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<<   作成日時 : 2008/03/16 21:38   >>

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Lydia Lunch/13.13: 13.13
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画像 82年に発表された、リディア・ランチのソロ第2弾アルバム。ソロ・アーティストとしての初作品となった『Queen Of Siam』(80年)のみを残して、サッサとZEを去ってしまったランチは、新たに元ティーンエイジ・ジーザス&ザ・ジャークスのジム・スクラヴノスや元ジェイムズ・チャンス&ザ・コントーションズのジョージ・スコット、そして『Queen Of Siam』にも参加していたパット・アーヴィン等とともに8アイド・スパイを結成し活動を開始した。しかし、バンドの結成から1年も経たぬうちにベーシストのジョージ・スコットが薬物の過剰摂取で急逝。8アイド・スパイは、キャプテン・ビーフハートの“Diddy Wah Diddy”のカヴァーを収録した7インチ・シングルを1枚と、僅か5曲のスタジオ録音作品に80年の春から秋にかけて行われた3ヶ所でのライヴの音源から厳選された8曲を組み合わせた編集アルバム『8 Eyed Spy』、そしてROIRからの13曲入りライヴ・カセット『Live』のみを足跡として残して、ぱったりと活動を停止してしまう。その後、ランチはNYの街とは距離を置き、全てのしがらみを断ち切るかのようにひとり西へと向かうのである。
 『13.13』という作品は、81年7月のカリフォルニア州サン・ヴァレーのパースペクティヴ・サウンドにおけるセッションと、81年8月にカリフォルニア州ウッドランド・ヒルズのプリファード・サウンドで行われたセッションの、81年の夏に2度に渡って行われたレコーディング・セッションでの音源を基に制作されている。この盤でのランチは、それまでの『No New York』(78年)からの一連の流れであった、NYの斬新なアヴァンギャルド〜エクスペリメンタル・ロックの看板を背負う最も尖った前衛女性アーティストという装束を、全てすぱっと取っ払ってしまっているかのように見える。それは、単身でカリフォルニアへと乗り込み、当時最盛期を迎えていたLAパンクの第1世代のムーヴメントのド真ん中に足を踏み入れたことにより、NYとは全く異なる音楽環境の中で、かなりノビノビと本来のランチのパーソナリティを前面に押し出した素のヴォーカル・スタイルでの表現を出し尽くせているように思われるからだ。妙な気負いや力みがほとんどなく、かなり自由度の高い(スポークン・ワード混じり系の)歌に異様なまでの凄みが備わってきてもいる。もしかすると、独特の脱力感を伴うランチのヴォーカルのスタイル(ねっとりと気だるいリンチ節)は、本盤において初めて完成形に至ったといってもよいのかも知れない。『13.13』のレコーディング・セッションに参加したミュージシャンは、LAパンクのシーンにおいて最も奇抜で完全にイカレきったブチ切れロック・サウンドを叩きだしていたウィアードス関連の猛者たちであった。ギターにウィアードスのディックス・デニー、ドラムスは後にレッド・ホット・ペッパーズの初期作品に参加することになるウィアードスのクリフ・マルチネス、そしてベースのグレッグ・ウィリアムス(この人物の素性はあまり定かではないが、他の2人との息の合い具合から想像するに、おそらくウィアードス周辺のミュージシャンであろう)といった面々。この実にシンプルなバンド編成で、NYのアヴァンギャルド・シーンの女王の西海岸襲来を迎え撃ったのである。そして、そんな声とギターとベースとドラムスのみというシンプルで密な編成でのセッションは、大いに功を奏した。真っ向から対峙したランチとウィアードスは、グネグネグネグネとスタジオ内の空中で渦を巻く、相当に強烈なエネルギーを内側から湧き出させたかのような凄まじい音像を録音テープに焼き付けることに見事に成功している。西海岸らしい大らかさを内包しながらもヘヴィにラウドにのたうち回る圧巻のリズム・セクションと、ジリジリと歪み切り掻きむしるような音でフィードバック・ノイズ等も多用しながら空間という空間をことごとく塗りつぶしてゆくデニーの圧倒的なギター、時に気だるく時に挑発的に時に投げやりに時に野良猫のように時に淫売のように時に煽動家のように時に不遜な幼女のように時に地下音楽シーンの女王のように様々な表情を垣間見せながらドコまでもフリースタイルに危険な香りのするヴォーカリゼーションをブチかますランチ。81年当時、これほどまでに重苦しくノイジーでラウドで切れ味の鋭い生々しくも剥き出しな圧巻のロック・サウンドを表出させていたバンドが、他にいただろうか(P.I.L.がライヴ盤『Paris Au Printemps』として発表される伝説のパリ公演を行ったのは、80年1月のことであったのだが…)。ヘンリー・ロリンズ加入後の初作品となる『Damaged』をブラッグ・フラッグがリリースしたのが81年、その頃まだソニック・ユースは結成して間もない一介の新人バンドにすぎなかった。そういった意味においても、この『13.13』は、東のアヴァンギャルドと西のヘヴィなパンクが真正面から激突して鋳造された、USオルタナティヴ・ロックのひとつの源流となる作品と呼んでしまっても、全く差し支えはないのではなかろうか。ランチの音楽的/アーティスト的な評価というと、どうしても最初期の強烈なインパクトを放っていたティーンエイジ・ジーザス&ザ・ジャークスでの作品に偏ってしまいがちで、その後のソロ作品や膨大な量の多岐に渡るコラボレーション作品などは、どちらかというと(幾つかの例外を除いて)軽視されがちであったりする。この『13.13』という作品も、その素晴らしい内容に反して、熱心なランチのリスナー以外には、あまり高く評価されていないアルバムなのではなかろうか。というか、実際にはちょっとマイナーすぎて存在すら知られていないというのが、もしかするとホントのところなのかも知れない。オリジナルの『13.13』は、フレッシュ・イーターズやガン・クラブ、ミスフィッツなどの作品をリリースしていた西海岸のパンク・レーベル、Rubyより発表されているのだが、どうもこのRuby盤の『13.13』は極端にプレスされた枚数が少なかったのか、ほとんど市場に出回った形跡がないのが実状である(82年、『13.13』のリリースの直後に、Rubyの親レーベルであるLAの老舗パンク・レーベル、Slashが大手のWarner Brothersとの配給契約を結び、その際にRubyのカタログも抱き合わせの形でWarner Brothersの配給網にのることとなった。のだが、大手の配給会社はRubyのカタログから末永くセールスが見込めそうな比較的知名度のある売れ線のガン・クラブ、ミスフィッツ、ドリーム・シンディケートによるアルバムのみに力を入れた配給業務を行い、残りのマイナーな作品群はすぐに廃盤扱いとしてしまったらしい)。よって、原盤の権利を保有するRubyとのライセンス契約を結んでいたUKのSituation 2やドイツのLine、イタリアのExpanded Musicなどから続々とリリースされた欧州盤の『13.13』のほうがオリジナルのUS盤より比較的入手しやすいという、妙なネジレ/逆転現象が起こったりもしたのだ。この現象というのは、危険なほどにアヴァンギャルドなランチの音楽性や音楽スタイルが、保守的な母国でよりも先鋭的な芸術表現に対して進歩的に応対のできる欧州での方が高く評価され受け入れられていた、ということの明確な表れであったのかも知れない。
 サウンド面においても歌の内容の面においても極めてへヴィな全8曲が収録されている『13.13』であるが、実は1曲のみチョットばかし異質なムードをもつ楽曲が存在している。それが、B面1曲目の“Dance Of The Dead Children”である。たった2分16秒の、この短い楽曲は、ほぼランチのピアノ独奏のみによって構成されたインストゥルメンタル作品となっている。ティーンエイジ・ジーザス&ザ・ジャークス時代に一心不乱にかき鳴らしていた、ひしゃげたノイズ・ギターと同様に、ランチはピアノという楽器に対しても直感で触れて音を奏でているのであろう。しかし、その異常に拙くノッタリと爪弾くような演奏が、実に“Dance Of The Dead Children”というタイトルに相応しいオドロオドロしく怪しげなものとなっているのは、果たして偶然の産物なのだろうか。おそらくリチャード・カーンが監督を務めていると思われる、この楽曲を映像化した短いヴィデオ作品をYouTubeで観ることができる。世界が破滅し全てが崩壊した後の山のような瓦礫の上に横たわる薄汚れた人形のカットなど、かなりの低予算で作られている雰囲気のチープで粗い映像の連続にカルトなカーン作品の魅力が凝縮されていて、これはこれでなかなかに痺れるものがある。名曲“Death Valley 69”のヴィデオでの、ショットガンに弾を込めてカメラに向かって構えるというような強烈なインパクトを放つ衝撃映像は、ココでは決して飛び出してくることはないけれど…。
 歪んだメロディアスなギターがグニョグニョウニュウニュと絡むオルタナティヴで重々しいパンク・サウンドからエクスペリメンタルなピアノ曲までがギッチリと詰まっている『13.13』は、ランチのキャリアにおいても一二を争うほどに音楽的レヴェルが高く密度も濃いアルバムとなっているのではなかろうか。どこかストゥージズを思わせるぶっきらぼうさが痛快な“Stares To Nowhere”、暗く寒々しい裏道を這いずり回るゴス・ロックの“This Side Of Nowhere”、シアトルのグランジ・サウンドを10年以上も早く先取りしていた(?)“Suicide Ocean”、ランチの扇情的な叫びに呼応するようにバックの演奏の熱量もグングンジワジワと高まってゆく7分近い怪作“Afraid Of Your Company”など、いずれの楽曲も大変に素晴らしい出来映えとなっている。ランチとウィアードスの大陸を横断したコラボレーションは、本当に大成功であった。ちなみに、81年夏にカリフォルニアで敢行されたレコーディング・セッションのテープをランチがNYに持ち帰り、81年9月に音の分離やバランスを整えるためのリミックス作業を含む最終的なエンジニアリングを行ったのは、NY地下音楽のマニアであれば一度はその名を見かけたことがあるであろう、ブランク・テープ・スタジオのオウナー、異才ボブ・ブランクである。

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