたものとなっており、ちょっとびっくりだ。このトロけそうなほどにムーディな歌い回しこそが、ドリーミーなアレンジの歌曲には絶対に必要不可欠であったりもするのである。ヴォーカルのラインに微かにフルートらしき笛の音が寄り添っていたり、ウエスタン調のギターが爪弾かれたりと、届かぬ思いを星に願って託す切ない世界観の演出には、全くもって余念がない。A面2曲目の“You Won't Be Sorry”は、甘いストリングスがうなりをあげて渦巻き、闊達な女性コーラス陣が弾ける、典型的な60年代ポップスの形式にのっとったナンバー。エコーの効いた単音のギターが響き、ドコドコドコとドラムがおかずを入れる、明らかにフィル・スペクターの作風を手本としていると思わしきサウンドに、憂いに満ちたトーンのバトラーのヴォーカルが、「いつもいつも君だけを愛しているよ、失いたくないんだ」と繰り返す、実にラヴリーな世界。思わずうっとりとしてしまう。A面3曲目は、男性コーラス陣を従えたジ・インプレッションズ時代の雰囲気を微かに漂わせるソウル曲“I'm The One Who Loves You”。終始、肩の力が抜けている感じの余裕綽々なバトラーの歌唱が頼もしい。A面4曲目の“Too Late”は、2本のギターが絡み合い楽曲の流れを先導するようにバッキングを務め、それにつられて威勢よくしゃしゃり出てくる男性コーラスの合間を縫って、バトラーがシャウト混じりのヴォーカルをビシッと決めるサーフ・ロック調の60年代ポップス。「手遅れになる前に、現状を打開する手を打たなきゃ」という恋の駆け引きについて快活に歌ったダンス・ナンバーである。A面5曲目には、再び男性コーラス陣を従えた余裕のヴォーカル・ワークが披露されるソウル曲が登場する。この“Give It Up”は、往年のMotownのサウンドにも通ずるミッド・テンポの心地よいノリが特徴の楽曲。幾度もリフレインするコーラスを相手にバトラーが大人の男のヴォーカルをかましてくれる。また、曲の展開の中で変調があったりサビの部分でチョロッとホーンのバッキングが付加されたりと、実に洒落たアレンジの作品にも仕上げられている。A面のラストを飾る6曲目は、アルバムのタイトル曲にもなっている“Just For You”。これは、連打されるピアノを軸としたバッキングに、タンバリンと手拍子が彩りを添える、かなりロッキンでジャンピンなソウル・ナンバーである。間奏での低域から裏声スレスレまでの幅広いレンジの歌声を駆使したバトラーのフェイクには、かなりの妙味があり、この楽曲における最高の聴きどころとなっている。繊細な心象描写からノリノリのダンス曲まで実に器用に歌いこなす、バトラーのヴォーカリストとしてのスキルの高さには本当に凄まじいものがある。特に“Just For You”での太く張りのある頼もしい歌声には、心底惚れ惚れさせられる。B面1曲目の“Trouble In Mind”は、イナタいオルガンとギターの演奏がフィーチュアされたブルース調のムーディなポップス。モッサリとしていながらも存在感満点で艶のあるバトラーの歌声は、おそらく全盛期のエルヴィス・プレスリーとも対等に渡り合えそうなほどに色気に満ちていて素晴らしい。ブルースやゴスペルを消化した極めてシンプルなサウンドが、なお一層にバトラーの歌唱の輝きを際立たせているようでもある。B面2曲目の“You Ought To Be Ashamed”は、おそらく1曲目の“Trouble In Mind”と同じレコーディング・セッションで録音された楽曲であると思われる。オルガンの音色はかなり控えめになっているが、ギターの演奏を軸にしたシンプルでブルージーなバッキングに、ほとんど大差はなく、両曲でのバトラーの歌唱スタイル(喉の使いかたなど)に関しても、ほぼ同一のものといえる。こうした感情を引き摺るように進行してゆく起伏に乏しいバラード曲でも、やはりその歌声の輝きは相も変わらずに際立っている。B面3曲目は、軽妙なラテン系のアレンジを導入したポップ・ナンバーの“I Love You”。躍動するピアノにポコポコと打ち鳴らされるパーカッション、そして密林に迷い込んだような奔放なコーラスが、何ともいえぬエキゾチックな雰囲気を醸し出す。この楽曲は、厳密にはバトラーのソロ曲ではないようだ。形式的には、もうひとりの活きのいいテナー声のシンガーとリードを分け合うデュエット曲という構成になっているのである。ヤケに気持ちよさげに弾けまくるテナー歌手のバック・アップ役を、落ち着いたバトラーのバリトンが終始務めているといった感じである。この活きのいい歌唱を爆発させているシンガーは、はたして誰であろう。60年代初頭の一時期にVee-Jayに所属していたシカゴの黒人歌手、ジーン・チャンドラーあたりであろうか。間奏では、モロにサーフ系なギター・ソロも飛び出してきたりする、かなり盛り沢山な内容。最後の最後で一瞬だけだがバトラーの艶やかな歌声が煌めきをみせる部分も隠れた聴きどころだろう。B面4曲目は、トロけそうなほどにまったりとしたストリングスが、夜霧のように流れるナーサリー・ライム風のバラード“Hold Me”。ここでは必要最低限の薄いコーラスしか起用されていないが、楽曲の全体的な雰囲気は50年代の正統派ドゥーワップの世界に非常に近い。サビで声が多少裏返りながらも伸びやかな歌唱をキッチリと決める、堂々たるバトラーの歌声が最高に美味である。甘えるような猫撫で声から絶唱まで、僅か3分足らずの楽曲の中で本当に様々な表情を見せる本物のプロの歌手の歌を、ここでは聴くことができる。B面5曲目の“Woman With Your Soul”(ジ・インプレッションズ時代の“Woman's Got Soul”のバトラー版リメイク)は、コロコロと軽快にピアノが転がるブギーなソウル・ナンバー。小気味いいカッティング・ギターのバッキングに絡み合う2本のサックス、そして分厚い女性コーラスといった、なかなかに豪勢なサウンド・プロダクションが、健気な男心を遠吠えするようにシャウトするバトラーの歌唱をばっちりともり立ててゆく。中盤でのドラムとヴォーカルの対峙を軸にしたドラマティックなブレイク部もいい味を出している。B面のラストを飾る6曲目は、冒頭の“The Wishing Star”と対になっているかのようなスタンダード・ソング調の“Stardust”。やはり、ここでもバトラーの歌い出しは、思いきり間延びしたモワーンとした歌声になっている。上品なストリングスとピアノがムーディな雰囲気を演出し、時折あくびのようなホーンが遠くから響く。夜空にまたたく星屑になってしまった愛のメモリー。何とロマンティックな楽曲であろう。そんな歯が浮きそうな楽曲の世界を、極度にロマンティックな歌声で完璧に歌いこなしてしまうバトラーも流石である。凄いとしか言いようがない。そんな、歌声は最高に男前なバトラーであるが、実際のルックスのほうはバリバリの男前というよりも、どちらかというとお芋系なのが、ちょっぴり残念。この美声で何でも歌いこなせる歌唱力をあわせもち、そのうえ顔立ちもイケてたりなんかしたら、バトラーは空前絶後の超スーパースターになっていたかも知れない。たぶん、その影に隠れてマーヴィン・ゲイもブレイクすることはなかっただろう。そういう意味では、重ね重ね残念なお芋顔である。バトラーのルックスが、あともう少しだけ男前だったら、きっとソウル・ミュージックの歴史は大きく異なるものになっていたに違いない。
 あらためて『Just For You』を細部にいたるまで聴き込んでみると、Vee-Jayのサウンド・プロダクションとは本質的に極めてシンプルなものであったことに気づかされる。スタンダード・ソングもソウル・ミュージックも、あくまでも主役はヴォーカリストの歌であるということを明確に主張しているような音作りがなされているのである。どんなに豪勢に盛り込まれたストリングスのアレンジであろうと、それはその上でトロけるようなメロディを歌い上げるシンガーの引き立て役でしかない。そして、艶やかな色気に満ちたバトラーのバリトン声は、そこで堂々と主役の座を務めるだけのポテンシャルを間違いなく有している。Vee-Jayのシンプルなサウンドにおいては、根本的に歌手の力量というものが問われてくるのだ。類い稀なる才能に恵まれたバトラーの、あの魅惑の声質は、まさに天賦のものであるというしかない。そんなバトラーがVee-Jayに在籍していた時代(20代前半)の若々しい歌唱を、様々なタイプの楽曲で堪能することができるアルバムが、この『Just For You』。これはこれで、ある意味、非常に贅沢な1枚であるのかも知れない。抜群の歌唱力を活かして、幅広いスタイルの楽曲を見事に歌いこなしていたVee-Jay時代のバトラーの真の姿を、この1枚を通じて一通り垣間みてゆくことができるのだから。だが、大抵の場合は、この『Just For You』という作品が、バトラーのソウル・シンガーとしての歩みを総括したディスコグラフィに掲載されることは決してない。選曲や編集の意図も明確ではなく、収録曲の詳細なインフォメーションも記載されておらず、非常に謎めいたアルバムとなっている『Just For You』。これは、いわゆる、知る人ぞ知るタイプの隠れた名盤なのであろうか。いや、これを名盤と評した人など、これまでにほとんど存在しなかった(いたとしても、ほんの僅かな物好きな人たちであろう)に違いない。よって、知る人ぞ知るタイプの隠れた妙ちきりんな企画編集盤、といった感じが本当のところであるのかも知れない。
 MercuryからMotownを経由してPhiladelphia Internationalと大手のレーベルを渡り歩き、ソウルからディスコへと変遷した激動の70年代音楽界を生き抜いたバトラー。しかし、74年に発表されている『Just For You』が、この70年代にバトラーが残した作品集として認識されることはほとんどない。その判断は、これが60年から66年までのVee-Jay在籍時のバトラーのソロでの録音物だという理由からなされているものであろう。そう、これは、Motownのマーヴィン・ゲイやスティーヴィ・ワンダーの作品を中心にニュー・ソウルという名称が生まれた70年代前半のソウル・ミュージックのアルバムとしてカウントされるべき性格をもつ作品では基本的にないのである。その逆に、この『Just For You』という作品が、バトラーのVee-Jay時代のディスコグラフィの延長線上で語られるパターンがあるのかというと、それもまたほとんどなかったりする。66年のVee-Jayの倒産から8年もの月日が流れた74年のリリース作品であるうえに、Dynastyが体面的にVee-Jayとは全く無関係であるような形を装ってアルバムを制作してしまったことが、この事態には大きく作用しているものと思われる。そして、このアルバムが、一般的な評価の対象とならない最大の理由は、やはり70年代中期に設立され一瞬にして消滅してしまったDynastyという短命レーベルからリリースされた作品であるという点にこそある。また、絶対的にプレスされた枚数が少なかったことも考えられる。リリース元のDynastyがすぐに消滅してしまったとあっては、再プレスが重ねられた可能性も極めて少ないはずである。中途半端な74年という時期に曖昧模糊としたDynastyからリリースされた本作は、その60年代の作品群にも70年代の作品群にも属せない宙ぶらりんな内容と性格から評価の対象となっていないだけではなく、そもそもこうした作品が世に出ていること自体が広く知られていないがために、適切な評価を受けるべき俎上にのせられることもなかった、ということなのではなかろうか。そういう意味では、『Just For You』は、大変に不幸な星のもとに生まれたアルバムといえるのかも知れない。
 Dynastyによる意図の読めない選曲と編集によって、あまり1枚のアルバムとしての統一感のないガタガタな内容の作品となってしまった『Just For You』。録音年はかなりまちまちそうであるし、収録曲のサウンド・スタイルもバラバラで、そのカラーの違いによって音自体の質や肌触りも異なっており、ソウルもブルースもゴスペルもスタンダードもポップスもごちゃ混ぜな、完全にごった煮状態となってしまっている。だが、Vee-Jayからシングルでリリースされていた形跡のある数曲を除いて、このアルバムの大半の収録曲は、おそらくここでしか聴けないものばかりなのではなかろうか。『Just For You』の収録曲で、Vee-Jay時代のバトラーのアンソロジーなどの再発盤にピック・アップされている楽曲は、ほとんど皆無のようなのである。彗星のように突如現れて一瞬で消えてしまったDynastyが、本盤のマスター・テープの管理をまともに行っていた可能性は、どう考えても低い。おそらく、それはレーベルの消滅とともに闇に葬られてしまったか、今もどこかの倉庫の片隅に焦げ茶色の円盤状になって置き去りにされているかの、どちらかなのではなかろうか。きっと、今後も、この『Just For You』がCD化されるようなことはまずないであろうし、ここに収録されている楽曲が、バトラーのシンガーとしての足跡を網羅したコンプリート・コレクション・ボックスなどで聴けたりする機会もまずないと思われる(誰かが本盤から盤起こしでマスタリングする可能性が決してない訳ではないけれど…)。たぶん、ここで聴ける楽曲のほとんどは、黒人音楽の殿堂であるVee-Jayの録音物として、ソウル・ミュージック創世記の音資料という意味においても、かなり貴重なものばかりであろう。しかし、どんなに貴重で意味のある音源だとしても、一般的なレヴェルでの評価の俎上にのせられることがない限りは、いつまでもいつまでも宙ぶらりんのまま黒人音楽史の裏側にぶらぶらと吊り下げられて放置され続ける運命にあるのだ。非常に残念なことであるが、やはりDynastyの手によって生まれ落ちてしまったことが、そもそもの不幸の始まりであった。Vee-Jayの偉業を正統に受け継ぐ然るべき者の手にマスター・テープが渡っていれば、ここに収録されている楽曲の運命も全く異なったものになっていたはずである。ちょっとしたボタンの掛け違いが、悠久の不幸を招くのである。『Just For You』の冒頭を飾る“The Wishing Star”の、砂糖水のミストのような甘ったるく立ちこめるストリングスの中をドヨーンと滑り込んでくるバトラーの凄まじく間延びした歌い出しを聴くたびに、ちょっぴり切ない気分になってしまう。そして、40年以上の歳月を一気に飛び越えて、不朽の胸キュン感覚が、レコードにしっかりと刻み込まれた溝を通じて廻り廻って迫りくるのを、痛々しいほどに深く味わわされることになる。ジェリー・バトラー、本当に素晴らしいソウル・シンガーである。

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